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29 第一の求婚者

レイラ(リリエル):ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳。リリエルの姿を取る時には水色の髪に青い瞳。松岡美冴が新しい姿を持ち、ロキスとミザリーの娘として産まれた。その後、マイオスに拾われて、リリエルと名づけられる。


チェンジン国・リミダ村

 ザイ(ガンマ):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。リミダ村の村長及びピルッポの実質管理者。

 マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。妻はエイリーン(金髪に赤茶色の瞳)。リリエル(レイラ)を拾って育て、シアラ(水色の髪、水色の瞳)も引き取る。エイリーンとの間に長男ロッジ。

 ローリー:ザイの弟。

 クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。


アームル帝国

 ロムルス(イプシロン):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の皇太子兼ハイアレティ公爵家長男。

 ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。ギネス伯爵家の次女ジルドレア。エディナートとの結婚によりタイガルース侯爵夫人。


エスリーダ王国

 ライジード(アルファ):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。王太子。

 テルノス辺境伯:エスリーダ王国とリベラ神国との盟約をも履行している領主。

 レンダー:宰相がライジードに付けた懐刀。水色の瞳。甘いもの好き。


リベラ神国。豊穣と繁栄を司るリベラ女神を国全体が祀っている。

 ファルード(デルタ):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。神官。ナリス王国リーング出身。

 イディラート:ルーセット神殿の神官長。ファルードの養父。焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。


塔

No.2猫の塔:主はシルヴィア。蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。跡継ぎはシュバルト。

 R01:金の髪、レイラと同じ灰色の瞳。おしゃれが大好き、女の子らしくありたいと努力する子。

 R02:赤の髪、レイラと同じ灰色の瞳。体を動かすのが大好き。高い物を見ると登りたくなる子

 R03:茶の髪、レイラと同じ灰色の瞳。夢見がち。周囲や皆の様子を見て、バランスをとる子。

 R04:橙の髪、レイラと同じ灰色の瞳。怖がりで大人しい。常に遠慮がちな子。

No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター(ベータ・金髪、青い瞳)。

No.5思索の塔:白髪の老爺。

 迅速さをザイは重要視している。

 けれども目的地に近づけば近づく程、心が減速していく事態を気づかずにはいられなかった。

 それどころか、目的の街に着いた途端、本気で頭を壁にガンガンとぶつけたくなったぐらいだ。


(何で、またココなんだよ。これは俺に対する挑戦状か? 挑戦状なのか?)


 いや、分かってた。途中から分かっていたとも。

 その街が目的地だということなど。

 忘れたくても忘れられない街だったのだから。


(呪いか? 俺は呪われてんのか? やっぱり彼女を苛めてしまった呪いなのか? だって同じ顔だったんだ、しょうがねえだろうっ)


 通常では倹約を重んじても、必要とあればザイは金をケチらない。

 だから馬が疲れたら新しい馬と交換することを繰り返し、自分自身はほとんど休憩をとらずに逸る心のまま駆けてきたのだ。

 かなりのハイスピードで、彼はテルノス領へ到着していた。

 だが、そこからザイの苦悩が始まったのだ。


(ああ、せめて隣町でいい。少しでも離れていてほしかったってのに。・・・何でこの中から、彼女の気配を感じるんだよ)


 そう。そこはテルノス城だった。

 ザイにとって初恋の少女。彼が誰よりも大事にしていたリリエル。その彼女が、城主の跡継ぎの後妻となって暮らしている場所である。


(何でなんだよ、おい。そりゃ苛めたよ、苛めちゃったよ。だけど、その後はちゃんと・・・してなかったかもしれねえが、ひどいこたしてねえだろっ? それなのに、何でこんなんなんだよ)


 乗り込む勇気? そんなもの、あるわけがない。ここで他の男に微笑んでいるリリエルを見た日には耐えられないに決まっている。いや、彼女を殺して自分も死ぬかもしれない。

 だからザイは、夢で見た女はきっと城に勤めているのだろうと思うことにして、まずは昼まで待った。そう、通いでやってきている使用人が、昼食をとりに家へと帰る時刻まで。

 だが、彼女は城の中から動かない。彼女の気配をずっと城から感じるのに。そうなると、城に住み込みで働ける程の高位の侍女なのか。それともここの城主の身内なのか。


(どうも城の様子そのものが慌ただしいような気がすんだよな。仕方ない。情報を探るか)


 それは自分でも言い訳だと分かっていた。ザイとて、すごすごと尻尾を巻いて逃げを打つことはある。だが、それは仕方ないだろう。

 誰だって好きになって、誰よりも傍にいて、当たり前のように結婚を考えていた相手がいたとして、彼女が勝手に他の男と結婚してしまった場合、その彼女の目前で他の女に迫れるものだろうか。

 勿論、自分を振った女への意趣返しにそういうことを目論む男もいるだろう。だが、ザイはそうしないとプライドを保てない程、自分に自信がないタイプではなかった。男女問わずに言えることだが、たとえ本命に振られても本質的に恋人に不自由しない人間は、自分を振った相手にそこまで執念深い思いを抱く必要はない。

 ザイが荒れていたのは、それだけリリエルを大事にしていたからであって、だからといって彼女を傷つけたいなどと思う程、もてない人生を送ってはいなかった。

 どちらかというと、ザイ自身が女に刺されても仕方ない人生である。


(考えてみりゃ、小間使いなんてやってたりするよりも、城主の家族って感じだよな。大体、あそこまで大がかりなことをされておいて、一般人なんてあり得ねえよな。やっぱりお貴族様の身内って方がしっくりくるよな)


 そんなザイの推測は外れていて、肝心の本人は一般人としてリミダ村で育っている。

 そうとは知らぬザイは、この城下町で一番良さそうな宿屋に泊まろうと考えた。情報源のクラスを間違えない為だ。大事なのは確実な情報だ。一番良い宿ということは、その城に関係するそれなりの人が泊まるということだ。

 いささか出費にはなるが、既にピルッポの街を掌握しているザイは、そういう時は必要経費だと割り切る経済感覚を持ち合わせていた。

 だから城にも程近く、それなりに落ち着いた門構えの宿屋に行ってみる。

 旅してきたばかりとあって埃っぽいものの、若いのに落ち着きあるザイの様子に、宿屋の主人もなるほどと感じるものがあった。

 宿代を尋ね、その時に設備と備品、食事内容、馬の世話の有無をも訊いてくるザイの様子は、かなりしっかりと値踏みして判断する知性を、主人に感じさせた。地に足をつけて生きている人間ならではの振る舞いだ。


「では、まず二泊ほど頼む。もしかしたら延びるかもしれないが」

「かしこまりました」


 言われるままに出すのではなく、代価に見合うものを対等に求める。そういう人間だと、主人は判断した。

 こういう客は大事にしておいた方がいい。何故なら、そういう人間の評価を、他の人も重んじるからだ。


「まずは埃を落としたい。それから、食堂は何時から開く?」

「入浴はすぐ出来るようになっております。食堂は、本来はもう少し後からなのですが、今日は可愛いお客様がいらっしゃいますので、一日中開いております。ただ、お食事がすぐに出せるとは限りませんが」

