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13 受け入れられた子供と、拒まれた子供と

アルファ(ライジード):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。

ベータ(レスター):学者。

ガンマ(ザイファス):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。盗賊。

デルタ(ファルード):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。リベラ女神の神官。ナリス王国の地方都市リーング出身。父(既に死亡)、母、姉ミレニア(夫はユネイト)、姉ディレーテ、妹リデル。

 現在はルーセット神殿神官長イディラート・フェニンセンと養子縁組している。

イプシロン(ロムルス):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の一軍に属している。


松岡美冴:黒髪に茶色の瞳。ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳の姿を与えられ、ロキスとミザリーの娘レイラとして生を受ける。マイオスに拾われ、リリエルと名づけられる。


チェンジン国・リミダ村

 マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。がっしりとした大柄な男。

 エイリーン:金髪に赤茶色の瞳。

 リリエル(レイラ):薄い水色の髪と青い瞳。

 ザイ:濃い緑の髪に灰色の瞳。

 ローリー:ザイの弟。

 クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。


チェンジン国 ピルッポの街

 シアラ:水色の髪。水色の目。

 ミハス:オードン騎士隊長の家令だった男。


リベラ神国・ルーセット神殿

 イディラート:ルーセット神殿神官長。腰までのばした焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。

 ソール:イディラートの傍にいる中級神官。若いが苦労人。30代。


ナリス王国リーング地方。アームル帝国軍が駐留している。

 ロムルス:青い髪に灰色の瞳。

 ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。

 エイドル:第二軍の将軍を父に持つ騎士。ロムルスよりも少し年上。

 ドットス:第二軍将軍。エイドルの父。

 ルネリー姫:ロムルスとは従兄妹同士。王女が侯爵家に降嫁して産んだ姫君。

 従者の朝は早い。

 何故なら、まずは自分の身支度を整えてから、ささっと朝食をすませ、そして主人を起こしに行き、その世話をするからだ。


「おはようございます、ロムルス様。朝でございます」

「おはよう、ファル。・・・ところで、ここにやって来るのはレイの筈なんだが、どうしてファルが起こしに来てるんだ?」

「子供はまだ寝てる時間です」

「お前はっ、いもっ、・・・弟を甘やかしすぎだっ」

「仕方ありません。どこぞの人攫いが、うちの可愛い弟を勝手に従者にしてしまったのですから」

「レイが勝手に俺に抱きついてきたんだろっ」


 ああ、どうしてこうなったんだろう。

 ロムルスは朝からブルーだ。文字通り青い前髪が、はらりと彼の額に掛かる。


「さっさと起きてください。あなたが起きてくださらないと、こっちも寝台を片付けられないのです。そんな所で頭を抱えてる暇があるなら、さっさと剣でも振り回していらっしゃい」

「・・・完全にお前、俺への敬意なんてないよなっ? なのにどうしてお前がここに馴染んでんだっ」

「誰しも無能な人間よりは有能な人間が有り難いということです。あなたも誰かに必要とされたかったら、まずはその筋肉だけでも自己主張させておくんですね」

「・・・お前、本気で俺のこと嫌いだろ。俺が何したってんだっ」

「ええ、この極悪人がうちの可愛い子を攫ってくれたのですね」

「俺が決めたわけじゃないっつってんだろっ! 悪いのはその子供じゃねえかっ」


 ああ、今からでも誰かにファルを引き取ってもらえないだろうか。

 そう思わずにはいられないロムルスだ。

 だが、それでも起き上がると出されていた服に着替え、朝の鍛錬に行く用意をする。ロムルスは忍耐を知る少年だ。そして公平な視野を持っている。


「まあ、口ではどうのこうの言っても、ファルの仕事はさすがだよな。服だって綺麗に洗われてるし、きちんと用意しといてくれるし、・・・どこで従者の修業をしたんだ?」

「そんな修業はしていません。ですが自分のことは自分でやるようにしていたら、そういうのは自然と身につくものです。・・・素直な性格は褒めて差し上げましょう。そういう人はとても伸びやすいと言われています」

「ありがとよ」

「いいえ。その内、全て自分一人でしていただくよう特訓しますから」

「・・・・・・」

「うちの可愛い弟に苦労させるわけにはいきませんからね」

「・・・まずは、その可愛い子とやらを特訓しやがれ。あんなんで嫁に出せると思うなっ」

「いいんです。どこにもやりませんから」


 そんなことを言いながらも、てきぱきと寝台の上を片付けていくファルードだ。顔を洗う為の洗面器も置かれているし、拭く布も添えられている。

 顔を洗いながら、ロムルスは、

(こいつに馬鹿にされないようにするには、こいつよりも先に起きて自分で顔を洗って更に片付けまでしとかなきゃならないとでもいうんだろうか)

と、とても嫌な気持ちになった。

 ああ、先日までの気兼ねなく暮らしていた日々が懐かしい。従者なんていらない。自分のことは自分でするから、必要時以外は気を抜いて暮らさせてくれ。

 そこへ、ぱたぱたと廊下を走ってくる音がして、コンコンとノックの音が響いた。


「おはようございますっ。ああっ、やっぱりファルってば先に来てたぁ」

「おはよう、レイ。廊下は走っちゃ駄目だよ。ほら、ちゃんとロムルス様にご挨拶してごらん」

「おはようございます、ロムルス様。遅くなって申し訳ありません」


 慌てて走ってきたらしいレイラは、それでもぺこっと頭を下げた。


「おはよう、レイ。寝坊なんて気にしなくていい。俺はちゃんと一人で起きられるし、子供は朝なんて眠くて当たり前だ」


 そう言って、ロムルスがレイラの頭を撫でる。すると、途端に笑顔になるレイラだ。


「ほんとっ? あのねあのねっ、今日は起きようと思ったらちょうどその時に流れ星の夢だったのっ。だから流れ星が流れる間にお願い事をしようと思ってそれを三回繰り返してる間にまた寝ちゃったの。だけど、きっとお願い事は叶うんだよっ」

「そうか。どんなお願い事をしたんだ?」


 そんなことを本気で信じているのだから、女の子は可愛い。男の子にしか見えない顔立ちなのはともかくとして、男の子でも可愛い。

 大柄なロムルスだけに、屈んでやらないとレイラはロムルスにしがみつけない。だからだろうか。脚にしがみつく癖ができていた。

 ただ、これはいずれヤバくなると思うから止めさせなくてはならないとも考えているロムルスだ。


(夜空を流れる星ならともかく、夢で見た流れ星でも、願い事なんて叶うのか?)


