28 動き始めた時間
レイラ(リリエル):ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳。リリエルの姿を取る時には水色の髪に青い瞳。松岡美冴が新しい姿を持ち、ロキスとミザリーの娘として産まれた。その後、マイオスに拾われて、リリエルと名づけられる。
チェンジン国・リミダ村
ザイ(ガンマ):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。リミダ村の村長及びピルッポの実質管理者。
マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。妻はエイリーン(金髪に赤茶色の瞳)。リリエル(レイラ)を拾って育て、シアラ(水色の髪、水色の瞳)も引き取る。エイリーンとの間に長男ロッジ。
ローリー:ザイの弟。
クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。
アームル帝国
ロムルス(イプシロン):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の皇太子兼ハイアレティ公爵家長男。
ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。ギネス伯爵家の次女ジルドレア。エディナートとの結婚によりタイガルース侯爵夫人。
エスリーダ王国
ライジード(アルファ):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。王太子。
テルノス辺境伯:エスリーダ王国とリベラ神国との盟約をも履行している領主。
レンダー:宰相がライジードに付けた懐刀。水色の瞳。甘いもの好き。
リベラ神国。豊穣と繁栄を司るリベラ女神を国全体が祀っている。
ファルード(デルタ):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。神官。ナリス王国リーング出身。
イディラート:ルーセット神殿の神官長。ファルードの養父。焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。
塔
No.2猫の塔:主はシルヴィア。蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。跡継ぎはシュバルト。
R01:金の髪、レイラと同じ灰色の瞳。おしゃれが大好き、女の子らしくありたいと努力する子。
R02:赤の髪、レイラと同じ灰色の瞳。体を動かすのが大好き。高い物を見ると登りたくなる子
R03:茶の髪、レイラと同じ灰色の瞳。夢見がち。周囲や皆の様子を見て、バランスをとる子。
R04:橙の髪、レイラと同じ灰色の瞳。怖がりで大人しい。常に遠慮がちな子。
No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター(ベータ・金髪、青い瞳)。
No.5思索の塔:白髪の老爺。
今日も自分は絶不調だ。
絶好調ではない、好調ではないのです。不調なんですよ、ええ。
(子供って、・・・こんなに疲れるものだったのね)
それまで、R達は四人一緒の寝台で仲良く寝ていた。だが、ある日、
「あのね、私ね。ママと一緒に寝たいなぁ」
と、赤い髪をした活発なR02に、もじもじした様子でおねだりされたので、つい、そのいつもの元気さとそのおねだりポーズとのギャップに愛らしさ爆発で抱きしめてしまったレイラは、笑顔で、
「いいわよ、勿論。それぐらい」
と、頷いてしまった。それがまずかった。そう、それが間違いだった。
それ以来、R達はレイラと一緒に寝ている。
そうしてレイラは気づいたのだった。
夜中、R達が蹴飛ばした掛布をせっせと掛け直してやらねばならないという現実に。
(な、舐めてた・・・。舐めてましたよ、私。子供のお世話ってものを)
日中だけではなかったのか。子供の世話とは、深夜にも行われるものだったのか。
レイラは育児が二十四時間営業だと、初めて知った。
何ということでしょう。・・・・・・保護責任者(レスター。現時点において不在中)ちょっと出てこい、である。
それまで何もしなくても特に体調を崩したりしなかったのだから、わざわざ掛け直してやる必要はないのかもしれないが、やはり風邪をひいたら可哀想だ。
そう思うと、夜中になれば起きだして掛け直してやってしまうのである。おかげで寝不足もいいところだ。
(ね、眠すぎる。睡眠が浅くなってるのよ、私)
そんなある日の団欒タイム。
やっと保護者が現れた。
「パパ、来た」と、R04。
「あっ、パパだっ」と、R03。
「パパーっ」と、R01。
「わーい、パパぁーっ」と、R02。
「誰がパパだ。おくつろぎのところ、申し訳ございません。・・・さて、迎えに来たよ。一緒に帰ろうね、R達」
相も変わらず怪しげなバタフライマスクにターバンをした男はそう言った。
「へっ? R達、連れて帰るの、レスター?」
「まあ、塔の賢者様。そんな・・・」
目を丸くしたレイラと、驚く辺境伯夫人だったが、レスターにとってそれは決定事項だ。
「いや、その塔の賢者殿。何かこちらに不手際でも・・・」
そうテルノス辺境伯も問いかけようとするが、レスターは首を横に振る。
「そうではありません、ご領主殿、奥方様。実は、これからこちらが騒がしくなる筈ですので、この子達を連れて帰ろうと思いまして・・・」
「なんと。ここが騒がしくなるとは?」
すわ、戦でも始まる前兆が? と、テルノス辺境伯の瞳が光を放つ。広間にも、一気に緊張が走った。
何といってもテルノス領は他国と領地を接する辺境の地。国防の要の一つである。
「そうです。実は・・・」
ちらりと、レスターはレイラを見た。レイラは全く意味が分からず、ん? と、小首を傾げる。
「そこのレイラですが、・・・実はそんな色気のない娘でも求婚者が現れることになりまして。彼らが今からやってくる筈なのです。その面倒な出来事に子供達が巻きこまれてからでは遅すぎますので、まずは迎えに参りました」
チッチッチッチッと、そこにはない秒針の音が聞こえたような気がしたレイラだった。
あまりにも予想外な話に目を丸くした領主一家を置き去りに、レイラが引き攣った顔になる。
「あ、あの、・・・レスター、それって・・・」
「覚悟しとけよ。今からここはとんでもない騒ぎになる。お前、自分への求婚者達が誰なのか、分かってるよな」
「アハ、アハハハ・・・」
そこでテルノス辺境伯夫人が、口を挟んだ。
「レイラ様。求婚者とは、・・・まあ、それだけお美しいのですから当たり前でしょうけれど、まだデビューもしていらっしゃいませんのに。どなたがおみえになりますの? こちらとしては、我が城の大切な姫君として後見に立つ準備はございますわ」
何といっても、レイラは塔から預かった姫君である。しかし、塔というのはどこの国からも丁重に扱われる存在ではあるが、そういう社交界とは無縁でもある。それこそ社交には疎いだろう。
従って辺境伯夫人としては、長男のこともあり、どこまでもレスターの役に立つつもりがあった。
「伝えておかないと、迷惑するのはこちらの方々だぞ。まさか、あんな肩書きの奴らが押しかけてきて、それで一部屋提供なんてものじゃすまないのは分かってるな?」
「ど、どうしてそんな・・・」
「お前と初めて会ったそれを、彼らも経験した。そしてお前の体には彼らの祝福が備わっている。だからお前の居場所をあいつらは見つけ出すことができる。・・・理解したか?」
「・・・・・・・・・しました」
蒼白になったレイラだったが、そこで諦めたように白状する。
「えっと、・・・あのですね、奥方様。まずはジードと・・・」
「このエスリーダ王国の第三王子、王太子殿下ですね。尚、今となってはレイラの身分は関係なくなりました。恐らく正妃として迎えるつもりで、彼はやってくることでしょう」
レイラの言葉をレスターが補足する。
元々、レイラに対する執着を知っていた辺境伯夫妻は、
「あらまあ」
「なるほど」
と、それに関しては諦めて受け入れる姿勢になった。きっとレイラがここにいることがバレたのだろうと、そんな感じである。
だが、レイラの後見が塔であるならば、正妃も夢ではない。自分達もこの国におけるレイラの仮親として精一杯フォローしようと、既に覚悟を決めている。
「それから、チェンジン国のリミダ村のザイと・・・」
「チェンジン国のピルッポという大きな街の幼い女主人、その後見をしている青年ですよ。既にチェンジン国では大きな存在となって貴族の位を国王が授けようと、そして必死に取り込もうとしています。本人は無頼の人間という自覚がある為、それをあえて受けず、無位無官ではありますが、このレイラが誰よりも信頼していた幼馴染です。また、そのピルッポの女主人はレイラの義理の妹ですね」
辺境伯が、レスターの説明に何とも言い難い顔になる。
大きな街の女主人が義理の妹。それは悪くない。だが、その後見が無位無官の青年とは、あまり歴史や実績がない街なのだろうか? それとも没落中ということか?
