88:不安
「あそこの攻略はまた明日というわけだね」
「明日もやる?」
「それはもちろんだよ。みんなもそうだよね?」
美琴の問いかけに瞬時に頷いたのはテレイアと天音だった。
「そうだね、強くなっているって実感が湧くから今からでも行きたいところだよ!」
「それは勘弁してくれ」
さすがに一階層ずつにしてくれないと色々としんどい。
「お腹が減ったから今日は帰るぞ」
今回はせっかくお弁当を作ったが食べることはなかった。
ワイルドバットの屋敷ではどこで切ればいいのか分からずにずっといたからな。
「確かにお腹すいたー。どうせなら帰るんじゃなくてどこか景色のいい場所で食べる?」
「景色のいい場所って、ダンジョンでか?」
「ダンジョンじゃなくても東京とかでもいい」
リリスの提案を聞いてどこで食べるのがいいのか考える。
別に家でいいだろとは少し思ったが、そんなことを言ったら分かっていないと言われそうだから言わないでおく。
「それなら二階層のセーフエリアにある公園で食べればいい」
「公園なんかあるんだ」
「町として作ってあるから施設はそろっているぞ」
「それならせっかくのお弁当だし、そこで食べよっか」
「そうですね」
エイルも同意したことで俺たちは三階層の入口にある光る扉に向かう。
「これは二階層のダンジョンを通らなければセーフエリアに行けないのかな?」
純粋な疑問を美琴が口にする。
「この光る扉は普通に入れば本来の場所にたどり着く。ここなら二階層のボス部屋だな。だけど開放している光る扉はすべて通じている。だから二階層のセーフエリアに出る光る扉に出たいと思い浮かべればそこに出るようになっている。だから三階層から一階層に行くことも簡単にできるし、次に来る時は三階層のここから始めることができるわけだ」
「そんな便利な扉なんだね。移動も簡単そうだ」
魔法には光る扉がなくても移動できる魔法があるけど、それは宝箱から出るようになっている。
だからその魔法が日の目を浴びるかは分からない。もしかしたらここにいる誰かが引くかもしれないが、俺でも分からないことだ。
「そうでしょ? 移動にかかる面倒な時間がないってよくない?」
リリスもこの点を気に入ってくれている。
まだ階層が低ければ問題はないが三十とか四十階層になってくると移動するのに遠征しなければいけなくなる。
悪いがそんなことをしたくはないからこういう仕組みにしてもらった。
とにもかくにもその便利な光る扉を使い、俺たちは二階層のセーフエリアに移動した。
そして俺の案内で公園にたどり着けば、満開の桜が周辺にびっしりとある公園だった。
「うわぁ……綺麗ですね」
エイルはその光景を見てそう口を開いた。
「そう言えば生で見るのは初めてか」
「はい! 見てみたいとは思っていましたが、まさかこんなに綺麗とは思ってもいませんでした……」
エイルは公園の中に入り桜を見ながらゆっくりと歩く。
「ここまで綺麗な桜は初めてだね。これが作り物とは全く信じられないよ」
「そうだね……」
桜を知っている美琴と天音もその光景に目を奪われていた。
「こういう場所もいいですね」
「一応アラギで撮影しよ」
テレイアも公園に入り、リリスは配信こそしないもののアラギで撮影を始めた。
「また配信をしているのですか?」
俺のところにすぐに戻ってきたエイルがリリスの近くにあるアラギを見てそう言った。
「いや、配信はしてないよ。でも映像に残しているだけ。もしかしたら動画にするかもしれないけど」
「それならお母様にその動画をお送りしましょう! こっちで何をしたのか知ってもらいたいです」
え、いや……まあ配信のことを知られているから美琴や天音のことは知られるのも時間の問題か。
でも、母親から色々と聞かれるのは面倒なんだよなー。しかもエイルがいるのに女性を増やしているのもとやかく言われそうだし……まあ事実だから仕方がないか。
エイルが嬉しそうだし別にいいか。
色々と見て回っていた他のメンバーを呼んで、俺たちは公園の中央にブルーシートを敷いた。
普通ならNPCがいるのだが俺の力でここからいなくなってもらい公園には俺たちだけになった。
