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30 荷馬車に乗って、赤い気分で

レイラ(リリエル):ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳。リリエルの姿を取る時には水色の髪に青い瞳。松岡美冴が新しい姿を持ち、ロキスとミザリーの娘として産まれた。その後、マイオスに拾われて、リリエルと名づけられる。


チェンジン国・リミダ村

 ザイ(ガンマ):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。リミダ村の村長及びピルッポの実質管理者。

 マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。妻はエイリーン(金髪に赤茶色の瞳)。リリエル(レイラ)を拾って育て、シアラ(水色の髪、水色の瞳)も引き取る。エイリーンとの間に長男ロッジ。

 ローリー:ザイの弟。

 クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。


アームル帝国

 ロムルス(イプシロン):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の皇太子兼ハイアレティ公爵家長男。

 ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。ギネス伯爵家の次女ジルドレア。エディナートとの結婚によりタイガルース侯爵夫人。


エスリーダ王国

 ライジード(アルファ):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。王太子。

 テルノス辺境伯:エスリーダ王国とリベラ神国との盟約をも履行している領主。

 レンダー:宰相がライジードに付けた懐刀。水色の瞳。甘いもの好き。


リベラ神国。豊穣と繁栄を司るリベラ女神を国全体が祀っている。

 ファルード(デルタ):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。神官。ナリス王国リーング出身。

 イディラート:ルーセット神殿の神官長。ファルードの養父。焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。


塔

No.2猫の塔:主はシルヴィア。蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。跡継ぎはシュバルト。

 R01:金の髪、レイラと同じ灰色の瞳。おしゃれが大好き、女の子らしくありたいと努力する子。

 R02:赤の髪、レイラと同じ灰色の瞳。体を動かすのが大好き。高い物を見ると登りたくなる子

 R03:茶の髪、レイラと同じ灰色の瞳。夢見がち。周囲や皆の様子を見て、バランスをとる子。

 R04:橙の髪、レイラと同じ灰色の瞳。怖がりで大人しい。常に遠慮がちな子。

No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター(ベータ・金髪、青い瞳)。

No.5思索の塔:白髪の老爺。

 レイラを伴って宿屋に戻ったザイは、既にレスターと子供達が出発したと、主人に聞いて目を丸くした。


「もう発った? 二度寝するって言ってたのに」

「え? レスター達、もう帰っちゃったの?」


 まさかレスター達と同じ宿屋にザイも泊まっていたとはと、その偶然にレイラも驚くが、もう出発したと聞いて、それこそ捨てて行かれたような気になった。


「あの子達まで連れて帰っちゃうなんて」


 別に今までだってレスターは様子を見に来てはすぐ帰ってしまっていた。

 だから当たり前なのかもしれないが、あんなにも可愛がっていたR達を連れて帰ったことこそが、レイラだけを見捨てていったようにしか思えない。

 レイラは、小さく唇を噛んだ。


「そうだな。また、会いに行こう?」

「・・・うん」


 子供達はレイラの従妹だという話だったし、そりゃレイラも会いたいだろうと思えば、ザイもそう慰める。

 今日から城に泊まることになったと宿屋に伝え、そうして荷物と馬を引き取れば、正直なところを言うなら、ついてきた十人もの兵士がとても邪魔なザイである。

 さりげなく周囲を見渡せば、建物の屋根に鴉のスズが止まっているのが見えるが、いくら何でもスズをけし掛ければ、兵士達の命を奪うことになりかねない。それはやり過ぎだ。


(どう考えてもこれは逃げられんな。諦めてリリエルを口説き落としとくか)


 他の四人が到着するまでに。


(リリエルは甘やかされるのは大好きだが、贅沢や浪費三昧をしたいってぇわけじゃない。なら、十分に勝算はある)


 そう考えて、ザイは一人の兵士に、

「すみませんが、先に荷物と馬を城までお願いできますか? 折角だからレイラを散歩に連れ出してやりたいのです。・・・彼女の親御さんへの土産も見繕いたいですし」

と、声をかける。

 親への土産と言われたら、さすがの兵士達も止められなかった。


「分かりました。では、先に城へ運んでおきます」

「ありがとうございます。助かります。・・・行こうか、レイラ。ロッジは音の出る玩具が好きだよ」

「ほんと? じゃあねっ、こっちには木で出来たパコパコ動く馬の玩具があるのよ」

「そりゃ喜ぶだろうね。ただ、ロッジはまだ小さいから怖がりなのさ。小さいサイズはあるかな」

「勿論。ふふ、何色に塗ったのにしようかなっ」


 二人の兵士が荷物と馬を引き受け、ザイとレイラは八人の兵士と共に、市場へと出掛けることにした。

 横に並んで歩きながら、その水色の髪を撫でて、

「本当に伸びたね。・・・あまりにも綺麗になってて驚いたよ」

と、そう褒めれば、レイラも青色の瞳を細めて、えへっと笑う。


(あの夢で見た時はストロベリーゴールドの髪に灰色の瞳だったが。・・・まあ、俺も髪と目の色は変わったし、大した問題じゃないか)


 別に髪や目の色で、彼女を望んだわけではない。

 そう思って、ザイはそのことについては触れなかった。というより、藪蛇になってはたまらないので、言えなかったのである。レイラにとっては産まれる前の記憶だが、ザイにとっては数日前のことだ。


(こんなことと分かっていたらやらなかった。ああ、やらなかったともっ)


 自分が何をやって何を言ったかぐらいは十分に覚えていた。

 消せるものなら今すぐレイラの中から抹消したい。そしてやり直させてくれ。

 しかし、やり直しができる人生はない。だからなかったことにするのだ。・・・いい方法を考えつくまで。

 周囲の市場を見渡せば、前回と同じように様々な物が売られている。


「ここの市場、かなり活気があるね。・・・いずれ参考にしたいな」


 そんなことを呟くザイを見上げて、レイラはきゅっとその袖を掴んだ。


(そうだ。ザイはずっと村の復興の為に動いてたんだ)


 自分が帰らない間、彼はずっと村の為に尽くしていた。

 たとえ様々な場所に居ついていても、自分は誰かに守られていた。けれどもザイは・・・。

 そういうことを考えて落ち込んでいたレイラだったが、ありていに言えば、村の復興の為、レイラには見せられない行動のオンパレードだったザイだ。その罪悪感は、全く不要だっただろう。

 シアラの立場を確立する為、貴族の奥方を口説くことすらしている。

 ただそれを、ザイは見せたくない人間には見せないようにしているだけだ。


「ああ、本当だ。馬の玩具があるね。レイラ、あれかい?」

「そうなの。この辺りでは、子供のお守りにもなるんだって」

「へえ」


 ザイは露天市場に並べられた玩具を手に取り、振り返った。


「ねえ、レイラ。提案なんだけど、どうせなら何も色が塗られていないのを買わないか?」

「え? そのままのものを?」

「ああ」


 どうせなら、レイラが塗ってやればもっと喜ぶんじゃないかとザイが言い出した為、レイラも目を輝かせて頷く。


「そっかぁ。私が塗ってもいいのよね」

「勿論。模様とかもつけてあげればいい」


 だが、色を塗っていない馬は、どうしても安い。売る側としては、やはり色塗りの馬を買ってほしいようだった。


「おやおや、兄さん。この色は嫌いだったかい?」

「いいや。だが、ずっと会っていなくて寂しい思いをさせていた弟にあげるのさ。少しは手をかけてやらないと、愛情が伝わんないだろ。その代わり、三つもらうよ。それならいいだろ」