「なんと。レイラ殿はチェンジン国の人間だったのか。だが、その幼馴染というのは・・・」
それは、いくら何でも我が国の王太子に比べて小粒すぎないだろうか。しかも、無頼の徒とは。あまりにもレイラに相応しくなさすぎる。門前払いをしたいところだ。
しかし、レイラの義理の妹を後見している青年かつ幼馴染とあっては、それなりのもてなしをしなくてはならないだろう。排除したいのは山々だが。
「あと、リベラ神国のファルードと・・・」
「ルーセット神殿神官長の一人息子、現在の大神殿所属の青年ですね。こちらにも訪れたことはある筈ですが、彼はレイラをリベラ女神の娘として公表します。レイラは、その後ろ盾にリベラ神国そのものがつくでしょう」
はい? と、辺境伯夫妻が目を剥く。テルノス辺境伯が、レスターに詳しい説明を求めようとした。
「そ、それは一体・・・」
「彼女は、リベラ神国の聖なる乙女として公表されるのです。リベラ神国唯一の半神半人の立場になるというところでしょうか。つまり王族に嫁いだところでおかしくないどころか、今や、どの国であってものどから手が出るぐらいに欲しい存在となりました。・・・しかしリベラ神国は当然、彼女をリベラ大神殿に迎えるつもりでしょう」
何とも言い難い思いで辺境伯夫人はレイラを見遣る。
リベラ神国がそんな存在を認めた例はない。
ではどこの国の王女よりも、身分が高くなるのでは?
半神半人として扱われるとは、・・・一体?
生き神様として扱われるということか?
そうなると、今度は社交界とは全く違う問題が出てきそうな話である。
身の置き所もないと言わんばかりに肩を小さくしているレイラだが、どこまでこの少女は特別なのだろう。
「では、そのお三方がいらっしゃいますの?」
「えっと、それから、帝国のロムルスが・・・」
その声はとても小さかったが、ぴっきーんとその場に凄まじい緊張感が走る。
「言うまでもありませんが、アームル帝国のハイアレティ公爵家ご子息は、現在、父親が皇位に就いたため、皇太子として扱われています。本人は軍隊で暴れているようですが。・・・・・・凄まじいな、レイラ。頑張れよ。さ、R達。変な人達に絡まれない内に帰らなくちゃな」
レスターは、自分に纏わりつく四人の子供達の頭を撫でる。それを見て、レイラの心に怒りの炎が燃え上がった。
何を他人事のようにぬかしてくれるのか、この男は。お前も求婚者の一人だろうにと、あまりにも自分とR達との、その歴然とした差に、本気でぶん殴りたくなる。
「パパが言うなら帰ってあげる。嬉しい? ね、パパ、嬉しい?」
「とても嬉しいよ、R01。早く帰ろう。大事な君達を変な奴らに会わせたくないんだ」
――― 変な奴らって・・・。あんたね、言っとくけどあんたより百倍素敵な人達でしょうがっ。
「変な人が来るの? 危ないね、パパ」
「そうだよ、R04。あんな奴らに見つかったら可愛い君達は連れて行かれてしまう。大変だろう?」
――― おい。私の大変はどうでもよくて、関係ない子供達は大変だ大変だってどーゆーわけ?
「大変なのね、ママ。ねえ、パパ。キュウコンシャってなぁに?」
「その人を捕まえて、自分んちに無理矢理連れて行っちゃう人攫いのことだよ、R03」
――― う。それは言える・・・かも。てか、ヤバイ。完全にヤバイわ、私。
「ママが攫われちゃうの、パパ? 大変だよっ」
「大丈夫、R02。レイラは好きで攫われるのさ。だけどR達は可愛いからね。攫われたりしないよう、安全な塔に帰って隠れておこう?」
――― 勝手なことをぬかすんじゃないっ。
「可愛い? パパ、私達、可愛い?」
「勿論。君達は誰よりも可愛い私の宝じゃないか。いつでも愛してるよ」
色々な人に可愛いと言われても、それは見かけの話だと子供達も何となく分かっている。だけどレスターは違う。自分達を愛していると、R達も分かっていた。
「「パパぁ」」「「レスぅ」」「あー、よしよし。いい子達だな」
ひしっと抱きつく様子はまさに麗しい親子の姿である。父親がかなり若すぎるが。
R達はこのテルノス城の生活を楽しいと思っているし、レイラも大好きだが、レスターが迎えに来たと言うなら、一気に猫の塔が懐かしくなった。
だからR達は、よく分からないがレスターと帰ろうと、そんな気になる。やはり、小さい時からずっといてくれたレスターが一番大好きだからだ。
そして猫の塔に帰ったら、色々なお話をしてあげよう。お城で暮らしてみたんだよって話すのだ。甲冑だって触ったのだ。自分達はもう男の人と女の人を見分けられるのだ。そして世の中には幽霊というものがいることも教えてあげなくては。
きっと面白そうな顔をして、苦くて黒いのを飲みながら、キャットも聞いてくれるに違いない。
「待ちなさいよっ、レスターっ! あんた、この状況で私を放り出す気っ!?」
「しょうがないだろっ。お前の求婚者なんだからお前が相手するのは当然だっつーのっ。そんなのにうちのR達を巻き込まれてたまるかっ」
レスターだって慌ててやってきたのである。
誰もがその立場もあって、すぐにはここまで辿り着けないだろうが、それでも時間の問題だ。出立は早くて困らない。
「子供達は本日、街の宿屋に移します。R達、まずは別れのご挨拶を」
さすがの辺境伯夫妻、そして跡取りの長男夫婦も、そんな人達が一気に来るとなったら戸惑わずにいられない。第一級の賓客達を迎える用意をしなくてはならないのだから。それこそ、エスリーダ王宮でもてなすべきだと言いたいぐらいだが、そのエスリーダの王太子殿下までもが客となったらどうしようもない。
たしかに、子供達の世話どころではなかった。全ての使用人達を大慌てで動員して、用意をしなくては。
前回と違い、今のロムルスとファルードは、国賓レベルになる。
しかも、自国の王太子に至っては、正妃・・・。
いや、それ以前に帝国の皇妃となったら・・・。
更に、リベラ神国における、聖なる乙女・・・。
どれだけの人数がここにやってくるのか。いや、それを知ったら関係ない人間まで押し寄せてきかねない。
あまりにも事態が大きすぎる。
邪魔になるであろう子供達を引き取るというレスターの行動は妥当なものだった。何より、いち早く教えてくれたことに感謝するしかない。
R達が辺境伯夫妻、そして長男夫婦とその息子の頬にお別れのキスをする。
「さようなら、おじいちゃま、おばあちゃま。おじちゃま、おばちゃま。パディールお兄ちゃま、また会いましょうね」
あまりにも唐突な別れではあったが、辺境伯夫人も子供達を抱きしめる。
「また来てちょうだいね。レイラ様が嫁いだら、今度はあなた達にとっても素晴らしいお相手を探してあげるわ。約束よ?」
「ほんとっ? また来ていーい?」
所詮、お別れの挨拶以外はすぐにくだけてしまう子供達だった。
「勿論よ、当たり前じゃないの。そうしたら一姫ちゃんに似合うドレスを作りましょうね」
「えー。R01だけなのぉ?」
「まさか。三姫ちゃん達にも作りますよ。とっておきのリボンを結ばなくっちゃ」
「おばあちゃま、大好きっ」
最後と思ったからか、R02は、辺境伯の肩の上にがしがしとよじ登っている。
「二姫も、いなくなってしまうとは。・・・しかし胃の痛い」
「おじいちゃま。お腹が痛い時は、痛いの痛いの飛んでゆけーってすればいいのよ」
そう言って、R02がお腹に手をあてておまじないをしてくれるものだから、やはり愛らしさに抱きしめてしまう辺境伯だった。
「ママ。・・・塔にも遊びに来てね」
「そうね、R04。その前に、薄情なレスターをまず一緒に責めてちょうだい」
「・・・パパ。ハクジョウなの?」
「違うよ。大丈夫、R04。またレイラの所には遊びに来ればいいさ。ただし、・・・その求婚とやらが終わったらな」
最後の小さな声になる「ただし」以降に、殺意を覚えるレイラだ。
だが、子供達も、大好きな辺境伯夫人達に纏わりつきつつ、それでもまた来ていいとなったら、すぐに来ればいいやと、そんな調子だった。
「さあ、街の宿屋に移動しようね、R達。荷物は私がまとめて、それから馬車の用意をするからな」
そう言って子供達を連れてさっさと出て行くレスターである。
彼らはレイラの居場所が分かる。まずは同じ場所から連れ出すことが先決だ。
町で荷馬車を買い、それからレスターは子供達の荷造りをして出発しようと考えていた。
そこでいち早く連れて帰り、荷物は後でいいやと思える程、レスターは身勝手ではない。そう、ロムルスとファルードとライジードがどれだけのお供を連れてくるか分からない以上、空いている部屋は多ければ多い程、いい筈だ。
だからそこはちゃんと子供達の部屋を片付けてから帰ろうと思う程度には、レスターはかなり真面目な性格をしていたのだ。
レイラにとっては、身勝手この上ない男にしか思えなくても。
R達は、レスターが世界で一番大好きだ。
だからテルノス領にレスターがやってくると、面白がって同じ格好をしようとする。女の子だから色もデザインも可愛らしいターバンとバタフライマスクにはするけれど、それでもお揃いにするのだ。
