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【1】日常番外編.2

待ってよと言う穂積を置いて、いち早く教室に駆け込んだ。

一緒に登場すれば、勘違いに拍車をかけるばかりであるのでな。


「おはよう、琴音」

「おはよお、ミャオちゃん」


あたしに向ける琴音の顔つきは、満面の笑みだ。

そろりと辺りを見渡して、「大澤くんは?」と小声で訊く。


「さあ。まだなんじゃない?」

「そっかー。今日は二人揃っての登校だと期待してたんだけどなあ」

「そんな目立つこと、しないよ」

「ミャオちゃんはそうでも、イノリくんは違うでしょ?」

「あう」


意識せずとも眉が下がる。

それだよなあ。どうしたものかなあ。

イノリの性格じゃ、誰にも知られないように関係を隠したいって提案しても、絶対納得してくれない。となれば、いずれ周囲に知られることになる。


「呼び出しなんてのは二度と御免なんだよな」

「当たり前だよ! しばらくはスプレーを肌身離さずだよ!」

「あーうんスプレーね。はいはい」


それはヒグマかそれ並みの暴漢に襲われた時にでも使います。


「酷いなあ、美弥緒。置いてくなんて」


ふいに背後で声がして、それはさっき放置してきた穂積であった。


「あ、おはよう。穂積くん」

「おはよう、琴ちゃん。元気だった?」

「うん。穂積くんも、元気そうだね」


琴音とひとしきり挨拶を交わした穂積が、さっさかと自分の席について知らん顔をしているあたしに体を向ける気配があった。


「美弥緒? 折角の登校日なんだし冷たくしないでよ」

「してないです」

「してるよ? ていうか、背中向けたままなんて、止めてよ」


机に放りだしていた右手を、穂積はきゅっと握った。

ひょいと顔を覗き込んでくる。


「避けないでよ、オレを」


咄嗟に、周囲を窺った。

い、いかん。

視線をバチバチと感じる。

あー、まだやってたのか的な呆れた空気も混じってる。

そりゃあそうだよなあ。


これは、いかん。

一度、はっきりとさせておいた方がいい。


「あのね、穂積」


穂積を見上げたその時だった。

がらりと扉があき、イノリが教室に入ってきた。

気だるそうな顔であたしの方に視線を流したかと思えば、顔を険しくする。


「おはよう、大澤」

「…………」


無言でつかつかと歩み寄ってきたイノリは、あたしの手に重ねられていた穂積の手を払いのけた。


「何してんの、田中」

「美弥緒に挨拶かな?」

「触んな。次はねえぞ」


あたしの傍で睨みあう二人。

あ。胃が痛い。

数日前の日常を思いだし、そっと腹部に手を添えた。


「触るな? 大澤にそんなこと」

「言う権利はない、か? 今ならある」

「へえ?」


穂積が大げさに言った。

こいつ、本当に性格がひねくれてるなー……。

あたしとイノリがどうなったのか分かって、知らないフリしてやがる。


「あのさ、穂」

「俺、こいつと付き合ってるから。あるはずだ」


あたしが穂積を嗜める前に、イノリが宣言した。教室中に響くような大きな声で。

な。

な。

なんでそんな報告をここで堂々とするか!


唖然としたあたしに、イノリが視線を向けた。


「そうだよな、ミャオ」

「あ、あう」


死線……じゃない、視線が突き刺さる。

「うそ」「まさか」とかいった短い呟きがそこかしこで漏れている。


これ、勿論頷かなくちゃいけないんだよね。

分かってる。分かってるんだけど、ここで「コクン」なんて頷くのがこのあたしでいいのかと思えば、血反吐を吐きそうだ。

周囲にさぞかしストレスを与えることだろう。

そんなイベントが似合わないくせに、本当にすんません。


つーか、朝っぱらから、こんな事態になるとかどんだけハードな一日なのだ!

眩暈を覚えそうになる。


様々な視線を感じながら、ぷるぷる震える体を堪えつつ、微かに首を縦に振った。

あばばばば、眠りにつきたい。穴掘って永久の眠りにつきたい。


と、穂積が明るい笑い声を零した。


「うん、これでひとまずはオッケーだね」

「は?」


不思議そうにイノリが問い返す。

穂積はにこにこと笑みを保ったまま、イノリに言った。


「何時までも曖昧なままだと、美弥緒に精神的な負担がかかっちゃうからね。一旦関係性を明確化した方がいいと思ってたんだ。そりゃ、相手が大澤なのは不満だけどね」


ぽかんとしたのは、イノリ。いや、勿論あたしもである。

先日からこの人の考えが一向に掴めない。

どういう思考回路をお持ちなのだろうか。


「大澤には悪いんだけど、簡単に諦められない性質なんで、これからも美弥緒のことは好きだよ。あわよくば、貰うつもりでいるからね」


覚えておいてね、と出題範囲でも教えるかのようにあっさりと言う穂積に、目をぱちぱちと瞬かせたイノリが言った。


「いや、そういうの、迷惑なんだけど」


余りにも平然と言うものだから、イノリも狼狽えたのか。

怒鳴るようなこともなく、普通に返した。

そんなイノリに、穂積は「そう言われてもね」とやはり笑みを湛えて返すのだ。


「君に、オレの気持ちまで左右する権利はないでしょ?」

「…………」


イノリがあたしに視線を落とした。

いや、そんな目で見られても、あたしだって理解できないんだよ。

なんなんだ、もう。


琴音を見やれば、「ほえええ」と意味のないため息を漏らしつつあたしたちを順繰りに眺めていた。その顔は、非常に、楽しげだ。

そりゃそうだ、だってあたしの友達だもん。こんなの、楽しむタイプに決まってる。


と、穂積がぐるりと辺りを見渡した。

成り行きを遠巻きに眺めているクラスメイトたちににこりと笑う。


「なんか、騒がしちゃってごめんね。もう、諍いはなくなったから」


『いやいやいやいやいや。

なんにも無くなってませんやん』


この時、クラス全体の思いは一致したはずだと、あたしは思う。

同じ突込みを入れたに違いない。




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