38:挨拶
お風呂から出れば俺とエイルはキッチンに立っていた。
リリスはリビングでノートパソコンを触っている。
何をしているのかと覗けば自身のチャンネルを見て笑みを浮かべていた。
編集システムはすでにパソコンに入れてある。だからリリスの自室ではシステムが編集を頑張ってくれている、というかもう終わっている。
……え、本当にリリスは自分でやらないつもりなのか?
悪いことではないしAIとは違うようになっているからいいか。
「お腹いっぱいになるように作りましょう!」
「あぁ、作ろうか」
お腹の音を聞かれているからエイルは張り切ってくれている。
人生でお腹の音を聞かれるってそうそうないことだから恥ずかしくはあるが、エイルとリリスならまあいいかと思っている。
エイルと一緒にショッピングモールでデートとしゃれこもうかと思ったが、さすがにリリスが待てないだろうと思って食材はすでに出している。
リリスからの要望はハンバーグがついたお子様ランチだった。
ハンバーグを始めとした旗付きチャーハンやらコーンスープなどを作り始める。
俺とエイルは役割分担をしてキッチンに立っているが……何だかさっきからエイルがチラチラとこちらを見てきているんだが。
そして俺がエイルの方を見ればエイルは視線を逸らすことはなく。
「ふふっ」
微笑んでくる。
……何だこの新妻感は。
本当に新妻感がとても似合っているのが今のエイルだ。
……何がエイルをここまでさせているんだ? 数日前まではこんな感じじゃなかったのに。
え、あのガンギマリくらいしか思い浮かばないんだけど。それでここまで変わるものなのか? よく分からんけど可愛いからいいや。
「優斗」
「どうした?」
「キス、しませんか?」
「え」
数秒見つめ合っていたらエイルからそんなことを言われた。
思わずエイルのプルンとした唇を見るし、今までのエイルの唇の感触を思い出してしまう。
いや、元聖女が乱れまくっているんですけど。どういうことですか。
「……我慢できなくなるだろ」
「そうですけど……」
「それに今はリリスのお祝いだ。あとでな」
「はい!」
エイルは乱れ、リリスは堕落。これはいいことなのだろうかと思ってしまうが……うん、異世界が悪いのが悪い。俺は悪くないだろ。
「ねー、精液が溜まってるー。またやる?」
そしてこの家には俺の……天敵? いやそれで快楽を得ているから別に天敵ではないか。
ともかく、俺が精液を溜めたのを聞きつけるサキュバスがいるから油断ならない。
というかそれでホイホイとヤッていたら生活ができないんだよ! 気持ちいいんだけどさ!
「いや、今はやらないから。またしたらいつまで経ってもご飯が食べれないだろ」
「あたしは精液でお腹を満たせるよー」
「リリスはな。俺とエイルは違うんだよ。それに十分に溜まってからの方がいいんじゃないのか?」
「でも優斗は速攻で装填してるぞ」
あー、リリスに対抗していたら、こんな体になってしまったんだよなぁ……。
今の俺は出しても出しても一物が立ちすぎて腐るんじゃないかと思うくらいになっている。
「今はチャンネル登録者でも見てろ」
「今SNSを見てたんだけど、SNSも結構バズってるみたいだよ」
「へぇ、そうなのか」
「ばずってる……?」
「話題に上がるってことだ」
「そういうことですか」
バズるが分からないエイルに説明をした。
その間にリリスはスマホを操作してSNSの画面を見せてくれる。
ハッシュタグがガチサキュバスでバズっていた。
無断転載でSNSに載っているリリスの画像がアップされており、それに対してもかなりの反応が見て取れた。
『二次元よりもエロ過ぎだろ!』
『え、本当にサキュバス?』
『このエロさはサキュバスです』
『全然つけてる感じがしないんだよねー』
そういう反応がたくさんある。
……このチートな箱庭にいる俺はリリスの魅了にかかることはない。
でも画面越しの向こうはチートな箱庭ではない。……もしかして、魅了が貫通する可能性があるか? いやまさかな。
「さすがに本気でサキュバスと信じる人はいないのですね」
「そうだろうな。異世界って存在も知られていないんだから信じていたら馬鹿だ」
「そこのところでお願いがあるんだけどー、いいー?」
リリスはまた甘ったるい声でお願いを言い出した。
「なんだ?」
