第四フェイズ「八雲の狭霧」
「第一議論フェイズ、終了――」
九本の尾をたゆらせて、八雲サギリが笑う。
「議論が白熱したようですわね。ここで、ルールの再確認をしておきますわよ。最後の投票フェイズでの投票対象は……ええと、ミコネ?」
「はいッ!」
「貴方のこの苗字、何て読むのでしたっけ?」
難しい苗字だと、よく言われる。
そういえば、学生証には読みが書いてなかったかも。
「玄野。玄野ミコネですッ!」
「よくってよ。
玄野ミコネ、羽住イサキ、それから――」
ハジメが「ちっ」と舌打ちする。
「二月ハジメ、な?」
「二月ハジメ。この三名のみが投票対象となります。
他には投票できないことを、お忘れなきよう」
それって――?
ミコネが疑問に思うと、イサキが答えた。
「ゲームのルール上、オレたち以外の存在は考慮しなくていい、ってことだろうね。ミコネさんの推理――遺体の顔を損壊した第三者がいるかもしれない、っていう話は面白かったんだけど」
ハジメも言う。
「仮に、そんな奴がいたとしても……
【犯人】には、なり得ないってことだろーよ」
「そっかぁ。良い思いつきだと、思ったのに」
やはり、ミコネの推理では親友には及ばない。
ただ……引っかかる思いはある。
「遺体の顔が潰されてる――きっと、意味があるはず」
その後も、着々とゲームは進行していった。
事件の手がかりを見つける調査フェイズ。
調査カードを元に議論する議論フェイズ。
合間合間に、失われた記憶が戻る――
ここで、進展があった。
それぞれの所持品から凶器が見つかる。
ミコネは毒、
ハジメはナイフ、
イサキはロープ、
各自の宣言通りの物証が、調査カードで判明した。
しかし、未だにどれが死因になったかは不明である。
誰もが怪しく、それでいて決定打は無い。
最終調査フェイズ――
駅のホーム近くで、
ミコネは親切な人に声をかけられた。
「乗せていってあげるよぉ」
そこには一台の軽自動車。
お言葉に甘えて、車に乗せてもらうことにした。
自動車は山道を進んでいく。
窓の外を流れる景色を見ながら、
ミコネはこれまでに得た情報をまとめた。
「あたし達が思い出した記憶からすると――あたしが毒を飲ませて、ハジメちゃんがナイフで刺して、イサキさんがロープで首を絞めたのは間違いないみたい。だけど、どれが死因なのか……あたしの毒が効く前に、他の二人が殺したかもだし。ハジメちゃんは遺体を刺しただけ、イサキさんは遺体の首を絞めただけ……の可能性は残ってる」
ミコネが飲ませた毒には、
発動するまでに数十分の猶予があるらしい。
これだけでは、潔白とは言い難い状態だ。
「同時に殺した、ってことはありえないし。
【犯人】は一人だけ……だよね」
ここから【犯人】を見つけなければならない。
でも――
ミコネはゲームの勝利条件を再確認する。
☆☆☆
・【犯人】の場合
投票フェイズで自分以外を最多票にすること
・【犯人】以外の場合
投票フェイズで【犯人】を最多票にすること
☆☆☆
「【犯人】以外が最多票になれば【犯人】の勝ち。
【犯人】が最多票になれば【犯人】の負け。
どっちにしろ、人が死んじゃう……ッ!」
せめて自分が【犯人】なら、とミコネは考える。
自分に投票させることで、二人だけは助かるのに。
どうすればいいのだろう。
ミコネは答えのない思考の迷路に迷い込む。
「あれぇ……?」
気づくと、車は何も見えない霧の中に入り――
元の『さぎり駅』に戻っていた。
車も、ドライバーも消え失せていた。
まるで、タヌキに化かされたように。
いいや、タヌキじゃないのか。
「キツネに……化かされた?」
手元には、最後の調査カードがあった。
カード名は……《八雲の狭霧》……。
いよいよ、最終議論フェイズである。
この後に待ち受けるのは投票フェイズだけ。
ミコネは、調査カードを全員に公開した。
《八雲の狭霧》
『さぎり駅』周辺に満ちる霧。
人間の記憶に作用し、
あるべきものを見せないようにする。
「あたし達の記憶を歪めてたのは、
この霧だったんですッ!」
ミコネがカードを公開すると、
ゲームマスターのサギリが進行をストップさせた。
「《八雲の狭霧》のカードが公開されたようですわね。
これより、貴方たちは最後の記憶を思い出すでしょう!」
狐耳の少女が扇子を振るう――
VRゴーグルの画面は真っ暗に染まる。
現れたのは、恐ろしい光景だった。
斧を手にしたミコネ。
足元には、既に事切れた男性の死体。
その顔は霧に隠されて見えない。
断片的に見えるのは――
口からは血。
首には絞め跡。
腹には刃物の傷がある。
斧を振りかぶる……ぐしゃり。
ぐしゃ、ぐしゃ、と水気の音。
何度も斧を振り、顔を潰していく。
雨後の地面のように、
粘土細工じみた赤色の果実が残された。
「あたしが……顔を潰したんだッ!」
ミコネが呟くと、他の二人が怪訝な顔をする。
ハジメが疑問を口にした。
「オイ、待てよ。
顔を潰したのは……ウチだったぞ?」
「えッ!?」
同じようにイサキも言う。
「いや、オレだと思う……。
さっきの記憶だと、オレが潰してた」
どういうこと……なのだろう?