テルノス城から出てくる時も、わざわざ侍女達に頼んでターバンを巻いてもらっていた。
「R達、ちょっとおいで」
城下町で一番良い宿屋に落ち着くと、レスターは子供達を呼んだ。五人が泊まれる部屋だ。宿屋もこの子供達が城で大事に扱われている姫君達というのは知っている。
すぐに良い部屋を用意してきた。
レスターが手に持っている何かに気づき、呼ばれた子供達がすぐに寄ってくる。
「ほら、みんな手首につけておきなさい。これがあれば、R達がどこにいようが私に分かるからね」
一人一人に、不透明なピンクの石がついた木の腕輪をレスターがはめていく。そんなレスターには青色の不透明な石が腕につけられていた。
「これで、その石を押しながら私やR達の名前を呼べば、その居場所へと石が導いてくれるよ。試しにお互いでやってごらん」
「えー。じゃあ、R03」
真っ先に赤い髪をしたR02が石を押しながら言えば、R02の腕が茶色の髪をしたR03の方向へと伸びる。
「うわぁ。じゃあ、パパ」
言われるだろうなと思って、レスターは、「レス」と「パパ」と、二つの名前を登録していた。だから、R01の腕がレスターの方へと伸びる。
なんて面白いオモチャなんだろうと、R達はお互いの名前を呼んで、それを試してはきゃっきゃっとはしゃぎ始めた。
「どっちの方角にいるということしか分からないけど、これで少しは安心だろう。いいかい、R達。その石をつけている限り、私には君達の居場所が分かるからね。だから絶対に外しちゃいけないよ。君達が動けなくても、ちゃんとすぐに迎えに行くから」
「「「「はーい」」」」
金目のものだと思って盗られないよう、ありふれた木とそこらの石ころで出来た腕輪に見せかけてあるが、材質は木ではない。勿論、石でもない。
子供達には互いの方角を示すだけにしていたが、レスターからは瞬時に居場所を把握できるようにしていた。
「一号、二号、三号、四号。R達から目を離すな。もしも連れ去ろうとしている人間がいたら、・・・かまわん、警告後に殺せ」
レスターが命じると、それぞれのターバンの上で丸くなっていたインコ達が一斉に「「「「ハイ」」」」と、答える。勿論、このインコ達の居場所もレスターには分かるが、・・・子供達に何かあった時のことを思えば、保険は多くて困らない。
「さあ、R達。私は君達の荷造りをしてくるからね。その間、この宿屋でお留守番しておいで。知らない人にはついていっちゃいけないよ。この宿屋から出ちゃ駄目だ」
「「「「はーい」」」」
世の中には子供を知らない場所に連れて行ってしまう怖い人達がいるのだと教えられていたR達は、一斉に元気よく返事する。
レスターが一番良い宿屋にしたのは、そこもあった。ここは高い宿屋なので、変な破落戸は入って来られないのだ。安い宿は危険すぎる。
荷馬車を買うと、レスターはそれで城に戻った。子供達の荷物を積み込む為に。
その間、R達は宿屋の食堂で遊ばせてもらうよう、宿屋の女将に頼んで。
宿屋の女将とて、R達が城の大事な姫君達というのは知っている。それこそ何かあったらこの城下町で営業していけなくなるのは分かっていた。
お任せくださいと、宿屋の主人も出てきて請け負う。
だからレスターは小鳥と腕輪をR達につけて、城に戻ったのである。
子供とはいえ、女の荷物はどうしてこんなに多いのだろうと、レスターにはそこが分からない。いや、分かりたくない。
しかし理解はしていたので、かなり大きい荷馬車を買ってきた。それは正解だと思っている。
「本当にあんたって薄情よね、この冷血漢」
「冗談じゃねえ。お前さんが感動の再会をするのを邪魔せずにいてやろうという、心優しい男だろうが」
「どこが優しいってのよ」
「・・・全てにおいて。それよりさっさと手を動かせよ。あいつらが来る前にR達の荷物を運び出したい」
現在、この城で一番暇なのはレイラである。というのも、客室を全て掃除し直し、更に食器も磨きあげ、食料の買い出しもしなくてはならないと、テルノス城は蜂の巣をつついた騒ぎになっているからだ。
たとえライジードだけでも正妃を迎えに来るとなったら、一大事である。それこそ全ての騎士と兵士を並べてお出迎えしなくてはならないだろう。いや、そもそも正妃を王太子自らが迎えに来るなんてあってはならない。まずは見事な花嫁行列を仕立てて、王都へと送り出さねばならないのだ。
しかし、その正妃になる娘は、他にも求婚者がいるというのだから、ライジードのことだけで考えるわけにはいかない。
いや、ここがエスリーダ王国内である以上、ライジード以外は突っぱねたいのは山々だ。しかし、帝国の皇太子、更に聖なる乙女として公表するらしいリベラ神国・大神殿の使者となったら、自国の王太子以上に気を遣う存在となる。せめて、低い位の使者であってほしいと思うばかりだ。
だが、レスターからは本人が来ると明言されてしまった。
そうなると、どの国に対しても恥ずかしくないもてなしをしなくてはならない。
今や、テルノス城は戦場と化していた。
「前から思ってたけど、あんた、どうして私にはそのぞんざいな対応なのよ。R達にはあんだけ丁寧な癖に」
「しょうがねえだろ。子供ってのは何でもかんでも真似しやがるんだ。これで乱暴な口調を俺が使ってみろ。面白がってあいつらはそれを真似しやがるのがオチだ。大体なぁ」
そこでレスターは、バタフライマスクの色付きレンズの奥に隠れている瞳をレイラに合わせたのか、子供達の衣服を畳んでいた手を止めてレイラに向き直った。
「あいつら、俺が外で立ちションしてんの見て、それ、真似しやがったことあんだぞっ」
「・・・・・・・・・」
するな、そんなもんと、レイラは思った。
そういうのは建物の中でやるか、ちゃんと隠れてやれと言いたい。
「あれをやめさせるのに、どれだけ苦労したことか。それ以来、あいつらの前では丁寧な行動を心がけてんだよ、俺は。しかもあいつら、一時は自分のこと、オレって言ってたんだからなっ」
なるほどと、レイラは納得した。
こうやって駄目な男は、子供に育てられて大人になるのか。
「・・・他に、女の人はいないわけ?」
「生憎、女を捨てた化け猫みたいなババアと男と、・・・ああ、お前には意味が分かるか、それからアンドロイドしかいない場所で、あいつらは育てられてたんだ。俺は、そこを訪れてはあいつらの面倒をみていた」
「はぁ。なるほど」
じゃあ、R達がレスターの真似をしてしまうのは仕方ないのかもしれない。
レイラはそう思う。
「だけどあんた、かなりあの子達を可愛がってたじゃない。どうして自分の所で育てなかったのよ」
「その女を捨てた化け猫なら、何かあってもすぐR達の不調に対応できるからだ。・・・それにうちの塔は、俺と師しか住んでないし、師は高齢の上、爆発物も置いてあるからR達なんか連れてこられない。危険すぎる。何かあったら取り返しがつかないだろ」
「・・・そっか。じゃあ、仕方ないよね」
二人でせっせと衣服を畳み、ある程度まとまったら包んで積み上げていたが、さすがに途中で休憩することにする。
厨房に行って勝手に汲んできた冷茶を運んできたレイラは、その間に荷馬車まで荷物を運んでいたレスターを窓から眺めて、溜め息をつく。
そうだ。レスターはR達を迎えにはきても、レイラを連れてはいかない。候補者の中に名を連ねていても、レイラをなぜか最初から知っていても、それでもレイラを突き放すのだ。
(いっけどね、別に。レスターなんてそーゆー奴だし)
やがて部屋にレスターが戻ってくる。
「お茶、入ったけど」
「ああ、ありがとうな。さすがに疲れた」
受け取ったカップをごくごくと飲み干し、ぱたぱたと首筋をはだけて扇ぐレスターは、本気で暑そうだ。かなりの荷物だったからだろう。・・・まだ隣の部屋にも、子供達の荷物は残っているが。
テルノス城のアイドルだったR達は、かなりの衣装持ちだった。
(どう考えても渡しておいた金より、あいつら色々買ってもらってんな。・・・しょうがねえ、礼についてはまた考えよう)
水差しで持ってきていた茶をレイラが注ぐと、またすぐにレスターは飲み干す。
「別に傷ぐらい気にしないわよ。そのマスク、とったら? 暑いでしょ」
「これは、・・・いいんだ。気にすんな。それよりお前も疲れたろ? もういいから休んどけ。まだあいつらも用意に手間取ってすぐには到着しないだろうが、・・・お前にとっては十五年近く前のことでも、あいつらにとってはつい数日前のことだ。どんな時間を過ごしたか知らんが、そのひとときを胸にあいつらはやってくるぞ」
「・・・・・・・・・」
やばいと、レイラは本気で思った。
だって、あの時は・・・。しかも、そんな彼らにとっては数日前のことだなんて・・・。
「レ、レスター」
「何だ?」
会うのはいい。一対一なら。しかし、皆がやって来るとなると・・・。
好きと言った相手の前で、他の相手に好きと言えるか?
