31 呪縛と祝福と花嫁修業
レイラ(リリエル):ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳。リリエルの姿を取る時には水色の髪に青い瞳。松岡美冴が新しい姿を持ち、ロキスとミザリーの娘として産まれた。その後、マイオスに拾われて、リリエルと名づけられる。
チェンジン国・リミダ村
ザイ(ガンマ):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。リミダ村の村長及びピルッポの実質管理者。
マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。妻はエイリーン(金髪に赤茶色の瞳)。リリエル(レイラ)を拾って育て、シアラ(水色の髪、水色の瞳)も引き取る。エイリーンとの間に長男ロッジ。
ローリー:ザイの弟。
クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。
アームル帝国
ロムルス(イプシロン):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の皇太子兼ハイアレティ公爵家長男。
ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。ギネス伯爵家の次女ジルドレア。エディナートとの結婚によりタイガルース侯爵夫人。
エスリーダ王国
ライジード(アルファ):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。王太子。
テルノス辺境伯:エスリーダ王国とリベラ神国との盟約をも履行している領主。
レンダー:宰相がライジードに付けた懐刀。水色の瞳。甘いもの好き。
リベラ神国。豊穣と繁栄を司るリベラ女神を国全体が祀っている。
ファルード(デルタ):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。神官。ナリス王国リーング出身。
イディラート:ルーセット神殿の神官長。ファルードの養父。焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。
塔
No.2猫の塔:主はシルヴィア。蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。跡継ぎはシュバルト。
R01:金の髪、レイラと同じ灰色の瞳。おしゃれが大好き、女の子らしくありたいと努力する子。
R02:赤の髪、レイラと同じ灰色の瞳。体を動かすのが大好き。高い物を見ると登りたくなる子
R03:茶の髪、レイラと同じ灰色の瞳。夢見がち。周囲や皆の様子を見て、バランスをとる子。
R04:橙の髪、レイラと同じ灰色の瞳。怖がりで大人しい。常に遠慮がちな子。
No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター(ベータ・金髪、青い瞳)。
No.5思索の塔:白髪の老爺。
テルノス城に現れたロムルスの姿を見て、辺境伯は心から大きな溜め息をつかずにはいられなかった。
(どうしてライジード様。あなたは未だにとろとろとしてらっしゃるのか)
たしかにテルノス領は王都から離れている。だが、ライジードは自分の城さえ持つ王子なのである。意のままに動かせる手足がある以上、急いでやってくる方法の一つや二つ、捻り出さずしてどうするというのか。
しかし、そんな溜め息を客人に悟られるわけにはいかない。
テルノス辺境伯は、恭しく頭を下げた。
「お久しぶりでございます。皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく執着至極に存じ奉り申し上げます」
「その節は大変お世話になりましたことを、お礼申し上げます。申し訳ございませんが、本日、私は帝国の一騎士として参りました。どうぞそのように扱ってくださいますようお願い申し上げます」
堂々とした立ち居振る舞いで、しかしそんなことをロムルスは言うのだから、何とも言い難い思いになる辺境伯である。
そんなことができるかっ。
そう言えるものなら言いたい。・・・言わないが。
最近の若い者の考えることだけは分からない。
そんな辺境伯の思いにも気づかないロムルスは、かつて訪れた時よりも更にたくましくなった体ながら変わらぬ笑顔で、語り始めた。
「実はこちらの領内に兵を連れてやってきましたのは、別に他意があってのことではなく・・・」
「あ、ええ。聞いております。レイラ殿のことでございましょう」
「・・・は?」
なぜここでレイラの名前が出るのかと、ロムルスと、そしてその後ろに控えていたジルードは目が点になった。
そこで、辺境伯夫人も進み出て挨拶する。
「お久しゅうございます、ロムルス様、ジルドレア様。私共も驚いております。まさかあのレイラ様が、皆様に求婚を申し込まれることになるだなんて・・・。まだ、ザイ様しか到着しておいでではございませんが、他のお二人もいずれお着きになることでしょう。お部屋は用意できておりますわ。何人のお供の方をお連れになりまして?」
「五十人、です。あ、いいえ。彼らは別に宿をとらせますので、お気遣いなく。いえ、そうではなく、実はこちらにやってきたのは・・・」
意味が分からず、目を白黒させながらもロムルスはそう答えた。だが、そんな遠慮を辺境伯夫人が取り合う筈もない。
どうしてアームル帝国の皇太子殿下のお付きの人々を、街の宿屋に泊められるだろう。それではエスリーダ王国の名折れではないか。
「まあ。まさか帝国の皇太子殿下のお供の方々に、そんなこと。・・・さ、あなた達。お供の方々を、そうね、東の塔にご案内してちょうだい。ロムルス殿下とジルドレア様には、ザイ様と同じ階のお部屋を用意させていただいておりますから」
「かしこまりました。では、騎士様方。こちらにどうぞ。東の塔へご案内申し上げます」
「はあ。かたじけない」
隊長を含めた騎士達が、侍女達に出入り口の方へと案内される。
別に戦に来たわけでもなく、エスリーダ王国は、先だっての帝国内戦の際にもロムルスに味方した国である。エスリーダ王国の王太子であるライジードと現在の帝国における皇太子ロムルスは親友とされている上、その出会いとなったのが、このテルノス城だ。
ロムルスが頷いたこともあり、ならば問題なかろうと、彼らは侍女について出て行った。
「レイラ様は、今日はザイ様と玩具の色塗りをするという話でしたわ。今、足りない絵具を買いに行っておいでですの。ロムルス様とジルドレア様は、まずお部屋にご案内いたしますので、少しお休みになっていらしてくださいな。お部屋はすぐ近くですし、お二人がお帰りになったらすぐに分かりますわ」
そこで、ジルードが尋ねる。
「ありがとうございます。奥方様。ところで、レイラというのは、あのレイラでいいのでしょうか?」