 そう思いながらもロムルスは、自分の足にしがみついてくる子供は何をお願いしたのだろうと、そこを尋ねる。


「んーっと、・・・あれ? お願い事をしてたら寝ちゃったのかな?」


 そんなロムルスに、冷たいファルードの視線が突き刺さる。

 さっきまでのお前の言葉は何なんだと、そう言いたいのだろう。


(だって仕方がないだろう。レイは可愛い)


 どうして自分の名前を知っていたのかは分からない。本人は、

「ロムルスが教えてくれたんだもんっ。・・・・・・夢の中で」

と、誰もが脱力することしか言わない。

 もしかして夢見の能力でもあるのかと思い、様々な質問をしたら、・・・・・・全く何も分からないし知らない、秀でた能力もなければ不器用な、ただの無価値な子供だった。

 だが、自分の顔を見るなり、掴んでいた兵士達の腕を振りきってロムルスだけに手を伸ばし、駆け寄ってぎゅっと抱きついてきた時から、その無条件に寄せられる信頼の瞳が可愛すぎる。

 しかも少年っぽい顔立ちだが女の子だ。だが、女の子はどうしても何かと危険なので、女の子らしい男の子ということにして、現在、レイラはロムルスの従者になっている。

 というのも。


(よりによって、鮮血の塔(ブラッディタワー)がわざわざ助けてやった子ってんで、上層部も放り出せなくなったんだよな。いや、放り出してもいいんだろうが、あの塔の住人がこの街を去るまでは、それを知られたくない、と)


 問題はそのブラッディタワーが、まだこの街にいるのか、もういないのか、それが分からないことだ。

 しかもレイラに尋ねても、

「え? あの白仮面の人? 初めて見た」

である。全く参考にならない。

 結局、役立たずな子供の世話は、その子供が名を呼んで抱きついたロムルスに任せればいいではないかと、そうなったわけである。


(・・・・・・どうしろというのだ)


 しかもレイラに騎士達が、

「おうちはどこかな? パパとママは?」

と、優しく尋ねても、

「えーっと、すっごくすっごく遠いとこ。村に名前なんてあるの? 分かんない。とっても沢山歩いてきたの。パパとママは死んじゃったの。だから今のパパが拾ってくれたの。パパの名前? パパはパパだよ」

と、全く身元すら分からなかったのだ。

 まさかレイラが、帝国軍の目があの小さなリミダ村に向かったらまずいと思い、わざと子供っぽく振る舞っているとは、さすがに気づかない帝国軍の面々である。十才くらいの子供なんて、自分の住んでいる村に名前があることすら知らなかったりもするのだから。

 この辺りの人間は紫っぽい色の髪に灰色の瞳が多い。焦げ茶色の髪をしている子供は、もしかしたら他国の人間である可能性もある。

 そこへ、騒ぎを聞いたらしい焦げ茶色の髪をした少年が、

「こちらでうちのレイがお邪魔していると聞いたのです。私は兄のファルと申します」

と、やってきたのだ。

 ならばと、素性を尋ねても、

「私とレイは親を亡くしまして。それで身寄りを探して二人で旅をしておりました。ですが、そんな人は最初から住んでいなかったと言われ、結局、見つかりませんでした。今となっては、住む家もなく、頼れる親もなく、哀れな身の上でございます」

などと言う始末。

 だが。

 どう見ても、この「兄」の方の出来が良すぎるのだ。

 それは誰もが感じたことだった。

 少年の癖に、落ち着きはらった物腰も、言葉づかいも動作も、全てが優雅すぎる。貴族の子弟だと言われても信じられるだろう。

 まさかとは思うが、「塔」の関係者ではないのか。

 そう思えば怪しすぎるその素性設定にも文句がつけられないまま、その兄弟を押しつけられたロムルスなのだった。

 ちなみに、レイラの方は全く怪しいところのない、普通の子供だ。

 だが、従者となったレイラはとても役立たずだった。

 今までそんな人の世話などしたことがなかったらしい。皿洗いと拭き掃除はできるが、繕い物も下手だし、ちょっと脅かされただけですぐに泣く。

 従者の役目は、ほとんどファルが担っていて、今やレイラはロムルスにとってのマスコットだ。可愛ければ全ては許される、そういう存在価値である。


「えーっと、あのな、今から剣の稽古をしに行くんだ、レイ」


 そこでレイラがびくっと体を震わせる。

 レイラはかなり剣を怖がる傾向があると、それは最初からロムルスも気づいていた。目の前に剣や槍を持った人がいると、目も合わせずにぎゅっとロムルスに震えてしがみついてくるのだ。

 レイラの尋問にあたった騎士達も、あまりにレイラが怯えて怖がるので、剣を違う部屋に置き、武装を解いてから優しく話しかけなくてはならないぐらいだった。


「だから、レイ。良かったらその間、この部屋で待っててくれないか? まだ朝も早いし眠いだろう? 寝てていいから」

「だけど・・・。従者の子は、ちゃんと朝もお手伝いするんだって・・・」

「ちょうど俺は全て一人でやれるようファルと特訓してるところなんだ。だから協力してくれないか、レイ。な?」

「うん・・・」


 レイラ達が与えられている部屋でいたら、サボっていると思われる。だからロムルスの部屋にある長椅子で休ませるのだ。実際、レイラはかなり体力がなかった。


「じゃあ、行こうか。ファル」

「はい、ロムルス様。ゆっくり休んでるんだよ、レイ。あとでロムルス様と朝ごはんにしようね」

「うんっ」


 そんなファルードは、従者なのに剣を持ってロムルスの相手をする。通常、従者にそんな権利はない。

 だが、ロムルスが他の騎士見習いと打ち合っている間、つまらなそうに欠伸をしていたので他の騎士見習いが注意したら、

「ああ、すみません。昨夜は遅かったものですから」

と、ぬけぬけと言ってくれたものだから、

「俺達が必死に稽古してる傍でたるんでやがるっ。いっちょ揉んでやらぁっ。剣を持って構えろっ。特別指導してやるっ」

と、その騎士見習いに稽古場へと引き摺り出されてしまったのである。

 問題は、その稽古場には騎士達もいたことだ。

 彼らの目の前で、ファルードを叩きのめす筈の騎士見習いは、かえってこてんぱんにされた。

 その動きは、かなり独特だった。見ていた騎士達が、

「その剣はどこで?」

と、ファルードを一気に取り囲んだぐらいだ。

 そもそもファルードは少女と見紛うタイプの美少年だ。その顔だけでもお近づきになりたいというものである。

 しかし、ファルードは、

「まだ師の名を出せるほどに上達しておりません。ゆえにご容赦くださいませ。騎士様方」

と、それに対しては答えず、その微笑み方も、騎士達に敬意を示してとる仕草も、それはどう見てもファルードが良い育ちとしか思えないもので・・・。

 結局、従者ながらも貴人のように扱われているファルードだ。

 そしてそれ以来、騎士見習いの稽古に、ファルードも参加している。


「ってか、その細身で、どんだけだよっ」

「まだまだですって。そもそも私は騎士でも兵士でもないんですからっ」


 そう言いながらも、ファルードは一通り剣も槍も扱うらしく、ロムルスの相手をしている。たしかに体力はロムルスよりも劣るが、それでも鍛錬し続けたことが分かる動きだった。


(こいつの剣、すっげぇ・・・・・・(きたね)え。なんで、よろけたフリして攻撃してくんだよ)


 だが、実践としてはかなり勉強になるので、文句を言えないロムルスだ。

 そうして一通りの稽古が終わると、体を洗って朝食である。いつもは食堂ですませていたロムルスだったが、ファルードがレイラだけに作ってあげていた食事を味見して以来、ロムルスの部屋に運んでもらって三人で食べるようになった。

