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戦国不精で何が悪い〜米作りとか面倒なのでやめました〜 ―神様のチート、無意味でしたよ。人口比10対1の東北なのに、なぜか天下が見えてきたかも―  作者: 犬童好嬉


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第204話 三国志問答

その後、貴丸たちは千代に案内され、山科邸の奥にある書庫へと向かった。


いくつかの廊下を曲がり、静かな一室へ足を踏み入れたところで、貴丸は思わず立ち止まった。


「ほえー……」


目の前には壁際の棚だけでなく、部屋の中にも多くの書物が並べられていた。


ちょうど時節も押し迫り、今日は天気にも恵まれていたため、山科家では書物を順に陰干ししているところだった。


畳の上には風を通すように広げられた巻物や冊子が並び、すでに陰干しを終えたものは、種類ごとにまとめられている。


千代はそんな書物の間を歩きながら、貴丸を案内していく。


「こちらは、先ほど陰干しを終えたものです。古い書物も多うございますので、こうして時折風を通しております。湿気がこもりますと、紙を傷めてしまいますから」


貴丸は興味深そうに書物を覗き込んだ。そう言いながら千代が一冊を手に取る。


「こちらなどは、かなり古いものです」


「おぉ……すごいね」


貴丸は千代の手元へ顔を寄せ、丁寧に保存された書物を眺めた。


二人はそのまま書物の間をゆっくりと進み、陰干しを終えたものを一冊ずつ見ていく。古い巻物もあれば、比較的新しい冊子もある。その一つ一つに目を向けるたび、貴丸の表情は次第に明るくなっていった。


貴丸が呆気に取られていると、隣に立った千代がくすりと笑う。


「ふふっ。驚かれましたか? 山科家には、代々伝わってきた書物がたくさんございますから」


「うん。こんなに本があるとは思わなかったよ」


千代はそう言いながら、まず一番手前の棚から一冊を取り出した。


「こちらは朝廷の儀礼や有職故実に関するものです。『西宮記』や『北山抄』『江家次第』などが収められております。その隣には装束や衣紋について記した故実書があり、装束の形や着付け方を描いた図もございます」


開かれた本には、衣の形や紐の結び方などが細かく描かれていた。


さらに千代は別の棚へ進み、「こちらは『本朝帝系抄』の系統の書物や古い公家の系図、その隣は節会や踏歌など、朝廷の儀式の次第を記したものです」と順番に説明していく。


本は山科家独自の分類によって整理されており、朝廷の儀礼、装束や衣紋、系図、家に伝わる記録、和歌や物語など、内容ごとにまとめられている。


必要な書物をすぐ探し出せるようにしてあるらしく、貴丸はその整然とした様子にも感心した。


その間、泰能は言綱や長松丸たちと別室で話し込んでおり、三兵衛は貴丸の付き添いとして書庫の片隅で静かに控えている。


最初のうちは、千代が貴丸に本を見せながら説明していた。


『源氏物語』や『伊勢物語』、『古今和歌集』、『枕草子』、『大鏡』、『栄花物語』など、貴丸が名前を知っているものも多い。千代の説明を聞くたび、貴丸は興味を引かれた本を手に取り、「これは知っている」「こっちは読みたいと思ってたんだよねぇ」と嬉しそうに頁を開いていった。


