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26 見知った彼女と見知らぬ自分達と

レイラ(リリエル):ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳。リリエルの姿を取る時には水色の髪に青い瞳。松岡美冴が新しい姿を持ち、ロキスとミザリーの娘として産まれた。その後、マイオスに拾われて、リリエルと名づけられる。


チェンジン国・リミダ村

 ザイ(ガンマ):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。リミダ村の村長及びピルッポの実質管理者。

 マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。妻はエイリーン(金髪に赤茶色の瞳)。リリエル(レイラ)を拾って育て、シアラ(水色の髪、水色の瞳)も引き取る。エイリーンとの間に長男ロッジ。

 ローリー:ザイの弟。

 クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。


アームル帝国

 ロムルス(イプシロン):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の皇太子兼ハイアレティ公爵家長男。

 ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。ギネス伯爵家の次女ジルドレア。エディナートとの結婚によりタイガルース侯爵夫人。


エスリーダ王国

 ライジード(アルファ):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。王太子。

 レンダー:宰相がライジードに付けた懐刀。水色の瞳。甘いもの好き。

 テルノス辺境伯:エスリーダ王国とリベラ神国との盟約をも履行している領主。

 R01(一姫):金の髪。おしゃれが大好き、女の子らしくありたいと努力する子。

 R02(二姫):赤の髪。体を動かすのが大好き。高い物を見ると登りたくなる子

 R03(三姫):茶の髪。夢見がち。周囲や皆の様子を見て、バランスをとる子。

 R04(四姫):橙の髪。怖がりで大人しい。常に遠慮がちな子。 



リベラ神国。豊穣と繁栄を司るリベラ女神を国全体が祀っている。

 ファルード(デルタ):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。神官。ナリス王国リーング出身。

 イディラート:ルーセット神殿の神官長。ファルードの養父。焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。


塔

No.2猫の塔:主はシルヴィア。蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。跡継ぎはシュバルト。

No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター(ベータ・金髪、青い瞳)。

No.5思索の塔:白髪の老爺。

 何事もテストは大切だ。やはり見切り発車はよくない。あれは失敗のもとである。

 だからまずは試してみるのだ。


「何かどたばたしていると思うたら、一体何をしとるのだ?」

「ろ過装置をつけた浴槽を併設した浴室をと思いまして」

「それはかまわんが、なぜそなたは隣の部屋にそれをしておるのかの?」

「利用者の近くでないと不便だからです」

 

 老爺は基本的に彼のすることに対し、あまり口出しをしない。しかし、自室の隣を工事し始めているとなったら話も別だったのだろう。

 ドドドドッ、ガガガガッと、水道から排水溝から何からを取り付ける為に、その日は朝から凄まじい音と振動が響き渡っていたのだから。


「あまりうるさいと休めんのだが」

「突貫工事で済ませますから、どうぞ客室をお使いください」

「・・・・・・」


 まあいいかと、老爺は諦めることにした。

 広い浴室である必要はあまりないのだが、どうでもいいことでもある。

 しかし、客室にいても工事の音は響いてきた。


「ちょっと思索(しさく)の塔まで出かけてくる」

「行ってらっしゃいませ。数日、お帰りにならなくてもかまいませんから」


 気持ちは分かるが、追い出されたかのようでちょっと寂しい。

 そんなことを思いながら、思索の塔へ行って、

「最近の若いもんは、何かするというのに、年寄りの意見を先に尋ねることすらせんのです」

「分かりますぞ。自分なりの成果を出してみたいんですとか言い出して、それでいてこちらから見ればよくあるパターンのそれにひっかかって、あれっあれっとか言っとるのですわい」

「ああ。どこも同じですなあ」

「いや、全く。しかし静謐の跡継ぎ殿は優秀で羨ましい。年寄りを敬うことをちゃんとご存じだ」

「いやいや、それどころか。こんな年寄りではつまらんと思うのか、しょっちゅう猫の塔へ入り浸っておりますからの。それに比べ、思索の跡継ぎ殿は常に研鑽を怠らぬ真面目なお人柄。やはりそこは師譲りの高潔さをお持ちでいらっしゃる」

「いやいや、それこそご謙遜。あれほどに優秀な跡継ぎ殿を」

と、茶を啜りながら、互いにぼやく。

 何事も、愚痴をこぼす時には、それを分かってくれる相手であることが必須な条件だ。

 思索の塔と、静謐の塔。

 二人はなかなか気が合う同世代だった。

 そうして、事情を聞いた思索の塔により、

「ならば数日、泊まっていってくだされ。やはり友と語らうのは楽しいもの」

「なんと。それは有り難い。違う分野といえども、やはり一流の方が話してくださるそれは、聞き入らずにはいられぬ面白さがありますからの」

と、二人は意気投合していたのである。

 そうして五日後、自分の塔に戻ってきた静謐の塔の賢者は、目を丸くした。


「どうして浴室が二つに分かれて浴槽を二つも設置してあるのだ?」

「よくぞ聞いてくださいました。さて、こちらが普通の浴槽です。シャワーもここにあります。こちらでまず体を洗って浸かります。汚れをちゃんと落としてください」

「ふむ」

「そしてこちらの浴室に入り、この低い浴槽に寝転んで浸かります」

「二度も、か」

「はい。こちらの浴槽は循環式になっていて、湯がろ過装置にかけられて循環します」


 最初の入浴できちんと浴槽に浸かって体を洗うようにと言ったのは、いくらろ過装置が作動すると言っても、二度目の浴槽内に落ちるであろう皮脂や垢、体毛などが少なければ少ない程いいからだ。

 最初の浴室で汚れをなるべく落としておけば、この薄めた培養液が入っている浴槽内で雑菌は繁殖しにくいし、ろ過装置にも負担がかからない。

 そこは老爺も分かっているからだろう。

 この湯に何か秘密があるのかと、品定めするかのような視線になった。


「ほう?」

「とりあえず、これでまずは入浴してみてください」


 わけが分からなかったが、昼日中から入浴というのも悪くない。

 老爺はのんびりと体を洗って浴槽に浸かり、その後、奥の仕切られた室内の浴槽に浸かった。


「この横になるスタイルとは、なかなか眠気を誘う浴槽じゃのう」


 普通ならあまり長く浴槽に浸かっているとのぼせてしまうだけだが、こちらの浴槽は体温程度の温度設定にされていたこともあり、長く浸かることができた。

 しかもこちらの浴槽は浅い上、全身を伸ばして寝転がることができる形になっている。居眠りしても大丈夫なように、顔は溺れないように少し段差が首の後ろにくるようになっていた。

 あまりの心地よさに眠っていた老爺が、ふと目覚めると・・・。


「ん? うむ?」


 なぜだろう。肌の艶が増したような気がする。しかも血色も良くなっているような・・・。


「おや?」


 たるみを帯びていた肌がピンと張り、そして腰などにあった慢性的な痛みが完全に消失している。


「おおっ」


 立ち上がってみれば、今まで「どっこいしょ」や「よっこらしょ」と掛け声が必要だったというのに、ぴょいっと簡単に自分は浴槽を跨いで出てしまったのだ。


「まさかこんなことが」


 何という驚きの浴槽なのだ。

 やはりレスターは最高の跡継ぎだ。こんなサプライズを贈ってくれるとは。最近の若者はまだまだ捨てたもんじゃない。

 そんなことを思う静謐の塔の賢者だ。

 思索の塔でぼやいていたワンシーンは、既になかったことになっている。その辺は、よく似た師弟だった。さっきまではさっき、今は今。そういうことだ。


(今まで体を向けてからしか取れなかったタオルが、後ろ向きでもさっと取れるではないか)


 ほくほくとして出てきた老爺だったが、待ちくたびれたらしく、跡継ぎは自分の研究室で何やら工作していた。

 しかし、やってきた師を認めて立ち上がる。


「いかがでしたか?」

「素晴らしいぞ。なんと、スキップもできるのだ」


 見事なステップを披露しようとしたのに、レスターは本気で嫌そうな顔になってそれを止めた。


「しないでください。それが許されるのは少女だけです。年寄りのそれは視覚の暴力です」


 それでも観察は怠らない。

 なるほどと、師の様子を見ながらレスターは思った。たしかに看板に偽りなし、である。

 気のせいだろうか。肌もまるで若返っているかのような・・・。


「本当は廃棄しなくてはならないものだったらしいのですが、猫の塔の跡継ぎ殿にこっそりと横流ししてもらったのです。腰痛とかに良いと言われまして。まあ、いずれはこのストックも尽きますけど」

