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戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第212話 言綱の部屋で01

そして厠から戻ると、貴丸は長松丸と千代に挨拶をし、そろそろ帰ろうと腰を上げた。


その背に、言綱が声をかける。


「貴丸殿。少し、相談があるのですがな」


「俺にすか?」


「うむ。長松丸殿と千代には、少し待っていてもらいましょう。貴丸殿と二人で話したい」


貴丸は不思議そうに首を傾げながらも頷いた。二人は言綱の部屋へ移る。三兵衛も後に続いたが、部屋へは入らず、いつものように襖の脇へ控えた。


部屋に入ると、言綱は貴丸と向かい合って座った。だが、すぐには口を開かない。何か言おうとしては考え直すように黙り込む言綱を見て、貴丸は次第に妙な顔になっていった。


「……あの、言綱様。もしかして……千代さんを、お、俺にくださる、とか――!?」


「なんですか、それは?」


言綱の眉がぴくりと動く。


「――という話ですか!? それとも『千代を貴丸殿に嫁がせよう』とか!」


「なぜ、そうなるのです?」


「いや、だって! わざわざ二人きりで話したいって言うから、てっきり……!?」


「てっきり、ではない」


「違うんすか?」


「まったく違います。なぜ、そのような話になるのですかな……」


「ですよねぇ。へへっ」


貴丸は、どこか安心したように笑った。だが、次の瞬間、何かを思いついたようにはっと目を見開く。


「……あれ? じゃあ、もしかして……」


貴丸は言綱の顔をじっと見た。そして、なぜか少しだけ頬を赤くすると、ためらうように口を開いた。


「……じゃあ………せめて、湯浴みくらいさせてください」


「……は?」


「だって……お相手は、言綱様なのでしょ?」


「な、何がですかな?」


「いや、だから――俺を言綱様の稚児小姓とか、色子にしようって話なのかなって!」


「なぜ、そうなるのだ!」


「だって、二人きりで話したいって言うから……」


「そんなわけがないであろう!」


言綱は、今度こそ即座に言い切った。


「私は、そのような趣味はありません。まして、いざそのような話になったとしても、貴丸殿を選ぶことなどありえぬわ!」


「……」


貴丸は、なんとも言えない顔で言綱を見つめる。そして、ほんの少し口元を歪めた。


「……言うじゃな〜い?」


わざとらしく頬を膨らませ、いかにも傷ついたような顔を作ってみせる貴丸に、言綱は呆れ果てて思わず額に手を当てた。


「お、お主……そなたは一体、私に何を言わせたいのですか……」


「いやぁ、言綱様がそこまではっきり言うとは思わなくって」


貴丸はけろりとしている。言綱は小さく息を吐いた。


「まったく……そなたは、少しは真面目に人の話を聞けぬのか」


「聞いてますよ? ちゃんと聞いてるからこそ、こういう可能性もあるのかなって」


「貴丸殿を色子などと、あるはずがない。千代のことも、今のところはない」


「チーちゃん? 今のところ……?」


貴丸がすかさず食いつくと、言綱はわずかに眉を寄せた。


「そこは聞き流しておきなさい」


「へへっ」


貴丸は悪びれもせず笑う。その様子に、言綱はもう一度だけ深いため息をついた。




しばらく貴丸の顔を見つめていた言綱だったが、やがて諦めたように肩の力を抜いた。


「……まあ、そなたらしいと言えば、そなたらしいのですがな」


そして、先ほどまでとは少し声音を改める。


「それに、そなたの言葉遣いについても、公の場ではもう少し改めてもらわねば困るが……長松丸や千代の友人となった今、家族だけでいる時まで無理に畏まる必要はない。ここでは、今まで通りでよいですぞ」


