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戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第38話 貴丸、閃光の軌跡

[日間]歴史〔文芸〕すべて・連載中で1位になりました!!

ありがとうございます!



相馬中村から桑折殿の領地を経て大和田館へと戻ったとき、夕の光はすでに傾き、長く伸びた影が庭を静かに覆っていた。


門の内には見慣れた空気が満ち、道中に張りついていた緊張が、ようやく(ほど)けていくのが分かる。


その入口で、真っ先に飛び出してきたのは敦丸と希丸であった。


二人は声を揃えて「お帰り!」と叫ぶや否や、示し合わせたように同時に右手を差し出してくる。


その仕草はあまりにも開け助けで、何を求めているのか考えるまでもない。


貴丸はほんの一瞬だけ思案し――何を思ったか、その手をそのまま握り返した。


希丸の眉がぴくりと動く。


「違うよ! お土産! それだと貴丸の父上と同じゃないか!」


抗議の声が飛ぶ。敦丸も横で頷き、じとりとした視線を向けている。


貴丸はわずかに視線を逸らした。完全に忘れていたのだ。


とはいえ、この時代に子供へ土産を買って帰るという習慣は本来ない。


土産とはこの時代、主君や目上へ献じる品を指す。


それが常である。だが、大和田の家の中ではいつの間にか、「どこかへ行けば何か持ち帰るもの」という奇妙な理屈が根を張りつつあった。


言うまでもなく、その発端は目の前の少年である。


「ねぇってば!」「なんかあるでしょ!」


二人が口々に食い下がる。だが貴丸は聞いているのかいないのか、軽く手を振るだけで取り合おうとしない。


その態度に、敦丸と希丸の不満はさらに膨らみ、ぶうぶうと文句が続く。


それでも貴丸は振り返りもせず、さっさと屋敷の奥へと歩を進めていく。


背後に残るのは、抗議の声と、夕暮れに溶けていく子供たちのざわめきだけであった。



やがて一行は屋内へと通され、流れるように広間へと人が集まっていく。


母の琴、叔父の大和田慶光と小野田久秀、祖父の元伯、さらに空然と銀四郎――見慣れた顔ぶれが揃う頃には、帰還の挨拶もそこそこに、場の空気は自然と謁見の「報告」へと傾いていた。