そういうことである。
「どっか、・・・いい隠れ場所ないっ?」
「・・・いや、お前、あいつら嫌いなわけ? なら隠してやってもいいけど」
「嫌いじゃないけどっ。だけど選ぶなんて無理っ、絶対無理っ」
ぶるぶると首を振るレイラに、レスターはなげやりに言った。
「・・・じゃあ、四人まとめてでいいだろ」
「もっと無理っ」
持っていたカップを机に置いて、レイラはへなへなと床に座り込んだ。そしてのの字を書き出す。
「だって、だって誰もが素敵すぎるっていうか、一緒にいると何だかもう好きって感じになっちゃうし、だから目の前にいたらもうその人に流されるっていうか・・・」
「なるほど。尻軽なんだな」
「違うわっ」
がばっと噛みつきながら、しかしそうなのかもしれないと、レイラは考え直す。
客観的に見たら自分は尻軽な女かもしれない。いや、誰が見てもそうだろう。自分だってそう思う。
「そ、そうなのかな。だって、だって・・・。だけど、そんなの・・・」
途端に意気消沈したレイラに気づいたか、レスターが慰めてくる。
「そう自分を責めるな。お前は選ぶ立場だって言ったろ?」
「え?」
「そんなこと気にしなくていい。どいつもそれなりに違うタイプだったんじゃないのか? お前は自分が一番いいと思う男を選んで、幸せになれ」
「何、それ」
レスターは何を知っているのかと、そう尋ねようとしたレイラだったが、そこでふと思い直し、違う質問をしてみる。
「もし、・・・全く違う、関係ない人を好きになったら?」
「え?」
レスターの顔が強張ったような気がして、レイラが僅かに後ずさる。
「他に好きな奴がいるのか?」
その声はあまりに静かだった。それこそ、感情が消え失せているかのように。
「いない、・・・けど」
「けど?」
静かに尋ね返しているだけだ。けれども、どこかレイラは自分が責められているような気になった。
(何なのよ、こいつ)
元々、レスターに対しては、かなり不満があったレイラだ。
R達を連れて帰りはする癖に。
R達には愛してるよと言う癖に。
R達ならば可愛い宝だと笑う癖に。
それでも絶対レイラだけには、何も言わないし、何もしないのだ。
「けど、おかしいじゃない」
「何がだ」
そんな勝手なレスターに、どうして自分が問い詰められなくてはならないのか。
レイラの心から不満が一気に流れ出る。
「だって、そうじゃないっ。普通、好きになるとかって、そんなのなってみるまで分からないのに、どうして・・・どうして心がこんなに引き摺られるわけっ!?」
「ちょっ、・・・レイラっ」
いきなり喚き出したレイラに、レスターは驚いてそれを宥めようとした。
「放してっ。大体、おかしすぎるよっ。なんでレスターはそう他人事なのっ。それにどうして私は・・・っ、私はっ、あなた達以外好きになれないのっ!」
レスターも同じ目に遭ってみればいいのだ。
自分の心を勝手に鷲掴みにされて、彼らを欲しがらずにはいられないこの感情に振り回される、そんな苦しさを。
(あんたが一番勝手すぎるのよっ。一人スカしててっ)
自分の腕を掴んでくるレスターを振りほどこうと、ぶんぶん振り回してもその手は外れなかった。
「レスターの馬鹿っ!」
「どうせ俺は馬鹿だよっ。・・・って、おい、暴れんなってっ、レイラっ!」
そんなレイラを落ち着かせようと、レスターが抱きしめてくる。
冗談ではない。女ならそれで大人しくなるだなんて思われても迷惑だ。
レイラは自分を抱きしめるレスターの腕から逃れようと、更に暴れまくった。
「放してっ」
「こらっ、大人しくしろって・・・っ! 大体、何が不満なんだっ。どいつもこいつも、どれも有望株だろうがっ。言っとくがなぁっ、お前が誰を選んでも、お前は幸せになるって決まってんだよっ」
「え・・・?」
やっと落ち着いたかと溜め息をつき、レイラの肩の向こうに赤くなった顔を載せてレスターが呟く。
今は密着しておくしかない。こんな顔を見られない為に。
(大体、お前はどうしてこんなにR達より胸が育ってるんだ。当たってるだろう、おい)
顔を見られない為に強く抱きしめる。そうなると余計に胸が当たる。おかげでもっと頬が赤くなる。だから余計に密着する。
意味なきループに、レスターは陥っていた。
だって男なのだ。しょうがないだろう。好きな女の胸が当たっていて反応しない男がいるなら、そいつはおかしい。
「考えてみろ。俺以外、どいつもこいつも一国のトップになれる身の上ばかりだろうが。一番貧乏なお前の幼馴染だって、その気になれば国王を殺して簒奪できる力を着々とつけてきてんだぞ」
「・・・嘘」
レイラが惚けたように呟く。
思い出すのは産まれる前の、ひとときの夢。
――― お前の為なら、いつか俺は国をも盗んでみせるよ。そしてお前を手に入れる。
おや? 考えてみれば、国を盗むって、盗めるような大きさではないような?
あれは一体どういう意味で・・・。その意味は・・・。具体的な意味って・・・。
いやいや、あり得ない。あり得ないですよ。あり得ないんでございますよ。
レイラは即座に、その意味にヒットしようとした脳の思考回路をシャットダウンした。
「嘘じゃねえ」
だが、本人確認こそしていないものの、カードによりそういうデータ収集はちゃんと出来ているレスターだ。言うまでもないが、カードは様々な情報をレスターにもたらすが、・・・内面の感情まで教えるわけではない。
「嘘だよ。だってザイ、女の子みたいな優しい人だよ?」
勿論、二人きりの初対面のことをレイラも忘れたわけではない。しかし、その後の生まれ育った日々の中、共に過ごしたザイのイメージがあまりにも強すぎた。
文通していた間、そのイメージをザイが壊さないように細心の注意をはらっていたこともある。
レイラの中では、今もザイは女装すら出来る程の、それでいて誰よりもレイラを慰めて守ってくれる、そんな頼りになる男の子なのだ。
「お前がアホなだけだ。相手の本性ぐらい、ちゃんと見抜いとけ。あいつは抜き身のナイフみたいな男だぞ」
あのガラの悪い男の、どこが女の子みたいだというのだ。手当たり次第に喧嘩を売りまくるような奴ではないか。まあ、敵にしなければ悪い奴でもなさそうだったが。
言うまでもないが、レスターにとっては先日の記憶である。
「しっつれいねぇっ。ザイはねえっ、とってもとっても優しくて私を一番大事にしてくれる男の子なんだからねっ」
「痛っ」
怒ったレイラが、レスターの胸に埋めていた顔を勢いよく上げたものだから、思いっきり頭突きをかまされてレスターのマスクが床にカターンと落ちる。
「あのぉ? 先程からこちらで何やら騒がしいようですが、・・・あら?」
「悪いが、そのマスクを取ってくれないか? R達を連れて行かれた上、やってくる求婚者が大物ばかりってんで、レイラが八つ当たりで暴れまくって手がつけられなかったんだ」
「あ、・・・はい」
開いていた扉から声を掛けてきた侍女が、そう返事して床に転がったマスクをレスターに差し出す。すぐにレスターはそれを顔につけた。
侍女も、二人が抱き合っているものだから少し驚いたのだが、落ち着かせていたと言われたらなるほどと納得するものだった。いかがわしい意味があったなら、普通、扉を開けておいたりはしない。
「ありがとう。助かった」
「いいえ。お嬢様、・・・ライジード殿下は素敵なお方ですわ。どうぞお気を楽になさってくださいまし。後で、気持ちが静まるようなお茶をお持ちいたしますから」
「ありがとう。それでレイラも落ち着くだろう。すまないね」
「いいえ。それでは失礼いたします、賢者様」
しずしずと侍女は下がっていく。尚、この城にいる侍女達は、当たり前のことながら自国の王子の味方だった。
自分は見ないようにしていたが、レスターの傷がある顔は侍女に見られてしまっただろう。
そう考え、レイラは悪いことをしたと反省する。悪気があったわけではないが、やはり悪いことだろう。
「ご、ごめん。レスター」
「いや。・・・俺もお前の気持ちを理解していなさすぎた。そうだな。幼馴染を悪く言われたら、誰だって怒るよな。いくらカミツキガメみたいな奴でも」
「・・・・・・」
レイラは黙ってレスターの足を踏んづけた。
「いってーっ!!」
「いい気味よっ」
レスターは何も分かっていないと、レイラは確信した。
着々と、ライジードはレイラを迎えに行く準備を進めていた。女官長を呼び、大人しい女性が好むような、明るく可愛らしくもそれでいて落ち着いた内装で妃の部屋を調えるようにと、そう命じたのだ。
そして王宮に行き、宰相と一緒にいた国王の所へと出向いた。
「どうした、ライジード。若者は朝が遅いと決まっておるというのに、勤勉なことだな」
「おはようございます、父上。実は私、妻に迎えたいと思う娘に出会いました。ライバルはいるようですが、その上で競い、彼女を得たいと考えているのです」
国王だけではなく、宰相もぽかーんとしてしまい、二人は顔を見合わせた。
まさかと思うが、昨夜、ライジードはどこぞの令嬢と同じ夜を過ごして、それで一気に結婚を決めたとか?
