55:不快感
コメントが困惑している中、リリスは続ける。
『この世界に来たあたしやエイルと同じ異世界人のその子が、みんなに見せた東京を初めて見た反応を撮影したよ』
リリスの重大発表はその誰かが分からないから困惑が続いている。
『動画をこのまま流してもいいけど、どうせだから本人に来てもらおうか!』
「え」
「は?」
「はい?」
リリスの放ったその言葉は全く知らされていないことだった。
だから俺たちはそろって驚きの声を上げた。
「き、聞いていましたか……?」
「いや、何も聞いていない。たぶんわざと教えなかったんだろうな」
エイルも知らないから困惑しながら俺にそう聞いてくるが俺も一緒だ。
それがあらかじめ考えていたことなのか、思いつきなのかは分からない。だけど前者である可能性が高そうだ。理由はリリスだから。
「……私、配信に行かないといけないんですか?」
突然聞かされ、さらに言えば配信のことも最近知ったばかりなのだから色々な感情がテレイアの中で渦巻いているのが分かる。
驚き、焦り、そして怒り。俺も急にそんなことを言われたらイラっとはしそうだ。たぶん。
「行きたくないなら行かなくてもいいと思うぞ」
「テレイアさん次第です。全部リリスが勝手に考えていることですから」
リリスはテレイアが来なかったらどうするつもりなのだろうか。
『優斗、エイル、それともう一人。配信見てるよね? 部屋に来てー』
こちらに呼びかけてくるリリス。
そうは言ってもテレイアが決めることだからな。
「……行きます」
少し考えたテレイアは行くことを決めた。
「行って、文句を言います」
「そうだな、それがいい。配信の中で文句を言ってやれ」
「それなら私は配信が終わったあとに小言を言いますね」
おぉ、配信が終わっても解き放たれないようだ。でもせめて言っておけと、重大発表が何だと言っておけと言いたくはなる。
配信で俺たちを急かしているリリスが映ったノートパソコンを放置して二階に向かう。
ちゃんと入る前に魔道具を引き寄せて認識阻害の眼鏡をつける。
「……それ、なんですか?」
「そういえば説明していなかったな。これは特定の人以外には姿を分からなくする道具だ」
「優斗さんが、作ったんですか?」
「あぁ、ここは何でも作り出せるからな」
「……とんでもない力ですね」
スキルオーブを作ったから実感ありの言葉を向けられて満足している。
それよりもこっちにサプライズするなら部屋から出て来いと思いながらもリリスがいる部屋の前に立つ。
「準備はいいか? テレイア」
「……まあ、反応は文字だけですから平気ですよ」
少しだけ緊張している様子のテレイアだが、元々ネットに触れていた側の人間とおそらく認識が違う。
だから顔出しは全く気にならないのだと思うし、そもそも世界が違うからあっちでどう思われても何も問題はないからリリスも気になっていないのだろうな。
リリスの部屋をノックすればすぐに返事が帰ってきた。
「はいってー」
だから俺を先頭にリリスの部屋に入る。
俺とエイルは配信部屋に来ることは何度もあるから気にならないが、テレイアは違う。
初めて入るテレイアの部屋を興味津々に見ていた。
俺とエイルの部屋は落ち着いた部屋だけどテレイアの配信部屋は配信を意識しているから小物も多くて派手目にはなっている。
「さ、こっちに座って」
リリスは自分が座っていたゲーミングチェアにテレイアを誘導する。
「テーブルでしないのか?」
「本格的にするわけじゃないから」
確かにテレイアに本格的な配信をさせるわけにもいかないからな。
「こっち側はこうなっていたんですね……」
パソコンの画面には配信の画面とコメント欄、その他の配信者専用の情報があり、それを見て興味津々で見ているテレイアはゲーミングチェアに座る。
『美女!』
『うわ、雰囲気が好き……』
『男いらなくね?』
『出た、謎男』
『すっげぇ美人だな……』
