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14 君しか許せない

アルファ(ライジード):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。

ベータ(レスター):学者。

ガンマ(ザイファス):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。盗賊。

デルタ(ファルード):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。リベラ女神の神官。ナリス王国の地方都市リーング出身。父(既に死亡)、母、姉ミレニア(夫はユネイト)、姉ディレーテ、妹リデル。

 現在はルーセット神殿神官長イディラート・フェニンセンと養子縁組している。

イプシロン(ロムルス):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の一軍に属している。


松岡美冴:黒髪に茶色の瞳。ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳の姿を与えられ、ロキスとミザリーの娘レイラとして生を受ける。マイオスに拾われ、リリエルと名づけられる。


チェンジン国・リミダ村

 マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。がっしりとした大柄な男。

 エイリーン:金髪に赤茶色の瞳。

 リリエル(レイラ):薄い水色の髪と青い瞳。

 ザイ:濃い緑の髪に灰色の瞳。

 ローリー:ザイの弟。

 クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。


チェンジン国 ピルッポの街

 シアラ:水色の髪。水色の目。

 ミハス:オードン騎士隊長の家令だった男。


リベラ神国・ルーセット神殿

 イディラート:ルーセット神殿神官長。腰までのばした焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。

 ソール:イディラートの傍にいる中級神官。


ナリス王国リーング地方。アームル帝国軍が駐留している。

 ロムルス:青い髪に灰色の瞳。

 ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。

 エイドル:第二軍の将軍を父に持つ騎士。ロムルスよりも少し年上。

 ドットス:第二軍将軍。エイドルの父。

 ルネリー姫:ロムルスとは従兄妹同士。王女が侯爵家に降嫁して産んだ姫君。



No.2猫の塔:蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。シルヴィア。跡継ぎはシュバルト。

No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター。

No.5思索の塔:白髪の老爺。

 結構、従者の生活は楽しいなと、レイラは感じている。

 というのも、ロムルスの世話はファルードがしてしまうので、お手伝いと称して他の騎士達のお洋服をせっせと畳んだり、靴を磨いたりしていると、お菓子をもらえる。他の従者はあまりもらえていないらしいが、子供は特別らしい。

 Viva(ビバ)子供ライフ。

 そんなわけで、もらったお菓子を持って、ロムルスと同じ騎士見習いのジルードの所に行くのだ。なぜかというと、ロムルスとファルードはかなり忙しいらしく、この城の中にいなかったりする時もあるからだ。

 ファルードからは、

「僕もロムルスもいない時は、ジルード様の所に行っておいで。お隣だし、ロムルスが戻ったらすぐ分かるし、安心だよ」

とも言われている。

 ロムルスからは、

「ジルードはかなり乱暴な奴だからな。レイが近寄ってったりして殴られたらどうすんだ」

とか言われたけれど、ファルードの人を見る目を信じてジルードの所に行くレイラだ。人間嫌いで無愛想だという噂の割に、ジルードはぶっきらぼうながらもいい人である。というより、仲良くなってみたら普通に良い人だった。

 というわけで、レイラはジルードの所にお菓子を持ってお喋りしに行くのだ。


「ジルード様、ジルード様、あっそびましょーっ」

「レイ。従者に遊びの時間はない筈なんだがな」


 そんなジルードは、従者を持たない。どうやら実家は伯爵家らしいが、そんな様子も見せない。媚びることなく、愛想も見せず、それでいて杓子定規な考え方をしている感じだ。


「じゃあ、お仕事しましょう」

「だが、ロムルス殿は留守なのだろう?」


 レイラはロムルスの従者である。だからロムルスの世話をするのが仕事だ。


「そうです。だから今日はジルード様のお仕事をしてあげます」

「・・・・・・何の仕事を?」


 ちなみに、破れた布などを繕(つくろ)うのは、レイラよりもジルードの方が上手だ。


「お菓子をもらったから、一緒に食べましょう。お茶も淹れてあげます」

「そりゃ、ありがとよ」


 ジルードはロムルスに比べたら体格はそこまででもないが、それなりに筋肉もついているし、たくましい。レイラなど、片手でひょいっと持ち上げてしまう。

 ロムルスとは隣同士の部屋を与えられているが、レイラが寝ぼけてロムルスの部屋と間違えてジルードの部屋を開けて以来、諦めてレイラを受け入れてくれるようになった。

 もらったお菓子を机に置き、レイラはお茶の用意をする。


「ジルード様。私、お湯をもらってきます」

「いい。私が行こう。レイは、そこの茶葉から好きなものを選んでおけばいい」

「はーい」


 ジルードの部屋には幾つもの茶葉が揃っている。というのも、ファルードが差し入れたからだ。

「何のつもりだ?」

と、問うたジルードに、ファルードは、

「一人分のお茶って淹れにくいですよね。良かったら、うちの妹、いや、弟と一緒に飲んでやってくれませんか?」

と、ぬけぬけと言い、

「お前の弟の面倒を私にみろと?」

と、低い声になったジルードに、

「まさか。これは純粋にジルード様へのプレゼントですよ」

と、ファルードは言ってみせた。

 その時はムカついたが、冷静になって考えてみると、茶葉など買いに行く時間の余裕もないので有り難い。だから礼がわりにレイラと一緒に飲んだりもしているジルードだった。

 そして、湯をもらいに行く程度ならレイラでもできるが、ジルードが行くのは、ひとえにその方が確実だからである。

 レイラは性格も良く、明るい子なのだが、人を疑わないところがある。そして人見知りする傾向が強かった。

 だからだろう。その他人に対して身構える様子が、何だか警戒心バリバリな子猫を思わせるのか、余計に皆に絡まれる原因になっている。

 湯をもらいに行って、ぞろぞろと他の騎士やら騎士見習いまで連れてこられたのではたまらない。

 一度、ロムルスが留守だと分かっている日に、レイラが湯をもらいに行ったものだから、

「おっ、何だ何だ、レイ。お前、ご主人様がいないことをいいことにサボリか。良い身分だな」

とか、

「サボリはいかんねぇ。どこにそれ、持っていく気だ」

とか、

「それともロムルスから他の奴に乗り換えたのか。まあ、確認させろや」

とか言われて、

「違うもん違うもんっ」

と、それを阻止しようとするレイラはポットを取り上げられ、結局、レイラは彼らを引き連れて、ジルードの部屋まで湯と共に戻ってきたのだ。

 結果として、そいつらまで一緒にお茶の時間を過ごす羽目になったジルードは、そこで学んだ。

 ファルードがレイラを働かせずに甘やかしているのは、それが一番、面倒が少ないからなのだと。

 だから自分で湯をもらいに行くのだ。落ち着いた時間を邪魔されない為に。

 そしてジルードが湯の入ったポットを持って部屋に戻ると、レイラは二つの茶葉を前に悩んでいた。


「あ、ジルード様。ね、これ、どっちがいいですか? リンゴと薔薇と、どっちも甘くていい香りです」

「なら、リンゴの方で」

「はーい」

 

 少年っぽい顔立ちだが、話す内容や仕草から、女の子だというのはすぐに分かる。

 レイラが従者をしているのは、

「女の子だろうがよ、おいっ」

みたいな空気が皆にも流れていたが、まだまだ性別の差すら出ていないぺったんこな体と、メイドであっても役立たずなことが分かっているので、

「なら従者でいいよ。どうせロムルスが面倒みてんだし」

ということになっている。

 ジルードも、ほとんど子供を遊ばせている感覚だ。

 その辺り、他の従者の嫉妬が恐ろしいところではあるが、他の騎士達に仕える従者は、

(僕、あんな馬鹿じゃない)

(あそこまで無能すぎると、可哀想すぎる)

という気持ちになるのか、他の騎士達も、

「お前は使える従者で良かったよ」

などと、しみじみ語るようになるので、何とも言えない気持ちのまま、皆から不憫そうな視線を向けられていた。

 だが、そんなレイラも、二人きりなら、かなり悪くない話し相手だ。


「何でもね、その騎士様、浮気がばれてしまって、奥様に離婚宣言されちゃったんですって」

「へえ。そりゃまた。だけど、愛妻家で有名だったんだがな。よく、ご夫婦で散歩していたり、何かと仲良く出かけていらしたのに」


 レイラは、どこで聞いてくるのか、色々な話をジルードにしてくる。


「そうなんですか? だけど、結局、その騎士様、奥様に土下座して謝ったんですって。だから、奥様、それならって許しちゃったそうなのです」

「それなら良かった。あれ程、奥方を愛していらしたんだから、ちょっとした気の迷いだったんだろう。これからはそんなこともないだろうしな」


 だが、そんなジルードにレイラは、人差し指を立てて、チッチッチと横に振ってみせる。


「駄目駄目、ジルード様。そんなんだから何も分かってないって言うの。あのね、人前でね、奥さんと仲良くやってるいい旦那さんアピールする男の人ってのは、後ろめたいことをしてるから、おうちに帰ったらいい旦那さんアピールしてるだけなんだってばっ」