「いやいや。それは仕方ないこと。いや、今だけでもいい。体が軽くなるとはこんなに嬉しいものか」

「・・・・・・」


 そのウキウキとしか言いようがない浮かれぶりに、レスターは考え込んだ。

 本当はこの一回の薄めた浴槽で、しみじみと

「お。少し体の調子が良くなったような気がするのう」

と、そんなもので良かったのだ。

 いずれ薬草風呂にしてもいいかとも考えていたが、その程度だった。


(本当に効果があるならと思ったんだが。・・・仕方ない、か。こんなにも喜ばれちゃな。もしも悪影響があったらと心配だったし、今回は八倍希釈だったが、それでもこんなに効果があるというのなら)


 四倍に薄めて使うようにと言われていたが、それを更に二倍の八倍希釈にしていたのだ。しかし、この効果。なんと侮れない液体なのか。


(なるほどね。こりゃ流出したら、一気に戦争すら起こりかねない)


 だからシュバルトは自分にだけ渡してきたのかと、納得する。

 本当はレイラの入る浴槽に、こっそり入れてみて、その色っぽくなるという姿を見てみたかったのだ。基本的に風呂上がりの女性は色気があるものだが、更にそれが増すというのなら見てみたい。男なら本能レベルで当然至極の欲求だ。誰だってそうだ。別に見たくない等と寝言をぬかす男がいるなら連れてこい、である。

 が、しかし。


(しょうがない、よな)


 結局、悪さはできないということなのだろう。

 だって、こんなにも年老いた師が喜ぶのだ。よほど腰痛などが辛かったに違いない。言わない、伝えないというのは、辛さを感じていないということではない。ただ、年だから仕方ないと、そう諦めて受け入れているだけだ。


(八倍でもこの効果なら、師に四倍はきつすぎるかもな。跡継ぎ殿に相談してみよう)


 諦めて、レスターはもらってきた培養液を全て師の為に使うことにした。循環式の浴槽にしてあるから、それなりに一回のそれも長持ちもする筈だ。


(効果がなくなったと思ったら入れ替えればいいか。大体、年寄りなんてあとどれくらい生きるかも分からんしな)


 基本的にレスターは年寄りに弱く、そこで身勝手になりきれない青年だった。






 白い部屋、白い椅子、そしてのっぺらぼうな自分達。

 本当に何もない空間だと感じる。


「さて、彼女は隣の部屋で眠っているよ。そろそろ起きだすだろうけどね」


 相変わらず顔の分からない男がそう告げる。

 そうして、透明の球体に白い寝台の上で眠る少女の姿が映し出される。誰もがそれに見入った。

 長い睫毛と広がるストロベリーゴールドの髪。陶磁器のように滑らかな肌には赤みがさし、まるで一流の職人が手掛けた人形のようだ。

 だが、一人がかなり動揺したように数歩、後ろへ下がった。けれどもそれが誰なのか、同じのっぺらぼうのマネキン状態である自分達には全く分からない。


「ならば、俺はこの姿になって彼女と会うことにしよう」


 真っ先に姿を変えたのは、レスターだった。


「おやおや。その姿にするんだ、君は?」


 からかうように声を掛けてはきたが、自分の思いをこの男は誰よりも分かっている。

 白々しい奴と、そんな自分の思いを押し隠し、レスターは静かに述べた。


「彼女はまだ何も知らないと言った。ならば見慣れた顔でなければ混乱するだけだろう。いきなり知らない場所で、知らぬ男が目の前に現れて、それで恐怖を覚えない女がいるとは思えない。俺は別に彼女を怖がらせたいわけでも何でもないんでな」


 周囲にいた四人が、その言葉に考え込んだようだった。


「ならば家族の姿というのはどうだ? たしか父親や兄もいた筈だろう」


 そう、一人の男がレスターに話しかけてくる。

 ライバルというのに、あまりそこは気にならないらしい。

 大らかな性格なのだろうかと、レスターは思った。データだけで分かったつもりになっていたが、やはりこうして近くで会ってみると、違うものだと感じる。まあ、のっぺらぼうだが。

 しかし、これが帝国の公爵家子息か。


「親兄弟(おやきょうだい)となったら、かえって僅かな仕草にすら違和感を感じて恐怖を覚えるだけだ。自分の母親や姉の姿をした、それでいて全く違う思考を持つ人間が目の前に現れたらどう思う?」

「ああ、なるほどな。だが、その顔は・・・」


 そこでレスターは肩を竦めてみせた。


「気にならないね。初対面ってのは、失敗もしやすいものさ。だが、・・・この顔の男が嫌われたところで、俺は痛くもかゆくもない」


 周囲で、プッと噴き出すのが分かった。

 背後から一人の男が近づいてきて、バンバンとレスターの肩を叩いてくる。

 別に痛くはないが、やめてほしい。そういう傍若無人なのは猫の塔だけで十分だ。


「いいねぇ。あんたさぁ、その考え方かなりイイ。もしも気が合ったらダチになろうや」

「そう言いながら握手したのとは反対側の手でライバルをグサリと仕留めるクチだろ、あんた。そういうのって隠してても分かるもんだぜ」

「へぇ。ますますいいねえ、・・・あんたも同じクチってか」

「生憎、俺は平和と安寧を心から愛する、暴力反対・人類みな兄弟思想の持ち主なんだ」


 真面目にレスターが宣言すると、その場に白けた空気が漂った。

 誰しも馬鹿ではない。自分からそういうことを言い出す人間が、本当にそんな平和主義なわけがないことぐらい分かっていたからだ。


(おかしい。何か外したか?)


 その言葉に、

「あんた達と違って自分は穏やかな草食動物系なんだ。だからみそっかすにでもしといてくれ」

という気持ちをこめたつもりのレスターだ。しかし、かえって他の候補者には、「ぬけぬけと韜晦(とうかい)してみせる怪しい奴」認定されただけだった。

 なぜか溜め息をつき、最初に声をかけてきた男・ロムルスが、

「二番煎じで申し訳ないが、ならばこちらも同じ選択をさせていただこう。さすがにのっぺらぼうは怖すぎるだろうからな」

と、レスターと同じ容姿に変化する。

「そうだな。そうしとくか」

と、レスターの肩をバンバンと叩いてきた男・ザイもそれに倣(なら)った。


(こいつがリミダ村の幼馴染(おさななじみ)。だが、こんな性格とは出ていなかったが。いや、荒っぽいこともやるが、それなりに礼儀も身についていた筈だ。なぜ、こんなわざわざ人から下品だと蔑まれるような行動に出てる?)


 それなりに旅をしていたレスターは、そういう無頼(ぶらい)の輩(やから)や、暴れ足りないとばかりにはっちゃける少年達にもある程度の馴染みがある。だから彼の行動に合わせたつもりだが、その一方で疑問が残った。


(それともカードを読み取れていなかったということか? だが、そんなことがあるだろうか)


 今、ここでカードを広げられないことがこんなにも手足をもがれた気分になるとは。

 いや、そうではない。人を見極めるのにカードにばかり頼るものではない。ましてや彼は、・・・彼だ。


「ならば私もそうさせていただこう」

「では、同じく」


 そうして五人が全員同じ姿へと変化する。

 それは彼女が元の世界で結婚を考えていた、神谷という名の男の姿だった。


(落ち着け。この中で誰よりも手札を握っていることを忘れるな。まずはフォローにまわらなくては)


 そうレスターは自分に言い聞かせる。

 けれども眠っている彼女の姿から目が離せない。テルノス城にいるレイラは水色の髪、青い瞳をしているからだ。顔立ちは同じだけれど、それでもこのストロベリーゴールドの髪は特別だった。

