35:テミス来訪
スマホをテーブルに置いて二人がいる部屋に戻ろうとした瞬間にはまた着信がかかっていた。
画面を見下ろせばしっかりと『アストレア』となっていたからため息しか出ない。
……コンビニバイトのときに遭遇した何度も電話をかけてくるババアの臭いしかしない。
無視したら絶対に世界のチューニングが始まるぞ。
……もう殺してもいいんじゃないか? 俺の睡眠の邪魔をしているんだぞ。
それだとテミスさんのところが崩壊する。さすがに助けてから混乱をもたらすのはあれだからな。
とりあえずまた着拒を何度も繰り返してから応答した。
「は――」
『もー、話くらい聞いてくれてもいいじゃんか』
またしてもアストレアは苛立っている感じはしない。
ただ俺が反応するよりも前に声を出してくるから電話の作法はできていないようだ。
「テミスさんとは会いません。もうそれでよくないですか?」
『テミスは優斗くんとお嫁さんに謝りたいと思っているんだ。だから機会をくれない?』
「いえ、謝罪は結構です。こちらがいらないと言っているんですからその謝罪は嫌がらせですよ?」
こちらはもう会いたくないと言っているんだ。もう放っておいてくれ。
エイルとしてもテミスさんと会わなければあれを思い出すこともない。だから謝罪なんていらない。
『でも謝罪を受け入れた方がお互いにわだかまりはないよ?』
「それはそちらの都合です。俺たちは終わっているんです。もう何もしてこないだけで俺たちは嬉しいんですよ」
『そんなことはないよ。絶対に謝罪を受け入れた方がいいよ!』
あ、キレそう。
こいつも神なんだと理解できてしまった。こいつはこいつの都合しか聞こえないようだ。
「だから必要ありません。そちらが納得したいからと言って謝罪の受け入れを強要しないでください」
謝罪の強要は元の世界でもあったが、まさか謝罪の受け入れの強要をされるとは思わなかった。
『うーん、頑固だねぇ』
どっちかだよ!
「もう結構ですから二度と、電話をかけてこないでください」
二度との部分を強調してアストレアに伝えた。
『うーん……僕はね、一連の流れを見ていたんだ。それでテミスがひどく落ち込んでいる理由もよく分かる。だって命の恩人以上の人に無礼を働いたんだから誠心誠意謝りたいと思うのは普通でしょ?』
結局はあちらが納得したいから謝罪を受け入れろと言っている。
本当にふざけている。色々と邪魔されて不愉快な気分を押し付けられてイライラしてしまう。
もういいや、適当に謝罪を受け入れてやろう。
「分かりました、謝罪を受けてやりますよ」
『ホント!? それなら今すぐにテミスをそっちに送るね!』
アストレアが通話を切った直後、すぐさまチューニングが終わりテミスさんが入ってきたことが分かった。
一度チューニングをしたら二度目以降のチューニングはすぐに終わらせれるようだ。それならあのチューニングは嫌がらせだったってことだな、確実に。
あ、キレそう。
あのクソ女神アストレアは、フレイヤよりもキレさせてきやがるな……!