「ええ。ロムルス様と一緒にファルード様を追いかけていらして、その後、ライジード様と一緒に王宮に行っておしまいになったレイラ様ですわ。・・・まさかお姿を変えることができるなんて知らなかったものですから、本当に世の中驚くことばかりですわね」
ほほほと、テルノス辺境伯夫人も笑うしかない。
世の中には自分の知らないことがあるのだと、そう思うことで辺境伯夫人は自分に折り合いをつけていた。
「姿を変えられる?」
「ええ、ロムルス様。今はレイラ様、水色の髪に青い瞳をしておいでですの。本当は赤みがかった金髪に灰色の瞳だそうですけど、・・・何でも今のお姿は、育ててくださったお父様の為に色合いを変えていらしたそうですわ。本当にお優しいお嬢様ですのね」
「そんなことが・・・」
ロムルスも呆然と呟くしかない。ジルードも、何とも言えない顔になった。
二人で顔を見合わせる。
「そんなこと可能なんですか、ロムルス様?」
「こっちが聞きたい」
髪の色は染めたりして変えられるかもしれない。しかし瞳の色は厳しいのではないか。化粧とかそういうものを超越しているとしか思えない。
そこへ少しざわざわとした様子が届く。どうやら何やら騒がしい集団がやってきているようだ。
(何だ? かなりはしゃいだ声が聞こえるが)
だが、そちらに全身の注意を向けたロムルスには分かった。それが彼女だと。
(ああ。彼女の気配が近づいてくる)
実はこの城の近くにある街に彼女の気配を感じたので、まずは城主であるテルノス辺境伯に挨拶しておかねば無用の混乱を引き起こすだろうと思い、先にやってきたのだ。
ロムルスは、きちんと段取りを踏む男だった。
「ロムルス、こっちにいるの?」
「ええ、レイラ様。そこのお部屋ですわ」
そんな会話が、開きっぱなしの扉の向こうから響いてきた。
やがて、入口に黒髪の青年と共に水色の髪をした娘が現れる。
「ロムルス? うわあ、ジルードもとっても素敵になってる」
「・・・レイラ? え? 本当に?」
戸惑うロムルスだったが、たしかに顔だけは夢の女性とそっくりである。ただ、そのマイペースな性格は緑の髪をしていた子供を思わせるもので・・・。
しかし、あまりにも常識からずれた状況に置かれると、人は硬直するものだ。
(この気配。やはり彼女だ。俺の与えた祝福が、彼女を包んでいる)
ロムルスはただ彼女を見つめていた。そんなロムルスに、レイラが近寄ってくる。傍にいる黒髪の男はとても不機嫌そうだが。
けれども、ロムルスには分かる。彼女がそうだということが。
(ああ、そうだ。どんなに外見が違っても君は・・・)
ロムルスも彼女に近づいた。
そして、少し腰をかがめる。おや? と、小首を傾げた彼女に向かって、ロムルスはにっこりと笑った。えへらっと、レイラも笑い返す。
そうして。
「ちょっとレイラ?」
「あ。・・・はい?」
静かにロムルスは言った。
「いいかい? 君のおかげで、こちらで開かれた舞踏会に俺とジルードは参加できた。それは助かった」
「あ、はい」
おや? 何か違うような気がするぞ。
そんなレイラだったが、ロムルスは普通に続けてくる。
「こちらも色々とあって、君のことを確認もせずに出発してしまったのは悪いと思っている。・・・だが、それは君がファルードの妹ということになっていたわけだし、きっと彼と一緒なら何があろうと安全だと思っていたからだ」
「・・・はい」
もしかしてこれは。
感動の再会ではなく、お説教と言うものではないのか?
何となくレイラはそんな気がしてきてしまった。
自分と目を合わせているロムルスから、そろりそろりと視線だけをジルードに向けて助けを求めるが、ジルードはしれっと違う方向を見ている。
「それをジード、いや、ライジード殿下と共に、君はエスリーダ王宮の離宮にまでついて行った。・・・保護者として、彼はとても安心できる存在だっただろう。だからそれは仕方がないのかもしれない」
いえ。全くもって保護者としては安心できない存在でした、ライジードは。
そう思ったレイラだったが、そんなことは絶対に言えないことぐらいは分かっている。
どこが安心できなかったんだ? と、訊かれてしまったら終わりだ。パンツ脱がされたなんて、何があっても言えない。
「けどね、レイラ。君はまだ子供なんだ。それに俺の従者として働いていたことは、もう忘れていたのかな? ファルードだって、君が居場所不明な間、ずっと君の故郷に人を定期的にやっては帰っていないかどうか調べさせていたんだよ? まだ戻らないと知る度、本当に心配していた」
「す、すみません・・・」
重々しく、ロムルスは言った。
「手紙も書けない状態だったのかな?」
「・・・いえ、書けました」
何といっても、ザイとは文通していたのだから。
しかし、言えない。言ったらアウトな気がする。
レイラは、それは墓場まで隠し通そうと決意した。
「君を心配していた人達のことは考えなかったのかな?」
「・・・すみません」
まさか心配かけているとは思ってもみませんでした。
だけど、言えない。言ったらヤバイと、それだけは分かる。
レイラは、平謝りという言葉の意味を知った。
「君がライジード殿下の所からいなくなったと知って、ライジード殿下も、ファルードも、皆が心配していたんだよ。勿論、俺もだが」
「はい。・・・ごめんなさい」
まさかライジードの所から出て行ったことを、ファルードやロムルスにまで知られていたとは思わず、レイラは首を竦める。
「じゃあ、君は何をすべきなのかな?」
「今すぐお手紙を書いて、無事だと知らせます」
ただ、手紙を書く前に彼らの方がやってくるのだが。
しかし、屁理屈と言われそうで、そのことをレイラは言えなかった。
「そうだね」
そこで立ち上がると、ロムルスはレイラの頭を小さく撫でた。
「いい子だ。ちゃんと心配をかけたことを謝って、元気でいるって書くんだよ?」
「はい」
あまりにも健全な流れに、誰もが口を挟めなかった。勿論、ザイもである。
至極真っ当な注意事項が、そこに存在した。
けれども、そこでしゅんとしているレイラをロムルスが抱きしめる。その変わらない安定感に、ついレイラも腕を伸ばした。
そうだ。ロムルスはちゃんと注意はするけど、それはいつでも自分の為だ。
決してロムルスが迷惑を被ったからと、それで怒るわけじゃない。
「ごめんなさい。ロムルス。まさか、心配かけてるだなんて思わなかったの」
「・・・・・・そうだろうね」
しかしレイラはとろい一面があったので、先程、言ったらヤバイと思ったすぐ傍から、自分で白状してしまう。
何となくそれはもう分かっていたことだったので、ロムルスもそう言うに留めた。
そうだ。レイラはそういう子なのだ。だって仕方ない。子ザルなんだから。
どんなに綺麗に育っても、中身はそうなのだから仕方ないのだ。
「まさか君が彼女とは思わなかったが、・・・もしかして隣にいるのが、他の候補者の一人かな? 誰だろう?」
レイラの頭を撫でながら、ザイを見るロムルスだ。
しかし、ザイは不敵に笑ってみせた。