やがて千代が漢籍の棚から一冊を取り出した。


「こちらも、貴丸殿ならお好きかもしれません」


表紙に目を落とした貴丸の顔が、ぱっと明るくなる。


「三国志?」


「はい。お読みになったことがおありですか?」


「うん。かなり好きだよ。おぉ、これ、陳寿の『三国志』に裴松之の注釈付いてるやつだね」


その言葉を聞いた千代の表情も明るくなった。


「まあ。お詳しいのですね。では、三国志では、どの人物がお好きなのでしょう?」


その問いに、貴丸は少し目を丸くした。


「おっ……歴史好きな人って、やっぱりそういうこと聞くよねぇ」


「そういうこと、ですか?」


千代が首を傾げる。


「うん。『誰が好き?』って聞くと、その人がどんなところを好きなのか、なんとなく分かるからさ」


そう言って、貴丸は少し考えてから答えた。


「蜀の王平子均とか、結構好きだよ。あの人、字が読めないくらい学問には疎かったのに、戦場ではすごく頼りになるんだよね」


その名を聞くと、千代も嬉しそうに頷いた。どうやら千代も王平を好んでいるらしい。


「王平ですか。街亭の戦いの後、馬謖の軍を収拾したところも面白いですよね。その後は漢中を守る重要な将となっております」


「そうそう。魏が来ても、そう簡単には崩れないんだよね。ああいう人、好きなんだよ」


貴丸が嬉しそうに頷くと、千代もつられるように笑った。


「なるほど……。では、郝昭伯道はどうですか?」


貴丸の顔がぱっと明るくなった。


「おお、郝昭、いいよねぇ。陳倉を守った時の人だよね。諸葛亮が攻めてきても、城を徹底的に守って、井戸まで掘って耐えた。あれ、すごいよね」


「ええ。守るための準備も戦い方も巧みでした。諸葛亮ほどの人物を相手にしても、最後まで陳倉を守り抜いたのですから。それに、そういう守る側の人は、どれほど大きな戦果を挙げても、華々しい英雄の陰に隠れてしまいがちです」


「そうなんだよね。諸葛亮みたいな大物を退けたのに、どうしても名前が埋もれちゃう」


千代は静かに頷いた。


「私は、そういう目立たぬところで役目を果たした方のほうが好きです」


「うん。俺も」


二人は顔を見合わせ、また小さく笑った。


「廖化元倹も、そういう意味ではお好きでしょう?」


「うん。廖化も好きだよ。若い頃から蜀に仕えて、苦しい時代になってもずっと戦い続けて、最後の頃まで戦場に立ってるんだよね。華々しい武将って感じじゃないけど、長い間ちゃんと役目を果たし続けるところが好きかな」


「蜀の苦しい時代を、ずっと支え続けた方ですね」


「そういう人のほうが、実際に戦場にいたら頼りになる気がするんだよ」


魏の武将についても話が及ぶと、貴丸は満寵の名を挙げた。


「魏なら、満寵伯寧かな。あの人も派手じゃないけど、守る時にはすごく頼りになるんだよね。合肥の守りとかもそうだけど、ああいう人がいると安心する。それに王朗景興も結構好きだよ。政治家としても面白いしね」


「満寵に王朗ですか。これまでのお話を聞いていると、納得できますね」


千代は頷き、今度は呉の人物へ話を向けた。


「では、呉ならいかがでしょう?」


「賀斉公苗とかかな。どう?」


「賀斉ですか。まさか、そこまで名前が出てくるとは思いませんでした」


千代が目を丸くすると、貴丸は楽しそうに笑った。


「だって、あの人、派手なんだもん。鎧とか武装とか、すごいじゃん。強いとか賢いとかも大事だけど、見た目がすごいっていうのも結構大事だと思うよ」


「なるほど。賀斉は、そういう意味でも目を引く方ですね」


千代は笑いながら、さらに別の名を挙げた。


「では、諸葛恪元遜はいかがです?」


「諸葛恪も知ってるよ。ただ、あの人はちょっと危なっかしいよね。頭はいいんだろうけど、調子に乗っちゃう感じがある。能力はあるのに、それを自分で過信してしまったところがあるというかさ」


「ええ。父君の諸葛瑾とは、また違った人物ですね」


「うん。優秀なのは間違いないんだけどなぁ」


そこまで話したところで、千代はふと貴丸を見つめた。


「貴丸殿、本当によくご存じなのですね。先ほどから私が名前を出そうと思っていた人物を、先に挙げられてしまいます。王平に郝昭、廖化、満寵、そして賀斉まで……」


「そう言われると、結構知ってるのかもしれないねぇ」


貴丸は少し照れたように笑った。


「ふふっ」


千代も嬉しそうに笑う。


そこから二人の話は、武将の名前を挙げ合うだけでは収まらなくなっていった。


誰がどの戦でどのように動いたのか。なぜその人物が評価されるのか。勝った将だけではなく、敗れた側で最後まで踏みとどまった将にはどんな事情があったのか。


大軍を率いて華々しく勝利した英雄よりも、わずかな兵を率いて城を守り抜いた武将のほうが、実際の戦ではどれほど頼りになるのか。


そんな話になると、二人とも自然と話が長くなった。


「そういえば、俺の将来の理想は阿斗かなぁ」


「……阿斗? 安楽公ですか」


千代が目を瞬く。


「うん。阿斗みたいに、最後まで生き残るのが一番いいじゃん。国が滅びたあとで『此間楽不思蜀』なんて言えるんだから、幸せだったんだと思うよ。だから俺のことは『扶不起的貴丸』って呼んでね!」