「あいよっ。この小さい奴かい?」

「どうせなら少しずつ大きさが違う方がいい。これとこれと、・・・そうだな、これをくれないか?」


 絵具まで買うザイの手際は、兵士達の目から見ても鮮やかなものだった。

 それはさりげなく、ザイが小さなヤスリまで買っていたからだ。恐らく、研磨しておいてやるのだろう。

 兵士達も自分でそれなりに家の大工仕事をこなすから分かる。

 思うに、売られているそれを見て、いささか子供が怪我しやすい荒い作りだと判断し、ザイはそう言い出したのだろう。そしてレイラが塗る前に、木肌が滑らかになるようヤスリをかけてしまうつもりに違いない。


(いい奴じゃないか)

(だよな。身分が全てじゃねえだろ)

(大体、金(かね)に飽(あ)かせりゃいいってわけじゃねえよ)

(ツラだけなら、女が放っておかねえ感じなのにな)

(こいつなら許せるね)


 それなりに金のある騎士がついてきていたなら、色もついていない安い物を買うとは貧乏性なことだと、そう呆れたかもしれないが、今回の二人についてきたのは、兵士だけだった。

 彼らは騎士のように使用人を雇う立場ではない。だからこそ感覚的に自分達と同じザイに対して、一気に好感を抱いた。

 そんなザイは、使用人のいるピルッポのシアラの屋敷をしっかり仕切っている実力者である。尚、マイオスとエイリーンは、リミダ村で生活している。シアラは、ピルッポとリミダ村と、二つを行き来しながら暮らしていた。


「シアラが好きそうなもの? そうだなぁ。可愛いものが好きだよ、あの子は」

「なら、布地を見に行きましょ。こっちはね、刺繍がとっても素敵なの」


 次に、明るい色合いの小布が並べられた店に行き、二人でそれを広げながら、エイリーンと色違いのお揃いはどうだろうとか、そんな話をしながら選び始める。


「シアラは、かなり苦労してきたからね。・・・だからあの子には、いつでも女の子らしい、可愛いものをあげるようにしてるんだ。辛い思い出が少しずつ薄れるようにって願いながらさ」

「ならシアラちゃん、こういう橙色とか黄色とかがいいかな。こういう色って心がふんわりした気分になるもの。エイリーンさんには落ち着いた色合いの方が使いやすいかも」


 暖かく優しげな色合いの布に、様々な色糸で刺繍されたのをレイラが広げてみせる。


「ああ、きっと喜ぶ。・・・ただ、そこらへんがローリーには分からないんだよな。よく見当違いの物を贈っては、プンプン怒らせてるよ。すぐに仲直りしてるけど」

「え?」

「ああ。ローリーは誘拐先から連れ出す時も、引き取られた家から助け出す時も、シアラを自分の馬に乗せていたからね。もしかしたらその時から好きだったのかもしれないな」

「うわぁ。そうなんだ。・・・ふふっ、あのローリーが」


 にこにことして、レイラはザイの弟であるローリーと、まだ見たことのない妹・シアラとのロマンスを聞きたそうにする。


「あー。だけど、こっちの模様も可愛いし、迷うっ」

「どっちも買っておけばいい。土産が多くて困ることはないだろ」

「そうだねっ」


 他にも村の女性達にと、幾つかの可愛い布を買って全て包んでもらえば、かなりの量になった。ただ、それらの支払いは全てザイがしており、レイラが、

「私もお金あるから大丈夫だよ」

と言ったものの、

「気にしなくていい。リリエルへの迷惑料とやらで、神殿がよこした金だから」

と、ザイはレイラの頭を撫でて終わらせた。

 当然のように全ての荷物を持っていたザイだが、そこで、

「こちらが持ちますよ」

と、兵士が手を差し出したものだから、

「ありがとうございます。・・・荷物持ちまでさせてしまってすみません。邪魔な時は言ってくださったらこちらで持ちますから」

と、にこやかに礼を言って渡した。レイラも、

「ありがとうございます」

と、微笑む。

 しかしこうなると確実にこのザイはレイラを伴って村に帰る気だなと、兵士も思わずにいられなかった。

 こんなに土産を買っておいて、帰らないという選択肢はないだろう。

 日に焼けた肌を持つ黒髪の青年は、そこでレイラに笑いかけた。


「今日はあまり日差しもきつくなさそうだ。だけど休憩するなら店の中がいいかな? それとも外が?」

「んーとね、お外がいいな」


 少し考えてからレイラが答える。


「じゃあ、せっかくだからポットでお茶を買って、野原で休もうか。たまにはそういうのもいいだろう?」

「うんっ」


 お茶は売っていなかったが、大きなピッチャーに果汁をなみなみと注いでもらい、それから十人分のカップも借りる。


「悪いな、おっちゃん。後でピッチャーとカップは返しにくるからさ」

「大丈夫。城のお嬢様だ。心配してねえよ」

「そりゃありがとさん」


 そうして野原に行って、ザイは自分の上着を地面に敷いてレイラを座らせ、果汁を注いだカップを渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 それを受け取りながら、レイラも、

(やっぱりザイが一番分かってるのよね。どこまでも世話を焼くくせに、最後の選択権は私に渡してくるし、疲れたって言わなくても休ませることは忘れないし)

と、頬を赤く染めながら、こくっと果汁を口に運ぶ。

 女性をいい気分にさせるということに関して、ザイは子供の頃から才能があったと思う。

 しかも、その対象者は自分一人なのだ。そう、自分「だけ」という、この特別感。


(なんか昔よりはるかにカッコよくなってるから余計に・・・。も、どこまでもついていきますって感じ?)


 少し酸味があるそれは、甘くて美味しい。林檎だけではなく、少し柑橘系の果物も混じっているようだ。

 そんなレイラに微笑むと、

「彼女が気にするから、皆さんも座ってもらえませんか?」

と、ザイは兵士達の所まで行き、その果汁を同じように注ぎ分ける。


(なんていい奴なんだ)

(そりゃ護衛なんだから、街の店なら座るわけにもいかなかったしな)

(もしかして俺達の為にこんなところで休憩とか言い出したのか?)

(ヒモみてえな、女に食わせてもらってますってツラしといて、実は甲斐甲斐しいタイプってか)

(だよな。顔がいいくせに性格までいいなんて、・・・惚れちまうだろ)

(お前が惚れてどーするよ、おい)


 そうして少し離れた所で、ザイとレイラは草原の先を見ながら会話し続けた。


「で、ローリーは馬鹿だからさ。未だにキスは花畑じゃないと許されないって思ってんだよ。普通、最初のそれはともかくとして、次からは別にって思うだろ? なのに、・・・馬鹿の一つ覚えって奴なんだな、あれは」

「うふふふ。可哀想じゃないの、そんなこと言ったら。だけどシアラちゃん、大事にされてるんだ」


 良かったと思えば、レイラも心がほんのりと赤く染まる。幸せな恋人同士の話は、聞いている方も嬉しくなるからだ。

 きっとシアラだって、キスする場所はもうどこでもいいのだろうけれど、きっとそんなローリーの気持ちが嬉しくて甘えているのに違いない。


「そう。で、この間、相談を受けたのが、冬になって花が咲かなくなったらどうすればいいのか? なんだ。呆れるしかないだろ? もう、今の内に可愛らしいリースでも作っておけって言って、俺は投げたね」

「あははは。じゃあ、ローリーには可愛らしい造花のリースをお土産に買わなくっちゃ」

「そりゃ喜ぶな。・・・レイラもキスはお花畑じゃないと駄目?」

「え?」


 記憶にある少年よりもはるかに男らしく、それでいてしなやかな体つきの青年。

 レイラをドキッとさせておいて、それでいて健全にチュッと頬にされたキスに、・・・レイラは真っ赤になった。

 それを見てしまった兵士達も、

(ま、まあ、ほっぺたならセーフ?)