 そんなファルードは厨房でささっと作り、持ってくる。シンプルだが美味い。

 ロムルスの部屋に戻れば、長椅子の上でレイラがぐっすりと寝入っている。


「さあ、レイ。朝ごはんだよ」

「んー。ファルード、あとちょっと」


 優しく揺り動かされて、甘えるようにその手に頬を摺り寄せ、眠たそうな声でレイラがむにゃむにゃと呟く。


「だぁめ。ほら、起きて。レイの好きなブルーベリーもあるよ」


 唇に押し込まれたブルーベリーに、ぴょこっと寝ていたレイラが目覚め、ファルードに抱きつくのだ。


「ファルード、大好きっ」

「僕もレイが大好きだよ」


 お前の名前はファルじゃなかったのかと、そう言いたい。

 だが言わない。

 なぜなら、ファルードはいつもにこにことしていて優しいが、男には容赦がないタイプだとロムルスは既に学んでいるからだ。

 実際、今は「塔」の出方が分からないからここにいるだけで、その気になったらすぐにファルードはレイラを連れて出て行くだろうと、ロムルスは思っている。

 ファルードが優しいのはレイラにだけだ。


「さ、レイ。たっぷり食べて大きくなるんだよ」

「うんっ。いただきます」


 しかも、狭いながらもロムルスの個室にはしっかりテーブルに椅子が三つ置かれている。

 どうしてお前は一番上席に当たる位置にレイラを座らせるのだと、ロムルスは思った。この場合、自分だと思うのだが。

 だが、それも言わない。

 言おうものなら、軽蔑したような表情になり、

(はっ。女性もエスコートできないんですか?)

みたいなことを、その冷たい灰色の瞳だけで語るのが分かっているからだ。


(何でだろう。言葉がなくても分かってしまうってのは)


 それも以心伝心と呼ぶのだろうか。

 友情が芽生えたわけではないと、そこはロムルスにも分かるのだが。


「ロムルス様も食べないんですか?」

「食べるよ。いただきます」


 ファルードだけは祈りの言葉を口中で呟く。その言葉は聞き取れないが、それこそがきちんと教養も身につけていることを示していた。


「ねえ、ロムルス。そう言えば、なんであの白仮面の人、ブラッドなんとかって言われてたの?」


 パンを千切(ちぎ)りながら、レイラが問う。だが、それにはどう答えたものかと思って口ごもったロムルスの様子を見てとり、ファルードが答えた。


「・・・ブラッディタワーの別名を持っているからだよ、レイ。タワーの住人は、どの国でも重要人物とされていて、何をやっても咎められない。彼らは、塔ごとに名前とナンバーを持っていて、・・・ナンバー(スリー)は、静謐の塔、だ」

「はぁっ? ナンバーⅢって鮮血の塔だろ?」


 ロムルスがそこで口を挟む。だが、ファルードはパンを口に放り込んでから否定した。


「違いますよ、ロムルス様。鮮血の塔というのは、あまりにも無礼が過ぎた人々を血祭りにあげたことからつけられた渾名(あだな)にすぎません。本来は、静謐の塔(ピースフルタワー)。怒らせたら恐ろしい存在であることは変わりませんが、穏やかで優しい平和を愛する気持ちからつけられた名とされています」

「穏やかで優しい平和を愛する人が、血祭りにあげるの・・・?」


 そのレイラの質問には、さすがのファルードも答えを持たない。


「・・・ところで、ファル。気持ち悪いから、やっぱり人前ならともかく、俺達しかいない時は、その敬語、止めてくれ」


 そんなことを知っている時点で、ファルードはどこぞの貴族もしくは高官クラスの親を持つ出だろう。そんな人間に「様」をつけられ続けていることの方が恐ろしすぎる。

 ロムルスは、やはりこいつ、どう考えても特権階級人間だよなと、そう思った。

 生憎、ファルードはただのリーングの郊外出身の一般人だ。だが、あながち間違ってもいない。リベラ神国の中枢である大神殿で、それなりの教養とマナーは身につけさせられているからだ。


「私が敬語を止めたら、遠慮が抜けますからかなりストレートになりますよ、ロムルス様?」

「もういい。諦めた」


 今まで遠慮なんてされた覚えがないロムルスだ。

 ならば少しでも頭痛の種は減らしておきたい。いつか、自分よりも身分が上だっただなんて事実を知らされたら、泣くに泣けない。


「なら、失礼して。・・・白い仮面、そして額に金のナンバー。それを見たら、まずは逃げるんだ、レイ。彼らは自分達のルールでしか動かない上、束縛を嫌い、無理にこちらが捕まえたりしようものなら、たとえその塔の人間を捕まえられても、他の塔がその報復に乗り出す。そして、・・・時には非礼の侘びとして、その国の王族の命全てを要求することもあったと聞くし。まあ、丁重におもてなしして、それからお帰り願う分には問題ないけどね」

「だけどさぁ、ファル。そしたら、誰かが仮面かぶって成り済ましちゃうこともできるんじゃないの? だって白い仮面に金の文字だけなんでしょ?」

「そうだね。・・・レイは賢いな。いい視点を持ってる。実はある時、自分は『塔』の人間だと言って仮面をかぶった人間が現れたことがあるんだよ」

「えっ。それでそれでっ?」


 レイラが身を乗り出す。自分の仮定が当たったことが嬉しかったからだ。

 「塔」の人に化けただなんて、やはり、そういうことを考えた人がいたのか。


(やっぱり私ってあったまいいーっ。伊達に最年長じゃないわよねっ)


 レイラの美点はポジティブなことだ。自分ではそう思っている。

 ロムルスも灰色の瞳を大きく見開き、ファルードを凝視した。


「美女を侍らせ、豪遊していたのはいいんだけど、実は全ての王宮には、塔に通じる連絡手段ってのがあるらしくてね。塔は普段、他の何を問い合わせても答えてくれないけど、現在、他国へ出向いている塔のナンバーだけは教えてくれるのさ。だから、そこでその男がつけていたナンバーが国外に出ていないことが、つまり偽者だということが分かった」

「うわっ。まずいよね、それっ」


 話に引き込まれたレイラは食べるのが(おろそ)かになっている。そんなレイラのフォークをとって、ファルードはその口にウィンナーを突き刺して運んでやり、ぱくっと食べさせた。

 甘やかしすぎだろっ。

 言えるものなら言いたいロムルスだ。


「そうだね。だが、凄いのは塔の方でね。偽者が出たと知り、凄い速さでその国に現れたらしく、その偽者を殺したそうだ」


 殺したと言うか、つまりは蜂の巣にしたと言うべきだろうか。

 体のあちこちから血を流すという、悲惨な殺され方だったとか。

 だが、レイラを怖がらせたくなくて、その辺りは言わないファルードだ。


「えっ。どんな怖い集団なのっ、その塔の人達っ」


 その話を知らなかったロムルスも、レイラと同じように身を乗り出さずにはいられなかった。


「その塔は死体をげしげしと足で踏みながら呟いたそうだよ。『てめえなんぞに騙られちゃ迷惑すぎるっつーの。大体、私は女だっ。名を騙るんなら、美青年を侍らしなっ』って」