「可愛い客?」

「はい。お子様連れのお客様がいらっしゃいまして、可愛い女の子達ですので食堂で預からせていただいております」

「へえ。そんなサービスもしてるのか? 子守りまで?」

「あ、いえいえ。そういうわけではございません」


 宿屋の主人は手を振って、困った様子で笑いながらも、それでも楽しそうに告げた。


「本来はしておりませんが、大切なお客様ですので。とても可愛らしいお子様達ですが、お客様、子供はお嫌いでしたか? それでしたら他の部屋で食事がとれるように取り計らいます」

「いや。全然気にしない。元々、子供の世話は慣れてる。・・・変なガラの悪い男達よりずっとマシってものだ」


 ザイはそう告げた。本当は酒の入った男達の方がよほど情報を集められる。だが、この宿屋が特別な客だという子供連れ。

 それは城の高官やこの街にやってくる豪商、そんな彼らの身内ということではないのか? 


(ちょうどいい。子供連れなら、両親もいるだろう。「可愛いお子さんですね」とでも声をかけて、親と仲良くなるか。城主の家族構成も詳しいかもしれん)


 夢の女。

 彼女がこの城に暮らしているならば、あれ程の美貌だ。城に出入りしている者なら誰もが知っているに違いない。

 そんなことを考え、手早く全身を綺麗に洗ってそれなりに上質な服に着替えると、ザイは食堂へ向かった。




 疲れきって宿屋に戻ってきたレスターは、かなり嫌気がさしていた。


(子供なんて砂遊びで十分だろう。人形だって一つあれば十分だろう。なんであんなに人形やらぬいぐるみやらオモチャの剣やら盾やらがあるんだ?)


 しかもどう見てもただのガラクタなのに、子供達の字で、「宝物箱」と書かれた箱に入っているのだ。ならば捨てるわけにもいくまい。だから丁寧に壊れないよう荷造りすれば余計に時間がかかり、・・・夕方になっても終わらなかったものの、子供達にご飯を食べさせなくてはと思って、レスターは戻ってきたのだった。

 尚、現在のテルノス城は、食事に関しても特別システムとなっている。大皿にそれぞれの料理をででんと並べておいて、各自、勝手にそれをとって食べてくれというスタイルだ。

 そこは辺境伯夫妻もこの地に生きる人間である。通常は銀のカトラリーを使って給仕をしてもらいながら優雅に食事をするというのに、きびきびと先頭に立って、各自の皿は一枚、バイキング形式で食べるというそれを、平然と受け入れていた。

 レスターも勧められたが、子供達が不安がるからと断り、戻ってきたのだ。


「お帰りなさいませ」

「ああ。子供達は? 迷惑をかけなかったか?」

「全くもってそんなことはございません。食堂で姫様方は大人しく遊んでいらっしゃいました」

「そうか。すまない」


 よろよろと食堂に行けば、子供達は、・・・・・・若い黒髪の男に遊んでもらっていた。


「あ、パパだ」と、真っ先にレスターを見つけたのはR03(アールスリー)だ。

「パパぁ」と、R01が駆け寄ってくる。

 そこは無言でてくてくと近寄ってくると、きゅっとレスターの上着を掴んだのはR04。

 そしてR02は、その見知らぬ若い男に肩車状態で座りながら、「よぉっ!」と、挨拶してみせた。


「その『よぉっ』はやめなさい。女の子がそういう言葉づかいをしちゃいけません」

「えー。みんなは喜んでくれたのにぃ」


 たとえターバンとバタフライマスクをしていても、レスターには違いが分かるR達。だが、まさかこの宿屋の使用人ではない男に遊んでもらっていたとはと、レスターは一気に脱力した。


「申し訳ない。この宿にお泊まりの方だろうか? うちの子達がご迷惑をおかけしたようで・・・。ほら、降りなさい。いつまでもひと様の肩に乗っているものじゃありません」


 インコ達が攻撃していない以上、食堂からは連れ出さなかったのだろうが、見れば分かるものがある。

 若いがかなりシャープな顔つきの、水も滴るような色男だ。


(へえ、黒髪に黒い目、ね。・・・ムカつく。いや、それは私情だろ。アホか、俺は)


 どちらかというと、こんなところで健全に子供を肩車しているよりも、女とどこかにしけこんでいる方が似合う。


「いや、全くかまいませんよ。うちの弟に比べたら、まだ肩の上で宙返りに挑戦しないだけ大人しいものです。ちょうど一人で泊まっていたら可愛らしい子供達が食堂で遊んでいたので、混ぜてもらっていたところです。・・・若いお父さんでいらっしゃる」


 互いに見知らぬ男同士。警戒はするが、初(しょ)っ端(ぱな)は礼儀正しく挨拶する。それが基本だ。

 さすがに食事なり酒なりは奢るべきだろうと判断し、レスターはその男の向かいに座った。


「・・・まあ、引率役ってところで」


 レスターもまたターバンを巻いてバタフライマスクをつけている上、目の部分にはダークグラスが嵌めこまれている。だから年は分かりにくいだろうに、その男はニヤリと笑ってみせた。


「だよな。どう見ても若すぎるっつーか、いくら何でも無理だろ。いや、女がそれなりに年上ならいけるのか? だとしたらすげえじぇねえか。で、幾つでやったよ」

「どんな青すぎる性だっつーの。それでいくと、女に子供を押しつけられて逃げられたっつーパターンじゃねえか、俺」


 一気に相手が砕けてきたものだから、レスターもそれに合わせる。

 互いに、声の調子で若いと判断したこともあった。出先でトラブルを避ける為、体裁を整えることもできるが、そもそも二人とも保護すべき子供がいなければ、まだまだ若僧とされる年でもあるのだ。

 R02に対抗したのか、レスターにはR03がよじ登ってきたものだから、それを片手で支えて肩車しつつ、自分の両横にはR01とR04を座らせた。


「パパ、逃げられたの?」と、横からR04(アールフォー)が見上げてくる。

「違うよ。パパが逃げたって、ママ言ってたもん」と、R03。

「パパは責任取らずに逃げたんだよね」と、R02。

「そうね。パパはママを捨てて逃げたって、ママ言ってたわ」と、R01(アールワン)。

「・・・・・・」


 たしかに今日のR達の引き取りは、レイラからみれば「逃げた」としか言いようがないものだっただろう。ついでに、城の侍女達に囲まれていたR達だ。子供には理解できない話を立ち聞きし、子供達なりに考えて話を繋ぎ合わせて、分かった気になっていることもあっただろう。

