74:怒り
「ふざけんなっ!」
そう叫んだ天音が俺に温かいお茶をかけてきたが、エイルにもかかってしまった。
次の瞬間、テレイアが天音を殴りかかろうとするが天音の腕をつかんで止める。
「やめろ、テレイア」
「無理です。今すぐに殺さないと気が済みません」
冷静な顔をしながらもバッチリと殺意を秘めた目をして天音を見ているテレイア。
「な、何をしているんだ天音!」
まんじゅうを頬張っていた美琴は急いで飲み込んでからこれ以上こちらに何かしないように天音を俺たちから遠ざける。
「大丈夫か? エイル」
「はい、私は加護がありますから服が濡れているくらいで怪我はありません。優斗は大丈夫ですか?」
そう聞きながら俺にヒールをかけてくれるエイル。
「平気だ。服も元に戻しておくからな」
このチートな箱庭では時間を巻き戻すかのように濡れている状態から戻すことができる。
「ふざけんなよっ! なんでお前みたいな陰キャがそんなことになっているんだよぉ!」
俺たちから遠ざけられた天音が息を荒くしながらそう叫んだ。
俺に向かってこようとするがそれを美琴がおさえる。
「落ち着け、天音」
「どけ美琴! あいつを殴れない!」
「やっぱり殺しておくべきですね。こちらに害を与える前に」
そんな天音を見てテレイアが物騒なことを言っている。
ちなみにリリスはこんな状況でも美琴の前にあるまんじゅうを頬張ってこの状況を見ているだけだった。アラギを起動しているのはすぐに分かったが俺は気にしないから何も言わない。
「あたしが苦しい思いをしていたのに、お前はこんなハーレムみたいな状況で楽しんでいたぁ? ふざけんなよ!」
さっきまでのイライラが爆発している様子の天音。これはもう爆発させるに限ると思って言わせておくことにした。
「あたしは……あたしは! 異世界できたねぇおっさんたちに体を好きにさせて、媚びへつらって、相手を気持ちよくさせて、それでも生きるために頑張ってきた! それなのに……なんでお前みたいなカスがあたしよりいい生活をしているんだよ! あたしより下なんだから苦しめ!」
クラスの人気者な雰囲気から一変して、内面の悪さを発露させた天音。
「本性が出ましたね。助けられておいて見下しているとはどうしようもない性格です」
「最初から優斗を見下しているのは分かっていたけど、これはかなり拗らせてるなぁ」
「……ヨロズ帝国の哀れな犠牲者ということですか」
天音に対してそれぞれが反応する中、美琴が天音をおさえながら口を開く。
「すまない優斗。……天音は今までヨロズ帝国にいいように扱われていたんだ。だから許してほしいとは言わないけど、少し考慮してほしい」
地雷なのは分かるけど俺は天音に配慮する気はないからそのことを掘り下げてやることにした。
「別にこれくらいの悪口なら構わない。そんな哀れな人間の言葉、余裕のある俺には全然気にならないからな。哀れすぎて同情すらしてしまうけど」
「お前ぇ!」
「す、少しどころかもっと考慮してほしいかな!」
美琴は天音を必死でおさえながら俺にそう訴える。
「分かった。それで、結局どうしていいように扱われたんだ? あの御大層な剣があれば問題はなかっただろ」
「それを聞くのかい!?」
「いやだって聞かないと分からないだろ? だから聞くんだ」
聞かなくても分かるけど天音への嫌がらせで聞いてやる。
「あんな剣役に立たねぇよ! 光るだけのつまらない剣なんだからな!」
「ということは名前だけの剣ってことか」
本性を隠す天音にお似合いの剣だと思ってしまうがそれは地雷どころか色々とすっ飛ばしそうになるから言わないでおく。
「天音のことは僕が教えるから、今は勘弁してくれないだろうか。天音は、色々とあって疲れているんだ」
「そうか」
ここにはいい人の美琴がいるからな。だからあまり必要以上に嫌がらせをしたら美琴に嫌な思いをさせるかもしれないからやめておく。
「あたしがどういう扱いを受けたかって? そんなに気になるのならあたしの口から言ってやるよ!」
だけど爆発している天音はそう言って語り始める。
「あたしはな、この雑魚の剣しかなかったから全然モンスターを倒せなかった。ヨロズ帝国で使徒は強いのが当たり前の世界だ。だから待遇は最悪、ゴミを見るような目を向けられていた」
「追放をされたとかではないのか」
