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クラブ・ジェムノット~エピソード0 - とても儚げで美しい男性に一目惚れしてしまった~  作者: (さ)くま


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第2話 壊れた静けさのあとで

暮らしていたマンションはそのまま妻に譲渡し、

自分用に小さな部屋を借りた。

そして今日、先ほど離婚届に判を押して帰ってきた。

佐伯誠は、

段ボールが無造作に置かれた部屋の床に

電気もつけずに座り込んでいた。


オートセンサー式の玄関の明かりがまぶしい。

でも、消す気力がなかった。


部屋は静かだった。

あまりにも静かすぎて

呼吸の音が嫌に大きく響いていた。


冷蔵庫のモーター音、

外を走る車の音、

遠くで誰かが笑う声。


どれも、自分とは

関係のない世界の音に思えてならない。


「……俺が、壊したんだ」


声に出すと目頭が熱くなった。

…馬鹿、泣けるような立場じゃないだろ…!


壊れていない幸せを壊した罪悪感。

自分の本質を隠して生きてきた痛み。

誰かに必要とされたい気持ち。

自分の弱さ。


それらが胸の奥で絡まり、

ほどけないまま沈んでいった。


美咲は最後まで優しかった。

責めることも、怒ることもなかった。


だからこそ痛みは深かった。

今にも崩れ落ちそうだ。


「誠くんが悪いわけじゃないよ」

「でも……あなたの心がどこか遠くにあるように感じて」

「私、どうしていいかわからなかったの」


妻の言葉が何度も何度も胸の奥で反響した。


佐伯は誰にも相談できなかった。

同僚にも、家族にも、友人にも。

実家の両親に報告した時は泣かれた。


それでも離婚の本当の理由なんて、到底説明できない。

…説明したところで、理解される気がしなかった。


「俺はどうしたらよかったんだ。。。」


答えは出ない。出るはずもない。


食欲は沸かず、それでも口に入れた食事の味は薄く、

自分の呼吸の音を聞きたくなくて付けるテレビの音は遠く、

横になっても寝付けない夜は、本当に長かった。


眠れないまま朝を迎える日が続いた。


仕事には行った。

課長としての役割は果たした。

部下の相談にも乗った。


でも、心はどこにも向いていなかった。


夜になると胸の奥が重くなる。潰れそうだった。

その重さに耐えられなくなると、佐伯は外に出た。


歩くしかなかった。


夜の街は、少しは静かだった。

日中に比べれば人の気配は少なく、

風の音、木々のざわめきなど、

自然の音が耳に残った。


歩いていると、

胸の奥の痛みも少しだけ軽くなる気がした。


「……誰かに話したい」


でも、誰にも話せない。

その矛盾が、佐伯を歩かせた。


気づけば、知らない通りにいた。


黒い壁。小さな看板。かすかに風の音。


ただの店にしか見えないのに、

なぜか胸の奥の痛みがほんの少しだけ軽くなった。


誘われるように店の前に立つと、

少し軽くなった胸の奥の痛みに、

わずかに形を与えられた気がした。


誰かに話したい。でも、誰にも話せない。


矛盾を抱えたままで動けないはずの佐伯を、

痛みに形を与えた何かが扉へ向かわせたのだろうか。


扉に手を伸ばした瞬間──静かな電子音が鳴った。


《紹介コードを入力してください》


佐伯は息を飲んだ。

紹介制。自分には縁のない世界の話だと思っていた。


「……紹介なんて……」


誰かに頼ったことがない。

頼れる人もいない。

それでも、扉に触れた指を引き戻す気にならなかった。


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