フレイヤはまだその行動が何となく分かる。でもアストレアは周りに見せる性格とは違ったクソみたいなねちっこい部分があってかなり腹が立つ。
それがわざとなのか素なのかは分からないがどちらにしても最悪だ。
もうそんなやつが送ってくるテミスなんて女、敬意も必要ないだろ。
ただエイルやリリスと言った神に連れられた側は悪くない。でもこの怒りをどこにぶつけたらいいのかって話になれば、テミスになってくる。
テミスは箱庭の端に入り込んできていたから家の前まで転移させた。
そして俺は家を出てテミスを迎える。
そう、全裸で。
俺はアストレアと会話しているときから全裸で会話していた。部屋の中をウロチョロしているときも全裸だった。
「な、な、な……!?」
テミスは俺の姿を見て動揺していたがしっかりと俺の一物を見ていた。
もうテミスにどう思われてもいいし、これで帰って二度と会わないと決めてくれるのなら万々歳だ。
「さっきアストレアから聞いた。俺に謝罪したいって?」
「な、なんで全裸で平然と話せるのよ!」
俺が話しかけたことでテミスは顔を背けてそう言い放った。
チートな箱庭に来るまでは全裸で過ごすみたいなことはしたことがなかった。
でもエイルが来る前のチートな箱庭で、ふとした瞬間に全裸で生活することを思いついた。
そしてそれを実行したところ特に不快には思わなかった。だから外で全裸になって走り回ったりもして爽快だったことを覚えている。
元来生物はみな全裸なのだから原点に戻った気分だった。
だからこうして全裸で外に出ることは特に何も思わない。何よりサキュバスに勝ったのだから体に自信がついているからな。
「さっきまでエイルとリリスの三人でセックスをしていたんだ。それで寝ようとしたところだったのをアストレアに邪魔されたんだ」
「そ、それは悪いことをしたわね……終わったのなら服を着ればいいじゃない!」
「どうでもいいだろ、そんなこと。それで家に入るのか?」
「……入るわ」
チッ、これで帰っていたらよかったのに。
俺が先に家の中に入り、テミスはそれに続く。
俺は背中を向けてテミスのことは見てないようにテミスは思っているだろうが、この箱庭は俺の世界だからテミスがどういう表情をしているのかよく見えていた。
俺の体をチラチラと見て、ボソッと「分からないわ……」と言ったことも聞こえた。
そしてリビングに案内してテミスにソファに座らせる。
リビングにはテーブルとL字ソファがあり、俺はLの長い方に座りテミスはLの短い方に座った。
長居するつもりなのかは分からないがテミスの目の前に紅茶を出した。
「……ありがとう」
俺に向いてお礼を言うテミスだが、俺は全裸でソファに座っているからすぐに視線をそらした。
……こういうのも悪くないな。元の世界だとこんなことをすればすぐに通報案件だが、そんなことは絶対に起きないからな。
「それで?」
さっきアストレアから謝罪をしたいということは聞いた。だからテミスに促した。
「あのときのこと、本当にごめんなさい」
テミスは立ち上がって頭を下げてきた。
「あぁ、分かった。謝罪を受け入れる」
「そ、そんなあっさり……?」
「もう謝罪は受け取ったから帰れ。もうそれでテミスとは二度と会わない」
これでアストレアが納得する形だろうからもう十分だろ。
「……とても、怒っているのね」
「そういうのじゃないから。もう関わり合いたくないんだよ。謝罪とかどうでもいいから、もう俺たちと関わらないでくれ。それだけで十分だ」
嘘偽りない言葉をテミスに伝える。
俺たちに謝罪の気持ちがあるのならこれで引いてほしいものだ。
「……あなたたちが望むのなら、そうするわ」
お、やっぱりテミスはあんな神とは違うから素直に聞いてくれるか?
「でも」
ん?
「あなたたちに少しでも心残りがあったら、私は今よりもずっと後悔する。だから私のためだと思って償いをさせてくれないかしら?」
……こいつもまた強要をしてくるのかよ。
「いや、いらない。エイルはもうセックスで今日のことなんか忘れている」
俺がセックスと言えばテミスはチラッと俺の一物の方に視線を向けてくるから、テミスが意外とむっつりなのは分かった。そんなことどうでもいいけど。
「……本当に、お願いします」
テミスは縋るような声を出しながら深々と頭を下げてきた。
相手がいらないと言っていても、やらなければいけないと思うのは分からなくもない。でも何度もいらないと言っているのだから勘弁してほしいものだ。
行き過ぎるとテミスが攻撃しているように思えるぞ。いやもう嫌がらせの域だろ。
「このままだと、私が嫌っている人たちみたいになりそうなの……」