あまりにも貴丸らしい答えに、千代はしばらくその顔を見つめていた。やがて口元を押さえ、くすくすと笑う。


「いえ……これから私が三国志を読むたびに、安楽公のお話が出てきましたら、もう私の中では、そのお顔が貴丸殿以外に思い浮かばなくなってしまいそうで」


「そこまで重ねなくても……」


貴丸が困ったように眉を下げると、千代はまた笑った。


「だって、貴丸殿ご自身が、将来の理想は安楽公だと仰ったのですから」


「……それは、まあ」


貴丸が言葉に詰まる。


すると千代は、ふと思いついたように貴丸を見つめた。


「阿斗が良いなどと申されるのは、後にも先にも貴丸殿くらいでしょうね」


「そうかなぁ」


「ええ。阿斗は、帝としてはあまり褒められた方ではございませんもの。せっかく母君が北斗七星を呑む夢をご覧になり、その名を阿斗とされたというのに……」


「……なんか、俺まで阿斗みたいに言われてない?」


貴丸がじとりと千代を見る。


「さあ?」


千代は涼しい顔で首を傾げた。


「いや、絶対なんか含んでるよね?」


「どうでしょう」


千代は楽しそうに笑うと、手にしていた本をそっと閉じた。


「されど――」


そして貴丸をまっすぐ見つめ、静かに詠んだ。


「北斗見て 安きを選ぶか 天を追う 貴き名をこそ 千代に残さん」


「…………」


貴丸はしばらく歌を反芻していたが、やがて眉を寄せる。


「……それってさ、やっぱり、俺の悪口じゃない?」


「はい? さあ、どういう意味でしょうね」


「いやいや、絶対なんか含んでるでしょ!」


貴丸が詰め寄ると、千代は口元を押さえて「ふふふふ」と笑った。


「安きを選ぶのか、天を追うのか……それは貴丸殿次第でございましょう?」


「じゃあ、俺が天を追ったら?」


「その時は……歌の続きを考え直さねばなりませんね」


「えっ。じゃあ、俺が天下を取ったら歌も変わるの?」


「もちろんでございます」


「じゃあ、俺が何もしなかったら?」


「その時は、その時でございます」


「……なんか、ずっと俺を試してない?」


「さて、どうでしょう」


千代はまた、くすりと笑った。


「貴丸殿がこれからどのような方になられるのか……楽しみにしておりますね」


「俺、観察されてる?」


「ええ。せっかく面白い方と知り合えたのですから」


「面白いって……それ、なんか怖いなぁ」


「ふふふ」


「笑って誤魔化した!」


書庫には、千代の楽しげな笑い声と、貴丸の困った声がしばらく響いていた。




やがて二人は、また別の書物を手に取った。


三国志の話が一段落すると、今度は別の歴史書や記録へと話題が移っていく。


気になる記述を見つければ、それに関連する本を探し、千代が見つけた一節を貴丸が読み、貴丸が疑問に思ったことを千代が別の書物から探す。そんなことを繰り返しているうちに、二人の会話は次第に少なくなっていった。


最初は千代が貴丸に書物の内容を説明していたはずだった。それがいつの間にか、二人とも自分で本を探し、自分で読み込み、気になる箇所があれば別の本を開くようになっていた。


