41:温泉旅館
温泉旅館に入れば、もちろん誰も出迎える人はいない。
「誰もいない感じね」
「当り前だろ。さすがに人間は作らないぞ」
俺なら誰でも作り出すことができる。
それこそ俺がいた世界で有名人、アイドル、グラドル、政治家までそのままでも生み出すことができる。
そのままじゃなくても、俺の都合のいいように書き換えた状態の人間でもできる。
書き換えなくても年老いた人を若い状態で作り出せる。
さらに言えば二次元のキャラだろうと三次元の人間として持ってくることだって可能だ。
それくらいにこのチートな箱庭は何でもできる。魔力で言っても武器一本よりも断然低い。
「なんでよ?」
「……人間を作って、不要になれば消すみたいなことはしないぞ」
「消さなくてそのまま生活してもらえばいいわよ」
「そんなことで人間を増やしたくないんだよ」
後々になって消す羽目になるのも嫌だからな。そこ辺はしない。
一つ思い浮かんだのは、助けを求めている世界を探し出して、そこに島流しするということだが、そんなのは許されない。
俺は神を超越する力を持っているが、神の思考は持っていない。
そんな人間を道具みたいな考え方はできない。
「この温泉旅館には人がいないけど、勝手にやってくれるようになってる」
この温泉旅館は言い方を簡単にすれば生きている。
もちろん機械的なものであるが。
俺が何もしなくても俺たちの人数に合わせてスリッパが四つおかれた。
「これもあんたの力?」
「自動でやってくれている。だから要望があれば言ってくれ。そうすれば勝手にやってくれる」
「そう。それなら、温泉に入りたいわ」
母親がそう言えば旅館は命令を受諾した。
本来ならば部屋に案内、という工程から入るが客が温泉に入りたいと言ったからその案内がなされる。
「うわ」
「こうやって案内されるんだ」
「雰囲気的に合っていますね」
俺たち一人ずつに浮いた提灯がついた。
その提灯にはよく見る温泉のマークが示されており、俺たちの少し前を飛んでいく。
「この提灯について行けば、その提灯に示された場所に行くことができる。部屋に行きたいって言えば、ちゃんと割り振られた部屋のマークが示されるよ」
「へー……未来的ね」
「見方を変えればオカルトだけどね」
俺たちは四つの提灯について行けば、温泉がある場所が見えてきた。
男湯と書かれた青いのれんと、女湯と書かれた赤いのれんが見えた。
混浴は別のところにある。……もしかしたら俺とエイルとリリスの三人で入ることがあるかもしれない。
でも俺たちは狭いお風呂で入るのが好きだからな。特別な日じゃないと入らないし来ないか。
「母さん入るのか?」
「ここまで来たら入るわよ」
また来るとかではなく今入るのか。
「どうせだから、エイルとリリスも一緒に入ろう」
「はい!」
「はーい」
「……俺も入るか」
さっき入ったけどここで待っておくのもあれだし、久しぶりに温泉というものを体感しておこう。
「優斗、こっちではないのですか……?」
俺は男湯、他三人が女湯に入ろうとしたときにエイルからそんなことを言われた。
「さすがにこの歳で母親と一緒は嫌だからな」
「そ、そうですか……」
残念そうにしているエイルだが、さすがにここは譲れない。
母親と一緒に入るなんて勘弁してくれ。とんでもないやつか創作作品でしか一緒に入らないぞ。
俺は三人と分かれて、ようやく一息つく。
母親がお嫁さんと愛人と一緒にいることがこんなに疲れるとは思わなかった。
エイルが笑顔だから嫌というわけではないし母親が嫌というわけではない。でもその組み合わせが何かあるのではないかと思ってしまう。
脱衣所に入り、適当な籠に服を脱いで入れていく。
服を脱ぎ終われば目の前にいる提灯からタオルが出される。
どこから出したかと言えば、単に空間転移で出しているだけに過ぎない。
そして三人よりも早くに脱衣所から出ればそこには露天風呂があった。
「……さすがに作っておくか」
ただし、露天風呂の意味がない何もない光景が広がっていた。
だから露天風呂に相応しい光景を作り出した。
俺が考えているわけではなく、相応しい光景とふんわりとして生み出されたのは自然豊かな光景だった。
富士山みたいな山と、逆さ富士でもよかったなと思ったがこれが最適解なのだろう。