「・・・それは、どこの姫君だ?」
「さあ、分かりません。私は不思議な天啓を受けたのです。その中で、・・・ええ、夢の中で出会った姫君。彼女を私は手に入れたいと考えております」
「・・・ついにおかしくなったのか、ライジード」
「まさか。私は正常です。ストロベリーゴールドの髪、不思議な灰色の瞳、誰よりも美しい聖なる乙女。彼女を、私は唯一の妃に望んでいるのです」
やはりあの美少女を失ったのが痛手だったのだろうかと、ついに自分の息子は気が触れてしまったのかと、国王は頭を抱えた。
きっとレイラを失った辛さを誤魔化す為に、他の女に血迷ったに違いない。
(やはり、あの娘をあんな形で失わせるのではなかった。あんなにも優れていたライジードを、こんな形で駄目にすると分かっていたなら・・・)
宰相もそう判断した。
(女で身を滅ぼした男は、古今東西、枚挙に暇がない。殿下もそうであったか)
失恋の痛手にのたうつ人間は、ちょっとした優しさで落とせることがある。まさにそんな海千山千の女にライジードは誑し込まれたのだろう。
だが、そういう女は性悪なのだ。
ライジードに気づかれぬよう、宰相が部下に指示する。ライジードの背後から兵士達が近づいて一気に拘束した。
「何をするっ! お前達っ、放せっ。父上っ、宰相っ、これはどういう・・・っ」
「・・・殿下。どうぞ今はゆっくりと頭をお冷やしくださいませ」
「私は冷静だっ。放せっ、お前らっ」
「いいから、殿下を。最上階の、窓に鉄格子が入った部屋へお連れしろ。けっして不自由なことにはさせぬように。しかし決してお出ししてはならぬ」
宰相が命じると、兵士達もそれに従う。国王が、宰相の言葉に頷いたからだ。
「父上っ!」
「頭を冷やせ、ライジード。そなたは次の国王となる身だ」
ライジードは、離宮に帰ることなく、王宮の一室にて軟禁された。
何度ドアを叩こうが喚こうが何しようが、出されることはなく・・・。
そうして国王命令として、ライジードはその豪華な部屋で数日過ごさねばならないという、不本意な目に遭わされたのだった。
その朝からロムルスは特別休暇をもらい、皇帝のいる宮殿へと出向いた。
「どうした、ロムルス。何かあったか?」
「お久しぶりです、父上、母上」
宮殿からは逃げ回っていたロムルスである。宮殿とは男を取って食べる食虫花が生息している危険地帯だと、そう認識していた。
しかし、こういうこととなったら、まずは両親に話をしなくてはならない。
そういうわけでロムルスは久しぶりに両親を前にして、親子三人の時間を過ごしていた。
尚、弟はハイアレティ公爵家で、不在の母と兄の代わりにせっせと雑用に追われていた。皇妃となった母と、敵前逃亡をはかった兄を持つと、弟はもう諦めて生きるしかなかったのである。
「本当に久しぶりだわ、ロムルス。ああ、前よりも更に背が高くなったのではなくて?」
「変わりませんよ、母上。母上はお綺麗になられた。やはり父上と一緒の生活だからでしょうか」
「え? まあ。親をからかうものではありませんよ、ロムルス」
そう顔を赤らめながらも、ハイアレティ女公爵兼帝国皇妃は夫にそっと寄り添った。
「ところで、父上。実は不思議な夢を見たと申し上げたら信じていただけますでしょうか」
「夢?」
「はい。実は二十才を迎えた頃から、私は毎晩のようにある娘の夢を見続けておりました。そして先日、とある白い部屋に招かれた夢を見たのです」
「まあ。一人の女性の夢を見続けていただなんて。どこのお嬢様なの、ロムルス?」
嬉しそうに皇妃が尋ねる。やはり息子の恋愛は気になるからだ。
きっとロムルスは一目惚れした女性を、毎晩夢に見て憧れていたのだろう。なんて素晴らしいことなのか。
「はて・・・。実はその部屋で、私は顔の分からぬ男、・・・それは神のような存在だったと思っておりますが、その男を前にして他の四人の男と共にいました。顔の分からぬ神は、我々五人に言いました。夢に見ていたその女性をこの世界に誕生させるが、幸せにすると約束するのであれば、彼女にさえ選ばれればくれてやろう、と」
「なんと。それはまた」
「あらまあ」
さすがに皇帝と皇妃もコメントに困る事態である。
「我々五人の正体は互いに分からぬままでしたが、一人はリベラ神国の神殿に属するとか。その誕生してくる女性を、リベラ女神の娘として公表し、リベラ神殿が後見につこうと、そこまで言い出しました」
「夢にしては、なかなか細かい設定なのだな、ロムルス」
さすがの皇帝もそうとしか言えない。
誰だってそうだ。息子がいきなり、
「僕ね、ずっと女の子の夢を見てたんだ。でね、その子、この地上に産まれてくるんだよ。そしたらね、その子は女神の娘って身分にできるんだって」
などと言い出して、微笑ましく思えるとしたら、それは子供の時だけである。。
通常、夢とは断片的なものな筈だが、・・・さすが自分の息子は、設定が細かい。凄いもんだなと、感心してみせる。
「はあ。もう一人はどこかの王族のようでした。あとの二人は分かりません」
そこでロムルスは両親をまっすぐ見た。
「夢の内容を真面目に語るなど、おかしいと見なされることは承知の上です。ですが父上、母上。我々五人は、その彼女の居場所が感覚で分かるようになっております。目覚めて私はすぐに彼女の居場所を探りました。・・・私は彼女に再び会いたいと考えています。そして妻に迎えたいとも。ライバルは手強いだろうと感じておりますが、彼女を得る為だけに他国まで出向くことをお許しいただけますか?」
皇帝と皇妃は互いの顔を見交わした。
ロムルスは決して夢見がちな青年ではない。あまりにも突拍子がなさ過ぎて信じられないが、さりとて特に今、多少の冒険すら息子に許さないような、そんな切迫した状況などではなかった。
皇帝が、フッと笑う。
「ロムルス。それはギネス伯爵家令嬢に失恋したからではないのだな?」
「・・・男に失恋する趣味はありません、父上」
「あら? だってロムルス。あなたジルドレア様にフラれて、だから傷心のあまり、宮廷に近づかなくなったのではなくて? ジルドレア様が結婚して以来、あなた、どんなパーティーも出なくなったじゃないの」
「仕方ないではありませんか、母上。彼がいなくては、ダンスを踊ってくれる相手がいないのです」
「ジルドレア様は素敵なご令嬢よ、ロムルス」
「母上の目がおかしいのです。あいつは誰がどう見ても、ドレスを着て化けられるだけの男です」
おかしいのはロムルスの方だろうと、そう両親は思ったが、面倒なのでその話はそこで打ち切ることにした。
どうやら彼女への失恋が理由でおかしくなったというわけでもなさそうだ。
「夢、ね。まあ、そういう冒険の旅も面白そうだな。花嫁探しの旅か。・・・許そう、ロムルス。それなりに供の者は連れて行くがいい。・・・だが、その娘はどこにいるのだ?」
「さあ。方角としてエスリーダ王国だと感じております。もっと近づけば分かるでしょうが」
そこでロムルスは彼女の姿を思い返す。
「とても・・・心の清らかな娘です。いえ、外見も美しいのですが。ストロベリーゴールドの髪に、不思議な灰色の瞳をしています。とても臆病で、・・・そうですね、母上のように大人しい感じの優しい娘です。けれどもそれを支えてやりたいと、守ってやりたいと、私はそう思ったのです」