 しかし、目の前にいる男とは、そういう話をしているのではなく・・・・・・。

 ああ、どうして子供は大人の会話にわけが分からないのに参加したがる生き物なんだろうと、レスターは天井を仰いだ。


「へえ。そりゃまたひでえ男だ」

と、向かいに座る男がにやにやと笑ったものだから、レスターは額を抱えつつ、

「誤解を招く発言は控えなさい、R達」

と、言うしかなかった。

 そうして給仕の女性に、

「すまないが、大人二人と子供四人、適当な食事を見繕って持ってきてくれないか?」

と、注文する。


「かしこまりました。姫様方には食後に特別可愛い、甘ぁいお菓子も用意してありますわ。楽しみにしていてくださいね」

「気を遣わせてすまない。・・・ほら、お姉さんにお礼を言いなさい」


 子供達も、

「ほんと?」「甘いの? 何かなぁ」「先に食べちゃ駄目?」「ありがとう、おねえちゃま」

などと、目を輝かせる。


「甘いものを先に食べると、ご飯が入らなくなるだろ。ちゃんとご飯を食べてからにしなさい」


 レスターは子供達に注意すると、それから向き直り、

「子供達がご迷惑をおかけした。せめて食事はこちらに持たせてくれ」

と、軽く頭を下げた。すると男は、

「義理堅いことだ」

と、面白そうに笑う。


(へえ。なかなか人好きのする男だな)


 そんなことをレスターは思う。ただ、こんな辺境でこんな宿に泊まるにしてはいささか毛色が違う気もした。


「食事を奢ってもらえるのは、それはそれで有り難いんだけどよ。有り難いんだが、・・・あんた、ナニモン?」

「そういうあんたがナニモンだよ」


 所詮、くだけてしまえばそんなものである。

 フィーリング的に、彼らは本来ならこんな宿屋に泊まらなくてもいいという、そんな同類ならではの嗅覚が働いていた。

 すると男は躊躇いながら、口を開いた。


「いやな。この嬢ちゃん達、城の姫様とか呼ばれてた子達だろ。なのに、どうしてあんたみたいな怪しげな奴をパパって呼んでんのかなぁって、・・・思うよな、普通?」

「怪しげで悪かったな。別にいいじゃないか。呼びたきゃ呼んでも」


 答えになっていなかったが、レスターはそう切り捨ててみせた。

 自分をパパと呼ぶ理由? そんなの、分かっている。

 本当の親がいないからだ。だからR達はそう呼んでみたかったのだ。


(しょうがねえだろう。こいつらには、父親も母親もいないんだから)


 子供にとって親というのは特別な存在だ。知らなければそういうものだと思えていたのだろうが、知ってしまったら欲しがる気持ちも分からないわけではない。

 だから、レスターも本気で止めなかった。おかげでパパ呼びが定着している。

 それもそれで困っている。しかし、どうすればいいのかが分からない。その内、親離れしたくなる日もくるだろう。そう思うしかないと、諦めてもいた。

 ブツブツ文句は言っていても、R達には甘いレスターなのである。


「そりゃそうだ。・・・ただ、確認したくてな。つまりこの子達は、パパ、ママって呼んでる相手とは、血の繋がりはねえってことだな?」


 レスターは不審そうに見返した。R達がママと呼んでいるレイラはこの場にいない。

 だからママと呼んでいるレイラが年齢的に産める筈がないと気づかれることはない。そして、もしもレイラを見知っているとしたら、こんなにも顔がそっくりなレイラとR達に血の繋がりがないなどと思う馬鹿はいないのである。


(こいつ、・・・何を寝言ぬかしてんだ?)


 だが、男もそこで引くつもりはないらしい。

 そりゃそうである。ザイにしてみれば、リリエルがこの子達と血の繋がりはないことは知っている。リミダ村にいた間、彼女が出産しないとおかしい計算になるからだ。

 しかも、この宿屋で四人を見て、驚いて宿屋の主人に確認したら、

「城の預かりになっている大事な姫様方」

と言うではないか。なら、城の跡継ぎの子供ではなくなってしまう。となると、もしやリリエルは違う男と結婚していたのかと、その父親もいずれ帰ってくるというので、子供達の遊び相手をしながら待っていたのである。

 けれども、パパと呼ぶ相手すら若すぎるではないか。ならば・・・・・・。


(俺は、凄まじい勘違いをしていたのか?)


 ザイにしてみれば、余裕をかましているようでいて、実はかなり頭が混乱していたのだ。

 そう、まさに頭をガンガン殴られてわけが分からなくなっているような事態である。

 そうなると、リリエルが城主の跡取り息子の後妻になったというのも、勘違いの可能性が出てくる。

 平然として見せかけていたが、今のザイは、勝手にリリエルの愛を疑って決めつけて、そして他の女に転んだ最悪な状態だと、自分なりに認識していた。


「お前さん、・・・ああ、ちょっと待て」


 まだ料理が来ていないのを幸い、レスターはカードを並べだす。幾つかをさっさとめくり、その上で位置を変えてめくり続けて、・・・それからレスターはカードを仕舞った。

 正直、こんなにも疲れているというのに、目の前にはもっと疲れる事案が座っている。本気でレスターは、即座に塔へ帰りたくなった。


(あまりにも到着が早すぎねえか? 他の奴らはまだ辿りつけてねえってのに)


 だが、それだけの行動力があるということだ。


「占い師だったのか、あんた?」


 それならこの怪しげな風体も納得だと、ザイが問うと、レスターは疲れたように答えた。


「まあな。・・・あんたが、レイラの幼馴染か。リミダ村のザイ、だな」

「・・・レイラ?」


 聞き覚えのない名前に、ザイは右眉を上げて問い返した。しかし、なぜ自分の名をこの男が当てられたのか。占いなどで、そんなことまで読み取れる筈もなかろうに。


「ママの名前だよっ」

と、ザイの肩に座っているR02(アールツー)が答える。


「その肩から降りなさい、R02。その人は、レイラを攫っていこうとしている恐ろしい人なんだよ」

「ええっ!? 人攫いなのっ!」


 うぎゃっと、慌ててR02がザイの上から逃げようとする。


「うわっ、いきなり暴れ出すなっ。降りたいなら降ろしてやるからっ。こらっ、落っこちたら危ねえだろっ」


 わたわたとするR02をザイがどうにか床に降ろすと、R02はどびゅんっとレスターに駆け寄ってその膝に抱きついた。


「パパぁ、怖かったよう」

「あー、よしよし。怖かったな。いいか、お菓子もらってもあんなのに近づくんじゃないぞ」

「・・・おい。人を勝手に人攫い認定すんじゃねえ」


 不貞腐(ふてくさ)れたかのようにザイが言う。遊んでやっていた間はあんなにも懐いていたくせに、今は四人がひしっとレスターにしがみついてザイを怖そうに見ているのだ。傷つくではないか。