『は!? あの優斗またハーレムを増やしてやがるぞ!』
様々なコメントが流れているのも俺たちは見えていた。
俺に批判的というかこの立場が羨ましいとか、美女だけの配信が見たいとか、そういうやつらは俺を不要だと言ってくる。
そういうコメントがあると不機嫌になる人が一人いる。
俺にしか分からない程度に不機嫌そうな表情をする、エイルだ。
俺は気にならないしそういう可哀想なやつらがいるんだと優越感に浸っているわけだが、エイルはそうではない。
……みんなに優しかったエイルが、こうして俺のためにみんなを汚物を見るような目で見るのはハッキリ言って気分がいい。だから何も指摘はしない。
それはそうと、さすがに俺たちだけ立っているわけにもいかないから背もたれがないコロ走行ができる椅子を三つ作り出した。
俺は配信には映っているがテレイアが目立つようにテレイアよりも後ろに椅子をコロがして座った。
だがコロがついているのがいけなかった。
俺の頭に大きな胸をのせながら俺をテレイアの隣に移動させた。なお配信にはリリスの顔は映っていない。映っているのはその爆乳だけだ。
エイルは椅子に座って、視聴者に見せつけるようにこれでもかとくっついてくる。胸も俺の腕に潰れて形を変えているのが配信の画面を見れば分かった。
『裏山!』
『はぁ!? 俺のエイルに何してんだ!?』
『通報しました』
『美女に囲まれてるデブってなんだよ……!』
『うお、コメントがすご』
『リリスとエイルの胸の形が分かる……!』
美女と侍らせて男どもの嫉妬を受けるのは気持ちがいいな。
だからと言って率先してエイルやリリスに配信をさせて男どものオカズにしようとは思わないけど。
俺とエイルとリリスはともかく、テレイアは流れているコメントに触れるのは初めてだ。
さっきはリリスに対してのコメントを見ていたものの、今は俺たちのことでコメントを受けている。
パソコンの画面で流れているコメントをテレイアが見ていることは分かった。
そして一言言った。
「……きもちわるい」
本当に、心底気持ち悪いと思った一言がテレイアの口からボソッと出た。
『え』
『それはそうw』
『ライン越えだぞ!』
『人妻って言ってるのに俺のとか言ってるのは気持ち悪いよね』
『もう一回ください』
テレイアのその一言は色々なコメントが流れていた。
テレイアはテレイアで言ってしまったと思ったのか画面越しで俺を見てきた。
「別に思ったことを言ってもいいよ。わざわざ取り繕う必要もないんだから」
リリスはその心を潜ませているが、それをテレイアに強いるのはお門違いだ。
おそらくリリスもそれは分かっているし、何よりテレイアには演じないようにしてほしかったのではないかと勝手に思っておく。
「……それなら、遠慮なく言います」
リリスではなく俺から許可をもらったテレイアはコメント欄を見ながら口を開く。
「ハッキリ言って気持ち悪い。何ですか? 優斗さんとエイルさんは結婚して愛し合っているんですよ? それなのに認めないとか意味が分かりませんね。頭大丈夫ですか? そもそもあなたたちは文字だけの存在なのによくもまあエイルさんと釣り合うと思っていますね、気持ち悪い。それからあなたたちとは比べ物にならないくらいに優斗さんは素晴らしい人です。それを要らないとか言うのはまず鏡に向かって言ったらどうですか? あぁ、鏡を直視できないくらいに気持ち悪いんですか。それはご愁傷さまですね」
これでもかと言うくらいの低い声音でコメントに率直な意見を言っている。
ただトゲはバリバリにあるし、無表情にもほどがあるレベルだ。
こんな意見を聞いている俺はかなり気分がよかった。こんなにも俺のことを評価しているのだと再認識できるし。
でも俺はここまで言うのかと若干引いているけどね。
隣にいるエイルは何度も頷いてテレイアが言っていることをかなり肯定している様子だ。
「うわぁ……文字数決めておいた方がよかったかも……」