「俺には分かるけどね。その生真面目な説教ぶり、・・・イプシロンだろう? 更にナリス王国のリーングで、レイラを従者にしていたっていう帝国の貴族出身の騎士。彼女が世話になった。・・・レイラと同じ村出身の、ザイ・コーンヌリアだ。ザイって呼んでくれればいい。ガンマでもいいが。こちらは何と呼べば?」
ロムルスは目を丸くした。
(ガンマ? にしては、・・・ケンカを売ってこないな)
まじまじと見てしまう。
「今日は具合でも悪いのか?」
「いや? どうして?」
「・・・普通に話しているからだ」
言われても仕方ないところではある。
ザイも少し視線が泳いだ。
「・・・すまなかったな。実際、神殿関係者にはレイラを閉じ込められて返してもらえず、彼女は軟禁状態に置かれていた。騎士の奴らには冤罪で村を襲われ、父や知人を殺され、レイラの父親まで怪我を負わされた。更には、貴族の奴らに馬鹿にされながら、ズタボロにされた街一つの管理を小さな女の子に背負わせてくるって目に遭わされ、それを乗り越えなきゃ村が生き残れないという状況下に置かれていた。そんな恥知らずで無茶な命令を寄越したのが国王とその取り巻き貴族だ。・・・八つ当たりだったことは認めよう」
「ああ。いや、それなら・・・」
しかし、そこでザイはまっすぐロムルスを見た。
「けれども、レイラを保護してくれたことには感謝している。ありがとう。彼女だけなら、異国の地で無事に生きてはいけなかった」
「いや、それは礼を言われるに及ばない。・・・ロムルスでもイプシロンでもどっちでもいい。どうせレイラも呼び捨てている」
「らしいな。・・・本当に従者だったのか? 普通、従者ってのは、ご主人様とか、ロムルス様って呼ぶもんじゃないのか?」
一気に口調がくだけるザイだ。
レイラに関しては同等の立場だと思っていることもある。何より、レイラを巡って引き下がる気はなかった。
「従者と言ってもな。そっちの仕事はファルードがやってたし、レイラがやっていたのは、お菓子を食べることと、昼寝することだけだ」
さすがにそこでレイラが頭を上げる。
「ひっどーい。私だって仕事してたもんっ」
たとえば、洗濯物を運んだりとか、畳んだりとか。
「いや。レイラがしていたのは、私の部屋に来てお茶を飲むことだけだろう」
そこでジルードが口を挟む。
なるほどと、ザイが頷いた。元々、リリエルに従者の仕事など出来る筈がないと、マイオスもザイも思っていたのだ。
今となっては、そんな役立たずでも心広く雇い続けてくれていたロムルスで良かったと思うばかりだ。
ザイはロムルスに心の底からの笑顔を向ける。そしてはっきり言った。
「いい奴だが、・・・使用人を使う才能はなさそうだよな」
「・・・そういうのは弟に任せてるからいいんだ」
「別にロムルス様にできなくても、こちらがするから構わないのですよ。そこの色男クン」
赤みがかった茶色の髪をした背の高い女騎士が、赤い瞳が全く笑っていない笑顔で割りこんでくるのを見て、・・・どちらかというと、この女の方が手ごわそうだとザイは感じた。
意外なことに、一番、塗るのが上手だったのはロムルスだった。
「偏見かもしれんが、体も大きいし、てっきり不器用かと思ってた。実は器用だったんだな、イプシロン」
「ザイってば失礼でしょ。だけどロムルス、これ、本当に素敵。何か全ての模様を裏もひっくり返して見たくなるっていうのか、木目を活かして馬に色々な模様をつけてあるんだもの。見てるだけでワクワクしちゃう」
「そうですね。意外でした。星が鎖型についていたり、・・・これは虫を擬人化してるのでしょうか? 不思議な模様が描かれていて、とても面白いです」
ザイはともかく、感嘆を隠さないレイラとジルードに、ロムルスは困ったような顔をして笑った。
「生憎と、これはモノマネだな。かつてとある遺跡から、昔の人形が出土したことがある。その時代のことはもう今では分からないが、なかなか芸術的な文化が栄えていたらしく、人形にもこういう模様が描かれていたんだ。とても印象深いものだったし、モチーフとしても面白いから覚えていた」
「へえ。だけど、色合いも素敵。模様がグラデーションになってるかと思ったら、いきなり正反対の色になってたりして、変化がとてもあるんだもの」
レイラにしてみれば、こんな楽しい色合いだなんて、どんなにロッジが喜ぶことだろうかと、そう思わずにはいられない。
ただ色を塗るのとは違い、自分で模様を描いてまで、楽しい作品にロムルスは仕上げてみせた。
「この程度はな。元々、様々な芸術品の真贋を見分けられないと話にならない立場だ。良くも悪くも、様々な物を幼い時から見せられて育っている。・・・恐らく、ジードもこういうことは得意だろう」
まさかそのライジードも候補者とは思わなかったが、そうなると納得できるロムルスだった。どうせ、ライジードがアルファ、ファルードがデルタだろう。
「え? そうでもなかったけど? だってジード、見る目はあるけど、・・・見る目だけだったわよ?」
そこは有り体にレイラが暴露する。
ライジードは命じる人であって、自分がする人ではないのだ。
「まあ、色々な物を見て育つからといって、それが出来なきゃいけないわけじゃないからな」
そのあたり、ロムルスは相手を落とすことで自分を大きく見せようと思うタイプではない為、ライジードのフォローに徹した。
(そうか。ジード、不器用だったのか。見た目は何でも器用にこなしそうなものだったが)
馬の玩具は三つあったが、ザイが塗ったのは勇ましい男の子が好きそうな青色。レイラが塗ったのは、ちょっとカラフルなピンクと黄色。そしてロムルスは様々な色を組み合わせた模様を描いたのである。
それぞれに違うタイプのそれを乾かしながら、四人はそこで休憩することにした。
「で。本来、候補者は五人いるが、レイラには四人までしか分かっていない、と。辺境伯夫人は、あとはライジード殿下とファルードだけだとおっしゃっていらしたな」
丸いテーブルで四人、お茶を飲みながらジルードがそうまとめる。
レイラも、まさか五人目の候補者に捨てられたとは言えなかったのだ。
ロムルスも、そこで指を折りながら挙げていく。
「アルファがエスリーダのライジード第三王子、ベータが不明、ガンマがチェンジン国のザイ、デルタがリベラ神国のファルード中級神官、イプシロンが俺、か」
そこでザイも口を開いた。
「ベータってレイラの前で顔を見せなかったとかいう奴だよな? そんなこと言ってなかったか? たしかレイラが産まれる時に」
「ああ、言ってたな」
ザイはそこで、ライジードとファルードの顔を知る二人に質問した。
「アルファとデルタって、どんな顔なんだ? たとえばブサイクとか」
「いいや? 普通の顔だ」
と、ロムルスが即座に答える。
「えー。ジードもファルードも、普通よりはるかにモテる顔だと思うけど」
と、レイラが否定する。
大きな溜め息をつき、ジルードは、