 これでもリリエルを始めとして、女に嫌われることのない人生を送ってきたというのに。大体、どうしてこんな子供を自分が攫わなくてはならないというのだ。


「じゃあ、レイラのことはどうでもいいと?」

「そのレイラってのを知らんのだが」


 だが、もうザイは悟っていた。それはリリエルのことだと。

 果たして、レスターはなげやりに言う。


「お前さんの幼馴染のことさ。レイラは本当の両親が名付けた名前だ」

「なるほど。で、なんでお前さんのそのお子さん達は、あいつをママって呼んでんだ?」

「ママが欲しかったからだ」


 顔が一緒だからなどと、そんな理由をレスターは言うつもりはなかった。言ったら面倒なことになる。

 だが、そこでザイは少し考えた様子だった。


(どう見ても若すぎて、あり得ない父親。そして母親ではあり得ないリリエル。・・・この子達もそうか。リリエルと同じか。親がいないんだな)


 R達に親がいないのはザイでは思いつく筈もない理由だったが、さほど的外れでもない結論だった。

 二親を亡くした子供達は、せめて優しい青年と娘をそう呼ぶことで家族になりたかったのだろうと、血の繋がらないマイオスを父として甘え、マイオスとエイリーンを第二の両親として慕っていたシアラのことを、ザイは思い返す。


(そうなると子供達にゃ無神経なことを言っちまったな。親じゃないと分かっていても、それを指摘されるのは辛いだろうに)


 そして静かに言った。


「悪かった。食事を奢ってもらえるなら、こちらは酒を奢らせてもらおう。・・・お嬢さん達は果汁でいいかな?」


 しかし、人攫いだと思っている男に問われても、子供達はぷるぷると震えるばかりだ。レスターにぎゅっと顔を埋めて返事などするものではない。

 さすがに脅かしすぎたかと思って、レスターが頷いた。


「ああ。この子達には男ってのはすべからく人攫いだって教えてるんでな。どうせレイラを盗みに来たのには変わりねえんだから、お宅が人攫いってのは間違いないだろ」

「・・・まあ、それもそうか」


 いや、自分が攫いに来たのは夢の女なのだが。

 しかし、リリエルが別に城の跡継ぎの後妻になっていないなら、自分はリリエルでいいわけで・・・。

 かなり考え込まざるを得ないザイだ。


(俺、・・・二股状態じゃねえか)


 色違いで同じ顔。違う性格。しかし、どちらの女も愛している場合、人はどうするものなのか。

 とりあえず、子供達に対してザイは、

「ママは攫っても、お嬢さん達は攫わないから安心しな。な? ほら、仲直りの握手をしよう?」

と、声をかける。


「うちの子達は、おさわりも厳禁なんだ」


 だが、R達の顔を見たらこいつもどう出るかなんて分からないと思っているレスターは、にっこりとその手を叩き落とした。




 思い悩み、あまり寝つきの良くないまま目覚めたザイは、食堂に向かう途中で、朝から二人で一つのトレイを運んでいる、バタフライマスクをつけた、赤い髪と橙色の髪をした二人の子供達を見つけた。

 ターバンは巻いていないが、肩に一羽ずつインコが乗っている。

 子供達が、やると言い張ったからなのだろう。宿屋の使用人がはらはらとした様子で、零さないように、怪我しないようにと、その様子を見守りながら、自分もトレイを持ってついていっていた。


「おはよう、お嬢さん達。どうした、パパは?」

「あっ、人攫いだっ」と、R2が叫ぶ。

「・・・人攫いとは、お話ししちゃ駄目って」と、R04。


 使用人の冷たい視線を感じながら、ザイは口を開いた。


「お前さん達のパパは、男なら全て人攫いだと教え込んでやがるからな。・・・別に昨日も攫わなかったし、今日だって何にもしてないだろうが。ほら、危ないから貸しな。いい女ってのは、幾つであろうと、男に奉仕させるもんさ」


 ひょいっと子供達からトレイを取り上げると、ザイは使用人の女性に声をかける。


「これ、どこに運べばいいんだ? あの親バカな男が子供に飯を運ばせるぐらいだ。体調でも崩したか?」

「あ、いいえ。・・・今日は姫様がお二人だけで食堂にいらしたのですが、・・・お客様ともう二人の姫様達はまだお休み中だとかで」

「ああ、なるほどな。パパ達がお寝坊だから、運んで行ってやろうとしたのか。優しい子達じゃないか」


 片手でトレイを持ったザイは、片方の手でR2とR4の頭を撫でてやる。

 

「ほら。お嬢さん達。パパの所へ案内してくれ。それなら安心だろう?」


 そうして案内された部屋にザイが入ると、レスターは子供達二人と同じ寝台でぐっすりと眠っているらしく、掛け布団をかぶったまま、動く様子もない。

 ザイがトレイをテーブルに置けば、使用人の女性が自分も運んできたトレイに載っていた朝食を綺麗にセットしていく。


「パパぁ。ご飯、持ってきた」

と、R02が声をかけると、動きもせず、

「あー、ありがとうな。・・・なら、お前達が食べなさい。というか、寝かせてくれ。どうしてお前達は次から次へと人を蹴飛ばすわ、布団から落ちようとするわ、それでいて一人で寝ようとしないんだ」

と、恨めしそうな声が布団の中から響いてくる。

 久しぶりにレスターと一緒に眠れるというので、はしゃいだ子供達はなかなか眠ろうとせず、疲れきっていたレスターは更に散々な目に遭っていた。

 そんな会話が聞こえたのか、一緒の布団に埋もれていた金髪と茶色い髪がもぞもぞと動く。


「朝ぁ?」

「朝ごはんー?」

「おはようございます、旦那様、姫様方。お食事はこちらに置いてありますので、ゆっくりお召し上がりくださいませ。それでは失礼いたします」

「え? ああ、すまない」


 そう声をかけて、使用人は出て行った。部屋に漂う、香ばしい香りで子供達は完全に目が覚めたらしい。


「朝ごはんだっ」

と、R03が布団から飛び出してくる。目を擦(こす)り擦り、R01も布団から這い出てきた。


(えっ? リリエルっ?)


 まさに色が違うだけで、リリエルそっくりな顔に、ザイの顎が落っこちそうになる。


「あっ、人攫いのお兄ちゃんだっ」

と、茶色い髪をしたR03が、ザイに気づいて叫ぶ。

 その言葉に反応したらしく、レスターが起き上がったが、ザイを認めて、・・・とてもとても大きな溜め息をついた。


「おはようさん。で、どうして人の顔を見て、そこまで溜め息をつくんだ」

「朝っぱらから男の顔を見て喜ぶ男がいるのかと、そう尋ねていいか? ・・・おはよう」

「それもそうだ」


 そう答えながら、ザイはまじまじと眠そうなレスターを見る。


(なんつーのか、かなり派手な男だな。わざわざマスクしなくてもこのツラだけで客なら、・・・ああ、そうか。面倒臭いから隠してるクチか)