(だよな。頬なら・・・問題ないだろ?)

(唇じゃないわけだし)

(いやぁ。あの顔で唇じゃないってのが反則だろ?)

(いや、唇はやばいって。まあ、ほっぺたなんだし)

と、見逃すことにする。


「大好きだよ、レイラ」

「え、えっと・・・」


 何故なら、・・・ザイがいい奴だったからだ。兵士達にだって情けはあるのである。

 何よりも、貴族でもなく騎士でもなく兵士だからこそ、・・・ザイに肩入れする気持ちがあった。勿論、立場的には自分の国の王子様ではあるが、あえてそういう身分がないザイだからこそと、そんな思いも湧いてくる。

 身分的にも、レイラを得ることはできないだろう。

 そうは分かっていても、兵士達にしてみれば、そんな中で相手の身分を気にしないレイラと、そしてそんな彼女を愛しているであろう青年の様子は、とても爽やかなものを感じさせた。


「ほっぺたなら、いいだろう? それとも、そういうのもお花畑じゃないと嫌だったかな? 昔はよく花冠も作ってあげたけど」


 そんなザイにドギマギとしながら、レイラはもう、・・・言葉が上手く出てこない。目の前にいるのは、女装も似合いそうな少年ではないのだ。


「あ、あの・・・」

「ああ、そうだね。レイラ。久しぶりすぎてびっくりしちゃった? じゃあ、手にしておこうか」


 赤くなった頬を優しく撫でてから、ザイはレイラの手を取った。


(よ、良かった。俺の、今の顔でも嫌われてない)


 たとえどんなに長く会っていなかったとしても、彼女の反応を見誤るザイではない。キスされて嫌だったというのなら、すぐ分かる。

 姉や仲間達にも、

「あんたさあ、かなり遊んでますフェロモン出てるわよ。前はそうでもなかったのに」

とか、

「なんつーの? ザイさぁ、昔はストイックな印象あったけど、今はねえよな。全身からしてエロいし」

とか、

「シアラは騙せてもな。どう見ても女を切らしてない顔だろ。誰だって見りゃ分かるって」

とか、色々と言われていたのだ。

 夢で同じひとときを過ごした彼女ならそれを分かった上だからいいと思っていたが、まさかのリリエルである。彼女の好みなら一から十まで全部知っている。

 リリエルが遊び人になど本気で惚れることはない。父親のマイオスを見て育ち、ザイに大事にされてきた彼女は、自分だけを大切にしてくれる男が基本になっているのだから。


「好きだよ、レイラ。君だけだ」


 そして視線をレイラの瞳に合わせたまま、手の甲ではなく掌にキスをされたものだから、レイラは・・・・・・。


「ちょっ、リリエルっ? えっ? これだけでっ?」


 元々が、初対面の時からザイファスの顔にはクラクラしていたレイラである。


(も、駄目・・・。ザイが素敵すぎる)


 心の臨界点を超えてしまい、首まで真っ赤になってパタッと背後に倒れてしまった。元々が地面に座っていた上、すぐにザイがその背中を支えたので何ということはなかったが。

 ザイにしても、慌ててしまえばレイラではなくリリエルと呼んでしまう。


(えーっと、・・・・・・ま、いっか)


 仕方ないので、レイラの頭を自分の膝に乗せて休ませながら、ザイはパタパタとその顔を扇いであげることにした。


「昔もこうやって野原でお昼寝したね。君はいつも俺の膝を枕と思ってるから。そんなところも可愛いよ」


 兵士達も互いの顔を見交わすしかない。


(どうするよ、おい)

(だけど動かせる状況じゃないなら、休ませておくしかないだろ)

(男の膝枕で?)

(反対よりマシじゃないか?)

(顔のいい奴ってのは得だな、おい)


 こそこそと囁き合いながらも、何も出来る状況ではなかった。


「君の大好きな歌を歌ってあげようか? それとも、村の話がいい?」

「・・・みんなのお話、して」


 ここでザイに歌なんて歌ってもらったら、本気で恥ずかしさのあまり悶絶死する自信があるレイラは、小さな声でそう答えた。

 自分が甘えるようにねだれば、ザイは全てを叶えてくれる。


「いいよ」


 初恋の少女に膝枕をしながら、誰が見ても女に不自由していなさそうな青年は、とても優しい声で、マイオスが畑に植えてある果樹がどれだけ実をつけたとか、最近は村で飼い始めた変わった毛色の兎が高く売れるようになったとか、クユルが猪を捕まえる新しい罠を作ったとか、そういう話をし始めた。

 膝に乗せている彼女の頭を、優しく撫でながら。






 ロムルスは、五十名の騎士や兵士達とテルノス領へ向かっていた。なぜ二十名の予定が五十名になったかというと、

「うちのジルドレアに護衛をつけずに出すわけがないでしょう?」

と、タイガルース侯爵が騎士と兵士を、合計二十名つけてきたからだ。そして、

「馬鹿を言わないでください、兄上。二十名は少なすぎます。まあ、あわせて五十名なら・・・我慢して差し上げましょう」

と、ロムルスの弟まで言い出し、三十名用意してきたからだ。


「何故なんだろう。あなたの方が偉いんですよと言いながら、全てを決めるのはあっちというのが理解できない。実は俺は、一番偉くない立場じゃないのか?」

「何だ、やっと気づいたんですか。・・・そうなんです。実は帝国で一番やってられない職業が皇太子ってのは常識なんですよ、ロムルス様」

「なんだとっ? やっぱりそうだったのかっ」


 そんなアホな会話をジルードと繰り広げつつ、五十人もいると宿屋も分散しなくちゃいけないし、買い出しは手間取るし、面倒臭いばかりだとロムルスは思っていた。

 

(こんなことならジルードと二人の方がよほどマシ・・・。いや、それはまずいにしても、レイラと三人でテルノス領に向かった時の方がよほど気楽だった)


 そこでふと、ロムルスはレイラのことを思い出す。

 今も行方が知れない少女。まるで少年のような顔立ちの、可愛い従者。


(まさかジードがレイラを自分の城に連れて帰ってるとは思わなかったからなあ。てっきりファルードと帰っているものと)


 けれども夢の中で出会った、黒髪の彼女が乗り移った娘。

 あの不思議な白い部屋で彼女と二人きりになった途端、愛しさが募った。あの臆病な娘を、幸せにして笑わせてやりたいと思ったのだ。

 それまで、そんな愛しい気持ちを抱いたのは、レイラしかいなかったのに。


(いつでも誰かに守られているレイラ。お前のことも心配だ。だが、・・・お前はしれっと誰かに保護されているような気もするから複雑なんだ)


