砂塵の日
砂塵が視界を埋める。見渡す限り、砂。
風が吠えるたび、細かな砂粒が頬を打ち、外套の隙間から首筋へ潜りこんでくる。空と地平の境目はとうに溶け落ちて、世界はただ、くすんだ黄色の一色に塗りつぶされていた。
その黄色いカーテンを掻い潜るように、二つの人影が進んでいく。
前を行くのは、大柄な男だった。擦り切れた外套の襟を立て、黙々と歩く。誰も踏んだことのない砂に、迷いのない一歩を刻んでいく。振り返ることはない。後ろの気配を、背中で確かめているだけだ。
その足跡を、長身の女が、半ば引きずられるようについていく。男の足跡に自分の足を重ねれば、少しは楽に歩ける。そう気づいたのは、この砂漠に入って二日目のことだった。
「…ねえ、バーガス」
「なんだ」
「これ、どこまで続くの?」
「知らん」
「次の目的地は?」
「知らん」
「……」
女はしばらく黙った。
口を開けば、砂が入る。黙っていても、砂は入る。どちらにしても砂を噛むのなら、言いたいことは言ったほうがいい。
そして、
「旅って言わないよ、それ」
「じゃあ何だ」
「遭難」
「…似たようなもんだ」
「全然違うわよ」
女は肩を落とした。足取りまで、さらに重くなる。
この男はいつもそうだ…。
行き先を聞けば「知らん」。理由を聞けば「面倒だ」。それでいて、水場の場所だけは、いつも外さない。夜の寒さが来る前には、決まって風を避けられる岩陰を見つけている。
知らないふりをしているのか。本当に知らないのか。
一緒に歩きはじめてから、女はまだ、その答えを知らない。
◇
砂塵が止む。
唐突だった。まるで誰かが幕を引いたように、風がぴたりと凪いだ。宙に舞っていた砂が、さらさらと音を立てて地に還っていく。
代わりに、乾いた風が一筋、吹き抜けた。
視界が、開けた。
空は、思っていたよりずっと青かった。その青の中に、昼の月が白く浮かんでいる。半分に割れた、月の片割れ。もう半分がどこへ行ったのかを、知る者はいない。
「あっ」
女の口から、音が漏れた。
男は眉間に皺を寄せ、ただでさえ悪い人相をさらに険しくして、音の先を見やる。
砂丘の向こうから、巨大な塔が姿を現していた。
半ば、砂に埋もれている。それでもなお、空を突くほど高い。風に削られた外壁は、骨のように白く、ところどころに空いた穴から、空の青が覗いていた。
その周囲には、崩れた建物。
錆びた鉄骨。
砂に埋もれた道。
かつて、ここには街があった。誰かが道を敷き、家を建て、塔を見上げて暮らしていた。その誰かは、もういない。それでも、塔だけは、こうして立っている。
終わったはずのものが、終わりきれずに。
「ねえ」
女が、塔を指差す。
その指先が、ほんの少しだけ、震えていた。
「人、いるかな」
男は、しばらく塔を見ていた。
それから、答えた。
「いるかもしれん」
「じゃあ急ごう」
「面倒だ」
「人に会えるかもしれないのに?」
「人がいるなら、なおさら面倒だ」
「……あなた、旅に向いてないわ」
男は、何も言い返さなかった。
ただ、外套の襟を下ろし、砂を払い、塔のほうへ一歩を踏み出した。
面倒だと言いながら、その足は、まっすぐに塔を目指していた。
女は、小さく笑った。
◇
――ここは、遺界。
かつて栄えた文明が朽ち、国家は消え、歴史さえ砂に埋もれてなお、世界だけが終わりきれずに残された場所。
遺された世界。
二人はまた歩き出す。
男の名を、バーガスという。
女の名を、サフィという。
これは、二人の旅の記録。
さっそく公開順を間違えました。
読み直しになってしまった方、すみません。




