3-6
奈津子は自分のなかにある感情に戸惑っていた。
焦りににた気持ちが、胸に渦巻いている。
恵美とはどんどん親しくなっていっている。
それだけに自分がこれからやろうとしていることを思うと心が痛かった。
――今度、食事にでも行きましょうか。
奈津子は川渕忠志の言葉を思い出していた。
先週の日曜、いつものように料理を教えに行った時、恵美がトイレに行っている隙に携帯の番号を教えてくれるように頼んだのが最初だった。
――相談したいことがあるんです。
その奈津子の言葉に、忠志は快く自分の携帯の番号をメモ用紙に書いて渡してくれた。
翌日、電話をした奈津子に対して、忠志は奈津子を食事に誘ってくれた。
浮気心でもあるかとも思ったが、忠志を見ていると、その行動にはどこにもやましさが見えない。
それだけに戸惑っていた。
事故を目の前にして、逃げ出すような男だろうか?
だが、あの日、忠志が長野に行ったことは間違いない。そして、それを忠志が周囲に隠していることもハッキリしている。
(迷っちゃいけない)
奈津子は自分自身に言い聞かせた。
問題はここからだ。
(どうすれば一緒にいた女を特定出来るだろう)
事故をおこしたのは忠志本人で間違いない。奈津子はそう確信していた。
だが、それだけではまだ奈津子にとっては不足だった。奈津子にとっては一緒にいたはずの女もまた同罪だった。
事故の時に一緒にいた女が、忠志とどんな関係なのかはわからない。だが、恵美に嘘をついてまで一緒に旅行に行くことを考えれば、きっと親しい仲に違いない。
ひょっとしたら恵美もその女のことを知っているかもしれない。だが、あれから何度か忠志と親しい女性の話題に触れそうになることもあったが、恵美はすぐにその話題を避けようとする。おそらくこれ以上、恵美から情報を探ろうとしても、彼女は喋ろうとはしないだろう。
忠志にしても、そういう仲の女性のことを簡単に漏らすとは思えなかった。
食事会で忠志たちを集めたとき、その女が現れるかもしれないとも考えたが、奈津子の期待通りにはいかなかった。
既に忠志の会社の人間については調べている。そのなかにあの日、忠志と一緒だったのではないかと思える女は見つけられなかった。
忠志の女性関係を調べるために、恵美の名を騙って興信所に身辺調査を依頼したが、出てきた結果は『浮気の実体なし』というもので、手がかりになるものは何も見つけられないままだ。
(あとは直接聞いてみるしかない)