「この信じていない層をネタにして、この世界でしかできないことをしたいんだよね。手伝ってくれる?」
「あぁ、それくらいなら全然手伝うぞ」
「うし! ありがとー」
元の世界の連中がどんな反応をするのかが気になるし。
「あたしとしては国産みをやってみたいんだよねー」
「それ、俺が頑張るだけだろ」
「あたしはそれを見ておくだけだから」
リリスが考えている間に俺とエイルは手を動かす。
「異世界の光景を撮影するのは?」
「人間以外の別種族がいるところを撮影すればいいかもな」
「異世界作品とかによくいる種族を撮影したらよさそうだ」
……そう言えば異世界人が異世界作品を見てどう思っているのかを聞くのもいいかもしれない。
「それなら逆に異世界のサキュバスが異世界作品の常識に物申す、的な感じの動画でもいいんじゃないか?」
「お、それいいね。メモっておこ」
リリスはちゃんとスマホを使ってメモしている。
「ふふっ」
俺とリリスのやり取りを見て、エイルは笑った。
「どうした?」
「いえ、何だか家族みたいだなって思っただけです」
「あー……それもそうだな」
言わずもがな、俺とエイルが夫婦で、リリスが娘という立ち位置だな。
「あたしは娘か。それなら親のすねをずっとかじっておこーっと」
こんな娘がリアルで出来たらどう思うのだろうか。
嫌だと思うのか? それとも子供だから甘やかすのか? ……俺はこのチートな箱庭があるからとんでもないことが起きない限りは、働きさえすれば何も言わない。
「あ、優斗にお願いがありました」
「なんだ?」
「優斗のお母様に、ご挨拶しておこうと思いまして」
「……え」
☆
俺の母親に挨拶をしたいと言われてから、そのときははぐらかした。
ご飯を食べてみんながお腹いっぱいになってまったりとしている時間で、俺はこれからどうしたらいいのかめっちゃ考えていた。
俺とエイルは結婚している。婚約をすっ飛ばしてな。
元の世界でなら親御さんに挨拶をするのは普通のことだ。
でも俺の両親は違う世界にいるから、そんなことをやらなくていいんだと本気で、心のどこかで思っていた。
それなのにだ、エイルからそんなことを言いだしてきてめっちゃビビってる。
え、本当にエイルを両親に紹介しないといけないのか? こんな別の世界に来てまで?
……ぶっちゃけそういう堅苦しいことは苦手だ。慣れていないから。
あれだ、別の世界に来てまでどうして結婚の挨拶をしないといけないんだって思っているところだ。
でもな……エイルは挨拶をする気満々だし、両親も俺の結婚相手がいるのなら見たいと思っているだろう。
だから俺の覚悟を決めないといけないわけだが……全く決まらねぇ。
いや本当に。やらないといけない? どんな顔して親に、「あ、俺結婚するから」とか「こっちの美人が嫁さん」とか言えばいいんだよ。
「あの、優斗……?」
「ん、なんだ?」
「ご両親へのご挨拶、ダメでしょうか……?」
俺の雰囲気を察したのだろう。不安げなエイルがそう聞いてきた。
「いや、大丈夫だ。……俺の覚悟が決まっていないだけで」
「覚悟っているの?」
一本のビールを大事そうに飲んでいるリリスにそんな他人事みたいなことを言われた。
「そりゃいるだろ……!」
「何を緊張することがある?」
「それはほら、何を話そうかとか、うまく紹介できるかなとか」
「今まで何度も顔を合わせて育てられた親なんでしょ? 喋らなくていけるんじゃない?」
「そうか……?」
「エイルの親に会うわけじゃないんだからさ、行けるだろ」
「それは、確かに……」
ちなみにエイルの生みの親はもうこの世にはいない。
魔族侵攻のときに亡くなったらしいが、それはエイルが生まれて間もないころだったから生みの親のことは覚えていない。
「……ちょっと、母親にメッセージを送って時間があるときを聞く」
「はい!」
ふぅ……嬉しそうなエイルを見ているとやっぱりやらないといけないよな。
俺は母親にメッセージを送る。
『結構大事な話があるんだけど、時間があるときを教えてほしい』
よし、これで母親から返信が来るまでは俺の安寧は保たれる。
だけど一瞬で返事が来てしまった。
『今からなら大丈夫。電話?』
電話よりも、ビデオ通話の方がいいだろうなぁ。どうして俺のチートな箱庭は何でもできちゃうんですかぁ……!
