第215話 元伯と忠家02
貴丸だけは、いつの間にか山科家という大きな公家との縁まで作ってしまった。
それも、本人にしてみれば、ただ面白いことが一つ増えた程度の認識なのだろう。
「……まったく、わしの孫ながら、どうしてこうなるのだ……」
元伯が頭を抱えたまま呟く。
その横で、貴丸は、何が問題なのか分からないといった顔で元伯を見上げていた。
「え? 何が? 何のこと? 俺が何かした?」
「……もうよい」元伯は諦めたように目を閉じた。
しばらくして、元伯と忠家は顔を見合わせる。
先ほどまでの呆れた空気は、いつの間にか消えていた。二人とも、今度は少し真面目な顔になっている。
元伯が、ゆっくりと口を開いた。
「……山科様とのご縁か。しかし、すでに万里小路秀房様には帝への取り次ぎをお願いしておるからのう。ここで、こちらからあらためて山科様にも同じ話を頼むとなれば、秀房様の顔を潰すことになりかねぬ」
「そうですな」忠家も頷く。
万里小路秀房が、こちらのために朝廷への取り次ぎを進めている以上、別の公家へ同じ話を持ち込めば、「秀房を頼っていたはずなのに、別の者にも話を持っていった」と受け取られる恐れがある。
元伯は顎に手を当て、しばらく考え込んだ。
「我らと秀房様が以前から親しいのであれば、『秀房様にもお願いしておるが、山科様にもお力添えいただいた』という形にもできよう」
元伯は、そこで小さく息を吐く。
「だが、秀房様とは、まだそこまで深い付き合いというわけではない。こちらから勝手に山科様へ話を持ち込めば、かえってややこしくなるやもしれぬ」
「では、どういたしましょうかな?」
元伯は、もう一度考える。
「うむ……一番よいのは、山科様のほうから『帝への取り次ぎについて、万里小路秀房様とも話してみよう』と言ってくださることだろうな」
「なるほど」
「そうなれば、秀房様の顔を立てたまま、山科様にも力を貸していただける」
そんな二人の話を、貴丸は隣で黙って聞いていた。そして、しばらくすると、何でもないことのように口を挟む。
「じゃあ、俺が言綱様にそう言おうけ?」
元伯と忠家が、同時に貴丸を見る。
元伯はすぐに首を横へ振った。
「いや、まだやめておこう。今は少し様子を見たほうがよい」
「そうけ?」
「うむ。せっかく山科様との縁ができたのだ。こちらから何でもかんでも頼んでは、かえって話がこじれるかもしれぬ」
貴丸は少し考えたあと、素直に頷いて呟いた。
「そんなもんかのう?……まあ、じいさんがそう言うならそうすっぺ」
――その時だった。
門前のほうが、なにやら騒がしくなった。しばらくすると、廊下の向こうから慌ただしい足音が近づいてくる。
「失礼いたします!」
襖の外から、若い声が響いた。
三人が振り向くと、妙心寺の小僧が、息を切らしながら部屋へ駆け込んできた。
「お話中のところ、申し訳ございません」
小僧は深く頭を下げる。
「こちらに、大和田敦丸様という方はおられますでしょうか?」
「……は?」
元伯が、思わず聞き返した。小僧は、息を整える間も惜しむように続ける。
「細川右京大夫高国様より、ご使者が参っております」
「…………」
「ご使者のほかにも数名ほどお連れの方がおられまして、どうやらお急ぎのご様子でございました。ひとまず、広間のほうへご案内しております」
部屋の空気が、一瞬で止まった。元伯と忠家が、ゆっくりと顔を見合わせる。
その横で、貴丸だけが首を傾げていた。
「細川高国様の……ご使者?」
忠家が、確認するように聞き返した。
「はい。大和田敦丸様に、お会いしたいとのことでございます」
小僧は、はっきりと頷く。
元伯は、ゆっくりと額へ手を当てた。
「……今度は高国様か」
忠家も、同じように頭を抱える。
「元伯殿……どうやら、京へ来てからというもの、面倒ごとのほうから我らを見つけてくるようですな」
「……まったくだな」元伯は、深々とため息を吐いた。
帝への献上の話だけでも難儀しているというのに、いつの間にか山科家との縁までできた。
そして今度は、細川高国から使者が来た。
しかも、その細川高国といえば――。元伯は、ちらりと貴丸を見る。
この童が京へ来る前、戦場で関わっていた相手でもある。
「……貴丸」
元伯が、低い声で呼んだ。
「なぜお前は、そうやって揉め事を次から次へと作っていくのだ?」
貴丸は、しばらく元伯を見つめていた。
何を言われているのか、本気で分からないようだった。
そして――。にやりと笑う。
「敦丸様かぁ。大変だね、敦丸君。残念だけど、俺はここで寝てるしかないなぁ」
「……」
当の張本人が、あまりにも呑気なことを言う。
元伯は、またしても頭を抱えた。
「……そうであったな……お前は、いつもそうなのだ……」
諦めきったように呟く。忠家も、もはや何も言えなかった。
ただ、苦笑するしかなかった。