「ライジード殿下は、とても甘い顔立ちだな。優しげというのだろうか。男だが、薔薇の中で佇んでいても絵になるような、そんな雰囲気がある。女性的ではないが、決して威圧感を与えない。それからファルードは、まさに美女といった容貌だ。そのまま女装しても違和感がないだろう。ただし、それだけ優しい顔立ちというわけではなく、きつい雰囲気を持つ美女といった方がいい。本当に女なら、ヘタな男は気後れして声をかけられない」
と、付け加えた。
「なるほど。・・・考えてみれば、公明正大の看板を出して歩いているようなイプシロンに、人の顔の美醜について尋ねた俺が悪かった」
ザイが納得したように言うと、かなり不本意そうな顔になるロムルスだ。
「だが、つまり、だ。それだけベータは顔に自信がない奴で、・・・男は顔じゃないと思うが、どっちにしても、レイラと顔を合わせていても気づいていない可能性が高いわけだな」
「そうなるか。こういう状況で、出会っていないとはとても思えん」
ライバルといえばライバルなのだが、ロムルスがジルードという女連れで現れていること、そして特にザイに対して嫌悪感を示してこないことにより、ザイも今はロムルスと表面上は仲良くやっていた。
「だが、そんないるのかいないのか分からない奴はともかくとして、レイラは誰が好きなんだ? はっきり言ってくれていい。私としてはロムルス様を選んでほしいが、別にこういうのは無理にまとめても誰もが不幸になるだけだからな。別に、そこの何の身分も財産も持たない色男がいいって言うなら、それはそれで協力してあげよう」
ジルードがレイラに尋ねれば、皆の視線が集中する。
ロムルスも、レイラに向けて優しく言った。
「レイラ。そりゃ私とて選んでほしいとは思っているが、こういうのは本人の気持ちが一番大事だと思ってる。君が幸せで穏やかな生活を送れるならそれでいい。もしも、誰かを選んで、その結果、選ばれなかった人がどう出るかが怖いというのであれば、それはどうにかしてあげよう。これでも帝国は小さくない。リベラ神国であれ、エスリーダ王国であれ、君が心配するには及ばない」
下を向くレイラは、困ったようにうじうじしていた。
その質問は覚悟していても、やはり困る質問だったのだ。
「あ、あの・・・」
「うん? 言ってごらん、レイラ。ロムルス様は正直が過ぎた馬鹿なお人だから、絶対に卑怯な真似はしない」
「おい。ジルード」
下を向いて小さくなりながら、レイラは続けた。
「あのね、言ったらとても軽蔑されそうなんだけど・・・」
「何を? 別に四人全てが欲しいっていうなら、それでもいいんじゃないか? その際には、帝国と王国と神国とを全て配下にした女帝になればいい」
何という過激なことを吹き込む女なのかと、ザイは呆れた。
「そ、それが・・・、おかしいの。というより、私、基本的に一人って決めたら一人じゃないと嫌なの。なのに、何故か四人に関しては、一緒にいるだけで好きだなって感じてしまうというか、他のことが考えられなくなるっていうか・・・」
しばし考え、そこでジルードは問い返した。
「一人を選びたいのに選べない。だが、それは決定的な何かがないから選べないのではなく、目の前にいたら四人の誰が相手でも、レイラはその人を好きになってしまう、と?」
「ソ、ソウデス」
それを尻軽というのだと、レスターにも揶揄されたばかりだ。
ちょっと泣きが入るレイラだった。
「つまり、レイラは神からこの世界におろされた神の娘でありながら、候補者達に対しては抗えない魅力を感じるようになっていると?」
「そうっ! そんな感じなのっ」
がばっとレイラは顔を上げてジルードの方へ身を乗り出した。
「ひどいでしょっ? もう理屈じゃないのっ。目の前にいたらもう他を選べないのっ。大体、最初は私、ザイ以外の男の子ってだけでもう駄目だったんだものっ。だけどファルードと一緒に旅していた間はファルードさえいればって、ロムルスといた時もロムルスさえいればって、そんな思いがいつだって心を占めようとしてたのっ。ジードだってあんなに性格悪いのに、だけどジードの傍にいたかったの。大好きだったから。選ぶとか選ばないじゃないの。そんな選択肢はなくて・・・っ」
「選択肢はなくて、・・・その四人、誰でもいいから傍にいてくれればその人だけでいい、と?」
ザイとロムルスの前で認めるのは勇気がいったが、レイラは渋々と頷いた。
「その通り、デス」
ふむと、ジルードは考え込んだ。
「なら、四人を同時にというのは?」
「絶対イヤ」
冗談ではない。自分はどんな爛れた生活まっしぐらな女なのか。それでは歴史にどんな破廉恥な女として名を残すかも分からない。
レイラはきっぱりと撥ねつけた。
「なら、三人」
「それもイヤ」
減らせばいいと言うものではない。
「なら、二人」
「一対一は譲れませんっ」
しかし、そこでジルードは指をテーブルに置いてトントンと叩く。皆が一斉に注目した。
「だが、今のことでロムルス様もそこの色男クンも気づいてしまったように、つまりレイラを誰かがさっさとモノにしてしまえば、レイラはその男を選ぶしかないってことだ。はっきり言えば、軟禁であれ監禁であれ、レイラを自分と二人きりの場所へ閉じ込めてしまえば、レイラはその男を愛しているのだから問題ない、と」
「え・・・・・・」
そろーりと、レイラはザイとロムルスを見る。
「二人とも、そんなこと、しない、・・・よね?」
「・・・・・・」「・・・・・・」
さすがのザイとロムルスも、何を答えられるものではない。
ジルードが指摘した通り、それは二人がすぐに気づいた事実だった。これで行動力のある二人は、とっくにその際の隠れ家を検討していた程である。
「で、ロムルス様とそこの色男はどうなんです? 彼女に求婚したのは、夢のお告げがあったからで、他の女性でも手が打てるのですか? はい、まずはロムルス様」
「・・・難しいな。元々、俺はまだレイラが小さいからそれを持ち出さなかっただけで、あの少年っぽいレイラでも、大きくなったら妻にしたいと思っていた。夢で見ていたミサエにしても、今のレイラにしても、こんな気持ちになったのは、どれもレイラしかいない」
その真摯な言葉に、レイラは頬をかぁっと赤く染めた。
ロムルスには、絶対に揺るがないという、そんな信頼と安定がある。
絶対に守られるであろう、そんな広く大きな手で包みこむ包容力において、彼以上の人は存在しない。
「少年っぽいレイラって何だ?」
そのザイの質問に、レイラは答えた。
「えーっと、神殿を抜け出す時にね、この顔だと私だってばれるから、小さい頃のザイの顔にしてたの。で、ザイの顔でファルードと一緒に抜け出したから、ロムルスとファルードが知ってる私の顔は、子供の時のザイの顔なの」
「へぇ」
何とも複雑な気分になるザイである。
ロムルスも、自分が可愛がっていたレイラが実はこのガンマの顔だったということに、いささか複雑な気分になった。
「で、その色男クンは?」
「その言い方やめてくれないか? 普通にザイって呼んでくれ。・・・そうだな。俺も元々、レイラを初めて見た時から可愛いって思ってたし、そもそもレイラがこんなにも色々な所へ出向くとは思わなかった。あの小さな村で大人になり、そうして一人前の女性になったレイラにプロポーズするつもりでいたよ。他の女など、考えたこともない」