これで母親に何か言われることもないだろう。
「わー! すごいですね!」
こっちが露天風呂だから隣も露天風呂になっている。
女湯は壁一枚の向こうにあり、そこからエイルの声が聞こえてきた。
「ホントね。分かってるじゃない」
そんな母親の声も聞こえてきたから、ちゃんと作っておいてよかったと安心した。
温泉に浸かれば今までの疲れが取れていくのを感じる。
温泉だからな、効能がある。
温泉の効能で有名なものを詰め込んで、絶対に効果があるようにしたからアルティメット温泉と名付けれる。
だからかなり効く。
「んー! これいいですね。かなり効きます」
「本当ね。……肩こりとかも治ってる気がする」
リリスと母親が話しているのが聞こえる。
「優斗、いますか?」
「あぁ、いるよ。温泉はどうだ?」
「気持ちがいいです!」
「それならよかった」
エイルが話しかけてくれるから一緒に入っている気分になれる。
「あー、優斗?」
「なに?」
今度は母親が話しかけてきた。
こうして露天風呂で母親に話しかけられるのは変な感じがするな。
「あんた、結構やってるのね」
「……どういうこと?」
言っていることが全く分からなかった。
「お母様!」
エイルの声色は恥ずかしい感じだった。
……あ、さっきまで脱衣所にいたってことは、エイルとリリスの全裸を見ているのか。
ということは……エイルとリリスの今日やった印を見られたのか……。
もう、何も言わずに温泉に浸かっておこう。
母親にそんなことを知られるなんて嫌すぎだろ! エロ本を見つけられるくらいにヤバいことだと認識しろよ!
☆
女湯でキャッキャしている声を耳にしながら、俺はボーっと自然を見ていた。
ただ一人で何もすることがなかったから女性陣に声をかけて一足早く温泉から出た。
提灯からバスタオルを受け取って体を拭く。
服を着てから脱衣所から出ればもちろん誰も出てきていなかった。
俺は温泉の前にある待合室みたいなところで座って待つことにした。
「コーヒー牛乳をくれ」
銭湯ではないが俺が飲みたいと思ったから一緒に組み込んでおいたことで、コーヒー牛乳が提灯から出されてそれを飲む。
「ぷはぁ! うめぇ……!」
一気に飲み干してコーヒー牛乳のうまさを実感する。
どうして風呂上りに牛乳なのかはよく分かっていないが、うまいからなんだろうな。
風呂上りの水分補給は別に牛乳じゃなくてもよさそうだが……どうでもいいか。
この提灯は空間転移の他にもちょっとした創造の能力もついている。ただ旅館で使うであろうものしか創造できないようにはしてある。
さすがにもう一本コーヒー牛乳は飲めないからこれで終わりにして、スマホをいじる。
こうした一人の時間というのは最近ではなかったから、少しソワソワとするが気にしないようにする。
スマホで見るのはSNSで今バズっているリリスのことだ。
その圧倒的なビジュアル、サキュバスという存在で、かなり注目を集めているようだ。
それを見ているだけで毎回、このエロイサキュバスを手を出しているのだと思えて優越感に浸れるからいい。
まあまだ一回しか配信をしていないし、動画も投稿していないから、リリスの注目はこれからだな。
それを見ていれば時間はすぐに過ぎ、三人が女湯から出てきた。
三人は浴衣を着て出てきた。
「これすごいわね。浴衣も出してくれる」
「しかもサイズもちゃんと分かってくれてるね」
母親とリリスは提灯を誉める。
「それなら、人がいなくても旅館を堪能できるだろ?」
「……何でもありね」
母親はこういう手の話にあまり想像力が働かせれないからな。
ローファンタジーはよくても、ハイファンタジーは理解が追い付かないみたいな感じだ。
「優斗、似合っていますか?」
エイルは俺の前に来て、ライトグリーンの浴衣を見せてくる。
……さっきの私服みたいに誉めたいのだが……母親がこちらを見ているから言いにくい。
でも、言わないのはエイルが似合わないと思うかもしれないからな……。
「……あぁ、とてもよく似合っているよ。綺麗だ」
「ふふっ、ありがとうございます! 優斗も浴衣を着れば良かったのに」
「そういう発想にはならなかったんだ。次は着るよ」
「はい、また来ましょう」
くそ、母親がこっちを見てニヤニヤとしてきてやがる! めっちゃ嫌なんだけど!