「えっ!? そうなのかっ?」


 尚、レイラは話が盛り上がると敬語がなくなる子だ。

 それについては、もう駄目従者だからいいんじゃないかと、ジルードも諦めている。


「そうっ。本当に奥さんラブな人は、二人っきりな時にいちゃいちゃラブラブしてるから、人前でアピールする必要はないのっ。そりゃ、ライバルがいるならやるけどっ。あのねっ、誰にでも『僕は奥さんを愛してるんですよー。とても素敵な旦那さんなんですよー』なんてアピールしている人はぁ、浮気している自分の罪悪感を誤魔化す為にやってるのっ」

「そ、そうなのか」

「そうだよっ。ちゃんと覚えとかなきゃっ」

 

 子供の割に、レイラはそういうシビアに人を見る一面があるのだ。


「そしてね、浮気なんてする人は繰り返すのっ。土下座なんて、その時だけ誤魔化せればいいやって思えるからやるんだってば。だって謝ったら許してくれるって前提でしょっ。本当に反省している人は、決定権を全て奥さんに渡してから、通告を受け入れるもんなの。そうやって『こんだけ僕は謝ってるんですよー。だから許してくれなきゃいけないんですよー』なんてことを仕組む人なんて、信じちゃ駄目っ」

「な、なるほど」

「分かったらいいのっ」


 どうして十才の子供に自分が説教を垂れられているのか分からないが、聞いている分には楽しいからいいとしよう。

 ジルードの殺風景だった部屋は、レイラと買い物に出かけた折に勧められた、シンプルだが使いやすい雑貨で少しだけ明るくなった。レイラは、様々な物を見慣れているのか、これでセンスはいい。爪で陶磁器を弾いたりして、その音で良し悪しなども見分けるのだ。また、使い勝手にもこだわる。


「ところで、ロムルス殿ももうすぐ騎士になるだろう?」

「みたいです。ジルード様もそうですよね?」

「ああ。・・・本来は帝国内で行うんだが、やはりここで行うことになりそうだ」

「そうなんですか? ところで、やっぱりお祝いってケーキですよね?」


 どうやらレイラは、お誕生日にケーキでお祝いしてもらったことが頭に残っているらしい。

 従者に対してロムルスは甘やかしが過ぎるのではないかと、ジルードは思った。だが、そのケーキの相伴にあずかった身としては口を噤むばかりだ。やはり、礼儀として。


「別にお祝いなんてのはしないと思うが、・・・まあ、正装は必要かもな。もしかしたらお披露目があるかもしれない」

「だけど、ここ、帝国軍の最前線なんですよね? お披露目のパーティーとかってあるんですか?」

「そういうのはないんだが、・・・適当な理由をつけて開くかもしれんな。ナリス王国にも貴族令嬢がいるだろうし」

「へー」


 その辺りはジルードも分からない。

 自分達には分からないことが多すぎるのだ。ロムルスならば、公爵家の人間だから何か知っているかもしれないが、それでもこんな所に来ている時点で望みは薄い。

 それにロムルスは素性を隠し、親戚の子爵家の息子ということになっている。自分は彼を知っていたから誤魔化されなかったが、大半の者は騙されている筈だ。


「正装、正装ねぇ。・・・ふふふふふ、ロムルスってばカッコいい。絶対、素敵っ。やっぱり金色の飾り紐は欠かせないわっ」


 何やらぐふぐふと笑いながら呟いているレイラは、どうせロムルスが正装した時の格好でも考えているのだろう。元々、ロムルスは体格がいいので、ああいう格好はたしかに似合う。

 ジルードとしては、ロムルスの正装はともかく、既に呼び捨てになっているレイラの方が気になる。

 だが、どうやら別にロムルスもレイラに呼び捨てにされていても気にしていないようだからいいのだろう。他家の家人のことについて、自分がとやかく言うものでもない。


「ねえ、ジルード様っ。やっぱりロムルス様なら、正装は黒ですよねっ。ううん、深い紺色も似合いそうっ。いや、あえてあの清潔感を活かした白ってのも素敵っ」

「・・・レイ。貴族としての正装ならともかく、騎士ってのは戦うのが仕事だから、汚れても分かりにくい色だったりするんだ。だから、何というのかな、カーキ色よりも深い、・・・そうだな、澱(よど)んだ沼の色のような、緑色と黄土色を足したものに黒を混ぜたような色なんだよ、正装の服ってのは」

「え・・・」


 かなりショックを受けたような顔で、レイラがジルードを見る。


「がちょーん」


 そして、レイラは小さくそう呟いた。






『ザイへ。

 お元気ですか。私は元気です。

 帝国軍は色々な所に攻め込む悪魔みたいな軍隊だと聞いていたので、間違ってもうちの村の名前を出しちゃいけないと思い、私は完璧に身元不詳でミステリアスな女をやっています。


 皆が私の魅力にメロメロです。その証拠に、ちょくちょくお菓子を他の騎士の人達からもらいます。

 だけど、

「お菓子ごときで釣られるような安っぽい子に見られちゃ駄目だよ。僕やロムルス以外の人からもらったお菓子は、その場でもらった人と一緒に食べるか、もしくはお隣のジルード様と一緒に食べるようにしておいで」

と、言われているので、ロムルスの隣部屋の騎士見習いジルード様の所に行って一緒に食べています。

 ジルード様は、背も高くてきりっとしてて、素敵な人です。

 何でもジルード様は伯爵家の人だそうで、その人と一緒に食べるなら、変な物を入れたくても入れられないだろうと、ぼそっとファルードが呟いていました。

 ファルードは疑り深すぎるんじゃないかなぁと思いましたが、ジルード様とお茶をするのは楽しいからいいかなと思っています。


 私の十才の誕生日には、ファルードがケーキを焼いてくれました。ロムルスには飴をもらいました。

 去年の誕生日には、パパが可愛いお洋服を作ってくれて、ザイに花の冠を作ってもらったなと、そんなことを思い出しました。

 美味しいお菓子は嬉しいけど、パパと一緒に食べたいなって思います。綺麗なリボンも嬉しいけど、ザイに結んであげたいです。


 ロムルスは子爵のおうちの息子さんだそうです。だからこのお城(? 城塞?)でもそれなりの部屋をもらっていたみたいです。そしてロムルスは騎士になりました。

 お祝いをしてあげなくちゃと思ったけど、ロムルスには可愛いお菓子をもらいました。ロムルスのお祝いだから、私がお菓子をもらえるそうです。

 嬉しかったので、ファルードとジルード様と四人で食べました。ジルード様は、何かが違うと、変な顔をしていました。


 ファルードは、戦いのどさくさで逃げようと考えているみたいですが、このリーングで足止めされているせいか、それができないでいるようです。今の状態でヘタに逃げると、スパイと思われてとんでもないことになるらしく、だから身動きがとれないのだとか。

 だけどロムルスはいい人です。ロムルスは、

「帰りたいから出て行きます」

って言ったら、

「そうか。気をつけて帰れよ」

って言ってくれそうな気がします。

 この間、ロムルスに、

「私がここ出て行ったらどうする?」

って訊いたら、

「今は勧められない。ファルは出身を疑われてるし、お前はその人質になるんじゃないかとも思われてるからな。出て行きたければちゃんとタイミングを見て出て行かせてやるから、そういうのはファルに任せとけ」

と、言いました。

 ファルードはまだ子供だから、私の方が判断した方が賢いと思うのに。小さくて頼りないと思われているのは、とても不本意です。

 そんなロムルスとファルードは兄弟のように仲良しです。同い年の親友になっています。だけど、それを言うと、ファルードはにこにことするのに、ロムルスは嫌そうな顔をします。照れ臭い年頃なんですね。

 

 ファルードはかなりモテモテです。色々な人に声を掛けられています。

 美人だからドレスを着せたいぐらいです。嫌がるだろうから言わないけど。

 ザイもまだドレスが似合うんだろうなって思うと、一緒に女装して並んでみてほしいです。きっと夢のように素敵だと思います。

 その時は、ロムルスとジルード様が二人をエスコートしてくれたりしたら、私、本気で鼻血出すかもしれません。ロムルスは体格も良くて、まさに「騎士様っ」て感じです。クラクラしそうです。


 あ。だけど、パパとエイリーンさん、どうなったのかなぁ。

 エイリーンさん、素敵な人だからきっとパパを幸せにしてくれると思うんだけど。

 

 このお茶が美味しかったから同封します。お湯を注いでから二分ぐらい待ってください。甘い香りがしてとても嬉しい気分になれます。ではまた』


 

 ザイは、読み終わってから呟いた。


「俺はもう女装は似合わなくなってんだがな。あのバカ娘は、いつになったら戻ってくるんだ」


 それにマイオスはとっくにエイリーンと結婚している。

 こんなことならリーングに迎えに行くべきなのか。遠いとはいえ、リリエル一人ぐらい、盗み出せぬものでもあるまい。

 だが、そこで失敗して捕まってしまったら?

