↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/33

27 夢からさめた男達と、夢の中の彼女達

レイラ(リリエル):ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳。リリエルの姿を取る時には水色の髪に青い瞳。松岡美冴が新しい姿を持ち、ロキスとミザリーの娘として産まれた。その後、マイオスに拾われて、リリエルと名づけられる。


チェンジン国・リミダ村

 ザイ(ガンマ):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。リミダ村の村長及びピルッポの実質管理者。

 マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。妻はエイリーン(金髪に赤茶色の瞳)。リリエル(レイラ)を拾って育て、シアラ(水色の髪、水色の瞳)も引き取る。エイリーンとの間に長男ロッジ。

 ローリー:ザイの弟。

 クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。


アームル帝国

 ロムルス(イプシロン):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の皇太子兼ハイアレティ公爵家長男。

 ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。ギネス伯爵家の次女ジルドレア。エディナートとの結婚によりタイガルース侯爵夫人。


エスリーダ王国

 ライジード(アルファ):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。王太子。

 レンダー:宰相がライジードに付けた懐刀。水色の瞳。甘いもの好き。

 テルノス辺境伯:エスリーダ王国とリベラ神国との盟約をも履行している領主。

 R01(一姫):金の髪。おしゃれが大好き、女の子らしくありたいと努力する子。

 R02(二姫):赤の髪。体を動かすのが大好き。高い物を見ると登りたくなる子

 R03(三姫):茶の髪。夢見がち。周囲や皆の様子を見て、バランスをとる子。

 R04(四姫):橙の髪。怖がりで大人しい。常に遠慮がちな子。 



リベラ神国。豊穣と繁栄を司るリベラ女神を国全体が祀っている。

 ファルード(デルタ):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。神官。ナリス王国リーング出身。

 イディラート:ルーセット神殿の神官長。ファルードの養父。焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。


塔

No.2猫の塔:主はシルヴィア。蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。跡継ぎはシュバルト。

No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター(ベータ・金髪、青い瞳)。

No.5思索の塔:白髪の老爺。

 戦略は大事だ。

 さて、ガンマ(ザイ)とイプシロン(ロムルス)、かなり腕が立つとみた。そうなると、外見も男らしい可能性が高い。

 そんなことをつらつらとファルードは考えていた。

 戦うことに慣れている人間というのは、腰が据わっている。ファルードもそれなりに剣は使うので、そういう動きもチェックしていたのだ。

 彼女の好み次第だが、筋肉がっしり体格タイプが好きならファルードの勝率は低い。

 ファルードとて腕に覚えがないわけではないが、どうしても自分の見た目はそういう男くささとは無縁だと、自覚はしている。


(そうなると、だ。一か八か、ではなくて、次点でもいいから高スコアを出しておく必要があるんだよな)


 男は女の見た目で決めてしまうことが多いが、女はそうとは限らない。見た目の好みよりも、違う条件を重要視する傾向が強いからだ。

 好みの外見とは全く違う男に惚れることも多い。

 

(この場合、男性としてのアピールはしない方がいいだろう。完全に頼れる人として、彼女に思われた方がいい。さすがに他に四人もいるというのは厳しい。ここは確実に星を獲っていかなくては)


 あとの四人、その正体は不明だ。しかし、リベラ神国の神官だと身分を明らかにしたファルードが、我が国の女神の娘として遇すると言ったのに、誰も全く恐れ入っている様子がなかった。

 普通、たかが神官一人がそんな重要なことを決められる筈がない。そういうことを言い出せる時点で、誰しも馬鹿ではないだろう、ファルードがある程度、中枢に近い立場にいることは察した筈だ。


(なのにそれを気にしない・・・。つまり、彼らもまたそれなりに地位なり権力なりを有している立場にあるということだ)


 だが、それは分かっていたことかもしれない。

 一年もかけて一人の女の人生を夢に見せ、更に「その女をここに呼んできたから得る気はあるか?」などと、不可思議なことをやってくれる存在が、そこらの有象無象な輩を選ぶはずもないからだ。


(ただ、なんであんな下品っぽい男が混じってるんだ? そこが分からない)


 どう見ても場末の汚い酒場が似合いそうな雰囲気を漂わせるガンマ。

 他のアルファとイプシロンが王侯貴族と推測できるだけに、その選択基準が分からない。しかもアルファなど「我が王城」とまで言いきったのだ、王族そのものではないか。

 自分だって、この若さでかなり出世しているという自覚はあるファルードだった。


(だけど、ベータも分からないんだよなぁ。そういう特権階級って感じはしないのに、全く周囲に対して気後れしないだけの胆力があるし)


 普通、平民ならそうと知った時点で一歩引きさがるものだ。なのにそういうところが全く無い。

 いきなり彼女のシーツを剥ぎ取るようなことをするから、何を考えていたのかと思いきや、どうやら全く何も考えていなかったわけでもなさそうで、・・・・・・彼女に嫌われたであろうことだけがラッキーである。


(だけど、ちょっと野卑な男の方が女を切らすことがなかったりもするから分からないんだよなぁ)


 そんなことを考えていると、扉がそっと開く。それに気づき、ファルードは神谷の姿のまま、笑顔を作った。

 すると思った通り、彼女がおずおずと覗きこんでくる。青色のドレスを身につけているのは、どこかで着替えたからか。


「お待ちしておりました、我が姫君。私は何番目でしょう?」

「・・・三番目、です」

「そうでしたか。ちょうど真ん中ですね。どうぞこちらにお座りください。そのドレスもとてもお似合いですし、せっかくですから髪を結って差し上げましょう」


 せっかく綺麗なドレスなのだ。それに髪を人に梳かしてもらうというのは、ちょっと特別な気持ちを彼女に抱かせるだろう。

 髪を結っていないことを恥じ入らせてしまわぬよう、自分がしたいからさせてもらえないだろうかと、その表情で語りながら、ファルードは椅子を示した。


「ありがとうございます」

「いいえ。昔はよくやってあげたものです。・・・神殿に入るまでは、姉や妹達の髪を」


 彼女が頭を軽く下げたタイミングで、本来の姿へと変化させる。

 見上げてきた彼女は、そこで驚いたようだった。


(まあね。綺麗って言われてもあんまり嬉しくなかったけどね。だけど、インパクトには便利なんだよな、この顔)


 礼儀正しく距離と節度を保ったまま、ファルードは挨拶した。


「ファルードと申します。豊穣と繁栄を司るリベラ女神の神殿に属しております。どうぞお見知りおきくださいませ」

「ファルード、さん」


 たまに女性が嫌がっていないからと、ぐいぐい迫っていく男がいるが、あれは単に不愉快な気持ちを押し込めて愛想笑いしているだけだ。男が自分を軽く見ていることに不快感を覚えながら。

 女性は基本的に、自分が警戒を解いてからでないと、男に対してそういう態度に出られることを好ましく思わないものである。

 だからファルードはあえて少しの距離をとる。パーソナルスペースを侵さない為だ。それが彼女の信頼感を育むだろう。


「ええ。できるだけ早くあなたを見つけてお迎えにあがるつもりですが、よろしければリベラ女神を祀る神殿にて私、ファルードをご指名くださいませ。デルタに会いに来たとお伝えくだされば、どんな時でもあなたをお迎えにあがります」

「ファルードさんが、デルタさん」

「ファルードで良いのですよ、姫君」


 お喋りは女性にとって、相互理解の為にある重要ツールだ。

 背もたれのない白い椅子に座らせ、そのストロベリーゴールドの髪をブラッシングしながら、ファルードは考える。

 彼女の外見は十五才前後だろう。ならば、変に凝ったりしなくても、まとめてリボンをつけるだけで十分可愛らしくなる。けれども彼女が冒険してみたいのなら、それこそ花のようにアレンジした華やかな髪型にしてあげてもいい。


「ブラッシングすれば柔らかくクセがつきますね。ならばゆったりとまとめたらお似合いですよ。それとも姫君は凝った髪型の方がお好きですか?」

「えーっと、実はこの体、よく分からないの。・・・ファルードの好きな感じにしてって言ったら怒る?」


 ファルードは微笑んだ。


(おやおや。どうやらこちらの負担にならないようにと、そっちの気を遣わせてしまったらしい)