視線が一斉に慶久へと集まる。


当の慶久は、どこか言葉を選ぶように、わずかに間を置いてから口を開いた。


普段の豪放さは影を潜め、顔にはかすかな苦みが浮かんでいる。


ぽつり、ぽつりと語られる経緯は、どこか歯切れが悪い。


最初は誰もが、その理由を測りかねていた。だが、話が進むにつれて空気が変わる。


城内でのやり取り、彦法師丸との応酬、そして――貴丸が城取りの約を受けたくだりに至った、その瞬間。


広間の空気が、目に見えるかのように歪んだ。


琴の眉が深く寄り、慶光が細く目を絞り、久秀は無言のまま腕を組む。


言葉にせずとも、誰もが同じところへ思考を辿り着いているのが分かる。


ただ一人――


元伯だけが、腹の底から笑い声を響かせた。


「はっはっは! さすがはワシの孫よ、ただでは帰ってこんな! 貴丸主導で城取りとな! 面白い、実に面白い!」


場の張り詰めた空気を、力任せにひっくり返すような豪笑であった。


対して、琴の視線は鋭く、冷えている。


「貴丸……なぜ、あなたは普通にできないのですか」


静かだが、逃げ場を残さぬ声音。


「そんなに普通がお嫌いなのですか」


言葉は柔らかい形をしていながら、その実、刃のように真っ直ぐであった。


その問いに向けられるべき当人は――


こくり、と舟を漕いでいた。


長旅の疲れか、半ば意識が落ちている。まぶたが重たげに上下し、話を聞いているのかどうかも怪しい。


その様子が、かえって琴の神経を逆撫でした。


すっと手が伸びる。


「――貴丸」


次の瞬間、ぐい、と耳が引かれた。


「いたたたた!」


場違いな声が広間に響く。


「貴丸、どうするつもりなのですか!」


逃げ場はない。問いは真正面から叩きつけられる。


貴丸は耳を押さえ、さすりながらも、どこかぼんやりとした調子のまま口を開いた。


「城を取ってくればいいんでしょ。夏の終わりまでには取ってくるよ」


あまりにも軽い。


まるで庭先の石でも拾ってくるかのような、ためらいのない声音であった。


琴が、息を呑む。


「な、何をそんな簡単に……城は、そのように軽々しく取れるものではありませんよ!」


誰もが頷くべき、揺るぎない正論だった。


その場にいた者すべてが、同じ思いで沈黙する。


ややあって、琴が改めて問う。


「……では、どの城を取るおつもりなのですか?」


視線が、貴丸へと集まる。


当の本人は、少しだけ首を傾げ――


「富岡の日向館かなぁ。ほら、他にちゃんと見た城って、桑折様の田中城と相馬中村城くらいしかないし」


あっさりと答えた。


その言葉に、慶久の眉がぴくりと動く。


「何を言っておるのだ。桑折様の田中城も、相馬中村城も――いずれも味方の城であろうが」


呆れを含んだ声音だった。


だが、貴丸は気にした様子もない。


「だって、まともに見たの、日向館とその二つだけだしさ」


あまりにもあっさりとした口ぶりである。


場にいた者たちが、わずかに目を細める。軽口のようでいて、その実、無駄がない。


貴丸はそのまま、少しだけ視線を泳がせた。思い出すように、記憶を手繰るように。


そして、ぽつりと続ける。


「もし良いんなら……相馬中村城が一番取りやすいかも」


何でもないことのように言った。だが、その一言は、静かに場の空気を変える。


貴丸は指先で空をなぞるようにしながら、さらに言葉を重ねた。


「たしか、城の下に、縄文時代……あぁ、えっと、ずっと昔の横穴がたくさん残ってるよね。西山の裏の方から入って、少し繋げれば――城の下まで抜けられるんじゃないかな」


言い切る。ためらいも、誇張もない。ただ、そこにある可能性そのままの言い方だった。


「……なぜ、そんなことを知っているのだ」


慶久の声は低い。問いというより、確かめる響きに近かった。


貴丸は一瞬だけきょとんとし、それから肩をすくめる。


「なんとなく?」軽い。あまりにも軽い。


――なんとなくで、辿り着く話ではない。


そう思いながらも、慶久はその言葉を否定しきれなかった。


この童ならば、あり得る。理屈ではなく、ただそう思わせる何かがあった。


一瞬、時が止まる。


慶久は貴丸を見据えたまま、言葉を失った。


何かを返そうとして、口を開きかける。


だが――閉じる。


返すべき言葉が、見つからなかった。



だが、当の貴丸はすでに別のところへ思考を飛ばしていた。


「親父様、米とか雑穀って結構余ってる?」


唐突に話を切り替える。


慶久はわずかに顎に手をやり、記憶を辿るように目を細めた。