「ほんとすか?」


「うむ。そなたが二人と親しく過ごしていることを、私が咎めるつもりはない」


「じゃあ、これからもこのままでいいすね!」


貴丸が嬉しそうに言うと、言綱は呆れたように首を振った。


「ただし、公の場では別ですぞ」


「そこはちゃんとしまっす。うへへ」


先ほどまで一緒に双六で遊んでいたことで、言綱は貴丸という童がどのような性格なのか、少しは分かったつもりでいた。


真面目な話をしていても、隙があればすぐに冗談を挟む。かと思えば、人の言葉や立場を妙なところまでよく見ている。


――まったく、油断ならぬ童だ。


言綱は、これ以上この話を続けても埒が明かぬと判断し、先ほどの戯言は聞かなかったことにして、本題へ入ることにした。


「先ほどの『一生双六』だがな。私は、あれを世に出したいと思っておるのだが、どう思われるかな」


貴丸の表情が、わずかに変わった。


「世にすか?」


「うむ。売り物としてな。貴丸殿さえよければ、あの双六を商人の手を借りて売り出してみたいのだが……いかがであろうか?」


「いいっすよ」あまりにもあっさりとした返事だった。


言綱は、一瞬、返す言葉を失う。これほどの双六を考え出した童が、その価値に気づいていないとは思えなかった。


「そんな簡単でよいのか? いや……その、もう少し考えるものかと思っておった」


貴丸は少し考えるように首を傾げ、それから穏やかに答えた。


「元は俺が考えたものではありますけど、長さんやチーちゃんとも一緒に考えたものですし。それに、駒や流運列図だって、言綱様が紹介してくださった職人さんにお願いしたものですからね。だったら、俺一人のものってわけじゃないでしょう?」


「うむ。そうではあるのですがな」


言綱が黙って貴丸を見ていると、貴丸はふっと笑った。


「それに、売るなら、誰の名を添えるかで価値も変わるでしょう?」


「……誰の名、とな?」


「例えば、『大和田貴丸の名を添える』のと、『山科言綱様の名を添える』のとでは、同じものでも受け取られ方が違うでしょう? 大和田貴丸の名が付いていても、誰だよって話ですからね」


「……」


言綱は何も言わなかった。貴丸はそんな様子を気にすることなく、続ける。


「武士なら、刀や槍があります。でも、公家の方々には、そういうものはないでしょう。公家の方にとっては……こういうものが持つ影響力、とでもいうんでしょうかね。人に知られることとか、名が広まることとか。そういうものこそが、力になるんじゃないすか?」


言綱の目が、わずかに細くなった。貴丸は、その変化に気づいているのかいないのか、いつもの調子で言葉を重ねる。


「だから、この双六が、ある意味、言綱様の刀にもなるし、槍にもなるんすもんね」


その瞬間、言綱の胸の奥が、すっと冷えた。


貴丸は、いつもの軽い笑みを浮かべている。まるで、何でもないことを話しているかのようだった。だが、その言葉が意味するところは、決して軽くない。


公家には、武士のような武力があるわけではない。ならば、何をもって己の身を立てるのか。


家格、故実、朝廷とのつながり、文化、人脈。そして、自らの名が持つ価値。


一つの遊戯を山科家が認め、名を添えて世に出す。


それが広まれば、「山科家」という名そのものが、その遊戯の価値の一部となる。


――この童は、そこまで考えているのか。


言綱は、目の前の貴丸を見つめた。


「……貴丸殿。そなたは、この双六を作るときから、私が関わることを考えていたのですかな?」


貴丸は、とぼけるように笑った。


「さあ? どうでしょうかね? 俺は面白いものを作って、長さんやチーちゃんと遊びたかっただけっすよ」


「……そうですか」言綱は、それ以上追及しなかった。


だが、胸の内では、すでに別の考えが巡り始めていた。この双六を山科家の名を添えて世に出す。


それだけで、山科家の名を広めることができる。公家や武家だけでなく、寺社や商人にも、その名を知られる機会が増えるだろう。


そして評判になれば、「山科家が関わったもの」ということ自体が価値になる。


しかも、山科家が自ら店を構えて商売をする必要はない。製作や販売は、伝手のある商人に任せればよい。


山科家は名と知恵を貸し、その代わり、売れた折には礼銭や相応の取り分を受け取る。


それならば、公家としての体面を大きく損なうこともない。


そして何より――今の山科家にとって、それは決して小さなことではなかった。


荘園から上がる収入だけで家を維持できる時代ではない。領地は武士たちに押さえられ、年貢が思うように届かぬことも珍しくなかった。山科家とて例外ではない。


言綱もまた、書物の写しや朝廷・公家社会での役目、家職に伴う仕事、装束などの調進、これまで築いてきた人脈や自身の知識と技能など、さまざまなものを頼りに家を支えている。それでも足りぬときには、借銭に頼らざるを得ない。