そんな言葉を幸せそうにロムルスが語るものだから、皇妃は涙ぐんだ。
母親にとって息子とはやはり特別だ。その息子が自分に似た娘を選ぶというのである。母親冥利に尽きるというものであろう。
(私みたいな女性だなんて。・・・なら、午後のお茶にもつきあってくださるかしら)
というよりも、皇妃は元々が大人しいタイプだったので、あまり気の強い女性だとかえって自分が苛められるかもしれないと、そちらも心配だったのだ。
けれども臆病な女性だと、ロムルスは言う。
ならば自分は彼女が怖い思いをしないよう、宮廷の貴婦人達から息子の妻になる人を守ってやらねばと、皇妃は自分に言い聞かせた。女は弱いが、母は強いのである。
(わ、私。義理の母ってことになるのよね。なら、守ってあげなくちゃ)
それに。娘だ、自分に娘が出来るのである。義理ながらも娘。
なんと素敵な知らせなのか。
彼女には、娘と仲良くお喋りしながら、お茶をしたり、散歩をしたり、刺繍をしたりして楽しいひとときを過ごすという、そんな夢があった。
「なんて素晴らしいんでしょう、ロムルス。そのお嬢さん、何がお好きかしら。美しいってことは、綺麗なドレスは好きかしら? どんなお部屋を用意しようかしら。ああ、あなたに、ついに奥方ができるのね」
さすがにロムルスも苦笑する。
「さて、それは・・・。ライバルも四人おりますし。ただ、早く迎えに行ってやりたいのです。・・・彼女は貴族ですら気後れしてしまうぐらいの娘です。私もただ、一軍に属しているとしか伝えませんでした」
「身分に寄ってくる女性よりはるかに素敵だわ。ちゃんとその方がうまくやっていけるよう、私も協力しますからね、ロムルス」
「ありがとうございます、母上」
やはり、女性の味方は必要だ。しかも母が全面的に支えてくれるとなれば、かなり彼女の負担はかからないだろう。
そう思ってロムルスも安心する。
「あんなにも美しい娘を連れ帰るとなりますと、護衛も必要でしょうし、彼女は野宿などできないでしょう。彼女はとても安全で平和な育ち方をしていました。だから父上、申し訳ありませんが、ハイアレティの兵を二十名程連れて行きたいと考えております」
美冴の生活水準でいけば野宿は不可能だとロムルスは判断していた。だが、実際にはとっくにレイラと同じ野宿を経験していたなどと、分かる筈もない。
「かまわぬ。帝国の皇太子妃を迎えに行くのに二十名とは少なすぎるぐらいだが、あまり目立っても困ることになろう。だが、必要とあればいつでもその名を出して、その地で協力を引き出すがいい」
「ありがとうございます、父上」
今のロムルスの立場を思えば、兵士など百人でも少ないだろう。しかし、目立たない方が安全だと皇帝も考える。それにロムルスは自分の身分を出さずに行きたいらしい。
また子爵家の息子ということにするんだろうなと、皇帝エイドルクは思った。
(これでいい。父上と母上にちゃんと話を通しておけば)
現在、ハイアレティ公爵家は、皇妃である母が主人となっているものの、それは名前だけである。父がそう言ってくれたなら問題はないと判断したロムルスは立ち上がった。
「それでは行って参ります、父上、母上」
「うむ。気をつけて行って来い」
「怪我しないでね、ロムルス」
その点はライジードと違い、ロムルスには親からの信頼というものがあった。夢の話を真面目に語っても、好きにさせてくれるだけの。
ライジードにはなかった。それだけである。
ハイアレティ公爵家に戻り、弟に対して、父の了解はとったから二十名ほどの精鋭を出せと要求し、ロムルスは、弟が誰にするかと悩んでいる間に、タイガルース侯爵邸へと出向く。
「ごきげんよう、タイガルース侯爵殿。・・・ジルード、どうしたんだ、スカートなんか穿いて」
「私は、・・・もういい。それより、今まで放っておいて、いきなり来るとは何か困ったことでも?」
色々と恨み言の一つも言いたかったジルードだが、夫の前なのでそれを飲み込んだ。すると、ロムルスが力強く頷く。
「ああ。実は結婚を申し込みたい女性ができたのだが、その女性が外国にいるのが分かった。とてもか弱くて大人しくて臆病な女性なんだ。だが、・・・ライバルが他に四人いる。そして、恐らく彼女にはかなりの有力者が婚姻を申し込むだろう」
タイガルース侯爵が、呆れて口を挟んだ。
「ロムルス様。あなた様に比べたら、有力な求婚者などいませんでしょう」
「いや、そうでもないのです。実はその女性に、とある隔離された場所で、我々は顔合わせを行いました」
ロムルスは苦笑して答えた。
「求婚者の一人は恐らくリベラ神国の大神殿、その中枢にかなり近い男です。なんと、彼女をリベラ神国の聖なる乙女として公表すると言ってのけました。そしてもう一人は、恐らくどこかの国王か王太子でしょう。彼女に対し、『我が王城に・・・』などと口走ったぐらいです。王城に住む人間は数多くとも、我が物として言える人間は、国王もしくは王太子ぐらいです」
「・・・でしたら、彼らの素性はもうおわかりですね? 特徴をあげていただければすぐに調べます」
「いや。それがお互い、覆面で分かりませんでした。こちらの素性も知られてはいません。そして後の二人は全くもって不明です」
正しくは覆面ではなくのっぺらぼうだが。
そうロムルスは、謝意を示しながらもそれを退けた。
タイガルース侯爵は、そんな不思議な顔合わせなど可能だろうかと、首を傾げる。だが、ロムルスは真面目な顔をしている。
もしかしたら機密事項にかかってくるのかもしれない。言えないことがあるからおかしい話になっているのかもしれない。つまり、教えてもらえる範囲で、判断しろということなのだろう。
「それで、だ。恐らく他の奴らも出発しているだろうが、・・・ジルード、今、結婚して忙しいのは分かっている。だが、彼女は貴族という身分にすら怯えてしまうような純粋な女性なのだ。だから俺も自分は貴族どころか、単なる騎士としか伝えていない」
そこでタイガルース侯爵夫妻は、駄目だコイツ、というような目になった。
男なら、どうしてそこで、
「お前を帝国の妃にしてやる。だから俺についてこい」
ぐらい言ってこないのか。このヘタレが。
まさにそんな気分である。
そこまで傲慢になれないなら、
「結婚してくれないか? 君をこの世で誰よりも高貴な女性にしてみせるから」
でもいいではないか。このマヌケが。
タイガルース侯爵夫妻は、疲れた表情で顔を見合わせた。
「えーっと、ごめんね、エディ。放っておけないんだ(情けなさすぎて)」
「いいよ、ジル。君がいれば、まだ進化できるだろう(世間の男並には)」
「・・・? えーっと、すまない? いや、助かる」
タイガルース侯爵も、そんな貴族でもない女性にロムルスばかりか他国の直系王族が求婚するという話に興味が湧いたのだ。しかもリベラ神国までそんな力技をも繰り出すとなれば、かなりの特別待遇だ。
一体どんな相手なのか。
まさかと思うが、失われた古王国の流れを汲む、市井育ちの姫君とか?
それとも何か変わった技能や、特殊な何らかの特権を有している女性なのだろうか?
