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⑥無い胸騒ぐ、結末は。

 恋とは無縁だった。まず異性がよくわからぬ。しかし、我が遺伝子を残し、子孫を繁栄させるには異性と子を成さねばならぬ。そのためには巨乳にならねばと、何故か思い悩んでいた。


 大きかろうが小さかろうが、この胸の衝動はもう抑えられない。少し肌寒い春風に着物コートがなびく。



◎ ◎ ◎




「待ち構える」


 アパートに帰宅した私とサヤは、自転車置き場にいた。確実に先輩に会うにはこれがベストである。


「帰ってきたところを捕獲し、交際の了承を得る」


 一度決めたら必ずやりとげる。

 例え、すでに先輩に嫌われていたとしても。


「迷惑をかけたことをまずは詫びる……。それが先か、しかしもう、私は告げずにいられない」


 例え無惨に散ったとしても、恋というものを知れただけでも上等である。繁栄への第一歩。なんとなく貧しい胸が痛み続ける私の顔を、サヤがブニュウと引っ張った。


「顔怖いよ、いつもの三倍ぐらい」

「そこまでこわいか」

「カンナさー、かわいいんだから笑いなって」


 サヤの方こそ、可愛く笑う。つい表情が固くなるのも悪い癖だ。繁栄を遠ざける。


「ねえ、なんでそんなにモテたいの」

「私は自分が大好きだからな。及川カンナという人間の素晴らしさを理解してもらいたいのは当然」

「貧乳だけどな」

「黙れ普通乳」


 中身のない話をしているうちに、日が暮れる。サヤはポツポツと話始めた。


「カンナさー、変わったやつだし破天荒だし意味不明すぎて大学たのしいわー」

「私もサヤのような、典型的な大学デビュー野郎を間近で見れるのは楽しいぞ」

「はらたつわーほんと、振られろ」

「……どうなるだろうな」


 何せ避けられた身。まずは非礼を詫びなければ、とにかく。サヤがなにか言いかけたとき、自転車の音がした。


 二人で顔を上げると、夕焼け色に筋肉を染めた先輩が「……お、おお?な、なにやってんだ」と笑っている。私はすくと立ち上がった。


「色々とご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 先輩は自転車から降りて、顔をそむけながら「い、いや、そんなことは」とボソボソ話す。


 やはり嫌われていたか。サヤを見ると、絶望感で死にそうな私と真逆の顔でニヤついているのである。この女、人が振られるのが楽しいか!


「先輩、なぜこっちを見てくれないのです。確かにわたしはご迷惑をおかけしました。嫌いになられても仕方がない」


 俯き、唇を噛み締めながらそう言うと、先輩は「……は!?」と私を見る。その顔には焦りと驚愕が浮かんでいた。


「先輩は私のことが嫌いかもしれませんが」

「待て待て待て待てなんでそうなるんだ」

「私は先輩が好きです。ダメ元で交際を申し込みます」


 なにか言おうとする先輩の言葉を遮って本題をぶつけると、先輩は「……ええっ、は………………ええええええええええ!?」と筋肉質で野太い声を伸ばし、叫んだ。


 サヤが爆笑している。


 私は笑えないのだが。


 先輩は私の貧相な肩を掴む。


「えっ、な、なんで!?」

「何故かは私にも分かりませんが、先輩に避けられて悲しかったですし、それに先輩がもしグラマラス女と腕を組んで胸を揉んで下卑た笑みを浮かべていたらと想像すると、無い胸が張り裂けそうになりました。つまり好きです」

「待て頼む頭が追い付かねえよ」


 先輩は頭を抱えてしまった。また私はなにかやってしまったのだろうか。先輩はポツポツと話しだす。


「……わるいな、えっと、俺は見た目に反して男気がねぇみたいだ……まさか、カンナちゃんの方から言われるなんて」

「どうぞ、存分に振ってください、さあ早く」

「待て待て待てもう頼むから! 待って!」


 先輩、何故か必死である。サヤは腹を抱えてゲラゲラ笑っている。


 夕日に照らされ、精悍な顔を赤くした先輩は小さな声で言った。


「……俺も、惚れていたよ」

「……ちょっと、何を言っているのか」

「カンナ! やめてあげてもう! はははっあはっはは!!」


 要らぬ横槍を無視して先輩は続ける。


「結構、もうなんか、最初話したときに既に多分惚れてたよ……。すげえ目ぇ合うし、話したら意味わかんねぇし面白いし……。でも、カンナちゃん俺のこと筋肉野郎としか思ってねぇと思って悩んでたんだけどな……」

「まさか。そんなわけないですよ。お人柄も素晴らしい、私のような変人によくしてくださった」

「最近なんか、ますます煮詰まってどうしようもなくなって……友達とかにも相談してたんだよ、情けねぇ。そんで、カンナちゃんが大学で声かけてくれたとき、友達にからかわれるのが嫌であんな態度とっちまった」

「なるほど」


 私は先輩に「しゃがんでください」と言った。巨体は私の前でしゃがむ。そのツンツンとした黒い短髪を撫でてやった。


「愛いやつめ」

「や、やめてくれ……恥ずかしい……」


「速攻でイチャイチャすんな」


 サヤが呆れていた。これはイチャイチャと言うのだろうか。


「私のような貧乳でよければ交際を求める」

「俺みたいな胸筋でもいいのか」

「その胸筋がよいのだ」

「俺も巨乳派じゃねえから」



 不器用に微笑んでみると、先輩は笑顔を向けてくれた。



◎ ◎ ◎



 それから数日後。


「して、先輩、私はまだ巨乳を諦めません」

「は……!? もういいじゃねえか彼氏できたんだから」

「貧乳呼ばわりされるのが普通に腹が立つので、最終手段として先輩と体を入れ替わろうと思っています」

「やめてくれほんとに、カンナが言うと冗談に聞こえねえから!」



 謎イベントサークルの謎名物カップルとなってしまった私たちは、相変わらずこんな会話しかしていなかった。



「リア充爆発しろ!」

「サヤも一緒に巨乳を目指そう。おまえは普通乳だからだめなんだ、いっそSカップを目指そう」

「カンナやめてくれ、頼む……」


 私の名を呼ぶ先輩に、不器用に笑いかける。また困ったように微笑まれた。

 

 有り難き友人に感謝しつつ、この幸せを噛み締める。先輩となら、きっとどこまでも繁栄できる。そう思うと、楽しくなってきた。


 素晴らしきキャンパスライフの始まり。


 無い胸が踊りまくって仕方がないのだった。

ご読了ありがとうございました〜!!

まっするまっする!!

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