90:謁見
帝都の城に近づくにつれてその忙しなさが目立ってきた。
確か駐屯所もここから近いからそれもあるのだろう。いい気味だ。
そう思いながら城に近づけば門番に止められる。
「待て! ここから先、一般人は立ち入り禁止だ!」
「覚えていない? 僕は龍崎美琴。使徒だよ。だから通してくれないかな?」
「なに?」
たわ言を言っているものを見るような目で門番の男は美琴を見る。
「……確かに使徒だ。だが貴様は魔神病を患っていたはずだ。それなのにどうしてここにいる。まさか魔神病を広めるつもりか!」
そう言って門番は持っていた槍の切っ先をこちらに向けてくる。
全く、国が国なら門番も門番だな。野蛮人しかいないぞ。
「そんなことはしないよ! この通り治っているじゃないか」
美琴は分かるようにクルっと回って全身を見せた。美琴がこうすればお洒落に見えるのだが、俺がやれば滑稽に映るんだろうな。
「信じられん……」
「信じられなくてもこれが事実だよ。さ、早く通してくれないかな?」
今まで治せなかった魔神病が治ったのだからそういう反応をするか。
魔神病がどこから発生しているのかは知らないが、テミスのところで魔神病が一切存在できなくなるから脅威は何百年後には消えるかもしれない。
「ダメだ」
魔神病が治っているにもかかわらず、それでも通されなかった。
「どうしてかな?」
「今は国中で異常事態が発生して忙しい。貴様を通すわけにはいかない」
「神の試練について皇帝と話したいんだ」
「ダメだ、後日にしろ」
「だけど神の試練に関わることなんだよ? 試練はこれからのヨロズ帝国を左右するものなんだから、忙しくても話すべきだ」
おー、忙しいと言っているのにと話せと言っているのは中々いい性格をしている。
いや、俺が信用しない方がいいと言ったからか?
「それなら明日にしろ。皇帝にはこちらから言っておく」
「いいや、今だ」
「しつこいぞ! 今は無理だと言っているだろう!」
たぶんだが、今までの美琴なら引き下がっていただろう。だけど信用しなくなってこちらの意思を押し通そうとしている。
「何をしてるんだ?」
俺と美琴の背後から女性がこちらに声をかけてきた。
「あぁ、ナキリ様! ここにいる使徒がこんなに忙しいのに通せとうるさいのです」
「使徒ぉ?」
振り返れば頭部以外フルアーマーな女性がいた。
紫のメッシュが入った赤の長い髪をポニーテールにした女性だった。
その雰囲気は荒々しく、まるで猛獣がいるのかと思うくらいに圧を感じさせる。
だが美女だから雰囲気と相まって触れてはいけないが触れてしまいそうになる魅力はある女性だ。
「お前らが使徒か?」
「はい、そうです。僕たちは異世界から来たものです」
相手は貴族だからか美琴は敬語を使い始めた。
「へー……」
美琴はすぐに見るのをやめたが、俺はかなりジロジロとその女性に見られた。
「お前……いやまあいい」
俺に向けて何かを言おうとしていたナキリと呼ばれた女性だが、途中で言うのをやめた。
「使徒ってことは試練のことか?」
「はい、試練について皇帝様に聞きたいことがあって訪ねた次第です。ですがここにいる門番が通さないと言ってきて困っているところです」
「だから明日以降にしろって言っているだろ! 今は忙しいんだ!」
ここまで頑固なら少し違ったルートで入るか、そもそも別の手段を取ることになるな。
「いいじゃねぇか。入らせろよ」
「で、ですが!」
「つべこべ言うんじゃねぇよ! 俺がいいって言ってんだ! それとも何かぁ? その判断が間違っているとでも言うのかぁ?」
「そ、そんなことはありません! お通りください!」
「あぁ」
そう言って門番は道を開けた。
「ほら、行くぞ」
「ありがとうございます」
誰かは知らないがとりあえずお礼を言ってから門番の横を通って三人で城へと入る。
「さて、お前ら皇帝に会うつもりなんだろ?」
「はい、試練について確認したいことがありますから」
「それなら俺も一緒に行ってやるよ。その方が簡単に会えるだろうからなぁ」
よく分からんがこの猛獣な女性がこちらに害を及ぼそうとしていないのは分かった。
「自己紹介が遅れました。僕は龍崎美琴です」
「自分は神室優斗です」
「美琴と優斗だな。俺はナキリ家の当主、メイ・ナキリだ。覚えとけ」
家を言われたところでそれが名家かどうかは全く分からない。
というか美琴が自己紹介しているということはこのナキリさんと会ったことがないのか?
