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【完結】無能と冷遇された妻、実は百年に一度の有能者!? どうやら、冷徹な旦那様からも溺愛されていたようです。  作者: 陽七 葵


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第四章 初恋

 蒼真と私の掛け違えたボタンが、正しい位置に戻った。


「柚子葉、愛している」

「蒼真様……」


 初めて、蒼真と肌を重ねた。

 食事もろくに取っていなかった私の肉付きは、見られたものではないだろうに、蒼真は美しいと言ってくれた。綺麗だと。


「初めから、こうしていれば良かったな」

「本当ですよ」


 蒼真が、私に指一本触れなかった理由。それは、忙しかったのも勿論ある。しかし、それだけではなく、私が恭介のことが好きだと、桜子に聞かされていたからだ。肌を重ねる度、私が恭介のことを想いながら抱かれているのだと思うと、触れることすら拒まれたのだとか。私自身も、蒼真は桜子を好きなのだと思っていたので、同じ気持ちだ。


 月明りが障子の向こうを照らし、部屋の中がほんの少しだけ明るくなった。


 私の横に、ころんと寝転がっている蒼真の美しい顔を見ながら、聞いてみる。


「蒼真様。私で、本当に良かったのですか?」

「また、その質問か」

「ですが、不安で……これが、夢なのではないかと」

「俺は、柚子葉とこうなりたくて、結婚を申し込んだのだ」

「え、ですが、先ほどは……」


 この問いは、三度した。しかし、答えは今と違った。先程までは、『柚子葉が良い』それだけだった。


 けれど、今の言い方では、まるで随分と前から私のことを好きだったような口振りだ。


 私の疑問に、蒼真はどこか遠くを見るようにして口を開いた。


「覚えていないか? 十二の頃」

「十二歳……ですか?」


 十二歳まで記憶を遡る……桜子に、お茶が熱いと怒鳴られながら、それを頭からかけられた記憶が蘇ってきた。


「俺は、兄と共に、どちらが妖魔を多く倒せるか競争していたんだ」

「仲が宜しいのですね」

「昔はな。だが、その頃の俺は未熟だった。自身の異能に驕っている節があってな、油断していた」

「まさか、妖魔に……?」


 蒼真は、頷いた。


「どうにかこうにか祓いはしたんだが、精気を奪われてしまった。精気を奪われた俺は、川辺で倒れていた。そんな時だった」

「まさか、私が……?」

「そうだ。もう、このまま川に流されてしまおうかと思う程にしんどくて、辛かった。そこに、柚子葉が現れた」

「あ……」

「思い出したか?」

「え、ええ」


 思い出しはしたが、確かあの時の私は、水浴びをしに川に赴いたのだ。


 水浴びと言っても、状況は今と同じ。いや、もっと酷いかもしれない。無能の分際で風呂を使うなと継母に言われ、井戸水を汲んでいたら、桜子に突き飛ばされたのだ。泥だらけになった私は、川の方が着物の汚れも取れるのではないかと考え、近くの川に向かった。