 間諜としての疑いをもたれたら、リリエルがどんな目に遭わされることか。

 自分だけならいい。だが、リリエルを危険になど・・・・・・。

 今、リリエルを守れるのは、そのファルードという奴だけなのだ。


(人からもらった菓子にまでしっかり保険をかけるような奴だから、平常時はちゃんとリリエルを守り通すだろうが)


 一般庶民の毒見役に、伯爵家の子弟を使うような奴だ。ファルードは、かなり性格が悪いに違いない。

 だが、それも普段の生活におけるものでしかない。

 本当に戦が始まったり、何かトラブルが起きたりしたら、あのリリエルはどうなるのか。

 

(だが、ロムルスは子爵家の息子。そして一緒に菓子を持っていって食べているジルードは伯爵家の息子、ね)


 しれっとそのファルード、常に貴族にリリエルを保護させていないだろうか。

 しかも、とっくにそのロムルスにも逃げ出す気がばれているというのはどうなのだろう。


(いや。そんな馬鹿なところがリリエルの可愛いとこだよな)


 そう思い、手紙をマイオスの所にも持っていく。

 マイオスもまた、手紙を読んで、頭を抱えていた。一緒にいたエイリーンも、

「リリエルったら、どこにいても、かっこいい男の子を見つけるのが得意なんだから」

と、呆れ顔だ。

 そんなエイリーンに、ザイは同封されていた茶葉を差し出した。


「はい。これ、甘い香りのお茶らしいから、エイリーンさんとシアラで飲んでよ」

「あら、いいの?」

「うん。俺はそういう甘いのはちょっと・・・」


 シアラは、この家で暮らすようになって、少しずつ笑うことを覚えている。あのざんばら髪は、やはり少年達に面白がって切られたものだったらしい。

 マイオスが、

「女の子になんてことを」

と、かなり怒った顔になって綺麗に整えてやってから、最初は厳つい顔つきのマイオスにも怯えていたシアラは、今ではマイオスとエイリーンにかなり懐いている。

 エイリーンも、シアラを母親のように可愛がっているようだ。

 そこへ、裏の畑にいたらしいシアラが、採れた野菜の入った籠をもって現れる。


「エイリーンママ、野菜」

「ありがとね、シアラ」

「ザイ。こんにちは」

「ああ、シアラ。元気そうだな」


 はにかみながらザイを見上げてくる水色の瞳をした子供は、エイリーンをママと呼んでいる。


「シアラ、お茶を淹れてあげる。甘い香りがするんですって。これはね、あなたのお姉さん、リリエルが送って来てくれたのよ」

「うわぁ」


 嬉しそうな顔になるシアラは、マイオスのこともパパと呼んでいる。そして会ったことのないリリエルのことも、どんな人なのかとちょっとドキドキしているらしい。


(なあ、リリエル。早く帰って来い。お前には妹もできたんだ)


 シアラに関しては、村人を集めた集会の席で、既に彼女がどんな目に遭ったかを全て伝えてある。

 シアラは、オードン騎士隊長の末っ子だったが、帝国軍の兵士グインドがメイドを誑かしてシアラを誘拐したこと。

 そして連れ攫われたグインドの家で、台所で寝泊まりさせられ、下働きをさせられていたこと。

 ザイ達が、リミダ村に罪をなすりつけたグインドを殺してシアラをピルッポまで連れ帰り、そしてオードンの屋敷で家令をしていたミハスの家に置いてきたこと。

 オードンの家の人間は、帝国軍により、既に全員処刑されたこと。

 そしてミハスの家で、シアラは食わせてやってるのだからと、下働きをさせられていたこと。

 まともに食べ物も与えられず、服も彼らの使い古しで、更にミハスの息子達からも殴る蹴るといった目に遭わされていたこと。

 ピルッポの街では、ピルッポの不幸はシアラのせいだというので、誰もが彼女を見かけたら小突いて良いという暗黙の了解ができていたこと。

 リミダ村の人々にしてみれば、オードンは村の仇だ。

 だが、シアラの辿ったそれは、あまりにも不憫すぎた。

 ましてや、マイオスの家で風呂に入れられ、髪も整えられ、リリエルのお下がりの服を着せられていても、それでも怯えてザイにしがみつくシアラはあまりにも痩せこけすぎていた。

 それまで遠目に見るシアラに対し、良い感情を抱いていなかった人達も、具体的に説明されたことで、さすがに考えるものがあったのだろう。

 今ではマイオスの家に引き取られた子供として、居場所ができてきている。


「ね、ザイ。リリエルお姉さんってどんな人? マイオスパパはね、泣き虫な子だって言うの。エイリーンママはね、明るくて可愛い子だって言うの。リネアおばさんはね、元気な子だって言うの」


 ザイは、返答に詰まった。人なんて、相手のことを知れば知る程、一言では言い表せなくなるものだ。だから、しばらく考えて、こう答えた。


「そうだな、シアラ。お前を、・・・きっと可愛がってくれる子だよ」


 途端に、シアラの顔がほころぶ。

 そういえば、シアラには帝国軍に殺されてしまったが、兄や姉もいたのだ。その頭を軽く撫でてやりながら、リリエルもシアラも、本当の家族はもういないという意味では同じなんだなと、改めてザイは思った。

 

(その帝国軍に、今、リリエルがいる)


 何とも人生は皮肉なことだ。

 けれども、ザイは思うのだ。少し何かが壊れただけで、全てがひっくり返るのはおかしいのではないかと。

 まだ、うまくは言えないが。

 ピルッポの混乱は、シアラがいなくなったことで余計に拍車がかかっているようだ。というのも、たとえ食べ物すらまともに与えられていなくても、シアラはオードン家の子供である。チェンジン国としては、ピルッポを落とされたとはいっても、それなりにオードン家を重用するつもりはあったらしい。

 というのも、ピルッポの混乱は、落とした筈の帝国軍がガタガタになっていたことも影響していたからだ。

 これで帝国軍が撤退する動きになった時、本来、ピルッポの街を守っていたオードン家について、チェンジン国から調査も入るだろう。その時、ピルッポの街はどう答えるのか。

 帝国軍にガタガタにさせられた恨みを、僅か数才の女児にぶつけていたと言うのか。その結果、野垂れ死にしたらしく見つからない、とでも。

 それとも、シアラは帝国軍に殺されたとでも言ってみせるか。


(だが、シアラは紛れもなくオードン家の生き残りだ)


 クユルは、既にシアラを使ってピルッポを掌握するつもりだ。チェンジン国の法律を、父親と共に調べ始めた。

 シアラから、ちゃっかりオードンの屋敷にあった隠し通路まで聞き出し、その上でどこかに隠し財産があるのではないかと、考え込んでいる。


(リリエル。あの日、山の中でお前を見送った時には、・・・こんなこと、予想もしなかった)


 そう、あの日、オードンが旗をなびかせてこの村にやってきた時から・・・。

 運命の輪は、廻りはじめていたのかもしれない。






 ジルードと共に出かけたレイラは、市場やその周辺にある店を見て歩く。彼女にとっては全てが珍しいものばかりだからだ。


「ジルード様には、こういう深紅のベルトが似合いそうです。服の色は白ですよっ」

「誰がそんな汚れやすい色を身につけるんだっ」

「おしゃれは別ですっ」


 たとえ却下されようと、やはり良い素材は飾り立てたいのだ。当たり前だろう。

 ジルードは、そんなレイラの気持ちを分かってくれなさすぎるのだ。

 赤みがかった焦げ茶色の髪に、赤い瞳。そうなったら、やはり白い服だろう。そして一気に赤いベルトで引き締めればきっと似合うに違いない。目立ってナンボではないか。


「大体、ジルード様は肌を隠し過ぎなんですよ。それじゃ、チラリズムも何もないじゃないですかっ。ロムルスだって、上半身裸で筋肉見せた方がカッコいいって言ってるのに全然協力してくれないしっ」

「なんで戦う人間が、わざわざ皮膚を保護しているものを取り外さなきゃならんのだ。レイ、お前はあまりにも本質を見失い過ぎている」


 ジルードといい、ロムルスといい、非協力的なのが問題である。

 レイラは、ただ、セクシーを堪能したいだけなのに。

 ファルードの場合、同じ部屋で寝起きしていることもあり、あまりにも危険すぎるから言えないレイラだ。ファルードは細身なくせに、脱いだらかなり体が引き締まっている。あの綺麗な顔を見ているだけで眼福な少年だが、更に半裸になってなどとお願いしようものなら、・・・止める人間がいなくてのそれだなんて、ファルードがその気になったら拒めないではないか。

 ジルードとロムルスはいいのかと言えば、・・・ファルードがいるから問題なく鑑賞できる。ファルードがレイラの傍にいて、過ちなどある筈がない。

 そんなレイラは十才だ。

 どんな少年にとっても、まだ恋愛対象になる年齢に至っていないという事実に、本人だけが気づいていなかった。


「大体、レイはロムルス殿の従者だろう。前から思ってたが、主を呼び捨てどころか、どんどん図々しくなってないか?」

「別にロムルス、いいって言いましたもんっ。他の人に敬語を使ってさえいればかまわないよって」

「なんつー甘やかしっぷりだ。何を考えてんだ、ロムルス殿は」


 ロムルスは何も考えていない。

 今となっては、誰もが無害な子供判定したレイラよりも、ファルードの方に意識が向いている。同い年だが、全く違う世界で生きてきた二人は、互いの価値観の違いにも刺激を受けつつ、よくつるむようになっていた。


「よう、ファル。な、どうだ」

「ああ、いいな」


 そんな具合で、二人でどこかに消えていくのだ。鍛錬場とか、川泳ぎとか。

 所謂(いわゆる)、「好敵手」と書いて「友」と呼ぶ、という奴である。たまに二人で議論を戦わせていたりする。しかも、あれだけ喧々囂々(けんけんごうごう)と言い合っていたくせに、その後は普通に接している。

