46:囮にされた女冒険者
「お母様ですか?」
スマホが鳴って正面のエイルがそう聞いてきた。
俺の母親が一番可能性があるし、エイルとリリスがこの場にいる時点で母親しか電話はかけてこない。
もしくはテミス。マゾを我慢できずに連絡してくる可能性はある。
そう思いながら誰かと思ってみれば、パナケアだった。
ここで素直にパナケアだと言えばエイルがビックリするだろうから誤魔化すことにした。
「いや、ちょっとした友人だ。少し外す」
俺はそう言いながらリビングから出る。もちろんノーパソの電源を切ってからリビングから出ることを忘れない。
俺が元アイテル聖王国を助けたこのタイミングで電話とは、関係がないとは思えないな。
「はい」
そう思いながらリビングを出てすぐの廊下でパナケアの電話に応答する。
『あ……優斗様のお電話でしょうか……?』
「はい、そうです」
『その、パナケアです……』
「どうしましたか?」
パナケアとは一回しか話したことがないし時間が空いたから、こんな声だっけと思うくらいだ。
『その、お願いしたいことが、ありまして……』
「お願い?」
『はい……一人、そちらに送りたい人がいます……』
え、なんだ。このタイミングだからもしかしてそれ関連の人なのか? それはそれで嫌なのだが。
「もしかして、アイテル聖王国に関係する人ですか?」
『……あぁ、あれですか……。それとは、違います』
今まで聞いたことがないパナケアの声色だった。
冷たく、興味がないような声色は不気味さを感じられる。
でもエイルの一件があったのなら……神じゃなくてもそうするか。ていうかフレイヤと同じにするのはアストレアやパナケアに失礼か。
ただ神という視点だからこそ、エイルを追放したくない人たちのことを見ていないだろう。そういうところは神のいけないところではありそう。
そえに、信仰を持っていなかった俺からすれば、アイテル聖王国の人々には神離れをしてもいいのではないかとは思う。
「そうですか。それなら誰ですか?」
『その、冒険者です……』
「冒険者?」
エイルは追放された聖女だったが、その冒険者はどういう人なのだろうか。
『はい……その、ダンジョンで囮にされた女性です……今は、かなり危ない状況です』
え、また女性? しかもダンジョンで囮って、またよくありそうな状況だな。
『それで、いかがですか……?』
いかがですかと言われてもな……ここで嫌ですと言ったらどうなるんだ。
その女性は助からないのか? パナケアは神だからどうにもできないんだろうから、その女性は死ぬしかないのかもしれない。
俺としては見ず知らずの女性が死んでも……パナケアは本当に残酷なことをしてくる。
俺が助けなければその女性が死ぬかもしれない。それは俺に生殺与奪の権を与えているのと同じことだ。
さっき元アイテル聖王国の人々がしたことは魔族がしていることが胸糞悪かったからだ。
囮にされて死にかけていることも、胸糞悪いことと同じだ。
「……ちょっと待ってください」
『はい……!』
この箱庭が俺だけなら引き受けたかもしれない。
でもこの箱庭にはエイルとリリスがいるからそういうわけにはいかない。いや、二人が断る状況があまり理解できないが。
「少しいいか?」
リビングの扉からコッソリとこちらを見ていたエイルとリリスにそう声をかけた。
俺が出てすぐに扉からコッソリと見ていたのは分かっていた。リリスが最初に見て、エイルがリリスに誘われて見ていたことも分かった。
この箱庭のことなら何でも分かるからな。
「こ、これは……」
「慌てすぎ。なに?」
エイルは慌てた様子を見せるが、リリスはすぐにリビングから出てきた。
「ここにまた人が来てもいいか?」
二人には率直にそう聞いた。
「また神にでも頼まれた?」
「そんなところだ」
「女?」
「あぁ」
「それならあたしはいいよ。エイルはどう?」
どうやらリリスは男がここに来ることは嫌なようだ。今までのことを考えればそれもそうか。俺が例外なだけか。
エイルはどこか複雑な表情をしてから口を開いた。
「……その女性は、どうしてここに来るのですか?」
「ダンジョンで囮にされて危険な状況らしい」
「そういうことでしたら早く呼んでください。危ないのなら拒む理由はありませんから」
「分かった」
やっぱりエイルならそう言うか。
例え追放されたアイテル聖王国の人々だとしても、受け入れるだろう。エイルはそういう女性だ。
「ここに送ってください」
『ありがとう、ございます……!』
パナケアがお礼を言っている間に、俺の箱庭がチューニングされてすぐに人が入ってきた。
『送りました……! その、ありがとうございます……!』
「はい。もう切ります」
こんな面倒ごとを持ってこられない方がいい。
知らなければどこかで人が死んでいるんだと思う。
ただこうして知り、俺に生殺与奪の権を握らせる時点で弱みに付け込まれているのと一緒だ。
ふぅ……女神たちに弱みを見せてしまっているかな。キチンと断っておかないとまた付け込まれそうだ。
「もう送られているから、行こうか」
「はい!」
「あたしもどんな顔をしているか見に行くかー」
冒険者がどこに飛ばされているのか確認すれば、今回は珍しい場所に飛ばされていた。
「東京に飛ばされているな……」
珍しいと言うのは、いつもなら空間の端付近に送られるはずなのに今回は中央寄りだったからだ。