 それにファルードも、レイラは何があっても大丈夫な子だと書いてきていたから、あまり心配しなくていいのだろう。

 あんなテルノス辺境伯との密約まであったぐらいだ。それなりにリベラ神国はエスリーダ王国と繋がっているのだろうし、その上で断言しているのだからファルードは何らかの確証があるに違いない。

 しかし夢の中で出会った彼女はどうかと言えば・・・。


(そのままパタッと、散歩の途中でも道端で行き倒れていそうな気がしてならない。あまりにも心配になるんだ。放っておけない)


 これが恋というものなのか。

 けれどもきっと自分だけではないだろう。彼女のもとに駆けつけるのは。


(まさか、またエスリーダ王国に行くとはなぁ)


 だが彼女と出会えたなら、ついでにライジードを訪ねてもいいだろう。それこそ彼女を紹介したい。

 そんなことを考えながら、ロムルスは馬上から行く先に広がる青空を仰いだ。






 世の中には、年寄りの冷や水という言葉がある。


(どうして僕、出発前にこの事態を予想していなかったんだろう)


 いや、予想はしていた。していたけれど、そんな自分の予感に目を瞑っていただけだ。早く出発したいが為に。


「ファルード殿。すまんのう」

「いいえ。そんなこと全くございません。次の街に差しかかりましたら、もっと体が楽になるようなマットを買い求めましょう」


 それでも笑顔で励ますファルードである。思った通り、馬車の旅は、高齢の神官にとってきついものだったらしい。

 最初はクッションなどを多く重ねて体が楽になるようにしていたのだが、それも一時しのぎだ。毎日の移動は、高齢の体に負担をかけすぎていた。

 しかもその上級神官の疲労しきった様子に、見るに見かねるものがあったのだろう。途中で立ち寄った神殿からは、

「お世話をする為に私もついていきましょう」

と、何人かの神官が更に同行を申し出てくる羽目になり、そしてそういう神官は様々な薬や調合の道具を持って出てくる為、・・・最初は二十名ほどだった一行は、現在四十名程になった上、荷物もかなり増えていた。


(ああ。僕一人で行く方がよほど良かった)


 たとえこの顔に目をつけられる可能性があったとしても、隠しておけばいいだけのことだ。

 ザイに次いで二番目に出発したにもかかわらず、・・・ファルードの足は、高齢神官達によりなかなか遅々として進まぬ有り様だった。


(我慢、我慢だ、僕・・・。ああ、だけど)


 捨てていけるものなら捨てていきたい。

 大体、ついてこれないのなら「儂も行く」などと言い出さないでほしい。そのフォローを誰がすると思っているのか。

 これが、レイラが言っていたところの、「老害」なのかと、ファルードはそっと溜め息をついた。


(そういえばレイラ。君、一体どこにいるんだろうね)


 心配しなくていいと言われたから心配はしていないんだけど、やっぱり心配なんだよと、ファルードは、考えなしに突っ走っていた少女を思い出す。

 夢で逢った女性に会いたい。それは間違いなく自分の気持ちだ。けれど、レイラのことも忘れたわけではない。


(イディラート様には、「どうせ、また会える。心配には及ばぬ」って言われたから、また会えるんだろうけど。それに僕が心配する必要はまるっきり無いと断言されたから、ちゃんと誰かの保護下にあるんだろうけど)


 それもそれでちょっと寂しい。

 あんなに自分に懐いていたのに。

 まさかエスリーダ王宮にいたとは。

 しかも逃げ出して行方不明だなんて。

 リベラ神殿を頼ってくれればいいのに。

 ああ、レイラ。君はどこで何しているの?

 そんな物憂げな気分になってしまうのは、・・・・・・やはり現実逃避なのだろうか。


「だ、大丈夫でございますか?」

「げふぉっ、ふぉっ。・・・なんのっ、これ、・・・しきっ」

「うわぁっ、盥を。やはり、お食事をお戻しになられたっ」

「げっ、げふぉっ、ごふぉぉっ」

「水でございますっ。どうぞお気をたしかにっ」

「馬を止めろっ。今日はもうここで休んでいただくのだっ」


 そんなやり取りが、前の馬車から聞こえてくる。

 恐らく、きっと今日もここから動けなくなるのだろう。


(・・・彼女に頼んで、あとでリベラ神国に顔を出してもらうようにするから。だからもう、置いていかせてもらえないかな)


 ファルードは、本気で頭を抱えた。

 置いていけるものなら置いていきたい。

 しかし自分は、なったばかりの中級神官。

 同行を強行してくれた老神官達は上級神官。お付きの方々もベテラン中級神官。

 ファルードの忍耐は、まだまだ続きそうだった。






 エスリーダ王国は大国だ。そして、辺境という言葉は伊達ではない。

 そう、辺境というのは、王都より遠く離れた国境近くにあるから辺境なのである。

 つまり、遠い。


「なんでまだ着かんのだ」

「それはまだ到着していないからです」


 レンダーにそんな返事をされるまでもなく、ライジードとてそんなことは分かっている。

 エスリーダ王国内にあろうとも、かえって王都からよりも他国からの方が早く着く可能性も高い地域なのだ。テルノス領は。

 五十名ほどの護衛で出発したライジードだったが、レンダーが更に五十名程を連れて合流したので、百名になっていた。

 だが、それは仕方なかった。

 万が一にでもライジードを失うことがあってはならないからだ。しかも、国王と宰相からは、その聖なる乙女とやらを確保しろと言われている。

 レンダーも頭が痛い。

 テルノス辺境伯に力を借りるつもりはあるが、もしもテルノス城に行く途中で、その乙女の争奪戦が行われたらと思うと、百名より少なくするわけにはいかなかった。多すぎるとかえって身動きがとれなくなるという事態も考えられたが、何といっても前例のない話である。


「やはり馬車では遅すぎるっ」

「無茶をおっしゃらないでくださいっ。ライ様、馬では危険すぎます」


 馬車の中で、ライジードは本気で苛立っていた。本来ならとっくに到着できていたのだ。


(父上も宰相も、どう責任をとってくれるというのだ。彼女は一人しかいないのに)


 勿論、今ここでレイラが見つかるというのであれば、そしてレイラを妃に迎えてもいいというのであれば我慢してやってもいい。

 けれどもレイラは未だに行方不明だ。しかも、・・・恐らく彼女はそれができる自信があったのだ。


――― さようなら、ジード。また会いましょう。


 何度も考えずにはいられなかった。どうしてあの時、シャンデリアが天井から落ちてきたのか。それもタイミングよく。彼女と兵士達との間に。


――― 大好きよ、ジード。ちゃんと体を大事にしてね。


 どうして緊急時にしか閉じない扉があの時は閉まったのか。シャンデリアと扉を吊るしていた鎖は、全て綺麗に切断されていた。


――― これからはちゃんと気をつけて暮らしてください。もう、私はあなたを守ってあげられないのだから。


 無力で可愛らしい、ファルードそっくりな顔をした少女。だが、紛れもなくあの少女は、ライジードの守護妖精だった。


(何が、また会いましょう、だ。全然会いに来ないくせに)


 分かってる。そうさせてしまったのは自分の力不足だ。


(何が、大好き、だ。お前にとって、私はロムルスやファルードと同レベルのくせに)


 それも仕方ない。彼らから引き離し、彼女を連れて帰ってしまったのはライジードだ。


(何が、もう守ってあげられない、だ。私がお前を守るから戻って来いと、言わせもしないくせに)