 ほとんど言葉を交わさないくせに、分かりあえてしまうのだからずるい。こういう時、男の子達は、自分には分からない世界に行ってしまうんだろうと思うレイラだ。きっと彼らは、女の子には理解できない世界の住人なのだろう。


「あっ、今日も出てる。ジルード様、あそこのね、占い師さんって面白いんですよ。すっごくすっごく高い料金の看板出してるから、誰もお客さんがいないの」

「それ、・・・馬鹿じゃないのか?」


 呆れて呟いたジルードだ。

 その市場の端っこには、たしかに全くやる気の無さそうな少年が、敷物の上に座っていた。いや、何かの本をぱらぱらとめくっていた。出ているのは、立てかけた看板が一つだけ。


「よろず占い 一回 銀貨一枚」


 通常、銅貨一枚が相場だ。さすがにジルードも書き間違いだろうかと、再度看板を見直した。

 しかし全く気にしていないのか、少年は持っている本を読み耽っている。しかし、頭にターバンを巻いて、目にはバタフライマスクって、・・・どこの仮面舞踏会の人間だ。

 いかがわしいにも程がある。誰もが、商売の本質を見失っていると言わずにはいられないだろう。


「えへへー。こーんにーちは」

「何だ、また来たのか。よほどお前の仕事って役立たずなんだな。仕事させておくより遊ばせておいた方が、まだ被害が少ないって奴か?」

「失礼なっ。今日はちゃんとお仕事だもーんっ。市場の案内してたのっ」

「そうか」


 だが、そんなぼったくり占い師と、レイラは知り合いらしい。


「なんだ、レイ。知り合いなのか」

「うんっ。凄いんだよ、あのね、お金はすっごく高いけど、とってもよく当たるの。だってピースったら、私がその日、水たまりで転ぶって予言して当ててみせたんだよっ」

「へえ」


 なるほど、高い金額にはそれだけの的中率があるのか。

 ジルードが感心する。


「誰でも当たるさ。あれ程、きょろきょろと屋台に気をとられて前も下も見てないガキが、市場を歩いてたんだ。折しも俺はその日、ガキが行く先には大きな水たまりがあることを知っていた。・・・あれで転ばない方がおかしい」

「・・・・・・」


 感動が、しゅるしゅるしゅると消えていったジルードだ。


「なるほど。それでレイは泥だらけになったんだね」

「・・・うん。ってひどいよっ。知ってたんならあんなおどろおどろっぽい言い方せずに、ちゃんとその先に水たまりがあるって言ってくれればいいのにっ」

「痛い目に遭わなきゃ、ガキは成長しないからな」


 納得である。ジルードは感心した。ロムルスも、これぐらい毅然(きぜん)とした対応をしてもらいたい。

 そういう自分もレイラは可愛いので甘やかしてしまうのだが。


「ピースって言うのかい、占い師君?」

「ああ」

「本名?」

「占い師は本名を名乗らないものだ」


 ターバンで全ての髪を仕舞い、そしてバタフライマスクで瞳も隠している。分かるのはその整っている顔の輪郭だけだ。


「だが、銀貨一枚ってのはぼったくりだろう。もう少し金額を落とさないと、客は来ないんじゃないのか」

「いいんだ。客なんて来られても鬱陶しい」


 そう言いながら、占い師は持っていた荷物の中から何かを取り出し、レイラの口に放り込む。もぎゅもぎゅと食べているレイラは、途端に笑顔になった。


「グミだっ」

「何だ、それ」


 すると、ジルードを占い師がちょいちょいと指先で呼びつけ、その掌に幾つかの菓子を渡してくる。その茶色く気持ち悪い色のそれを、恐々(こわごわ)と口に運ぶと、面白い弾力の甘い菓子だった。占い師も自分で食べている。


「面白い味だな」

「ああ。ゼラチンを濃くして固めたのさ」

「へえ。そうすると、こんな味になるのかい」

「味つけは適当だ」


 もしかしたら、この占い師が作ったのだろうか。

 レイラは自分の袋から何かを取り出すと、お返しにと占い師の口にそれを「はい、あーん」と、差し出す。どうやらクッキーらしいが、ジルードにも分けてくれた。

 何にしても、レイラは常にお菓子に困っていない子供だ。


「疲れたから休んでってもいーい?」

「ああ」


 敷物は広いのに、少年一人が座っているそれは十分に空いている。履物を脱ぎ、レイラはそこに座り込んだ。


「ジルード様も座りましょっ。歩いて疲れたでしょ?」

「あーっと、私はまだ見てきたいところがあるんだ。休ませてもらえるなら、少し休ませてもらっておけ。少し待てるな、レイ?」

「え? どこに行くんですか?」


 放って行かれると思ったのか、レイラが少し不満そうな口ぶりになった。


「ああ。ちょっと剣を見に、な」

「行ってらっしゃいませ、ジルード様」


 見事な掌(てのひら)返しである。にこやかに送り出そうとしてくるのだから、現金なものだ。


「ああ。悪いがこの子を見てやっておいてくれ、ピース君」

「スペースはある。かまわない」


 どうせ開店休業の店なのだから邪魔にはなるまい。

 そう思い、ジルードは修理に出しておいた剣を受け取りに行くことにした。

 そのついでに幾つかの店をまわって、弓矢などもチェックしておく。


(レイと店を見て回るのは楽しいが、あの子は武器を怖がるからな)


 そうして占い師の所はどこだったかと、きょろきょろしながら戻ってきたジルードは、そのざわざわと騒がしい市場の片隅で、周囲の喧騒をよそに占い師にもたれて眠っているレイラを見つけた。


(今日は、結構歩いたしな。あの子は体力がないから)


 疲れて寝ちゃったかと苦笑し、声を掛けて近寄ろうとして足を止める。


(何だ? あの場所だけ誰も近寄ろうとしない)


 こんなにも様々な人達が行き交っているのに、あの周辺だけ、誰も立ち寄ろうとはしない。まるでそこには何も存在しないかのように。

 それは、あのぼったくり金額だけが理由ではないような気がした。

 胡坐をかいて座っている占い師は、レイラの上半身をその左腕で支え、右手で本を広げて読んでいる。レイラは占い師の胸に頭をもたれさせて眠っているが、・・・まるでそれを邪魔してはいけないような気がして、ジルードは近寄ることができなかった。

 だが、立ち尽くしているジルードに占い師が気づく。顎を少し引くようにして合図されたので、ジルードは近寄っていった。

 

「よく寝てるみたいだな」

「ああ。あんたにはどんだけ白が似合うかを力説してた。まあ、・・・そうだな、白といっても普通の布地じゃなく、きっちりと力強く織られた厚手の生地でかっちり仕立てたものがいいだろう。こいつが描いたデザインはちょっと独特だったが、・・・冒険心のある仕立て屋ならやる筈だ。騙されたと思って付き合ってみたらどうだ?」


 どうやらレイラにお絵かきをさせていたらしい。そのデザインが描かれた紙を、占い師がひょいっと渡してくる。


「凄いな。レイはこういう才能があったのか」

「いや。こいつが描いたのはこっち。それを実際に仕立てられるよう、俺がまとめたのがそっち」


 両方を見比べれば、レイラが描いたのを更に実用性を重視して描いたデザインなのだと分かる。


「ふーん。まあ、面白いかもな。だが、どこの仕立て屋に持って行くべきか・・・」


 考え込んだジルードに、占い師が片手だけでカードをシャッフルし、何かをめくり始める。


「ちょうどそこから見えている、あの糸と針の看板が出ている店。そこに、不機嫌そうな若い男がいる。誰にでも笑顔の恰幅のいい店員が挨拶してくるだろうが、その奥にいる愛想もクソもない腹でも壊してんのかってぐらいに不機嫌な男に注文すればいい。恐らくやる筈だ。値段は、・・・そうだな、金貨二枚。だが、安いもんだろうよ」

「騙されたと思って金貨二枚か。・・・それを安いと、普通は言わない」


 伯爵家の人間である自分だからいいものの、そうでなければその占い師の経済観念に誰もがブチ切れることだろう。


「いいや、安いさ。まあ、ものは試しで行ってみたらどうだ?」


 そこで、「ん・・・」と、嫌そうに顔を占い師に擦りつけながらレイラが目覚める。どうやらうるさくて眠れなくなったらしい。

 占い師が、その右手でレイラの焦げ茶色の前髪を掻き上げてやる。


「ああ、起きたか」

「・・・うるさいのー」


 そう言うと、ぽてっとまた寝てしまう。呆れて、ジルードは呟いた。


「こんな従者、よくロムルス殿は・・・」


 荷物持ちにすら役に立たない子供。だが、ちょっとこのデザインは面白いかもしれない。


「似合うと思うか?」

「ああ。おそらくな。このガキが本気であんたに似合う服を見つけたいと思って考えたものだ。似合わない筈がない」

「ふーん」


 面白く感じ、ジルードはその店に行ってみた。言われた通り、愛想のいい店員が出てきたが、奥でつまらなそうな顔をしている男を見つけ、その男にその紙を見せてみる。

 すると、その男は、一気に目の色を変えた。


「これだっ。ああっ、僕が作ってみたかったのはこういうものなんだよっ」


 そして、ドン引きしたジルードの両手をぎゅっと強く握り締める。


(やめてくれ、気色悪いっ。なんでお前に手を握られなきゃならないんだっ)