「ええっ!? 女の人もいるんだっ?」


 ロムルスも驚くしかない。塔は男性しかいないと思っていたからだ。


「だからね、彼らはかなり気が短いんだ。見かけても近づいちゃ駄目だよ」


 尚、それはかなり昔のこと。そう、先代の静謐の塔の話だ。

 考えてみれば、静謐の塔は、常に名称とは反対方向の在り方へと突っ走る塔ではなかっただろうか。

 そんなことをファルードは思う。


「・・・うーん。だけどあの時、私を助けてくれたっぽいしなぁ」


 子ザル呼ばわりは許せないが、あの乱暴な兵士達から助けてもらったと思うと、あまり悪い人ではないような気もするレイラだ。


「だけど、塔はナンバーがあるように、それぞれの塔の性格も違うからね。どこかの塔が親切でも、他の塔もそうだとは限らないんだよ、レイ。ましてや、恐らくあの建物を壊したのはその静謐の塔だろう。建物ごと隊長を殺したってことだったけど、・・・まさかとは思うけど、襲う為に連れ込んだのかな」


 最後は独白のようになり、そこでファルードは考え込む。


「ただ、ねえ。今の静謐の塔って、それなりに高齢の筈なんだよねぇ」

「え? 結構、若そうな声だったよ?」


 そこでレイラが否定する。


「布でくぐもってたけど、おじいちゃんって感じじゃなかったなぁ。ね、ロムルス?」

「ああ、そうだな。結構、若そうな声だったぞ」

「ふーん。じゃあ、代替わりでもしたのかな」


 それ以前に、そこまで塔のことを知るお前は何者だと、ロムルスは言いたい。自分ですら、そんな詳しいアレコレを教えてもらったことはない。

 ついでにレイ。お前も、「様」が抜けてる。・・・いいけどな、もう別に。


「だけどさ。どうして、その塔の人達って、そんなに怖がられてるの? そりゃ危ない人達かもしれないけど、別にどの国だって軍隊はあるんでしょ? みんなで攻撃とかしちゃえば大丈夫じゃないの?」

「それができない理由はね」


 にっこりとファルードがとても綺麗な笑顔を作る。


「どの国でも知る人ぞ知る秘密なのさ、レイ。だからね、・・・な・い・しょ」

「えーっ、ずっるーいっ」


 ぶーぶーと、そこでレイラがごねる。


「ひどいっ。そこまで話しといてそれはないっ。ロムルスだってそう思うよねっ、ねっ?」

「あー、そうだなぁ・・・」


 だが、ファルードの灰色の瞳が冷たくロムルスに向けられる。慌ててロムルスは言い募った。


「まあ、知らない方がいいんじゃないのか? そんな秘密なことを知っても、ろくなことにならないって。レイは可愛いから、危ないことに巻き込まれるのは嫌だぞ、俺は。な、ほら、オレンジの砂糖煮も食うか?」


 自分の皿にあったそれをつまんでレイラの口元に運んでやれば、ぱくっと食いつく。可愛いなぁと思って見ていたら、ロムルスに向けたのとは全く違う温かい瞳でファルードがレイラに話しかける。


「いい子だね、レイ。そういうのは玉座でふんぞり返ってる人達に任せとけばいいんだよ。君はそんなのに関係なく、幸せに生きていこう? ね?」

「うんっ」


 どうやらオレンジで誤魔化されたらしい。ファルードからもブルーベリーをもらって、レイラはご機嫌だ。


「ファル、だーい好きっ」

「僕もレイが大好きだよ」

「ロムルスも大好きっ」

「・・・ああ、ありがとな」


 そこで二人から冷たい視線がロムルスに向けられた。


「ひどーい。ロムルス、それだけぇ?」

「普通、大好きだよって言われて、ありがとう『だけ』はないよねー。ロムルスってば馬鹿だよね。だからもてないんだよ」


 ファルードの言葉の矢は、実技よりも的に当たる。


「男にそんなのを求めんなっ」

「ファル、男だけどできるもんっ」

「男ってことに胡坐(あぐら)かいてる男って、これだから」


 何故だろう。この部屋には男二人に男装している女一人の筈だ。

 だが、男一人に女二人じゃないのかと、そんなことを思わずにはいられないロムルスだった。






 ピルッポの街よりも少し手前に馬を繋ぐ。


「じゃあ、ここで待っててくれるか?」

「ああ、気をつけて行って来いよ、ザイ」

「クユルも行くのかよ。お前、ここで待ってた方がよくないか?」

「だけど僕、馬を扱うの苦手だし・・・。ピルッポも気になるから」


 そうしてザイ、ザイの弟のローリー、クユル、レウロ、セインの五人で街に行くことにする。ジークとファルアスは馬の番だ。というのも、馬なんて放置していたら盗まれかねない。かといって、ヘタにピルッポの街の中まで馬を乗り入れようものなら、それこそ奪われる可能性があった。

 しかし、ピルッポの街に入ろうとしたところで、いきなり足止めされた一行だ。


「はぁっ? 入場料っ!? なんで、そんなもんが・・・」

「うるさいっ。ないなら来るなっ。金のない奴が入ろうなんて思うんじゃねえよっ。ピルッポに入りたきゃ、ちゃんと銀貨を用意してきなっ」


 門を守る兵士は、そう言って取りつく島もない。

 不穏なものを感じ、ザイ達は一度引き返した。そして、ジーク達の所に戻り、ひそひそと話し合う。


「いきなりピルッポに入りたきゃ銀貨一枚払え、だとよ。何なんだ、あれ」

「けど、ザイ兄さん、それぐらいは持ってたよね? どうして出さなかったのさ」

「言われて出したらもっと分捕られるのがオチだ。クユル、どう思う?」

「お金が、・・・ないんだと思う。あの門を守っている兵士さん達の給料が減らされたか、出ていないか。ピルッポの街の中は、やっぱりかなり荒れてるんじゃないかな」


 そこで、クユルが棒で地面に絵を描いてみせた。


「あのさ。こういう街ってぐるりと城壁で覆われているから出入り口は門が全てのように見えるけど、実は隠し通路もないわけじゃないんだ。ただ、それが知られたらまずいんで、普段は使われていないし、かなり荒れてると思うんだけど・・・」

「分かるなら教えろよ、クユル」

「分かんないよ。ただ、ある程度は割り出せる・・・こともあるけど、見つからない場合もあるし」


 だが、クユルの着眼点はそれなりの的中率を見せ、三つ目ぐらいの場所で、その通路を彼らは発見できた。

 真っ先にレウロが嫌そうな顔になる。


「うへぇ。何だよ、この雑草と茂みの様子を見てもさぁ。これ、ぜってえ、蝙蝠(こうもり)が棲みついてやがるぜ」

「しょうがねえだろ。顔にぶち当たられねえよう、布で覆っとけや」


 セインがそう流す。どちらにしても、金に困り始めたら、人がやるのは盗賊だ。それを自分達はよく知っている。ピルッポがそうなるとしたら、先に把握しておかないとまずすぎる。