 そんな自分の心を分かっているのだろう。男がどこか寂しげに自分を見つめているのが分かる。


「へえ、瞳はちょっと変わった灰色なんだな」


 そんな言葉を誰かが発するまでもなく、やがて目を覚ました彼女の様子に誰もが見入っていた。






 彼女が目覚めたと知って、途端に駆けつけようとした彼らだったが、そこでフッと映し出されていた姿が消えた。

 振り返った彼らに、男が念を押すかのように伝える。


「言っておくが、キス以上はしないように」

「したくても出来ねえだろ。大体、ナニもついてねえのに」


 そんなガンマの反論に、何人かが頷いた。男は鼻で笑う。


「当たり前だ。彼女は選ぶ側だと言っただろう。欲しければ彼女を惚れさせ、手に入れるがいい」


 レスターは、何だかなぁと思った。

 お前は父親かと、そう言いたい。言わないが。何故なら言ったが最後、それはブーメランで自分に返る。

 ああ。そんなどうでもいいことを考えてしまうのも、きっと、初めての彼女との対話に緊張しているからだ。

 

(だがなあ。こういうのは分かっちゃもらえんのかもしれんが)


 女は胸なんてあると邪魔だというものらしいが、男としては、だ。

 やはり股間に慣れ親しんだアレがないのは何だか、・・・何だかなんだよなぁ。

 レスターはちょっと切ない吐息を漏らした。

 アレは弱みというか急所ではあるが、弱い部分だからといってなくしたいわけではないのである。気づけば、周囲でも同じような溜め息があった。

 何というか、そう、アレはやっぱり何なのである。




 入ってきた自分達に驚いて顔を上げた彼女は、やはり心細そうな顔をしていた。シーツを強く巻きつけ直す仕草にすら、警戒していることが分かる。


「か、神谷さん。あの・・・」


 自分で選んだ顔とはいえ、その言葉にレスターは僅かに目を伏せた。


(お前は、私の名を呼ばない)


 いや、分かっていたことだ。それは仕方のないこと。

 そう諦める気持ちを持てるレスターと違い、他の四人はマイペースに大人げない。


「カミヤサン、か。一番安心できるだろう男の顔を選んだつもりだが、・・・やはり不愉快になる」

――― アルファ。お前なぁ、自分で選んどいてそれって、心が狭すぎないか?

「仕方ない。ならば違う姿を選べば良かっただけのこと」

――― さすが神官。デルタは場を取り持つ良識を持っているようだ。

「全くさ。しかし、こちらもなるべく手の内をさらしたくない。ここは妥協しようぜ」

――― やっぱりガンマ、お前、隙を見て美味しいところ全部持っていく気だったか。

「その通り。見事に定着したようだ。まずは重畳(ちょうじょう)」

――― イプシロンが一番マトモかもな。彼女のこと考えてんの、こいつだけじゃないか。

 そんなことを考えながら、レスターは疲れた声で注意した。

「君達、あんまり怖い顔をするんじゃないよ。彼女が怖がってるだろう」

と。

 ああ、どうしてこいつらって、こうマイペースなんだろう。・・・ブーメランだが。


「あ、私・・・」


 その怯えている様子が不憫になったのか、イプシロンが近づいて彼女を抱き上げる。


「あのっ!?」

「床に座っていられても話しにくい。まずはそこへ座るといい」


 ベッドに下ろされた彼女は、シーツを強く握り締めて俯いた。

 そうだ。これがレイラならこんな神谷の姿をとらなくても、彼らの本当の姿を見ればすぐに笑顔になって抱きついただろう。けれども、まだ彼女は誰のことも知らない。


(そう。俺のこともお前は分からない)


 彼女を中心に皆がその周囲へと座る。誰もが牽制しているのだ。

 自分達に対し、彼女は一人。譲れないと思えばそこで引く男はいない。


「おんやまあ。このお嬢さん、目に涙、浮かべちゃってんぜ? よほど俺達が怖いのかね」

「茶化(ちゃか)すな。そりゃこの状況で怖くない娘さんはいないだろう。・・・女神の娘よ、心配はいらない。私達は、・・・そうだな、君の婿候補といったところだ。君を傷つけることはない」


 やはりガンマ(ザイ)はおかしい。本来、彼はこんな言い方を女性にする男ではない。イプシロン(ロムルス)が優しく彼女に対し、尊重する旨を伝えようとしているのが救いか。


「何も泣くことはありませんよ。これからあなた以上に大切に扱われる女性はいないのですから」

「だが、ここまでめそめそする娘ではいささか厳しかろう。もう少し強くしたたかになった方がよかろうに」


 デルタ(ファルード)とアルファ(ライジード)は、彼女に対してもっと自信を持てと言いたいのだろう。

 考えてみれば彼女の世界の様子を一年間夢に見ていたとはいえ、彼らは彼女の世界における文化をよく分かっていない。ここは自分がフォローするしかないのだろう。

 諦めの境地で、レスターは全員に対して注意を促す為に口を開いた。


「ちょっと待てよ。お宅らの言っていることの方が無茶だ。彼女は今、目覚めたばかりで何も分かっていないことを忘れるな。それとも何か? その恐怖も取り除いてやれない男しか、ここにはいないとでも?」

「はっ。言ってくれるじゃねえか」

「いいや、その通りだ。まずは女神の娘に対して敬意を示すべきであろう。それもできぬ方々が脱落するのは喜ばしい限りなれど」


 ガンマ(ザイ)はともかく、イプシロン(ロムルス)はすぐにレスターをフォローしてきた。

 互いを探り合う視線が絡み合う。


「へっ。誰も引く気はなさそうだな。ま、そりゃそうだ。だが、俺はこういうグダグダしたやり取りは嫌いなんでね。説明ならお前さんがすりゃあいい。まさに説法くさいニオイがプンプンしてきやがってるぜ、お前さんからよ」

「生憎、その挑発に乗る気はない。だが、私が一番適任であろう。・・・さて、我らが世界に降臨なされる女神の娘に対し、まずは無事のご定着をお喜び申し上げる」


 ガンマ(ザイ)の苛立ちはもしかしてデルタ(ファルード)に向けられていたのだろうか?

 レスターは、そこで首を傾げた。

 だが、何故だ? たしかガンマ(ザイ)の村が襲われた時、彼女の身を案じてリベラ神殿に彼女を預けたのは彼だ。だからリベラ神殿は恩人ではないか。嫌う必要もなかろうに。


(それともあの頃、何かあったのか? こっちもアレを知ってむしゃくしゃしてたから、つい、無事なこと以外はあまりチェックしてなかったんだよな。それにR達の世話で手一杯だったし)


 小さな子供は動物と変わらないのだ。言葉で言い聞かせてもきかない上、ちょっと目を離せば何かをやらかす。しかも四人。・・・・・・愛らしいのは寝ていた時だけだった。

 そんなレスターの感慨をよそに、デルタ(ファルード)が彼女の手をとって口づける。


「あ、あの・・・。何か、勘違いなさってると・・・」

「勘違いではございません。あなたは選ばれて我らが世界に降臨なされるお方。この世界に愛され、この世界に恵みをもたらし、この世界で幸せな日々を送られることを約束なされたお方です」

「・・・・・・・・・」


 彼女がピキーンと固まったのが分かった。


(さすが神官。無茶だろうが何だろうが、その雰囲気と口調だけでその場を仕切りやがる。しかも世間知らずな小娘、手玉に取る気満々じゃねえか)


 そこは、常に相手が頭を下げてくる立場のアルファ(ライジード)とイプシロン(ロムルス)の分(ぶ)が悪いなと、レスターは判断した。こういうのは場数を踏んでいる方が強い。

 本来、こういうのはガンマ(ザイ)が一番手慣れていそうに思ったのだが、やはり番狂わせというのはあるらしい。


「人違い、です。私、そんな大それた人じゃなくて、普通に、普通に生きてきた・・・、あっ、そうですっ。この顔と体だから誤解されてるんですねっ? 私、本当はこんな色の体と顔じゃなくてっ」


 馬鹿真面目に彼女は説明しようとしているが、そんなこと、全員分かっている。


「あなた様の本来のお姿がそうではないということは存じ上げております。ですが、あなたはこの世界に選ばれ、その本来のお姿を捨ててこちらに舞い降りられたのです。今のお姿は、あなた様の為に用意されたもの。この世界において、あなた様はそのお姿で生活なさるのです」

「・・・・・・」

「あなた様が元の世界でどんな方であろうと、この世界では豊穣と繁栄を司るリベラ女神の娘として扱われることになりましょう。半神の人として、あなたは敬意をもって迎えられます。どうぞご心配なさいますな。その際には、是非、我らが神殿においでくださいませ。何があろうと、あなた様をお守り申し上げます。我らが大切な姫君」