それはレイラも同じことだった。
あの村でずっとザイに守られていた。甘やかされていた。いつだって彼女の手を引いてくれていたのはザイだった。
泣きたいぐらいに心を締めつけてくる思い出の数々。
不思議な前世の記憶と夢を抱いて、あの小さな村で生きるのだと思っていたのに。
「つまり、後の二人にも確認してみないと分からないが、このレイラと候補者全てに、互いに惹かれあわずにはいられない強制力が働いているってことだな」
一人、部外者なせいだろうか。
ジルードは、そんな言葉で片付けてみせた。
「え?」
「そういうことだろう? 普通、どんなに愛し合っているという人達でも、その他の恋愛経験、出会いや別れを経験しているものだ。だが、三人の意見を聞いていると、最初から自分達以外を排除しているとしか思えない。ならば、それにも神の力が働いているのだろうと、そう考えるのが妥当だ」
「そ、そうなの、かな?」
心など、その人だけのものだ。いくら何でもそれはないだろうと、レイラが、消極的に疑問を投げかける。
けれどもジルードは赤い瞳に強い意思を宿して言いきった。
「大体、子供だったレイラに全く欲情していなかったくせに、それでもロムルス様は妻にするならば大人になったレイラをと、あの時おっしゃっていた。子供すぎて恋人には出来ない、しかし大人になったら妻にする。・・・おかしいと思わないか?」
「ちょっと待て、ジルード。俺はおかしいのか?」
「普通は相手が小さくても、小さな恋のエピソードや告白のメモリーを重ね、愛を育むものです」
ロムルスに対して、ジルードがそう説明する。
「じゃあ、俺はどうなる? 子供の頃からレイラと一緒にいた俺は?」
「普通、小さな男の子なんて自分の恋愛感情も自覚せず、好きな子を苛めるものだ。実際、村の他の男の子達はレイラをからかったりして自分アピールに励んでいたのに、その中で一人、レイラを甘やかして庇っていた? それ自体がおかしいだろう。・・・まるで、最初からそんな段階をすっとばかしていたかのように。自分が異常だとは思わなかったのか?」
「・・・・・・」
ジルードは常に一刀両断だなと、レイラは思った。
ああ、この潔さが欲しかったのだ。特にライジードといる時に。そう、セクハラ問題に悩んでいる時にこそ。
どこぞの国王様よりはるかに頼りになる。やっぱり姐御と呼んでいいだろうか。
「そうなると難しいな。レイラが誰かを選べば、その呪縛は解けるのか。それとも解けないのか。これは他の二人が来たら話し合うべきことでもあろうし、最後の五人目にも話を聞く必要がある。ある意味、浮気や嘘がない本気と言う意味では愛の祝福なのだろうが、互いの気持ちを無視しているのであれば呪いだ」
ジルードを除く三人は、顔を見合わせた。
すっとジルードは立ち上がり、二人に言い聞かせるように言った。
「そういうことなら、ロムルス様もザイ君も、レイラを攫って抜け駆けすれば勝ちだなんて、短絡的なことは考えないでいただきたい。他の候補者にもレイラの居場所は分かる以上、無駄な戦いが増えて、不要な死者が出るだけです。ここは全員が集まって、きちんと話し合って落としどころを見つけなくては、誰もが不幸になる。神の思惑がどうであれ、全員で力を合わせなくては何も解決しない問題でしょう」
そしてジルードは、
「私、ちょっと手配するものがございますので」
と、部屋を出て行ってしまう。
「すごい・・・。ジルード、カッコいー」
レイラがぽうっとその後ろ姿を見て呟く。
「すげえ女だな。何つーのか、ブレがねえっていうのか、ど真ん中を突いてきやがる」
「あいつは、実は男なんだ」
ザイの感想に、ロムルスがしょうもないことを言い添えた。
けれどもダメージが大きかったからだろう。二人は大きな溜め息をつき、テーブルに肘をついて額を伏せた。
「ちょっとぉ。ジルードは素敵な女性なんだからね」
そう言ってはみたものの、レイラもへにゃへにゃとテーブルに顔を埋めてしまった。
なぜなら、他人からはっきりおかしいと指摘されたのは、かなり心にグサリときたからだ。
「ねえ。・・・もしかして、私がみんなを好きなのって呪われてるとかいう話なの?」
うにゃうにゃとテーブルに懐きながら、レイラが誰にともなく尋ねる。
お行儀が悪いと侍女達がいたら叱られてしまうが、今は三人だけだからいいのだ。ザイはそんなこと言わないし、ロムルスも見逃してくれる。
「別に俺は気にしない。どんな理由であれ、心から好きだと思えるなら、それでいいじゃないか。この愛情に神様も保証をくれた、そんな祝福だと思ってるけど?」
ザイも行儀悪くテーブルに肘をついたままだったが、そうレイラにウィンクした。
「そこで、抜け目なく抜け駆けするんじゃない。まあ、レイラ。もしもこれが呪縛とかいう話でも、そしてそれが解かれることがあったとしても、俺は他の奴らと違って特に女性関係のトラブルもない。その時には帝国に来ればいい。俺が嫌なら、他にもいい出会いを提供してあげよう」
「あ、ありがと」
テーブルの向こうから、そう言ってロムルスがレイラの頭を撫でる。
「ちょっと待て。お前の方が抜け駆けだろうが」
「別に口説いているわけじゃなく、レイラの自由な選択肢を増やしているだけだぞ?」
「ああ。あんた、そーゆー奴だよな」
そうだ。こいつは素のままでストレートな奴だったと思い、ザイは脱力した。
元々、あの夢の中でザイが王族もしくは貴族と思われる彼らに下卑た態度をとっていたのは、レイラ(リリエル)が貴族の後妻になったと思っていたことが本当の原因だ。そんなことは絶対に言えないと思っているし、自分の歴史からも抹消済みだが、何にしても今のザイは特にロムルスに対してもさほどの敵愾心を持っているわけではなかった。
先に静謐の塔に立ち寄り、そして子供達の荷物はカートに積み直して猫の塔へと送った。
「ただいま戻りました。我が師、静謐の塔の賢者」
「おや。早かったな」
まずは挨拶をと、レスターが子供達を連れて行くと、老爺は笑顔で出迎えた。
「せーひつのおじいちゃま、ごぶさたしております」
と、R01が、綺麗に一礼してみせる。
「あー、ずるーいっ。みんなで一緒にご挨拶しよって言ってたのにぃっ」
と、R03がブーブー文句を言う。
「おじーちゃま、元気だったぁ?」
と、ぱたぱた駆け寄ってぴょいっと抱きつくのはR02である。
R04は、レスターの上着の後ろを手で掴んで、
「せーひつのおじいちゃま、こんにちは」
と、恥ずかしそうに顔を覗かせた。
「おやおや。R達も大きくなって。お前さん達がいないおかげで、レスターも寂しくてならんかったようだが、やっぱり耐えきれずに連れて帰って来てしもうたか」
すると、子供達が目を丸くする。
「パパ、寂しかったの?」
と、老爺に抱きついたまま、R02が尋ねる。
「別に寂しくなんてありません」
はっきりレスターは否定した。そうじゃないと困ることになるからだ。
