72:ヨロズ帝国
「それより、優斗は異世界に転移してからどこにいたんだい? あのあと僕たちが転移してもどこにもいなかったから少し探したんだ」
美琴からそれを聞かれてチートな箱庭のことを教えるのか少しだけ悩んだ。
何でもかんでも教えるのも癪だし、何より美琴だけならともかく舐め腐った態度の天音に教えるのは無理だ。
「さぁな、そんなことはどうでもいいだろ。それよりも今のことだ。俺に何か用事があるのか? それとも本当に気になったから来ただけなのか?」
さっきまでの話を聞けば、魔神病を治すためにこのカノナス領地に来たところ、避難食を見つけて同郷かもしれない異世界人がいると思ってテミスと接触した、ということになる。
だから魔神病を治ったら用事がないと思えもする。
「あるよ、とても大事な用事がね」
「なんだ」
あるのか。ないって言えばテミスと話してから帰るところだったのに。
「今僕たちのグループは大きな障害に当たっている」
「グループ?」
「そうだ、転移してきた僕たちは色々とあって大きく三つのグループに分かれて行動しているんだ。愛しき我がふるさとに帰るためにね」
こいつら帰るために行動しているのか。
「それなら元の世界に帰してやろうか?」
「そうだ、元の世界に……え」
最初俺の言っていることを理解しきれなかった美琴がフリーズした。
「え、神室くんそれ本気で言ってる? 冗談なら笑えないよ?」
「……いや、優斗の力ならできてもおかしくはないか。本当にそんな神のごとき技ができるのかい?」
「あぁ、できるぞ」
ていうかさっさと帰してこの二人の件を終わらせたいと思っている。
「帰りたいのなら今すぐにでも帰す。というか帰るか帰らないのかさっさと決めろ。帰るのなら今すぐに道を開く」
一応チートな箱庭から扉を開けた方がやりやすいか。前回もやったし、距離も近いし。
「ま、待ってくれ。まだ僕たちは帰れない。大きな障害にぶち当たっていて仲間が囚われているんだ」
「それなら帰らないでいいな。俺はお人よしじゃないからな、そんな悠長に待って全員を帰すことはしないぞ」
しょせんこいつらとは同郷というだけで助ける義理も義務もない。
だからここで断るのなら俺が見せた善意は終わりだ。
「あたしたちは同じ世界から来た仲間なんだよ? なのにどうしてそんなことを言うの……?」
「俺に全員を救えって言うのか。馬鹿を言うな。どうしてそんな厄介なことをやらないといけないんだ。ここで二人を帰すだけでも十分だろ」
俺の力なら全員を見つけてさっさと帰すことは簡単にできる。
でも俺はあまねくすべてを救うスーパーヒーローではない。仕方なく助けることはあれど、進んで助けることはしない。
俺とは関係ないから。
「――それなら僕は大丈夫。仲間を置いて僕だけ帰ることはできない。あ、天音は帰りたいのなら帰っても大丈夫だよ。これは僕だけの決意だからね」
おぉ、たぶん美琴はすごくいい人なんだろうな。自分だけ帰っても問題ないのに帰らないんだから。
というか魔神病にかかったら治らないんだから、仲間たちからもう死んだ者扱いされていそうだけど、それでも仲間のために行動するんだろうな。
さて、一方のいい人じゃない仲間がどう答えるのかが気になるところだ。
「もちろんあたしも残るよ! 仲間は多い方がいいに決まってるよ!」
おぉ、そう言っている割にはかなり無理をしている感じがヒシヒシと伝わってくる。
間違いなく帰りたいのだろうが体裁を優先して残ることにした。
これはこれですごいと言えるな。適当な言い訳をして帰ればいいものを、帰らないんだからすごいと言える。
でも無理をしているのは分かっているから少しだけ馬鹿にした笑みを作ってやることにした。
するとそれを見た天音が口角をヒクつかせているのが分かるからあと一歩で爆発しそう。
「受けてもらえるかは分からないけれど、優斗にお願いしたいことがあるんだ」