 レスターは、テーブルの上にある食事ととっくに着替えているR02とR04、それからザイの顔を見て、状況を把握したらしい。


「お前さん、子供の面倒みるのが趣味かよ。放っときゃいいものを」

「いつトレイの中身をぶちまけるかと、ハラハラしてるよりマシだろ」


 その返事に、レスターは意外だなと感じる。ガンマ(ザイ)が、デルタ(ファルード)を始めとして人に絡んでいたのはつい先日のことだ。

 あのガラの悪い男にしては・・・。いや、だが、考えてみればこの男はレイラの傍にずっといたのだ。そりゃ女の子の相手は手慣れたもんだろう。


「ああ、すまねえな。飯、食ったのか? 食ってないなら、ついでにどうだ?」

「・・・食堂に行く所だったが、たしかに多すぎるな。なら、遠慮なく」


 三人分にしては多すぎる量だったので、ザイも頷く。

 テーブルを挟んで、三人掛けのソファが向かい合わせに置かれていた為、ザイは一緒にいたR02とR04を両脇に置いて、片方の真ん中に座った。

 何度も何度も欠伸しながら、レスターも寝間着姿のR01とR03をもう片方のソファに座らせ、自分もその真ん中に座る。


「R02とR04はもう食べたのかい?」

「そうなのっ。ヨーグルトもね、沢山フルーツ入れてもらったっ」

と、R02が手を挙げる。

「そうか。良かったな。果物を沢山食べると、美人さんになるんだぞ」

「もう食べたの。お姉ちゃんがね、沢山食べなさいねって、お腹いっぱいなの」

と、R04が笑う。

「そりゃ偉い。ちゃんと沢山食べてすくすく大きくならなきゃな」


 そんなレスターはどう見ても父親だなと、ザイは思う。


「着替えねえのか?」

「食ったらまた寝るからいい。大体、一人が寝たと思ったらもう一人が夜泣きするわ、一人が布団を独り占めしたかと思えば、今度の一人がパンチと蹴りをかましてくるわ、・・・ほとんど寝てねえ」

「・・・大変だったな」


 子供達がねだるので、寝つくまで頭を撫でてやり、キスしてやって、更に寝台から落ちないようにと自分が端っこで寝ていれば、それを乗り越えて転がって行こうとするのである。

 さすがのレスターもへとへとだ。

 久しぶりにレスターと一緒だった子供達は、自分が一番とばかりにレスターにくっついて離れなかった。実は明るく振る舞っていても寂しい思いをさせていたのかと、反省してしまえば余計にレスターも子供達が満足するまで優しい言葉をかけてしまう。そしてずっと髪を撫でていたら、・・・我慢していた思いが溢れてしまったのか、子供達は泣き始めるし、上に乗っかって甘えてくるし、その姿勢で寝てしまうし、きちんと寝かしつけたら「行かないで」と、起きだしてくるし。

 おかげで、しばらくはずっと傍にいる約束をさせられてしまった。きっと猫の塔にはまたもや爆笑されるに違いない。


(もう顔を見られたんなら仕方ない。それより他の奴らに言わないよう、口止めしとかなきゃな)


 子供達にはホットミルクを注いでやり、ザイと自分にはコーヒーを淹れると、レスターはそれを差し出した。


「で? 今日、城に行くのか?」

「ああ。・・・だが、リリエル、いや、レイラは城で何の仕事をしてるんだ? 裏口から訪ねていくつもりだが、やはりいきなり行っても迷惑だしな」


 ザイも考え込むしかなかったのだ。城で働いている時に、男が急に訪ねてきたら、使用人の癖に堂々と逢引きしているとはと、叱責されかねない。

 子供達のパンにジャムを塗ってやりながら、それを渡して食べさせると、レスターは自分のパンにはバターを塗って食べ始めた。ザイもパンを千切りながら、スクランブルエッグを口に運んでいる。


「別に、今、城で一番暇だろうさ。裏口から行ったら追い返されるのがオチだぞ。堂々と正門から行け。少なくとも正門から入ってもこれないような奴に、レイラへの面会を取り次ごうとする門番と侍女はいねえ」

「は?」


 常識的に、正門から入っていくのは、正式な訪問だけだ。城で働いている小間使いに会いに行くなら、裏門でなければおかしい。


「リ・・・レイラは、城で何の仕事をしてるんだ?」

「いるのがお仕事なんじゃないか?」


 レイラをR達と一緒に預けた張本人であるレスターは、そうぬけぬけと言ってみせた。

 

「何と言っても、かつてはエスリーダ王宮で王子様のお気に入りだった娘だ。そりゃ妃も夢じゃないとなれば、テルノス城だって丁重に扱うさ」

「・・・・・・」


 ザイの顔が、一気に白くなる。

 やはりリリエルはと、拳を握りしめた。


(いや。それでもいい。たとえ王子に弄ばれて捨てられたのだとしても、・・・それはリリエルのせいじゃない。あの顔だ、目をつけられて手を出されることは考えられた)


 だが、リリエルは・・・。

 いや、王宮からこんなにも離れた場所に追いやられても、まだそんな薄情な王子のことを想っているというわけがない。それどころか、捨てられた女として肩身が狭い思いをしているだろうに。


(連れて帰ろう。・・・リリエル。お前をもう二度と離さない)


 そんなザイの様子を、レスターはゆで卵を口に放り込みながら観察していた。


(どうしたもんかね。俺としてはイプシロン(ロムルス)が一番マトモっぽく思えていたが、こいつも面倒見はいいし、R02とR04にはちゃんと放っているわけじゃないと、たまに頭を撫でてやってるし、性格は悪くない感じなんだよな)


 ただ、じゃあ、あの態度は何だったのか。

 単に子供の前では取り繕っているだけなのか。


「なあ。あんた、王様とか貴族様って嫌いなわけ? 普通、自分の幼馴染が王子様のお気に入りだったなんて聞いたら、喜ぶもんじゃないのか?」

「生憎、身分さえありゃどんな非道も許されるって思ってる奴らを好きになれる感性の持ち合わせはねえよ」

「・・・ふうん。非道、ねぇ」


 非道、か。物騒だが、それは殺されたという意味か。

 ならば納得できる話でもあった。


「お前さん、神の教えとかってのはどう思うよ」

「別に。神様を信じるのはいいと思うね。だが、・・・神様を出してくりゃ何をしても許されるって思ってる奴らは、さっさと滅びりゃいいと思うよ」

「・・・・・・」


 なるほどと、レスターは思った。


「それより、・・・そこの二人、リリ・・・レイラにそっくりなのは何故なんだ? レイラに妹がいたのか?」

「まあ、そんなところだな」

「だが、・・・マイオスさんは、レイラの両親は殺されていたと」


 混乱しているザイだったが、そうと見てとり、レスターは恥ずかしげもなく大嘘をかました。


「その親には妹がいてな、よく似た姉妹だったんだ。その妹が産んだ四つ子がこの子達さ。ただ、産後の肥立ちが悪くて亡くなったのを、縁があって俺が引き取った。けど、レイラとてあの顔でいろんな奴に目をつけられた。この子達にも同じような目には遭ってほしくない。子供達もレイラに懐いていたが、・・・他にも同じ顔をした子がいるだなんてのは、言ってほしくないところなんだがな?」


