24:堕落と条件
リリスが来てから二週間が経った。
一人増えたが俺とエイルの生活は特に変わるわけでもない。一人居候が増えただけだし、ご飯の量が一人分増えただけ。それだけの話だ。
いや問題はめちゃくちゃあった。変わるわけでもないというのは嘘だ。
「どこに行くつもりですか? リリスさん?」
「げっ」
こっそりとショッピングモールに行こうとするリリスだがエイルにバレる。
この家は普通の家だからまあ足音で大体わかる。
「お酒飲みたい!」
「ダメです」
「ちょっとだけ! 一本だけでいいからぁ!」
「ダメです。飲みたいのなら仕事をしてください」
「仕事の前に一本だけ……!」
聖女ではなくそこには母親がいた。リリスの言葉に無言の圧でダメだと言っているエイルがいる。
リリスはこうしてコッソリとショッピングモールに行ってお酒を飲もうとしているのだ。
ただエイルはリリスにお酒を禁止にしているわけではなく労働をすればお酒を飲んでもいいよ、という至極まっとうなことを言っている。
だがそれに対してリリスの回答はこうだった。
『えー、まじ?』
どうやらリリスにとって労働は嫌なものだったらしい。まあほとんどの人にとって労働はそういうものだろう。
ただ労働と言っても簡単なものだ。
必要な作物を収穫したり、俺やエイルの畑作りを手伝ったり、そういう簡単なものだ。ガチの農作業を要求しているわけではない。
「しかたないかー……」
一度失敗すればリリスは案外大人しく労働に向かう。ただ二日に一回はこれをしているけど。
まさかリリスがアル中みたいになるとは思わなかったけどなぁ。他にもハンバーガーとかも好きだとは言っているからエイルの手作りハンバーガーを作ったりはしている。
テレビで見たが意外にもハンバーガーというのはバランスのいい食べ物だからな。それを言ったらエイルが腕によりをかけてくれた。
さらに問題はそれだけではない。いや、これは問題というのか? あるべき姿と言えばあるべき姿なのだが……。
とりあえず、リリスの性欲がすごいことになっているということだ。
最初の印象ではリリスは自分に性的に見られることに嫌悪感を抱いていた。今もそれは変わらないと思う。
ただリリスは俺とエイルの仲に入り込んで俺の精液をいただくのがとても好きだ。それが好みの味だということを本人が言っていたからな。
別にリリスはサキュバスとしての本能をなくしたわけではない。ある方向には嫌悪感があるものの、サキュバスとしての本能は未だにリリスを支配している。
それをリリスが気づいた日からそれはまあ俺とエイルがする気がなくてもエイルをそそのかしてエッチに持ち込むということをしてくるんだ。
俺も俺でエイルがいる時はエイルの可愛さにやられて精液を溜めているからリリスにとってはとてつもなく都合がいいのだろう。
たまにだがリリス自身も見てほしそうな顔をしている時がある。
だからサキュバスにある男を誘惑する、という本能も残っているのかもしれない。
まあ今のところ欲望に忠実だからリリスの頭の中は今まで溜まっていた性的欲求を解放するかのようにそれが占めている。
二番目はお酒、三番目は睡眠とダメ人間な空気を感じさせるのはさすがだとは思っている。
「あー、疲れたー」
畑作業を手伝ったリリスはぐったりとしてソファに寝転んだ。
そんなに激しい作業はしていないはずなのにリリスはあたかも一日働いたみたいな雰囲気を出している。
「はい、どうぞ」
だがそんなリリスでも働いたからエイルはリリスにリリスが一番好きな缶ビールを出した。
それを受け取ったリリスはソファから起き上がってすぐに缶ビールのプルタブを起こす。
エイルが一緒に持ってきていたジョッキに缶ビールを注ぎ、泡が立っているのを眺め、ジョッキに口をつけるリリス。
こちらに飲んでいる音が聞こえるほど力強くビールを飲みほし、白いひげをつけたリリスがいた。
「ぷはぁ! 働いた後のビールはさいっこー!」
まだサキュバスの本能に従っている方が動いているだろうに。
まあ好きなものは違うってことか。こういうご褒美があるから労働が輝いて見えるのだろうな。
別に俺とエイルはそういうご褒美とないし生活をするためにやっているだけのことだし。
「もう一杯だけ!」
「ダメです」
「もー! これじゃあ生殺しだってー!」
……本当に大丈夫だろうか、このダメサキュバスは。
☆
いよいよ寒くなり始めたころ、家には炬燵が出ていた。
寒くならないようにはできるが、そこら辺は俺の好みだ。四季を感じられた方が違和感があって仕方がない。
炬燵では俺とエイルとリリスが入っていた。
いつものように俺はノーパソをいじり、エイルは勉強をしていた。