(詳しいことを聞き出す時間も惜しい。まずはその女性、確保しておいて損はない)
問題があればそこで手を引けばいいだけのことだ。大事なのはスピードである。しかも他国の実力者との競争となれば、尚のこと。
しかし、ロムルスはあまりにも相手のことを思いやりすぎて強引さがない。いや、必要とあれば出来るのだろうが、女性に対してあまりにも紳士的すぎる。
ジルードなら、ロムルスの代わりにその女性を口説くぐらいしてくれるだろう。それに相手が女性なら浮気の心配もない。
タイガルース侯爵は、そう判断した。
「すぐに着替えてくる。あ、悪いけどエディ、今日の携帯食、作ってもらうよう厨房に言っといてくれる? そこのお坊ちゃまの護衛の分まで」
「分かった」
今まで外に出してもらえず、嫉妬深い夫にちょっとげんなりしていたジルードはすぐさま用意にとりかかる。久しぶりの遠出だ。しかも好き放題に動ける。
自由、万歳。
「ハイアレティ公爵邸に行けばいいんだろう? 用意をしたらすぐに行く」
「すまない、ジルード。やっぱりお前は親友だ。お前ほど頼りになる奴はいない。侯爵、申し訳ないが、彼をお借りいたします」
「はあ。・・・いや、本気であなたって人が羨ましくなりましたよ。ロムルス様」
「は・・・?」
タイガルース侯爵は、きっとロムルスにとってジルードは永遠に男の友人なんだろうなと、そう思った。嫉妬するのも馬鹿らしくなってくる。目の前のジルードはスカート姿だというのに。
そうしてロムルス一行は、エスリーダ王国に向けて出立した。
・・・・・目的地はかなり遠かったけれども。
ずっと夢に見続けていた、黒髪に茶色い瞳をした女性。
養父であるイディラートは、ルーセット神殿に行っても、まだまだ大神殿に大きな影響力を残している実力者だ。何かあれば、すぐに大神殿との間に直通の早馬が走る。
(イディラート様のお手紙で、「何なら、お前が結婚したいと思う娘を、リベラ女神の娘として箔をつけて公表してもいいのだぞ」と、書かれていた時には、何を変な冗談とおもったものだったが、・・・見越していらしたのか。やはりあの方は凄い)
イディラートにより、大神官には話が通っていたらしい。
顔の分からない男。
こちらの世界に移されるという娘。
リベラ神国の頂点に位置する大神官は、そこまでは知らなかったそうだが、ファルードがとある娘を望むであろうことは知っていたのだと、そう呟いた。
そしてファルードの話を聞くと、「なるほどな」と、何かを考えるような顔になる。
「女神ではなくとも神の世界に関与する存在であることには変わりあるまい。・・・ファルード、その娘、リベラ女神の娘としてこの世に現れたと、このリベラ神国が後ろ盾になって保護しようと、そう話をまとめてくるがよい」
「・・・大神官様。今までそんな前例はございません。軽々しく、そんなことを」
ファルードが頬を引き攣らせながらそう言うと、大神官はゆっくりと首を横に振った。
「いや。大事なのはその娘に、我が国が・・・敵ではないのだとそう認識させることにある。良いか、ファルード。何があろうと、その娘の敵にはなるな。そしてリベラ神国は、その娘を我が国の聖なる乙女として扱うと、それを表明してこい。何があろうと彼女を守る、と」
「リベラ女神の名を軽々しく使うというのは、いかがなものでしょうか」
「二度はないであろう。それに、女神の娘と呼ばれるに相応しい奇跡の娘であることには変わりない。いいか、ファルード。なるべく我が国に迎えよ。・・・もしそれが叶わなくても、彼女にとっては、何かあればすぐに頼れる存在としてリベラ神国を認識させるのだ」
「・・・かしこまりました」
だからファルードはその話を、顔の分からない男に持ち出したのだ。さすがに自分の一存で取り計らえることではなかったから。
そんな事情もあって、大神殿での用意は既にされていた。
夢だろうと、誰も馬鹿にすることなく、ファルードが朝一番に大神官に面会し、彼女が存在していることを伝えると、すぐにその発表がなされたのだ。
「では、行って参ります」
なぜか大神殿におけるイベントのような様相になっていて、ファルードは皆に見送られながら、二十名の神官と共に出発することになった。あまり多くても仰々しいだろうと、あえて少なくしたのだ。
だが、その娘を見てみたいからと、なぜか年寄りが多い編成となっている。何でも彼女にはかなりのご利益があるのだそうだ。
(これでフラれたらどうなるんだろう。・・・それより、今、0才とかだったらどうしよう)
そんなことを思いながら、ファルードはエスリーダ王国方面へ向かって出発した。
(だけど、・・・どうしてなんだろうね)
ファルードは空を見上げながら、自分が髪を梳いてあげた娘を思い出す。
(名前をまだ知らない君。その君に会いに行くっていうのに・・・)
周囲では、ガラガラと馬車の音が響いている。
(僕、今からお年寄りの引率気分になっちゃってるんだけど)
ご老体は無理がきかないのだ。
エスリーダ王国は距離があるというよりも、・・・なんだか自分達のスピード的に、遠く思えてならないファルードだった。
まっとうな対応を行っていた三人に比べ、ザイはかなり身軽だった。元々が盗賊村出身の青年だ。荒っぽいことにも慣れているし、単独行動にも慣れている。
夜中だというのに、目覚めて彼女のいる方角を確かめた途端、荷造りを始め、ザイは書き置きを残して、夜明けと同時に家を出た。
(お前は今、幾つなんだろうな。・・・今もお前は、俺を選ぶか?)
一人という機動力では、他の三人の追随を許さないザイだ。
なんだか方角的に、先だって通った道ではないかと、そこにいやーな思いを感じつつ、馬を走らせていく。
(会いたい。・・・まさか0才じゃないだろうな)
だが、それでもいい。今、赤ん坊だというのなら、攫ってでも自分が育てよう。そうして彼女を手に入れるのだ。今度こそ、手放すことなく。
彼女の名前は何だろう。あのストロベリーゴールドの髪が、太陽の光を浴びて輝くところをこの目で見たい。
(いささか荷物が多くなっちまったが仕方ないよな)
何故なら彼女はどんな家で生まれ育っているか分からないのだ。その家によって、訪ねていくにも相応しい格好がある。荷物が増えてしまったのは仕方ないことだった。
たとえばそれなりに財産家のお嬢様だったりしたら。みすぼらしい格好の青年など門前払いされるだけではないか。
けれども貧民街などで育っていたら。良い格好をしていけば、トラブルになるだけである。
だから様々な物を用意した。おかげでいつもの倍以上の荷物になった。
だけど、そんな手間すら、愛しい女の為だと思えば喜んで出来る。
(待ってろ。今、行く)
そんなザイの姿を、太陽だけが明るく照らしだしていた。
それは、ある日のことだった。
「閣下、リベラ神国がいきなり不思議な公示をいたしました」
いち早くその報に接したのは宰相だった。宰相はその内容を吟味し、・・・追って、早馬にてきちんと詳しい文書を持った役人が到着するということを確認する。
「陛下。これは、いささか・・・。殿下にお話を伺う必要があるようでございます」
兵士に、ライジードを解放して会議の間までおいでいただくようにお伝えしろと、宰相はそう命じた。
そして、やっと軟禁が解かれたものの時間を無駄にさせられたことに不機嫌なライジードを前に、宰相は言った。
「殿下。お話をきちんと聞く必要があるようです。もうそろそろ早馬が到着する頃です。陛下もよくお聞きになっていただきたく、お願い申し上げます」
「ふむ? だが宰相がそう言うのであれば大事なことであろう」
そんなことを話していると、たしかにリベラ神国からの早馬が届いたと、そう会議の間に報告が入った。
「失礼いたします。身なりも整えず、ご無礼をお許しくださいませ」
そう慌てて入ってきたのは、それはリベラ神国に赴いているエスリーダの大使の館と、この宮廷とを行き来する役人だった。かなり馬を飛ばしてきたのか、どうやら足もがくがくと震えているようである。
「こんな格好で申し訳ございません。いえっ、こんなにも慌ててやってくる無礼は重々承知なれど、一刻も早くと思いましてっ」
「かまわぬ。リベラ神国が何の公示を出したと? まさか、それは聖なる乙女とやらではないのか?」
ライジードがその話を促す。彼には予感があったからだ。
「おお・・・っ! 殿下にはもうそれをお知りになる伝手をお持ちでいらっしゃいましたかっ。その通りでございますっ。一刻も早くと飛ばしてきたつもりではございましたが・・・」
恐れ入った役人がそう目を瞠るが、ライジードは首を横に振った。
「私がそれを知っているのは、その聖なる乙女を見知っているからだ。だが、まずは父上に、そして皆に報告するがいい」
「なんとっ。リベラ神国は大々的に今からその居場所を探すつもりのようですのに、もう殿下はご存じとは・・・っ。では、お伝えさせていただきます」
役人は、文書を宰相に手渡しながら、その上で口頭でも伝える。