 その本気の声音に、ザイはハムを突き刺していたフォークを止めた。

 そして、しばし考える。


「別に言わねえよ。もう、弱い女の子が翻弄されるのを見るのはうんざりだ」


 それは本当の気持ちだった。

 ザイは気を落ち着かせるようにカップに入ったスープを飲み干すと、R02とR04の頭を撫でながら言い聞かせる。


「お嬢さん達のパパが口うるさい間に、ちゃんと守られとけよ? 変な奴に利用されないように。可愛くても弱い子ってのは、どうしてもいいようにされちゃうからな」

「弱い子? 私、弱い子なの?」

と、R02が唇を尖らせた。

「パパ、口うるさいんだ?」

と、R04もガーンとしている様子である。


「いいんだ。それで。・・・取り返しのつかない別れが来ないよう、お嬢さん達はパパにくっついておいで」


 何かを思い返すように、ザイは二人の頭を撫でた。すると、レスターの横で食べていたR01とR03が寂しげに見上げてくるので、レスターも二人の額にキスしてやる。


(何だ、思ったよりもいい奴じゃないか)


 カードで様々な情報に触れていたとはいえ、レスターとて他の候補者とそこまで接触したことがあるわけではない。

 リーングの街では、自分が助けたというのに、レイラはそのままロムルスへと駆けていき、そしてロムルスは当惑していたのを眺めていただけだ。

 このテルノス城では、カードに導かれるまま植木を見ていたら出てきたレイラに頭突きをかまされ、更にそこへレイラと二人でいたというので、ライジードに不機嫌オーラをぶちまけられた。


(そういや、俺ってあいつに頭突きしかかまされてねえ気がする。いいけどよ、別に)


 だが、あの、お前はナニ様だ王子より、こいつの方がよほどいい男じゃないのか。

 子供達の面倒をみてくれていたことにより、レスターの中でザイのイメージはかなり上向いていた。

 しかも貴族であれ、神官であれ、たしかに腐敗しきった奴というのはとんでもないことをやらかすものだ。

 それ以上はほじくるべきではないと判断し、レスターは話題を変える。


「別にあんたさ、真正面から名前を名乗っていっても問題ないよ。ちゃんと会わせてくれるから」

「だがなぁ」


 ザイはそれを信じきれないらしく、猜疑心に満ちた瞳を向けてくる。


(いいや。どうせ後の荷物は、ほとんどガラクタだ。処分してもらえばいい)


 ほとんどの荷物は既に積んである。大したものは残っていない。

 ザイはさっさと城に行けばいい。

 けれども自分はすぐにテルノスを出立しよう。

 

(分かっていても、見たくないんだ)


 お前が違う男を選ぶ姿を。

 お前が違う男に愛を告げる姿を。

 お前が違う男と寄り添って生きる姿を。


 お前を、・・・愛しているから。


「気後れするってんなら、ちょうど城に届けてもらいたい手紙がある。領主夫人宛てだが、そのついでにレイラに会えばいいさ」


 そう言って、レスターはさらさらと、テルノス辺境伯夫人に宛てて、この手紙を持参した男が第一の求婚者であること、自分はもう出発するので後の荷物は処分しておいてほしいこと、そして後日改めて子供達が世話になった礼をしにくると、認(したた)める。

 そして封をし、そこへ塔のマークを付ける。


「ほらよ。これを持って行けば、正門もフリーパスだ」

「何でお前がそんなのを・・・」


 レイラが知らなかったように、さすがのザイも塔のことなど知らない。

 そのマークの意味も、分かる筈がなかった。


「俺は、誰もが認める有能な占い師なのさ。ファンも色々な所にいる」

「あ、ありがとう」


 未だに夢の女とリリエルとの間で迷いがあるザイは、そのレスターの翳りを帯びた瞳に気づく余裕はなかった。

 考えてみれば、この男が連れているこの子達は姫と呼ばれていたし、この男もこんな高い宿に泊まっているわけだし、怪しげな占い師だが自分の素性を一発で当ててみせたのだし、たしかに有能なのだろうと、納得するしかない。


「さて、R01、R03、食べ終わったなら着替えようか。R02、R04、手を繋いでそのお兄さんを城の門まで連れて行ってあげなさい。君達がいれば、門前払いはされないからね。その後はすぐに帰っておいで。寄り道なんてしないで。出来るね?」

「「はーい、パパ」」


 あまりにも意外な成り行きにザイが目を白黒させているというのに、子供達は素直だ。

 レスターに言われた通り、ザイの手をとってさっさと引っ張っていき、正門の所までくると、馬鹿正直に門番の兵士達に、

「あのね。この人ね、ママを攫いに来た人だからお城に連れてきたの」

と、R04が言うばかりか、

「私達ね、人攫いだからこの人についてっちゃいけないの。だけど、パパがお城まで連れて行けって言ったから、連れてきたの」

と、R02までもがぶちかます。

 そうして二人は一仕事を終えたという爽やかな顔になって、「帰ろ」「うん」と、ささっと宿屋へと駆け出していってしまった。


「ちょっ、お前らっ、どういう説明をっ!」


 慌てて振り返るザイだったが、レイラを攫いに来たという言葉に、兵士達ががしっとザイの腕を掴む。


「まずは詳しく話を聞こうか」

「連れて行けっ。ご領主様に報告をっ」

「誤解だっ。ちょっと待てっ」


 結局、レスターが辺境伯夫人に書いた手紙を持っていたのですぐに解放はされたが、ザイは辺境伯自らが駆けつけて尋問を行うという目に遭わされた。






 リミダ村のザイが到着したという知らせに、レイラは駆けつけた。広間に駆け込むと、そこには辺境伯夫妻以外にも、城の主だった人達が集まっていた。


「え・・・、嘘」

「何が嘘なのかな。・・・綺麗になったね、リリエル」


 辺境伯夫妻を前に立っていた青年が、レイラの足音に気づいて振り返る。

 そこにはもう、緑の髪と灰色の瞳をした女装も出来る男の子はいなかった。


(うっわぁ。完全にザイファスだ)


 レイラの顔がぼぼっと赤くなる。

 黒い髪と黒い瞳をしたその姿は、自分が産まれる前に見た、まさにザイファスの姿だった。

 そんな幼馴染を見ながら、ザイはゆっくりと近づいて、そっと抱きしめる。

 内心、かなり焦りながら。

 だってそうだろう。まさか違う人物だと思い込んでいたのが、同一人物だったとしたら。

 しかもザイには、つい数日前の黒歴史があった。そう、彼女に対する。


(し、仕方ない。ここは記憶の上書きでいこう。そうだ、俺。リリエルと別れた頃の自分を思い出すんだ)


