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第四話 担当悪魔にインタビューしてください

 ぴろりん。


 平素よりお世話になっております。このたびミッションを発令させていただきます。本日より三十分以内に、担当悪魔様への聞き取りを実施していただけますでしょうか。なお達成の条件は、聞き取りの過程において担当悪魔様から特定のワードを自発的にご発言いただくことでございます。対象ワードはシステム上非公開となっております。制限時間は三十分でございます。未達成の場合は死亡となります。何卒よろしくお願いいたします。


 何卒よろしくお願いいたします、と書いてある。

 担当悪魔へのインタビューをしろ、と書いてある。

 ワードは教えない、と書いてある。


 俺はスマートフォンを伏せた。


 りりは隣でポップコーンを食べていた。


「読んだ?」


「読んだ」


「どう思う」


「最悪だ」


「なんで」とりりが言った。「私のこと聞けるじゃん。いい機会じゃない」


 良い機会ではない。ワードがわからないまま三十分以内に特定の言葉を引き出せなければ死ぬ。良い機会とはそういうものを指さない。


「ワードが非公開だ」


「あー、そうだね」りりはポップコーンを食べた。「まあ頑張って」


 時計を確認した。午後二時十四分。


 始めるしかなかった。



「りり」


「なに」


「いくつだ」


「何が」


「年齢」


 りりはポップコーンを一粒つまんだ。つまんだまま、少し間を置いた。


「んー……今日天気いいね」


「答える気がないのか」


「答えたくない質問には答えなくていいって権利が人間にはあるじゃん」


「おまえは人間じゃない」


「そうだけど」


 話が進まなかった。俺は作戦を変えた。


「出身地は」


「地獄」


「地獄のどのあたり」


「第七圏」


「第七圏というのは」


「色欲の罪人がいるとこ。ダンテの神曲に書いてある。読んだことない?」


「ない」


「読んだ方がいいよ。参考になるから」


「何の参考に」


「今後のミッションの」


 ポップコーンを食べた。それ以上は言わなかった。


「種族は」


「サキュバス」


「サキュバスというのは」


「男の精気を吸う悪魔。知ってる?」


「知っている」


「ほんとに?」


「概念として」


「じゃあ実際に吸われてみる?」りりがこちらを見た。「痩せるよ」


「全面的に拒否する」


「なんで」


「廃人になりそうだから」


「一回じゃならないよ」りりは笑った。「たぶん」


 たぶん、というのが引っかかった。全面的に拒否した判断は正しいと思う。


「特技は」


「男を落とすこと」


「具体的には」


「フェロモン。勝手に寄ってくる。こっちは何もしなくていい」


「楽そうだ」


「そう。ただ」りりは少し間を置いた。「最近は食事以外でも勝手に寄ってくるから、ちょっとめんどくさい」


「食事以外でも、というのは」


「今ここでもそう」りりが言った。「電車とかコンビニとか。なんか知らない男が話しかけてくる」


「フェロモンが常時出てるのか」


「食事のときだけのつもりなんだけど、なんか漏れてるみたい」


 ポップコーンを食べた。少しだけ、どこか遠いところを見るような顔をした。気のせいかもしれない。


「いなくなる時間があるな」


「え」


「たまに昼間、突然消える」


「あー」りりが言った。「だから、食事ね」


「精気を吸いに行っているのか」


「まあそう」


「規則的ではないな」


「腹が減ったら食べるじゃん、人間も」


「そういうものか」


「そういうもの」


 時計を確認した。二時三十一分。残り十三分。ワードがわからないまま時間が削れていく。


「好きなものは」


「ポップコーン」


「それは見ればわかる」


「じゃあ聞かなくていいじゃん」


「ポップコーン以外で」


 りりは少し考えた。


「人間観察」


「それが好きなことか」


「そうそう、趣味。地獄にいるときも暇だったから、地上に上がって人間見てた」


「ずっと見ていたのか」


「うん。面白いんだよね、人間って」りりは窓の外を見た。「感情があってさ。泣いたり笑ったり、怒ったり。飽きない」


「おまえには感情がないのか」


「あるよ」りりはこちらを見た。「ただ、人間のとは違う」


「どう違う」


「もっとフラット。波がない」


 ポップコーンを食べた。


「波がない、というのは」


「喜怒哀楽がないってわけじゃないけど、引きずらない。昨日のことを今日まで持ち越さない」


「それは楽そうだ」


「楽だよ」りりが言った。「楽だけど」


 言いかけて、止まった。


 止まって、ポップコーンを食べた。


「楽だけど、なんだ」


「なんでもない」


「なんでもなくはないだろう」


「なんでもないよ」


 時計を確認した。二時三十八分。残り六分。


 俺は少し考えた。


「りり」


「なに」


「おまえ、地上に上がってきてどのくらいになる」


「んー……長い」


「何百年とか」


「まあ、そのくらい」


「その間、ずっと人間を見ていたのか」


「見てた」


「見ていて、どうだった」


 りりがポップコーンを止めた。


「どう、とは」


「何百年も人間を見て、人間の感情を見て、それでおまえ自身はどうだったんだと聞いている」


 間があった。


 長い間だった。


 りりはポップコーンの袋を見た。袋を見たまま、少し黙った。


「……別に」


「別に、ではないだろう」


「別にだよ」


「何百年も同じことをして、飽きなかったか」


「飽きなかった」


「本当か」


「……本当」りりは小さく言った。「ただ」


「ただ」


「たまに、さ」


「うん」


「人間みてると」


「うん」


「なんか、その輪の中に入れないのが」


 ぴろりん。


 お疲れ様でございます。ミッション達成が確認されました。


 りりが顔を上げた。俺を見た。


「……今の、カウントされた?」


「されたらしい」


 りりは少し間を置いた。


「何がワードだったの」


「わからない」


「私も知らない」


 二人ともわからなかった。


 ただ、俺には少し見当がついていた。「その輪の中に入れないのが」の後に、りりは何も言わなかった。言いかけて、止まった。その止まった先にあった言葉が、ワードだったのかもしれない。


 言葉ではなく、空白がカウントされた。思いのこもった空白を引き出せということだったのかもしれない。


 なんだこのミッション、めんどくせえなあ。


 りりに言うつもりはなかった。


 りりはポップコーンを食べた。今度は速く食べた。


「なんか、変な質問ばっかりしてくるじゃん」


「インタビューだから」


「インタビュアーって感じしないけど」


「どんな感じがする」


「……しつこい人」りりは窓の外を見た。「でも、まあ」


「まあ、なんだ」


「別に」


 ポップコーンを食べた。話は終わった。


 報酬スキルの通知が来た。


 当該スキルの内容は「相手が言いたくて言えないことを抱えているかどうかが直感でわかる能力」でございます。


 四つ目のスキルだった。


 食べたいもの、触れられたいかどうか、話したいことを抱えているかどうか、言いたくて言えないことを抱えているかどうか。


 全部、今日りりに使っていた。


 これが地獄のシステムの意図なのかどうかは、まだわからなかった。

 ただ、少し嫌な予感がした。



第四話 了

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