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その話を涼子にもたらしたのは、やはり情報通の加奈子だった。
いつものように郵便物を各部署に運んで行った加奈子は、戻ってくるとすぐにパソコンの画面を睨んでいる涼子に話しかけた。
「今日、川淵さん、お休みみたいですね」
そう言いながら、集めてきた休暇届けを机の上に置く。
各部署の届け出用紙を集めてくるのも加奈子の仕事の一つだ。休暇届けの一番上に川淵忠志の名前があった。
「休み?」
「朝、風邪ひいたって本人から電話があったらしいですよ。川淵さんがお休みだなんて珍しいですね」
休暇届けに書かれた文字は確かに見慣れた忠志のものではない。誰かが電話を受けて代筆したものだろう。
「そんなことより資料作るの手伝ってくれない?」
涼子は無理に話題を変えた。忠志と別れた時から、会社では忠志の話題に触れないように意識していた。
「何の資料ですか?」
「今度の月例会議で課長がプレゼンするための資料頼まれちゃったのよ」
それを聞いて、加奈子は慌てたように――
「あ、ごめんなさい。私、安村君に鍵持って行かなきゃ」
「鍵?」
「倉庫の鍵です。旧式のモデルの部品が必要で、倉庫に取りに行くんだそうです」
そう言って加奈子は逃げるように席を立った。
多賀城にある倉庫の鍵は総務が管理している。とはいえ、そんなものはどこの部署でも本人が取りに来ればいいだけのことだ。
きっと加奈子は課長の資料作りの仕事が嫌いなのだろう。どんなに工夫しても報われない仕事の一つが上司の資料作りだというのは、総務の誰もが思っていることだからだ。
涼子は小さくため息をついてから、再びパソコンの画面に視線を移した。
だが、さっきまでの集中力はすでに消えていた。
何か嫌な予感がした。
忠志が会社を休んでいるということが、意外なほどに涼子の不安をかきたてていた。
ここ数年、先日の結婚式を除いて忠志が会社を休んだことなど、今までほとんどと言っていいほどなかった。
それほどまでに仕事に対しては真面目な人だった。
しかも――
――本人から電話があったらしいですよ
加奈子はそう言っていた。
恵美は料理や片づけが苦手で、とても家庭的とは言えなかったが、人を思いやる気持ちは人一倍強かった。同居していた時も涼子が体調を悪くするといち早く会社に連絡して、時には自分も会社を休んで付き添ってくれたこともあった。
もし、本当に忠志が風邪をひいて会社を休まなければいけないほど悪い状態だったとしたら、忠志本人が連絡をすることなどありえない気がする。
(恵美……)
涼子は机の隅に置いてある時計に視線を向けた。そして、10時の休憩時間が近いことを確認して、そっと席を立つと部屋を出てトイレ脇にある給湯室に入った。そして、迷いながらも携帯電話のボタンを押した。
何を心配しているのか自分でもよくわからないままに、涼子は呼び出し音を聞いていた。
――はい川渕です。
ほんの少し気取ったような恵美の声が聞こえてくる。
「恵美? ……涼子だけど」
――どうしたの? 会社は休み?
「ううん、今、休憩時間なの。どうしてるかなって思って……」
恵美の声の様子を探るように、涼子は訊いた。
――やだ、どうしたの? 変わり映えのない主婦の生活よ。
「一人?」
――一人に決まってるじゃないの。男でも連れ込んで浮気してるとでも思ったの?
明るく恵美の笑う声が聞こえる。
その言葉を聞いて、涼子は確信した。
(やっぱり恵美は忠志さんが休んでることを知らない)
だが、それを恵美に伝えてはいけない気がした。
「今度、遊びに行ってもいいかな」
――もちろんよ。いつ来れる?
「どうしようかな……ちょっと日にちまで考えてなかった」
――なにそれ?
恵美の笑い声が聞こえてくる。
「また、予定決めて連絡するから」
――わかった。
「じゃあ、またね」
――うん、待ってる
自分の動揺が恵美にバレないよう気を付けながら、涼子は電話を切った。そして、緊張から気持ちを解き放つように大きくため息をついた。
「恵美先輩に電話してたんですか?」
背後から急に声をかけられて、涼子はびくりと身体を震わせた。
振り返ると、いつの間にかやってきたのか、加奈子が興味津々という顔をして見つめている。
「何が?」
「恵美先輩に確認してみたんですよね? 川渕さん、いなかったんですか?」
どうやら最初から聞いていたらしい。
「うん……」
「奥さんに隠れて会社休むって……やっぱり浮気だと思いますか?」
加奈子は大きな目をキョロリと動かした。
「なに言ってるの。このことは恵美には内緒だからね」
涼子は加奈子に釘をさした。