 だが、その男はジルードが後ずさるのを許さない熱意でその顔をずずいっと寄せてきた。


「これっ、あんたが着るのかっ。そうだよなっ、その鍛えられた体じゃないとこんなのは着れないっ。ちょっと待ってろっ。いい布があるっ」


 そう言うと、バタバタと店の奥へ駆け去っていく。そして持ってきた布地は、

「お前っ、それは敷物で入荷したものだろうがっ」

と、愛想のいい店員が叫ぶものだった。


(敷物・・・。私の服を作るのに、敷物・・・・・・)


 自分はいつからテーブルになったのか。そして自分はいつからテーブルクロスを身につけるようになったのか。

 これでも自分は由緒正しい・・・・・・。

 しかし、不機嫌そうだった男は目が輝いている。


「この美しい白は、それだけに一度汚したら使い道がない。だから使えなかった生地じゃないかっ。だが、・・・ああ、こういう使い方があったのか。ほら、来るんだっ。さあ、これを体に当ててっ」


 はっきり言って、ジルードが口を挟む隙はなかった。返事を待たずに、その男はジルードに布をてきぱきと巻きつけながら、その愛想の良かった店員に対しても、ジルードが持ち込んだ紙を見せながら説明していく。


「こんなにも厚手の生地は、壁や家具を飾るとしか思いつかなかった。だが、こういう体なら、この生地に負けないんだっ。こうして、厚手の生地ならではの特徴を活かせばっ。なっ、そう思うだろうっ」

「だが・・・。この生地はかなり高い。服にするには・・・・・・。どう考えても銀貨八枚はいくぞ」


 たしかに、それはとても美しい光沢のある白い生地だった。織り込まれた模様すら緻密で美しい。

 そこで二人の視線がジルードに向かう。

 諦めの境地でジルードは言った。


「分かった。銀貨八枚。それで作ってくれ」


 ぱああっと、不機嫌そうだった男が一気にその顔を輝かせる。


「任せてくれっ。きっとあんたに似合う服を作ってみせるっ」


 そしてそこで採寸され、簡単な希望を尋ねられたが、ジルードは全て任すことにした。なぜなら面倒臭かったからだ。服なんて着られたらいい。丈夫さがあれば尚良い。洗いやすければ更にいい。乾きやすかったら最高だ。

 そして、疲れきった気分で占い師達の所に戻ると、占い師とレイラは果汁を飲みながらお喋りしていた。ジルードの分もあるらしい。ひょいっと、カップが差し出される。


「ありがとよ」


 ぐいっとそれを呷ったジルードは占い師に、皮肉っぽく言ってみせた。


「銀貨八枚だった」


 しかし占い師はがっかりした様子もなく、右の口角を少し上げてみせた。


「安心しろ。金貨二枚に跳ね上がる。なぜなら、今は包(くる)み布のボタンで作るつもりだからその値段だが、土壇場で真珠を使うだろうからな。あんたが注文した奴は、気に入ったものを作る為なら常識も値段も全てをブッ飛ばす男だ」

「・・・・・・」


 占い師は、美しい光沢のある貝殻の上で光を掲げて佇んでいる女神のカードを見せる。どうやら、それが真珠を表しているらしい。

 なんだか早まったような気がするジルードだった。


(レーイー。元はと言えば、お前が・・・)


 どうして自分が真珠のボタンなどを使わねばならぬのだ。そりゃ、男爵や子爵でも使っている人は使っているが。だが、ああいうのはおしゃれにこだわる貴族や貴婦人が使うものだ。

 ボタンなど適当にあるのを使えばいいだけだろう。


「きれーい。この妖精って何を表してるの?」

「それは風だな。移りゆくもの、つまり変化を示すのさ」


 そんなレイラは、占い師が持っていたカードをめくってはその綺麗な絵を見るのに忙しくて、全く二人の会話を聞いていなかった。






 その日、ロムルスは第二軍のドットス将軍から呼び出されていた。

 ファルードとレイラが帝国軍に身を寄せてから、半年。


「お呼びでしょうか、将軍」

「ああ、来たか。まあ、座ってくれ。ロムルス殿」


 はっきり言って、この第二軍のドットス将軍やその部下達を、ロムルスは嫌っている。勿論、顔には出さないが、いつもにやにやと人を馬鹿にするような笑みを浮かべているのだ。

 自分は第一軍で良かったと思う。

 しかし、今の自分はただの騎士である。彼らに頭を下げねばならぬ立場だ。しかし、それこそが彼らにとっては楽しいのだろう。


「さて、そちらに預けておいたあの従者だがな、何か分かったか?」

「とくには。兄のファルは高い教養と知識があるように見受けられますが、妹の方はそうでもありません。ただ、本当の兄妹ではないのだろうと、それぐらいでしょうか。兄は『塔』の関係者かどうかを探れと命じられておりましたが、のらりくらりとかわされております」


 ハッと、その場に嘲るような笑いが広がった。


「やはり、どれ程の血筋に連なろうとも、さほどではない実もつくということですな。いや、失敬」

「従者として迎えておきながらその程度とは。人を率いるだけの力量がないということでしょうか」

「それでも、此度(こたび)は騎士になられたのだ。精進していただかねば」

「そうですな。その体は立派なものですし、帝国の為、頑張っていただきたいもの」


 ロムルスは黙ってそれを聞いていた。


(自分の方が賢いとか思ってんじゃねえよ。あいつが俺に全てを明かすような、そんなタマか)


 しかし、彼らはにやにやとしている。


「まあ、妹はもう良い。こんなにも時間がたったのだ。後は放り出しても良い。どうせブラッディタワーももういなくなっているだろう。だが、兄の方はこちらに引き渡すように」


 ばっと、ロムルスは顔を上げた。


「何故でございましょうっ。彼が何かしたとっ?」


 すると、哀れむような、愚かな子供をあざ笑うような、そんな表情がロムルスに向けられる。


「既に彼の本名は分かっておる。塔の関係者ではないこともな。・・・せいぜい人質として役立ってもらおう」

「本名っ? まさか、ファルというのは本名ではなかったとっ!?」


 驚いたように見せかけながら、ファルの本名がファルードというのは分かっているロムルスだ。しかし情報を手に入れようと思ったら、賢さを見せない方がいい時もある。

 思った通り、ロムルスを馬鹿にする為に、彼らはせせら笑ってみせる。


「勿論だとも。フェイ・ゲオランド・テルノス。エスリーダ王国の辺境伯の息子だ。従者どころか、彼こそがとんでもなく人に傅(かしず)かれて育った貴族だったということだよ。まあ、貴族の人間でありながらそれも見抜けなかったロムルス殿には分からぬだろうが」

「エスリーダの辺境伯の息子・・・」


 愕然とした様子を装いながら、ロムルスはショックを受けているかのようによろめいてみせた。


「私は、・・・騙されていたのですか」


 悔しそうに、ロムルスは俯きながら呟いた。


「おお、見事にな。情けないことよ、帝国の若き新星でありながら」

「いやいや。彼の方が一枚上手だったということ。どうやら記憶喪失だったようですからな。だが、この地に馴染む為に、拾った娘と家族を演じていたのだから、ちゃっかりしたものだ」

「所詮は、鄙(ひな)びた辺境伯の息子。孤児とも気が合ったのでござろうよ」


 すっと、ロムルスは立ち上がった。


「かしこまりました。すぐにファル、いえ、そのフェイとやらをこちらに連行いたしましょう。また、その妹と言っていた子供はどういたしましょうか?」

「そんなの、そちらで処分すればよかろう」

「たかがどうでもいい子供の始末まで、こちらに任せようとは、どこまで横着な」

「ほんに。まあ、フェイとやらは、明日の朝から惨めな様子でこちらに連れて参れ。手ひどく扱うのだぞ」

「そうとも。我らに感謝させねばならん。ロムルス殿が手荒に扱えば扱う程、親切にした我らに感謝するであろうよ」


 ケラケラと、そんなことを言ってみせる彼らに、ロムルスは静かに頷いた。


「分かりました。それでは明日、彼が惨めな思いになる程に手ひどく扱って連れて参りましょう。それでは失礼いたします」

 

 そう言って出て行ったロムルスだが、・・・彼が去った後、第二軍の面々は呟いた。


「さあ、どう出ますかな」

「逃がしたなら逃がした時のこと。どうせ見張りはつけておる」

「そうとも。その際は、反逆罪に問うてやろう」


 どちらに転んでも問題はない。

 密やかな笑い声は、やがて哄笑へと変わっていった。




 暗い顔をして部屋に戻ったロムルスを、レイラが笑顔で出迎えた。ばきゅーんという、抱きつき攻撃付きである。

 背も伸びてきているレイラは、ちょうど頭がロムルスの腹にくる。思いっきりみぞおちに頭突きをかまされたロムルスは、「うっ」と、呻いた。


「お帰りっ。あのねあのねっ、ロムルスの服もできてきたんだよっ。今日、ファルと一緒に取りに行ってたのっ。着てみて着てみてっ」

「・・・レイ。まずは落ち着け」


 そしてファルードはどこかと思えば、ロムルスの椅子に座って何やら本を読んでいる。その手元にあるのはレイラの持ち物である可愛らしいランプだ。

 どう見ても王侯貴族、もしくは豪商の持ち物ではないかと思えるレイラのランプは小さい割にとても明るい。更に、普通のランプよりも油を使わない。時には炎が消えても明るいままだったりする不思議なランプだ。