しかも、養うべきは当主の家族だけではない。


屋敷には身の回りの世話をする者、雑用を担う者、屋敷を守る者、家の仕事を支える者など、多くの者が仕えている。


彼らもまた、山科家に仕えて生きているのだ。家を守るということは、当主家族が食べていければよいという話ではない。


その家に連なる者たちの暮らしまで背負うことなのだ。


言綱は、改めて『一生双六』を思い浮かべた。これは単に銭を得るための品ではない。


山科家の名を広め、新たな縁を生み、公家や武家、寺社、商人とのつながりを広げる。そして、その名を介して、新たな収入を家にもたらす。


商売そのものではなく、文化を通じて山科家の存在に価値を持たせる。


――なるほど。


これならば、確かに山科家の「刀」にもなる。だが、そこで言綱は、ふと別のことを思い出した。


先ほど、貴丸が冗談めかして口にした言葉。


――千代を、俺にください。


もちろん、戯言に決まっている。それでも、一度意識してしまうと、妙に気になった。


もし、本当に千代の嫁ぎ先として考えるなら――貴丸という童は、どうなのだろうか。


言綱は、改めて目の前の貴丸を見た。見た目だけなら、どこかのほほんとしている。話し方も軽く、先ほどの双六では厠を我慢しきれず、大騒ぎしていた。


だが、その実は違う。ここへ来る前、貴丸はまだ童でありながら、細川高国方に与し、三好元長の軍と戦をしていたという。


そして今また、人の身分や生業を取り上げ、それぞれの人生を一枚の盤の上へ落とし込んだ『一生双六』を作っている。


運だけではなく、銭の使い方や道の選び方まで遊ぶ者に委ねる。しかも、山科家の名を添えれば価値が生まれることまで、さらりと言ってのけた。


「……」


言綱は、しばし貴丸を見つめた。確かに、非凡な童だ。


人とは違うものを見て、人とは違う発想をする。その才は、これから先、大きな力になるかもしれない。


だが――。


「才というものも、鋭き刃と同じかもしれぬな……」ぽつりと、言綱は呟いた。


よく切れる刃ほど、扱いを誤れば、思わぬところへ傷をつける。


貴丸も同じではないか。この才が、いつか大きなものを生み出すかもしれない。


その一方で、その才ゆえに周囲を巻き込み、思わぬ災いを招くこともあるのではないか。


千代には、穏やかに生きてほしい。姉から託された姪の行く末を思えば、才があるというだけで、貴丸を嫁ぎ先として考えるわけにはいかなかった。


「……いや。千代の嫁ぎ先としては、貴丸殿はないな」


言綱は、静かに心の中で結論づけた。先ほどの戯言を思えば、あまりにも馬鹿げた話ではある。


だが、姪の一生を預ける相手を考えるのであれば、笑い話だけで済ませることもできない。


貴丸は確かに非凡だ。しかし、非凡であることと、姪を託したい相手であることは、また別の話なのだ。


言綱は、改めて目の前の童を見た。


――やはり、この童は危うい。


「……貴丸殿」


「はい?」


言綱は、先ほどまでとは少し違う目で貴丸を見た。


「そなたは、なかなか恐ろしい童ですな」


「え? なんでです?」


貴丸は、本気で分からないという顔をする。


言綱は、思わず苦笑した。


「いや。何でもない」





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― 新着の感想 ―
この年でも、どこでうんこ漏らすか分からないからね 色々と恐すぎる
カッコ悪い時の落差がね。
あーあ 残念!
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