「灯りが必要だろ。ちょうど木を削って椀にしてたんだ。これに油を入れて芯を浸したらいい。けど、風ですぐ消えるから気をつけて」

と、ファルアスが荒削りな椀をザイに渡す。


「ありがとよ、ファルアス」


 そうしてファルアスとジークを残して、五人がその洞窟へと入っていく。

 それを見送り、ジークが呟いた。


「なあ、ファルアス。ピルッポの・・・どこに出るんだろうな、この洞窟」

「さあ」


 そんな二人を、馬は周囲の草をもしゃもしゃと食べながら、時折、「何やってんの、ご主人?」というように、首を動かしてみせた。






 昼間でも、夜の気配が漂う場所がある。

 わざと明るい光があまり差し込まないように配置された窓。そして愛を語らいやすいように、厚い壁で出来た部屋。そして大きな寝台と、酒。


「ふふ、悪い子ねぇ。昼間っからこんな所に入り浸って」

「そうだね。だけどお姉さんが悪いんだよ? だって、こんなに色っぽく声を掛けられたんじゃ、誰だってその気になっちゃうだろ?」


 くすくすと笑う女の髪は紫色。そして瞳は黒に近い灰色だ。


(皮肉なもんだな。リーングならではの色を持つ女が、今や帝国の手先となって僕を試しにかかっている。そして同じ色合いをもつ僕は、リベラ神国を守る為に彼女を騙すのか)


 二人は紛れもなくナリス王国のリーング人だ。なのに、二人が(くみ)するのは全く違う国家。

 だが、そんなことを考えているとは全く感じさせない笑顔で、ファルードは娼婦にねだってみせる。


「ねえ、キスしてよ。その紫色の髪ってとても神秘的だ。その髪に指を絡めて口づけたいな」

「ま、喜んで」


 ふふっと笑いながら、娼婦がファルードに覆いかぶさる。その手がファルードのシャツを少しずつ脱がしながら、時折、首筋や鎖骨に口づけていった。

 今もファルードの髪は焦げ茶色に染めたままだ。・・・情けない話だが、下の毛も染めておいて良かった。それに関しては、細かいところまで気を抜くなと教えてくれたトレイユ中級神官に感謝するばかりだ。

 色々と教えてくださってありがとうございました。

 と、いつか再び会えた時に言うとしよう。


「ねえ、君のこと、ローズって呼んでもいい? 薔薇の花のように綺麗だから」


 嬉しそうに目を細め、娼婦が「いいわよ」と、ファルードの耳元で答える。


「あなたは、なんて呼べばいいの?」

「フェイって呼んでよ」

「・・・フェイ。フェイね。ねえ、フェイ。愛してるわ」

「僕もだよ、ローズ。あなたはとても綺麗で、素敵だ」


 その嘘つきなところも。

 心の中で、ファルードはそう続けた。

 二人が笑い合いながら口づけると、少しずつそれが何度も繰り返され、深まっていく。

 自分の上にいる娼婦を見上げながら、ファルードはその太腿に左手を這わせ、右手で頬に手を添えた。


「動かないで。こんな綺麗な人に、絶対に乱暴なことだけはしたくないんだ」

「まあ、嫌味なこと。あなたのお顔で、それは嫌味でしかないわよ」

「冗談」


 そう言ってファルードが少し身を起こして、ちゅっと娼婦の唇にキスをする。


「男が女みたいだなんて、何の意味もない。男にとって顔なんてただの役立たずさ。それより、男にはない、素敵な体を堪能したいな」


 娼婦は服を着たままだったが、ファルードはその服の上からゆっくりとそのラインをなぞるように触っていく。

 ゆっくりとしたもどかしい動きが、少しずつ吐息に官能の色を混じらせていった。


「もう、脱がして」


 女の頼むような言葉に、ファルードは不思議そうな声で、やんわりと拒絶する。それもテクニックの内だ。


「やるだけの女なら他を当たるよ。好きじゃなきゃ、こんなにも大事になんてしない。だからローズ、僕と一緒に恋をしてよ。愛してる」

「・・・愛してるわ」


 心にもない言葉なんて、こうしてするっと出てきてしまう。

 嘘と嘘とを重ね合い、最終的にファルードが騙しきれたらそれでいい。


「ね、フェイ。あなた、どこから来たの?」


 思った通り、娼婦はファルードの情報を聞き出そうとしてきていた。

 娼婦を身請けする金などある筈もない騎士見習いの従者に対し、出身を尋ねても無意味だ。


(やっぱり罠か)

 

 自分みたいな稼ぎもなさそうな少年を、自分から誘う娼婦がいることがおかしすぎた。だが、あえてそれに乗ったのも自分だ。

 誰の命令で自分を調べているのかは分からないが、せいぜい撹乱させておこう。

 

「覚えてないんだ。本当はね。・・・気づいたら、このリーングにいた。そして拾った子供と家族になったんだよ」


 どうせ相手をおちょくる為だと思えば、そんな大嘘も簡単に出てくる。

 ファルードは、それでも据え膳は有り難くいただこうと思いながら、娼婦に微笑んだ。






 洞窟の中にある水たまりや、蝙蝠の襲撃を受けて、かなりぼろぼろになりながらザイ達一行はピルッポの街に入りこんだ。


「なるほど。墓場だったかあ。やっぱりそうだよね」

と、クユルが興味深そうに呟く。

「帰りもココだなんて耐えられねえ」

と、セインがぶるりと身を震わせれば、

「出る時もさあ、あの門って金、とられんのか?」

と、レウロが不思議そうな顔になる。

「どうなんだろ。ザイ兄さん、どう思う?」

「まあ、前の奴らを見てりゃ分かるだろ。金が要らないなら門から、要るならこっから戻るとして、だ」


 そう言って、ザイは地下墓所とは別に地上に広がる墓地を見て呟く。


「墓場だからなのか? いや、違うよな。何だかとても寂しい景色が広がってるようにしか感じねえんだが」

「そうだね。普通、もっと花とかで飾られててもいいのに」


 そう、クユルが周囲をきょろきょろと見渡す。死は身近なものだ。人が亡くなっても、足繁く生者は墓場を訪れ、花を手向ける。


「まあ、いい。行こうか。目立たねえように、・・・そうだな、クユル、お前は俺とだ。他の奴らじゃお前を守りきれねえ。セインとレウロとローリーは三人で一緒に。お前らなら、何かあっても連携プレイで逃げきれっだろ」