『いや、ビデオ通話で顔を見ながら話したい』
これで嫌と言ってくれれば電話だけで終わる。そっちの方がよくないか?
『いいけど、やり方が分からない』
ビデオ通話するためのアプリと、そのやり方を送る。
『分からない』
懇切丁寧に教えた。
でも母親は分からないと言ってきた。
……前から思っていたことだが、母親はあまり新規のものを触れようとしない。
しかもみんなが使っているメッセージアプリですらインストールしないんだ。
パソコンなんかも買ったことがあったが、セッティングとかもすべて俺がやった。
それくらいに何かを始めようとすることをしないのがうちの母親だ。他の母親もそうなのか分からないが、たぶん違うだろうな。
「悪いが、顔を見れるビデオ通話をしようと思ったんだが、俺の母親がそれができないみたいだ。だから普通の電話にするな」
うん、だから仕方がない。いやー、電話でよかったー。
「え、それって優斗があっちに道具を送ればいいんじゃない?」
リリスが恐ろしいことを口にした。
「……そのようなことができるのですか?」
「ていうか、それができたらエイルもあっちに行けるってことだよね」
「行けるのですか!?」
期待の眼差しで俺を見てくるエイル。
「うーん……」
できないことはない。ただ、エイルとリリスがいた世界とはまるで話が違うというだけだ。
「できるとは、思う」
「もしかして、すごくムズイ?」
「あぁ、ムズイ」
以前、リリスを追って入ってきたインキュバスを殺したあとにそれを手引きした神を殺した際に、この箱庭がどの次元にあるのかを何となく理解した。
「どう難しいのですか?」
「えーっと……俺も説明できるほど理解していないんだが、この箱庭とエイルたちがいた世界はかなり遠くにある。いや、遠くって表現があっているのか分からないんだが……」
「遠くで話してみたらいいじゃん」
「そうだな……」
俺はあのとき得た感覚を元に、言語化を始める。
高度な次元の話になるが、それを説明するために次元を下げないといけなくなるとは。
「……この箱庭とエイルたちがいた世界は遠くにある。普通なら到達できない異次元にあるのがこの箱庭だ」
「それならどうして神があたしやエイルを連れてこれたの?」
「この異次元を認識できるほどの異次元に住んでいるから、道を通すことができた、と思う」
「神域ですか」
「あぁ。ただその神域はこの箱庭と同じく高度な異次元にあるけど、エイルたちがいた世界のすぐそばにある」
「決して到達できないけれど、そばにあるのですね……」
「ややこしいだろ?」
異次元の話になると頭がパンクしそうになる。
何となく分かるんだが、それを知識として、言語としてアウトプットすることができるのが頭のいい人なのだろう。俺は別に頭はよくないからな。
「まとめると、この箱庭は神域と同じ高度な異次元にあるけど、神域とは違ってあたしたちがいた世界とは遠くにある、ってこと?」
「そうなる」
「それで、優斗がいた世界に行けないのはどうムズイ?」
「そもそも行けるのですか?」
「まずエイルから。行けはする。相互で電波のやり取りはできているからな」
電波ができて物の行き来ができないわけがない。
「どうムズイかは、そもそも場所がどこにあるのか分からないからムズイ」
俺がつまづいているのはそこだ。
俺が元居た世界とは言え、チートな箱庭を持ってからたどり着いたエイルとリリスがいた世界とは訳が違う。
「……あの、一ついいですか?」
「どうした?」
「異世界を渡る道具を作るのはどうですか? 優斗は何でも作ることができるのなら、それも可能ではないですか?」
「あ」




