第30話 相馬盛胤との対面01
相馬中村城の描写です。
興味のない方はスルーしていただいても構いません。
本当は読んでいただきたいですが。
ちなみに、10日間で6万PV超! ありがとうございます!
確か――この相馬中村城(通称:馬陵城)は、延暦20年(801年)に坂上田村麻呂が築いたものが前身だと聞いた。
本丸をぐるりと囲む鉢巻石垣。全体はほぼ円に近く、連郭式に組まれた縄張りはそれほど大きくはないが、地形の取り方に無駄がない。
西が高く、東が低いその地形を活かして、南には宇多川をそのまま外堀に見立て、その水を引いて北と東に巡らせる。
西は切り立った地で断ち、攻め手を自然と絞る形だ。北面に水を寄せているのも、伊達を意識してのことだったはずだ。
頭の中で、ぼんやりと縄張りが重なっていく。だが、それを確かめるより早く。
大手門をくぐった瞬間、外の気配が背後で途切れた。
足音だけが残る。踏みしめた音はすぐに吸い込まれ、何も返さない。
取り次ぎのため控えの間へ通されると、そこには静寂があった。
障子越しの光が淡く差し込み、室内を曖昧に照らしている。人の気配はあるが、控えの者の足音すら遠慮がちに消えていく。
やがて呼びがかかる。
短い声。それだけで空気がわずかに動き、一行は奥へと導かれた。
控えの間を抜けると、視界が開ける。
南二の丸。現世では長友グラウンドと呼んでいた場所だ。
今は人の出入りが多く、行き交う気配から見ても、ここで政務が回されているのだろう。
見慣れたはずの地形が、別の意味を帯びている。
同じ場所のはずなのに、噛み合わない。記憶と現実が、わずかにずれて重なる。
道を進むと、ほどなく中の門が現れる。くぐった瞬間、空気が一段だけ内へ沈んだ。
左手に内堀。水面は静かで、風もないのにかすかに揺れている。
前世では埋め立てられ、児童遊園があった場所だと分かっているのに、今そこにあるのはただの水だけだった。
右手に目をやる。崩れかけた廃墟があったはずの場所だ。子供の頃、怖いもの見たさで何度も入り込んだ記憶が、不意に胸をかすめる。
だが、今は何も残っていない。
そして、そのまま坂を上る。確かここは国営放送の朝ドラで、当時のアイドルが駆け上がった坂だなと思い出す。
なだらかな傾斜。だが、歩を進めるごとに、視線が自然と上へ引かれていく。
やがて東二の丸に出る。どこからか、馬のいななきが聞こえた。厩が近いのだろう。
ここは、かつて野球場だった場所だ。春には桜が舞い、近隣校との定期戦で賑わっていた光景が重なる。
その瞬間、わずかに笑みが浮かびかけた。(そういえば……俺は応援団にいたんだったな)
むさ苦しい法被姿で、喉が潰れるまで声を張り上げていた自分の姿だけが鮮明に蘇る。
だが、その周囲にいたはずの顔が思い出せない。
名前も、声も、輪郭も。
そこだけが、ぽっかりと抜け落ちていた。
やがて、さらに奥へ進んだ先に門が現れる。
それまでのものとは、わずかに気配が違っていた。
そして、取り次ぎの者が淡々と告げる。
「こちらが一の門でございます」
その一の門を潜ると、空気が一段引き締まるように変わる。
さらに奥に、二の門が構えていた。(この時代はやたらと門が多いものなんだな)
貴丸は内心でそう思う。だが同時に、それがこの城の“格”そのものを形作っているのだとも理解していた。
それを抜けると、視界が開ける。
左へ視線を向ければ、本丸から城下が一望できた。現世の街並みと重なるように景色が揺れ、今と昔が同じ地形の上で重なっているように見える。
しばらく見入っていると、背後から声が飛んだ。
「貴丸、何をしておる。早く行くぞ」
慶久だった。
はっとして振り返ると、すでに数歩先を進んでいる。
遅れて足を動かし、さらに進む。やがて赤橋を渡りきると、その先に本丸が姿を現した。
いよいよ、盛胤への謁見の場である。
本丸を繋ぐ赤橋を渡ると、貴丸はふとその構造の意味を考えていた。
この橋を落とせば、本丸へは容易には届かない。逆に言えば、ここが最後の防壁でもある。
さらに別反対側に小さな橋の存在も思い出す。
いざという時には、その両方を断ち切り、城を閉ざすのだろう。籠城とは、単なる守りではない。
そんなことを考えていると、途中、取り次ぎの者が貴丸に声をかけた。
「先ほどから、かなり熱心にご覧になっておられましたな」
貴丸は少しだけ間を置き、無難な言葉を選ぶ。
「こうして高いところから城下を見ますと、相馬様の力の大きさを感じます」