「あれ、それってなにを飲んでたんだ?」
リリスが空きになった牛乳瓶を見てそう聞いてきた。
「コーヒー牛乳だ。提灯に頼めば出してくれるぞ」
「へー、それならあたしも飲もー」
リリスは提灯にコーヒー牛乳を頼んで一気に飲む。
「温泉なのに、コーヒー牛乳」
「思い付いたから機能をつけたんだよ」
俺と同じ世界にいる母親だからそういう反応を見せてくる。
「それで、旅館のご飯でも食べる?」
「さすがにそこまでの時間はないわよ」
もうそういう時間か? ……あー、俺がこの箱庭に来てから時間の感覚がおかしくなっているからな。
エイルが来るまでは、リリスに注意できないくらいの自堕落な生活を送っていたからな。それで体内時計はバグっている。
「だからお父さんにお土産を買って帰る」
「はいはい。そういうコーナーも作ってあるから」
「さすがね」
本来なら必要がないお土産コーナー。お土産なんてどこにも持っていくことなんてないからな。
だけど母親に言われて作った温泉旅館だから、それが必要になるかなと思って旅館をある程度そのまま作った。
提灯に案内されてお土産コーナーにたどり着いた。
「ん? なんか、変じゃない……?」
お土産コーナーがある場所を見て、違和感を覚えている母親。
「このお土産コーナーは空間をねじ曲げて作ってあるから広くなっているぞ」
母親が違和感を覚えたのはお土産コーナーの空間の広さにあった。
どうせならお土産コーナーを大きく作り、たくさんのお土産を置こうと思ってこうなった。
「……よく分からないけど、いっぱいあるから迷うわね」
俺の説明を軽く流してお土産を見る母親。
「本当にたくさんあるね」
「ショッピングモールみたいに目移りしてしまいます……!」
お土産というのはショッピングモールではあまり目にしないものだから、リリスとエイルは色々と見ている。
「ショッピングモール?」
エイルが何気なく言ったショッピングモールの言葉に母親は反応した。
「はい! お家の地下にショッピングモールがあります!」
「……何でもありね」
母親はお腹いっぱいみたいな顔をしている。
「ここのお代は優斗が支払ってくれるのよね?」
「お代なんているわけないだろ。ここはすべて俺が作り出したんだから……まあ、俺の魔力で作っていると考えれば俺が払っているか」
「それなら遠慮なく」
カゴを持った母親は次々とお土産を入れ始めた。
あれが俗に言う爆買いかと思いながらも、俺も適当にお土産を選ぶ。
日本全国、色々なご当地のお土産を置いたから本当に選ぶのに苦労しそうだ。
本当にこのチートな箱庭はすごい。見たことのないお土産もあって、俺の知識に依存しないのがいい。
母親はエイルと談笑しながらお土産を選び、俺とリリスは遠くからその光景を見ていた。
「ホント、楽しそうだね」
「あぁ、そうだな」
「あたしは母親というものに特に希望を抱いたことはないから、あんなに楽しくはできないな」
いい子なエイルだからこそ、そういう愛情に飢えているのだろう。
「それなら、リリスは俺の相手をしてもらおうか」
「最初からそのつもりだ。今なら優斗のこと独り占めできるからねー」
リリスはあまり内心は見せてくれないからな。
ただ、ここにいて楽しそうにしているのは確かだ。