 夜、書き物や読み物に耽りたい時にはぴったりで、ロムルスやファルードもよく貸してもらっていた。

 ただ、薔薇やハート模様が描かれていて可愛らしすぎるのが玉に瑕(きず)である。そうでなければ買い取ったものを。


「レイ・・・。お前、頼れる奴はいるか?」


 小さな声で、そうロムルスは呟く。それを聞きとがめ、ファルードがロムルスを鋭く見つめた。


「ふーん。僕の素性がばれたか」

「・・・ああ。明日、お前を連行しろと言われている。ファル、逃げるなら」

「無理だね。張られている筈だ。それに、・・・そうでなくては意味がない」


 ファルードはレイラを手招いた。


「ファル? ロムルス? 何を言ってるの? 連行って、・・・何?」


 レイラがぎゅっと、ロムルスにしがみついたままファルードを見る。


「フェイ・ゲオランド・テルノス。エスリーダ王国の辺境伯の息子。・・・間違いないな?」


 傷ついた瞳で、ロムルスがファルードに鋭く問う。

 いつしか、友だと思っていた。隠したいことがあるなら、それでもかまわないと思っていた。

 だが、どうして・・・。あんな奴らに、先に友の素性を知られなくてはならないのか。

 本当に記憶喪失だったなら仕方ない。だが、ファルードは記憶喪失などではないだろうと、ロムルスは踏んでいた。


「ふーん。フェイの名前から、そこまで、ね。早いと言うべきか、遅いと言うべきか」


 しかし、ファルードは平然としたものだった。レイラの頭がこんがらがる。


(フェイ・・・なんちゃらほいって何? エスリーダ王国がどうしたの?)


 ついでに、この二人の間に流れる、いやーんな空気は何なのか。いつもはお互いにぽんぽん文句を言いつつ、仲が良い癖に。


「どうして、・・・言ってくれなかった」

「君を騙したくなかったからと、言ってもいいかな? ロムルス、僕は君を気に入ってる」

「ならば、どうして・・・っ」


 エスリーダ王国の辺境伯の息子だと分かっていたら、何が何でも先に逃がした。

 騙したくなかったどころか、嘘ばかりではないか。


「ロムルス。僕が君についた嘘は一つだけ。・・・レイラが、僕の本当の妹じゃないってことだけさ」

「・・・いや。それ、最初から分かってたから」


 そんな深刻そうにカミングアウトされても、最初からファルードとレイラは基礎知識や教養が違い過ぎた。これで同じ屋根の下で生まれ育った兄妹だなんて、誰が信じると思うのだろう。


「そうだっけ。あ、僕の名前もちょこっと嘘ついてたかな。悪い、僕、ファルードっていうんだ」

「それも分かってたから」


 気を抜けば、ファルードと呼びかけるレイラだ。そんなこと、最初から分かっている。今更、とってつけたかのように言われても・・・。


(どうしてこいつって、いつもこうふてぶてしいんだろう。見た目は華奢そうな癖に。・・・ああ、やだやだって、・・・そういうことじゃなくてだなっ!)


 そんな二人の表情を交互に見ながら、何だかシリアスになりきれない二人だなぁと、レイラは思った。

 ファルードは椅子から立ち上がり、二人の傍にやってきてレイラの頭を撫でる。


「レイラ。僕は、エスリーダ王国の辺境伯の息子として、人質に使われる。ロムルスは僕を差し出さなくてはならない。・・・だから、君はおうちにお帰り」

「え・・・?」

「ここから放り出されても大丈夫。レイラ、君のこのランプをもらった場所を覚えているね? あそこに行くんだ。そうしたら君の願いは全て叶えてくれる。君を、おうちに連れて帰ってくれる」

「だけど、ファルードは・・・?」


 人質とはどういうことか。大体、ファルードはリベラ神国の人間ではないか。なのにどうして、エスリーダ王国の人間になっているのか。


「僕は、ちょっと別行動、かな。・・・レイラ。このランプとそしてその首飾りは決して手放すんじゃないよ。それはとても貴重なものだ」


 今、レイラの首には、服に隠れているが、可愛らしい首飾りがかかっている。それは、レイラが市場で閑古鳥(かんこどり)を鳴かせていた占い師からもらったものだ。

 ピースは旅から旅をする占い師だったらしく、このリーングを離れる時に、レイラにその首飾りを渡してきた。


――― お前の体から離す時は、奪われた時だけにしとけよ。それを身につけていいのはお前だけだ。


 そう言って。

 だからいつも身につけている。

 ハート形の可愛らしいピンクの宝石が中心についていて、その周囲を変わった模様が縁取り、鎖部分も可愛らしく縦長のハートと薔薇の蕾が所々に連なっているかのようなデザインだ。

 ただ、それを見たファルードとロムルスはげんなりとした顔になり、その首飾りは決して人に見せるなと、そう口を酸(す)っぱくしてレイラに言い聞かせてきた。きっとかなり高価な品なのだろうと思って、レイラは服の下に隠している。

 けれども、見る度に可愛らしくて嬉しくなる首飾りだ。ランプと共に、お気に入りになっている。


「そうなんだ。だけど私、ピースにお金、払ってない」


 服の下から首飾りを取り出し、それを眺めながらレイラはちょっと情けない声になった。

 ロムルスとファルードの瞳が交差する。


「いらないんじゃないか?」

「そうだね。多分、レイラに払ってほしいだなんて思っていらっしゃらないだろう」

「そりゃ私、お金なんてあんまり持ってないけど」

 

 だけどピースは、

「占いの料金でもらったんだが、俺は使わん。お前が使っとけ」

と、そう言ってレイラにくれたのだ。

 金勘定のいろはも知らない、世間知らずな占い師。

 彼はちゃんと占いで稼げるようになっただろうか。一般的な銅貨一枚の金額にしろと、あれ程にレイラがアドバイスしてあげたのに、ピースは全く聞く耳を持たなかった。

 ああいう素直じゃない人間は成長しないって、それは社会人の常識だ。全く困ったものである。


「まあ、レイラは適当に放り出してくれていいから」

「お前は・・・」

「君は君が命じられたまま、僕を突き出せばいい。・・・だけどロムルス。これは貸し、だよ」

「はっ?」


 何を言ってやがると、ロムルスがぽかんと口を開ける。


「いつか君は僕に感謝する。その時は、絶対の協力を誓ってもらうからね」

「お前、・・・頭、大丈夫か?」


 自分が、場合によっては裏切り者とされることも覚悟で逃がしてやろうとしているのに、ファルードは全くそんな気持ちを汲み取らない。

 そればかりか。


「じゃあ、レイラ。今日は一緒に寝よう? 可愛い君を残していくのは心配だけど、僕が行くのは、絶対に君に見せたくない魔物の巣窟だからね」

「ファルード・・・」

「大丈夫。・・・レイラ。いつかまた会おう。僕は君を迎えに行くよ。その時はザイ君じゃなく、僕と結婚してくれる? 君が大好きだよ」


 だが、そこでガッガッガッと、荒い足音が廊下に響き渡る。ガチャッガチャッと、何かがぶつかる音がする。そう、武器がぶつかる音だ。

 びくっとレイラが反応し、ロムルスとファルードもレイラを背に庇って扉へ警戒する視線を向けて、剣をとった。

 やがて何のノックもなく、バーンッと扉が開け放たれる。


「そいつを渡してもらおうかっ」

「・・・いきなり何をっ。エイドル殿っ、何の騒ぎですっ」


 エイドルは第二軍の将軍を父に持つ騎士である。ロムルスより二才ほど年長だった。


「はっ。わざわざ明日の朝まで待つ必要なんてないだろうが。おいっ、こいつを連れていけっ。大事な人質だっ。死なすなよっ」

「「「はいっ」」」


 入ってきた兵士達が、手早くファルードを後ろ手に縛りあげる。


「お待ちくださいっ。エイドル殿、ファルは明日の朝、そちらに連れて行くということになっておりました。お父上にどうぞご確認ください。それをいきなり・・・」

「馬鹿馬鹿しい。何が明日、だ。さ、お前ら、連れて行け」


 武装していた兵士達に、ガクガクと震えていたレイラが、そこでファルードに向かって叫ぶ。


「ファルッ!!」

「・・・さようなら、レイ。僕と家族になってくれてありがとう。君を拾って、家族の真似事をして、そういうのも楽しかったよ」


 けれどもファルードは連れて行かれてしまう。追いかけたくても兵士達が怖くて、レイラは立ちすくんでいた。すると、エイドルがレイラに近寄ってくる。

 先程、服の下から出していた首飾りが、そのまま出しっぱなしになっていたのだ。


「なんだぁ? お前、孤児の割にはいいものを持ってるな。どこぞでかっぱらったのか? それともロムルス殿が買ってくれたのか? たかがブラッディタワーが助けたってだけで、どいつもこいつも、こんなガキを甘やかしやがってよっ」