 あくまでへりくだりながら、それでいて彼女が頼れるのは自分だけだと思い込ませる。更に歓迎することを完全アピールして、取り込む姿勢にブレがない。

 恐らくリベラ女神の娘がどうこうと言った時からそのつもりだったのだろう。分かっちゃいたが。

 レスターが呆れていると、アルファ(ライジード)が、はっと気づいたらしくそこで参戦してきた。


「待てっ。それを言うならっ、まずは我が王城にっ」

「どちらもストップだっ。そういうことは個別にすべきだろうっ。この場では全員が等しき権利を有する筈っ」

「どさくさに紛れて、ちゃっかり自分の所を売り込むんじゃねえっ」


 イプシロン(ロムルス)とガンマ(ザイ)もそれに続く。


「何を言うっ。女神の娘とあれば、神殿こそがこの姫君の後見となろうっ。当たり前のことではないかっ」

「ざけんじゃねえっ。売り込むとなったら一気に『姫君』かよっ。この二枚舌野郎っ。だから神職者だけは信用ならねえっつーんだっ」

「ならお前こそ、最初から敬意をもっておけば良かっただけのことだろうっ。下卑(げび)たやりとりしかできぬ男など、似合いの女の元へと帰るがいいっ」


 やはりガンマ(ザイ)は神殿に恨みがあるようだ。そういえば、かなり彼女の神殿滞在は長かった。

 あの頃はまだデルタ(ファルード)と接触していなかった筈だが、ザイと他の神官との間に、何かあったのだろうか。


(駄目だ。こいつら、連携もクソもねえ。女の前で怖がらせるようなことすんなよ)


 彼女のことを放り出して私怨が出まくっている。

 けれども彼女がそこで呆気にとられ、そうしてくすっと笑ったのが分かった。


「ああ、やっと笑ってくれたね」


 背後から頭を撫でてそう声をかければ振り返る。

 そうだ。お前はずっと笑っていればいい。幸せに。誰よりも。


「気にしなくていい。彼らは君みたいな可愛い子相手にどうしたらいいか分からなくて、緊張のあまりにバカになってるのさ。何といっても、君は特別な女性だからね」


 今、彼女が不安になっていることは何だろうかと考えながら、レスターは言葉を紡いだ。絹糸のような髪、光の差し込み具合によって青や緑に変化するグレイの瞳。

 ああ、本当に。

 だから猫の塔には感謝している。


「君の黒い髪に茶色い目をした姿も、俺達は見たから知ってるよ。そっちも可愛かった。鼻が低くて、成人してもお子様みたいだったね。しかもおどおどとしていて、何かやっても間抜けな結果に終わるところがチャーミングだった。そうだな、・・・まるで自分のしっぽを捕まえようとして、ぐるぐると円を描いて走り続ける馬鹿なキツネの子供みたいでさ」

「・・・・・・・・・」


 ごめん。本音が出てしまった。

 彼女が面食らって、そしてムムッと怒り始めたのが分かった。

 だけど、怒っている顔も好きだ。ずっと見ていたい。自分の言葉に怒ったり笑ったりする彼女を、・・・ずっと見ていたかった。


「うーん、黒髪だったからキツネというよりタヌキの方が正しいのか?」


 自分でも収集がつかなくなったなと思い、レスターは考えるフリをしながら、どう決着をつけるべきかと悩む。

 すると、彼女に手を叩き落とされた。


(あ。怒ってる怒ってる。ムッとしてる)


 そうだ。その感情を押し込めることなく、望むままに咲き誇ればいい。

 その為に、この地で生まれ直すのだから。


「なんだ。ムッとしてるのに怒らないのか? 駄目だなぁ。そんな黙りこんでばかりいたら、誰からもいいようにされちゃうだけだよ、我らがお姫様。・・・君はこれから俺達の中の一人を選ばなくちゃいけないってのに、そんな大人しいばかりじゃ、俺達のところにすら辿(たど)りつけない。それじゃ困るんだよね」


 驚いたらしい彼女は、警戒するような目つきになった。


「あの・・・? 辿りつくって、一体・・・? それに選ぶって、どういうこと?」


 それでいい。デルタ(ファルード)の一方的な説明じゃなく、公平な情報を手に入れ、その上で見極めるんだ。

 レスターのそんな思いが、少し唇の端を緩めさせたのだろう。彼女の心が少しだけ落ち着いたのが分かった。


「君は俺達の中から一人選んで、その男の元へとやってくるのさ。俺達は君に選ばれるのを待つ、お預けをくらった婿候補ってところか。だが、・・・大人しく待ってるような奴など誰もいないだろうね」


 彼女と二人で話していたものだから、体をねじって後ろを向いている彼女には分からなかっただろうが、四人の不満そうな顔がレスターに向けられていた。

 だから挑発するように、セリフの後半で笑ってみせる。

 それを察したのだろう。四人全員がレスターに対し、受けて立つと言わんばかりの禍々(まがまが)しい笑みを浮かべた。


(おい。お前ら、俺じゃなく彼女を怖がらせてどうするよ)


 おかげで彼女は、レスターの方へと後ずさってきてしまった。

 駄目だ。こいつら、馬鹿ばっかだ。・・・ああ、ブーメランがここでまたやってくる。


「怯えるんじゃないよ。そこで怯えたなら、君は自分の力を発揮することもできない。俺達ならばともかく、他のどうでもいい奴らに利用されるだなんてこと、俺達は許す気なんてないんだから」


 だが、ここはもう彼女の暮らしていた世界ではない。

 そうだ。心を強く持たねば、彼女は自分達の守りをすり抜けて傷つくかもしれないのだ(あの男がそれを黙って見ているとも思えないが)。

 だからレスターは彼女の両肩を支えて、囁いた。


「え・・・?」


 どうやら落ち着いたようだ。ちゃんと彼女は自分で思考している。その瞳に、知の力が宿った。


「そう。ちゃんと自分を取り戻したね、それでいい」

「はあ」


 いつもR達が嬉しい顔をしたものだから、ぽんぽんと、軽く頭に手をやって撫でれば、彼女もまた少し照れくさそうな顔になった。

 おかげで四人の目がきつい。別に抜け駆けするつもりはなくて、これでもフォローしているつもりなんだが。

 まあ、いい。ここでちゃんと彼女に教え込んでおこう。

 レスターは彼女の瞳を覗きこむ。

 

「ちゃんと自分の心を持って。自分の主は自分だって、そう自信を持つんだ」


 その自覚さえあれば、お前はここで誰よりも万能の存在でいられる。


(いや、まあね。その自覚と自信が完っ全にない人生を歩んでくれたけどな)

 

 だから無駄なことかもしれないのだが、何ごともやる前に諦めるべきではない。・・・多分。いや、あの鈍くさい美冴がベースだ。無駄な気はしないでもない。・・・いや、頑張れ自分。


「えっ、・・・きゃああっ」


 レスターは、彼女が体に巻きつけていたシーツを一気に剥ぎ取った。


「やっ、嫌(いや)っ。やだっ、助けてっ」


 まだ何も知らない彼女は無力だ。彼女の両手を片手で押さえつけ、レスターはその顔を覗きこんだ。他の四人が彼女の肢体に釘づけとなっているが、・・・おかげで自分に対する疑念も一気に吹き飛んだだろう。

 さすがに喋りすぎた。

 だが、エロの力は無敵だ。


「お、おいっ。お前・・・っ」

――― それ、止めてねえよ。あんただって見入ってるじゃねえか。

「おやおや、サービス満点だねえ。なかなかいい体じゃないか」

――― そうだろうよ。こいつの体は完璧だ。

「なんと・・・。まさに美しい」

――― お宅の女神様よりもか?