 彼女の責任ではない。皆に糾弾されるレイラを守れなかったのはライジードなのだから。


「レンダー」

「はい」

「宰相はお前に、彼女を確保しろと命じたが、・・・私が命じるまで、それはするな」

「・・・何故でございましょう?」


 ライジードは彼女を欲しがっている。宰相も手に入れるべきだと考えている。ならば、どんな手段であっても彼女をまずは確保すべきだ。

 しかし、レンダーは慎重に問い返した。何故なら、どんな小さなものでも情報が欲しいからだ。あまりにも今回の事態はわけが分からなすぎる。


「恐らくだが、無理矢理にそれを実行した場合、・・・どんな災難が起こるかが分からないからだ」

「それは・・・。そんなことがあるのでしょうか」


 ライジードとて考える時間は何度もあった。馬車の中でも繰り返し彼女との時間を思い返していた。

 あの時、シーツを剥がされた彼女は、自分の一声だけで自分達を弾き飛ばさなかっただろうか。

 しかもリベラ神国など、「聖なる乙女」として大切に迎えると公表しながら、それでいて、「乙女の意思を無視して何かを強要することは許さない」と、注意を呼び掛けているではないか。


「考えてみろ。リベラ神国だって何が何でも一番に確保したい筈だ。なのに、無理に連れてこいとは言わないどころか、その辺りにはかなり慎重になっていなかったか? 送り届けてくれたら謝礼とは、・・・普通、連れてきた者に謝礼ならばともかく、それでは『彼女がリベラ神殿に向かおうとする意思を手助けして送り届けるのであれば礼をする』の意ではないか」

「つまり、もしかしてその『聖なる乙女』とは、女神の恩恵を振りまくだけの存在ではない、と?」


 レンダーも考え込む。


「分からん。もっと早くに動けていたら、並行してファルードにでも連絡をとったが。・・・どちらにしても、これでは後手後手もいいところだ。無能な奴ってのは、足を引っ張るしかしないものだな」

「・・・・・・申し訳ございません」


 レンダーが悪いわけではなかったが、ライジードの気持ちはよく分かる。神妙にレンダーは謝罪した。どちらにしても、宰相を止められなかったのは事実だ。


「ですが、ライジード様。その聖なる乙女とやら、・・・紫の髪に灰色の瞳ではないんですよね?」

「・・・そうだな。残念なことに」


 レンダーにしてみれば、あれ程にレイラに関してはリベラ神国が「ならばこちらに寄越せ」と、うるさかったことが気になって仕方がない。


「明るく輝くストロベリーゴールドの髪。不思議な灰色の瞳。・・・とても気が弱そうで、それでいて純朴な娘だった」

「・・・・・・城で生きていけるのでしょうか」

「それが出来ねば、彼女はエスリーダ王国を見捨てるだけだろうな。候補者は他にもいる」

 

 ライジードは冷たく言い捨てた。

 もう、レイラの時のように、あれこれ言わせるつもりはない。彼女に要求できる立場ではないということを思い知らせてやらねばならないのだ。

 あんなにも人知を超えたことをやってのけられる存在がこの世界に与えた娘。それを、どこにでも代わりのいる貴族達が御(ぎょ)せると思われては困る。


「ライジード様」

「お前達の指示はもう聞かない。どちらにしても、神から彼女を示されたのは私だ。どうして何の夢も見せられてない他の奴らが、あれこれ言う権利があるというのだ?」

「・・・・・・はい」


 未だにライジードはレイラを失わされたことを許してはいないのだ。しかも今回の件は、決定的に彼を怒らせた。

 それをレンダーは痛い程、感じ取った。

 そこで、馬車の外から声がかかる。


「もうすぐ宿に着きます。この街はそれなりに大きいので、宿の設備も良いかと」

「分かった。ありがとう」


 レンダーがそう答える。

 やがて馬車は、ある宿屋の前で泊まった。






 自分一人なら普通の宿でいいのだが、R達を連れている時は、常に一番良い宿屋に泊まるようにしているレスターだ。

 ターバンとバタフライマスクにも飽きたようだったので、今日は四人に薄いピンクのベールを頭からかぶせてあげている。ベールを固定するベール飾りは、可愛らしい苺模様だ。

 今日は赤色気分だそうで、赤いワンピースを四人は着ていた。

 

「じゃあ、朝ご飯を食べに食堂に行こうか」

と、レスターが声をかけると、四人も「「「「はーい」」」」と、明るく返事をする。

 こういう大きな街で、更に一番良い宿となると、今度は占い師といった怪しげな職業の人間はお断りされることがある。だからレスターは普通の格好をしていた。

 旅している途中の為、レスターこそラフな格好ではあるものの、連れている子供達の装いを見れば金に困っていないのはすぐ分かる。

 五人が一緒に泊まるには寝台が三台あれば大丈夫なのだが、それなりに良い部屋を提供された為、まさに五人が一緒に眠れる大きさの寝台が入っていた。

 だから五人で仲良く眠って、R達も朝からご機嫌だ。


(何でこいつら、いつもいつも寝る前にはお話をせがむんだ?)


 さすがに宿屋によっては毎回五人一緒に寝られるというわけではない。だからそういう時は、子供達は順番にレスターと一緒に寝ることにしていたが、ずっと一緒な日々が続いている為、四人はそれなりに落ち着き始めていた。

 やはりR達にとって、レスターといるのが一番安心できるのだろう。

 しかし、レスターとて若い男なのである。たまには個室で一人寝かせてくれと、・・・言いたいが言えない日々でもあった。


「ああ、ほら。R02(アールツー)、ベールが少し外れている。直すから、こっちへおいで」

「はーい」


 途端に駆け寄ってきたR02のベールの位置を直して留めてやりながら、レスターは言い聞かせる。


「いいかい。世の中には、可愛い子供を見つけたら攫って行くひどい人達がいるんだからね。R達は可愛いんだから、絶対に知らない人にはついていっちゃいけないし、こうやって顔を見られないようにしておいで」


 そう言って、R達の肩に乗っているインコの頭を少し撫でた。

 レスターにしてみれば、この辺りが悩ましいところだ。可愛いと狙われてしまうから高い宿にする。ただ、高い宿にチンピラは入って来られないが、金持ちの変態はやってくるかもしれない。

 金持ちの変態に目をつけられないよう、高い格好をさせておいて、もしかしたら取引や社交上、怒らせたらまずい相手かもしれないと思わせることで抑止力にする。だが、あまりにも特徴的な顔だと、すぐに該当者がいないとばれてしまう。


(いや。塔の名前を出したら常に敵なしなんだが、・・・かえって面倒だしな)


 そんなわけで顔を隠させるのだ。しかし、顔の上半分を隠したところで、可愛いことには変わりないが。


「パパ。早くご飯、行こ? 今日は何が見られるかな」

と、R04(アールフォー)が袖を引っ張る。

「今日は私が前に乗るのー」

と、R03(アールスリー)がレスターの腕にしがみついた。

「えー。私、昨日、埃だらけになったからもうイヤ」

と、R01(アールワン)が唇を尖らせる。

「今日は私が一人で馬を走らせたげるっ」

と、R02(アールツー)はこれで決まりと言わんばかりの断定だ。


「分かった。皆の間をとって、・・・全員、馬車の中で大人しくしてなさい」

 