残りの一人はゴロゴロとして炬燵を満喫していた。
「あー……炬燵ってヤバすぎー……」
炬燵を出したその日からリリスは炬燵に顔だけ出して入っている。
炬燵の魔力に飲まれることは分かり切っていたことだ。こうなるのは仕方がないことだ。しかもダメサキュバスだからな。
「ゆーとー、みかん食べさせてー」
「自分で起きて食べろ。のどに詰まらせるぞ」
炬燵の上にはここでとれたミカンが置かれている。
リリスにも炬燵とミカンの合わせ技が通じたらしいが、寝転がりながら食べたいと言い始める。
「むりー」
……とんでもない化け物を生み出してしまったかもしれない。
「時間ですね。外に行きましょう」
「そうだな」
今日は朝からではなく十時から外に行くことになっている。
「リリスさん、行きますよ」
エイルがそう問いかけてもリリスは一切反応しなかった。
よく見れば目を閉じていた。
「おい、寝ているフリをするな。さっきまで話していただろうが」
そう話しかけてもリリスは寝たふりをやめるつもりはないらしい。
「リリスさん、起きてください」
エイルがそう優しく問いかけてもリリスは起きようとしなかった。
「分かりました。では優斗、二人で行きましょう」
「あぁ、分かった」
寝たふりをするのはいいけどそうなればどうなるかは分かっているはずだ。
「今日のリリスさんはお酒はなしですね」
まあそうなるよな。
「それから、冷蔵庫は聖女の魔法でロックしています。もちろんエレベーターにも聖女の魔法で入れないようにしています。リリスさんが隠し持っているお酒も回収しましたのでご心配なく」
まじか、こいつお酒を隠し持っていたのか。
どのタイミングでそんなことをしたのかは分からないから油断も隙もない。
リリスを見ればすごく苦悶している様子だった。
ここで起きてお酒アリにするか、寝たふりをしてお酒なしになるか。それを考えているのだろうな。
ていうかエイルはしっかりとオカンをしているな。来たばかりの頃は箱入り娘だったが、まあ真面目というのもあっただろうしお世話することは嫌いではなかったのだろう。
「行きましょう、優斗」
「あぁ」
エイルは俺と手をつないでリビングから出ようとする。
「おさけのみたぃ……」
小さな声でリリスがそう訴えてきた。
「それなら手伝ってくれますか?」
「うー……」
それで悩むということはリリスにとっては畑作業やらを手伝うのは好きではないらしい。というか前々から分かっていたことだ。
それについてはエイルは分かっている。
「優斗がいた世界には働かざるもの食うべからずという言葉があります。お酒を飲むだけではいけません。何かしてください」
エイルの問いかけにしばらく黙っていたリリスだが何かを思いついた様子だった。
「それなら、配信者になる」
リリスの答えは俺すらも予想していなかったものだった。
「配信者、ですか」
テレビくらいしか世間の情報を見ていないエイルだから配信者についてはあまり知らない。
だがリリスはスマホをかなり気に入っているから配信者について知っている。
「そう。ゲームをしたり雑談をしたり、リアルタイムで視聴者とお話しする仕事」
たぶんだが……リリスはそういう配信を見て楽そうだなと思ったんだろうなぁ。
でも実際は人気が出なければ底辺のままだし……いやでも、リリスみたいな絶世の美女サキュバスだったら、ワンチャンありえるかもしれないか?
「ここでそのようなことが可能なのですか?」
「できるぞ。ここではなんでも出すことができるからな」
「気持ち悪い視線を向けられたり気持ち悪く話しかけられたりするのは無理だけど、画面越しで文字だけならいけると思う」
「それは大丈夫なのですか? 文字だけとは言え他の男性と関わり合いをもって」
「大丈夫だと思う。だって、あたしはサキュバスだ。チヤホヤされたいって感情はあるから」
まあそこは薄々分かってはいた。
エイルは俺に視線を向けてきた。
「やってみないことには分からない。だからやってみればいい。俺以外の男は絶対にここには来れないんだからそこは安心できるからな」
「……そうですね。それを仕事にするというのなら、私は止めません」
「じゃあ仕事をするということであたしは寝る。それからお酒も飲む。仕事はしっかりするから安心してねー」
そう言ってまた寝転がるリリス。
「……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫じゃなくてもどうにかするさ。だからエイルは安心してくれ」
「はい、優斗がそう仰るのなら」
まあ色々とルールを決めないといけないなー。