 ザイにとって、一発勝負の時でもあった。

 彼女が知るザイファスではない。自分はあっちの顔を見せてはならないのだ。

 そう、彼女が知っているザイとしての、とても優しく思いやり溢れる、そんな自分でいなくてはならない。・・・何があろうとも。

 だから穏やかで優しげな表情を浮かべるのだ。決して女に迫る時の顔なんてカケラも出してはならない。

 その瞬間から。ザイは、役者になった。


「会いたかった。ずっと君が帰ってこないから・・・」

「ザイ・・・」


 その穏やかで頼りなげな風情に、レイラの胸がきゅんっと痛んだ。

 しかも今のザイは、その顔もまさにカッコよくてワイルド系なのだ。しなやかな黒豹をイメージさせる、まさにしっとりとした男の色気が漂っている。

 それでいて自分にかけられる言葉は、気の優しい、昔のままだ。


「心配していたんだ。マイオスさんだって、ずっと君の帰りを待ってる。エイリーンさんだって、君の服はもうどれも小さいだろうにって、だけど今の君がどれだけ育ったか分からないからって、寂しそうにしていた。妹になったシアラも、どんな人だろうって、いつもいつも俺に君の話をねだってたんだ」

「ご、ごめんなさい。ごめんね、ザイ」


 レイラもその背中に手を伸ばす。たしかに、もう何年たっただろう。

 あの日、村が襲われてから、・・・自分はこんなにも遠くまで来てしまった。


「いいんだ。君が元気に生きていてくれたならそれでいい。こんな遠い所まで、一人で寂しかっただろう?」


 はるかに背が高くなり、しかも思いっきり男らしい顔になっている。というより・・・。


(何だかこのお城で一番かっこよくない? というか、すっごくザイってばタラシっぽい顔になってない?)


 だけど、それでもこの優しい言動はザイだ。誰よりも自分を大事にしてくれる幼馴染。


「あまりにも遠すぎて、マイオスさんは連れてこられなかった。だけど君を迎えに来たよ。帰ろう? これからはもう、君を守り通してみせるよ、リリエル。・・・レイラって呼んだ方がいい?」

「ザイ。知って・・・」


 それは知られたくない名前だった。ザイが知ってしまえば、マイオスも知ってしまうから。


「言えば良かったのに。ちゃんとご両親がつけてくれた名前を覚えていたんなら。マイオスさんだって、それならそっちの名前を呼んださ」

「・・・だって」


 選んだのは自分なのだ。その名前を受け入れたのも。

 彼に迷惑ばかりかける赤ん坊の自分にできるのは・・・。

 俯いたレイラに、それを察したのだろうか。

 ザイは、レイラの頭に片手を載せて、そうして視線を合わせてきた。


「リリエル、いや、レイラ。親子の愛情なんてね、呼ぶ名前で変わるもんじゃないんだよ?」

「・・・・・・っ!」


 不意に涙が盛り上がり、レイラはザイに強くしがみついた。目頭が熱い。

 どうしてザイには分かってしまうのだろう。自分のこの感情が。


(パパに、・・・愛されたかったんだものっ)


 だって、自分は拾ってもらった子供だから。

 だから彼には亡くなった子供を、リリエルという名の娘を、偲ばせてあげたかったのだ。

 それが自分にできるせめてもの・・・。


「だって、だってパパ、泣いてたんだもの。私を抱いて、・・・リリエルちゃんの、名前をっ、呼んで・・・っ」

「愛した娘を亡くしたら、誰だって名前を呼んで泣くよ。だけど、レイラ。君だって愛されてた。どんな名前だろうと、それは変わらなかったよ。君が帰ってこなかった時、リリエルの名を呼んでマイオスさんが泣いていたのは、・・・死んだリリエルちゃんじゃなく、君の為じゃないか」

「う・・・、うんっ、うんっ」


 ぼろぼろと泣くレイラに、もう第一号の求婚者がやってきたのかと、かなりざわついていた一同は沈黙するしかなかった。

 それは、一番追い返したいと思っていたどこぞの馬の骨が、レスターの紹介状を持っていた上、案内してきたのがR達という、確実に本物という保証を引っ提げてやってきたことがある。

 しかも皆の目の前でプロポーズするのかと思いきや、いきなり家族の話だ。

 おかげで病気や戦いで子供を亡くした人など、そっと目頭を拭っている。

 しかも、これだけの注目を浴びながら、ザイに怖じる様子は全くなかった。それどころか、レイラが恥ずかしがることがないようにと、わざと自分の体を使ってレイラに周囲を見せないだけのことをやってのけている。


(なんとまあ、凄い胆力の持ち主ではないか。たしかにこれは・・・、殿下とて厳しいかもしれん)


 テルノス辺境伯は、冷静にそれを眺めていた。勿論、この国のライジード王子こそが彼女を手に入れてほしい。その気持ちは変わらない。

 けれども決めるのは、レイラなのだ。


(大体、殿下は何をしておいでなのだ。チェンジン国から単騎、駆けつけてきたというこの若者。何も持たぬかもしれんが、全ての肩書きを外せば、誰よりも行動力に優れているということではないのか)


 生きるか死ぬかの場所では、肩書きなど何の役にも立たない。辺境伯はそれを知っている。

 だからこそ、心情的には気に入った。

 まさかライジードが国王と宰相の手により、足止めを食らったなどと分かる筈もない。あれ程にレイラを望んでおきながら、後(おく)れを取っているという事実に頭痛すら覚える始末だ。


「ほら、顔を上げて。笑っておいで、レイラ。君が笑顔でいてくれるなら、皆が幸せでいられるんだから。・・・ずっと、君の笑顔が見たかった」

「わ、私も・・・」

「君が送ってくれたお茶を飲みながらね、マイオスさんもシアラが笑うのを見ては、リリエルは苦労していないかってとてもとても心配していたよ」

「パパ・・・」


 ハンカチを取り出して渡す姿も、それで顔を押さえる時には人の目に触れないようにとしてあげる姿も、ザイのそれはとても洗練されていた。


(なんてお似合いなのかしら。けど、駄目だわ。これじゃ本当に連れて帰られてしまう)


 さすがの辺境伯夫人も慌てずにはいられなかった。

 何ということだろう。ザイはレイラに会うや否や、里心を起こさせてしまったのだ。


「ねえ、レイラ。だから・・・」

「うん、帰る。パパ、心配してるよね」

「当たり前じゃないか。普通、十才そこそこの娘なんて、一日外泊するだけでも父親はやきもきするもんなんだよ。それをもう・・・」


 少しザイが説教っぽい口調になるものだから、レイラはうっと痛いところをつかれて項垂れてしまった。

 たしかにその通りだ。自分はまず帰らなくてはならなかったのだ。


「ご、ごめんなさい」

「ちゃんとそれは、マイオスさんに言うんだよ。一晩中のお説教は覚悟して。一緒に謝ってあげるから」

「うん。パパにはちゃんと謝る」


 慌てる周囲をよそに、さっさとザイは話をまとめていた。

 しかも、何ということだろう。レイラも素直にそれを聞いている。


(確かに、これはもう幼馴染だわ。完璧にレイラ様を操っているじゃないの)


 しかも、考えてみればレイラは十五才。十才そこそこから家を出た事情はともかく、・・・たしかに父親が心配していると言われたら、それはまず帰って親に謝るところから始まるものだろう。