「そうなった方がずっとずーっとよかった。でも、そんな優しい国じゃない」
今のところヨロズ帝国でいいところを聞かないな。
「当然のことを当然のようにできないからヨロズ帝国では奴隷のような対応を受けていた。……そんな対応が我慢ならなかったし、そのままでいればどうなるか分からなかったから、あたしは体を使って地位を取り戻そうとした」
さっき言っていたことか。
「最初からそんな地位の高いやつらに相手をされるわけがないから、貴族でも能力が低いやつらを狙って褒めてやれば傷の舐めあいみたいな感じで嬉々として体を重ねた。色々なやつらを誘惑して、時には気持ち悪いプレイを要求されても笑顔で応えてやった。あたしが心の底から慕っていると思っているバカな貴族が、他の地位がある貴族に紹介して見せつけセックスをしたこともあった。でもそれで地位のある貴族に気に入られることもあったから、そっちにも体を許して地位の高いやつらを狙っていった。それで、あたしは奴隷のような待遇じゃなくなった」
……おー、かなりしっかりとビッチになって生き残ったんだな。
しかも思ったよりも体を売っているな。たぶん二桁以上やってるだろ。
「それなのに、お前はここで純愛をしていたって……? ふざけんなよ……ふざけんなぁ……!」
さっきまで大人しかった天音がまた荒ぶり始めた。
「それは持って生まれた才能だろ。俺はこのチートな箱庭が持てるくらいの才能があった。お前はそうじゃなかった。もとの世界でも分かっていることだろ? 俺みたいなイケメンじゃないやつは努力しないといけないけど、お前みたいなやつは上手くやって生けれる。ちゃんと分かっていることだろ」
そこはちゃんと理解している様子の天音は歯を食いしばりながら俺を睨み付けてくる。
だけどそれに対して特に何も思わない。むしろ犬が吠えている気分くらいだからな。
「お前はそんなことをさせたヨロズ帝国を恨んでいるのか?」
ふと思ったことを聞いた。
「当たり前だろ……! そんなことをさせたヨロズ帝国を恨まないわけがないだろぉ!」
「それならもしかしてヨロズ帝国を滅ぼした方が嬉しいのか?」
「はっ! 当然だろ! あんな国なくなればいい! 美琴も綺麗事ばかり言って、あんな国なくなればいいって思ってるでしょ!?」
今度は美琴に噛みついた天音。
「確かにあの国は異常だよ。でもそのすべてを恨むのは間違っている」
「でもその異常で国は成り立っているんだろ! それなのにすべてを恨むのは間違っているって言う方が間違っている! 見せしめとして無惨に殺された岸野を忘れた!?」
「忘れるわけがない。でもそれでも――」
「綺麗さっぱり消えた方が世界のためだろ! あんな思想の奴らが一人でも残っているだけでまたきっと起こるに決まってる!」
今まで抑えていたものを吐き出している天音。
それを受け止めている美琴と、あまりにも哀れな状況になっていた。
「あんたはいいよ! だって力があって綺麗事を抜かせれるんだから! でもあたしは違う! こびないとこの世界では生きていかないんだから! それなのに分かったような口をきくな!」
「それは言い過ぎですよ」
そこで天音に口を開いたのはテレイアだった。
「自分の無能さは己のせいです。それを全くそのことに関係がない誰かのせいにして自分が受けてきた残酷な行いへの怒りを発露させるのは滑稽ですね。怒りのぶつけどころを間違えないでください」
「何も知らないくせに……!」
「分かりませんね、あなたみたいに自分自身の無能さを見ていない人のことなんか」
さすがは同じような状況になっている人だけはある。
テレイアの言葉で天音はいったん冷静になったようだった。
だから俺は天音に向けてある提案をする。
「天音、お前はもう元の世界に帰ればいい。異世界のことに触れていたら苦しいだけだぞ」
さっきは美琴に合わせていた天音だが、この状況なら好きに言えるだろう。
「は? あたしに苦しい思いをさせておいた国がどんな結末を迎えるか見ないままで帰れって? そんなの冗談じゃない! できることならあたしの手で壊してやりたいよ! あたしを苦しめさせた奴ら全員この手で殺してやりたい!」
天音の底知れぬ怒りをヨロズ帝国が買ったということか。
まあでもここまで怒りがあるとは思っていなかったけどね。
「優斗さん、彼女に昨日行った場所に連れて行きたいと思っていますけど、どうでしょうか?」