「まあ聞こうか」
「ありがとう」
こういういい人は助けてもいいかなとは思うけど、そんなことで助けていたらキリがない。
「僕たちのグループは最初に転移されたヨロズ帝国で活動をしているんだけど、困ったことにヨロズ帝国はかなりの神信仰でね、僕たち転移された人間は使徒と呼ばれている」
そういや俺が転移したのはヨロズ帝国だってエイルとリリスと一緒に配信で異世界雑談をしている時に分かったんだったか。
人間が統治している国には大きな国が三つあった。
一つ目はエイルがいたアイテル聖王国。
二つ目はテミスが元々貴族だったノモス王国。
三つ目は俺たち異世界人が転移したヨロズ帝国。
この三つの国はそれぞれ考え方が違っていた。
アイテル聖王国は魔族を退けるために神の力を使い、ノモス王国は世界の均衡のために神の力を使う。
そしてヨロズ帝国は神の力の使い方ではなく、その神を求めるために国があった。
今ではアイテル聖王国は神の力がなくなり壊滅したが、俺のシステムによって頑張っているから大きな国は二つになっているわけだが。
「ヨロズ帝国では現在問題が二つあってね、そのうちの一つを解決してくれる人を探していたんだ」
ヨロズ帝国はあまりいい噂は聞かない。というかいい噂はない。
エイルいわく、神に選ばせるために血統を重視したり神から気に入られるために幼子を洗脳する。
リリスいわく、神の機嫌を取るために魔族の領土に特攻させたり、親子で殺し合いをさせる。
まあつまりは一番ヤバい国と言うことだ。
だけど神に気に入られるという一点で国が存続しているんだろうな。国の生存という観点から見れば悪くはないのだろうがそんなことで少数を見捨てる国は好きになれるわけがない。
配信でそのことを話したらコメントはドン引きしていたのは言うまでもない。
美琴は話を続ける。
「今、神に試練が与えられているんだ。その試練に打ち勝てば千年は加護を約束、試練を突破できなければ一切の加護を与えず別の種族に与える。そういう試練がね」
「その試練を突破できる人を探しているってことか?」
「うん、そうなる。しかも悔しいことに僕たちのグループは何度か失敗していてね、もう後がないんだ」
「そんなに難しそうなら試練を断らなかったのか?」
「……できなかったんだ。最初に、逃げられないように仲間が一人人質にされてしまったからね」
うわ、やっぱりヤバい国だった。使徒と呼ぶ割には待遇がかなりヤバそうだな。
「失敗するごとに人質が一人ずつ増えて、仲間は僕と天音を除くと残り一人になっている。不幸中の幸いと言うべきか、僕と天音が魔神病になったことで国から追い出されたことで、試練を突破できる人を探しつつ魔神病を治す旅になったんだ」
ヤバそうだけど、なんだか……リリスが聞いたら面白そうと言いそうだな。
「全員人質になったらどうなるんだ?」
俺がそう聞けば天音は全身を震わせ、美琴は震えていた手を片方の手で抑えた。
「どう、なるんだろうね。よくて使徒として孕み袋になるのか、家畜の餌にでもなるのだろうね」
「よくそんなヤバい国で活動していたな。外の国からはヤバい認定されていただろうに、なぁテミス」
「えぇ、そうね。ヨロズ帝国を知っているのなら行こうと思う人はいないわ」
客観的に知っている俺やテミスはヤバさを理解しているからその国で活動しようなんて思わない。
「……分からなかったんだ」
「その国にいてか?」
「巧妙に、隠されていたんだ……!」
美琴は己の過ちをとてつもなく悔いている顔をしていた。
「でも、今はその過ちを嘆くことができることじゃない。できることなら優斗に一緒にヨロズ帝国に来て試練を突破してほしいと考えている。ヤバい国だと分かっていても、どうか来てはくれないだろうか……!」
美琴はソファから立ち上がったと思えば、俺の近くで土下座をしてきた。
