深層影界
「器ごと、殺す」
白煌レイナのその言葉で、世界から音が消えた気がした。
レイナは理解できないまま立ち尽くす。
目の前では、親友が黒い鎖に拘束されていた。全身へ食い込む影の杭。首筋を侵食する黒い紋様。赤黒く染まり始めた瞳。
それでも彼女は、まだ泣いていた。
まだ、人間だった。
『顕現率七十二』
『同期進行』
空の巨大な目が脈打つ。
街が崩壊していく。ビル群が黒へ侵食され、現実そのものが影へ塗り替えられていた。
白煌レイナは静かに剣を握る。
「今ならまだ止められる」
「そんなの……!」
レイナは叫ぶ。
「やっと思い出したんだよ!? また一緒に帰ろうって……!」
親友が苦しそうに顔を上げた。
「……レイナ」
その声だけで、胸が締め付けられる。
「ごめんね」
泣きながら笑う。
「ずっと隠してて」
「謝らなくていい!」
レイナは首を振った。
「帰ろう! また前みたいに――」
「無理だよ」
静かな返答だった。
「もう、自分で分かるの」
彼女は震える手を胸へ当てる。
「中にいる」
黒いノイズが空間を軋ませる。
「ずっと頭の中で喋ってる」
孤独だったんだ。
ずっと。
誰にも言えず、一人で耐えていた。
「怖いんだよね」
涙が零れる。
「自分が消えてくの」
レイナは何も言えなかった。
親友は苦しそうに笑う。
「でも、最後に思い出してくれたから」
「そんなの嫌だ……!」
レイナは叫ぶ。
「勝手に終わろうとしないでよ!!」
その瞬間、世界が震えた。
巨大な黒腕が空間を裂く。
影界の王。
完全顕現が近づいていた。
白煌レイナが前へ出る。
『光界固定――多重展開』
白い結界が幾重にも広がる。だが、次の瞬間には砕け散った。
圧倒的。
存在階層が違いすぎる。
白煌レイナが血を吐く。
「っ……!」
親友の身体が大きく跳ねた。
『顕現率八十』
『器安定化開始』
「ぁぁぁぁっ!!」
絶叫。
黒い影が爆発的に噴き出す。
「来るな……!!」
彼女は自分の身体を押さえ込みながら叫ぶ。
「近づいたら、殺しちゃう……!」
その声は本気だった。
もう制御できない。
だが、レイナは前へ出る。
「それでも行く」
「なんで……」
「親友だから」
静寂。
親友の瞳が揺れた。
その瞬間だった。
白煌レイナが、ゆっくり剣を下ろす。
「……本当に最後の方法がある」
白い光が彼女の身体から溢れ出す。
「“殺さずに接続を断つ”方法」
レイナが顔を上げる。
「本当に……?」
「成功する保証はない」
白煌レイナは真っ直ぐレイナを見る。
「でも、あなたなら届くかもしれない」
光陣が展開される。
『光界接続術式――魂鎖共鳴』
白い粒子がレイナを包み込んだ。
「これからあなたの意識を、彼女の精神領域へ接続する」
世界が白へ染まる。
「その中で、“影界の核”を探して」
「核……?」
「彼女を侵食してる中心点」
白煌レイナは苦しそうに笑う。
「それを引き剥がして」
次の瞬間、レイナの意識は闇へ落ちた。
どこまでも。
終わりなく。
冷たい闇の中へ。
孤独。
絶望。
誰かの感情が、深海みたいに沈んでいる。
そこに、小さな光が見えた。
夕焼けの教室。
窓際で笑う黒髪の少女。
『レイナ、またボーっとしてる』
親友だった。
侵食される前の。
普通だった頃の彼女。
レイナが近づこうとすると、景色がノイズ混じりに崩れる。
『もしさ』
少女が寂しそうに笑う。
『私が消えたら、覚えててくれる?』
胸が痛んだ。
忘れていた記憶。
消されていた過去。
『私、最近ちょっと怖いんだよね』
少女の足元から黒い影が伸びている。
『自分じゃなくなってく感じがする』
その時だった。
教室が崩壊した。
窓が割れる。
夕焼けが闇へ塗り潰される。
『――見ツケタ』
低い声。
振り返った先に、それはいた。
巨大な黒い影。
顔のない王。
無数の赤い目だけが、こちらを見下ろしている。
影界の王。
『異物確認』
『排除開始』
無数の黒腕が襲いかかる。
レイナは走った。
崩壊する教室を。
追いかけてくる闇を。
その先に、少女が立っていた。
「……レイナ」
「迎えに来た」
即答だった。
「帰ろう」
手を伸ばす。
「もう一人でいなくていいから」
少女は俯く。
「……無理だよ」
「壊れてない」
「壊れてるよ」
彼女の輪郭がノイズに侵食されていく。
「怖いの」
涙が零れた。
「気を抜くと、自分が消える」
レイナは一歩前へ出る。
「私は諦めない」
「絶対連れて帰る」
その瞬間、世界が激しく脈打った。
『自我反応増加』
『強制侵食開始』
少女の身体から黒い翼が噴き出す。
巨大な影翼。
空間そのものを侵食しながら広がっていく。
『接続率九十六』
『器再構築開始』
少女の瞳から、人間の光が消えていく。
白煌レイナが精神世界へ介入した。
『光界固定――精神隔離』
白い結界。
だが、一瞬で砕ける。
圧倒的だった。
影界の王の存在が、精神世界そのものを書き換えていた。
「……まだ戦える」
身体を粒子化させながら、白煌レイナは剣を構える。
その姿は痛々しかった。
少女が苦しそうに叫ぶ。
「来るな!!」
大量の黒槍が生成される。
空間を埋め尽くすほどの数。
全部がレイナへ向いた。
発射。
黒い豪雨。
だが。
「やめろぉぉぉっ!!」
少女自身が軌道を逸らした。
黒槍がレイナの横を通過し、闇の空間を破壊する。
まだ残っている。
彼女はまだ、戦っていた。
「早く……行って……!」
その時だった。
空間の奥で、赤い光が脈打つ。
心臓みたいに鼓動する“核”。
レイナがそれを見た瞬間。
少女の顔色が変わった。
「駄目!!」
絶叫。
「それ見ちゃ駄目ぇぇぇっ!!」
赤い核が、“目”を開いた。
瞬間。
レイナの脳へ、大量の感情が流れ込む。
孤独。
絶望。
捨てられた感情。
誰にも救われなかった心。
そこでレイナは理解する。
影界は、ただの悪じゃない。
これは、人間が捨て続けた痛みの墓場だ。
誰にも届かなかった感情の集合体。
だから影界の王は、空っぽになった心へ入り込む。
そして。
親友は、“最初にそれを理解してしまった人間”だった。
赤い目が、レイナを見下ろす。
『理解確認』
『適性認定』
その瞬間。
レイナの足元から、黒い影が揺れ始めた。
第12話を読んでいただきありがとうございました。
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それでは、また次話で。




