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遺界放浪録  作者: 放浪猫
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2/16

砂塵の日


砂塵が視界を埋める。見渡す限り、砂。


風が吠えるたび、細かな砂粒が頬を打ち、外套の隙間から首筋へ潜りこんでくる。空と地平の境目はとうに溶け落ちて、世界はただ、くすんだ黄色の一色に塗りつぶされていた。


その黄色いカーテンを掻い潜るように、二つの人影が進んでいく。


前を行くのは、大柄な男だった。擦り切れた外套の襟を立て、黙々と歩く。誰も踏んだことのない砂に、迷いのない一歩を刻んでいく。振り返ることはない。後ろの気配を、背中で確かめているだけだ。


その足跡を、長身の女が、半ば引きずられるようについていく。男の足跡に自分の足を重ねれば、少しは楽に歩ける。そう気づいたのは、この砂漠に入って二日目のことだった。


「…ねえ、バーガス」


「なんだ」


「これ、どこまで続くの?」


「知らん」


「次の目的地は?」


「知らん」


「……」


女はしばらく黙った。


口を開けば、砂が入る。黙っていても、砂は入る。どちらにしても砂を噛むのなら、言いたいことは言ったほうがいい。


そして、


「旅って言わないよ、それ」


「じゃあ何だ」


「遭難」


「…似たようなもんだ」


「全然違うわよ」


女は肩を落とした。足取りまで、さらに重くなる。


この男はいつもそうだ…。


行き先を聞けば「知らん」。理由を聞けば「面倒だ」。それでいて、水場の場所だけは、いつも外さない。夜の寒さが来る前には、決まって風を避けられる岩陰を見つけている。


知らないふりをしているのか。本当に知らないのか。


一緒に歩きはじめてから、女はまだ、その答えを知らない。


◇


砂塵が止む。


唐突だった。まるで誰かが幕を引いたように、風がぴたりと凪いだ。宙に舞っていた砂が、さらさらと音を立てて地に還っていく。


代わりに、乾いた風が一筋、吹き抜けた。


視界が、開けた。


空は、思っていたよりずっと青かった。その青の中に、昼の月が白く浮かんでいる。半分に割れた、月の片割れ。もう半分がどこへ行ったのかを、知る者はいない。


「あっ」


女の口から、音が漏れた。


男は眉間に皺を寄せ、ただでさえ悪い人相をさらに険しくして、音の先を見やる。


砂丘の向こうから、巨大な塔が姿を現していた。


半ば、砂に埋もれている。それでもなお、空を突くほど高い。風に削られた外壁は、骨のように白く、ところどころに空いた穴から、空の青が覗いていた。


その周囲には、崩れた建物。


錆びた鉄骨。


砂に埋もれた道。


かつて、ここには街があった。誰かが道を敷き、家を建て、塔を見上げて暮らしていた。その誰かは、もういない。それでも、塔だけは、こうして立っている。


終わったはずのものが、終わりきれずに。


「ねえ」


女が、塔を指差す。


その指先が、ほんの少しだけ、震えていた。


「人、いるかな」


男は、しばらく塔を見ていた。


それから、答えた。


「いるかもしれん」


「じゃあ急ごう」


「面倒だ」


「人に会えるかもしれないのに?」


「人がいるなら、なおさら面倒だ」


「……あなた、旅に向いてないわ」


男は、何も言い返さなかった。


ただ、外套の襟を下ろし、砂を払い、塔のほうへ一歩を踏み出した。


面倒だと言いながら、その足は、まっすぐに塔を目指していた。


女は、小さく笑った。


◇


――ここは、遺界(レガシア)。


かつて栄えた文明が朽ち、国家は消え、歴史さえ砂に埋もれてなお、世界だけが終わりきれずに残された場所。


遺された世界。


二人はまた歩き出す。


男の名を、バーガスという。


女の名を、サフィという。


これは、二人の旅の記録。

さっそく公開順を間違えました。

読み直しになってしまった方、すみません。

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