「レスぅ、寂しかったの?」
と、R04が泣きそうな顔になる。
「いや、だから違うって。私は全然寂しくなんてありませんでしたよ」
そんなR04の頭を撫でながら左手で抱き上げれば、R01とR03まで抱きついてくる。
塔が立ち並ぶこの島に帰れば、後はR達にとっても慣れ親しんだ場所だ。多少、突き放したところで全く傷つくものではない。
「大丈夫、パパ。ちゃんと一緒にいたげるから」
と、R03。
「あっ、ずるーい、R03。私が先に言おうと思ったのにぃ」
と、R01が唇を尖らせた。
冗談ではない。ただでさえ、しばらく一緒にいてやると約束してしまったのだ。
これで「寂しいでしょ。だから一緒にいたげる」とか言われて、毎日毎日付き纏われるようなことになったらどうしてくれるのか。
危険なのだ。レスターが扱っているものは。
「変なことを子供達におっしゃらないでください。ただでさえ、テルノス城で変なことばかり覚えてきたんですから。本当にもう、口を開けばませたことを言うようになって」
その被害に遭いまくっていたレスターである。ぼやく気持ちも出てくるというものだった。
礼儀作法を教えてくれたことには感謝しているが、男と女のアレコレを子供達に聞こえる場所で会話しないでもらいたいと、それだけはテルノス城の侍女達に対して全く感謝できない。子供は意味も分からずに大人ぶってみせたがる生き物なのだから。
「おや、そうか。そりゃ困ったもんじゃのう。じゃが、ませたことを言わん女の子なんておらんしの。・・・まあ、R達もせいぜいレスターを振り回してやるがいいよ。それがいい女になるステップというものじゃぞい」
にこにこと笑いながら、R02の頭を老爺が撫でると、R02も自慢そうに胸を張る。
「ステップ? あのねあのね、私ね、ウェストをくねくねするステップできるのっ」
「おや。それは凄い。後で見せておくれ」
「うんっ、おじーちゃまっ。レイラママに教わったんだよっ。だからねっ、レスにもお尻ふりふりダンス、見せたげたのっ」
「ほう。そりゃあセクシーすぎてレスターもくらくらしちゃったのう」
「うんっ」
元気いっぱいなR02だが、レスターにしてみれば、自分にロリコン疑惑を作らないで欲しいというところだ。
「誰がくらくらするというんですか。あんな芋虫ダンスに」
「お前は真面目すぎるのう。いいではないか。こーんな可愛いR達のダンスなんぞ、見せてもらえるだけで感動しとるがいいというもんじゃぞ」
「ねー」
セクシーの意味も分かっていないR達だが、老爺がレスターよりも偉くて、ついでにレスターに尊敬されていて、そして自分達を可愛がってくれているというのが分かっていれば、それで十分だ。
「ほら。静謐の賢者様にご挨拶したんだから、猫の塔に帰りますよ、R達。では、この子達を連れて帰ってきます。ですが、しばらくあちらで滞在するかもしれないので・・・」
「それはかまわんが、今、猫の塔は留守じゃぞ?」
「は?」
レスターが老爺を見返す。
猫の塔は引きこもりの塔だ。不在など、そんなことがあってもいいのだろうか。いや、よくない。
「なんでも猫の塔と跡継ぎ殿が、二人で特殊な何かを採りに行くとやらでな。お前さんも、いつも行ったらしばらく帰ってこんし、R達も留守だし、別に良かろうと言っておったが」
「・・・・・・鍵はかかってますよね?」
「まあ、かかっておろうの」
そうなると、先程送ったカートはそのままこちらに戻ってくるだけだろう。
それはいいが。
レスターはちらりとR達を見た。R達もじっとレスターを見上げている。
「キャット、いないの?」と、R04が言った。
「そうしたら、ユーレイのお話、してあげられない」と、寂しそうにR03も呟く。
「綺麗な髪の編み方、覚えてきたのに」と、R01も悲しい顔をした。
「じゃあ、追いかけようっ。ボーケンの旅に出るのだっ」と、言い出すのはR02。
「駄目です、R02。・・・仕方がありません。申し訳ございませんが、1階と2階を、この子達に使わせてもよろしゅうございますか?」
「勿論、かまわんよ。ただし、3階以上と地下には、絶対に入りこめんようにしておかんとな。ちゃんと面倒をみるのじゃぞ」
「分かりました」
すぐさま、レスターは階段とエレベーターも含め、子供達では1階と2階エリアのみしか立ち入ることができないように設定する。どうせ1階と2階は、危険な物など置いておらず、来客時にも使うエリアだから問題はない。
「じゃあ、この子達にも食事をさせないと。師はどうなさいますか?」
「一緒にいただこうかの。R達と一緒の食事など久しぶりじゃ」
「分かりました。R達、賢者様と一緒に大人しくしておいで。ご飯を持ってきてあげるから」
「「「「はーい」」」」
子供達がいるなら、少しは手間を掛けた方がいいだろうと判断し、レスターはデザートのゼリーにも刻んだ果物やクリームを添えて可愛らしく仕上げる。
スープやバゲットやハンバーグも出来上がっているものを温めるだけだが、少しフレッシュなハーブや野菜を刻んで入れたり、チーズや目玉焼きをつけてあげるだけでも目先が変わる。
(疲れたし、今日はさっさと休みたい。けどR達がいるし、俺も2階で寝るしかないんだろうな)
自分の部屋に帰りたいのはやまやまだが、こうなると仕方があるまい。
猫の塔に送った荷物が戻ってきたという連絡が入ったので、それを2階の客室に入れるよう、指示する。
そうして出来上がった食事を小さなカートで運んでいくと、談話室兼食堂では、レスターの作った循環式浴槽により足腰が元気になった老爺と四人の子供達が、お尻ふりふりダンスをしているところだった。
「・・・・・・・・・」
年寄り1名と子供4名による、お尻ふりふりダンス。
ミツバチをイメージした、ウェストが細くなるダンス。
レスターには、のた打ち回る芋虫にしか見えないダンス。
「おお、レスター。これはなかなかウェストが鍛えられるんじゃ。お前もやるかの?」
「視覚の暴力はやめてください。それが許されるのは小さい子供だけです」
全力で、レスターは自分の目に映ったものを脳裏から消去した。
このままでは他の候補者達に聖なる乙女を持って行かれてしまうだけですからと説得し、少人数の神官達と馬で向かうことにしたファルード、そして馬で行くことが可能になったライジードが到着したのは、似たり寄ったりの時刻だった。
まさか候補者の内、三名が知り合い同士とは思わず、ライジードとファルードも無言になる。
しかも、二人が見たレイラは、水色の髪に青い瞳をしていた。
「えーっと、元に戻しておいた方がいいならしとくけど」
しかし、このテルノス城下では、レイラはその容姿で覚えられている。いきなり髪や目の色が変わったら驚かせるだろうと思うと、レイラも戻せなかったらしい。
「いや、かまわない。どちらにしても可愛いからな」
と、ライジードは受け入れた。
「そうだね。やっぱりレイラがリリエルだったんだね」
と、ファルードも微笑む。
ただ、そこでジルードも含めて話し合えば、誰もがなるほどと考える結果になった。