「突然俺たちを呼び出したツケが回ってきたな」
「いやいや、これはこれで面白いから全然気にならないな。むしろこのフェーズが長いのが問題なんだよね」
「そういうことか」
もはやもうテレイアの気持ち悪いと糾弾する配信になっているからな。
「これ、前のコメントはどうやって見るんですか?」
テレイアは今のコメントだけではなく、前のコメントの主まで探して糾弾するつもりなのだ。
「そのマウスのこの部分を前に押し出せば上にスクロールができます」
すぐさま教えたのはこの場ですごく同意しているエイルだった。
マウスの使い方をテレイアに教え、テレイアはまだまだエンジンを全開で行くつもりだ。
「あー、テレイア」
「少し待ってください。まだ終わっていませんから」
お前は視聴者たちに何かをされたのか。いや人の心がないコメントは攻撃されているのと同じだから攻撃されていると感じたのかもしれない。
でも今はもうそろそろで終わらせないと配信が終わらない。
「俺は気にしていないからそれくらいで大丈夫だ。テレイアが言ってくれただけでも十分だからな」
「いえ、もっと言うべきです。言葉は時に暴力よりも危険性が高い時があります。それを分かっていないようであれば生きている価値なんてありませんから」
テレイアが分かっていないだけでネットって言うのはそう言う場所だからな……。
ただそうだとしてもテレイアの言葉は正しい。ネットだから言っていい言葉なんてないんだから。
「テレイアの言うことはみんな分かってくれているよ。だから今回は抑えて抑えて」
「……優斗さんが言うのなら」
どうにかパーキングにシフトチェンジしてくれた。
まさかこんなことになるとは思わなかったが、それだけ俺のことを思っていると考えればむしろ口角が上がりそうではある。
積極的に配信に出ようとは思わないけど配信に出れば何かで気持ちがよくなるから嫌いではない。
「改めて、ここにいるのは最近この世界に入ってきた冒険者、テレイアでーす」
俺の頭に胸をおいた状態で手をヒラヒラとさせてテレイアを紹介するリリス。
「テレイアが初めて東京を見た反応を配信が終わったあとに投稿するよ」
普通の人からすればすかした表情であることに変わりはないテレイアだが、俺からすればムスッとしているのが分かる。
さっきのこともあってコメントは比較的落ち着いているものの、その動画に興味がある人はそれなりにいるようであった。
「これから配信に呼ぼうと思うんだけど、どう?」
それはテレイアに向けて言われた問いかけだった。
……こんな魔境であるコメントを見なければいけないのだから軽い気持ちでは見れそうにないだろう。
「優斗さんとエイルさんがいるときは必ず出ます。それ以外は出ません」
テレイアは俺とエイルのことを考えて出てくれるのだろうな。
俺の悪口やエイルへの気持ち悪い言葉に反応するために。それはそれで相手の思う壺ではありそうだけどテレイアがそうしたいのなら俺は止めない。
「ですが、あんなに言った私が出てもいいんですか?」
さすがにそれなりに言った自覚はあるようだった。
「大丈夫だって。そうだよな?」
リリスは視聴者の方に胸を向けてそう問いかければ、コメントはすぐにそのことに反応した。
『全然大丈夫です!』
『普通なことを言ってたから気にならない』
『テレイアちゃん雰囲気が好きだから出続けてほしい!』
『あいつのハーレムが増えるだけじゃん』
『出てほしい!』
テレイアに対して好意的なコメントがほとんどだった。
「ほらね。だから出てくれる?」
「……言っておきますけど、絶対に優斗さんとエイルさんが出ている時しか出ません。それ以外は興味がありませんから」
「交渉成立だねー」
テレイアに対して好意的なコメントを見たテレイアは、少し機嫌をよくしている。
さっきまでコメントに嫌悪感を示していたはずだが、もしかしなくてもテレイアはチョロいのかもしれない。心配だぞ。