 相手が勝手にやってくれるのだからと平気で利用したり甘え倒したりするのではなく、その善意に対してきちんと感謝できる娘なのだろう。


(そうだね。君はそういう女性だった)


 自分にとって不本意な流れでも、相手の根底にある思いをちゃんと見ようとする善良な人間なのだ。


「そんなことで怒ったりしませんよ。そういえば、以前のあなたはあまり髪を長くしてはおられませんでしたね。でしたら、あまりきつく結わない方が良いでしょう」


 実は髪で小さな花を幾つか作っていくようにしようと思っていたのだが、彼女が恐縮しすぎてしまうかもしれないと思い直し、ファルードは二つぐらいに分け直した。

 ちょっと簡単なタイプの、それでいて可愛らしくおしゃれしたのが分かるような感じにすればいいだろう。


「リボンは何色がお好きですか、姫君?」

「えっと・・・。じゃあ、その紫っぽい青色のをお願いします」


 もしかして自分の髪が紫がかっていたから、それを選んでくれたのだろうか。そんな自惚れにも似た思いが、ファルードの頬を緩ませる。

 リボンと共に編み込んだ髪を低い位置でまとめ、更にまだ長く出ているリボンを使って、幾つかの花が連結している形に結んでみた。これは、村の祭りでも女の子達にとても人気があったものだ。

 もう一つの鏡を手に取って背後のそれが真正面の鏡に映るようにし、彼女に確認してもらう。


「花のように結びましたから、・・・他の男共に乱暴にされそうになったら、『このリボンがほどけたらどうしてくれるのっ。あなた、結い直してくれるんでしょうねっ』と、一喝して差し上げるといいですよ、姫君。大抵の男はそんなリボンなど扱えませんからね。あなたを無理に押し倒したりはしないでしょう」


 彼女がくすくすと笑った。どうやら気に入ってくれたらしい。


「ありがとう、ファルード。最初にあなたの所に来たら良かったわ。そうしたらきっと私、どこの部屋に行ってもお高く留まっていられたわよね?」


 どうやら彼女に、自分は一番頼りになる人として認識されたらしい。・・・今までに訪れた三人の内で、だが。

 うん、悪くない流れだ。

 ファルードも、彼女のノリに応じてみせた。


「その通りですよ、姫君。その際には、ドレスにも立体的な飾りをつけて、半径五十センチには誰も近づくことなどできないようにして差し上げましたものを」


 たしか何かの衣装文化で、ドレスを広げ過ぎて男が一メートル以内に近づけないというのがあった筈だ。裾を広くとってあるドレスなら、踏んづけて男がひっくり返ったりもするとか。


(他の奴らが彼女のドレスでコケようが何しようが、僕にとっては全然問題ないしな)


 それも楽しかったかもしれない。

 わざと恨みがましく言ってみせれば、彼女も噴き出した。


「もうっ。そうしたら、キスできないじゃない」

「いいのですよ。どいつもこいつも、女心を全く分かっていない奴らばかりですからね。それぐらい勿体(もったい)ぶってやらねば」


 大体、初対面の女性のシーツを剥がすわ、下卑たやりとりをしようとするわ、自分が一番な俺様人間だわ、イプシロン以外はどうしようもない奴らばかりではないか。

 ほとんど本気で言えば、彼女は椅子に座ったまま体の向きをくるりと直し、ファルードの腰に抱きついてきた。


「不思議・・・。どうしてかしら、皆が懐かしい。あなたも、温かい」


 何かを感じ取ろうとしているかのように目を閉じる美しい少女。だけど自分はあの素朴な黒髪の姿でも良かったのに。

 そう思いながらファルードは彼女の背中に自分の腕を伸ばした。

 どうしてなのだろう。こうしているだけで心が通じ合う気がする。互いの温もりが、互いの心を慰めていく。

 まるで離れていた魂同士が、再び結びついたかのように。


「さあ。どうしてなんでしょうね。私もあなたを見るまで知らなかった、こんな想いを。誰もがあなたを愛していますよ、姫君。一番愛しているのは私ですが」

「ふふっ。・・・こうして抱きしめていてくれる? 夢のようなの。とても幸せで懐かしい、そんな夢」


 それは自分も同じことだ。


(一年も夢に見ていた相手だからか? まるで泣きたくなるぐらいに懐かしい)


 だからだろう。計算したのではなく、自然にその言葉が出ていた。


「不思議ですね。今、この時間が止まればいいのにと思いました。こうして何もせず、ただ穏やかにあなたとずっと抱き合っていたい。それが幸せということなのだと・・・」

「私もそう感じてるわ、ファルード」


 これが心を分かち合うということなのか。


(本当に、このまま時間が止まればいい)


 彼女を誰にも渡したくない。永遠に自分へと縛りつけたくなる。


「好き・・・。お願い、このままでいて」

「ええ」


 慈しむように彼女の背中を撫でれば、彼女は安らいでいるかのように目を閉じていた。

 それに満足してしまう自分は、男としてダメダメだろうか。


「神官失格ですね。我らがリベラ女神は繁栄と豊穣を司る。ゆえに、我らは人々の愛の営みを推奨し、子作りこそ大事なことだと説く立場ですのに。なのに、ただこうして抱き合うことをこの上ない幸せだと思ってしまうとは。・・・姫君、あなたは罪なお方だ」


 目を閉じたまま、彼女は甘えるように唇をとがらせた。


「それって私のせい? 違うわよ、ファルードが悪いの。だって、・・・こんなにも私を抱きしめるだけで幸せにしてくれるんだもの」

「この程度など、いつでも喜んで。勿論、それ以上も喜んでさせていただきますよ、姫君? 我らがリベラ女神は、神官の結婚も推奨しております」

「・・・・・・そーゆーのは、置いといて」


 そんなお喋りよりも自分を撫でて抱きしめていてほしい。

 そんなことを表情だけで語っていると、彼女は気づいているだろうか。

 彼女は、ファルードの温もりだけをこんなにも欲している。

 

(まるで自分だけにしか懐かない、そんな生き物のようだ)


 そんな君に何を贈ればいいだろう。

 ファルードは、彼女の顎に指をかけて上向かせた。


「ファルード?」

「可愛らしいですね、姫君。こうやって、ただ抱きしめてほしいと私の腕をねだるあなたはとても愛らしい雛鳥のようです。このまま持ち帰ってしまいたいぐらいですよ。全く、この後の味気ない日々を私にどう過ごせというのか・・・」


 こんな感情を知ってしまったら、自分は二度と他人と恋なんてできないではないか。

 これが基準になってしまうのだから。


「この後の日々?」

「ええ。この素晴らしい出会いすら、神から私共に与えられた夢の時間にすぎません。あなたに祝福を終えてしまえば、私達は元の生活に戻されます。これは私共にとっても幸せな夢のひとときなのですよ、姫君」


 それでもいい。こんなにも愛せる女性が存在するということを、自分は知った。

 この歓喜は、そういう相手を得た人にしか分からないだろう。


「我、ファルードからの祝福は、彼女が穏やかに暮らせる運命を。どんな悲惨な出来事が起ころうとも、彼女の生活だけは安全と穏やかさが約束され、彼女が寒さやひもじさに泣くことはない」


 腰をかがめれば、彼女は大人しく目を閉じてファルードの唇を受け入れた。彼女に自分の贈った運命が流れていくことを感じれば、更に彼女の過ごす日々が幸せであるようにと、願わずにはいられない。

 彼女がゆっくりと目を開いた。その瞳は不思議な色を孕んだグレイ。


「ファルードは、・・・きっと、寒さやひもじさに泣く辛さを知ってるのね」

「・・・・・・昔のことです。国全体を覆った飢饉で、住んでいた村はかなりひどいことになりました。家族と私も別れ別れになりました。そして私は不思議な運命の巡り合わせにより、神殿へと入ったのです」


 彼女には、奴隷とか人身売買とか、そんな言葉を聞かせたくなかった。

 そうして明日のご飯にも事欠く日々といった、そんな辛い日々を送ることのないようにと、自分はこの運命を選んだ。なぜなら食事は全ての生命の源だ。

 彼女にだけは、リーング地方を襲った飢饉のような目に遭ってほしくはない。食べ物がなくなれば、他の物もなくなるのだ。そうして弱い者から死んでいく。


「あなたも・・・。あなたも二度と、そんな辛い日々を送ることがないようにって、私、祈るわ。ファルード。これ以上、あなたが飢饉などで辛く眠れない日々を送ることがないようにって」


 きっと彼女はそういう辛さを知らないのだろう。だから精一杯想像して、そんな言葉を返してくる。


(嘘が言えない人なんだな。ちゃんと自分で考えて言おうとしてくる)


 彼女からしてきたキスに、精一杯の祈りをこめられていると分かった。


(だけど、どこかそこで戸惑っているのは、・・・もしかして他の候補者にも揺れているから?)