 すると四人がブーブー言い始める。どうせ、決めたことを守ったためしなどないくせに。

 日差しが眩しいと馬車の中に入ったかと思えばくぴくぴ寝始めるわ、いつの間にか起きて歌を歌い出すわ、飽きたと言っては馬の背に乗ろうとするわ、・・・やりたい放題の子供達の自己申告など、全く意味がない。

 そうして食堂に行くと、・・・レスターは即座に回れ右したくなった。怪しまれるだけなので、しなかったが。


(何でいるんだよ。お前、王子様だろうが。飯ぐらい、部屋に運ばせろよ)


 だが、そんなレスターの気持ちを分かる筈もない子供達はレスターの手を引っ張って、空いているテーブルへと連れて行く。


「パパ、こっちこっち」

と、R02は壁際の一番奥のテーブルへ進んでいく。

 子供達は、入口から一番遠く、それでいて壁際の目立たない位置をレスターがいつも選ぶことに気づいていた。

 普段ならそれでいい。だが、そうなると、根暗な空気が漂っているテーブルの近くを通っていくことになるのだ。


(まあ、バレなきゃ・・・。ベールだけは絶対に外させないようにしねえと)


 一番奥のテーブルに落ち着くと、レスターは、子供達の後ろ姿しかライジード達からは見えないような位置に座らせる。

 給仕の女性に、大人一人分と子供四人分の朝食を頼むと、レスターは子供達に指を一本立てて、しーっとしてみせた。そしてちょいちょいと指を小さく曲げて自分の方へ注意を向かせる。

 子供達が、何かな何かな? と、そんな顔を寄せてきたので、レスターは小さな声で言った。


「いいか? 今日は早く静かにご飯を食べて部屋に戻るんだよ。声をあまり出しちゃ駄目だ」

「え? どうして?」

と、R03(アールスリー)が小さな声で尋ねる。


「あそこの真ん中にいたテーブルの、不機嫌な顔した奴らはね、・・・怖い奴らなんだ」


 うげっと四人の子供達が息を呑んだ。


「こ、怖いの? 怖い人達なの?」

と、R02が身を乗り出せば、

「そうだ」

と、レスターは重々しく頷く。


「レイラと初めて会った時のことを覚えてるかい?」


 R達は、うんと頷いた。


「あの時、レイラは言ってただろう? 王宮で下賤(げせん)の者って言われたって」


 うんうんと、子供達が頷く。


「ママ、イヤシイって言われたって・・・」

と、R04(アールフォー)がその意味がよく分からないながらも、思い出して呟けば、

「ママ、ふさわしくないって言われて、泣いてた」

と、R01(アールワン)も下を向く。


 意味を教えてもらっても、本質的にその意味が分からない子供達だったが、レイラが悲しい目に遭ったのは分かった。

 誰だって、自分の大好きな人が悲しい目にあうのは辛い。

 四人はしょんぼりとしてしまう。


「そのママを傷つけたお城の人達だよ」


 レスターがそう説明すると、四人は眉をハの字にして、とても悲しい顔になった。この場にいることすらもう嫌だと、そう思ったのだろう。


「だから、・・・口なんてきいちゃ駄目だ。R達の声を聞いて、それこそ興味を持たれても迷惑だからね」


 そんな四人の頭をベール越しに撫でて、レスターは言い聞かせる。

 無言のままに、R達はうんと首を縦に振った。


(これでいい。・・・てか、何をこんなところでまだのんびりしてやがるんだ。もう、とっくにあいつは到着してるってのに)


 そんなことを考えていれば、運ばれてきた朝食のパンとスープ、卵料理とサラダが並べられる。レスターは子供達に、

「さあ、おあがり」

と、笑いかけた。


 一方。

 あまりにも不機嫌な王子に耐えかねていた一行は、食堂で食事をとることにした。せめて一般の人が近くにいれば、そこまでライジードも不機嫌にはなるまいという、苦肉の策である。

 ライジードだけではなく、レンダー、護衛騎士の隊長やその部下達が座るテーブルは、まさに暗い雰囲気が漂っていた。

 そんな食堂へ、明るい金髪の青年が、お揃いの赤いワンピースとピンクのベールをかぶった女の子四人を連れて入ってくる。

 その色合いに、さすがのライジード達も注目せざるを得なかった。

 というのも。

 レスターは、子供達がお気に入りの赤いワンピースとしか認識していなかったが、それはライジードの領地で採れる特殊な染料、エスリーダ・レッドを用いて染められた布で出来ていたからである。高価な為、そうそう買えるものではないのだ。

 だが、テルノス辺境伯夫人は、元々レイラがライジードに協力してエスリーダ・レッドを用いた様々な作品を作っていたことを知っていた為、理由を言わずに直接ライジードにエスリーダ・レッドで染めた布を買わせて欲しいと頼んでいた。

 ライジードも色々と世話になったテルノス辺境伯夫人の願い事である。本当は無料で良かったのだが、それでは悪くて今後は頼めなくなると言われ、格安で譲っていた。それをレイラが子供達の為にデザインを考え、侍女達に縫ってもらったワンピースだったのである。


(なんとまあ。エスリーダ・レッドを普段着にするとは)


 さすがのレンダーも呆れるしかない。どこの姫君達なのか。それとも豪商の娘達か。だが、連れている青年はかなり若く、商売人らしさはなかった。

 だが、その青年を一人の女の子が、「パパ、こっちこっち」と、引っ張っていくものだから、余計に目が点になる。


(パ、パパっ!? パパなのかっ? 若すぎるだろうっ)


 レンダーが愕然とすれば、同じテーブルにいた誰もが目を剥いていた。

 ぼそりと、騎士の一人が、

「すげえ。幾つン時の子だよ」

と、呟く。

 そう、何故ならその青年は二十才そこそこにしか見えなかったのである。

 せいぜい兄妹だと思うのだが。

 ただ、一番レンダーを驚かせたのは・・・。恐る恐る、その顔に視線を向ける。


(ああっ、やっぱりっ)


 分かっていたことだったが、ライジードもまた子供達に目が釘づけとなっていた。というのも、その子供の声は、レイラそっくりだったからである。


「ライ様。レイラ様じゃありません。レイラ様はあんなに小さくありませんから」

「あ、ああ・・・。そうだな。・・・いや、そうなんだが」


 いや、正しくはライジードとレイラが出会った頃、そのあたりのレイラの声にそっくりだったと言うべきだろう。

 しかし、見れば何とも変わったデザインでもあった。

 子供達が椅子に座れば、ワンピースの裾は少し上がってしまうから分かったのだが。

 ハイウェストのワンピースかと思いきや、裾の方には襞(ひだ)がつけられている。けれどもよく見たら、そのワンピースとは別に同じ素材の布でズボンも穿いているらしい。ただ、それも裾が広がっているタイプなので、ワンピースのフリルが二重になっているようにしか見えないのだ。


(なるほど。めくれて恥ずかしいことにならないよう、動きやすさも考えて作ってあるんだな。・・・って、あんなデザインの服、初めて見たぞ)


 よほど礼儀正しい躾を受けているのか、子供が四人というのに、そのテーブルは静かに食べている。

 やがてレンダー達も食事を終えると、ライジードは複雑そうな表情で、

「私は先に戻る」

と、そう言って食堂を出て行ってしまった。

 元々、レイラには何かとエスリーダ・レッドの衣装を着せていたライジードだ。似たような声をした子供達が着ていることに耐えられなかったのだろうと思うと、つくづくレンダーも、あのレイラを失った痛手を感じずにはいられない。