「やめんかっ。いくら何でも乱暴が過ぎるだろうっ」

――― その健全さに救われるね。


 白磁の肌が、羞恥で紅色に染まっていく。

 ああ、本当に綺麗だ。誰よりも美しい。


「やめてっ、手を放してっ」

「俺達は婿候補だと言っただろう? 別に君は俺達全員を選んでも構わないんだよ? 一人しか選ばなくてもいいし、二人でも三人でも構わない。だがね、・・・そこで、助けてって泣いてても何も変わらない。君の力は、君がきちんと強く心を持たなくては発揮されないんだから」

「え?」


 目を大きく見開くが、それは少し涙に濡れていた。

 ごめん。だけど、大事なことだ。感覚で覚えろ、その力を。


「嫌なら、ちゃんと自分で何が嫌かを考えて、それを強く考えるんだ。そうでなければ、俺達どころか、どんな奴らに対しても君は無力だ。こんな風にシーツを剥ぎ取られてもね」

「っ! 嫌ぁっ!」


 彼女は恐慌状態に陥った。


「泣いたって何も変わらない。何なら俺達五人で君を楽しませてあげてもいい。・・・さあ、どうする? 五人がかりで君を快楽の園へとお連れしようか、姫君?」


 嘘だけどね。君や俺達の体は投影されているだけで、夢幻(ゆめまぼろし)にすぎない。


(それでも愛してる。たとえ君を愛する体がなくても)


 かつてのようにその頬を撫でれば、戸惑ったような顔がレスターを見上げてくる。

 だが、そこで怒りがこみあげたのだろう。次の瞬間には頬が赤く染まった。


(そう、危機感を持ったら怒っていい。決して自分を、他者の意のままになる奴隷に貶めるな。お前の思いはお前だけのもの。そうしてお前の心はお前が決めろ)


 彼女の瞳に強い力が宿る。


「やめてって言ってるでしょうっ!!」


 彼女から何かが一気に放出された。それにより、彼女の周囲にいた五人全員が弾き飛ばされる。


「ぐっ」「うぉっ」「うっ」「・・・っ」「・・・・・・」


 それなりの衝撃で床に転がりながら、それでもまだまだ弱いなと、レスターは思っていた。


(阿呆が。もっと本気で抵抗しろ。この程度じゃかえって反撃をくらうだけだ)


 しかし、彼女としては快挙レベルなのかもしれない。元があの美冴だ。

 顔だけ向ければ、彼女はシーツを巻きつけてベッドから飛び降り、叫んだところだった。


「どうしてこの部屋、ドアがないのよっ。さっさとドア、開けなさいよっ」


 すると、壁の一つに扉が浮かび上がる。

 そのノブを掴んで開け放てば、その向こうに全てが真っ白な長い廊下があり、彼女は迷うことなく駆け出した。

 それを見送る形になった五人が起き上がれば、その部屋にいきなり顔の分からない例の男が現れる。


「おやおや。派手にやられたねえ」

「そうでもないさ。子猫にだって可愛らしい爪はある」


 レスターが嘯(うそぶ)いてみせると、男は面白そうに小さく笑った。


「さて、約束だ。顔合わせも済んだし、後は一人一人との時間をあげよう。この隣に五つの部屋がある。やがて彼女が部屋にやってくるから、それぞれに贈り物をしてあげればいい」


 その言葉が終わると同時に、彼らはいきなり白い部屋にそれぞれ瞬間移動させられていた。






 ロムルスは、ちょうど扉の陰になってしまっていたものだから、気づかずに入ってきた彼女の姿に、どうしたものかと悩んでいた。


(やはり身なりを整えさせてやらねばならないだろうが、・・・ここで声をかけていいものか)


 彼女は、部屋の壁際にあった扉を開けて、服を物色しているようだった。先程までそんな扉はなかったのに、さすがは夢の世界だ。

 けれども彼女が気に入る服があればいいと、そう思う。


(だが、今の時点で俺達は、彼女にとってとんでもない奴らと見なされているのではなかろうか)


 どうしたものか。

 けれども可愛いのだ。あの黒い髪と茶色い瞳をしていなくても、顔立ちも全く変わったけれど、そんなこと関係なく、どちらにしても愛しい思いが募る。


「何、これ。・・・服なんだろうけど、変な形」


 つい、ロムルスはそこで口を出してしまった。


「一番左端のそれは折り返したり、更に決まった形のベルトを幾つか使用することで着るものだ」

「・・・っ!?」


 振り返った彼女を、ロムルスは抱きしめた。逃がさない為に。

 さっきから試していたのだが、自分はこの部屋から出て行けないようになっている。ここで彼女を逃がしたなら、追いかけていけない。


「やっ、やだっ」

「何もしないっ。頼むから暴れないでくれっ。着替えも手伝うし、乱暴なことはしないっ」

「嘘っ」

「本当だっ。暴れるなっ、こらっ、シーツが落ちるだろうっ」


 ぴたりと、彼女は動きを止めた。

 やはり裸は嫌だったのだろう。そりゃそうだ。自分だって反対の立場ならさっさと服を着たい。


(よ、良かった。これでどうにか話が出来る)


 ロムルスは腕の力を緩め、ほうっと溜め息をついた。

 やはり勝手が掴めないのだ。夢に見続けていた、触れることも叶わなかった存在が、今、ここにいる。


「あの・・・。何もしないなら離れてほしいんですけど」

「今、そうしたら君は逃げるだろう? だが、そんな扇情的な格好で動き回られても困る。少しは身支度を整えてくれ」


 見上げてくる瞳は、不思議なグレイだ。それもいい。いや、この色がいい。

 ずっと見ていたくなる瞳だ。


「・・・本当に服を着せる気、あるんでしょうね?」

「当たり前だ。俺の前だけで裸なのは大歓迎だが、奴らの前でのそれは困る。・・・理解したなら、暴れないし逃げないと約束してくれ。そうしたらこちらも服の説明に入れる」

「ん、分かった」


 彼女が頷いたので、ロムルスは少し寂しかったが体を離した。


「まず、そこの服を着る前に下着をつけてもらいたい。それはこちらの籠の中に入っている」


 ロムルスは、白い下着が入った籠を彼女の前に引っぱりだした。


「俺は後ろを向いている。だからそれを胸と腰につけてくれ」

「はあ」


(考えるな、俺。彼女がどんな格好でそれを身につけるかだなんて、考えるんじゃない)


「着たか?」

「まだ振り返らないでっ。あの、胸につけろって、これ、紐でこの布を胸に当てて押さえていくの?」

「・・・・・・。厳密に言うなら、胸の下の腹部分だ。それは胸を大きく見せる為に、胸の下部分までを腹から覆っていく」

「な、なるほど、です」


 互いに背中合わせになりながら、ちょっとした共同作業をしているようでもある。ロムルスの心に、照れ臭くなるような甘酸っぱい思いが広がった。


「取り付けたなら教えてくれ。背中の紐はこちらが結ぶから」

「いっ、いいですっ。自分でっ」

「・・・できないだろう? 心配しなくても、無体なことはしない。体の前面につけたなら教えてくれ」

「・・・・・・。じゃあ、お願い、します」


 振り返って彼女の背中にあるそれに紐を通していくと、少しずれているような気がした。


「ちゃんと前は合わせてるか? 合わせていないと苦しいことになるぞ?」

「えっ、あっ、あのっ、そのっ」


 やはりそうだったらしい。彼女がとても焦っている。


(どう言えばいいんだ? こういう時、安心させるような言葉ってのは・・・


 ロムルスは穏やかに言ってみた。


「心配しなくてもあっちを向いているから、気にせず直せ」

「・・・・・・っ」


 まずい。かなり外したようだ。余計に恥ずかしがらせてしまったらしい。


(けど可愛い。背中側の首まで真っ赤じゃないか)


