第206話 雪だる……双六作ろう…
それから数日した後――。
貴丸は三兵衛を伴い、再び山科邸を訪れていた。
今日は朝比奈泰能は中御門宣秀への挨拶があり、別行動である。そこに、元伯も忠家も同行することになっている。
門をくぐると、長松丸と千代が嬉しそうに迎えに出てきた。
「貴丸殿、待ってたよ!」「今日は面白いものを持ってきたんですよね?」
二人に急かされるようにして部屋へ入ると、貴丸は背負ってきた包みをほどいた。
中から現れたのは、何枚もの和紙。
一枚、また一枚と床へ広げ、端を合わせて繋げていく。やがて、一丈近い大きさになったところで、中央に大きく書かれた題が姿を現した。
「じゃじゃーん、題して、『一生双六!』」
長松丸が思わず息を呑む。
盤面には一本の道が蛇のように曲がりくねり、その途中には無数の小さな升が並んでいた。さらに、ところどころには一際大きな升が描かれている。
「これは何なのだ?」長松丸が身を乗り出す。
貴丸はにやりと笑った。
「ここから始まるんだよ。そして、最後はここで上がりね」
指差した先には「誕生」と書かれた升があり、盤の終わりには「大往生」と記されていた。
「生まれたら、まずここ。ここで賽を振って、自分の身分や職を決めるんだ」
少し先にある大きな升を指差す。
「ほう……」長松丸の目が輝く。
「そのあとは、それぞれの道を進んでいくんだよ。働いて銭を稼いだり、運が良ければ出世したり、商いがうまくいったり。逆に、病気になったり、火事に遭ったり、凶作になったりして、銭を失うこともある」
貴丸は盤の途中にある大きな升を指した。
「ここへ来たら必ず祝言。さらに進めば子どもが生まれたり、屋敷を買ったりもする。一生だから、良いことも悪いこともいろいろ起きる」
長松丸は盤面を食い入るように見つめる。
「なるほど……では、最後は?」
貴丸は終点を指差した。
「最後は大往生。そこで、それまでにどれだけ銭や屋敷を残せたか、どれだけ出世したかを比べて、一番良かった人が勝ち」
部屋が静まり返る。長松丸も千代も、盤面から目を離さなかった。
やがて長松丸がぽつりと漏らす。
「……これを、貴丸殿が考えたのか?」
「まぁ、考えた?………まぁ、そうなるかな?」
貴丸は照れくさそうに笑う。
「あのさ、俺のことは貴ちゃんでも、貴さんでも、貴丸でも何でもいいよ」
「じゃあ私は『貴』だな」
長松丸は即座に言った。千代も笑顔になる。
「私は『貴ちゃん』でよろしいですか!」
「うん、それでいいよ」
ようやく二人にも笑顔が戻る。長松丸は再び盤へ目を落とした。
貴丸が説明する。
「この升にはね、こんな内容が入る予定なんだ」
そう言って、紙を差し出した。そこにはこのようなことが書かれていた。
★良い出来事
・良縁に恵まれる。銭○枚受け取る。
・豊作。米○俵分の銭○枚得る。
・商いが大当たり。銭○枚もらう。
・名医に診てもらい病が治る。
・殿様から褒美を賜る。
・茶会へ招かれる。
・子宝に恵まれる。
・良き師に巡り会う。
・寺で施しを受ける。
・温泉で疲れが取れる。
★悪い出来事
・凶作。銭○枚支払う。
・病に倒れる。一回休み。
・火事。銭○枚支払う。
・馬が逃げる。
・川で荷を流す。
・山賊に遭う。
・年貢が増える。
・借金を返す。
・家屋を修繕する。
・大雨で道が通れぬ。一回休み。
★運命の升
・もう一度振る。
・一つ戻る。
・三つ進む。
・好きな道を選ぶ。
・元の道へ戻る。
・隣の者へ銭○枚渡す。
・一番貧しい者へ銭○枚渡す。
「はははは! これは面白いな!」
長松丸は再び盤へ目を落とした。
