第三フェイズ「三刀両毒」
ゲームが始まると、山々の間に霧が満ちる。
狭霧の駅――
ミコネは列車の線路を小走りに駆けていた。
マーダーミステリー『さぎり駅』。
このゲームの敗者は――
GMによって、電流を流されて死んでしまう!
「(そんなの、絶対ダメだよ……!)」
人の命は、ゲームの駒なんかじゃない。
死んだら命は返ってこないんだから――!
それでも、今、出来ることは……
マーダーミステリーゲームを進めることだけだった。
第一調査フェイズ、開始。
このゲームは「事件の証拠品を集める」”調査フェイズ”と、「証拠品を元に議論を行なう」”議論フェイズ”を、何度か繰り返すシステムになっている。
証拠品と議論で【犯人】を絞り込んでいく。
最後の”投票フェイズ”になったら、
【犯人】だと思うプレイヤーに投票するのだ。
「(まずは、証拠品を見つけないと……)」
と、焦るミコネの背後から掠れた声が呼びかける。
「おーい、危ないから、
線路の上、歩いちゃダメだよー」
振り向くと、白髪の老人が線路脇に立っていた。
「えっ、おじいさん……?
……大丈夫ッ!?」
老人の下に駆け寄ったミコネは、凍りついた。
老人の右足は、膝から先がごっそりと無い……。
断面は滑らかな肉色で、鮮血がだらだらと流れている。
そんな様子なのに、老人は苦悶を浮かべずに笑っていた。
「だいじょうぶだよぉ」
そう言うと、老人の全身がオレンジ色に発光する。
光は粒となり、夕焼けの空に散っていった。
呆然と見送るミコネの手元に、一枚のカードが現れる。
――《遺体の状況》
「これって……調査カード、なのかな?」
ゲームマスターのサギリは、調査フェイズでは探索によって”調査カード”を手に入れることができる、と言っていた。これで調査が出来た、ということだろうか……?
タイミング良く、空からサギリの声が響く。
「第一調査フェイズを終了します。
プレイヤーは、駅まで戻ってきてください」
駅のホームに戻ると、イサキとハジメが揃っていた。
二人はミコネと同様に、一枚のカードを手にしている。
九尾の狐――八雲サギリは、
まるで重力を無視するような動きで、
九本の尾を翼のようにしつつ、ふわりと降り立った。
「第一調査フェイズは終了ですわ。皆さん、調査カードを手に入れたようで何より。それらの調査カードは、任意のタイミングで他のプレイヤーに公開することが出来ます。さて、続いて第一議論フェイズに移るとしましょう――」
第一議論フェイズ――
これから、他のプレイヤーとの議論が始まるのだ。
「と、その前に。
わたくしから、貴方たちにプレゼントです……!」
サギリが扇子を振るうと、視界が真っ暗に包まれる。
暗闇を裂いて、幻灯のような映像が広がった。
――錆びた駅の構内。
禍々しいドクロが描かれた瓶から、ミコネは紫色の液体を、ペットボトルのコーヒーの中に溶かしていく。
ミコネはペットボトルのキャップを締めた。
真っ黒なコーヒーの中では、
紫色の液体は隠れてしまっている。
そこに現れる、一人の男性――
顔は霧に覆われて見えない。
ミコネはペットボトルを手渡す。
ゴク、ゴク――と喉が鳴る。
男性は得体のしれない液体が入ったコーヒーを飲み干した。
「今の、って……ッ!」
再び、『さぎり駅』のホーム。
ミコネは他のプレイヤーの様子をうかがう。
どうやら、イサキやハジメも同じようなものを見せられたらしい。
イサキは首を振り、ハジメは不機嫌そうに舌打ちする。
サギリは扇子を閉じて宣言した。
「今、見せたのは貴方たちの失われた記憶の断片。ゲームが進行するごとに、少しずつ記憶は戻っていきますわ。それでは、第一議論フェイズ、スタート!」
第一議論フェイズ、開始――
最初に口火を切ったのは、羽住イサキだった。
彼は《遺体の状況》カードを表向きにして、皆に見せる。
《遺体の状況》
遺体の所持品に飲みかけのペットボトル。
中からは毒物が検出された。
「これって、死因だよね?