 その正論を持ってこられては、誰も何も言えない。

 すると、ザイは辺境伯夫妻に向き直った。レイラを背後に庇った形で。


「こちらではかなりお世話になったと伺っております。遠く家を離れて帰れずにいた彼女を保護してくださいましてありがとうございました。改めてお礼には参りますが、まずは」

「あ、いや、待たれよ」


 そこで慌ててテルノス辺境伯が口を挟む。


「いや、レイラ殿におかれては、それはたしかに家にも戻りたいであろうとは思うが・・・。既にここにはレイラ殿に会う為に、様々な方が出発したと連絡が入っておる。それを受けておいて、帰られたとは、こちらが責任を負わされる事態となるのだ。そこは申し訳ないが、今しばらく留まっていただきたい。それからならば、勿論、護衛の兵士をつけて、ご自宅まで送り届けさせていただこう」


 そんな連絡など入ってはいなかったが、辺境伯は堂々とそう言いきった。何故なら、レスターは全員やってくると断言した。それならば、全員やってくるのだ。

 ここでレイラにいなくなられるのは困る。


「そうですわ、レイラ様。それに、レイラ様のご領主様の所で皆様をお迎えになるとしたら、かなり慌てる事態になるのでは・・・」


 控え目ながらも、辺境伯夫人もそう口添えする。


「え?」

「だってレイラ様。ここからレイラ様がお戻りになったら、皆様、レイラ様を追いかけて行っておしまいになりますでしょう? そうなると、ご領主様のお城でも借りない限り、・・・大変なことにおなりになるかと思いますわ」


 周囲にいた侍女達も、レイラの目に入るよう、うんうんと頷いてみせる。

 さすがのレイラも、自分の求婚者達とやらの為に皆が慌てて用意していたのは分かっている。

 そっとザイの袖を引っ張った。


「あ、あのね。ごめん、ザイ・・・」

「・・・いいさ。そういうことなら仕方ないよね。ただ、俺は城下の宿に泊まっているから」

「いや、勿論、ザイ殿にもこちらの城に滞在していただきたい。部屋は既に用意しておるのだ」

「ザイ。一緒にいて、・・・くれるよね?」

「・・・・・・」

 

 正直、宿屋に泊まっておき、レイラを遊びに来させて、監視の隙をみて彼女を連れて逃げようと思っていたザイだ。

 リリエルが夢の女と同一人物だと悟った時、彼女を求めて他の四人が押し寄せることは予想できた。だからこそ、早く連れて帰ろうと焦っていたのである。

 はっきり言って、城への滞在なんてごめんだ。

 だが、・・・レイラのおねだりに負けた。


「図々しいことではありますが、そういうことでしたら」

「まあ、図々しいだなんて、とんでもないことでございますわ。その為にご用意させていただいたんですもの。さあ、あなた達。ザイ様をお部屋までご案内して」

「えっ。ザイ、行っちゃうのっ」


 途端に、レイラが心細そうな顔になる。

 そんな彼女に、ザイは手を伸ばした。


「おいで、レイラ。いつだって一緒だって約束しただろう?」

「うんっ」

「話したいことが沢山ある。君の弟が誕生した時のことだって聞きたいだろう?」

「ロッジ君のっ? 聞きたいっ」


 所詮、レイラにとってザイは、誰よりも信頼できる存在である。

 さっさとレイラから引き離そうとした夫人の策略は、見事に二人っきりの空間を作るだけの役にしか立たなかったという顛末を迎えていた。


「それでは下がらせていただきます。お心遣い、ありがとうございます」


 優雅に辺境伯夫妻に礼を述べ、レイラをエスコートして去っていく姿は、たしかに無頼の徒という先入観とは全く別のものを感じさせた。

 ザイとて、シアラの為に、チェンジン国王や貴族と渡り合っている。今更、怖じ気づく可愛らしさの持ち合わせはなかった。

 やがて侍女に案内されて二人の姿が消えてしまうと、辺境伯が溜め息をつく。

 周囲にいた人々も同じく大きな吐息を漏らした。


「何と申しますか、・・・とても素敵な方でしたわね」

「だからまずいのだ。まさか、一番身分でも劣るというのに、・・・あれではレイラ殿は彼の言いなりではないか」


 妻の言い分に、辺境伯が苦虫を噛み潰したかのような顔になる。

 しかし、侍女長が夫人の言い分を支持する。


「いえ。本当に素敵な方でしたわ。だって、あの方、・・・レイラ様だけを見ているようでいて、しっかり周囲にも注意をはらっていらっしゃいましたもの。赤く腫れあがった顔なんて誰にも見られたくないだろうと、ああやって絶対にレイラ様に恥をかかせないところといい、あれこそ真の紳士でいらっしゃいますわ」

「まあ、やっぱり? あなたもそう思った?」

「勿論ですわ、奥方様」


 すると侍女達も集まって、物腰もどうだのこうだのと言い始める。

 途端に、その場にいた役人や騎士達が不満そうな顔になった。


「どう思った、マヌエル」

「場慣れした男だな、と」

「そうか」


 辺境伯の問いに、少し離れた所から見ていた長男が答える。

 田舎の村人にしては、あまりにもザイは気後れする様子がなかったのだ。土壇場に強いタイプなのだろうか。


「さっさと殿下がいらしてくだされば、まだレイラ殿を王宮へと連れて行くことが可能だったものを」


 やはりこの城で迎えるしかないのか。

 帝国の皇太子一行を。

 リベラ神国の一行も。


「あなた達。急いで城の隅々まで磨きあげてちょうだい。ザイ様のお相手はレイラ様がしてくださっているでしょうから、その間にね」

「かしこまりました、奥様」


 とはいうものの、慌てふためいている様子を客人に見せるわけにはいかない。

 今日から、自分達だけは優雅に食事の時間を過ごさねばならないだろう。

 辺境伯夫妻はそう覚悟を決めた。


 しかし、そんな広間に、すぐザイと、身軽な格好をしたレイラが戻ってくる。

 にこやかにザイは言ってのけた。

 

「宿に荷物を置きっぱなしですので。レイラと一緒に取りに行って参ります」

「一緒にお手伝いしてきます」


 それはもう、仲の良い恋人同士にしか見えない。


(ライジード様。もう負けておりますぞ)


 頑張って巻き返してもらいたいものである。

 辺境伯は、すぐに兵士についていくように命じた。


「別に荷物など片手で持てる程度ですから、兵士の方についてきていただくなど恐れ多いことです。どうぞ、お気遣いなく」

「いやいや。まさか客人に護衛もつけぬことなどできませぬからな。それにレイラ殿は大切な方だ」


 そんな応酬を繰り広げる辺境伯とザイだ。

 にこにことして聞いていたレイラは、まさか二人が、

(さっさと逃げ出してやるから、兵士などいらねえっつってんだよ。このクソジジイ)

(ふざけんな。お前がそういう時に大人しく戻ってくるようなタマだと思い込む程、めでたくはないわ。この小僧がっ)

と、そんなことを心の内でバトルしているとは、全く思いもしていなかった。

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