「それにしても……随分といろいろなことが起こるのだな」
「うん。升ごとにいろんな出来事を入れるつもりなんだ。良いことも悪いことも、運だけで決まることもある」
「それなら、同じ一生にはならないのですね」
千代が盤面を覗き込みながら言う。
「そういうこと。だから何度遊んでも違う一生になるんだよ」
貴丸は楽しそうに笑った。長松丸は思わず膝を叩いた。
「これは双六ではないな。まるで人の一生そのものではないか」
貴丸は笑みを浮かべた。「だから『一生双六』ね」
長松丸は力強く頷いた。「うむ! これはぜひ完成させよう!」
その言葉に千代も大きく頷く。
三人は早速、和紙をさらに貼り合わせ、大きな盤面を作り始めた。
貴丸が薄く墨で道筋を描き、長松丸と千代がその周りを覗き込みながら、ああでもない、こうでもないと声を上げる。
まだ粗削りではある。だが、その一枚の和紙の上には、これまで誰も見たことのない、新しい遊びが少しずつ形になり始めていた。
その後も長松丸の部屋には、楽しげな笑い声が響いていた。
「この道はもう少し曲げた方が面白いかな」「ここは分かれ道にしたらどうですか?」「それなら、この先でまた合流するようにしよう」
長松丸も千代も夢中になっていた。
しばらくして、貴丸が盤面に線を引きながら、ふと口ずさむ。
「双六を作ろう〜 障子を開けて〜 一緒に遊ぼう〜 チーちゃん、出てこないの〜」
千代が首を傾げる。
「高ちゃん、その節をつけて口ずさんでいるのは、何か意味があるのですか?」
貴丸は筆を止め、少し考える。
「うーん……俺の好きな歌」
「そうなのですか。でも、妙に頭に残る節ですね」
そう言った千代だったが、貴丸がまた口ずさむうちに、いつの間にかその節を覚えてしまった。
「双六を作ろう〜……」長松丸まで、面白がるように続ける。
「障子を開けて〜……」「一緒に遊ぼう〜」
気がつけば、三人で同じ節を口ずさみながら、盤面を作っていた。
そんな調子で作業を続けていたが、やがて貴丸がふと手を止めた。
「どうしたのだ?」
長松丸が尋ねる。貴丸は困ったように頭をかいた。
「一番大事なものがないんだよなぁ」
そう言うと、貴丸は別の紙を取り出した。そこには円が描かれ、その周囲に一から十までの数字が均等に並んでいる。
長松丸が首を傾げる。
「西洋では『流運列図』っていうんだってさ。ここに針を付けて、くるっと回すんだ。針が止まった数字だけ進むんだよ」
貴丸は円の中心を指差し、指先で回す真似をした。
「賽ではないのか?」
「うん。賽でも遊べるけど、こっちの方が面白いと思ってさ」
長松丸は感心したように何度も図を眺めた。
「なるほど……」
しかし貴丸は、またため息をつく。貴丸は盤を指差しながら話し始めた。
「でも、それだけじゃないんだよ。遊ぶための銭もいる。実際の銭を使うんじゃなくて、双六用の札にすればいいと思う。それから、自分の駒。祝言したら妻の駒。子どもが生まれたら子どもの駒。牛車もいるし、最後に買う屋敷もいる」
一つ一つ数えていくうちに、長松丸も考え込んだ。「確かに……」
「紙だけじゃ駄目なんだよね。きちんと木で作ったら、きっとすごく面白くなると思うんだけど」
貴丸は腕を組む。長松丸も同じように考え込んだ。
「木地師に頼めば作れそうではあるな。でも、それなりに銭が掛かるしな……」
二人がうーんとうなっていると――障子が開き、山科言綱が姿を現した。
「何やら随分と賑やかじゃのう。何をして遊んでおるのだ?」
三人は慌てて返事をする。「お父上!」「叔父様!」
「こんにちは」貴丸もぺこりと頭を下げた。