 それでもいい。最後に自分を選んでくれるなら。


(僕は君を責めないし、何をやっても許すし、受け入れる)


 だから忘れないで。


(君がどんなことになっても、頼れるのはこの僕だけなのだと)


 ファルードは笑ってみせた。


「優しい姫君。それでも最後には私を選んでくださると、・・・信じてお待ちしております」


 それはちょっとした釘刺しでもあるけれど。


(あ。とっても情けない顔になってる。どうしよう、可愛すぎる)


 負い目がある人間ならではの、上目づかい。こういう時は、よく姉が言っていた「ぶちゃいく顔」とやらなのだろう。うん、まさにそんな感じだ。

 だけど、それだってぐりぐりと撫でたくなるぐらいに愛しい。その頬をむにゅっと引っ張りたくなるぐらいに。だけど、そういうのは本当の恋人になってからじゃないと。


「あ、あのね。ファルード・・・」

「いいのですよ、姫君。私はあなたに仕える身。困らせたいわけではないのですから」


 今にもクゥーンと鳴きそうな、そんな叱られた仔犬みたいな顔が可愛すぎて、つい頬にキスしてしまったファルードだ。

 いつまでもこうしてばかりもいられまいと、諦めて扉までエスコートしたけれど。


「どんな時でも私はあなたのお味方です。何があろうと、まずは私を頼ってくださいませ」


 頷く彼女にとって、自分は信頼できる人として映っているだろうか。


(今はそれでいい。会ってからは、全力で口説くけど)


 早く現実の世界で会いたい。君を誰よりも大事にしよう。そしていつも、こうやって愛の言葉を囁き続けてあげる。だから自分を選んでほしい。


(本当にね。他の候補者の素性が分かれば・・・。圧力をかけられるものならかけるのに)


 ファルードは、実はザイよりも遥かに、そういう邪魔者は排除する性格だった。






 やはり、ここはあまり子供っぽくやってはまずいだろう。

 ライジードは考え込んでいた。各国の要人と会う際は、なるべくその国の文化、経歴、交友関係や趣味や嗜好など、分かる限りの情報を得た後で会うから、ある程度を合わせることができる。

 しかし彼女は一方的に見ていた夢でしか情報がない。


(ここが国じゃないのが痛いな。うちの離宮なら遠慮なくそのまま自室に連れ込むのに)


 だが、相手の情報が少ないなら、相手から引き出すまでだ。

 そんなことをつらつらと考えていると、扉が開く気配がしたものだから、ライジードはゆっくりと振り向いた。


「やっと来たか、姫君。待ちかねた」

「こ、こんにちは」


 緊張しきった顔で、ぺこっと頭を下げてくる。


(どう見ても、知らない人相手のそれだな。そりゃ彼女にとっては知らない人なんだろうが)


 庶民らしいところが出まくっているが、そんなのは後からどうにでもなる。


「そう、身構えないでくれ。あなたに距離を置かれてしまうのは、いささか傷つく」

「あ、ごめんなさい」


 そう伝えれば素直に謝ってくる。

 謝る必要はないのだが、自分を責めてしまうタイプなのだろうか。

 こんな弱い娘でちゃんと生きていけるのかと、やはり心配になってしまうライジードだった。

 しかし、いつまでもこんなムカつく男の顔でいたくもなかったので、自分の容姿に戻す。見上げた彼女はそれに気づき、驚いた様子だった。


「この顔では、初めまして、だな。この中にあってはアルファと名乗っているが、我が名はライジード。エスリーダ王国の第三王子だ」


 すると彼女は見惚れながらも、少し頬を引き攣らせた。


(器用な娘だ。私の顔を気に入ってくれたのは分かるが、なのにどうして逃げ出したそうな顔にもなってるんだ?)


 王族であるライジードが会う人は、ちゃんとライジードの身分を知って会うわけなので、彼は今までそんな人に会ったことがなかった。


「エスリーダ王国のライジード様・・・」


 繰り返しながらも、彼女はまるで逃げ出せるなら逃げ出したいと言わんばかりの様子だった。


(何故だ? このわけの分からない反応は一体・・・?)


 緊張しているのかと思い、ライジードは、皆に「甘い微笑み」と言われるそれをしてみせた。

 ほとんどの女官にもうっとりとされ、あのレイラにも「ジードのそれってとっても甘いの」と、太鼓判を押されたそれである。


「そう。エスリーダは暮らしやすい国だ。私は王城から少し離れた場所にある離宮で生活している。・・・姫君。あなたを誰よりも早く見つける気はあるが、できるならば、エスリーダ王城から少し離れた我が離宮まで私を訪ねてきていただきたい。もしくはエスリーダ王国に庇護を求め、私の名を出していただくか・・・。どうか、約束してもらえないか?」


 ゆっくりと語りかけながら近づいていく。

 通常ならば、ほとんどの令嬢がうっとりと自分を見上げ、ぽうっと上気した頬でエスコートされると決まっているのだが、彼女は何故か逃げを打ってきた。


「えーっと、私、まだ状況が分かっていないので。大体、国も何も分かってませんし・・・」


 下を向いて、もじもじとそんなことを言うのだから、わけが分からない。


(他の候補者に、何か約束でもさせられたのか? このとろさならあり得るな)


 だが、そういう場合、彼女を責める側にまわるのは小物の証拠だ。自分は悠然とかまえ、その程度は何ともないのだと余裕を見せつけねばならない。


「ふっ。既に他の者も自分達を売りこんだ後、か。だが、姫君。どこに行こうとも、あなたのような姫君を守り通せる男は少ない。あなたは私を選ぶだろう。そして私もあなたをお待ちしていよう。我が妃になる姫君」

「・・・・・・・・・」


 口をぱくぱくとさせて、何か言いたいけど言えないでいる彼女は、まるで魚のようだった。


(ここが城なら、焼き菓子ぐらい口に放り込んでやるのだが。レイラもそれですぐに機嫌が良くなっていたしな)


 だが、彼女は今までの令嬢と違うようである。全然、うっとりもしてくれないし、硬直している。


(うん、何故だ?)


 ライジードは、自分こそが大国の王子なので、相手に気後れするという感情を全く知らなかった。人間、自分に無いものを理解するのは困難であると決まっている。


「姫君。まずはこちらへ」

「・・・はい」


 手を差し出せば、まるで連行されるかのような表情である。

 自分のエスコートをどんな年老いた女王や王妃、そして幼い王女にも喜ばれてきたライジードとしては困惑するしかない。


(ああ、そうか。もしかして、・・・かなり緊張しきっていたのか?)