「ああ。任せろ。セインとローリーなら大丈夫さ」


 レウロが自信たっぷりに、自分の胸をトンと叩いて明るく笑う。

 だが、ザイ達がまわったピルッポの街は、どこかギスギスとして景気が悪そうな空気しか漂っていなかった。

 彼らの記憶にある市場の屋台は、いつも果物を売りさばく威勢の良い声が響いていた。今は、閑散としていて果物などなく、小さなパンが売られているばかりだ。

 デートする若者達が笑い声を響かせていた公園には、疲れた顔の年寄り達が座っているだけで、笑顔どころか世間話すらしてもいない。

 道路にまで物を並べ、活気ある客で溢れていた店は、店の奥に少しの商品を並べているだけで、それこそそんな僅かな物すら盗まれはしないかと警戒している様子だ。


「何なんだ、これ・・・」

「一体、帝国軍は何を・・・」


 一通り、時間をかけてピルッポの主な所を見て回り、合流したザイ達は、まるでゴーストタウンにでも向かっているかのような街の様子に驚きを隠せなかった。

 一応、話を聞くために、しなびた果物や小さなパンを買ってはみたものの、ピルッポの街はもう終わりじゃないのかとすら思える。

 だが、聞いてきた話を情報交換する為にも、まずはリミダ村に帰ろうと頷き合い、その公園から立ち去ろうとした時だった。


「だからもう帰ってくんなって言ってんだよっ。あんたはもうっ、お嬢様でも何でもないんだからなっ!」


 そんな怒声に、ザイ達は振り返った。

 見れば、小さな女の子を、少し年嵩(としかさ)の男の子三人が取り囲んで小突(こづ)いている。


「あんたのせいで、ここが負けたんだっ」

「そうだよっ! 出てけっ、疫病神っ」

「そうだそうだっ。あんたがいると、僕達のご飯だってなくなるだけじゃないかっ」


 自分よりも体の大きい少年達に髪を引っ張られたりしている女の子は、顔を歪めて泣いている。だが、大きな声を出して泣かないのは、・・・もしかしたらいつも苛められているからなのか。

 まるでこれ以上苛められない為に、ただ、ぽろぽろと泣くしかないと・・・。


「兄さん。あれ・・・」

「待て。今は出るな。皆、身を隠せ」


 木の幹や枝葉にそれぞれ体を隠し、ザイ達はその様子を窺った。

 遠慮なく蹴り飛ばされ、地面に顔から突っ込んだ女の子を、少年達は唾を吐きかけて、そのまま立ち去る。

 後には、悲しげな泣き声だけが響いた。公園でそれを興味深そうに見ていた老人達も、全く慰める様子はない。

 その姿を見れば、かつては綺麗に揃えられていた水色の髪も、今はわざとざんばらに切られたのだと分かるギザギザ状態だ。

 服も、全くサイズが合っていない男の子の服。せめて縫い縮めることすらしてもらえなかったのか。

 何より、苛めていた先程の男の子達とは比較にならぬ程、体は棒のように痩せていた。

 あれ程に愛くるしかった顔すら、今は痩せて生気がなくなっている。

 やがて涙も()れると、女の子は小さく呟いていた。


「謝ろう。そしたらおうちには入れてくれる。ごめんなさいって言おう。殴られても、蹴られても」


 ブツブツと呟きながら、自分に言い聞かせている様子だった。

 それでも、立ち上がる勇気が出ないのだろう。

 そのまま座り込んでいる。ただ、時間だけが流れて・・・。


「兄さん」


 ローリーが、ザイを悲しそうな目で見る。セインもレウロもクユルも、その姿を見て同じことを思ったのだろう。同じように、ザイへと視線だけで語りかけてきた。


(まさか、こんなことになっていたとは・・・)


 あの水色の髪を見ていたくなどなかった。

 だからさっさとこの街に置き去りにした。親が殺されていても、身内ぐらいはいるだろう。そう思ったからだ。

 だが、こんなことになると分かっていたなら、ザイとて・・・・・・。


「人に見られるのだけは避けろ。あのまま座り込んでもいられないだろう。動き出したら、人目につかない所で一気に攫って来い、ローリー」


 ザイは弟にそう告げる。

 ほっとした顔で、ローリーがその瞳を輝かせる。


「クユルとレウロは先に墓場に戻れ。あの子がいるとなれば門は通れねえ。セインは俺と、ローリーの後を守るんだ。いいな?」


 皆がさっと頷く。

 クユルとレウロは、バカバカしい騒ぎだったと言わんばかりに、クールな様子で立ち去ってみせた。


「ローリー。この布で、彼女を隠してやれ」


 地味な色合いの布を、肩に担いでいた革袋からザイは取り出した。


「うん、兄さん。・・・ごめん。うちだって余力なんてないのに。それにあの子は、親父を・・・・・・殺した男の娘、だ」

「・・・うちの村とここと、どっちがマシかなんて分からねえ。だが、それでも。あいつら程、俺達はまだ腐っちゃいねえよ」


 ザイはそう、自分に言い聞かせるように、唇の内側を噛みしめながら呟く。

 一緒にいたセインも複雑そうな顔ではあったが、やはり今のシアラが置かれた状況はあまりに悲惨すぎると感じずにはいられなかったようで、

「あの子の父親が生きてた頃にゃ、いい目も見せてもらっただろうによ」

と、吐き捨てるように言った。

 よろよろと、シアラが立ち上がる。小さな子供は、あまりきちんと食べていないのだろう。ふらふらとした歩き方だった。


「あっ、あのババアッ」

と、小さくセインが叫ぶ。

 そんなシアラを突き飛ばすように、老婆がわざとぶつかって立ち去ったからだ。

 シアラは地面に倒れたものの、慣れているのか、黙って汚れた頬の土を手ではたく。


「落ち着け、ローリー。見られるのがまずいんだ」


 飛び出して行きそうになる弟の肩を強く掴み、ザイは考えずにはいられなかった。

 かつてこのピルッポの街で、騎士と言えば皆の憧れ、花形の職業だった。シアラの父であるオードン騎士隊長には誰もが頭を下げ、このピルッポの守護神とまで持ち上げられていた。

 なのに、ひとたび事情が変わったらどうだ?

 あんな小さな子供が、わざわざ子供に狙いをつけてやってきた兵士の男に、どう抵抗できただろう。誘拐されるのを、子供が自分で阻止できるわけがない。

 彼女は被害者だ。

 なのにピルッポの街が落ちたのは、全て彼女の責任だとでも?