 そこで、一人の少年が倒れているのを発見した。まさか、あれが蒼真だとは、思いもよらなかった。


「けれど、あの時の私は……」


 少年もとい蒼真が倒れているにも関わらず、そのすぐ脇に黒い蛹(さなぎ)を発見し、そちらに気が向いていた。


『こんなところで蝶になったら、私みたいに踏み潰されちゃうよ』


 そう言って、私は、地面にいた蛹をやや離れた草の上に移動させたのだ。そのすぐ後に、蒼真はムクッと起き上がった。


『ん? なんでだ?』


 不思議そうに手を握ったり開いたりする姿は、先日の若子のよう。


 なにわともあれ、元気になったのなら良かった。そう思った私は、川に向かって走った。走ったのは、勢いがないと怖気付きそうだったから。


 ——パシャン。


『はぅ。冷たッ』


 この頃は、十月半ば。真冬ほど寒くもないが、川に入る時期でないのは明らか。再び頭まで潜った時、焦った様子の蒼真が川に足を踏み入れた。


『やめろ! 何があったかは知らないが、死ぬな!』

『え?』


 蒼真は、溺れた人を救助するかの如く、私の後ろから手を回し、川辺に引っ張り上げた。


『ハァ……ハァ……ハァ……生きてるか?』

『え、ええ』

『ちょっと待ってろ。青火』


 びしょ濡れの私たちの周りを青白い炎が囲った。


『きゃッ、なに!?』

『着物を乾かすだけだ。このままでは、体温を奪われる。ちなみに、人間は触れても火傷しないようになっているから、安心しろ』


 そう言われた私は、その火に触れてみた。


『本当だ。温かい……』


 その火は、まるで私の冷え切った心を温めているかのようにポカポカした。

 元々死ぬ気ではなかったが、死んでも良いとは思っていた。けれど、蒼真の青い火に触れた私は、もう少し生きていたいと思えた。


 自然と頬も緩み、この時、数年ぶりに心から破顔した。


『ありがとう』

『あ、ああ……』


 蒼真の頬が、ほんのり朱色に変わった。


『えっと、名は?』

『私……?』

『ほ、他に誰がいる』

『へへ、だね。私は、ゆずは。さいづかゆずは』

『漢字は、どう書く?』

『習ってないから……。でも、見たら分かる』


 桜子は名門の女学校に通っていたが、私は無能故に必要ないと、教育を受けさせてもらえなかった。


 着物の裾の方を絞っていると、蒼真が地面に棒で線を描き始めた。


『さいは、これか?』


 私は首を横に振る。


『では、これか?』

『それも、違う』

『では……』

『そう、これ!』


 才塚柚子葉が完成するまで、小一時間かかってしまったが、その時間が楽しくて、心中、蒼真が間違った漢字を出してくれたら良いなと思っていた。そうしたら、着物が乾いてからも一緒にいられるのに、そう思った。


 しかし、名前は完成してしまい、着物もあっという間に乾いてしまった今、さよならするのも時間の問題だ。


 寂しい気持ちになっていると、蒼真が木の棒を渡してきた。


『ほら、自分でも書いてみろ。自分の名前くらい書けないと恥だぞ』

『だけど……』

『教えてやる』

『うん! ありがとう!』


 あの頃の蒼真も、今と同じで無愛想な物言いだったけれど、その言葉の裏には、誰よりも優しく、誰よりも温かいものがあった。


 今思えば、あれが私の初恋だったのかもしれない。


「今思えば、あれが俺の初恋だったのかもしれない」

「え」


 私が思ったことを口に出され、一瞬目を見開いた。しかし、次の瞬間には、笑いが漏れていた。


「は、ハハハ、ふふふ」

「何がおかしい?」

「い、いえ、全く同じことを考えておりましたので」

「それは、つまり……?」

「私も、蒼真様にずっと恋をしていたようです」

「だが、さっきまで忘れていたんだろ?」


 やや不貞腐れたように言うものだから、それが新鮮で、また笑みが溢れる。


「それは、あの時の少年が蒼真様だと知らなかったからです。私の名前は何度も言葉に出し、何度も地に書きましたが、蒼真様は、聞いても教えて下さらなかったではありませんか」