 そう言って、エイドルはレイラからその首飾りを外して取り上げた。


「返してっ」

「お前には分不相応だ。・・・何だ、こんなランプまで。どこまで手癖が悪いんだ。この盗っ人が」

「盗んでなんかないっ。これはっ、もらったんだもんっ」


 そうだ、それは盗んでなんかいない。

 触らないで。それを触っていいのは私達だけ。

 レイラの視界が、涙で滲む。

 けれどもレイラが伸ばした手は、あっけなくエイドルに叩き落とされた。


「盗んだ奴ってのは、みんなそう言うんだよ」


 そう言って、扉も閉めずにエイドルは出て行った。

 隣の部屋の住人であるジルードや、他の騎士達が恐る恐る扉の所までやってきて、様子を窺っている。エイドルは、父親であるドットス将軍の威光を笠(かさ)に着て、やりたい放題の傾向があった。


「レイ・・・。泣くな」

「だって、ロムルス。ファルが、ファルがぁ・・・」


 泣きじゃくるレイラをロムルスが抱きしめる。


(どうしてこんなことに・・・・・・)


 ああ、ファルード。

 もっとお前と話しておけば良かった。一体、どういうことなんだ。

 あんなにも頭のいいお前が、こんなあっけない、こんなことってあり得るのか。

 そして何より、あの首飾りとランプは、・・・レイラが手放して大丈夫なのか。


「ロムルス殿。今のは一体・・・」


 そんなロムルス達に、ジルードが話しかけようとする。だが、ロムルスとて、何をどう答えればいいのか分からないのだ。


「すまない。これは第二軍が関与している。今、何も報告できることがない。私は謹慎していよう」


 そうしてロムルスは扉を閉める。


「レイ。レイラ、・・・泣くな。お前だけはどうにか逃がしてやる」


 けれどもレイラは、ファルードの名を呼びながら泣くばかりだった。






 暴走したエイドルがファルードを連れて来てしまったことに、第二軍は困惑もしたが、既にファルードは地下牢に入れられた後だった。


「まあ、明日の朝、出してやればいいでしょう」

「ですな。地下牢で嫌な思いをすればする程、救いだした我らに感謝もするでしょうし」


 ただ、エイドルが持ち帰ってきたペンダントとランプ、それは見事なものだった。

 それを黙って部屋に持ち帰ったエイドルだったが、同行していた兵士が、ドットス将軍に報告した為、ばれたのだ。


「これは、・・・このペンダントに使われている石、まさかとは思いますが、『精霊の涙』では?」


 一人が、首飾りをしげしげと見つめて言う。


「まさか。あれは国宝だ」

「だが、この輝き」

「たしか精霊の涙であれば、暗い中でも光る筈」

「ですな。ちょっと暗い中で見てみましょう」


 果たして、灯りのない中で、その石はぽうっとピンク色の淡い光を放つ。

 本物であれば、値段などつけられないものである。だが、帝国で王冠から取り外されて盗まれたりしていたなら、噂になっていない筈がない。


「他国から盗まれたものでしょうか」

「ならば、どうせここにあるとは分からないのです。このまま・・・」


 そして、今度はランプを見れば、それは通常のものよりもはるかに明るく輝く品だった。


「このランプ。・・・もしや、燃料がなくても照らし出すのでは?」

「まさか。だが、ちょっと試してみよう」


 彼らはそれに気づき、大きく目を瞠る。


「こんな物が・・・。それこそ、通常の手段で手に入るものではなかろう」

「そうだとも。もしやこれは、国宝レベルのものではないのか?」

「だとしたら、・・・我が帝国から盗み出されたものであろうか」

「いや、まさか。それなら噂にも・・・」


 そこでエイドルの父親である、ドットス将軍が口を開く。


「王族の場合、帝国では全ての国宝を把握させていた筈。ルネリー姫であれば、これらが帝国の物かどうかぐらい、お分かりになるだろう。早馬を」

「おお、そうですな」

「いいアイディアです、将軍」


 ルネリー姫とは、エイドルが結婚を望んでいる、それこそ王家の血を引く姫君だ。王女が侯爵家に降嫁して産んだ姫君だが、王族としてのスペアということもあり、そういった教育を受けている。

 帝国から国宝が盗まれたかどうかの問題である。すぐに確認にくるだろうと、彼らも判断していた。

 ちょうどルネリーは、他国で縁談話が出ており、顔合わせで出向いていたらしい。

 そのついでにリーングへ立ち寄ると、そう連絡してきた。


「ですが、そちらにはロムルス様がいらっしゃる筈。国宝かどうかの確認はロムルス様で十分行えるのでは?」

という、質問もつけて。

 だが、それについては、

「ロムルス様は、それを行える状態ではございません」

と、彼らは返事したのである。


「ルネリー姫が到着する頃を見計らい、ロムルス殿を地下牢へ案内しておけ。いないとなれば、ルネリー姫も仕方ないと思うだろう」


 ルネリーにしてみれば、ロムルスとは従兄妹同士だ。仲が悪い筈もない。

 しかし、ここでルネリーと自分の息子との仲を結んでおきたい第二軍ドットス将軍は、この際、このランプと首飾りが帝国の国宝でないなら、ルネリーに贈り物とするつもりでもあった。

 どんなに綺麗でも、所詮はランプと首飾りだ。ならば、それを喜ぶ相手に贈って、機嫌を取り結んでおいた方がいい。

 国宝レベルの物を贈られたなら、ルネリーも感激することだろう。そして王家の血を引く姫を、我が血筋に組み込むのだ。

 エイドルもまた、父と同じ気持ちだった。






 それからの数日間、ロムルスは上司に事の次第を報告した後で、自発的に謹慎していた。レイラも今はロムルスの部屋で寝起きしている。


「おはよう、レイラ」

「おはよう、ロムルス」


 けれどもあれから、レイラはずっと元気がない。ファルードに会いたくて、こっそりと第二軍のエリアへ会わせてほしいとお願いに行っては、そのまま追い返されてきている。

 逃がしてやりたいと思いながらも、そんなレイラの様子を見るにつけ、ロムルスはレイラを今は一人にしたくなかった。

 そこへ、更に足音荒く、兵士達がやってくる。


「ロムルス様。牢まで同行願います。こちらにあった首飾りとランプにつきまして、・・・王宮から盗まれたものではないかとの疑いが掛けられております。そこの従者も捕縛しろ、と」


 ロムルスは笑い出したくなった。

 馬鹿か。

 あれは王宮の品などではない。そんなことも分からないとは、だから歴史を持たぬ成り上がり者はお里が知れるというのだ。


(そう、たしかにあれは貴重な宝石だ。各王国に二つずつしか贈られていない程のもの)


 だから国王と王妃の王冠に使われているのが常だ。

 そしてあのランプにしても、特殊な発光システムが組み込まれている。誰に見せても国宝級と言わしめるものだろう。

 だが。

 帝国の全ての国宝を、そして他国の国宝もそれなりに見てきた自分には分かる。

 あれは違う、と。


(愚かな・・・。こんな子供に持たせる時点で、保険を掛けておられぬ筈がなかろうに)


 だが、ロムルスはレイラを抱えて兵士達に向かって歩き出す。

 

「こんな子供に何ができよう筈もない。ずっと牢の中で泣かれていても鬱陶しいだけだろう。同じ牢に案内しろ。疑いが晴れるまで、入っていてやる」

「はっ」


 今は騎士としての身分しか持たなくても、ロムルスは特殊な立場だ。

 兵士達も、ロムルスに縄はかけられない。

 今度は何だと、ジルード達も不安そうな顔で部屋から出てきて、ロムルス達を見ている。

 本来、第二軍が第一軍に口出しできる筈がないのだが、前回はあまりにもファルードが大物である可能性が高すぎ、そして今回は国宝レベルの話だ。

 第二軍は、第一軍に文句など言わさぬとばかりに、堂々と振る舞っていた。それが分かるからだろう。詳しい事情が分からない今、文句を言いたくても、皆の口が開かない。


「ロムルス殿・・・」

「心配しないでくれ、ジルード殿。騒がせてすまない。すぐに疑いは晴れるだろう」


 そうして、ロムルスは牢へと案内されていった。


「大丈夫、レイ。どうせすぐに疑いは晴れる。・・・どの王宮からも、あんな品がなくなった筈がない。それは約束してやる」

「ロムルスぅ」


 地下牢は薄暗くて冷たい。せめてレイラをずっと抱きかかえていてやろうと思いながら、ロムルスは地下へ続く階段へとゆっくり歩いていった。

 腕に抱く子供が、怯えないようにと、その顔を自分の胸に埋めさせながら。






 無理矢理連れてこられ、そして猫の塔でこき使われていた彼は、サボろうと思って屋上へ続く階段を上がっていった。

 屋上に出た時点で、くるりと回れ右しようとする。だが、それは許されなかった。


「人の顔を見るなり、逃げ出そうとはどういうことかな? ん? 鮮血の塔の跡継ぎ殿?」


 その頭をがしっと片手で掴んで引き留めた、狂暴女がいたからだ。


「静謐の塔ですっ。まさか猫の塔が、昼間っから屋上にいるなんて思わないじゃないですかっ」

「私が自分の塔のどこにいようと私の勝手だ」


 夜にばかり動いて日中は寝ている研究馬鹿。そんな猫の塔の女主人はマイペースで傲慢だ。

 