言綱は穏やかに笑いながら部屋へ入り、床いっぱいに広げられた大きな和紙へ目を向ける。
「これは……双六か?」
「はい。貴丸殿が、新しい双六を考えてくれたのです」
長松丸が嬉しそうに答えると、言綱は興味深そうに盤面を覗き込んだ。
「ほう。どのようなものなのだ?」
長松丸は待っていましたとばかりに説明を始めた。
「『一生双六』というのです。ここが誕生で、ここから一生が始まります。職を決めて道を進み、働いて銭を得たり、良いことや悪いことに遭ったりしながら、最後は大往生へたどり着くのです」
「なるほど……」言綱は盤面へ目を落としたまま、静かに耳を傾ける。
長松丸はさらに、祝言をあげれば妻を、子を授かれば子どもの駒を加えることや、終盤には屋敷を手に入れることなど、貴丸から聞いた仕組みを次々と語っていった。
最初は子どもたちの新しい遊びを微笑ましく聞いていた言綱だったが、話が進むにつれて、その表情から笑みが少しずつ消えていく。
やがて長松丸が説明を終えると、言綱はしばらく何も言わず、盤面を見つめていた。部屋には、先ほどまでの賑やかさが嘘のような静けさが落ちていた。
やがて言綱は、ゆっくりと顔を上げた。
「……これを考えたのは、貴丸殿なのか?」
その声は先ほどまでとは違っていた。長松丸が答えようとすると、千代が胸を張る。
「貴ちゃんです!」
言綱は改めて貴丸へ目を向けた。「ほう……」
貴丸はその視線を受け、少し照れくさそうに頭をかいた。すると長松丸が困ったように言った。
「双六そのものは描けそうなのですが……駒や牛車、それに、この『るうれっと』というものをどう作ればよいか、皆で悩んでいたのです」
言綱は盤面を見つめたまま、しばらく考え込んだ。やがて静かに頷く。そして穏やかに言った。
「ふむ。それならば、山科家で用立てよう」
「えっ?」長松丸も千代も目を丸くする。
「木地師にも頼める。絵師にも細工師にも話を通そう。ここまで考えた遊びならば、形にせねば惜しいな」
言綱は盤面へ目を落としたまま続けた。
その一言で部屋の空気が一変した。長松丸が思わず拳を握る。千代も飛び跳ねるように喜んだ。
「やった!」「本当ですか!」
貴丸も満面の笑みを浮かべる。
「これで本当に遊べるね!」
三人は顔を見合わせ、大きく笑った。その様子を見ながら、言綱もまた静かに目を細めていた。
この時代、双六は単なる子どもの遊びというわけではなかった。
公家や寺院の間でも楽しまれ、盤面の絵や意匠、題材などに趣向を凝らしたものもある。
どのような題材を選ぶか、どのような絵を添えるか。そこには作り手の趣味や教養も表れる。
山科家のように、宮中の故実や和歌、書などに関わる家であれば、絵師や職人との縁もある。新たな双六を世に送り出すとなれば、そうしたつながりも必要になる。
和歌や故事に通じ、絵師を集め、筆を執る者を選び、それを求める公家や寺院、武家との縁を結ばねばならない。
教養、芸術、人脈、財力。そうしたものが揃ってこそ、見栄えのする双六を仕立てることができた。
山科家であれば、そうしたつながりを使って、この『一生双六』をきちんとした品に仕立てることもできるだろう。
それは家名を高めるためだけではない。文化を育て、広め、それを家の収入へと結び付ける――戦乱の世を生き抜くための、公家ならではの知恵でもあった。
そう考えれば、貴丸が考えた『一生双六』は、長松丸や千代が楽しむだけの遊具で終わらせるには惜しかった。
山科家の手を借りて形を整えれば、もっと多くの者に遊んでもらえるかもしれない。
――これは、実際に遊んでみなければ本当の価値は分からぬ。