「魔神病で外に出た二人はお前たちか?」
やっぱり魔神病にかかったということは知られているんだな。
「僕は合っていますが優斗は違います。もう一人とは今は別行動をとっています」
「それならやっぱり魔神病を治したんだなぁ?」
何やら含みのある凶悪な笑みを浮かべているナキリさん。
「どうやって治したんだ? あの神すらも殺す不治の病を」
そう問われて美琴はこちらを見ずに少し考えるから、俺が答えることにした。
「ノモス王国から独立したカノナス領地で治したんですよ」
あそこのことを言ったとしても問題はない。
あそこは完全に戦いが行われない聖域として存在しているからあそこに攻め入ることは神すらもできやしない。
ただテミスサイドは戦えないわけではないから侵入者を一方的に排除ができるから心配はない。
「……あの噂、本当なんだな」
「やはり噂を知っていますか」
ここで言う噂はカノナス領地では魔神病を治すことができるというものだろうな。
美琴と天音もそれを頼りにテミスのところに行ったわけだからな。貴族? のナキリさんが知らないわけがないか。
「ただの噂とばかり思っていたからな。魔神病は絶対に治せない、かかれば間もなく死ぬことが当然だとされていたんだ。そこで魔神病が治せる土地があると言われても、魔神病のやつらを集めて殺している場所としか思えねぇからな」
「でも僕たちは治った。だから噂は本当ですよ」
「……魔神病を治せる、だけではなさそうだがなぁ。一度行ってみるのもアリか」
貴族ってこんなにフットワークって軽いのか?
まあそんな貴族もいるんだろうな、知らんけど。
「色々と聞きたいことはあるが、今は皇帝だな。行くぞ」
聞きたいことがあると言って俺の方を見ているナキリさん。
え、なにか感づかれるようなことをしたか? いやなんもしてないけど……。
どうやらナキリさんが城に来たのは元々皇帝に会うためらしく、俺と美琴はそのついでとして皇帝に会うことができる様子だった。
向こうも向こうでここが終わったあとに俺たちに何か用事があるらしいから、こうして皇帝への謁見を取り持ってくれたのだろう。
どんな目的かは分からないが……面倒ごとっぽいんだよなぁ。
これで神の試練があるとか本当に勘弁してほしいんだが。俺は早く帰りたいんだよ。
とにもかくにも、俺たちは大きく豪華な装飾がなされたいかにも偉い人がいますよ、みたいな扉の前まで来た。
ナキリさんが来たことで騎士が扉を開け、ナキリさんを先頭に俺と美琴は謁見の間に入る。
謁見の間には一番偉い人であろう初老の男が二つある玉座の内の片方に座っていた。
白髪に大きなガタイの男だった。
皇帝というよりは戦士に近い感じがする男だ。
その皇帝の周りには大臣らしき男たちが皇帝と深刻そうな顔で喋っている。
おそらくは駐屯所と貧民街で起こったことを話しているのだろう。
それからこの謁見の間には大臣らしき男たち以外にも左右に待機している騎士たちがいた。
まあ近衛騎士的な感じなんだろうな。俺たちが入ってくれば警戒しているのだろう。
いや適当に言っているから警戒しているかどうかは定かではない。こちらに目を向けて離さないから警戒していると言った。
俺はチートだが戦いに関しては素人だからな。そういう駆け引きもできない。
ダンジョンでも何もしてないし。
「あのジジイが皇帝か?」
「ッ!? こ、こんな場でそんなことを言っては――」
ジジイと言ったことに美琴は驚いているがすぐに俺が答える。
「大丈夫だ、今は日本語で話している。だから俺の言葉は誰にも理解できない、美琴以外な」
「……そうなんだね。驚いたよ……」
この絶対領域だからできることだ。
この領域がなければどうにもできない。そもそも常時発動型って普通に嫌じゃないか?