「言われてみれば、私もレイラにしか、そういう強い恋愛感情を抱いたことはなかったな」
と、ライジードが呟く。
「しかし、それが神の呪縛だろうが何だろうが、レイラからの愛情はとても嬉しいし、心が落ち着く。ならばかまわないだろう? 勿論、神の呪縛で性格の悪い悪女に惚れこむなら問題だろうが、レイラは無害だし、私としては困らない。その点、どうなんだ? ガンマとファルード、そしてロムルスは?」
ここで問題なのはザイの立ち位置だった。
曲がりなりにもここはエスリーダ王国の貴族の城である。王子であるライジードを呼び捨てに出来る筈もなく、しかしレイラに対して、候補者は全員同じ立場だ。
そういうわけで、ザイは皆を、アルファ、デルタ、イプシロンと呼んでいたが、そうなるとライジードもザイに関してはガンマと呼ぶわけである。
「俺は別に問題ないな。レイラが不器用でおっちょこちょいでどうしようもないのは知ってるが、それこそ今更だ。それでも好きだと思う気持ちなんて、誰だって同じだろう? 正直、これが呪縛だとしても、解いてもらいたくなんてないね。そうしたら今までレイラを大事にしてきた俺の気持ちはどこに行くんだ? 積み上げた歴史をなかったことにされても困る」
ファルードは、そこで指を顎にあてて考え込んだ。
「僕は元々、レイラに関しては守ってあげなきゃって気分だったしなぁ。実際、レイラは可愛いし、呪縛って気持ちはないかな。一緒にいると落ち着くし、こんなにも穏やかに同じ時間を寄り添える女性はいなかった。だけど、・・・ザイ君程にまで執着していないのも事実だと、それは認識している」
レイラに向かってファルードは微笑んだ。
「レイラがザイ君のことを好きなのは知ってたからね。だけどザイ君がレイラを不幸にするようなら、その時は僕がレイラを幸せにしようと思ってたよ。だからね、レイラ。君は誰を選んでも、僕だけは信じてくれていい。恋とか愛とかそういう気持ちで突っ走っているのと違って、僕は君が誰といようと、どんな道を選ぼうと、常に君を大事に思ってる」
「ファルード」
やっぱり何かあった時に頼れるのはファルードだと、レイラが瞳を潤ませる。他の男と幸せになっても、君の助けになると、そう言える男がどれ程いるというのか。
それをライジードとザイ、そしてロムルスは、胡乱気な半目で眺めていた。
(レイラをずっと手元においておいた私への嫌味と牽制か。さすがファルード)
と、ライジードは頬を引き攣らせる。
(人を持ち上げておいて、それでいて実は自分アピール。さすが神官、侮れねえ)
と、ザイも自分に対する愛情を持ち出されては何も言えない。
(さすがファルード。一発勝負に出るのではなく、確実に高得点を積み上げていくか)
と、元々ファルードの性格の悪さが見える戦い方を知っているロムルスは、妥当なところだろうと判じた。
そして全員の視線が集まったロムルスは、ゆったりと皆を見渡して言う。
「俺もいつ死んでもおかしくない生き方をしていたからな。レイラといて、とても穏やかな気持ちになれた。だから大事にしたかった。あのミサエという姿の時も、可能ならいつだって手を差し伸べてあげたいと思っていた。・・・不思議だな。どんな姿の時でも、レイラを思えば心が穏やかになった。だから呪縛されている気はしない。だが、今、レイラが色合いだけでも変えていてくれるのは助かるよ。もしも今、あの赤く輝く金の髪、灰色の瞳に戻られたら、・・・こんな綺麗事を言える自信はない」
そこで全員がハッとしたような顔になる。
「ロムルス様。それは、彼女の姿によって、感じる愛情が増減するということですか?」
ジルードがそう尋ねる。
「そういうわけじゃない。愛しさは変わらない。だが、あの黒髪の時の姿もそうだったが、赤みを帯びた金髪の時もそれを強く感じたんだ」
言われてみて、ライジード、ザイ、ファルードが、考え込む。
「たしかに。いや、ファルードの姿をしていた時でもレイラには惹かれた。だが、あの二つの姿だと・・・。たしかにその通りだ。・・・そう。紫の髪をしていたレイラに、私は何らかの違和感すら感じていたかもしれない」
「え? そうなの? やっぱりファルードに似せすぎてた?」
「いや。顔立ちは似てたが、性格が違い過ぎたしな。あまり同じという気持ちにはならなかった。どっちにしても可愛いことには変わりなかったよ、レイラ」
そう優しく微笑まれると、レイラもつい赤くなって下を向いてしまう。久しぶりに見たライジードは、更に髪も黒くなり、甘いだけではなくきりっとした雰囲気が加わっていた。
「悔しいが、その通りだ。・・・だけどレイラ、別に今の姿が嫌だってわけじゃない」
「分かってる、ザイ。気にしないで。だって、今までもこの姿だったんだし。それにいつだってザイは私のこと、大事にしてくれてたもん」
レイラはそう笑ってみせた。
そうでないと、ザイはレイラの気持ちを考えるあまり、自分の気持ちを言わなくなると知っていたから。
「そこはちょっと分からないかな。僕、レイラとは君達と違って穏やかな時間を過ごしていたせいか、そういう姿がどうとかこうとか、関係なかったんだよね」
「そうよね。私、ファルードとはいつも仲良く黙って抱き合ってたもの」
「そうだよね。お互い、目を閉じてたしね」
そう言ってファルードがウィンクしてくるものだから、やっぱり気が楽になるレイラだ。
「なるほど。しかし、そうなると五人目がやってこないことが、不思議ですね。だって、その場で顔を明らかにしなかったとはいえ、それだけ強く惹かれあうわけでしょう?」
ジルードがそう首をひねると、もう隠せないかなと思って、レイラは言った。
「やってこないも何も、レスター、皆が来る前に、『騒がしくて面倒なことはごめんだ』って言って、帰っちゃったもの」
しーんと、その場が静まり返る。
「「「「はぁっ? 帰った?」」」」
と、一拍おいてから、ライジード、ザイ、ファルード、ロムルスが、あんぐりと口を開く。
ジルードがレイラの方へ身を乗り出した。
「つまりレイラ。君、その五人目を知ってるんだ?」
「知ってるというか、名前は知ってるけど、顔は知らないの。レスター、顔は大きな傷があるからって見せなかったもの。ただ、皆が夢を見たからやって来るだろうって、じゃあ頑張れよって言って、そのまま私を置いてけぼり。騒がしいのと面倒なのはごめんだって」
ジルードの質問にレイラが答えると、四人も最後のアレを思い出す。
――― 美冴。また会おう。
――― ベータ。その前にあんたの顔、私、知らないんだけど。
考えてみれば、レイラは、他の人には「あなた」だったが、レスターだけには「あんた」である。
何をやって彼はそこまでレイラを怒らせていたのか。それ以前に、どうして彼だけは一人で別方向へ突っ走っているのか。
「となると、五人目はレイラに対してそういう呪縛的な愛情を抱いていないのか。もしくは、顔に大きな傷がある自分ではレイラに相応しくないからと、あえて身を引いたか。実際、こう見てても、四人それぞれタイプが違う美形には変わりありませんしね。」
