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⑤無い胸が、どうにもこうにも痛むのは。

 次の日、退屈な講義中にて、私はサヤに事の顛末を小声で話した。先輩に偶然会ったこと、部屋に招いたこと、突然逃げ出されたこと。


「私は嫌われたのだろうか」

「えーーー、いやぁ、どうだろーー、ええーーー」


 何故かニヤニヤする新しき友垣は、講義を聞くのを早くも諦めたようだ。さっきからずっとスマートフォーンのソーシャルゲームを無音で楽しんでいる。


「迷惑だっただろうか」

「いやいやいや、なんでぇ!」


 叫んだあと、サヤがパッと口を押さえた。大講義室のスクリーンの下で、禿げ頭にもパワーポイントを映す教授が私たちの方を睨み、「次、喋ったら出ていきなさい」と低い声で叱った。



◎ ◎ ◎



「あーもう怒られた最悪ー、ねえカンナサボろうよもうー、遊びに行こうーやる気なくなったーーー」


 周りの学生の、冷たい視線を一身に浴びながら講義を終えて、無駄に広いキャンパスを歩く。無駄に緑が多いし、無駄に地面は舗装されている。無駄に校舎が多いので移動が面倒である。自転車を使用可能にしてもらえないだろうか。わりと老体に堪える運動量なのだが。


「サボりはよくない」

「そんなこと言いながらそこそこ寝坊してんじゃん」

「寝坊は仕方ない、生理現象だ」

「ざんねん、それやる気の問題だから!」


 サヤはああいえばこう言う。


 さて、しかしどうしたものか。ふと、顔を上げると青空の下に映える白のシャツと筋肉。まさか偶然にも先輩も移動教室中で、なにやら陽気な友人たちと談笑しているのが見えた。


「先輩、」

「……あー、カ、カンナちゃん」


 声をかけると、苦笑いして片手を上げた。立ち止まることなく行ってしまう。


「…………」

「……カンナ?」


 友人であろう男どもに「いや、なんでもねぇ」と何か弁明しながら去っていく背中を呆然と見つめた。


「サヤ」

「え、えっと、なに、どした?」


「サボる」


 何だか、無い胸がギリギリ傷んだ。やはり……また私は何かやらかしたらしい。面白くもない、貧乳の女はいつだって人に好かれぬ。迷惑をかけてばかりだ。サヤはため息をついた私に、「良いところ行こう!」と食いぎみで言いのけた。



◎ ◎ ◎ 


 そして私は、あまり人の良いところというものを信用しないほうがいいと学んだ。サヤに連れてこられたのはいかにも女子大生なカフェであった。端的に言えば「スターバックス」である。


「知っている。ここではとりあえずスターバックスのなにかしらを頼み、インスタグラムに投稿するというルールがあるのだろう、JDには」

「そうそう、てかインスタやってんの?うける」

「やっていないが、やってみてもいいかもしれない」


 サヤは受付にて「グランデバニラノンファットアドリストレットショットノンソースアドチョコレートチップエクストラパウダーエクストラホイップ抹茶クリームフラペチーノください」と、カミカミながらドヤ顔で言ってのけた。どうせスマートフォーンにて検索し、さぞ練習したのであろう。努力が涙ぐましい。


 わたしも同じものを頼むことにした。さっきの悪辣なる呪文にも「はーい」と笑顔で答える店員の女性の素晴らしさよ。サヤのような無理をしてドヤりたがる客にも笑顔を向けなければならないとは、働くとは大変な行為であると思い知らされる。


 緑色の冷たい飲み物を私たちは受け取り、空いているテラス席に座った。サヤはウンウン唸りながら写真を撮っている。そんなサヤを私はこっそり撮影しておいた。ひどい顔だぞ、サヤよ。全く盛れていない。


「あのさーカンナはっきり言うけどさ」


 サヤは酒でも食らうかのようにフラペチーノをかっ食らい、テーブルにダンッと置いた。


「おまえは山谷先輩にほれている!」

「……それはまことか」


 なんと、予想外のことを言われて面食らった。サヤは首がとれそうなほどに縦に降っている。


「まことだよ間違いない、恋愛戦士サヤ様がいうんだから間違いないね」

「彼氏いたことがないだろうお前」

「すぐつくるからーーーー、あんたと違ってパーーーッと惚れてパーーーッと付き合うからーーーー!」


 サヤは本当は口が悪いに違いない。そしてついでにスターバックスもそこまで好きではないに違いない。フラペチーノを飲む姿が全然似合っていない。


「告りなよ、早い方がいいってこういうのは」

「何と告白したら良いのだろうか」

「好きです付き合ってください、これでオッケー」

「なるほど。しかし私は貧乳だ……遺伝子を残す生体としては若干のハンデがある」


 自分でそう言って、ふと思い出した。そういえば山谷先輩はしきりに貧乳派を主張していたのだ。そんな宗派がこの世にあるとは到底思えぬが。


「うむ、懸けてみる価値はある」

「なんかあたしが自信なくなってきたんだけど、カンナほんとにすきだよね?だって」


 なにかを思い付いたようにサヤは「あっ、たとえばさあ」と笑った。


「もし先輩がさ、めっちゃ巨乳のグラマラスのボッキュンボンのおねえさんと腕組んで歩いてたらどう思う?」




――――私は想像する。




――――先輩はあの、快活な笑顔を見せる




――――その相手が、見ず知らずの巨乳であったのなら、




「……なんだろう、この気持ちは」


 無い胸がやはり、痛むのだ。苦しい。心臓がギュウと締め付けられるような不快感。サヤは慌てて「い、いやウソウソ冗談だって」と言うが、こちらとしては冗談では済まされなかった。抹茶フラペチーノをグイグイ飲み込む。ああ、甘ったるい。私の軟弱な精神のように甘ったるい味だ。空になったカップを握りつぶし、立ち上がり、


「行ってくる」


 と、友人を振り返った。サヤは凄く慌てながら「は!?いや、まて、まってちょっと、今から!?」と立ち上がり、ついてきた。私はいてもたってもいられない。どうやら完全に惚れていたらしい。


フラペチーノはおひるごはん代わりになる。

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