「僕たちではどうすることもできないんだ……! だから、だから……助けて……!」
さっきまでできればと言っていた美琴だが、今は懇願してきた。
「僕を好きにしてもいいから、どうか仲間だけでも助けてくれないか!?」
えー……ここまで言われて断るのはしんどいんだけど。
別に美琴を好きにしたいわけではない。俺にはエイルがいるしリリスやテレイアがいるからな。
だけど……いい人がつらい思いをしてここまで来て、必死になっている姿を見ているとこちらまで辛くなる。
「悩んでいるのならやってあげればいいわよ」
表情に出ていたのか、テミスがそう言ってきた。
「ヨロズ帝国のやり方は到底許されないけれど、私はこのユウト公国があるし関係がない。だけど優斗は無関係な私たちを助けてくれたわ。私は優斗が今回も動いてくれればうれしいと思う」
助けて何が得られるとかそういう説得ではなく、感情による説得か。
もう一人の天音は何をするでもなく美琴を見て辛そうな顔をしていた。
何か思うところでもあるのだろうか。
よく考えればヨロズ帝国と関わっている時点でヤバい異世界生活を送っているのは間違いなさそうだ。
まあ、ここまでされたら助ける気ではある。
でも今の俺は家族を持っているわけだから簡単にそれを決めることができないのが事実。
いやこのチートな箱庭を現実世界に重ねている時点で心配することなく何でもできるわけだが。
「分かった、手を貸す」
「本当かい!?」
「だけど、ヨロズ帝国に容赦はしない。最悪滅ぼしても文句は言うなよ」
悪だと判断すれば俺は簡単に殺す。
人間だろうと魔族だろうと関係がない。
アイテル聖王国の時は魔族が悪逆非道なことをしていたから殺した。
今回も人間であっても悪逆非道なことをしていたら殺す。そこに人間だろうが魔族だろうが関係なく俺は判断を下す。
「……それは、どうにかならないかな?」
「ヤバい考えで繁栄してきた国に情けをかけるのか? それだとまた被害者が増えるだけだぞ」
俺はいたって普通のことを言うがそれでも美琴は違うようだ。
「ヨロズ帝国は確かに色々とヤバい国だ。そこは議論する余地もないよ。でも、そこに生きている人たちは、その悪逆に関わっていない人たちも多い。だから……滅ぼしてしまったら、こちらが悪になってしまう」
なるほど、優しい考え方なこった。
「それなら悪逆非道なことをしている奴らを全員殺して、その結果として滅ぶのはいいか?」
アイテル聖王国の時は少し違うが、それでもアイテル聖王国は加護がなくなったことで滅んでいる。
「……あぁ、それは仕方がないことだ。ヨロズ帝国の悪しき風習は滅ぶべきだと思っているからね。それで国がよくなると信じているからね」
そう言えるのなら俺がやることに文句は言わないだろうな。
「そっちもいいか?」
ずっと口を開いていない天音にも問いかける。
「……うん、いいよ!」
天音のこの間は完全に言いたいことがある感じだ。
でも天音のことをチラッと見ていたから分かる。天音は完全にヨロズ帝国を滅ぼしてほしい顔をしている。
だけど今は美琴の意思を尊重する方向だ。
「分かった。それならいったん俺は拠点に帰る。そっちはここにいるか?」
「嫌ではなければ僕もそこに連れて行ってはくれないだろうか? 君がどんなところにいるのか気になるんだ」
あー……まあいいか。チートな箱庭に案内するか。
「そっちはどうする?」
「あたしも連れて行ってくれるのなら行きたいな! 神室くんはどんな生活をしていたのかな?」
そっちよりも確実にいい生活ではあったよ。
「というわけだからテミス、この件が終わったらまた来るよ」
「えぇ、待っているわ。……取引のこともあるのだから、ね?」
「……そうだな」
「それに名前を使ったことや滅却の神殿にある道具についても、まだまだ差し出さないといけないからまた来て」
テミスならやっぱり言ってくると思ったよ。