(あんな衆人環視で恥をかかせるようなやり方をする必要はなかった。・・・いくら何でも、あんな子供に)


 元々、レイラからライジードに、離宮で暮らしたいとねだったわけではないのだから。

 更には、その子供にまんまと逃げられたという始末だ。


(それもあれだけの見事な手腕で)


 切断されていたシャンデリアと扉の鎖。

 ファルードの妹ではないという調査がなされたという話だったが、しかし、彼女にはそれだけの手練れがつけられていたのではないのか。

 偶然切れたというのなら、・・・あんなすっぱりとした切り口にはならない。


「あとは、ライ様のお荷物だけで・・・」

「そうか。他の宿にいる奴らの用意はできてんだな?」

「はい。既に完了しております」


 何とも重苦しい気分で、王子がいなくなった後の空気を、そのテーブルにいた皆が、

「じゃあ、そろそろ出発ということで」

と、誤魔化していると、その四人の子供達も部屋に帰ろうとする様子だった。


「あ、あの。・・・すみません」


 そこでレンダーは青年に声をかける。


「・・・何か?」


 子供達を背後に庇うようにして、その青年が立ち止まる。


「あ。いえ、・・・すみませんが、そのお子さん方のお仕立てはどちらで? いえ、とても素晴らしいものだと感じまして。いや、私、その染料の販売に携わっている方も存じ上げているのですが、なかなか良いデザインを考えつく職人さんがいないものでしてね。ですから・・・」


 思いがけない話に、レスターもいささか鼻白んだ。


「染料?」

「ええ。その赤い布、・・・エスリーダ・レッドですよね?」

「ああ。そういえばここはそんな名産があったな」


 そんなことを言う男は、子供達の服が何かも頭に入っていなかったらしい。

 普通、どこの店でもエスリーダ・レッドで染めた布は特別だと言って出してくるものなのだが。

 レンダーは少し不思議に思った。

 そこでしゃがみこんで子供達の視線に合わせ、

「誰が作ってくれたんだ?」

と、青年が尋ねると、子供達もその耳に口を当てるようにして、

「ママとおねえちゃま達」

と、答えている。

「なるほど」

と、青年は立ち上がった。


「悪いが、これを作ったのはド素人(しろうと)だ。お役に立てそうにない。よそを当たってくれ」


 そう言って、青年が立ち去ろうとするのを、レンダーは慌てて引き留める。


「い、いや、その、ご母堂とお姉さん方というのであれば、是非、ご紹介をっ」

「・・・断る。そもそも本人も、そんな暇はこれからないだろう」

「城で雇うと言ってもっ?」


 別にエスリーダ・レッドの直営店は城とは無関係だが、あえてレンダーはそう言ってみた。

 さすがにそこまでないがしろにされる覚えはないからだ。

 だが、青年はかなりふてぶてしかった。


「残念だが、これを作った奴は、わざわざ城に雇ってもらわねばならん奴じゃない」

「・・・・・・」


 まさに、取りつく島もない。

 実は、服をとっかかりにして少し情報をとろうと思ったレンダーだったが、諦めるしかなかった。




 護衛が百人もいると、出立にも時間がかかる。

 宿屋の周りをライジードがふらふら歩いていると、そこで子供達の声が聞こえてきた。


「なんであの人達、ママのこと、追い出しといて、ママを紹介してって言ったのかな」

「ねー。ママのこと、ゲセンのモノって言ったくせにねー」

「ママ、王子様にふさわしくないって言われたのよね」

「ひどいよね」


 ライジードは、さっと足を止めた。そして物陰に隠れる。

 そこへライジードを呼びに来たレンダーと護衛隊長がやってきたので、黙って一緒に隠れるように合図した。


「だけど、ママの服、可愛いから好き」

「ねー。明日は青いのがいいな」

「パパの目とお揃いだね」

「パパもスカート穿いてくれるかなぁ」


 どうやら子供達は荷馬車の上でお喋りしているらしい。馬がいないところを見ると、きっとあの連れていた青年が馬を引き取りに行っているのだろう。


「早く出発したいな」

「ねー。ママを追い出した怖い人達、まだいるのかな」

「レイラママ、怖かったよね」

「怖かったよね」


 しゅんと悲しい声になる子供達だ。しかし、その名は・・・。


「ママ、大丈夫かな」

「あのお兄ちゃんが攫いに来ちゃったんだよね」

「そうだよね。ママ、攫われたら会えなくなっちゃうのかな」

「だけど、ママがケッコンしたら会いに行けばいいってパパ言ってた」


 レンダーは、ライジードから冷たい空気が発せられたのを感じた。


「ケッコンしたら、ママ、攫われちゃうんだよね」

「だけどあのお兄ちゃん、肩車してくれたよ?」

「だけど人攫いだよ」

「ママ、どうしてパパとケッコンしてくれないのかなぁ」


 更に子供達が悲しい声になる。

 そこへ、宿屋の人間と共に馬を連れたレスターが戻ってきた。


「大人しくしてたな? さ、あとは馬をつけたら出発だ」


 手際よく宿屋の人間が馬を荷馬車につけていく。


「それでは、お気をつけて」

「ああ。世話になった」


 そしてレスターは涙目になっている子供達に手を伸ばして問いかけた。


「どうした? 何かあったか?」

「パパぁ。早くここから行こう? 怖い人達、まだいるんでしょ?」

と、R02が自分も両手を伸ばして抱きつく。それを左手だけで抱え、レスターはよしよしと背中を軽くぽんぽん叩いた。


「ああ。そうだな。早く出発しよう。ほら、ベールがとれないように。せっかく可愛くしたんだ。な?」

「可愛い? イチゴ、可愛い?」

と、R03が首を傾げて問いかける。


「ああ、とっても可愛い。よく似合ってるよ。それもお揃いで作ってもらったんだろう?」

「あのね。レイラママがね、お洋服とおんなじ布で作ってくださいって、おねえちゃま達に頼んでくれたの」

「・・・本気で縫い物はドヘタクソなんだな、あいつ」


 恥ずかしそうに説明するR04に、レスターは遠慮のないコメントをした。

 そのセリフに、レンダーがライジードを見る。


「さ。街を出るまで中に入っていてもいいし、外を見たければ一緒に座って見ていてもいい。好きにしなさい、R達」

「私、パパの横がいいわ」

と、R01がさっさとその位置を確保する。


「怖いから、中がいい」

と、R04は荷馬車の中に行く。

「私も中がいい」

と、すぐにR03が続いた。


「大丈夫っ。パパと一緒にいたげるっ」

と、根拠のない自信たっぷりなのはR02だ。


「じゃあ、中から鍵もかけておいで、R03(アールスリー)、R04(アールフォー)」

「かけた」と、R04。

「大丈夫っ、ちゃんとしたっ」と、R03。


「R01(アールワン)とR02(アールツー)もちゃんとベルトをしておいで。じゃ、出発しようか」

「少し待ってくれないか?」


 そこで御者台にレスターが乗ろうとした時、ライジードの声がかけられた。

 

(うわ。・・・出た)


 レスターは、とても嫌そうな顔になった。


「何か?」

「すまないが、そこの子供さん達の話が聞こえて・・・。レイラママと呼んでいた女性について教えていただけないだろうか?」

「・・・・・・・・・」


 レスターはちょっと考え込んだ。

 どうせお前らが向かっている先にいるよと、そう言うべき場面だろうか、ここは?