 自分の顔など、あちらを向いている彼女には見えないだろう。けれど気張っていないと、口元が緩んで仕方ない。

 つい笑ってしまったロムルスだったが、真面目な顔を作り直し、後ろの紐を合わせていく。


「少し緩めにしておく。そうすれば苦しくないだろう?」

「あ、ありがとう」

「いいや」


 たしかジルードは何と言っていたか。

 注意点を思い返しながら、ロムルスは下着をきちんとセットしていった。


「手慣れてるんです、ね」

「以前、させられたことがあるんだ。てっきり男だと思っていた仲間が実は女で、正装の際にドレスを着るから手伝えとか言われて」


 慣れているのは、別に女遊びをしているとかいうわけではない。そんな誤解だけはされたくない。

 しかし、ここでそう言ってしまうと、今度は完全に疑われるのも分かっているので、ロムルスはそう説明した。


「はあ」

「何でも女の力よりも男の力の方がいいらしい」

「・・・なるほど、です」


 言い訳じみてきたが、どんな仲間でどんな事情だと思われそうで、しかしそれを言ってしまうと距離を置かれそうだった為、ロムルスは力のせいにした。

 やはり彼女に貴族だの何だのは、かなり怯えさせるだけだ。話していて、ロムルスはそれを実感する。


「どのドレスがいいんだ? 赤か? ピンクか? 緑か? 青か? 紫か? それとも白か?」

「えーっと、どれでも・・・。一番、シンプルなのがいいんですけど」

「シンプル・・・。女の服など分からん。どれでも好きなのを選べ。どうせここにあるのは君の為だけのドレスだ」

「えっと、じゃあ、この青色で」


 やはり、彼女は手慣れた男よりも、そうじゃない男の方が安心するらしい。ドレスが分からないと言った時に、ほっとしたような顔をした。

 きっと相応(ふさわ)しくないドレスを選んで馬鹿にされるのが嫌だったのだろう。ドレスは着用シーンにあわせてタイプを変えるものだからだ。

 ロムルスはそう思い、紳士的に振る舞っていて良かったと内心でガッツポーズをする。


「まず、これを頭からかぶってくれ。その上に、この青いドレスを着せていくから」

「はい」

「着たか? じゃあ、腰から下をこれで」


 スカートを穿いてもらってから、同じ布地を使った上衣を着せる。

 そこでロムルスは、はっと気づいた。


「困ったな。髪の結い方までは教わっていなかった。あいつも、そういうのは自分でやれるって言ってたしな。まあ、誰かはマスターしてるだろう。さて、靴を履こうか」

「きゃあっ」


 抱き上げて白い寝台に座らせ、ドレスにあわせた水色の靴を履かせると、ロムルスはブルーのリボンで固定した。

 男と違って女の足は本当に小さいと感じる。・・・当たり前だが。


「さて、姫君。これでいいか? 何か足りないものは?」

「えーっと。大丈夫です。ところで、あなた達は同じ顔をしてるけど、・・・どういう人達なの?」


 警戒心を解いたのだろう。彼女がどこか親しげな感じになって問いかけてくる。


「君の婿候補、だな。同じ顔をしていたのは、我々が互いの顔を知らないようにする為だ。お互いに誰が誰だか知っていたら、・・・君を手に入れる為に俺達は先に殺し合ってしまうだろう?」

「・・・・・・」


 自分はしないが。


(だが、あのガンマという男はしそうな気がする)

 

 何故なのか、かなりの敵意を感じるのだ。しかし、ここで彼女にそれを告げる必要もあるまい。

 ロムルスは高貴な女性に対するように、跪(ひざまず)いた。


「だが、君にはきちんと顔を表し、名乗りもしよう。・・・初めまして、リベラ女神の娘と呼ばれるだろう姫君。俺の名前は、ロムルス。帝国の一軍に属している。いつか、あなたが俺を選んでくれることを心から願っている男だ」


 その手を取ってキスし、見上げれば、彼女が息を呑む。


「顔が、・・・変わった」


 自分の姿は、彼女の好みにあったらしい。悪くない感触だ。


「これが俺本来の顔だ、姫君。ただ、俺達は互いに邪魔し合うのが分かっている為、本来の身元を互いに明るみにしたくない。君を巡ってのライバルだからな。・・・だから、彼らの前では俺のことはイプシロンと呼んでくれ」

「えーっと、ロムルスさんがイプシロンさん」


 戸惑いがちに繰り返す仕草も可愛らしい。ロムルスは、彼女本来の姿を思い出した。

 そうだ、こんな美少女の姿を得ても、彼女は変わらない。頼りなく、放っておけないのだ。

 クスッと笑ってしまったのは仕方ないだろう。


「『さん』はいらない。いつか、帝国の軍まで俺に会いに来てくれ。それだけ約束してくれればいい。君がどんな名前を名乗ろうと、『イプシロンに会いに来た』と伝えてくれれば、いつでも俺は君に会う。そうでなくても、俺が君を分からない筈がないがね。君がどこにいても、何をしていても、俺を呼んでくれればいつでも俺は君の為に駆けつけよう。約束するよ、俺の姫君」

「はあ。ありがとうございます、ロムルスさん、・・・ロムルス」


 自分の名前を呼んだだけで、赤くなるだなんて可愛すぎるだろう。


(そういえば、彼女の世界では呼び捨ては一般的じゃなかったな。さん付けだったか。悪くないな、彼女が初めて名前を呼び捨てたのが俺というのも)


 なんて純情で、素朴かつ汚れを知らぬ娘なのか。

 帝国の宮廷に出没する、男に目をつけては食らいつこうとするド派手な食虫花とは大違いである。


「君はこれからこの世界で生まれて育ち、そうして一人の女性として生きる。その過程で俺達に出会うんだろう。・・・その時の俺が君を知っているのかどうかは分からないが、それでも俺の傍にいてくれ。愛してる。だから、俺は君にこの祝福を贈ろう」

「え?」


 彼女を左腕だけで抱き上げて目の高さを合わせれば、彼女の瞳に自分が映る。


「我、ロムルスからの祝福は、彼女が誰からも傷つけられぬ運命を。どんな戦いの最中にあろうとも、どんな争いが彼女を巻き込もうとも、彼女には髪の毛一筋の傷もつけられることはない」


 唇を重ねれば、彼女は可愛らしくも、「こらっ」と、髪を引っ張ったり、ぺしぺしと肩を叩いたりして抵抗してきた。


(ああ、なんて歓喜だ)


 自分の祝福が彼女に流れ込んだのが分かる。

 彼女の体の隅々まで自分の祝福がいきわたったことを感じた。

 それが嬉しくてその顔を優しく撫でれば、それに気づいた彼女がもっとというように頬をすり寄せてくる。

 可愛すぎてこのまま持ち帰りたいぐらいだ。


「あまりそんな可愛い顔をしないでくれ、姫君。俺達は、今、君を自分のものにすることはできない。祝福と共にキスできるだけで、後はお預けなのさ。・・・さあ、まず君に第一の贈り物をしたのは俺。君は何があろうと傷つくことはない。だが、あまり無茶はしないでくれよ?」


 ぼうっと上気した頭で見上げてくる彼女に、ロムルスは茶目っ気をきかせて片目を瞑り、笑いかけた。

 彼女には頼れる男として見てもらいたい。第一印象はとても大事だ。


「祝福って、・・・贈り物って、私にそれを祈るってこと?」

「そんな感じだ。だが、ちゃんと効力もある。君はこれから他の奴らとも個別にキスと共に贈り物を受け取る時間を過ごす。それぞれが、自分なりの祝福を君に贈るだろう。これから奴らが君とキスするかと思うとムカつくばかりだが、初めてのそれが俺だったことで我慢しよう」

「あの、それってどうして?」


 それの答えを自分は持たない。だが、分かる範囲で答えようと、ロムルスは考えながら口を開く。


「君は俺達の知らない場所にこれから生まれてくるからだ。だから君と出会うまで、俺達は君を守れない」

「あなたも、そんな傷つかない力を持ってるの?」

「いいや? 俺達は普通の男さ。ただ、女神の娘に祝福を与えられる大役を仰せつかったっていうだけでね。いきなり顔合わせさせられ、婿候補だと言われ、君の姿を見せられ、君に祝福する能力を神に与えられた」


 だが、それまでも彼女の姿は見ていた。いきなりそんなことを言われたら驚くだろうし、恐怖を覚えるだけだろうから言わないが。

 ロムルスは目を閉じた。

 伝わってほしい、君にこの想いを。


(君を愛しているということを)


 軽々しく愛を語れる立場ではないから、簡単には言えない言葉だ。けれど受け取ってほしい、この心を。


「俺達は、・・・そうだな、君が俺達に会いに来る前に死んでいる可能性もあるわけだ。だとしたら切ない限りだが、そればかりは運命だ。その時にはロムルスっていう馬鹿な男がいたことを覚えておいてくれないか、姫君?」