「あぁ……米はそれほどでもないが、雑穀はな。売るほどというより、売り先がなくて持て余しておる」


周辺では米不足に喘ぐ地も少なくないというのに、大和田家はこれまで売買の繋がりが薄く、穀物を流す商人の伝手が乏しい。


その歪な事情が、逆に余りを生んでいた。


貴丸は小さく頷く。


「じゃあさ、損しない程度でいいから、それ売ってもいい?」


視線はどこか遠くを見ている。目の前の会話とは別の盤面を見据えているようだった。


「それで城が取れるかもしれない」


その言葉に、誰もすぐには反応できなかった。


理屈として繋がっているのか、いないのか――だが、妙に筋が通っているようにも聞こえる。


その曖昧さが、逆に否定の言葉を封じていた。


そして、さらに一言。


「……あとは、父上が病気になって、明日をも知れぬ感じになってくれればいいかな」


ぴたり、と空気が止まる。


「貴丸!」


琴の手が再び伸びた。


だが今度は早い。貴丸は即座に両耳を押さえて身を引く。


「それはやめて!」


逃げの姿勢は見事なものだった――が。


一瞬泳いだ琴の手は、そのまま方向を変え、貴丸の鼻をがしりと押さえた。


「ふがっ――!」


貴丸が奇妙な声を上げる。じたばたと身をよじるが、逃げ場はない。


次の瞬間。貴丸は思い切り鼻に力を込めた。


そして、ぶびっ、と妙な音がした。


「ひっ!」


琴の短い悲鳴。


貴丸の鼻から、透明な何かがつう、と垂れてくる。


「こ、この子は……」


震える声が漏れるが、貴丸はまるで気にした様子もなく、そのまま視線を横へ滑らせた。


「銀ちゃん」


呼ばれた銀四郎が一歩前へ出る。


視界の端に垂れている“それ”を、彼はあえて認識しないことにした。


貴丸は鼻から何かを垂らしたまま、妙に真面目な顔で言った。


「君の人生を俺にくれ。きっと俺は銀ちゃんを幸せにしてみせる!」


あまりにも唐突で、あまりにも重いようで軽い言葉。しかも鼻から何かが垂れたままである。


「貴丸! あなたは何の冗談を言っているのですか!」


琴の声が鋭く飛ぶ。


だが貴丸はきょとんとした顔で返す。


「え? 本気だけど?」


「なっ――」


琴は言葉を失い、口をぱくぱくとさせるしかなかった。


しかし銀四郎は、わずかに思案したのち、静かに頭を下げる。


「もとより、私は貴丸様の傅役にございます。御随に」


迷いはなかった。


それを聞いた貴丸は、ふむ、と頷く。


「……なんとかなりそうだな」


その呟きは、妙に確信を帯びている。


横では、お佳が冷えきった視線を投げていた。


まるで見る価値もないものを見るかのような、容赦のない目である。


一方、希丸は目を輝かせていた。


「俺も手伝うよー! でも、まずはその鼻をどうにかしないとな!」


言われて、貴丸は「あ、そうか」とようやく気づいた顔をする。


そして何のためらいもなく、自分の着物の袖でそれを拭った。


ぬらり、と一条の閃光が袖に走る。まるで蝸牛(かたつむり)が這った後のように、袖に艶めいた軌跡が残った。


敦丸もまた、何かに加わりたげに、じっと様子を窺っている。


騒がしさの渦の中で、慶久はただ一人、静かに息を吐いた。




(……また、始まるのか)


頭は痛い。


だが――なぜか、完全に止める気にはなれなかった。


「は、早くその着物を着替えなさい!」


琴の命が飛ぶ。


貴丸はしぶしぶと頷き、そのまま自室へと引き上げていった。


そして着物を別なものに着替えた。


残されたのは、問題の”閃光の軌跡”が付いた着物である。




今日の洗濯当番は――不運にも、お佳であった。


お佳はどこからか長い棒を持ち出し、直接触れることなくその着物を引っ掛けてつまみ上げると、遠ざけるようにして庭の洗い場へと運んでいく。その様子は、どこか妙な儀式めいていた。


その光景を、侍女頭の敏が不思議そうに眺めている。


何が起きたのかは分からぬ。だが、ただ事ではない気配だけは、確かに伝わっていた。


相馬中村城の横穴:中村城本丸横穴群という遺跡。城の下には横穴群が広がっている(ただし、戦争時の防空壕も混在している)。今も赤橋の下あたりにはその入り口がある(はず)。数十年前は、子供が中に入って遊べたほど。奥は何十メートルも続いている穴が複数ある。ひとつは児童公園周辺から裏山の西山方面につながる長い穴があった(はず)。

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