後日談:馴れ初め話
前の番外編から時系列戻りまして
本編完結から一年半後のお話です。
よく晴れた初夏。陽気な日差しの中。
ステラが侍女のハンナと共に、一歳半を迎えたよちよち歩きの長男レオナルドを街に連れて散歩をしていた時のこと。
「ねー!ステラ様。あんなにかっこいいお兄様方がいるのに、ヴォルフラム様のどこが好きなの?」
「うん、いつ好きになったのー?」
「わかる!気になってた!」
「えっと…、そうですね」
街の領民の少しおませな少女たち数名に囲まれて、質問されたことを顎に手をやりながら思案するステラ。
彼女たちは以前、領内を隈なく案内した王都に住むステラの二人の兄の顔を覚えていたのだろう。
侍女のハンナも実は少し気になっていた。
そもそも貴族の婚姻は自由恋愛ではないのだが、街の子どもたちにすら浸透するほど、領主夫婦の円満っぷりは有名だった。
アイゼンベルク辺境伯家に嫁いですぐは恋愛だのなんだの言っている場合ではなく、ステラの体調面を整えるので精いっぱいだった。
今でこそハンナも慣れたが、大きな体に分厚い筋肉。
見るからに力も強そうなヴォルフラムは、うら若きステラと同年代のハンナにとっては威圧的に見えた。
……正直、ハンナはヴォルフラムの見た目は怖かった。
ステラが興味津々で見つめる少女達に向かって、にっこり柔らかく笑いかける。
「今思えば、…もしかしたら、一目惚れかもしれません」
「「「えー!!!?」」」
「こらー!何してるの!」
遠くから少女の親たちの、サボらないで作業しなさい!という叱咤の声が轟き、蜘蛛の子散らすかのように散らばっていく。
その様子に笑いを漏らし手を振るステラを見つめるハンナは、驚きを隠せない。
「ステラ様、…一目惚れは盛りすぎでは?」
「えぇ、どちらかといえば思っていたよりも大きな、屈強な人で驚いてたわ」
「んーまっ!だっこ!」
でも、と口にしながら、甘えて足に抱きついて来たレオナルドを抱き上げる。
愛おしい息子におでこにキスをする彼女の表情は、母性と幸せに満ち溢れていた。
「とても健康そうで、羨ましかったの。
すごく心が乱されていたのを覚えているわ」
「…体調だけでなく、ご趣味も悪かったんですね」
「ふふっ、それヴォルフラム様にも言われちゃった」
***
すっかり眠ってしまったレオナルドを乗せた乳母車ごと屋敷の中へ入ると、既に帰っていたヴォルフラムが浴室から出てきたところだった。
「おかえり。迎えに行こうと思っていたが、少し遅かったな」
「ただいま帰りました。いつもと逆でなんだか可笑しいですね」
「…よく眠っているな。散歩、ありがとうな」
妻に寄り添って、眠る我が子の顔を覗き込むヴォルフラム。二人がそのまま唇を重ねる姿は、屋敷では見慣れた光景だった。
メイドの一人のアリスが子守りを代わってくれ、そっとヴォルフラムの腕に手を添えて居間へと向かう。
今日はどうだった?と聞くヴォルフラムに、先程の街の少女たちの話をするステラ。
「女の子も可愛いですね」
「なんだ、また街のやつに絡まれてたのか。
というか……一目惚れはいいすぎだろう」
「あら、私は嘘はつきませんよ」
「……明日には街中に広まってるぞ」
もうアツアツ夫婦として知れ渡っている今。少しばかりの甘いエピソードが付け加えたところでなんの意味も持たない。
ヴォルフラムはステラからの愛情を日々感じているため、好意が虚言じゃないことは分かっていた。
しかし、今更になって馴れ初め話に、過去の自分の失態なども一緒に思い出されて、照れくさくなっていた。
「恋というものをしたことがなかったので、この時からとは判断が付かないのですが。
今思えばヴォルフラム様への好意は会った時からあったように思います」
「……そうか」
「ふふ、照れくさそうですね」
ソファに座って指を絡めて座る夫の太い指を、すりすりと撫でて微笑むステラ。