取り次ぎは満足げに頷いた。
「左様でございましょうとも」
そして軽く笑みを含める。
「お帰りの際は、西山口門から出られるとよろしい。見え方もまた違って参りますゆえ」
慶久がそこで、わずかに声を落とした。
「このような場所を、家臣でもない我らに見せてよろしいのか」
取り次ぎは一度だけ目を細め、穏やかに答える。
「私は昔、大和田慶虎様とともに岩城との戦に出たことがございます」
その言葉に、わずかに遠い記憶の色が滲む。
「その御仁のご子息とお孫様であれば、疑う理由はございません」
静かな信頼だけが、そこに残っていた。
――そのやり取りの余韻がまだ残る中で。
慶久が、わずかに歩を緩めた。
並びを崩さぬまま、ほんの半歩だけ後ろへ下がり、貴丸の肩口に寄る。
「……よいか」
声は低い。周囲には届かぬ程度に抑えられている。
「何か問われても、余計なことは申すな。絶対にだ。ましてや、相馬様の気を損ねるようなことは、決して口にするでない」
さらに短く、畳みかける。
「桑折様の折と同じだ。はい、いいえで済ますのだぞ、絶対にな。絶対にだぞ」
それだけ言うと、慶久は何事もなかったかのように前へ戻った。
貴丸は軽く頷く。(……はいはい)
今日の朝にも、道中でも同じことを何度も聞かされた。
その場では、素直に分かったと答えてはいる。
だが――(そう何度も”絶対に”って言われると、やりたくなるんだよな……)
胸の奥で、妙なものがムクムクと顔を出す。
貴丸君の心の中の愛玩動物? の”天邪鬼”君だ騒ぎ出す。(※そんなペットはいません)
十年醸造してかなり発酵の進んで香ばしいスメルを放つこの性分は、そう簡単には引っ込まない。
(いや、自重だろ……さすがに)
分かっている。分かっているのに、意識すればするほど、逆をやりたくなる。ちらりと前を行く背を見やる。
(……まぁ、怒らせても、別に相馬の家臣ってわけじゃないしな。なんとかなるだろ……なる…のかな?)
どこか軽い。
その軽さを、自分でも完全には抑えきれていなかった。
某駝鳥クラブの人に「押すなよ! 絶対に押すなよ!」ではなく、「煽るなよ! 絶対に煽るなよ!」と言ってほしいくらいには。
――と、そこで。
足が、わずかに重くなる。
(……あれ)今さらながら、脚に鈍い疲れが溜まっているのに気づく。
朝から歩き通しだった。
桑折領を発ち、城下を抜け、最後には本丸へ至る坂を上がる。
普段であれば、縁側で転がっている時間の方が長い身なのだ。
それがここまで連続して動けば、どうなるか。
答えは、今まさに出ている。
呼吸が、少しだけ重い。歩幅を崩さぬようにするだけで、意識を使う。
「……大丈夫か」
不意に、前から低い声が落ちた。
慶久だった。振り返りはしない。だが、気配だけで様子を測っている。
貴丸は一瞬だけ間を置き、軽く頷く。
「……はい…多分?」
短く返す。だが、その一歩あと。
わずかに足取りが鈍る。
(……あー、これ)身体の方は、どうやら思った以上に正直らしい。
そんなことを考えてしつつ、本丸へと足を踏み入れると、外の空気とは明らかに異なる重さがあった。
まず控えとして案内されたのは、入口近くの広間だった。
そこで一度足を止めると、従者により草履が静かに揃えられ、足元の埃を落とすように簡易の清めが行われる。
儀礼というより、境界を越えるための区切りにも感じられる。
そこからさらに奥へ進む。
廊下は広く、板の間は磨かれ、歩く音すら抑え込まれるように響く。やがて控えの間を抜けると、正面に大広間が現れた。
そこには左右に重臣たちが並んでいる。
視線は一斉にこちらへ向けられるが、その多くは探るようなものではない。既に立場を理解した上での確認に近い視線だった。
その中には、慶久の顔見知りと思しき者も数名混じっている。視線が合うと、言葉を交わすことなく、わずかに黙礼だけが返された。
貴丸はその中央へと導かれる。
大広間の中心、上座の正面に位置する一点に座すよう指示され、静かに腰を下ろした。
この後、数話相馬氏の殿様との回がありますが、
飽きることのないようにしたいとは思っています。
週一回の更新と考えていたのですが、
意外にもそこそこ人気があるようでして、
ついつい、更新をして、
どんどんストックしていた話が少なくなっているという。。。
どうすれば良いのかしら。。。
ちなみに、養蜂の話が結構ポチがついたので、
内政系の話を多くする方が良いのか思案中です。。