「お前だって見に来たんだろう? まあ、一緒に花見としゃれこもうじゃないか」

「どこに花があるっつーんですか」


 だが、にやにやと猫の塔は笑う。


「それがな。なんと不思議なことに、とある場所で城の一部が粉々に壊れたんだとよ。しかも、ある騎士から求愛されていた姫君が、それを確認した後だったとか。まあ、姫君はぎりぎり出立していて、難を逃れたらしいが」

「へえ。無理心中をしようとして失敗って奴ですか。愛に殉じるだなんて、そりゃロマンチックなことですね」

「そうだなぁ。おかげで姫君の父親は、これは求愛に見せかけた暗殺未遂だと、かなり憤っておられるとか」

「愛の究極は死、ですか。人生経験の浅い私にはとてもとても・・・」


 だが、猫の塔は、そんな彼のはぐらかしなどとっくにお見通しなのだろう。

 

「本当に容赦のないことだ。・・・さすがはブラッディタワーの跡継ぎだけはある」

「やめてください。私は平和と安寧を目指し、穏やかに生きていくと決めております」


 これ以上いても、からかわれ続けるだけだと分かっている彼はその場を去ろうとした。その背に、真面目な声音で、猫の塔の質問が追いかけていく。


「そんなにも許せなかったか?」


 彼は静かに振り返った。その青い瞳が、猫の塔をまっすぐに射抜く。


「当たり前でしょう? あれは彼女の物。それを奪うというのであれば、そいつごと、全てを壊してやりますよ」


 そうして階段を下りていく。

 猫の塔は、屋上に設置されたスクリーンを見上げた。そこには爆破によって建物を構成していた石が破片になり、花火のように大きく広がって飛び散る様子が映し出されている。


(あんなにも幾つもデザインを考えて、色々と試行錯誤して、漸(ようや)く彼女が喜びそうな物を作りあげたってのにな)


 持ちやすさや使い勝手も考え、試作品を作っては自分で試し、そうしてやっと彼女に贈ったというのに。

 人とは欲深なものだ。よりによって、彼女からあれを取り上げるなど。

 だが、これでまたもや塔の悪名が轟いたような気もする。


(まあ、いい。私は私の研究をするだけのこと。人の営みは人に、我らの結果は我らに)


 猫の塔は、晴れ上がった空を見上げた。


「あー。久々に太陽見たら、目が痛いわ・・・」


 塔の住人。

 それは、一般常識を無視して生きる人々の総称でもある。






 人生における何十回目かも分からない見合いを終えて帰国の途についていたルネリーは、変な依頼を受けて、ナリス王国のリーング地方に立ち寄っていた。


「ようこそおいでくださいました、ルネリー様」

「ロムルスお兄様は、どうなさったのかしら? 私を呼びつけなくても、お兄様がいらしたなら、国宝ぐらいの目利きは十分おできになられてよ」


 しかし、そこでルネリーを出迎えたドットス将軍が声を潜めて囁く。


「ロムルス殿は、その国宝を盗んだ疑いが掛けられております。というのも、その国宝をロムルス殿が所有していたとおっしゃるものですから」

「お兄様が?」


 まさかと、ルネリーはその柳眉をきっと上げてみせる。


「あり得ませんわ。ですが、案内してください。まずはそれを見てみましょう」


 案内された部屋で、出された紅茶にも口をつけず、ルネリーはそのペンダントとランプを手に取る。

 確認の為に一人にしろと言い、全ての人間を追い出してから、ルネリーは自分達が知るやり方で真贋を確認した。

 それから、扉の外にいるドットス将軍以下を招き入れる。


「たしかにこれは、精霊の涙。ですが、帝国の国宝ではありません」

「おお。やはり精霊の涙でしたか」


 自分達の見る目は正しかったのだと、皆がざわめく。しかし、ルネリーの表情は冴えなかった。


「この首飾りとランプは、同じモチーフで作られたものでしょう。どこから持ち出してきたのです? 所有者はどなたですか? これをロムルスお兄様が盗んだなどとはとんでもないこと。すぐさま、お兄様に会わせてください」


 そこで、コホンと、ドットス将軍が咳払いをする。


「いえ。ロムルス殿を本気で疑っていたわけではございません。ただ、これは価値も知らない者が市場で売っていたものでございまして、我が息子が買い取ったものでございます。しかし、これを見て、ロムルス殿が、このランプと首飾りは貴重なもので、自分の物だとおっしゃったのですよ。ですが、これは紛れもなく我が息子が買い取ったものでございます」

「売られていた・・・? これが?」


 ルネリーは、困惑した顔になる。

 そこでエイドルが進み出る。


「ええ。さようでございます。ルネリー姫。これが紛れもなく国宝級の物だと言うのであれば、どうぞお受け取りくださいませ。あなた様のように美しい姫君に使っていただけるなら、この精霊の涙も喜んであなた様の首を飾ることでしょう」


 しかし、ルネリーは首を横に振った。


「愚かなこと。ロムルスお兄様とて、これを自分の物だとおっしゃる筈がない。いいえ、・・・この真贋(しんがん)を見極められる王族、そして貴族は誰一人として、身につけることはしないわ」


 そうしてルネリーは、侍女達に合図し、部屋を出て行こうとする。


「行くわ。これ以上、私達がこの場に留まる価値はありません。本来の所有者を捜し、それをお返しすることね。そんなふざけた首飾り、つけようと思う人はいないわ」


 その言葉に、一応は貴族であるドットス将軍が鼻白んだ。


「そ、それはどういうことでしょう」


 馬鹿にしたように、ルネリーは言い捨てる。


「その首飾りの精霊の涙の縁取りは、古代語になっているのよ。たしかに美しいデザインね。けれどもそれが読める、つまり古代語を理解する人間は、絶対に身につけない」


 つまり、お前らは古代語も読めないのかと、年若い姫に彼らは馬鹿にされたのである。


「お、お待ちください。何と、何と書かれているのですかっ。どんな言葉がっ」


 追いすがるように、エイドルが部屋から出て行ったルネリーに問いかける。

 廊下を歩きながら、吐き捨てるようにルネリーは言った。


「『子ザル』よ」


 そうしてルネリーは見送りも断って馬車に乗るや否や、護衛の兵士達を急かせる。


「エルネス隊長っ。早くこの場を立ち去りなさいっ。命が惜しければっ」

「ははっ」


 あんな国宝など、ある筈がない。

 精霊の涙は、国宝レベルの宝石だ。だからこそ、どの国も最高級の職人に命じて王冠や首飾りにさせている。

 だからこそ・・・。


(あんなふざけた意匠で首飾りだなんて作れるのは、「塔」の人間だけ)


 冗談ではない。

 ロムルスがあの古代語に気づかない筈がない。

 そして本来の所有者に返そうとしない筈がないのだ。


(あんなくだらない嘘などで・・・っ)


 どこの塔かは知らないが、わざわざあんなにも可愛らしく作った首飾りとランプだ。贈られた相手は女性だろう。恐らく少女なのだろうが。

 恋人にしてはちょっと変だから、娘か姪か、どちらにしても特別な女の子に贈られたに違いない。

 それをどんな手段にせよ、取り上げたとなっては・・・。


(塔は、絶対に自分達への不敬を許さない)


 今の自分にできることは、すぐさまここを離れることだ。ルネリーは自分を過信しない。そしてあれ程ロムルスを呼ぶように言っても出してこなかった以上、あの場に従兄はいないと判断していた。




 そんなルネリーが慌ただしく立ち去った後、ドットス将軍とエイドル達は、茫然としていた。


「古代語・・・。まさか、そんな・・・」


 エイドルが、がくっと膝をつく。あまりにも可愛らしいデザインだったから、そのままでいいと思っていたのだ。だが、まさか石を縁取るそれが、そんな意味だと、誰が思ったことだろう。


「この石さえ外して、それから細工させておけば・・・っ!」


 そうすれば、ルネリーの前であんな大恥をかくこともなかった。

 価値があるのは、ピンク色に輝く精霊の涙なのだから、それさえ外して、ちゃんと細工師に新しいデザインで作らせれば良かったのだ。

 そうすれば、ルネリーも感激して受け取ってくれたことだろう。


「くそっ」


 エイドルは、力任せにその石を嵌めこんでいた縁取りをたわめると、精霊の涙を取り外そうとした。

 そうして、台から精霊の涙が外れると。


 カチャッ。


 そんな音が小さく響く。

 だが、それには誰も気づかなかった。

 そして。


 ゴオオオオオオオオオオオオンッ

 ドオオオオオオオオオッカーーーーンッ

 ガッシャーーーーンッ


 凄まじい音が響き渡る。

 だが、その音を既に第二軍の主だった人々が聞くことはなかった。


 ドットス将軍とエイドル達は、その精霊の涙及び彼らがいた室内ごと、粉々になって爆破された。

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