「私たちが観光した東京ですか?」
「あぁ、そうだ」
「へー、それなら冒険者は珍しく思っていそうだ」
「それに不安な気持ちになっているかもしれません。行きましょう」
「あぁ、飛んでいくぞ」
ここから東京はかなり離れているから飛んでいくしかない。
俺とエイルはその女性を迎えに行くために着替え、リリスはだらしない恰好で準備を完了させた。
第一印象でイメージは決まるわけだが、これではその通りになってしまう。誰も気にしないからいいけど。
俺たち三人でここに迷い込んできた女性冒険者の近くに転移した。
お目当ての女性冒険者と少し距離を置いたところに転移したが、俺たちと彼女はハッキリと認識できる距離だ。
怪我をしていないところが見当たらないほどの状態で、東京の街並みを見ている女性だった。
ミディアムショートの茶髪はかなり乱れ、痛いはずなのに顔は澄ました表情をしている女性だった。
どこか達観しているような雰囲気があるその女性は、東京に興味ありげな視線が見て取れる。
「だ、大丈夫ですか!?」
そんな満身創痍の女性を見て、エイルは駆け寄った。
それでようやくこちらに気が付いた女性冒険者はこちら、というよりは俺をジッと見ていた。
俺とリリスもエイルに続いて女性冒険者に近づく。
「……誰ですか?」
だけどエイルが近づこうとすれば距離を取り、こちらを警戒する女性。
痛いだろうによくそんなに素早く動く。
俺はそんな痛い思いをしたことがないから分からないが、俺なら絶対に動くことができないぞ。
痛々しくて見ているこっちが痛くなる。
「俺はこの箱庭の主、優斗だ。お前はここに神に導かれてきた迷い人だ」
俺は事実だけを告げる。
それを相手が望んでいることも分かっているからな。
「箱庭……?」
「お前がいた世界とは別の世界で、俺が作り出した場所だ」
「そうですか……それで、哀れにも神に見放された私をどうするつもりですか?」
「どうするも何も、お前の怪我を治すだけだ。それが終わったら好きにすればいい」
エイルとリリスは行く当てがないからここにいるだけで、テミスのようにやることがあるのなら戻ってもいい。
別に神からこの箱庭に住まわせてくれと頼まれたわけではない。だからこの冒険者の傷が治れば出て行っても問題はない。
「本当にそうですかね。……女性二人を侍らせて、しかも片方は魔族。女神でも落として危険な目に合っている女性を送って同じように侍らせようとしているんですか?」
侍らせていることは間違ってはいないが……そんな空気を出していないから当てずっぽうかな。
でも警戒心マックスなのは間違いない。
「俺はどう思われようがどうでもいいが、エイルはお前を助けようとしている。それは分かるだろ?」
「……まあ」
さすがにエイルの心配している顔は分かる様子だ。
だから今度はエイルが近づいても逃げることはなく、エイルの治療を黙って受けた。
「あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「それくらいなら……テレイアです」
「私はエイルです。あちらのサキュバスがリリスです」
「どーも」
魔族であるリリスにも警戒している様子だが、どちらかと言えば俺の方が警戒しているな。
ただ……さっき見た残酷な魔族の姿を知っていれば、そりゃエイルやテミスも警戒するか。
「ん? どした?」
「いや、リリスは魔族らしくないなって」
「あたし魔族らしいでしょ。だって人妻をそそのかしてハーレムを認めるように言ってるんだぞ」
「たしかに」
サキュバスとしては正しい魔族の形ではあるが、俺の言いたいことはそうではない。でもいいか。
「これは、魔法ですか?」
「いいえ、パナケア様の加護です」
「そう、ですか……」
パナケアの加護だと聞いてどこか辛そうにしているテレイア。
だが、俺はその感情が理解できなかった。
テレイアも同じくパナケアから加護を受けているんじゃないのか? そうじゃなければパナケアから助けられることはない。
……考えられるとすれば、もしかしてパナケアからしょぼい加護しか貰えなかったとか?
いやだけどそれなら助けられることはないか。意味が分からない。
一分もしないうちにエイルの治療が終わったが、まだ全身に付着した血は残ったままだ。
しかも装備もボロボロで、元々持っていたであろう剣も鞘だけで本体がない。
「どうする、これからテレイアがいた場所に送り返そうか?」
治療は終えたからテレイアがここから出て行きたいと言えばそうするつもりだ。
テレイアに思い浮かべてもらわなくてもダンジョンの外の座標は俺の道具で分かる。だからテレイアがここにいたくないと言えば、すぐに送ることができる。
「もう少しここで休まれてはいかがですか?」
優しくテレイアに諭すエイル。
だがそんなテレイアはエイルの言葉が届いておらずどこか遠くを見ていた。
「いた場所……」
そうつぶやいたテレイアの顔は青くなっていく。
「うぷっ!」
テレイアが手で口を押えたと思ったらしゃがみこんで嘔吐した。
手で押さえられずに胃液が地面に吐き出された。
「大丈夫ですか?」
エイルはそんなテレイアに焦らずに背中をさすっている。
「家に行こうか。そのまま送り返しても危険なだけだろ。嫌なら俺とは違う場所にいればいい」
……こんな状態の女性を外に放置なんかできるわけがない。




