第220話 謁見後
そして、貴丸と元伯は高国のいる陣を後にした。
屋敷を出てしばらく歩いたところで、元伯が隣を歩く貴丸へ尋ねる。
「それで、謁見はどうだったのだ?」
貴丸は空を見上げながら、のんびりと答える。
「んー? 孫三郎さんとこの軍で俺が考えた策は、誰か別の人が考えた策だと思われたみたいだよ。でも、銭と、なんか立派そうな脇差はもらったから、まぁいいや」
そう言って、貴丸は手に持っていたものを両手に掲げた。片方には銭の束。もう片方には一本の脇差がある。
「ほら、銭二貫と、これね」
元伯が目を向ける。その時、貴丸がふと思い出したように振り返った。
「三ちゃん、やっぱ、もう無理。重いから持ってぇ」
「承知いたしました」
少し後ろを歩いていた三兵衛が近づき、貴丸から銭の束を受け取る。
「……確かに、これは童が持ち歩くには少々重うございますな」
「でしょでしょ、でがんしょ?」
貴丸は満足そうに頷いた。
元伯は呆れたように息を吐いたが、ふと貴丸の手に残っている脇差へ目を向ける。
「その脇差、少し見せてみろ」
貴丸から受け取った脇差を、元伯は手に取って重さを確かめるように軽く持ち上げた。
「……少し、改めてみるか」
そう呟くと、元伯はその場で足を止め、脇差の柄を外した。露わになった茎を手に取り、刻まれた銘へ目を凝らす。
「ほう……これは備州長船勝光か」
元伯はしばらく茎を眺め、それから刀身や拵えにも目を向けた。
「これは良い脇差だな。家宝にしてもよいほどのものだ」
その声には、わずかな驚きが滲んでいた。
「ほへぇ。そんなにいいものなんだ」
貴丸はさほど興味もなさそうに脇差を眺める。
「そんなに、ではない。大切に扱うのだぞ」
元伯はそう言いながら柄を戻し、脇差を貴丸へ返そうとする。だが、貴丸は受け取ろうとした脇差を見つめたまま、少しだけ唇を尖らせた。
「でもなぁ……そんな脇差より、明とか西洋の本とかのほうがよかったなぁ」
元伯の顔が、見る見るうちに苦いものへ変わった。
「……お前は本当に、武家の嫡男なのか?」
「そうみたいだけど」
「そうみたい、ではない」
元伯は大きく息を吐くと、貴丸の腰へその脇差を差した。
「ほれ。せめて形だけでも、武家の嫡男らしくしておけ」
貴丸は不満そうに脇差を見下ろした。
そして歩き出した途端、腰の片側へ重心が引っ張られる。
「うわっ」
よろり、と貴丸の身体が傾いた。慌てて足を踏み直した貴丸を見て、元伯が呆れた顔をする。
「お前も大和田の嫡男なのだぞ。脇差くらいでよろよろするな」
「んじゃ、そんな嫡男、敦丸にあげるっぽよ」
「……」
元伯はしばらく貴丸を見つめた。
やがて、大きなため息を吐く。
「まったく……」
その時だった。少し後ろを歩いていた三兵衛が、元伯の横へ静かに近づいてきた。
そして、声を潜めて元伯にだけ聞こえるように言う。
「元伯様、先ほどから、後ろをつけてくる者がいるようです」
元伯の表情が変わった。歩みを緩めることなく、わずかに視線だけを後ろへ向ける。
人通りのある道だ。こちらから露骨に振り返れば、相手にも警戒していることを悟られる。
「……何人ほどだ?」
「はっきりとは分かりませぬ。ただ、先ほどから一定の距離を保っております」
元伯はしばらく黙って歩いた。やがて、隣を歩く貴丸へ視線を向ける。
「貴丸、高国様に、失礼なことは言っておらぬよな?」
「失礼なこと? 言ってないよ……と、思うような…思わないような?」
貴丸は首を傾げる。
「その返事、怪しいな…本当にか?」
「うん……あ、そういえば、袁紹とか、王莽にはならないでねって、漢文で助言してあげた」
貴丸が何気なくそう付け加えると、元伯の眉がぴくりと動く。
「……お前は、なんと言うことを言ったのだ。それを失礼でないと思っておるのか?」
「え? だって、助言しただけだよ?」
貴丸は本気で不思議そうな顔をしている。
元伯は額を押さえた。
「袁紹も王莽も、最後には大きな力を失って滅びた者ではないか。それを管領様に向かって『お前も同じ末路を辿るな』と伝えたようなものなのだぞ」