(ふざけんな)


 たしかに今、ピルッポの街はかつての栄華を失った。


(お前らは、それまで十分に良い物を食べ、良い物を着て、良い暮らしをしてただろう)


 それを失ったなら、街の人間全てが努力して取り戻せばいいではないか。


(あんな子供に八つ当たりして、何が変わるというんだ)


 そう、嘆いてるだけじゃ何も変わらない。


(あんな子供で憂さ晴らしして、それで何かを成し遂げた気になってんじゃねえよっ)


 そうしてシアラは立ち上がり、右足を引きずりながら歩いていく。先程の老婆がぶつかってきた時に、(くじ)いてしまったのか。

 大通りでは人に姿を見られてまた苛められると言わんばかりに、わざと小さな路地を選んで。

 だが、それこそ好都合だ。

 

「ローリー。先回りしろ」

「うん」


 シアラよりも一つ先の路地をローリーが先回りする。


「行くぞ、セイン」

「ああ」


 シアラのかなり後ろをザイとセインが追いかける形で、見ている人間がいないかどうかを確認しながら歩いていく。

 やがてシアラよりもはるか前方にいるローリーが、右手を上げて、OKの合図を寄越した。

 ザイとセインが頷き合い、セインが後ろを再度見た後で、ローリーに対してOKの合図を送る。

 そして塀を飛び越して大きな木の枝が路地の上空を覆っているところで、背後から忍び寄ったザイが、着ていた上着をシアラにかぶせた。


「ひっ」

「黙ってな、お嬢さん。・・・俺達と来るか? それとも、あんな奴らと一緒に暮らすか?」


 びくっと振り返ったシアラは、また苛められるのかと、かなり怯えている様子だった。・・・だが、殴られないので、恐る恐るザイの顔を見上げてくる。その唇は乾いて、ひび割れていた。

 風呂にも入れてもらえなかったのか。シアラからは()えた臭いがした。


「俺達と来い。まだ、こんな所にいるよりはマシだ」


 小さなシアラが、言葉もなく涙を浮かべて頷く。

 それを見て、ザイの心が痛んだ。


(俺は、・・・何を見てたんだろうな。この子とリリエルは全く似てねえ。たかが髪の色が一緒ってだけで)


 前方から近づいてきていたローリーが、ザイがかぶせた上着の上からその布をかけ、シアラの全身を隠して荷物のように担ぎ上げる。


「悪いけど、声は出さないでね」


 そう囁くと、ローリーは足早にシアラを肩で担いだまま歩き出した。

 ザイとセインはしばらくそこに留まり、周囲への警戒に当たる。

 やがて誰も見ていなかったようだと判断し、それでも万が一を考えて遠回りをしながら、ザイ達一行は墓場で合流した。

 小さなシアラはクユル達に渡された、買ったばかりのしなびた果物や小さなパンを、それでも嬉しそうに頬張っていた。


「色々と思う奴もいるだろうが、・・・俺達は、あいつらとは違う」


 ザイの言葉に皆も頷く。

 どうやら胃も小さくなっていたのだろう。食べたシアラはうとうととし始めた。栄養価が足りていない体は、食べ物を消化するだけでも疲れてしまうのだ。

 それをザイが担ぎ上げる。

 そうして彼らはリミダ村に戻った。やせ細り、髪も惨めな切られ方をし、そして不安そうに怯える女児を連れて。

 事情を知ったエイリーンが、痛ましそうな顔になる。

 ちょうど今は不在にしているリリエルの服があるからと、シアラはマイオスの家で引き取られた。やはりオードン騎士隊長はリミダ村にとって仇でしかなかったからだ。

 元々はリミダ村の人間ではない、そして身内を殺されたわけでもないマイオスの所がまだマシだろうとザイが考えた通り、シアラに対するリミダ村の人々の目は厳しいものだった。

 だが、やってきたシアラはあまりにも惨めな姿で、さすがに夫や息子や兄弟を亡くした人達も、そんな子供を罵る程に恥知らずではない。

 誰もが言葉を呑んで、それを受け入れはしないが拒絶もしないという、そんなあやふやなもので、シアラのリミダ村における生活は始まった。






 その日、イディラートは届いた手紙を見て、くすくすと笑っていた。


「ご機嫌でいらっしゃいますね、イディラート様」

「ああ。なんとファルードは、帝国の騎士見習いの従者をしておるそうだ」


 ファルードからの手紙は、もう何通目になるだろう。届く度に、イディラートは楽しそうに読んでいる。

 しかし、その言葉にソールは何とも言い難い顔になった。


「どうしてファルードが、たかが騎士見習いの従者など」


 冗談ではない。ファルードは、このイディラートが見出して育てた少年だ。その身を守る騎士を傍におくというのであればともかく、どうして騎士見習いの従者などをせねばならないのか。

 イディラートにとっては楽しいことなのかもしれないが、ソールにとっては不快なことでしかない。瞬く間に不機嫌になった。


「いいではないか。リリエル、・・・今はレイラと名乗っているらしいが、彼女と一緒に従者をすることになったそうだよ。ファルードが同い年の主人に仕える、ねぇ。あのファルードが大人しく(こうべ)を垂れているかどうかは疑問だが」

「そうはおっしゃいますが、ファルードは常に謙虚で控え目で従順な子ですよ、イディラート様」

「我らの前ではな」


 何かを見上げるように、窓の外へとイディラートは視線を向ける。


「あれにとっては、リベラ神殿は恩人のようなもの。だが、何の(しがらみ)もない場所では、ファルードはただの少年にすぎぬ。一人の人間として、己の身一つだけを持ち、あの子はその地に立っている」


 ソールは僅かに目を伏せた。

 今、イディラートの瞳には何が映っているのだろう。養い子の姿か、それとも・・・。


「この手紙を、大神殿にも送っておくように」

「かしこまりました」

「勿論、お前達も読んでからでかまわぬからな」

「はいっ」


 ファルードの手紙は長い。途中で立ち寄った神殿についての情報も全て書いてくるからだ。しかも古代語で。


(間諜にする為に施した教育じゃないんだけどなぁ)


 それでも元気でやっているのならいい。

 そう思い、ソールは手紙を持ってエリオットやトレイユ達がいる所へと向かう。

 エリオットは上級神官で、リリエルを可愛がっていた、ルーセット神殿の重鎮でもある。リリエルがいなくなったことでかなり寂しがっていた為、ソールはファルードの手紙を預かる度に、エリオットに見せに行く。


「エリオット様。ファルードから手紙がイディラート様に届きました。お読みになりますか?」

「おお、ソールではないか。本当に筆まめな子だな、ファルードは。・・・リリエルもたまにはこちらに手紙を書いてくればいいものを」

「自力で逃げ出したつもりの子ですから、それはちょっと無理ではないかと」


 さすがのソールも苦笑するしかない。

 やがて手紙を読み終えれば、エリオットもこのルーセット神殿における長老のような存在である。帝国の動きに、不安なものを感じたようだった。


「なあ、ソール。帝国は、・・・何を目指しとるのか」

「分かりません。ファルードがもっと上の人間に仕えたならばもっと有益な情報もあったでしょうが、・・・ですが、それこそファルードに期待すべきことでもありませんし」

「そうだな。それこそ間諜の仕事だ」


 そう言って溜め息をつくエリオットにソールは一礼し、手紙を持って次はトレイユ中級神官の所へと行く。

 トレイユもまた、ファルードを可愛がっていた。どうしても留守がちなトレイユは読み逃すことも多いが、いる時に手紙が届くと喜んで見ている。


「よう、トレイユ」

「何だ、ソール。もしかしてか?」

「ああ。例のだ」


 それだけで通じる。

 二人は手紙が皺くちゃにならないよう、丁寧に広げて読み始めた。


『親愛なる神官長様

 リーング神殿では、皆様に心温かく迎えていただき、お世話になりました。

 今まで宿屋に泊まっていた私共が、どうして神殿に宿泊したのかとお思いになることでしょう。

 説明させていただきますと、ちょうど私共は、ある事件の犯人を帝国軍兵士達が捜していた際に、絡まれてしまったのでございます。貞操の危機でしたので、ここはリベラ神国の人間であることを明らかにして相手に尊重させた方が良いと判断し、身元確認にはリベラ神殿、ひいてはリベラ神国に対して行うようにと、私は言い放ちました。