 彼女が手を伸ばしてくる。ロムルスの首の後ろで手を重ねて、その身を寄せてくる。


「よく分からないわ。だけど、・・・死なないで。多分、ロムルスはいい人だから。会いに行けるかどうかは分からないけど、無茶はしないで」

「・・・何だ。少しは俺のこと、好きになってくれたかな?」


 冗談めかしてはみたが、本気だ。いや、自分だけを愛してほしい。


「分からない。けど、死なないで。大きな怪我もしないで。お願いだから」

「優しいね、君は。人に優しくなれるのは、心が善き神の元にあるということだ。人殺しの俺には眩しいぐらいだが」


 好きかどうか分からないと言いながら、それでも本気で相手の無事を祈ることができる。

 それは心の美しさの証明だ。どこまで柔らかな魂の持ち主なのか。


「私にもらった祝福を、分けられるならあなたにも」


 ロムルスは目を瞠った。彼女の心が自分に流れ込んでくる。

 だから、今まで言わないようにしていた言葉が口から零れ出た。


「愛してる。俺の姫君」


 互いに目を閉じて触れるだけのキス。それはとても優しく甘いものを、二人の心に感じさせた。






 正直、自分でも勝手が狂い過ぎている自覚はあった。


(まさかリリエルと同じ顔・・・っ。何でなんだよっ、冗談じゃねえっ)


 ザイにとって、リリエルのことは未だに大きな傷だ。

 自分のことを好きだと言いながら、それでも大きな城の領主の息子の後妻となった少女。

 色合いこそ違うが、今回、あの黒髪の女が宿ったという姿はリリエルそっくりだった。違うのは髪と瞳の色だけではないか。声すら、あまりにも似ていた。双子だと言われたら信じてしまう程に。


(しかも何なんだよ、その女神の娘なんて設定は。ざけんなっ。だからお貴族様と神殿ってのだけは油断できねえっつーんだっ)


 けれども、では彼女を諦めるかと言われたら、未練が残る。いや、未練どころではない。自分はあの娘が欲しい。

 それでも自分の中で囁く声がある。


――― 彼女もリリエルと同じだ。大きな城の貴族の妻になる方を選ぶ。


 白い部屋の中、ザイはガンッと壁を叩いた。ここの不思議な部屋の壁に、傷などつきはしないが。


(彼女への贈り物? 祝福された運命? 冗談じゃねえ)


 それでも彼女と過ごすひとときを放棄(ほうき)など出来ない。自分は彼女を求めている。

 それに・・・。どうせ選ばれないのなら、せめて彼女の中に自分の傷を残したい。いい人どまりで忘れ去られるのはリリエルだけで十分だ。

 そんなことを考えていた時に、扉がゆっくりと開けられる。

 ザイは途端に表情をそれまでの苦悶に満ちたものから、いささか人の気分を害するような余裕たっぷりの皮肉な笑みに切り替えた。


「お、来た来た。・・・へぇ、俺ってば何番目? ドレス着てるってことは、どう考えても一番目じゃねえよな。ちっ、誰だ。最初を奪いやがった奴は」

「・・・お邪魔しました、さようなら」


 そこで怒りだすのではなく、さっと彼女は見切りをつけるタイプらしい。

 彼女はそこで扉を閉めようとした。さすがにザイも慌てる。

 冗談ではない。自分はこの部屋から出て行けないのだ。


「わーっ、待て待てっ。待ちなよ、可愛いお嬢さんっ。よっ、いい女だねっ」


 そういえば、先日こんな声のかけ方をして、フィルグが女に平手打ちを喰らってたなと、そんなことも頭をよぎる。


(馬鹿か、俺は)


 けれども掴んだ彼女の右手首は自分より細くて、やはり心が躍った。


「はーなーしーてーっ」


 必死で手を引っ込めようとする姿が、一生懸命すぎて笑い出したくなる。

 いや、自分の声は笑っていただろう。


「まあまあ。そう照れないで。ほら、お嬢さん。俺と茶ぁでもしばこうか」

「お断りしますっ」

「わははは、そう恥じらうなって」

「恥じらってなんかいませんっ」


 そんなこと、分かってる。ただ、楽しいだけだ。自分に対して感情をあからさまに見せる姿が。


(だが、いつまでもこんなことしててもな。あんまり長くやってると、彼女の手が赤くなっちまう)


 だからザイは、彼女の腰に腕を差し入れて抱き上げた。


「きゃっ」

「何だ、俺に抱っこしてもらいたかったのかぁ? それならそうと早く言えよ。そうしたらどんなおねだりでも叶えてやったのによ」


 怒ったのか、紅潮した頬がとても可愛い。そんな様子すら。


(ああ。本当にリリエルそっくりで、・・・嫌(や)になっちまう)


 だが、誰かに見られても厄介だ。さっさと扉を閉めよう。


「してもらいたくなんかありませんっ」

「照れ屋さんだなっ」

「ちーがーうーっ」


 部屋の真ん中にあった寝台に、彼女のドレスがめくれないように、そしてどこかを打ちつけないようにと、気をつけながら放り出す。

 こういう時、考えなしに乱暴にやると、女に恥をかかせることになるし、腕の位置なども気をつけておかないと捻挫したりするのだ。

 ましてや、この姿の持ち主が、・・・あの鈍くさい彼女となれば尚のこと。


「何すんのっ」


 起き上がろうとした彼女を押さえつけるように、その上へと体重をかけずに覆いかぶさって自分の顔に戻す。彼女が息を呑んだのが分かった。


(あ? もしかして怯えさせちまったか?)


 睨みつけようとしていたくせに、怯えて尻尾を丸める子犬のように彼女が目を伏せてしまう。


「そう怯えんな。女に乱暴を働いたりはしねえよ」


 シアラが泣き顔になった時にはいつもそうしていたように、頬を撫でる。


(そうだな。お前はリリエルじゃない)


 思えば、リリエルはこんな顔をしたことはなかった。いつも泣かされては、ザイに駆け寄ってきたからだ。


「ザイファスだ、呼んでみな」

「ザイ、ファス」


 いや、別にファーストネームとミドルネームじゃないんだが。

 やっぱりこの女はとろいと、ザイは思った。


「変なところで切んなよ。ザイファスだ。仲間は全員、ザイって呼んでる。けど、お前ならザイじゃなくザイファスって呼んでくれていい」

「・・・ザイファス」

「ああ、いい子だ」


 素直な反応に気を良くして、彼女の手を取る。赤くなっている彼女に視線を合わせたまま、その手に口づければ、泣きそうな顔になって視線をそらしてしまう。


「目を逸(そ)らすなよ。お前の手にキスしてんのは俺。そしてお前の愛を乞うているのも俺なんだぜ? ちゃんと見ときな。このザイファスが心からの愛を告げてんのはお前一人なんだからよ」

「って、だけどっ」


 さっきの軽薄な態度の時には噛みつこうとしてきたくせに、ちょっと真面目にやれば、お前はこんなにも純情になるのか。

 そうだな。いくらこんな不思議な状況に置かれようとも、お前はあの女だった。


「真っ赤になっちゃって、かーわいいねぇ。神様関係ってのは態度でかでかだと思ってたが、こういう手つかずなのも悪くないか。・・・ほら、ぎゅぎゅっと縮こまってないで、俺を見ろよ」

「ぃやっ」


 本気で彼女は純情だったらしい。

 特に何をしたわけではない。自分の方を向かせようとしただけだ。

 なあ、分かってるか?

 そんなにも本気で怖れる程に、お前は俺を、自分を奪う男として見ていることを。


「本気で可愛いな。なんだ、俺に襲われると思って怖がってんのか? 初々しくて、悪くない。」

「・・・っ!」


 そこで逃がす男はいないだろう。その顔を優しく包んで自分へと向かわせれば、泣きそうになっている顔が目に入る。

 ああ、そうだ。どんなにそっくりでも、リリエルならこんな瞳で自分を見ない。

 これは見知らぬ男に自分の心を囚われてしまい、その感情に翻弄される女の瞳だ。

 

「怖がるなよ。俺はお前にとって、とても優しい男さ。そうだろう? 何があろうと大事にしてやる。お前が俺を怖がってるのは、俺を好きになりかけてるからさ」

「ちっ、違(ちが)っ」


 二人きりでいられる時間。

 しかし、その後、自分達はいつ出会えるか分からないのだ。

 だから彼女に刻みつけておこう。自分への想いを、自覚してもらわなくては話にならない。


「違わないって。ほら、乱暴になんてしないから安心しろ」

「好きなんかじゃないっ」


 どうしよう。

 こんなにも泣きそうな顔になってまで否定されたら、本気で好かれているのがどんな男にも分かってしまうものだって、・・・・・・なあ、お前は分かってるか?