被害者は毒を盛られて死んだ……ってことかな」
「ど、毒ですかッ!?」
思わず、ミコネは叫んだ。
「ああ、そうだけど……ミコネさん、どうした?」
「そ、その……あたし、【犯人】なのかも……」
「なんだってっ!?」
「さっき思い出した記憶で、たぶん、あたしは男の人に毒を飲ませてたみたいなんです。被害者が毒で死んでたなら……あたしが【犯人】になっちゃう!」
イサキは「いや、だったら、それ言ったらダメだよ!」と言う。
「マダミスは議論を通して【犯人】を見つけるゲームなんだけど、あくまでそれは【犯人】じゃないプレイヤーの話だからさ。【犯人】の目的は、自分が【犯人】じゃないように嘘をつくことで……もしもミコネさんが【犯人】なら、もう負けってことになっちゃうよ?」
「あ……そういうゲームなんですねッ!?」
「おいおい、もうゲーム終了かぁ。
まぁ、オレとしては助かるけど……」
やってしまった。
ミコネが【犯人】だとバレてしまった――
つまり、ゲームに敗北するのはミコネということになる。
VRゴーグルの下で顔面を蒼白にするミコネ。
――そこに、
「待てよ」
と、不敵な声が響いた。
声の主は、二月ハジメである。
「ウチが持ってる《遺体の状況》カードでは、
こう書いてあるぜ」
《遺体の状況》
遺体の頚部には細長いもので首を絞められた跡がある。
「これを見るかぎりでは、被害者の死因は絞殺に見えるよなァ。で、えーと、玄野ミコネだっけ?」
ハジメに呼びかけられて、ミコネは答える。
「は、はいッ!」
「テメェが持ってる《遺体の状況》カードには、こう書いてあるんじゃねえか? たとえば、ナイフで腹を刺された、みたいな……」
ミコネは手元のカードに目を落とす。
《遺体の状況》
遺体の腹部には刃物で刺された跡がある。
「そのとおりです……なんでわかったのッ!?」
「先に言っとく。ナイフはウチだ。毒がミコネってことは、大方、首を絞めたのはイサキなんだろ? なァ、そうだろ、アンタ――?」
ハジメがイサキに問いかける。
イサキは「……そういうこと、か」とうなずいた。
「三刀両毒、ということだね」
「イサキさん、なんですかそれッ!?」
「マダミスが中国から来たゲームだって話は、GMがしてたよね。三刀両毒、というのは、マダミス発祥の地である中国ではよく知られた言葉らしくてさ……遺体が複数の凶器によって損壊されており、どれが直接の死因かわからない状況のこと」
ハジメは、手にしたカードを弄びながら言う。
「ウチが自白したのは、ウチが刺したナイフが死因じゃないことを確信してるからだよ。ウチが思い出した記憶では、駅のホームで寝てるオッサンをナイフで刺してた――たぶん、あのときには既に死んでたんだと思う」
「それって……
ハジメちゃんは「死体を刺した」ってことッ!?」
「ハジメちゃんだァ!?」
「あたしと、同い年くらいだよねッ!」
「それは、そうだけどよォ」
羽住イサキは指を三本立てた。
「ミコネさんの毒。
ハジメさんのナイフ。
それと、オレのロープ――
三つの凶器の、どれが直接の死因になったか?
それを議論しなきゃいけないわけか」
「(三つ……あれ?)」
そのとき、脳裏に柔らかな声が届いた。
ミコネを安心させる声。
ずっと傍にいてくれる、大切な人の声だ。
そうだ、彼女なら――
こう、考えるんじゃないだろうか?
「凶器は三つ、じゃない……かも」
気づけば、ミコネは「その人」の口調を真似ていた。
「――あの遺体、顔が潰されてた。頬骨も砕けて、顎も外れて……原型もとどめないくらいに。斧か、鉈か、あるいは鈍器か。そうだよ、凶器は三つじゃないッ! あたし達がまだ調べてない、第四の凶器がある……?」
マダミスはプレイヤーの中にいる【犯人】を探すゲーム――
というのは、あくまでイサキが言ったことだ。
ゲームマスターであるサギリは一言もそうは言っていない。
「【犯人】は、本当にあたし達の中にいるの?」