 だが、思い起こせば・・・。レイラがこの王子の離宮を家出してきたのは、寄ってたかっていびられたからではなかったか? 

 黙りこむレスターに向かい、ライジードは近寄ると頭を下げた。


「紫の髪に灰色の瞳をした、レイラという娘を捜している。年齢は十五才。服などのデザインは得意だが、・・・縫い物は壊滅的にヘタクソだ」

「・・・・・・王子にヘタクソと言われるぐらいにヘタクソなのってどうよ」


 つい、レスターはぼやいた。身の回りのこと全てを誰かがしてくれる生活無能力者に、壊滅的にヘタクソと言われたら、女として終わりだろう。

 だが、そこでレンダーと護衛隊長、そして更に彼らを迎えに来ていた騎士が反応する。

 なぜなら、ライジードは王子だなどと身分を明らかにしていなかったからだ。


「なぜ、私が王子だと?」

「知られてないと思ってる方がおかしい。それより、・・・なんで今更、レイラのことなんて訊くんだ? それこそ、違う女を求めて出てきたんじゃないのか?」


 まあ、同一人物だが。

 そんなことを思いつつ、意地悪な質問をしたのは、・・・レイラにされたことの仕返しなのだろう。

 どんなに慰めてもやはり、・・・彼女が泣くのは辛かった。


「そ、それは・・・」

「何だ? お宅が望むのは、聖なる乙女とやらだろう? どこの生まれとも知れぬ、下賤の者とまで言いきったレイラに、今更なんの用事があると?」

「誰が下賤だっ!」


 ライジードが怒鳴りつける。


「口を慎めっ。あんな薄汚い奴らより、レイラの方がよほど上質な存在に決まってるだろうっ。お前に何が分かるっ」


 その様子を、レスターは冷徹に眺めていた。


「そうか? だが、現実にあいつはそう言われたんじゃないのか? そしてお宅はあいつを守れなかった。・・・そうだな?」


 口惜しそうに唇を歪め、ライジードが俯く。

 その背後にいたレンダーと騎士達を、レスターは冷たく見遣(みや)った。

 けれどもその姿に、レンダーは警戒心を発動させていた。


(殿下を王子と知っていて、しかもそれらの事情も知っていて、何より聖なる乙女とやらの極秘情報をもう手にいれているとは、・・・何者だっ!?)


 レスターはライジードに尋ねた。


「欲しいのは、レイラか? それとも聖なる乙女か? まずは自分でそれをはっきり決めろよ。どっちつかずだなんて、一番女に嫌われるパターンだ」

「レイラに決まってるだろう」


 間髪入れず、ライジードが答える。

 その言葉に、レンダーが慌てて反応した。


「ライ様っ」

「うるさいっ」


 ライジードはまっすぐレスターを見据えてくる。それは赤みを帯びた黒髪と、黒い瞳。


「利益があるから愛するわけじゃない。勿論、かの聖なる乙女も愛していないわけじゃない。だが、・・・私が守りきれなかったが為に去った彼女を、どうして手がかりがあると知って諦められる? レイラが手に入るなら、聖なる乙女を諦める覚悟はある」

「何てことをっ。・・・ライ様っ」


 レンダーの悲鳴のような声は、ライジードとレスターの耳には入らなかった。二人の視線が絡み合い、探り合う。

 ふうんと、レスターの口角が少し上がった。

 ならばいいだろう。何もない彼女を選ぶと言いきれるなら。


「レイラなら、テルノス城にいるよ。お前さんの目的地にな」

「えっ?」


 テルノス領の方面には向かっていたが、まだ自分が感じるのは方角であって、テルノス城を目指しているわけではない。

 だからライジードは戸惑う顔になった。


「聖なる乙女とやら、つまり、女神の恩寵をその身にまとう存在とやらは、レイラのことさ。だからレイラを失ったエスリーダ王国はどうなった? あいつを傷つけておいて、無傷でいられるとでも思ったか?」


 さあぁっと、レンダーの顔が青ざめる。


「だが、レイラの髪は紫で・・・」

「あいつは姿を変えられる」


 顔も違うと、狼狽えるライジードに向かい、あっさりとレスターは告げた。


「あいつに対して優しかったテルノス辺境伯と、お前さんは無事だろう。だが、・・・あいつの心を傷つけたままじゃ、いつまでたってもエスリーダ王国は沈むばかりだ。お前さんがさっさと国王になれば話も別だがね。ま、そこは覚悟しとくんだな」


 レスターが御者台に飛び乗る。


「出発するぞ、ちゃんと掴まっておけよ」

「「「「はーい」」」」


 明るいお返事が響き渡る。

 呆然としている彼らを置き去りに、その荷馬車は駆け出していった。


「ライジード様・・・」

「もう護衛などいらんっ。すぐに向かうっ」


 彼が何者かなど、もうどうでもいい。


(レイラ、やっとお前の手掛かりを掴んだ・・・っ)


 ただ、あの夢で見た大人しい女性と、レイラの性格とが今一つ噛み合わないのだが・・・。

 別人として生き直せば性格も変わるものだとライジードに分かる筈もないながら、それでも喜びがその胸を満たしていく。


「隊長っ、馬でいいっ。なるべく早く到着したいっ」

「ははっ」


 今回の護衛にあたっていた騎士達も、ライジードが寵愛していたレイラのことは知っている。まさかその彼女を追い出したことが原因で、このエスリーダ王国に何かと天災や不作が続いているとは思わなかったが、そうなると話は別である。

 すぐさま、王子だけでも早くテルノス城へと到着させるべく、王子と共に先行する騎士達を編成し直す。

 なぜならレイラであれば、あれ程にライジードと仲が良かったのだから。

 会わせてしまえばどうにでもなる筈だ。いや、何が何でも会わせなくてはならない。


「今すぐ、王宮に引き返し、このことを宰相閣下にお伝えせよっ」


 レンダーはさらさらと紙に、レスターから聞いた、レイラが聖なる乙女であるということ、エスリーダ王国を襲う天災は彼女を傷つけた神の怒りだということ、それらを書きつけ、そこにいた騎士に手渡した。


「かしこまりましたっ」


 そんな彼らの慌てぶりなど知ったことかと、さっさと反対方向へ出発したレスター達だったが、R達は大はしゃぎだ。


「パパ、かっこいー」と、尊敬の眼差しで見上げるのはR02だ。

「ママを苛めたんだから当然よ」と、R01がツンと澄ましてみせる。

「追いかけてこない? パパ、大丈夫?」と、不安そうなのは、R04。

「大丈夫っ。レスは無敵だもんっ」と、R03がR04を背後から抱きしめて笑う。


 レスターはレスターで、少し落ち込んでもいたのだが。


(敵に塩を送ってしまった・・・)


 だけど仕方がないのかもしれない。

 あの時、自分に抱きついてきた彼女を思い出せば。

 あの心に、いつまでも治らぬ傷を残したくなかったのだ。


(国王自らが謝罪するのか、それともお前に暴言を吐いた奴らが謝ってくるのか、それは知らんが、・・・お前の心に辛い思い出など、何一つ残さなくていい)


 いつだって笑っていてほしい。

 たとえその横に誰がいて、お前に微笑みかけるのだとしても。

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