自分の体より随分大きな体で頬を染め、顔を片手で隠すヴォルフラムがステラは愛おしくてたまらなかった。
「俺の妻は趣味が悪いからな。運が良かった」
「まぁ。またそんな風にご自分を下げて」
「……十人に聞いても十人そう判断するだろう」
ステラは、ヴォルフラムの恋愛面での自己肯定感の低さに気づいてはいた。
しかし、彼から与えられる愛情深さや大きく包み込むような寛容さに強く惹かれていた。
婚姻の打診で、疾病を持つ厄介なステラを快く受け入れてくれたばかりか、アイゼンベルクの実りの全てを惜しげも無くステラに与えてくれた。
領主であるヴォルフラムが許容してくれることで、他所からきたステラを屋敷の人間や領民からもすんなり受け入れられたと感じていた。
子も成せない可能性が高かった、貧相で虚弱なステラは、ガサツで無骨だという彼の仕草や言動、気さくな性格に何度も救われていた。
ヴォルフラムには必要のない、ステラの『魔力アレルギー』の負荷試験すら、一つ返事で手伝ってくれた。
…愛する他に理由が何も見つからないステラは、周りの人間やヴォルフラム本人からの疑問に、呆れすら感じていた。
こんなに深く愛されているのに、惚れない女性がいたら教えて欲しいくらいだった。
「仕方ないですね。認めましょうか。
私は筋肉隆々でガサツで無骨なヴォルフラム様が愛おしくてたまらないのです」
「……ステラ」
「討伐の後の男らしい汗の香りや、力強い腕。この生気みなぎる瞳にとても惹かれます」
ヴォルフラムは、うっとりと見つめながら、頬に手を伸ばすステラから強い色気を感じていた。
吸い寄せられるまま唇を重ね、覆いかぶさるように華奢な体をソファに押し倒す。
怪しく体に触れる手に、反射的に押さえ込もうとするステラ。
「んっ……」
「なんだ、誘っているのかと思ったんだが」
「気持ちを疑われているように思っただけです…!」
「そうか、俺の気持ちも確かめてもらおうか。……体で」
充分伝わっています!という言葉を再び唇で塞がれて、飲み込まれる。
ーコンコンッー
この間の悪い、ノック音にヴォルフラムは眉間にぎゅっとシワを寄せる。
もちろん、侍女のハンナと執事のヘクターが控えていた。
「ヴォルフラム様。もう少しで夕食の時間ですよ」
「……少しくらい遅くなってもいいだろう」
「レオナルド坊ちゃんも、起きておいでです。そろそろ湯浴みの支度をしても構いませんか?」
「ありがとう、ハンナ。私がいれるわ」
ヴォルフラムがヘクターを恨めしそうに見るが、聞こえない振りをされる。
ちっ、と行儀悪く舌打ちするヴォルフラム。
ハンナの知らせにヴォルフラムの下から逃げようとするステラの腕を掴む。
「……夜は覚悟しておいてくれ」
「もう。…レオの夜間のミルクはお父様があげてくださいね」
「ははっ!任された」
耳元で囁くと、良い返事が貰えたヴォルフラムは満足そうに笑った。
「……先程の舌打ちは、レオナルド坊ちゃんの前ではしませんように」
「あー……今は何言われても頭に入らないな」
「ヴォルフラム様…!
子どもは大人のことをよく見て模倣しますよ」
執事のヘクターはそんな主人の素行の悪さを指摘するが、ヴォルフラムはヘラヘラと笑って聞き流していた。
ーーその日の夜、ステラは骨の髄まで夫の愛の深さと重さを分からせられる羽目になった。
End.
たくさんの方にお読み頂き嬉しいです。
アイゼンベルク辺境伯家夫妻の仲睦まじさに
街でほっこり噂話がきっと絶えないはず。
ステラはもちろん幸せいっぱいに愛されています。
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転生先は怪物伯爵の花嫁でした〜嘘が付けない人造人間は愛を知る〜
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