そこで、ファルードが口を開いた。
「だが、ベータ、つまりレスターは僕達よりも何らかの情報を得ていた可能性が高い。だっておかしくなかったか? どうしてベータはレイラを初対面から辱めて、そうやって彼女の力を引き出すことができたんだ? 少なくとも僕は、そんなことを彼女が出来るとは知らなかった」
「言われてみりゃそうだ。あの時、レイラは俺達を吹っ飛ばした」
ザイも頷く。
「なるほど。では、どうやってもそのレスターだかベータだかに会う必要があるようです。で、彼はどこに住んでるのでしょう?」
「さあ・・・。それね、訊いたけど、教えてもらえなかったの」
塔という存在は知っていても、それがどこにあるのか誰も知らないと、レイラは教わった。
だからレスターに直接聞いたが、彼は教えてくれなかった。
R達は小さくて、何も分かっていなかった。
「つまり、彼をどうにかしてレイラに会いに来させるか、捕まえるかしなくてはならない、と」
しかし、レイラは俯いた。
「無理。会いになんて来る筈ない。だってレスター、四人の誰と一緒になってもお前は幸せになれるって、そう言って、・・・そう言って、・・・私を置いてったんだものっ」
思い出せば、レイラの瞳から涙が零れる。
そうだ。彼はもう、自分の前には姿を現さない。だって、・・・自分が誰を選んでも幸せになるからって、それはもう分かってることだからって、だから彼は・・・・・・。
がたっと、音を立てて椅子から立ち上がると、レイラはだっと駆け出した。
「「「レイラッ」」」「リリエルッ」
「落ち着きなさいっ」
廊下をばたばた駆けていくリリエルを、男達が追おうとしたが、ジルードがそれを手で制した。
「結局、五人全てに彼女は囚われているということですか。分かりました。ここで追いかけたら彼女が可哀想でしょう。・・・それよりも、です。彼女の居場所は、五人が分かるわけですね?」
頷く四人に向かい、ジルードは言った。
「では、できることからまずは始めましょう。最初はレイラが家に戻って、長い留守だったのだから父親に謝って、『ただ今帰りました』を言うところからです」
ぱっと明るい顔になったザイだったが、ジルードはしっかり釘を刺した。
「勿論、私も同行しますよ。ライジード殿下とファルードはどうなさるか知りませんが、ロムルス様も一緒に参りますから」
現在、ジルードはレイラと同じ部屋で毎晩眠っている。
おかげで、誰もが抜け駆けできない有り様だ。それはロムルスもであって、その点、ジルードは公平な人間だが、容赦がない。
ザイは本気で他の候補者よりもこの赤い目をした女こそが自分の一番の敵ではないのかと、そう思わずにはいられなかった。
「私も行くに決まってるだろうっ。多少の留守が響くようなことはないっ」
冗談ではないと、ライジードがそう吼えた。
「リミダ村には、レイラからも是非遊びに来てほしいと言われてたしね。楽しみだな」
ファルードは、余裕たっぷりに笑ってみせる。
「では、決まりですね。さて、私はレイラを慰めに行って参りましょう。あなた方は、お互いが抜け駆けしないよう、ここで見張り合っていてください」
カツカツと、ヒールの音を立ててジルードが出て行った後、力なく椅子にもたれたライジードがぼやいた。
「実はあいつがベータじゃないのか? 何だか、一番美味しいところを持って行かれているような気がしてならんのだが」
「かもな。ジルードは女の姿をした男だ」
ロムルスが、げんなりとした顔で頷いてみせる。
「それよりも、リミダ村に行くなら、途中でちょっとうちの出先の神殿に寄っていってくれない? 本当はうちのお年を召した上級神官様も来るって言い張っていたのを、彼女に立ち寄ってもらうからって、途中で置き去りにしてきちゃったんだ」
ファルードが棚から地図を持ってきて広げようとすれば、レイラは外に行ったのではないかと思って窓から下を眺めていたザイが口を開く。
「その前にさ、なんかすんごい数の人達が到着したっぽいんだけど、あれ、エスリーダの旗じゃねえ? いくらこの城が大きいからって入りきんのか?」
レスター曰く、騒がしくて面倒なこととは、まだまだ続きそうな気配だった。
城の北側にある、だだっ広い木がまばらに生えているところまで走っていくと、レイラはぜえはあと荒い息をついた。
体力がないのは辛い。こういう時、どこまでも走っていけるだけの根性がないのだ。
ずるずると木にもたれて座りこめば、なんだか遣る瀬無い気持ちになる。
(レスターの馬鹿っ。どうして皆が来るまでいないのよっ)
そんなこと、分かってる。
R達を、彼らの目に触れさせない為だ。
自分と同じ顔をした子供達を、彼らに見られたくないからだ。
(結局、あんたが守るのはR達だけなんじゃないっ)
力なくだらりと木にもたれていると、上からぱさりと布が降ってきた。
「拭きなさい、レイラ。いい女ってのは、鼻水垂らしてるもんじゃありません」
「・・・ふぁい」
ごしごしと涙と鼻水を拭えば、余計に泣けてくる気がするレイラだ。
「ジルードはいいな。いつもきっぱりはっきりしてるんだもん」
「・・・そうでもありませんよ。かなり迷ってるし、失敗もしている。・・・今も失敗だらけですね」
「嘘」
くすっと、レイラは笑った。
ジルードに失敗などある筈がない。あんなにもいつだって明快にもつれた糸をばっさばっさと断ち切っていく人が。
「レイラ。まずはどうでもいいことを一つずつ片付けていきましょう。そうして最後に残った中から、どうしても自分が捨てられないものを選び取ればいい」
「・・・捨てられないもの?」
布を顔に押し当てたまま、レイラは訊き返した。
「そうですよ。みんな、その気になってますが、結婚なんてまだまだ早いんですから。あなた、十五才でしょうが。しかも、花嫁修業も全くできてない駄目娘」
「・・・・・・・・・」
時にジルードの言葉の矢は、レイラの心にも刺さるらしい。
「これが、大物三人が揃ってるってんで、すぐにでも選ばなきゃいけないし、答えも出さなきゃいけないって感じになってますけどね。・・・もしもあなたの相手が彼らの中の一人だけだったら」
そこですぅっとジルードは息を吸った。そして吐く。
レイラも息を止めてその言葉を聞きいった。
「あなた、こんな不出来な娘を妻にしたら、帝国だろうが、エスリーダ王国だろうが、大神殿所属の神官だろうが、皆の笑い者になるってんで、家庭教師と共に毎日寝る暇もなく特訓が始まるところですよ。顔以外、どこも取り柄がないでしょう」
「・・・・・・・・・」
そう言えば、ジルードは男の人みたいにカッコいいけれども、女性の嗜みも全て身につけている人だったと、レイラは思った。
そうか。自分は駄目娘なのか。顔以外、どこも取り柄がないのか。
・・・・・・ちょっと辛い。
(身分なんていらない。うん、やっぱりザイが一番いいかも)
ほとんど消去法の解決に逃げているレイラだったが、ジルードの容赦のなさが始まるのはこれからだと、レイラにはまだ分かっていなかった。