「あそこにか?」
テレイアが言っているのはダンジョンのことか。
ダンジョンに行けば力をつけられるから復讐することができる。
俺は復讐することは悪いことだとは考えていない。法があれば話は別だがその国ではそれがまかり通っている。
しかも異世界人、使徒という名目でいいように使われているのならそれに対して復讐することはむしろ正義的と言える。
「まあ、天音にその意思があるのなら俺は止めはしない」
復讐を止める権利は誰にもない。ただそのために手を貸すってなればこちらも共犯になるということだ。
それを背負うかどうかは復讐を肯定していても別の話になるが、俺は気にしないから勝手に背負わされると思うくらいだ。
「いいのか?」
最終確認として俺に聞いてくるリリス。
「俺やエイルたちにとっては関係のない話ではあるけど、さすがにここまで招待しているのなら協力はするよ」
「そっか。それならあたしも何も言わない。エイルはどー?」
エイルは追放されて命を狙われてもなお、国の奴らに恨み言を言わなかった。
だから復讐とかを考えず、今を生きている立派な精神の持ち主だ。なおアイテル聖王国は滅んでいるが。
エイルは少しの沈黙ののち、口を開いた。
「――はい、私からも何も言うことはありません。ただ、優斗が作ったもので人を傷つける牙を研ぐことになるのは、少し思うところがあるくらいで気にしません」
エイルは聖女だ。
だからそういう人を傷つけることに関しては思うところがある。
いい人のエイルと美琴はどれだけ相手が悪いことをしていたとしても相手を考えるから本当にすごいと思う。
「天音さん、あなたに相応しい場所があります」
全員の承諾を得たことでテレイアは天音に対してそう話しかける。
「……どこ?」
「優斗さんが作ってくれたダンジョンです」
「そいつが……?」
「そいつではありません、優斗さんです」
テレイアは俺に対しての悪意は少しだろうが嫌いだからそこは修正する。
「はいはい、優斗ね」
「はい。昨日ちょうど行ってきたので見せます」
テレイアはリビングで置いてあった自身のスマホを手にして操作する。
そのことに「スマホ、持ってるんだ……」と天音は少し声を漏らしながらも落ち着いた様子で待っていた。
落ち着いたから美琴は座っていたソファに座ってリリスによって食べ続けられている残り数個に減ったまんじゅうを見て少し絶望の表情を見せていた。
そしてテレイアは慣れない手つきだがちゃんと配信の画面にでき、天音に画面を見せた。
「え!? こ、これって、は、配信してる!?」
配信の画面を見て心底驚いている天音。
「はい、それにこれが初めてではありません。それよりも今は配信を見てください」
「い、いやいやいやいや! え、これって元の世界?」
「そうだぞ。正真正銘、俺たちがいた世界だ」
「……は、はぁ!? お前が変なものを被って出演して、どうしてこんな再生数が出てるんだよ!」
「そりゃ周りの女の子が可愛いからな」
「そうだろー?」
「今はリリスさんではなくエイルさんに言った言葉ですよ」
「周りだからあたしも入ってるだろー」
そんないちゃもんを言いながらも天音は配信画面を見る。
配信はちゃんと電脳王が分かりやすくしているから分かりにくいということはないだろう。
そしてしばらく食い入るように見ていた天音が口を開いた。
「……テレイアさんは本当に才能がなかったの……?」
お、腹を隠している状態に戻っている感じがするな。
「そうです。私は才能がなくて、冒険者をするためには男に体を好きにさせないといけませんでした。だけどそんな私でも力を得る術を優斗さんがくださいました。優斗さんは私の神です」
そ、そう言われると何だか恥ずかしくなるな。誰かの神になったことは……あ、元アイテル聖王国でそう言われたことがあったな。
「ここに入れば天音さんも力を得ることができますよ」
「……ふ、ふふっ……そんなことを言われたら、ますます奴らをぶっ殺したくなってくるね……!」
天音は俺の方を顔を向けた。
「ぜひここに入らせて。力を得れるのなら何でもするよ。もうこの体は汚れ切っているからそれくらいで力を得れるのなら気にしないからね」
「いや、俺は妻帯者だから」
ここに来てまさかダンジョンが役立つようになるとは思わなかったが、テレイアがいいのならまあいいか。




