境界線
黒い影が、レイナの足元から揺れていた。
ゆらり、と。
まるで生き物みたいに。
精神世界の闇へ溶け込みながら、その影は確かに“呼応”している。
『理解確認』
『適性認定』
影界の王の声。
低いノイズが世界を震わせる。
瞬間。
レイナの脳へ、大量の感情が流れ込んだ。
孤独。
絶望。
憎しみ。
誰にも理解されなかった痛み。
息が止まる。
「ぁ……っ」
苦しい。
頭がおかしくなりそうだった。
だが。
今までと違う。
ただ押し潰されるだけじゃない。
分かってしまう。
影界の感情が。
誰にも届かなかった心が。
痛いほど理解できてしまう。
レイナは震える瞳で“核”を見る。
赤黒い心臓。
脈打つ巨大な感情の塊。
そこには無数の人影が沈んでいた。
泣いている子供。
俯く少女。
壊れたみたいに笑う誰か。
全部、“捨てられた感情”だった。
「……これ、は」
レイナは息を呑む。
影界は悪じゃない。
人間が生み出したものだ。
誰にも救われなかった感情。
押し潰された孤独。
行き場を失った痛み。
それらが積み重なり、生まれた世界。
だから影界は、“空っぽになった心”へ入り込む。
だから親友は侵食された。
優しすぎたから。
誰かの痛みを理解できてしまったから。
親友が苦しそうに膝をつく。
「……見ちゃったんだね」
黒い翼が揺れる。
赤黒い瞳。
けれど、その奥には確かに彼女自身が残っていた。
「最初はね」
彼女は小さく笑う。
「ただ、声が聞こえただけだった」
闇の空間が静かに脈打つ。
「苦しい、とか」
「寂しい、とか」
「誰か助けて、とか」
その声が聞こえてしまった。
誰よりも優しかった彼女には。
「放っておけなかった」
震える声。
「でも、聞き続けてるうちに、自分と他人の境界が分からなくなった」
黒い紋様が頬へ広がる。
「気づいた時には、もう侵食されてた」
レイナの胸が痛む。
どれだけ苦しかったんだろう。
どれだけ孤独だったんだろう。
なのに。
誰にも言えず、一人で。
「……なんで言ってくれなかったの」
親友は少し困ったように笑う。
「言ったら、レイナまで巻き込むから」
その答えが、彼女らしすぎた。
その時。
空間が震える。
巨大な赤い目が開いた。
『器ノ感情同期率増加』
『新規適性個体確認』
レイナの足元の影が、大きく揺れる。
黒い粒子。
影が形を持ち始めていた。
親友の顔色が変わる。
「駄目!!」
彼女が叫ぶ。
「見ちゃ駄目だったの!」
次の瞬間。
レイナの身体へ黒い感情が流れ込んだ。
悲鳴。
絶望。
憎しみ。
世界中の負の感情が、一気に脳へ叩き込まれる。
「ぁぁぁぁっ!!」
視界が歪む。
膝をつく。
苦しい。
息ができない。
だが。
その奥で。
何かが、静かに脈打っていた。
影。
自分の中の闇。
見ないふりをしていた感情。
嫉妬。
孤独。
置いていかれる恐怖。
全部、確かに自分の中にもあった。
『接続開始』
黒い影がレイナの腕へ絡みつく。
親友が泣きそうな声で叫ぶ。
「やめて!!」
だが。
その瞬間。
白い光が闇を切り裂いた。
『光界固定――世界境界』
轟音。
白煌レイナだった。
ボロボロだった。
身体の大半が粒子化している。
それでも彼女は、最後まで剣を握っていた。
「……やっぱり、こうなった」
苦しそうに笑う。
レイナが顔を上げる。
「レイナ……!」
「聞いて」
白煌レイナは静かに言う。
「影界は、完全な悪じゃない」
白い粒子が舞う。
「でも、飲まれれば終わる」
彼女はレイナを見る。
「だから覚えて」
真っ直ぐな金色の瞳。
「“理解すること”と、“沈むこと”は違う」
その言葉が、胸へ深く刺さった。
影界の王が咆哮する。
巨大な黒腕が振り下ろされる。
空間崩壊。
世界そのものが砕け始めた。
白煌レイナが最後の力で剣を掲げる。
『光界固定――最終封界』
白い光が爆発した。
世界を埋め尽くすほどの閃光。
影界。
精神世界。
全部が白へ塗り潰されていく。
レイナは目を見開いた。
「待って!!」
伸ばした手。
だが。
白煌レイナは優しく笑うだけだった。
「このままだと、二人とも戻れない」
「嫌だ!!」
「大丈夫」
彼女は静かに親友を見る。
「今度は、一人じゃないから」
その瞬間。
白い光が、完全に解放された。
轟音。
視界が消える。
意識が吹き飛ぶ。
最後に見えたのは。
泣きながらこちらへ手を伸ばす、親友の姿だった。
――――――――第一章 完―――――――――
第13話を読んでいただきありがとうございました。
さて、この話で第一章は区切りとなります。
ここまででいろいろとルビが抜けてたりするのはこれから直していきます。許してください。
これで戦闘にも一区切りつけて日常編を書いていきます。
趣味全開で書いていくので合わない人もいるとは思いますが。
もし少しでも続きが気になったり、世界観が好きだと思っていただけたら、ブックマークや感想など頂けるととても励みになります。
それでは、また次話で。