とりあえず美琴の声が周りに聞こえないように領域を広げて美琴を包む。
「あの玉座に座っている男性がこのヨロズ帝国の王、ルイ・イザナミ・ヨロズだよ」
「ミドルネームみたいなのがあるのか?」
「この国では加護を授けてくれた神の名前をミドルネームとしてつけているんだよ」
「加護を授けた神を教えてくれるなんてありがたいな」
「そうなのかな?」
ぶっちゃけ俺には関係ない。
でも名前を知ることで使えるようになる能力があれば、ありがたいかもしれない。
それが神に通じるかは知らないがな。
俺が神を殺すとなれば一番簡単な方法は加護を授けている奴を見つけることだ。
そうすることで伝って簡単に殺すことができる。
探すとなれば少し面倒だが、どの神か知っているのなら必ず殺すことはできる。
……ん? それならナキリさんは。いや、今はどうでもいいか。どうせ聞くことになるだろうからな。
「それなら、隣の玉座の女性は女王か?」
玉座は二つ並んでいて、一つは皇帝が座っている。
そしてもう一つには女性が座っていた。
長く、冷たい印象がある綺麗な水色の髪を持ち、それにふさわしい高価そうなドレスを身に纏っていた。
だが特筆すべきなのはその目だ。
どこまでも冷たさを秘めた凍るような目を持っていた。それが美貌と相まって冷たさが際立っている。
「そうだよ。この帝国の皇后、ノア・イザナミ・ヨロズだね」
イザナギにイザナミか。
この帝国を収めている皇帝と皇后だからその加護を受けているのか、それともその加護を受けたから皇帝と皇后になったのか。
まあどちらでもいいことか。
ナキリさんを先頭に中央に向かっていけば皇帝もこちらに気が付いた様子だった。
「メイ・ナキリか。見て分からんか、今は忙しいんだ。後日にしろ」
もうその言い草だけで傲慢さが見て取れる。
たぶんどう言ったとしても俺はこいつのことに嫌悪感しか抱かないと思う。
同じ異世界人である彼ら彼女らと一度も喋ったことがないし会ったことがない人だっている。
でもあんな非道なことをしていた国のトップに、嫌悪感以外抱くことがあるのだろうか。
「おいおい、この俺が来てやったんだぞ? この加護ナシで国を守っている俺がだ。お前らみたいに加護を持っているのに何もできないやつらとは違ってな」
あぁ……やっぱりそうだったのか。
メイ・ナキリ。ミドルネームがないからそういうことか。
「ふん、加護がない者はしょせん加護ナシだ。どれだけ功績を上げてもな」
「皇帝が負け惜しみか。笑えるな!」
それからどうやら俺はナキリさんと仲良くできそうだ。
「まあ今は俺のことは後回しでいい。今はこいつらの話を聞け」
そう言って俺と美琴の前から横にずれたことで皇帝の前に立つことになる。
「貴様はっ!?」
美琴のことを見た瞬間に皇帝は目を見開きながら立ち上がった。
さらに他のメンツもそれが分かったようですぐに臨戦態勢に入って俺たちと皇帝の間に立ったりした。
「どうも、皇帝様。僕は魔神病を治してヨロズ帝国に戻って参りました」
「……馬鹿な、そのようなことあるわけがない!」
「ですがこうして魔神病はどこにもありません。魔神病をご存知なら、今もまだ魔神病が僕に存在しているのなら僕がどうなっているか分かるはずではありませんか?」
いつ美琴と天音が魔神病にかかったのかは分からないが、魔神病は時間が経てば経つほど魔神病が体中に回る。
だから美琴はこう言って魔神病ではないと言っているのだろうな。
「こうしてここに入れているのがその証拠ではありませんか?」
「……ふん、まあいいだろう」
皇帝はそう言って手をあげれば騎士たちは元の位置に戻っていった。