 あまりにも能面状態でとすっと座ったものだから、ようやくライジードはそれに気づいた。これは表彰で城に呼ばれた、そんな時の女性の反応に似ているなと、ようやく思い至ったのである。

 ライジードには、ここまで大がかりなことをされてこの世界に呼ばれ、更に自分達をこうして集めるような神が関与する女性なのだから、最上級の扱いがされるべきだという思い込みがあった。


「そう緊張しないでくれ。これでも皆に親しまれている王族のつもりなのだ」

「はあ」


 しかし、彼女の眉根は困ったようなハの字型になっている。


(うーむ。どうしたらいいのか。まさか、こんなにも全く自覚がないとは・・・)


 けれども何かを感じたのか、彼女は顔を上げた。


(本当に不思議な色合いの瞳だな。灰色なのに、光の加減で青や緑にも見える)


 けれども美しいというのは、時に不幸を呼ぶ。レイラが良い例ではないか。

 あまりにも美しすぎて、ライジードにとって他の姫君がかすみ過ぎると、貴族達によって排斥されたように。


「顔を、もっとよく見てもいいか?」

「あ、はい」


 彼女の顎に指をかけて上を向かせれば、あまりにも美しいと思わずにいられない。けれどもそんな理由を言うべきではないだろう。


「せっかく黒髪と茶色い瞳だったのに、わざわざこんな弱い色にしなくても良かろうものを。・・・だが、姫君なればそれで良かったのかもしれんな」

「え? ・・・弱い色って、何ですか?」


 レイラが黒髪と茶色い瞳なら、その色合いが次の強い王子を産むであろうからという理由にできたかもしれない。

 そんなことをライジードは思う。


(つい、・・・レイラにするように頭を撫でてしまった)


 彼女に不審がられる前に、ライジードも椅子に座る。

 けれども彼女が知りたいことは教えてやるべきだと思い、そこで説明してみせた。


「身体能力の差、というべきだろうな。姫君のいた場所ではあまり関係なさそうだったが、我らが世界では髪や瞳が纏う色の濃さが、生命力に影響する。濃い色であればある程、力が強いということなのだよ。黒に近い色である程、尊ばれる。まあ、あくまで相対的にその傾向があるということであって、弱い色でも強い者はいるし、濃い色でも弱い者もいる。だが、男の魅力は濃い色である方が良しとされる傾向があるな」


 彼女は大きく目を瞠った。

 彼女の暮らしていた世界は、黒や茶色の髪の人ばかりだったからだろう。


「そうなんですか。・・・女性も?」

「女性においてはそうでもない。強い子供を作りたいから濃い色合いの女性を望むという者もいるが、比較的、女性はその顔立ちなどが重視される。勿論、身分を重視するケースもある」

「それは、どこも一緒なんですね」


 その相槌に、身分差のない世界に生きていたようだが、それを理解するだけの知性があると感じる。

 ただ、彼女は身分など全く関係ない価値をつけると、あの男は言った。

 そしてリベラ神国の神官だと名乗ったデルタは、彼女をリベラ女神の娘として公開しようとも。

 ならば、レイラと違い、彼女を誰はばかることなく手に入れることができる。


(愛している、レイラ。けれどもお前を失った今、私は目の前の彼女に手を伸ばさずにはいられない)


 何故なのだろう。レイラに感じたあの感情を、再び違う女性に持てるとは思わなかったと、ライジードは感慨深く思う。


「だが、選ばれて降臨する姫君にとっては、それすら意味なきこと。・・・あなたが誰も知らぬ所に生まれ育つというのも、神の思惑があってのことなのだろう。だが、何をするにしても身分や権力があって困ることはない。・・・どうか姫君、私を選んでいただきたい」

「あのー、・・・すみませんが、私が誰も知らない所に生まれ育つというのは一体?」

「なんだ、そんなことも説明されておらぬのか」


 今までの奴らは何も彼女に説明していなかったらしい。ライジードは、苦笑した。


「これからあなたは我が世界で生まれ育つのだ、姫君。ただ、その場所がどこか、我々は知らない。それこそ王家に生まれるのか、貴族の家に生まれるのか、はたまた商家か農家かすらも不明だ。そしてどの時代に生まれるのかも、私達には知らされない。たとえば今の私は二十一才だが、もしも私が二十才の時にあなたが訪ねてきてくれても、私はあなたを知らないことになってしまうのだ。また、私が五十才の時にあなたが生まれてこようものなら、あなたが成人する頃には私も孫を残して死んでいるかもしれんな」

「・・・えっと、それってどんなギャンブル婿候補、なんでしょう」


 全く持って同感だ。何を考えているのだ、あの顔の分からぬ男は。

 しかし、ここであの男への批判は出来ない。彼女に対する婿候補から外れたら泣くに泣けないからだ。


「さてね。神々の考えることは深すぎて理解できない。だが、姫君。あなたが現れてくれるまで、私の正妃の座は空けておくよ。だから来てくれるかい?」


 どうやら彼女は淑女として扱われるよりも、フランクに対応してもらう方がいいらしいと気づき、ライジードは口調をなるべく親しいものに変えてみた。

 思った通り、彼女は緊張を解いた顔になり、くすくすっと笑う。


「そこで、いつまでも私一人を待つとはおっしゃってくれないんですね?」


 どうやら軽口を叩く余裕もでてきたようだ。悪くない。

 だからライジードもちょっと軽薄そうに、それでいてしっかり考慮している姿勢は崩さずに応じてみせる。


「それこそ、優しい君の心を痛めてしまいそうだからね。私が年老いていたなら、私の息子にあなたを守らせよう。その時は息子の妻になってくれないか?」

「・・・考えときます」


 さすがに国王となるライジードが未婚で生き続けるわけにはいかない。国への裏切りとなってしまうからだ。

 けれども恐らく、そこまでの年齢差が出ることはないだろうと、ライジードは踏んでいた。こんなにも神秘の業を披露して、それでいて自分達と釣り合わない年の差など、ある筈がない。


「ならばその時は、君に気に入ってもらえるようないい息子を作っておくよ。どんな男が好みかな、姫君?」

「えーっと、・・・庶民でも気にしない王子様が好みです」


 彼女の男に対する好みを知りたくて、そう問いかければ、何とも面白い答えが返ってきた。


「おやおや。だが、姫君はどんな親の元に生まれてくるかも不明だ。もしかしたら帝国の姫君に生まれてくるかもしれない。そうなると、うちの王国では小さいと主張するかもしれないのだがな」

「えっ、そうなんですか?」

「さあ。どこに生まれてくるやら、だ」


 さすがにアームル帝国はありえないだろう。あそこの現在における皇太子はライジードと同い年だ。しかし、ライジードは彼女の気を軽くする為に、あえてそう言ってみせる。


(どうやら、やっと彼女の中に入りこめたようだ)


 ライジードは、ほっとしながら彼女に微笑んだ。


「さて、私の祝福は、と。・・・私とのキスは嫌じゃないかい、姫君?」

「ええ」


 念の為、彼女に近づいてその頬にキスする。嘘じゃないらしく、彼女は目を閉じた。

 だが、そこまで信頼されるのも、・・・それはそれでちょっと嬉しくない。

 基本的にライジードは、好きな相手にはどこまでも心が狭くなる人間だった。


「我、ライジードからの祝福は、彼女が巡りあわせに恵まれる運命を。どんな状況下にあろうとも、彼女に対し、様々な人が手を差し伸べ、苦難を乗り切れるように」


 そうして唇を合わせた途端、ライジードは遠慮なく荒々しいキスをする。


「・・・っ、んんーっ、何っ、すんですかっ!」


 彼女を解放すれば、本気で怒鳴りつけてくる。

 当たり前だろう。大体、キスしようとしてくる男を信頼しきっているだなんて、どれだけ自分以外の男に甘やかされてからここにやってきたというのか。


「いや、なに。あまりにも姫君が従順すぎたのでな。これはきっと他の奴らに大事にされてきたゆえだろうと思うと、そんな奴らの仲間入りをするのも癪(しゃく)に障(さわ)る」

「は?」


 愛した人には特別に思ってほしい。そんなの、当たり前だろう。

 ライジードにとって当然の感情だったが、彼女は途端に目を丸くする。


(何だ、可愛いじゃないか。美少女だが、こういう時は愛らしさが増すんだな)