「・・・・・・まあ、そういうことにしておいてやってもいいけどよ。お前、自分がどんな顔してるか、分かってっか? さっきからすっげえ赤いし、俺に怯えて泣きそうな顔してんだぜ。ああ、泣くな。泣かせたいわけじゃない」


 苛めるつもりはなかったのだが、感情がもうコントロールできなかったのだろう。彼女の瞳から涙が零れた。それを唇で吸い取れば、そんなことにすら驚いて目を丸くして、涙が止まる。


(駄目だ。こいつ、本気でお子様レベルだ)


 誰の手垢もついていないのは嬉しいが、・・・それ以前の問題が立ちはだかっていないだろうか。


「苛めたくて言ったわけじゃない。泣くな。お前はまだまだお子ちゃまなんだな。いやはや、ここまで初心(うぶ)だとはね」

「ちっ、違うってっ」

「はいはい、そうでちゅねー。そうでしょうとも、お嬢ちゃま」

「・・・っ!!」


 これ以上、意地を張らせてもしょうがない。だってお子様なのだから。

 その顔を自分の胸に引き寄せてやれば、腕を掴んですり寄ってくる。しかも、計算しているのではなく、本気でザイの温もりを求めているのだ。

 

(可愛すぎるだろう、おい)


 優しくその頭を撫でれば、嬉しそうに口元を緩ませているのだから。しかも本人はそれがばれていないと思っている間抜けっぷりだ。


「そんな意地っ張りなところも可愛いよ。女神の娘でございってお高く留まっている女だと思ってたから、適当にからかって終わらせるつもりだったが、・・・こうなると本気でこれは参戦する気になった」

「え?」


 彼女の顎を持ち上げれば、その角度によって青や緑に変化するグレイの瞳が映る。

 こんな美人にする必要なんてなかったのに。ああ、あの茶色い瞳のおどおどした女でよかった。

 けれど。この瞳にも見惚れてしまう自分がいる。


「生憎、俺はあいつらみたいにお高く留まったご身分や肩書きを持ってるわけじゃねえ。なのに、なぜかこのメンバーに選ばれちまった。あいつらのお育ちや肩書きなんざ、聞かなくても雲の上の方々ばかりってのは分かるからな」

「そう、なの?」


 彼女がそう問いかけてくる。


「そうさ。顔や自己紹介なんざいらねえよ。立ち居振る舞い、そして言葉の端々が全てを語ってやがる。・・・だが、そういう奴らがお前みたいな女も独り占めするってもんさ。世の中、全ては身分だ。たとえ能無しでもな」

「・・・人はみんな、平等、なんだよ?」


 お前にとってはそうなんだろうな。

 ザイはそう思う。

 彼女はあまり身分の差というのが存在しない世界に生きていた。だから不思議に思うのだろう。けれど、それは今だけだ。彼女はこれから、こちらの世界で生きるのだから。


「お前がそう言えるのも今だけさ。いずれ、お前はあいつらの中からアルファを選ぶだろう。あいつ、王族だろうからな。・・・それでもいい。お前の為なら、いつか俺は国をも盗んでみせるよ。そしてお前を手に入れる」

「国なんていらない」


 ああ、そうだな。

 そう言ってもらいたかった。

 あの木漏れ日と花に囲まれて笑うお前の名を呼び、駆け寄ってくるお前を抱きしめて、そうして誰よりも傍にいて、大事にしたかった。

 二度と手放すことなく、いつまでも一緒に暮らしたかったんだ、・・・リリエル。

 だけどお前なら、・・・まだ間に合うだろうか?


「まだ小さな盗賊団だが、俺はもっと大きくなる。そしてザイファスの名を轟かせてみせるさ。だから、いつか俺の前に現れてくれよ? その時には、ガンマに会いに来たと言ってくれればいいから」

「・・・ザイファスはガンマなの?」

「ああ。俺達は仮の名として、ここではアルファ(α)、ベータ(β)、ガンマ(γ)、デルタ(δ)、イプシロン(ε)なのさ。俺はガンマ。けど、お前だけはザイファスと呼んでいい」

「ザイファス・・・」


 家族だけが呼ぶ名前。身内以外に教えるそれは、結婚の申し込みだ。


「ああ。二人だけの時はその名を呼べ。お前なら許せる。・・・本当は呪いになるような祝福とやらを与えるつもりだったが、気が変わったよ」


 どうせ手に入らない女ならと、自分を忘れられなくなるような運命を与えてやるつもりだった。だけど、どうしてそんなことができるだろう。


(こんなにも俺を全身で感じ、惚れていると分かる女に)


 何より、自分も彼女を愛している。


「我、ザイファスからの祝福は、彼女が誰からの悪意をも弾き飛ばす運命を。どんな悪意が彼女を襲おうとも、その悪意を向けた者にこそ、その悪意が振りかかるように。どんな悪意も、彼女を不幸にすることはない」


 彼女はどこでどう生きるかも分からないという話だった。せめてシアラのように辛い思いはしてもらいたくない。


「ほら、キスさせろよ」

「・・・・・・」


 どうやら彼女はそういうキスもしたことがないらしい。

 本気で困った顔になってもじもじとしているものだから、ザイは優しく耳たぶの下に口づけた。


「やめてっ」

「なら、言ってみな。キスしてって」


 上気した頬、潤んだ瞳で、彼女はその言葉を繰り返した。


「・・・・・・キスして、ザイファス」

「ああ、いい子だな」


 そうだ。お前は俺のもの。

 壊れ物をそっと包むかのように、ザイの両手が彼女の顔を包み込む。


「愛してる。・・・俺の祝福がお前を全ての悪意から守るように」


 小鳥がついばむような軽いキスを何度も繰り返せば、ザイの祝福が流れ込んでいくことを感じる。


「あなたも・・・。危ないことはしないで。あなたも誰かに傷つけられませんように」


 本当に可愛すぎて仕方がない。

 もう自分の身を案じてくれているらしい、この女は。


「無事でいて。お願い。無茶はしないで」


 きっとお前は人を憎んだり恨んだりといった、そんな感情を知らないのだろう。

 だからそんなに優しい気持ちを持っているんだ。


「その涙は反則だぜ、お嬢さん。絆(ほだ)されちまうだろ」

「だって・・・」

「ああ、そうだな。お前は俺が好きなんだよ。だから、・・・泣くな」


 ちゃんと覚えていてくれ。どこで生まれ育ったとしても。

 お前が誰を愛しているかを。


「好きか、だなんて、分かんないし」


 唇を尖らせるのだから、本気で子供っぽい。


(あ、拗ねてる拗ねてる。唇なんて思いっきり突き出てるし)


 どうしよう。にやけたくて仕方がない。

 彼女の目から自分の表情を隠そうと、ザイはそのストロベリーゴールドの髪を少し手に取り、口づけた。


「別にいい。お前はまだ生まれたばかりだ。何も分からなくて当然だろ?」


 その言葉が嬉しかったのか、彼女は小さく笑った。そして興味津々な顔になって、ザイの髪に手を伸ばしてくる。


「ザイファスの髪って、緑に光るんだね」

「ああ。緑よりも黒に近い感じだな。だが、黒とは言いきれない中途半端さ」


 彼女は黒髪が好みという話だった。元々が緑だったからどうしても真っ黒とは言い難い。

 けれども手触りを楽しむように、ずっと手を動かし続けるのだから気に入ってくれたのだろう。

 この小さい手が嬉しい。その思いに導かれるまま、彼女の手をそっと握って口づければ、またもや顔が赤くなった。


(照れ隠しで俺の髪を更に触ってくるって、・・・どこまで可愛いんだ、こいつは)


 ザイの心に温かいものが満ちていく。

 既に彼女が、ザイを信頼しきっているのが分かる。

 

(けど、キス止まりなんだよなぁ)


 それでも堪能はさせてもらおう。

 そんなことを思って、ザイはちゃっかり、もう一度視線を絡め合うと、とても仲良しっぽいキスを繰り返した。

 彼女とお互いに、くすくすっと微笑み合いながら。

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