そして昨日よりも多いお弁当を広げた。
「おぉ、美味しそうなお弁当がいっぱいあるね」
「はい、いっぱい食べてください」
「それなら遠慮なくいただくよ。いただきます!」
エイルの言葉でいただきますを元気よく言って唐揚げを箸でつかむ美琴。
そして唐揚げにかじりついた美琴は一口目をじっくりと味わった。
「あぁ……! 美味しいよ……!」
エイルの味付けは俺の母親に色々と毒されているから日本の味付けを感じているのだろう。
非常食は食べているが、それでもお弁当だと違うからな。だからかなり感動しながら唐揚げを食べている。
料理を手伝ってくれている時もこの瞬間のために味見もしなかったから余計に美味しく感じるのだろう。
美琴から始まり、それぞれがご飯を食べ始めた。
「エイルさん、料理上手だね!」
「ありがとうございます」
天音は素直に称賛していっぱい食べる。
さらにテレイアもいつもよく食べるから今回も負けじと食べる。
「少なかったかもしれないな」
「ふふっ、そうですね」
この三人の食べっぷりを見て隣に座っているエイルにそう言えば、エイルは微笑みながらそう答えた。
「ねぇ優斗」
「なんだ?」
「今すごく、花見酒がしたいんですけど」
……お酒を飲む人はこういうところで飲みたくなるのかね。
「リリスは頑張っていたからな、いいかエイル?」
「はい、仕方ないですね」
「おー、ありがたいー」
俺はリリスの近くに色々なお酒を出す。
分からないから日本酒とかビールとかワインとか、とりあえず色々だ。
「くぅ……! やっぱり昼間っから飲むお酒は最高だ……!」
すぐさま日本酒の春限定のお酒を手に取って一緒に出した盃に注いで飲むリリス。
とても気持ちよさそうな顔をしているから気持ちいいんだろうな。
俺とエイルは顔を見合わせて笑って、お弁当を食べ始めた。
☆
お弁当を食べている中で、俺はふと思ったことがあった。
ヨロズ帝国での神の試練まで七日と言っていたが、試練直前で言っても大丈夫なのか。俺が気にしているのはその点だ。
確かに誰でも挑戦できるようになっているとは言っていたが、ヨロズ帝国を普通の尺度で分かった気になるのはあの惨状を見れば危険だと分かる。
もしかしたら何か違ったルールを作っているかもしれない、という可能性を捨てないようにしないといけない。
美琴と天音のことはある程度のことは信じる。だがヨロズ帝国のことは全く信用していないからこう判断してしまう。
だけどそれはあの惨状を知る上での判断だ。
ヤバい国だと美琴と天音は知っているが、人質を人質として扱わない状況は知らないだろう。
どうやって説明したものか。
そう考えながらお弁当を少し遅く食べていたら三人にほぼ平らげられてしまった。
……あまり食べられなかったけどまあいいか。
「あとで優斗の分を用意しますね」
「ありがとう、エイル」
エイルが耳元でそう言ってくれた。ちゃんと俺が食べている分を見ていたんだろうな。
「何か悩み事ですか?」
そして食べている分を見ていたということは、俺のことをよく見ていたということで悩んでいることをエイルに見破られた。
「あぁ、悩んでる」
さっきも悩んでいるところをエイルに見られているからかなり重要なことだと思われるなこれ。
「大丈夫ですか……?」
こればっかりはエイルにも言えないからな。いや言ってもいいかもしれないけど、エイルにあんなことを知らせても仕方がない。
「少しヨロズ帝国のことで悩んでいるだけだ」
「ヨロズ帝国のことかい?」
正面にいた美琴がヨロズ帝国のワードを聞いて反応した。
お腹を満たし、異能ツリーのSPを割り振っているところでこちらに顔を向けてきた。
……まあ、この際このまま言ってしまっていいか。ヨロズ帝国だから、という最高の説得力があるんだからあの惨状を言わなくても大丈夫だろう。
「七日後に神の試練があると言っていたな」
「そうだね」
「それでその試練は誰でも参加することができると」
「それも言ったね」
「だが、本当に誰でも参加できるのか?」
「……どういうことだい?」