 ぽけっと見上げてくる不思議なグレイの瞳に、再度の念押しをする。


「十把一絡(じっぱひとから)げなど遠慮こうむる。他の誰かと同じなど冗談ではない」

「・・・・・・・・・」


 呆気(あっけ)にとられている彼女は、何かを言いたくて言えない様子だ。

 ああ、本当にここに飴でもあれば口に放り込むのに。そして嬉しそうな顔をするのを見てみたい。


「もしかして、王子様ってば結構子供っぽい?」


 今まで本気で愛したのはレイラだけだが、彼女に対しての自分の行動は、

「もう少しそのレイラ様に対する狭量さをどうにかしてください」

と、言われる程度で、子供っぽいとは言われたことがなかったライジードである。


「失礼な。男としての誇りがあるのだ」


 そう反論しながらも、少し頬が赤くなる。

 大体、今まで王太子の自分に「子供っぽい」などと評する人間はいなかった。

 なのに彼女はクスクスと笑い出す。


「笑うなっ。ここは私に惚れ直すか、ドキドキするところだろうっ」

「何それ・・・っ。もっ、とっても偉そうにしてるからっ、貫禄あるなぁって思ってたのに、それじゃもう本気でっ、・・・っ、んんんーっ」


 このままでは腹を抱えて笑い転げるかもしれない。

 そんな目に遭わされたことのないライジードは、大人げなくも、彼女を黙らせる手段に走った。

 そう、再びのキスである。


(あ。やっと黙った)


 そりゃ黙るだろう。いや、黙るしかないだろう。

 そんなツッコミを入れる人は、生憎その場にいなかった。


(結婚式まではキスしないだなんて言われないのはいいな)


 それでも何故だろう。眠るレイラにこっそりキスしていた時のように、幸せな気持ちが心に満ちてくる。

 ああ、起きている相手に口づけられるとは素晴らしい。

 そんなことを考えていたライジードだが、ちょうどいい辺りで唇を離す。

 そうして軽く、ついばむようなキスを繰り返した。


「ライジード。親しい者はジードと呼ぶ」

「ジード」

「そうだ。姫君にはそう呼んでもらいたい」


 レイラが初めて使った自分への愛称。ロムルスとファルードにも許したその名を、ライジードは彼女に告げた。

 彼女が、ライジードの額に口づけてくる。


「王家って何だか大変なイメージがあるけど、やっぱり人と嘘とに囲まれているから、なかなか信頼できる人もできないよね。・・・ありがとう、ジード。私にくれた祝福って、きっとそういう裏表のある人達に私が騙されたり利用されたりしないようにって、そう思ってくれたからなんでしょう? それって、とても嬉しい」


 その言葉に、ライジードは小さく眉根を上げた。

 そうかもしれない。きっと自分は彼女にだけはそういう目に遭ってほしくなかったのだ。


「本当に、なんと素直な。・・・そうだな、姫君にはあんな悲惨な運命は辿ってほしくない。人というのは、誰かを追い落とす為なら、どんな汚いことでもするものだ」


 ライジードが知らぬ間に、ライジードに恋し、そしてそれを利用されて追い落とされた貴族令嬢。ライジードがそれを知った時、全ては遅かった。

 別にライジードは彼女に恋などしていなかった。けれどもライジードへの恋心が原因で、騙され、踏み躙(にじ)られた存在がいるだなんて、受け入れられなかった。

 なのに、父である国王も、母である王妃も、それは仕方のないことだと言って済ませた。

 実際にライジードは何も関与していないのだからと。そして、騙される方が悪いのだと。その意見を、他の者達も支持した。

 それを知って傷ついたライジードの心は、なかったことにされた。

 レイラに会って、何の事情を知らなくても傷ついているライジードの心に気づいてくれたことに、どれだけ心慰められただろう。

 あの貴族令嬢にも、そこでちゃんと詳しく彼女の話を聞き、冷静で的確なアドバイスをしてくれる人がいれば、騙されることはなかった筈だ。


「私にそんな力はないんだろうけど、それでも私も祈るわ、ジード。あなたが、そうやって良い人に囲まれ、何かあれば助けてくれる信頼できる人と手を取り合い、そして人材に恵まれるようにって。ライジード、あなたは人の上に立つ立場だから、その難しさと、いい人材に巡り合うことの素晴らしさを誰よりも知ってるのね」

「ああ、そうだな。信頼できる人間は宝だ。そして悪しき人々はまがいものの輝きを持つ毒物でしかない。その見分けはとても困難で、・・・時に取り返しのつかぬ悲劇を作り出す」


 彼女が腕を伸ばしてくる。それを受け止めて、抱きしめ合えば、労わり合う気持ちと、そして慰め合う気持ちが、二人の間に流れていった。


「何故なのか、懐かしさを感じるの。不思議なことに、あなた達が私を案じてくれていることが伝わってくる。初めて会うのに、どうしてこんなにも皆が懐かしいの」

「理屈などどうでもいいだろう。だが、姫君に嫌われてないのは嬉しい。一番愛されているのが私であれば、全く問題はない」

「・・・・・・えーっと、それはまだ、皆さんと会ったばかりでよく分かりません」


 どうやらそこまでは流されてくれないらしい。


「まあ、良い。だが、エスリーダ王国はとても美しい国だ。覚えておいてくれ。さ、次の扉へ行くがよい。姫君」


 ただ、自分の国と身分は誇れても、彼女を誰よりも幸せにするとは言いきれないライジードだ。レイラのことはあまりにもライジードに、己の不甲斐なさを強く刻みつけていた。


(レイラと同じぐらいに愛している。これは彼女に対する裏切りなのか)


 出て行く為に扉へと向かう彼女の姿を、最後までこの瞳に焼きつけておきたい。


(レイラの時は、皆に阻まれて追えなかった。今は私からお前を手放すのか)


 しかし、行かせないと自分達は出会えない。だから仕方ないのだと思う。

 けれども扉まで行った彼女は、くるりと振り返ってライジードに抱きついてきた。


(お前を、何があろうと手放したくなかったのに・・・!)


 反射的に、力強く抱きしめる。

 このまま時が止まればいい。ずっと彼女を抱いていたい。


「ジード。・・・多分、私、あなたに会いに行くわ。あなたがおじいちゃんになっていても。たとえ私がおばあちゃんの時にあなたが赤ちゃん王子だったとしても」

「・・・いいな。その時は五十才年上の正妃を私は迎えてみせよう」


 さすがに若い彼女に、おじいちゃんと呼ばれるのは遠慮したい。いつでも彼女にとって一番の自分でいたいからだ。

 だからライジードはそう言いきった。


「たとえその時、あなたにお妃様がいたとしても、別に恨んだりしないわ、ジード」

「あり得ない」

「ううん、いいの。だって、・・・今、この時だけはそうなんだって、分かるから」


 何をと言わなくても、それが分かりあえる。

 

「愛してる」「好きよ、ジード」


 重なった言葉はそのまま互いの唇へと消えていき、別れの口づけは先程とは全く違う、とても柔らかく優しいものだった。






 誰だって腐りたくなる時というのはあるだろう。

 今がその時だ。ああ、本当に。

 レスターはそんなわけで、ふて寝していた。


(けっ。大体どうして俺がこんな目に・・・)


 扉の開く気配に目を開ければ、彼女が覗きこんでいる。


「ああ、来たのか。俺は最後でいいから。先に、他(ほか)ん所、まわってきてもらえる?」

「・・・!! あんたが最後よっ」

「なんだ。じゃあ、仕方ない。まあ、お姫さん、気を楽にして好きなところにお掛けくださいよっと」


 最後の「よっと」の部分で腹に力を入れて、レスターは起き上がった。

 そうか。まあ、これだけ時間がかかっていたってことは、そりゃ最後だろう。あまりにも待たされすぎて、ムカつくから寝ているしかなかったのだが。


「あんたが、まずは礼儀正しく人を迎えたらどうなのっ」


 ご尤(もっと)もである。

 だが、言っていいだろうか。好きな女が、自分以外の男とキスしているのを知っていてニコニコ待てる奴がいるとしたら、かなりの少数派だ。


(言わないけどよ。それに彼女は悪くない)


 それに悪いのは、あいつだ。・・・いや、ブーメランだった。

 だが、拗ねてしまう気持ちは止められない。

 