「うん。だから気をつけてねって」
「それを世間では侮辱と取られることがあるのだ!」
「そうなん?」
「そ・う・な・の・だ!」
元伯は思わず声を荒らげたが、すぐに声を落とした。後ろの者に聞かれてはならない。
「……しかも、先日のご使者の細川尹賢殿がいる。高国様本人がどう受け取ったかはともかく、側近には面白くない話であろう」
「でも、高国様は怒ってなかったっぽいよ?」
「だからこそ、余計に怖いのだろうが……」
元伯は後ろへ視線を向けた。先ほどから感じていた気配が、今度ははっきりと気になり始めている。
「……三兵衛。後ろの連中が襲うとしたら、どこだと思う?」
三兵衛は周囲を見回しながら歩き、少し考えてから答えた。
「確か……もう少し行った先が上り坂になっていたかと。その先は林が生い茂っておりました」
元伯は前方へ目を向けた。今いる道はまだ人通りがある。だが、坂を越えれば人目が減る。
「危険だのう。ここまではまだ人目がある。襲うとすれば、そこであろうな」
三兵衛が頷く。
「おそらくは。そして、その少し先に廃寺があったかと存じます」
廃寺までの道筋を頭の中でたどりながら、元伯はわずかに考え込んだ。
「ならば、林に入ったら一気にそこまで走るぞ」そう言うなり、腰元へ手をやる。
「ワシは仕込み杖がある。三兵衛は小刀を使え。だが……」
視線が貴丸の腰へ落ちる。
「その脇差は使えぬであろうな」
「なんでなん?」
「お前が持っておるだけでふらついておったではないか」
「失礼じゃな〜い?」
「事実であろうが」
呆れた声で返すと、貴丸は唇を尖らせた。
一方の貴丸は、そんな二人の会話などどこ吹く風だった。両手を頭の後ろへ回し、空を見上げながら歩いている。
「いい天気だなぁ」
「……」
無言のまま貴丸を見つめていたが、やがて我慢できなくなったように尋ねた。
「貴丸、お前、もし本当に襲われたらどうするつもりなのだ?」
「ほえ?」
「襲われるかもしれぬと言っておるのだ」
「あぁねー!」
貴丸はようやく元伯を見る。元伯は怒りを押し殺すように深く息を吐いた。
「今の三兵衛との話を聞いてなかったのか? 高国様自らか、あるいはその側近が刺客を放ったのかもしれぬ。三兵衛が、後ろからずっとついてきている者がいると言っておるのだ」
貴丸は「ふーん……」と考え込んだあと、ふと思い出したように「あ」と声を上げた。
「じゃあ、俺の持ってきたあの袋の中身、役に立つかもよ」
元伯が目を向ける。
少し後ろでは、三兵衛が先ほどの袋を担いでいる。
「これですか?」
「うん、それっそれ。中に入れてきたもの、こういう時のためにも使えると思うよ」
貴丸は何でもないことのように頷いた。
元伯は眉を寄せる。
「……お前、何を持ってきたのだ?」
「それは見てからのお楽しみ」
「お楽しみではないであろうが! 襲われるやもしれぬのだぞ!」
呆れた声を上げる元伯とは対照的に、貴丸は楽しそうに笑っていた。
三兵衛も袋を担ぎ直す。
「では、林へ入るまでに確認しておきましょうか」
「うん。歩きながら説明するよ」
貴丸は再び前を向いた。その顔には、先ほどまでの緊張感など微塵もない。
しかし、その口から語られ始めた策を聞くにつれ、元伯の表情は次第に真剣なものへと変わっていった。
やがて一行の前に、坂道が見えてくる。
その先には、冬枯れした林が広がっていた。
そして――。
三人の後方には、一定の距離を保ったまま、こちらの動きを窺う男たちの姿があった。
備州長船勝光:
室町後期の「末備前」を代表する刀工で、守護大名・赤松政則に仕えた。
当時から名声が高く、足利義尚のために近江の陣中で作刀した記録も残る。
現存作には永正年間の刀があり、現在も九州国立博物館や東京富士美術館に収蔵されている。
やはり、三国志ネタになると、感想が多くなりますね。
三国志ネタで書こうかとも思ったことがあったのですが、、
自分のうる覚えの知識だと、、やめた方がよいか。。。