貴丸は一冊の書物に真剣な目を落とし、気になった箇所を何度も読み返している。千代も少し離れたところで本を両手に抱え、静かに読みふけっていた。


書庫に響いているのは、紙をめくる音と、時折どこかで本を置く小さな音だけだった。


三兵衛は少し離れた場所から、そんな二人の様子を黙って見守っていた。


どれほど時間が経ったのか、誰も気にしていなかった。


やがて、三兵衛が貴丸に声をかける。


「貴丸様。そろそろお帰りになられませんと」


貴丸は本から顔を上げ、ようやく周囲を見渡した。


障子の向こうでは、いつの間にか陽が大きく傾いている。差し込んでいた光は赤みを帯び、書庫の中にも夕暮れの薄暗さが広がっていた。


「……もう、こんな時間なん?」


千代も顔を上げ、外の様子を見て驚いた。


「まあ……本当に、いつの間に」


二人は顔を見合わせる。


貴丸は手元の本へ視線を落とした。まだ読み終えていない。続きを読みたいという気持ちは、その表情を見れば明らかだった。


「……続き、読みたいな」


「私もです」


千代も名残惜しそうに本を閉じる。ほんの少し書庫を見せてもらうだけのつもりだった。


三兵衛はそんな二人を見ながら、小さく息を吐いた。


帰るよう促さなければ、二人とも夕餉の時刻すら忘れて、このまま書庫に籠もっていたかもしれない。


やがて日も傾き、貴丸たちは山科邸を暇することになった。


玄関先で、泰能が言綱に向かって頭を下げる。


「本日はすっかりお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」


すると言綱は、ほがらかな笑みを浮かべた。


「いえいえ。こちらこそ、菫殿の話を聞かせてもらえてよかった。あの子が元気に過ごしていると知れて、本当に安心しました。それに、泰能殿の人柄も知ることができた。菫は、よき夫を迎えたようで何よりです」


「ありがとうございます」


泰能が頭を下げると、隣にいた長松丸も嬉しそうに頷いた。


その傍らでは、千代が貴丸に声をかけていた。


「途中からは本を読むばかりになってしまいましたが、とても楽しかったです」


「俺も楽しかったよ。あんなに本があるとは思わなかったし」


二人が笑っていると、長松丸がふと思い出したように貴丸へ声をかける。


「そうだ、貴丸殿。明日もこちらへ遊びに来ませんか? 今日は途中から本を読んでおられたので、あまりお話しできませんでしたから。明日は双六でもいたしましょう」


「えっ、双六? おもしろそう!」


貴丸の顔がぱっと明るくなる。


「では、明日もお邪魔しますね」


「うむ!」長松丸も嬉しそうに頷いた。


千代もその様子を見て、くすりと笑う。


こうして貴丸たちは、翌日も山科邸を訪れることを約束し、その日は屋敷を後にした。




貴丸たちが帰っていくと、長松丸と千代もそれぞれ奥の部屋へと戻っていった。


一人残された言綱は、しばらくその場に座ったまま動かなかった。


「……あれで十の童……か」ぽつりと呟く。


先ほど貴丸が口にした言葉が、何度も頭の中を巡っていた。


公家の立場からでもない。武士の立場からでもない。ただ、民の目から見た、まっすぐな疑問だった。


それが、なぜか言綱の胸に深く残っていた。



扶不起的阿斗:(助けようのない阿斗)

蜀の劉禅(阿斗=安楽公)にまつわる逸話から生まれた言葉。

劉禅は蜀が滅んだ後も危機感を示さず、司馬昭から「蜀を思い出しますか」と問われても「ここは楽しく、思い出さない(此間楽不思蜀)」と答えた。

そこから、周囲がどれだけ助けようとしても、本人にやる気や向上心がなく、どうしようもない人物を指す言葉としてこの言葉が使われるようになった。



ちょっと三国志のことなどを入れてみました。。

三国志、皆様お好きですよねぇ。

「三国志で好きな人は誰?」

「劉備・関羽・張飛・趙雲・諸葛亮・孫堅・孫策・曹操」などなどは、

あるあるなので、あえてメジャーは外してみました。


読者諸兄反応如何?

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― 新着の感想 ―
一番好きな武将は魏なら張遼、蜀なら黄忠、呉なら徐盛。 好きな軍師は何人かいるけども郭嘉、徐庶、龐統。 千代殿、貴丸の名を刻むとか熱烈な(笑)
郭嘉奉孝 一択! なに、この甘酸っぱい空気は せっ青春の入り口ですかね、羨ましい
劉封かな。活躍して魏からの誘いを断ったのに関羽の死に責任取らされて生き残ってたらもう少し蜀は続けたかなとおもったり
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