「だって、それは……」


 不貞腐れていた蒼真は、今度は照れたように頭を掻いた。


「俺は、妖魔にやられて倒れていたんだぞ。格好悪くて名乗れんだろう」

「え、そんな理由だったんですか?」

「そんな理由って……まぁ、良い」


 蒼真は息を一つついてから、私の手に蒼真のそれを絡めてきた。


「それから俺は、誰よりも強い異能者になろうと努力した。力の無い柚子葉を嫁にするには、誰よりも強くないといけないから」

「すみません。無能で」

「違う。元より、字も知らぬ柚子葉のことは、一般庶民の娘だと思っていた。着物も粗末なものであったしな」

「……」

「無能だと知ったのは、結婚を申し込む数ヶ月前だ。俺は手放しで喜んだ。『一般人と結婚など許さん!』と、両親に猛反対されていたからな」

「そう……なんですね」


 今の蒼真を見ていると、両親の反対を押し切ってまで迎えに来てくれそうな気がする。


「ま、そうでなくとも、迎えに行っていたがな」


 またもや考えていたことを口に出され、笑みが溢れる。


「なんだ? 嫌だったのか?」

「ち、違います。嬉しくて、つい」

「そうか。しかし、よくよく考えると、あの時、俺は何故すぐに回復したのか……」

「若子もですが、不思議なことがあるものですね」

「もしかすると、柚子葉。お前の異能だったりしてな」


 冗談混じりに笑って、蒼真は眠ってしまった。


「おやすみなさい」


 私も幸せを噛み締めながら瞳を閉じた――――。


◇◇◇◇


 それから、ひと月が経つが、蒼真は離れで一緒に暮らすようになった。


「ただいま帰った」

「え、蒼真様、本日は夕刻まで帰って来られない予定では?」


 昼時に帰って来ることは珍しいため、急いで出迎えれば、蒼真に怪訝な顔を向けられた。


「俺が早く帰ってきたら不都合でもあるのか?」

「い、いえ。そうではなくて」

「はは、冗談だ。それより、隊にある書庫を漁っていて見つけたんだ」


 蒼真は、一冊の古めかしい本を懐から取り出した。


「本……ですか?」

「ああ、柚子葉も見て見ろ」


 靴を脱いで居間まで一直線に歩く蒼真に付いて行けば、早速蒼真は座って本を広げた。私もその中を覗き見る。そして、すぐに私は目を伏せた。


「申し訳御座いません。私には、読めません」


 自分の名前だけは書けるようになった私だが、その他の字は未だ読むことも書くこともできない。


 蒼真は、落ち込む私の頭を撫でてから、ひとまず座るよう促してきた。


「読み書きは、俺が教えてやる。今日は聞いていろ」

「はい」


 私は、蒼真の横に座って、読めない本を眺めた。


「この書物には、ある異能について書かれている。その異能は『昇華』と名付けられ、妖魔の残り香を消滅させてきた」

「妖魔の残り香……とは?」

「妖魔に襲われた者は、精気を奪われるだろう? それは、実は妖魔自身に奪われているのではなく、その残り香によるものらしいんだ」


 それを聞いても良く分からない私は、首を傾げた。けれど、それを蒼真は呆れることなく教えてくれる。


「例えば、ミツバチの針。あれは、刺したら本体は死ぬが、毒は体に注入されているだろう? それと同じで、妖魔本体がいなくとも、人間の精気を奪うようなのだ。分かったか?」

「なんとなくですが……はい」


 自身無げに頷いた私だが、ハッと気が付いた。


「では、その残り香を消滅させることが出来れば、妖魔に当てられた人々は、すぐに回復すると……そういうことでしょうか」

「さすが、俺の嫁だ。察しが良い」


 褒められて照れた私の顔は、ついついニヤけてしまう。

 自慢じゃないが、褒められるのは生まれて初めてなのだ。許して欲しい。


「ただ、その残り香を消滅させるには、この『昇華』の異能の持ち主しか不可能」

「え、では、蒼真様や恭介様では」

「無理だ。俺たちは、あくまでも妖魔本体を消滅させることのみ。俺……というより、昇華の異能者以外に、残り香は見えぬし、触れられぬらしい。故に、その異能者不在のこの数百年は、療養という形で地道に精を付け、残り香を人間自身の生命力で倒してきた」

「なるほど」


 もしや、義父が回復しないのは、年配ということもあり、自身の生命力では、それに打ち勝てぬのかもしれない。


「では、その昇華という異能者が現れると、この世界はもっと平和に導かれますね」


 他人事のように頷けば、蒼真が次のページを開いた。そこのページに描かれた絵を見た私は、あっと息をのんだ。


「これって……」

「やはりか」

「蒼真様、私……」

「見たこと、あるのだな? ここに描かれている妖魔の残り香を」


 私は、深く頷いた。


「蒼真様と出会った時は、こちらの蛹。そして、若子のところには、こちらの幼虫がいました。けれど、絵なので、それが本当にこれかと言われると……」

「確かめるのは容易い。ゆくぞ」


 立ち上がった蒼真に手を取られた。


「行くって、何処へ?」

「父のところだ」


 私は、蒼真と共に、踏み入れたことのない母屋へ行くこととなった――――。



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