エピローグ 冷徹無慈悲な旦那様に溺愛されていました。
離れに着くなり、私の心配は杞憂だったと思い知らされる。
離れは、全てが青い炎に包まれていた。その前には、紐で雁字搦めにされた桜子と、冷淡な瞳で青い炎を見つめる蒼真の姿があった。
「蒼真様!」
いつになく大きな声で呼べば、蒼真は驚いたように振り返った。そして、次の瞬間、優しく微笑んだ蒼真が両手を広げた。
「柚子葉」
私は、その胸の中に飛び込んだ。
「無事だったか」
「はい、おかげさまで」
「蒼真様は……」
「この通りだ。しかし……」
蒼真の顔に影が刺した。
「どうか、なさいました?」
「いやな、あの部屋がある限り、この女は何度だって来そうな気がして……」
私は、青い炎を見つめた。
「もしや、この炎は、妖魔だけでなく……」
「そう、離れ全てを燃やし尽くしている」
「そう……ですか」
「すまない」
「ど、どうして、蒼真様が謝られるのですか!?」
この離れは、蒼真の物だ。所有者が好きにすれば良い。
ただ、この離れには、楽しい思い出が詰まっている。呪いの札が貼られた部屋は、確かに怖い。けれど、若子に出会い、蒼真と思いが通じ合った場所。それから沢山の話をして、共に料理もした。蒼真が帰ってくるのが待ち遠しく、玄関の前に何時間も前から座っていた。
これが無くなると思うと寂しいが、蒼真は無事なのだ。私は、それで良い。
「蒼真様。実は……」
「やはり、ここが良かったか?」
「いいえ、そうではなくて……私のお腹には、蒼真様の子が……いるようなのです」
照れたように上目遣いで見れば、蒼真は目を丸くした。
「それは、真か!?」
「ええ、おそらく。ですので、私は、呪われた部屋がある離れより……」
「そうだな。新居を設けよう。今すぐに」
「え、あ、し、新居でございますか? 母屋ではなく?」
「ああ、ここでも良いし、あの蔵を更地にしても良い。なんなら、新しく土地を購入するか?」
蒼真の喜びように、目がまわる程だ。
そして、恭介と若子は微笑ましい表情で私たちを見守っている。恥ずかしくて、蒼真の胸に顔を埋めた。
「柚子葉……?」
「と、とにかく、私は蒼真様と一緒なら、どこでも……大丈夫です」
「そうか」
頭をポンポンと撫でられていると、蒼真が恭介に視線を送った。恭介も真剣な顔で頷き、桜子を見下した。
「才塚桜子。自分が何をしでかしたのか、分かっているのか?」
「……はい」
桜子の顔色が非常に悪いのに気が付いた。よくよく見れば、妖魔の残り香が数十匹、蛹の姿で桜子のススで汚れた着物に付いている。
私は、蒼真から少し離れ、一歩桜子に近付いた。
「蒼真様」
「ああ、何もするな」
「ですが、お腹には子が……」
「問題ない。あれは虚偽だ」
「え?」
「俺は隊に入隊しているのに対し、兄は恩田家の当主だ」
「え、ええ。それが、お腹の子と、何か関係が……?」
きょとんとした顔で蒼真を見上げれば、無知な私に辟易した様子も見せず、丁寧に教えてくれた。
「俺は、妖魔の目撃情報や被害状況等により、各地域に派遣される。酷い時には、数か月から数年近く、その地域にいることもざらにある。それは、先日伝えたな」
「ええ。愛人の家に入り浸っていると勘違いしてしまい、すみません……」
「それは、もう良い。でだ、兄の場合は、恩田家の当主として、この街の一帯を管理している。それを共に行うのが、嫁である桜子の役目だった」
「あ、もしかして!」
「さすが柚子葉。察しが良いな。そう、この女は、嫁としての務めから逃げていたのだ」
つまり、実践向きの異能を扱えない桜子は、どうにかしてその責務から逃げようと目論み、妊娠したと虚偽の情報を報告したようだ。妊娠すれば、妖魔退治に出向かなくて良いから。そして、産後も、子が三歳になるまでは免除される。
「けれど、嘘を吐けばいずれ……」
「子が流れたとでも言うつもりであったのだろう。まぁ、その嘘が吐けるのも、残り数年が限界だっただろうがな」
蒼真が言えば、恭介も補足するように付け足し、聞いてきた。
「結婚を申し込まれた時は、あんなにも実践に向いていると自慢げに話していたのにね。偽りの情報で結婚の申し込みをしてきた桜子の両親にも、責任を取ってもらうことにするけど、良い?」
「え、私、ですか?」
「一応、大好きな父上と母上だったら可哀想かなって」
「大好き……」
父は血の繋がった実の親であるが、物心ついた頃には私の味方ではなかった。見て見ぬふりをする父を私は好きだと思ったことは一度もない。継母は、以ての外だ。
「被害を受けた分、しっかりと慰謝料なりなんなり、お取りくださいませ」
「ふふ、そうするよ」
「ちなみに、桜子に憑いている残り香ですが、既に蛹になっております故、回復するまでには時間がかかりそうです」
「じゃあ、こっちは、そのまま家に帰すことにするよ。成虫になって、いよいよ死にそうなら命乞いしに来るでしょ」
そう言った恭介は、どこか遠くを見ながら、優しい口調で一人の子の名を呼んだ。
「正孝、おいで」
「え?」
桜子の子である正孝が、木の陰からひょこっと顔を出した。
「ちちうえ!」
恭介が、走って来る正孝をしゃがんで抱きとめた。
「正孝、君は僕が育てるよ」
「恭介兄さん、良いのですか? 血の繋がりは……」
「なくても、正孝が生まれた時から一緒にいるのは、この僕だ。実の父親は、お咎めに遭うのが怖くて逃げてしまったし、桜子の家になんておいておけないよ。それに、蒼真が教えてくれたんでしょ。桜子の本性と、柚子葉ちゃんの境遇が酷いこと」
「ですが……お人好しすぎます」
「読み書き出来ない女の子に、日が暮れるまで教えてた蒼真に言われたくはないかな」
蒼真と私は見つめ合った。そして、二人でフッと笑った。
「恭介兄さんの言う通りですね」
「ふふ、孤児の若子を救ったのも、蒼真様だとお聞きしました」
「な、若子の奴、余計なことを」
「余計なことではありません。若子に教えてもらっていなければ、蒼真様を勘違いしたままでしたから」
「それなら、良いが」
照れる蒼真は、最近様々な顔を見せてくれる。それが新鮮で、嬉しく思う。
「まぁ、ここは後処理しとくからさ、二人とも母屋の方で休んでいなよ。お腹の子に障るよ」
恭介の一言で、蒼真はハッと気づいたように私の背に手を回してきた。
「では、後は宜しく頼みます。さぁ、柚子葉。行こうか」
「宜しいのですか?」
「腹の子に何かあった方が問題だ」
「ふふ」
クスリと笑ってしまい、蒼真に怪訝な顔をされた。
「何がおかしい?」
「いいえ。私、とっても愛されているんだなと思いまして」
「当たり前だ。生涯愛すると、婚儀の時に誓い合っただろう?」
「そういえば、誓い合いましたね」
あの時は、それが儀式の常套文句だったから言っていたのだと思っていた。しかし、今となれば、あれは本気だったのだと分かる。ならば、私も儀式だからではなく、本心を伝えなければ――。
「私も、蒼真様を愛しております。この先ずっと、生涯かけて愛します」
「当たり前だ」
私は、照れる蒼真に微笑みかけた。
〜おしまい〜