「リベラ神国にて、リベラ女神の恩寵深き聖なる乙女がこの世界に出現したと、そう公表されました。乙女の容姿は美しく、赤く輝く金の髪、光によって色合いを変える灰色の瞳をお持ちだとか。その乙女のいる場所は常に女神の恩恵がもたらされるそうでございます。今、リベラ神国は、その乙女を大神殿にて大切にお迎えすると、そう告示いたしました。ですが、その乙女の意思を無視して無理矢理に何かを強要することは許さないと、そしてまた彼女をリベラ神国に送り届けてくれた者にはそれなりの謝礼を用意するとのことです」
ライジードは、薄く笑った。どうやら、本気でデルタはやってのけたらしい。
「なるほど。だが、その乙女が望むのならば、リベラ神国はその後ろ盾として立つということであろう? そこまでは聞かなかったのか?」
「え? あ、はい。そんな話は出ておりませんでしたが・・・」
戸惑ったように、役人が顔を上げる。なるほど、どうやらデルタも自らが彼女を獲得する気とみた。
「いえ。実はその乙女がいる方角がどうやら我が国らしいということで、急いで戻って参ったのです」
「そうか。ご苦労だった。大神殿も彼女を手に入れる気は満々ということだな。だが、私も引く気はない」
ライジードにしてみれば、これでただの夢ではないことがはっきりしたと、そんな気持ちでもあった。
「何にしても、そのリベラ女神の恩寵深き聖なる乙女、私もその娘を得たいと考えていることには変わりない。・・・父上。その娘を私は手に入れて正妃にしたいと考えております。リベラ神国がそこまで世界に公表した娘です。身分がないからと言って、レイラと同じようにお思いはいたしませんね?」
「・・・ライジード。そなた、何を知っておる?」
「殿下。それは一体どういうことでございましょう」
国王と宰相の言葉にも、ライジードは微笑で返した。
はっきり言って、二人にはかなり恨みがある。この無駄にした時間をどうしてくれると、実はかなりライジードは怒っていた。
「文字通りの意味です。その聖なる乙女、リベラ神国の大神殿だけではなく、そして私だけではなく、更にまだ他にも望む者が出てきましょう。ですが、エスリーダからは私、リベラ神国からは即座に聖なる乙女として公表できるだけの男が、既に乙女を手に入れようと名乗りを挙げているのです。後の三人もそれなりの人物に違いありますまい」
宰相が問いかける。
「殿下。先日はきちんとお話をお伺いしなかったことをお詫び申し上げます。ですが、詳しくお話を聞かせていただかねば困ります」
「困っているのはこっちだ。わざわざ我が国に存在しているその聖なる乙女、すぐにでも迎えに行く予定を、私はこれで何日無駄にした? リベラ神国の公示を待つまでもなく、いち早く取りかかれたその時間を、お前は私にみすみす逃させたではないかっ」
国王にしても宰相にしても、リベラ神国がそんな聖なる乙女といった存在を今まで言い出したことはないと知っている。我が国に存在するのならばすぐにと思ったが、肝心の情報を握っているらしいライジードを怒らせたのが手痛い失点でもあった。
レンダーがそこで声をかける。
「ライジード様。先程から聞いておりますと、それは殿下に直接そのリベラ女神の啓示があったということでございますか? その聖なる乙女とはいったい・・・」
「はて。リベラ女神かどうかは知らぬが、どちらにしても人知を超えた存在ではあろう。あの娘は私とて手に入れたい。邪魔するな、レンダー」
「ライジード。お前には分かっているのか? その聖なる乙女、我が国にいるというが、それはどこにいる?」
「方角としてはテルノス領でしょう。何にせよ、私は参ります。・・・失礼します、父上。もう私には愛妾も何も必要ございません。彼女以外、妃は不要です」
そう宣言すると、ライジードはさっとその場を出て行った。慌てて宰相がレンダーに命じる。
「レンダー。殿下を追いかけろっ。聖なる乙女など聞いたこともない。そんなものをリベラ神国が出してきて、何もないわけがない。何があろうと供をし、・・・そしてその聖なる乙女とやら、絶対に確保しろっ」
「・・・・・・鋭意、努力いたします」
そんな無茶なと、レンダーは思った。
冗談はやめてほしい。リベラ神殿は様々な国に存在する。リベラ神国こそ、さほどの大きさはないが、聖なる国として信仰の対象であり、ひと声かければ様々な国に信者がいる一大勢力なのだ。
(なら、宰相閣下が行ってほしい。大体、ライジード様をどうやって・・・。しかもテルノス領って、とってもイヤな予感しかしないんだが・・・)
しかし、宮仕えとは辛いものだ。諦めの境地でライジードを追いかけるしかない。
すぐにレンダーもその場を出て行く。
残された国王は溜め息をついた。
「一体・・・。かのレイラという娘がいなくなってから不幸続きときたものだ。すると今度は女神の恩寵深き聖なる乙女、か。その乙女ならばこの状況をどうにかしてくれるのか?」
「・・・どうでございましょう。ですが、あれだけレイラという娘に固執していたライジード殿下がいきなり他の乙女にご執心。しかもその乙女はリベラ女神の娘、ですか。・・・一体、殿下はそういう福を呼ぶ娘ばかりに囚われる運命をお持ちなのか」
そこで宰相は考え込んだ。
だが、レイラは紫の髪に、普通の灰色の瞳だった。その条件には当てはまらない。
けれどもレイラは、そのリベラ神国の一神官にそっくりの容姿だったという。その一神官は、今、大神殿で着々と出世しているようだが。
ここでリベラ神国が公表した聖なる乙女。だが、レイラを見つけ次第こちらに寄越せと、リベラ神国は矢のような催促だったではないか。
(恐らく、我々は間違えたのだ)
あのレイラという娘。
全く得体が知れないながらも、彼女を手に入れてからライジードは幸運続きだった。
しかも今回、ライジードを軟禁などしていたせいで、その聖なる乙女とやらをどうやら見知っていたらしいライジードの出立はかなり遅れた。時に、スピードが全ての勝敗を決するというのに。
(殿下を止めること自体が失敗だったというのか。だが、・・・殿下はまだお若くていらっしゃる。まだまだこちらの導きが必要でいらっしゃるご年齢だ)
しかし現在、ライジードの領地と離宮、そしてテルノス領だけがこのエスリーダ王国で地道に栄えている。そう、いみじくもライジードがレイラを手に入れ、そして今もまた向かおうとしている地方だ。
(聖なる乙女、か。偶然か? 今、テルノス領は豊作続きの上、行方不明だった跡取りも見つかり、いいこと尽くめではないか)
宰相は国王を見遣り、同じことを考えていたであろうことに思い至り、頭を下げた。
「陛下、いえ、・・・これは私の失敗でしたでしょう。殿下に関して、私共は何もすべきではなかったのです。恐らく、殿下が望むのなら、あのレイラという娘すら排除すべきではありませんでした」
「そうだな。だが言っても仕方のないこと。それにあの判断は間違いではなかった。どうして次期国王の傍に、身元も経歴も何も分からない娘を置いておける?」
「はい」
そんなこと、国王にも宰相にも分かっていた。
その自分達の意見は正しい。確実に間違ってはいない。
だが、それでも。
世の中にはそれら全てをなぎ倒すことができる、「例外」が存在するのだと。それをひしひしと思い至らずにはいられなかった。
27話まできてやっと3話だよね? という、これまでを読んでくださってありがとうございました。
この28話が男の側から見れば4話だという事実も、泣けてくるようなスローペースです。
なのに、あらすじにしてもタグにしても他の方に比べて読む気が失せる内容の薄さと言葉の少なさ。それでいて一話は長い事実。この話を読もうと考えつくだけで、かなりのハードルがあったのではないでしょうか。
それにもかかわらず、ここまで読んでくださった方に、ありがとうございましたと、お礼申し上げます。まだ、終わりませんけど。
読んでくださる方が一人いてくれればいいと思っていたので、最初にブックマークしてくださったおひとりの為にこちらにも展開していたようなものでしたが、まさか二人以上に増えると思わなくてびっくりでした。
こういうブックマークや評価の点数システムは、本人のやる気を出させる為にあるのでしょうが、(うまく伝えられるかは分かりませんが)こんなにも読む気をなくさせるあらすじとタグの中、それでもあえてこの話を読むのにトライしてくださった方がいるというのは、それだけ一つ一つの重みを感じるというのでしょうか、価値があるように、大切に思えていました。
多分、他の方の読みやすいものに比べ、これはかなり迷ったと思うのです。何といっても一話は長いし、登場人物が多すぎて読みにくいし、ちゃんと着地地点があるんだろうなと念押ししたくなるような話ですし。
ちょっとこれを読み続けるのは面倒くさそうだなあと、どなたもが思ったでしょうに、その上でブックマークしてくれたんだろうなと思うと、・・・余計にそれがとても価値があるように、・・・感じますよね? いや、私だけですか? そんな万人ウケしない路線を突っ走るなよという感じの同情票ですか? だとしてもいいです。
この先の展開が、脱力されてしまいそうで、考えるとちょっと怖くなるので考えないようにしていますが、その時点で見るのをやめる方もでるかもしれないので、今の時点で、お礼申し上げます。こんなにも埋没しているばかりか、最初から飛ばしまくりなのか、停滞しているのか分からない話を、見つけてくださってありがとうございました。