「えー。だけど、俺、お姫さんに対して、あいつらと違ってそこまで機嫌取りする必要ないしなぁ」

「・・・どういう意味?」

「まあ、聞きたければ近くに来なよ。そこで立っていられても、こっちもうまく話せない」


 違う。本当は彼女を傍で感じたかっただけだ。

 だから彼女が渋々と近寄ってきたところで、レスターは彼女の腰に手を伸ばして一気に引き寄せた。


「うぎゃっ」


 バランスを崩し、彼女が倒れ込んでくる。


「何すんのっ」

「いや。せめて体だけでも抱っこしてみようかな、と。俺、あいつらと違って、そういう程度にしか、お姫さんの価値、見出せないし」

「だからどういう意味なのってっ」


 うぎゃっは、ないだろう。なんて色気のない。だが、それでもいい。それでもいいんだ。お前なら。

 こうして抱きしめれば、幻影でも温もりが伝わってくる。


「お姫さんをモノにすれば得られるメリットがあるかないかってことさ」

「・・・私を手に入れるメリット?」

「そう。まあ、お姫さんは魅力的さ。顔は可愛いし、体もさっき見たけど最高品。男としてはそそられるね。だが、お姫さんの魅力はそれだけじゃない」

「え?」


 だが、彼女にはちゃんと教えておかねばならないことがある。どうせ、あいつらは自分の売り込みしかしていない筈だ。

 レスターは、わざと皮肉っぽい笑みを彼女に向けた。


「さっき、やめてと叫んだ途端、お姫さんは俺達をブッ飛ばしただろ? お姫さんはこの世界に愛されている。あんたが強く願えば、様々なことが叶うだろう。そして、人の上に立つ人間にとって、それはとても有り難い神の御業(みわざ)だ」

「・・・どんな風に?」


 聞いておかなくてはと思ったのだろう。彼女は、具体的なことを促す質問をしてくる。


「たとえば世界中を飢饉が訪れても、お姫様が暮らす王国だけは飢饉を免れ、王族への敬意は高まる。たとえばお姫さんが暮らす神殿の庭には自然豊かな実りが尽きることはなく、神殿に詣でた人々の病は治り、女神への信仰心を高めさせることができる。たとえばお姫さんが暮らす集団は常に盗めない物などなく、ついには国をも乗っ取る力をつけてしまう。たとえばお姫さんの愛しい男がいる軍隊は常勝するばかりでなく死者は出ず、最後には無敵軍隊となる。・・・そういうこともあるわけだ。ただ、ねえ」

「ただ、・・・何よ?」


 そこで、レスターは溜め息をついた。


(俺には全く意味がないんだよなぁ、そのあたり)


 いや、いいんだけど。

 レスターは大事なことを彼女に告げる。


「俺、学者だから。そういう世俗とは無縁で、建物にこもって人付き合いも最低限で、ただひたすら机に向かってる人間なわけだ。はっきり言って、そんなの関係なく貧乏でかつかつ生活なの。正直、お姫さんの顔と体は魅力的だが、こうなるとまさに、色男金と力はなかりけりって奴で、最初からエントリー不参加するしかないんだよな」


 彼女が呆れているのを隠さない視線を、自分に向けてくる。


(お前のその瞳がこうしてくるくると色を変えるのが、・・・ずっと見たかった)


 その軽蔑の眼差しすら、ぞくぞくする。・・・いや、ちょっと傷ついたりもしているが。


「そこで頑張ろうって気にはならないのね?」

「無駄なことはしない主義」


 嘘だ。無駄なことばかりしまくっている。R(アール)達の誕生など、まさにそれだ。


(お前の代わりに、せめて同じ顔を近くに置こうと思ったんだ)


 ただ、髪だけの色違いとしてどれを選ぶべきかに迷い、結果として四人全てを誕生させてしまったが。あの時も、猫の塔にはゲラゲラと爆笑されて、馬鹿にされた。


――― なんだ、おい。同じ顔のハーレムでもする気か? どんだけ馬鹿なんだよ、お前。


 師にも呆れ顔で馬鹿にされた。


――― 本命を先に諦めてそれというのはどうかのう。しかもお前、四人も妻に迎える気か? まあ、誕生させてもらった以上、責任もって育てるんじゃぞ。


 思い出すと泣けてくる。今やその幼(おさな)な妻(づま)候補達は、レスターをパパと呼んでくる始末だ。

 どこで軌道修正をはかればいいのだろう。


「そういうわけで、俺はお姫様の愛を乞う必要もないわけさ。だけど、このメンバーに選ばれている以上、祝福をあげることはできる。さて、お姫様。俺の祝福が欲しいなら、俺の好奇心を満足させてくれないか?」

「いらないわ。だって、あなた、関係ないわけでしょ? なら、そこで無理矢理してもらわなくても、祝福なら十分もらったもの。もう不要よ」


 だが、レスターは皮肉っぽい笑みを洩らした。

 まるでズルをしたかのようでいささか罪悪感があるが、自分は知っている。彼女が欲しいそれを。


「そうかな? けど、君は俺に祝福をくださいってお願いすると思うよ? 俺が君に用意する祝福内容を知ったらね」

「知っても知らなくてもお願いなんてしないわ」


 博打(ばくち)とは、完全に勝てると分かった状況でやるものだ。


「俺、君が一番欲しいと思うであろう祝福をあげられるけど? たとえば、・・・そうだな。君の外見を人に誤認識させるって祝福とかをね」

「え・・・?」


 リーングのリベラ神殿で、彼女を抱きしめた時にそれは確認してあったレスターだ。

 このお馬鹿さん、という目を彼女に向ける。


「誰もが認める美貌、明るく輝くストロベリーブロンド、その特徴的な瞳。誰がどう見ても、すぐに君って一発でバレるよな。彼らが君の外見的特徴を示して探索し始めたら、すぐに見つかっちまう。だけどお姫さんに、もしも周囲に対してその外見を違って見えさせる祝福が与えられていたら? 君は人に対してたとえば茶色の髪に茶色い瞳だと思わせることもできる。薄い黄緑色の髪に、黄色の瞳だとかでもね。そんな綺麗な顔じゃなく、もっとありふれた顔だと思わせることもできてしまう」


 腕の中にいる彼女の動きが止まる。ごくりと、彼女が唾(つば)を飲みこむ。

 鶏が先か、卵が先か。

 自分は知っているのだ。


「欲しくない? その外見を誤魔化せる祝福」


 返事はしばらくの間、なかった。レスターも急かさなかった。

 長い間考え込んでいた彼女が、小さな声で問いかけてくる。


「その祝福の代わりに何をしろと?」


 お前に望むものなどない。だけど、お前にとってはそれが自然の流れだろう。

 そう思い、レスターはわざと軽そうに言ってみた。


「そうだなぁ。じゃあ、お姫様。今、君が何をしてほしいのか、教えてよ。興味があるね。違う世界から何も説明されずにこんな所に放り込まれ、これから全く違う人生を歩まなくちゃいけないって女が、今、一番何を望むのか。それを俺は知りたい」

「私の、してほしいこと・・・」

「そう。君の願いは何? 元の世界に帰りたい? それとも、元の世界にいるこの顔の男に会いたい? 何が今、君の望みなんだろう? いい本が書けそうだ」


 性格が悪い男だと思われていることは分かってる。それでもいい。いや、それだからこそ、自分だけがこの立場に立てる。


(お前を愛してる。だから教えてくれ。今、何が不安なのかを)


 そんな気持ちを言えもせず、ただレスターは目を伏せた。

 いきなりこんな状況を突きつけられ、不安になっていない筈がない。だから出来る限り、彼女のそれを取り除いてやりたい。


「名前・・・」

「ん?」


 彼女が、ぽそっと呟いた。レスターが問い返せば、少し泣きそうな顔になっている。


「名前を、呼んでほしい。だけど、思い出せないの。私、ほとんど何も覚えてない」

「・・・ああ。どうしても無茶な歪みが生じた分、記憶に影響が出たんだな。だけど、少しだけだが君の前の姿を見ていたから、なんと呼ばれていたかぐらいは覚えてる」


 ごめんな。魂だって全く違う体に移し替えられたんだ。そりゃ不具合だって起こるよな。

 そう思いながら、レスターは彼女の体を強く抱きしめた。


「美冴(みさえ)って呼ばれてた。君を松岡さんって呼ぶ人もいたね。だが、君の親御さんとお兄さんは、君を美冴って呼んでいたよ。大きな箱型の建物の中、幾つかの居住スペースがあり、そこに君達一家四人が暮らしていた。だけど、途中でお兄さんは出て行って、違う場所で生活していたね」