「俺はヨロズ帝国を全く信用していない。だからそのルールを捻じ曲げてくる可能性を捨てていない」
「そんなことを……」
俺の言葉にないとは言い切れない美琴。
「だから、俺は試練の直前じゃなくて少し前にヨロズ帝国に行って確認しておいた方がいいと考えている」
悩んでいることを美琴に言う。
「……今まで失敗してもそんなことはなかった。だから信用してはいいとは思うんだけど」
本当にお気楽なことを言うな。
「俺は信用していない。そもそも今も美琴がヨロズ帝国のことを少しでも信用していることが信じられないぞ」
俺の言葉にしばらく考え込んだ美琴は口を開く。
「そう、だね……」
「できることなら今日にでもヨロズ帝国に確認をしておきたいが、明日でも構わない」
「いいや、準備ができたのならすぐに行こう。優斗に言われて気づかされたよ、ヨロズ帝国を信用する要素なんてどこにもなかったことをね」
ようやくかと言いたいところだが美琴はいい人だ。だからそこを自分で気づこうとはしないのだろうな。
「今日行かれるのですか?」
横にいるエイルが再確認のためかそう聞いてきた。
「あぁ、今日は色々と用事ができてごめん」
「ふふっ、責めていませんよ。人助けをしている優斗を責めることなんてしませんし、むしろそれは優斗にしかできないことです。だから優斗の好きなようにしてください」
「分かった、ありがとう。なるべく早く終わらせるから、そのあとは二人でまったりしようか」
「はい、楽しみにしています」
普通に考えたら嫁さんを放っておいて他の女を助けるために動くってヤバいよな。
母さんに言ったらキレられそう。お前は誰の夫なんだよ、って。
そこは優しいエイルに感謝するしかないし、目いっぱいの愛を語らなければいけないな。
もう行ったら今すぐにでも神の試練をやってほしいところだ。
「行くならアラギで撮影してきてよ」
「別にそれはいいんだが……もしかしたら動画投稿できないくらいのエグさかもしれないぞ?」
「あー、その可能性があったね」
俺はすでに人質があんなことになっているのを知っているからもはや動画にできないことも知っている。
すべてモザイクにしても音声も流せないから何の動画か分からなくなるぞ。
「そういうリアルな動画も欲しいんだけどねー」
「それは少しヤバい考えなんじゃないかな……?」
天音がリリスの言葉に引き気味に口を開いた。
「ヤバい方がバズるよ?」
「そ、それは人の心がないってことだよ……?」
「お酒が飲めるのならなんだってするからな、あたし」
リリスは再生数を稼いでおかないと酒を飲めなくなるからな。
「うわー……」
さすがの天音もドン引いていた。
「それなら一つ思ったことがあるんだけどさ、優斗の力ならプラットフォームを簡単に作れるでしょ? それでやれば問題なくない?」
「……確かにそうだな」
知名度が上がっている今なら独自のプラットフォームの方がいいか。
BANの心配もないし、伸び伸びと動画投稿ができる。
ダンジョンでの配信もモンスターを殺すことがよくないことではあるからな。
「まあその辺は考えておくし、ヨロズ帝国の様子もキチンと録画しておく」
「お願いー」
何だかんだリリスの言うことも叶えている気がする。
いやというか、リリスくらいしかわがままを言わないから基本リリスの言っていることを叶えているんだよ。
次はズバッと言ってやろう。覚えていたらだけど。
「ヨロズ帝国に行くのならあたしも行くよ」
天音も行くと言ってきたが、さすがにそれは頷けなかった。
「いや、今の天音では無理だ」
「どうして? 結構強くなったと思うけど……」
「そりゃLv1からLv10までレベルを上げるのは早い。Lv1よりかは遥かに強くなっているのは確かだが、まだ今の天音では足りない」
せめてシャイン・ミカエルをキチンと使えるようにならないと天音の復讐は始まらない。
「……分かった。でも絶対に全部終わらせないでね?」
「分かっている」
しっかりと俺に圧をかけてくる天音。
そこは分かっているが、早く終わらせたくてすべて無に帰すかもしれないということは言わないでおく。