 その際、誰よりも傲岸不遜に行うようにと言われておりました通りにやってみましたが、レイラには後で「クールビューチーだった」と言われました。どうやら少し、私が意図したものとは違っていたようでございます。次は頑張ります。

 そして、リーング神殿では当初、簡単な試験で終わる様子でしたが、合図いたしましたら、快くご協力いただきました。

「てめえらとは頭の造りが違うんだってのをよぉくアピールしたれや」

と、ダレイアス様に教わっていた通りにやってみたつもりですが、・・・彼らは人の努力も知らずに居眠りしておりました。私の努力は何だったのございましょう。

 少し切なかったです。


 リーング神殿において、僭越ではございますが、イディラート様よりかつて教えて頂きました、第55の祈祷を行わせていただきました。せめてこれが、皆様の心の支えになればいいのですが。


 さて、私共が絡まれたその事件でございますが、建物が大きく破壊され、その中にいた帝国軍の隊長が殺されたとのことでございました。もしやと思い、現場を見せていただきましたが、「塔」の方によるものと、すぐに分かりました。

 薄々は察しておりましたので、レイラにも注意はしておいたのですが、ある日、レイラはこっそりと神殿外へと買い物に出てしまったのです。そして帝国軍の兵士達に殴られそうになり、その場に居合わせた「塔」はその蛮行を止める為に石畳を破壊し、更に兵士達の皮膚一枚を少し切る攻撃を加えたとのことでした。さほど血は流れなかったようですが、薄くて浅い傷は、かなり何かと痛むのではないかと感じました。

 尚、額の数字はⅢ。鮮血の塔の異名を持つ、静謐の塔と察せられます。ですが、レイラによると若い男の声だったとのこと。もしかしたら代替わりしたのかもしれません。かつて鮮血の塔と呼ばれた方と違い、その方は人命に関してはあくまで最低限の被害に留めているように感じました。


 ですが、石畳を破壊した轟音に驚いて駆けつけた帝国軍の前で、レイラはその帝国軍の騎士見習いに助けを求めてしまったようで、結果としてレイラはその騎士見習いの従者にされてしまいました。

 引き取ろうにも、静謐の塔(ピースフルタワー)の機嫌を損ねまいと、それだけを恐れる帝国軍がレイラを手放そうとしないので、諦めて私もレイラと共に、その騎士見習いの従者となりました。


 さて、帝国軍は各地を攻めていますが、その先頭に立つ帝国軍の騎士達はどうやら人質をとられた上で戦いに行かされている様子が感じられました。言葉の端々から、それを感じております。

 わざと愚鈍さを見せて挑発し、ロンファータイプの戦い方を披露しましたら、たかが従者になったばかりの少年にすら、きちんと敬意をはらって、師は誰かと、そしてどういう流派なのかと騎士達に尋ねられました。あまりに健全すぎる思考に愕然としましたが、・・・帝国軍のイメージと現実が乖離(かいり)しているように感じております。

 これはどういうことなのでしょうか。帝国の内部に問題があるのでしょうか。

 それとも、一歩、中に入りこめばどこにでも良い人と悪い人はいると、かつて教えてくださったとおりのことなのでしょうか。まだ私には分からないことが多すぎます。

 機会があればすぐに逃げ出すつもりでおりますが、レイラはかなり注目されております。私達は親を亡くした兄妹ということにしていますが、いざとなったら拷問にかけられるのは私一人で良いと思い、わざと高貴な出ではないかと思われるような行動をし、注意をこちらに引きつけております。

 勿論、その際は、あらかじめ作っておりました例の身元を利用させていただくつもりでございます。

 もしも、長く手紙が届かないことがありましたら、そうなったものと判断してくださいませ。

 ですが今のところは全く問題なく過ごしております。


 他の騎士見習いの方々とも、それなりに仲良くなりました。この顔に興味を抱いた様子だったのでしっかり肘鉄は喰らわせておきましたが、しぶとくアタックしてくる内に、どうやら殴られ続けたことでアホになったのか、なぜか私を「認めてやるぜ」になったのです。

 意味が分かりません。

 しかも、私よりも綺麗な女性をモノにしないとその屈辱は晴らせないとか言われて、酒場にまで連れていかれました。ですが結果として私が、彼らが言うところの「一番胸がでかい姉ちゃん」と一緒に二人きりで彼女の部屋に消えていったというので、「裏切り者っ」と罵られました。

 彼女は、モグリの医者のいい加減な診察に嫌気がさしており、私も微力ながら彼女の不調を治すお手伝いをさせていただきました。ですがそれは一晩ですむものではなく、何回も通ったのですが、・・・彼らに言わせると、「てめえなんか大っ(きれ)えだっ」だそうです。

 彼らとて役に立つなら手伝わせますが、邪魔なだけなのですから仕方ありません。


 今回、私はこのリーング地方の女性の扱われ方を間近で見て、考えることがございました。弱い立場の人々を、強い立場の人間こそが考えてやらねば、誰も救われないのだということを。

 リベラ神国を離れ、それだからこそリベラ女神の教えがいかに尊いものかを感じております。

 まだまだ未熟な身ではございますが、戻りましたら、今まで自分が立ち入らなかった世界にも立ち入り、そうして人々の支えになるべく動きたいと、今はそう考えております。


 ナリス王国リーング地方は、内通者がいたから無血開城に近い状態で落ちたのだろうと、ここにきて実感しましたが、詳細は探れませんでした。申し訳ございません。

 ですが、同じことが他でも繰り返されるかもしれません。

 どうぞそちらでもご留意くださいませ』




 そうして、ゆっくりと手紙を畳み、大神殿へと送る手配をする。


「可愛い子には旅をさせろと言うが、寂しいもんだなぁ。本当は家族のことも色々と愚痴りたいだろうに、そんな弱さも見せないぐらいに育っちまって」

と、トレイユがぼやく。

「手紙よりも沢山の土産話をもって、帰って来てくれるよ。その内さ」

と、ソールが笑う。


「ま。その辺りに関しちゃ、ファルードが頑張るまでもなく、こっちでも調べてはいるんだがな」

「いいじゃないか。トレイユから教わったそれを自分でも試してみたくなったんだろ。まずはやってみないと何も身につかない。ファルードも、更に一皮剥けるさ」


 紫の髪に灰色の瞳をした、綺麗な顔立ちのファルード。

 けれどもその見かけに惑わされて、彼を女性のように判じたら痛い目をみるだけのこと。

 あの子は自分達の最高傑作だ。

 大きくなって帰ってくるがいい。

 この国は、ずっと君を待っている。


 そんな二人の間を、そうっと風が吹きぬけていく。


 ああ。この風が、君にこの思いを届けてくれるといいのに。

 ファルード、君を家族のように大事に思っている人達がこの国にちゃんといるのだと。

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