だが、公家として長年双六を見てきた言綱の感覚は、一つの答えを告げていた。
(……間違いなく面白い)何よりも心を惹かれたのは、その題材だった。
この双六では、最初に職を定める。生まれながらにその身分や生業がほぼ定まるこの時代にあって、人は本来なら他の生き方を知ることはない。
だが、この『一生双六』では、自分とは異なる立場の一生を疑似的に歩むことができる。
それだけでも、これまでの双六にはない発想だった。
さらに盤上を進めば、豊作や凶作、商いの成功や失敗、病や火事、山賊との遭遇など、暮らしの中で起こり得る出来事が次々と待ち受ける。
そのたびに銭が増えたり減ったりし、ときには道を選び、ときには立ち止まりながら一生を歩んでいく。
家族が増え、屋敷を構え、財を蓄え、ある者は立身出世を果たし、ある者は財を成す。あるいは、すべてを失い没落することもある。
人の一生を、一枚の盤の上へ見事に落とし込んでいた。
(これは、ただの双六ではない)遊びながら、人の世の仕組みを知ることができる。
笑い、悔しがり、喜び、一生の浮き沈みを自然と味わえる。しかも、それを思いついたのは、まだ十の童なのである。
ふと、数日前に初めて貴丸と会った日のことが脳裏によみがえる。
陸奥からやって来た、少し色白でふっくらとした田舎領主の童。どこかのんびりとして、ぼんやりした、愛嬌のある子――。
その時は、鋭い童だとは思った。だが、帝への献上について語り合った折、その印象は少しだけ揺らいだ。
献上とは、ただ珍しい品を差し出せばよいものではない。
帝のお立場、公家社会の慣習、贈る者と受ける者、それぞれの心まで考えなければならない。
そんな公家でさえ見落としかねない点を、貴丸は幼子らしい無邪気な口調で、まるで当たり前のことのように指摘してみせた。
その時は、鋭い童だとは思った。だが、それでもなお言綱は、自分に言い聞かせていた。
(幼子ゆえの偶然のひらめきであろう)たまたま着眼点が優れていただけなのかもしれない、と。
しかし――。今、その考えは覆された。
この『一生双六』は、偶然のひらめきだけで生まれたものとは思えない。人の一生を遊びにしてしまう――その発想そのものに、言綱は感心していた。
何をすれば人が面白がるのか。何をすれば、もう一度遊びたくなるのか。
帝への献上の話をしたときもそうだった。自分たちが何をしたいかだけでなく、それを受け取る側がどう感じるのかまで、童なりに考えていた。
まだ十の童である。これから先、この才がどこまで伸びるのかなど、今の言綱には分からない。
ただ、少なくとも――この童は、少しばかり面白い。
言綱は、長松丸や千代と笑い合いながら、「ここはもっと面白くなるかな」と無邪気に紙へ線を引いている貴丸を見つめた。
(……不思議な童よ)そんなことを思っていると、貴丸が顔を上げた。
「ねえ、言綱様。これ、完成したら一緒に遊びましょ?」
あまりにも屈託のない顔で尋ねられ、言綱は思わず苦笑した。
「……そうじゃな。完成したら、わしにも遊ばせてくれ」
「うん!」貴丸は嬉しそうに頷くと、すぐに盤面へ向き直った。
言綱はその背中を眺めながら、もう一度だけ小さく笑った。
――やはり、面白い童である。
ちょっと、文章がクドイなぁぁ。。反省。
”人生”って言葉、この時代は一般的ではないんですよねー。。
あのゲーム名は商標登録されてますからね。
念の為に回避しております。
それと貴丸が歌う歌。
もしかしたら、何かを想起されるかもしれませんが、
全く関係ありません!! よ、と。。
この程度なら問題ないと一応、リーガルチェック済です〜。