テミスにとってこの謝罪は俺が思っている以上に大切なものなのだろう。
今回の発端やらアストレアの居留守貫通着信、謝罪の受け入れ強要でもう関わりたくないと思っているが、テミスがどうしてこう思っているのか少し気になった。
「なれば、それ相応の償いになるんじゃないか?」
「そんなのは! ……嫌よ」
どうやら相当嫌らしいな。
「そう言えばアストレアがテミスは正義のために動いていたって言っていたな。ということは嫌っている人たちというのは悪をしたやつらってことか」
「……そうよ。あいつらは自分自身だけがいいと思って他者を平気で苦しめる。……それが許せなくて、動いていたらあんなことになったわ」
正義の女神であるアストレアがテミスや領地のために動いたのだから、本当に正義のために動いていたのだろうな。
ただ正義の女神があんな嫌がらせをしてくるとは本当に思っていなかったけどな。
「このまま、エイルを苦しめているんじゃないかと思ったら、私は私を許せなくなる……だから、どうか償いをさせて……」
償いの押し売りって面倒だなー。
そもそもテミスが真面目過ぎるのがいけないんだろうな。もっと気楽にいけばいいものを。
「エイルは本当に大丈夫だ。だから気にするな」
俺はエイルの夫だからな。他人にどうこうさせる気はない。
「それなら……助けてくれたのに仇を返した優斗に、恩を返させてくれないかしら……?」
……ふぅ、こいつもやっぱりアストレアと一緒だな。
だって俺は何度も、もういい、謝罪は受け入れた、エイルは大丈夫、とテミスを許す発言をしているにもかかわらず、テミスは自分自身が納得がいかないから自分自身のやりたいことを押し通そうとしている。
どうせ今までだって相手のことなんか考えずに行動してきたんだろうな、こいつは。
「あぁ、分かった。恩を返させてやるよ」
「ほ、本当――」
「だから、脱げ」
「……え?」
「脱げって言ったんだ。そのご立派なドレスを脱げ。そんなものはお前の地位を見せびらかしているのと同じだろ」
「そ、そんなことは……」
「聞けないならもう領地に飛ばす。どうするんだ?」
「わ、分かったから……」
テミスは真っ赤な顔をしながらゆっくりとドレスを脱ぎ始める。
今着ているドレスは俺が渡したものだから別に地位を見せつけているとかそんなことはない。テミスもそれを分かっているだろうが俺に従っている。
ゆっくりと脱いでいる様もエロさを際立たせている。
魔神病が完全に治った白い肌に、スタイルのいい体が露になる。
服が破けている状態で見えるテミスの体も官能的だが、裸はそれに勝るものだった。
俺は今、全裸だ。
だからその官能的な光景を見て興奮しないわけがなく、その状態もあるがままに晒していた。
「ぬ、脱いだわ……」
それをテミスが分かっているようでチラチラとこちらを見てくる。
……テミスみたいな真面目な令嬢なら、屈辱的な顔をすると思っていたんだが……どういうことなのだろうか? 今はどうでもいいや。
「ほら、謝罪がしたいんだろ? 土下座をしないとな」
もうどうにでもなれという精神の元、話しているから通常時の俺が見たら何をしているんだって言われそう。
「どげざ……?」
ん? 土下座が分からないのか。
スマホを瞬時に手元に引き寄せて土下座の画像をテミスに見せる。
「こういうのだよ」
「え、これは……え、こ、これをするの……?」
「できないならいいんだぞ。さっさと返すから」
「や、やるわ……」
テミスは広い場所に立ち、それに合わせて俺はその前に立つ。
そして羞恥の顔をして、震えながらたどたどしく俺の前で土下座をした。
「これで、いいのかしら……?」
全裸土下座。しかもテミスのような美女がしているとなれば価値はとてつもなく高い。
芸術点も高くなる。興奮はしている。だがそれと同じくらいに絶賛の嵐だ。
「あぁ、それでいいぞ」
こんな尊厳破壊を見せてくれたのだから俺は満足だし、テミスもこんな格好をしたのだからいいだろ。
恩を返すというのがよく分からないし、この世界を持っている俺にテミスごときが何か返せるわけがないのだからこれで十分だ。
「これで俺への恩は返せただろう。だから――」
「まだよ。こんなものは恩返しに入らないわ」
「え」
「もっと……もっと私から奪いなさい……!」
え、何言ってんだこの女。
「その代わり、私の領地を救ってほしいわ……」
あぁ、そういうことか。
テミスは最初からこれが目的で来ていたのか。それならもう遠慮することはないか。
魔神病が収まってもまだ領地は復興できていないから、俺に手伝ってほしいと言っているんだ。
「ふーん、そうか。まあ差し出すものによっては、考えてやるよ」
「そ、そうよね……!」