二月ハジメが見つけてきた調査カードから、被害者の顔を耕すのに使われたとみられる《斧》も見つかった――しかし、三人の記憶は食い違っている。
「記憶の中では、
あたしが潰したはずなのにッ!」
イサキは《八雲の狭霧》のカードに注目した。
「《八雲の狭霧》……そういえば、さっきの記憶でも、結局のところ被害者の顔は霧で隠されたままだったね。君たちもそうだったかな?」
「はいッ!」
「ウチの記憶もそうだ。
そこが、クサいんだよなァ……」
間もなく、議論時間が終了する。
真相はわからず、犯人も突き止めていないが――
ミコネは意を決して、サギリに質問をする。
「ゲームマスターさんッ!
投票フェイズでは、
自分に投票することって出来ますか!?」
ミコネの問いに、サギリは予想外という顔をした。
「自分への、投票ですって?
自殺行為をするというの……?
そんなものは、認めませんわっ!」
「わかりました、じゃあ、いいですッ!」
ミコネは、ハジメとイサキに提案をした。
「あたしはイサキさんに投票します。それで、イサキさんはハジメちゃんに投票してもらって……ハジメちゃんは、あたしに投票してもらえませんかッ!?」
「あァ!? 何言ってんだ、テメェ!?」
「ミコネさん、どういうことかな?」
「思い出してください、ゲームの勝利条件ですッ!」
☆☆☆
・【犯人】の場合
投票フェイズで自分以外を最多票にすること
・【犯人】以外の場合
投票フェイズで【犯人】を最多票にすること
☆☆☆
ミコネ⇒イサキに投票
イサキ⇒ハジメに投票
ハジメ⇒ミコネに投票
このように、
三人全員が輪になるように投票することで――
「全員が最多票になりますッ!
そうすれば、誰が【犯人】でも、
全員が勝利条件を満たすことができるッ!」
ハジメは、ヒュウと口笛を吹く。
「【犯人】は「自分以外が最多票」の条件を満たして、【犯人】以外は「【犯人】が最多票」っていう条件を満たすってことかよ……! テメェ、そんなこと考えてたのか! やるじゃねえかっ!」
「えへへっ!」
「なァ、これならイケるんじゃねえか!?
おい、イサキ。アンタも協力してくれよ!」
「……いや」
テンションを上げるハジメに対し、
イサキの顔は浮かない。
「なぁ、GM。質問があるんだ」
イサキはサギリに問いかけた。
「勝利条件における”最多票”の定義について。これは”同数最多票”も含むのか、あるいは”単独最多票”にかぎるのか?」
「質問には、答えませんわ」
サギリは意地の悪い笑みを浮かべた。
「最初に言ったはずですわ。ゲームの勝利条件については、一度しか言わない、と……。ですから、わたくしが答えることはありません」
「そう、か」
イサキは、ミコネに向かって言う。
「なら、悪いが……ミコネさんの提案には乗れない」
「ええッ!?」とミコネは叫んだ。
「お願いです、イサキさん! あたしの提案なら……全員が助かるかもしれないんです!」
「そうだね、ただし……全員が助からないかもしれない」
イサキは苦渋を浮かべて言った。
「もしも勝利条件にある”最多票”が”単独最多票”を意味する場合には、さっきの提案では全員が勝利条件を満たさないことになる。さらに【犯人】のプレイヤーが裏切って投票先を変えたら……【犯人】だけが意図的に”単独最多票”を作ることができるんだ」
「そ、それは……ッ!」
イサキの言っていることは正論だった。
これは……互いを信じないと下せない決断。
「悪いね、ミコネさん。オレも君を信じたいけど……ダメだ。君が【犯人】だった場合のことを考えたら……その誘いが、悪魔の誘惑に見えてくる……!」
「でも……!」
ミコネは食い下がろうとする。
それをハジメが諫めた。
「まァ、無理はねェよ。ウチらはしょせん、ここで初めて会った人間だからよォ」
「ハジメちゃん……ッ!」
「テメェは、すでにイサキに疑われてる。ここで、どうしても全員を助けたいと思うンなら、必要なキーワードは一つだ」
「えっ……キーワード?」
茶髪の少女は、ミコネに告げる。
「『プレイヤーネーム』だよ。
よく、見ておきな……」
「プレイヤー、ネーム?」
ミコネは自身の頭上に目線を映す。
[玄野ミコネ]――
このネームが、何だというのか?
「(ハジメちゃんは……何を伝えようとしたの?)」
不可解なハジメの言葉。
やがて、議論フェイズは終わり――
審判となる、投票フェイズの幕が開く。