 記憶のない彼女に分かりやすいよう、そう教えれば、彼女の瞳からほろりと涙が零れる。


「松岡、美冴」

「そう。この顔の持ち主は、君を美冴さんって呼んでたけど、友達は君を美冴ちゃんって呼んでた」


 そこでレスターを見上げてくる彼女は、この神谷という男を思い出しているのだろうか。

 その苛立ちが見つかる前に隠そうと、レスターは彼女を寝台に押し倒した。


「美冴ちゃん、目をつぶってくれる? キスする時に、この男の顔を見られながらだなんて、ムカつくだけだからね」

「え?」


 つい、本音が出てしまう。

 彼女が目を閉じた。

 ああ、本当に。お前には、自分の顔でキスしたかった。


「我、レスターからの祝福は、彼女が周囲に対し、その外見を誤って認識される運命を。彼女は周囲の自分に対する視覚を惑わすことができる」


 ずっとそうしたかったように、優しくキスをすれば、彼女が緊張しているのが分かる。

 何度も角度を変えてキスしながら、「美冴、力を抜いて」と囁けば、大人しくそれに従って少しずつ緊張がほぐれていく。


(うん、単純なんだな。言われたらその気になるっていうのか・・・)


 それでもいい。自分の腕の下で、お前はそうして安らいでいれば。


「好きだよ、美冴」


 その名前を呼ばれるのが嬉しいのだろう。

 全く抵抗せず、彼女はレスターを受け入れていた。


(ただ、なあ。やっぱりアレなんだよなぁ)


 今まで夢に見ていたように、彼女の瞼にも鼻筋にも、顔のあらゆる場所にキスをした。

 そこまではいい。

 そうして、「美冴、愛してる」と言えば、彼女は力を抜いてキスを受け入れる。

 そこまでもいい。


(けど、これ、神谷って奴の声なんだよな)


 そこがムカつくレスターだ。


「可愛いね、美冴ちゃん。そのまま眠ってしまってもいいよ」


 やっぱり男なら意趣返しはしたくなるシチュエーションだろう。

 大体、目を閉じているとはいえ、神谷の言葉にうっとりとしているとはどういうことか。

 いや、彼女は悪くないが。


「やっ、何すんのよーっ」

「俺、ここで君に嫌われようと、どう思われようと全く困らないし。なら、ここでお姫さんの体、堪能しておかなきゃ損ってもんだろ?」


 ついでなので、レスターは彼女の体を触りながら、手で測っていた。

 レイラにドレスを贈ってやろうとは思っていたものの、今、彼女達のそれはテルノス城の辺境伯夫人が全て仕切っている。


「やっぱり平均値よりも少し手が長いか。胸は少し小さいな。だが、平均値あると、胸も垂れてくるし、これぐらいでちょうどいいのかもしれない。なるほどね」

「何がっ、なるほどなのよぉっ」


 殴ろうとして振り上げた彼女の手を、バシッと受け止めながらもレスターはしっかり脳裏にサイズを刻みつけていた。

 サイズが分かれば、それで発注できる。しかし、レイラにそれをするわけにいかないのが、悩みの種だったのだ。

 ただ、彼女にそんなことは言えない。言っても理解できない。


「お腹が引っこみすぎだな。もう少し腹が出っ張ってる方がセクシーと見なされるんだが。裕福な証拠だからね。あの、たぷっとした肉付きがたまらないっていう感じで。・・・だけど、ドレスを着て細い腰をアピールするならこれでもいいのかな。あと、やっぱりお尻はもっと大きい方が・・・っぶっ」

「勝手に人のお尻を触るんじゃないわよっ」

「って、痛(いて)えってっ」


 彼女は、レスターの鼻と頬を両手の親指と人差し指でぐいぐいと摘まんでねじりあげながら怒鳴りつけた。

 レスターだって照れ隠しで、変なことを言ってしまったことは自覚している。どうせ自分は間抜けだ。ああ、そうだとも。


「このっサイテー男っ。こんな可愛い美少女の姿を見て、贅肉つけろってどーゆーことっ!? この変態がっ」

「変態じゃないっ。言っておくがなあっ、これはちゃんと根拠あって言ってんだっ。男ってのは柔らかいもんと丸っこいものに癒されるっつー本能があんだよっ」


 それは本当だ。丸いものにどこか愛らしさを感じるというのは。

 誰だって経験したことがあるだろう。

 たとえば動物園で、まだ育っていない幼獣達。成獣と違い、まだ丸っこい顔の彼らに心慰められる人は多い。


「だからって人の体を勝手に触んじゃないわよっ」

「減るもんじゃねえだろっ」


 つい、彼女の勢いに押されて反論してしまう。


「減るわっ、私の自尊心がっ。ガリガリと音を立ててねっ。あんたなんて、あんたなんてねえっ。そんなに脂肪のついた体が好きなら、体重もあんたの倍あるような、どすこいオバちゃんに襲われてくりゃいいのよっ。良かったわねっ、あんたの大好きな贅肉まみれでっ」


 いくら丸っこいものに癒されるといっても、腹がでっぷりした肝っ玉母ちゃんは別口だろう。

 いや、真面目に考えてどうすると、レスターは自分の性格を呪った。

 大体、お前もどうして人をそんな目に遭わせようと、妄想だけでも思えるのか。これだから女ってのは。


「俺にだって好みはあるんだっ。姫さんみたいに、口説いてくれりゃ誰でもいいってわけじゃねえんだよっ」

「私にだって好みはあんのよっ。少なくともあんたじゃないけどねっ」


 先程までの雰囲気は完全に消え去り、二人はぜえはあと荒い息をつきながら罵り合っていた。

 レスターだって思うものはあるのだ。彼女が、他の四人にメロメロになっているのを知らないわけじゃないのだから。


(大体、お前、俺の目の前でイプシロン(ロムルス)に駆け寄ってったじゃねえかっ)


 あの時、彼女を助けたのは自分なのに、目の前でロムルスに駆けていったレイラ。それを自分がどんな思いで見送ったと思っているのか。

 

「このクソ姫がぁっ。あれほど気持ちよさそうにうっとりしてたくせにっ」

「自惚れんじゃないわよっ。あれは退屈すぎて寝てただけよっ」


 何が女神の姫君だ、ふざけんなと、思う。

 レスターにしてみれば、彼女こそ永遠の姫なのだから。それを後から、デルタの奴・・・。いや、それはそれで仕方がないのだが。


「人のキスを、よりによって退屈なんざぬかすかっ」

「ええっ、ぬかしてみせるわよっ」


 その言葉に、レスターも一気にブチ切れる。


(おっまっえって奴はぁっ。あれ程、泣きそうな顔で俺に体を預けてた癖にっ)


 しかし、考えてみればこれは痴話げんかというものではないのか。

 お互いにそれに気づいたからだろう。同じ呼吸で目を見交わすと、同時にフンッとそっぽを向く。

 そこで彼女が話を変えてくる。


「そういえば、あんた、いつまでその神谷さんの顔でいるのよ。いいかげん、自分の顔をさらしなさいよ」

「やなこった。・・・大体、姫さんは自分の姿を誤魔化せるっつーのに、どうして俺が自分の姿をさらさにゃならんのだ。冗談じゃねえ。こっちにも分かんないなら、お姫さんだって分からんようにしておかなきゃ不公平ってもんだろうがよ」


 苦しすぎる言い訳だが、仕方あるまい。

 レスターはこれ以上ボロを出さない内にと、彼女を促した。


「まあ、いいや。さ、この部屋を出ていきな。お姫さんが行くべき場所が現れるからよ」

「行くべき場所?」

「ああ」


 レスターは手を差し出して、彼女を寝台から立ち上がらせた。


「お姫さんが望もうと望むまいと、もう賽(さい)は投げられた。お姫さんはその美貌と体、そして俺達から贈られた祝福をもってこの世界に降り立つ。・・・さあ、行くんだ。再び、出会う為に」

「・・・そうなんだ? さようなら、レスター・・・さん?」

「なんでそこで眉間に皺寄せて、『さん?』なんだよ。・・・レスターでいい」


 扉までの場所まで一緒に歩いていく。


「さようなら、美冴。幸せな人生を」

「ありがとう。あなたもね」


 そうして廊下に出ていく彼女を、レスターは扉が閉まるまで見ていた。


(お前が幸せに生きるのであれば、・・・それでいい)


 愛してる。ずっとずっと愛していた。


(この想いが、お前に届かなくても)


 やがて、皆が最初に集まっていた部屋に戻されたことを知る。

 五人はのっぺらぼうの姿に戻っていた。

 球体に映し出されている彼女の姿。暗闇を滑り落ちていこうとする彼女は、産道を通っているのだろう。それが分かった。

 

「さあ、彼女はこうして産まれようとしている。声を掛けてやるなら、掛けてやればいい」


 顔を認識できない男が、五人にそれを教える。


「あなたにとって、この世界が優しいものでありますように」

――― イプシロン。あなたもたまには自分に優しくしてあげて。会えて良かった。


「無事に生きてくれ。願うのはそれだけだ」

―――ガンマ。あなただって生きなきゃ駄目なんだからね、無茶はしないで。


「あなたの歩む日々に光あらんことを」

―――デルタ。頑張ってみる。あなたに恥じないように生きてみせるわ。


「そなたにとって楽しい世界であるといいのだが」

―――アルファ。ちょっとワクワクしてるの。あなたの国もきっと素敵よね。


「美冴(みさえ)。また会おう」

――― ベータ。その前にあんたの顔、私、知らないんだけど。


 掛けられた声に対し、彼女の返答がその室内に響き渡る。だからだろう、誰もがそのやり取りを聞くことができた。

 そうして、そこで彼女の映像が掻き消える。

 他の四人に、レスターはのっぺらぼうながらも冷ややかな視線を投げかけられているのを感じた。


「なあ、ベータ。お前さん、自分の顔、見せなかったのか?」

「放っておいてくれ、ガンマ」


 もう一人が近づいてきて、肩を叩く。


「そんなにもひどいご面相なのか? だが、男は顔じゃないぞ、ベータ」

「それを言っていいのは、顔のいい奴だけなんだよ、アルファ」


 なんでお前みたいな俺様人間に同情されなきゃならんのか。

 レスターはそう思った。まあ、エスリーダ王国の王子様は甘ったるい顔をしていることで有名だが。


「全くだ。しかし、・・・それでは彼女にお前さんが分からないとは不公平すぎるだろう。今からでもどうにかならないのか?」


 そう言って、セリフの後半で顔の分からない男に交渉しようとしてくれるイプシロン(ロムルス)はいい奴だと、しみじみレスターは思う。


「気にしないでくれ、イプシロン。俺はそれでいいと思っているから。


 イプシロン(ロムルス)に近づき、レスターが「ありがとな」と、礼を言うと、困った様子でデルタ(ファルード)も口添えしてきた。


「ライバルが減るというのは有り難いのでしょうが、・・・それはやはりどうかと思いますね。それともベータ、あなた、ちゃんと素性は教えたのでしょうか?」


 ライバルを蹴落とすなら蹴落とすといった割り切り方ができるファルードだが、それでも不器用さが過ぎて馬鹿をやったのならと、気の毒になったのだ。


「そこらへんは本当に気にしないでくれ、デルタ。俺には俺の考えがあるだけなんだから」


 そう、意地というそれが。

 ちなみに、意地を張るという人間の行動を、考えがあると見なす人間はいない。

 それはレスターにも分かっていた。だが、彼らにバレていなければそれでいいと思う。

 尚、他の四人は馬鹿じゃないので、

(考えがあるって言う奴に限って、考えなしなだけなんだよな)

と、レスターは余計に同情されただけだった。

 

「君達には等しく彼女との時間を与えた。どう過ごすかは、各自の自由だ。では、お帰り。さあ、君達の夢の時間は終わりだ」


 男が軽く手を挙げた。

 すると、全員の気が遠くなり、・・・気づけば、自室の寝台の上にいた。






 まだまだ深夜だ。

 しかし目覚めたレスター以外の四人は、そこで彼女のことを考える。

 あの顔が分からない男は言った。


――― 君達が運命を贈った時点で、彼女とは繋がりができる。強く念じれば、彼女が生きているかどうかぐらいは分かる。更に強く念じれば、どちらの方角にいるかどうか程度も分かるだろうな


 夜中だろうが何だろうが、彼らの足が窓に向かわない筈がない。

 そうして。

 彼女の気配を感じ、・・・彼らは喜びに打ち震えた。


 ライジードは、

(彼女は既に誕生している。ならば一番に見つけ出さねば)

と、決意する。


 ザイは、

(本当に会える。今度こそ、誰にも渡さない)

と、その拳を握った。


 ファルードは、

(すぐに大神官様にお目にかからねば。かねてからお願いしていたそれの為に)

と、朝になったらリベラ女神の娘というのを実行してもらおうと考える。


 ロムルスは、

(俺が行くまで無事にいてくれ。・・・考えてみりゃ、他の男達も駆けつけるんだよな。どうなるんだ、この場合)

と、自分のことだけではなく、彼女と他の候補者達のことをも考えて首を傾げた。


 そうしてただ一人、レイラのことを知っているレスターは、

(さて、R達を引き取りに行くか。あいつらに見つかって、可愛いからってお持ち帰りされても困る)

と、レイラはともかくとして、同じ顔をした子供達のことを考えていた。

 大体、もしもレイラに選ばれなかった男がいるとして、それであの子供達に目をつけられてはたまらない。あれは自分が頼んで誕生させてもらった子供達なのである。

 ほとんどの世話はアンドロイド達だったが、オムツだって、ミルクだって、いないいないばぁだってしてあげたのだ。

 お風呂だって入れてあげたし、プールだって作ってあげたし、滑り台だってブランコだって作ってあげたのだ。

 大事に大事に育ててきたのに(かなり手抜きはしたが)、しかもR達を人質状態で猫の塔にもこき使われてきたのに、そこを横取りされてはたまらない。

 嫁に出す? 冗談じゃない。あの子達はずっと自分の傍でいればいいのだ。


(いいじゃないか、別に。四人共、俺が育てたんだから。俺に一番懐いてんだから)


 どれ程、塔の賢者達に馬鹿にされようとも、それでも彼女達は自分の宝だ。最初は手に入らない彼女の代わりにと、そう思いながら、いつしかそれぞれに性格も異なる彼女達を、・・・愛していた。まだ、ただの動物だが。

 四人の妻? まだ子供すぎてそんなのは考えられないが、別にそれだって困らない。

 倫理観? 四人を平等に愛して幸せにできるなら全く問題ないだろう。世の中には、本妻と愛人とのバトルを放置して、それに目を背けている男がどれだけいると思っているのだ。

 誰よりもR達を幸せにする。守りのあるレイラと違い、R達にこの世界の加護はないのだから。


(なら、俺しかいないだろう)


 いずれレイラと同じように美しく育つと分かっている子供達。今でも可愛らしいが。それを守り通せる男は少ない。ましてや四人ともなれば、尚のこと。変な奴に目をつけられたら、一発で攫われる。


(あ。せっかく測ったんだ。ついでにレイラのドレスも発注しとくか)


 そんなこともレスターは考える。彼女が誰を選ぶにしろ、みすぼらしいと思われるようなことにさせるつもりはない。

 テルノス辺境伯夫妻も後見としてそれなりに仕度を調えてくれるだろうが、リベラ神国も乗り出すだろうが、・・・彼女がその為に誰かへ頭を下げるだなんて、させるつもりはないのだ。

 婚礼の仕度は、勿論、塔が・・・・・・・・・。やっぱり資金だけ出して、辺境伯夫人に頼もう。どうして自分が、彼女を他の男に送り出す為の用意をしてやらねばならないのか。冗談ではない。

 レスターもまた、やってきたこの日で、かなり気が動転していた。立ち上がってぐるぐると歩きまわっては、座りこむ。




 そんな男達のそれぞれの思いをよそに、星だけが瞬いていた。

 そしてレイラは何も知らず、R達と一緒の寝台ですやすやと眠っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。