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12 薔薇と子ザル

アルファ(ライジード):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。

ベータ(レスター):学者。

ガンマ(ザイファス):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。盗賊。

デルタ(ファルード):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。リベラ女神の神官。ナリス王国の地方都市リーング出身。父(既に死亡)、母、姉ミレニア(夫はユネイト)、姉ディレーテ、妹リデル。

 現在はルーセット神殿神官長イディラート・フェニンセンと養子縁組している。

イプシロン(ロムルス):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の一軍に属している。


松岡美冴:黒髪に茶色の瞳。ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳の姿を与えられ、ロキスとミザリーの娘レイラとして生を受ける。マイオスに拾われ、リリエルと名づけられる。


チェンジン国・リミダ村

 マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。がっしりとした大柄な男。

 エイリーン:金髪に赤茶色の瞳。

 リリエル(レイラ):薄い水色の髪と青い瞳。

 ザイ:濃い緑の髪に灰色の瞳。

 ローリー:ザイの弟。

 クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。


チェンジン国 ピルッポの街

 シアラ:水色の髪。水色の目。

 ミハス:オードン騎士隊長の家令だった男。


リベラ神国・ルーセット神殿

 イディラート:ルーセット神殿神官長。腰までのばした焦げ茶色の巻き毛に緑の瞳。

 ソール:イディラートの傍にいる中級神官。若いが苦労人。30代。


ナリス王国リーング地方。アームル帝国軍が駐留している。

 ロムルス:青い髪に灰色の瞳。

 ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。

 エイドル:第二軍の将軍を父に持つ騎士。ロムルスよりも少し年上。

 ドットス:第二軍将軍。エイドルの父。

 ルネリー姫:ロムルスとは従兄妹同士。王女が侯爵家に降嫁して産んだ姫君。

 ぎりぎりまでリベラ神国を通るルートを選択してくれていたのは、ファルードのレイラに対する心づかいでもあった。

 だが、今日の宿を最後に、明日はナリス王国に入ると、ファルードは言う。


(いつもそれなりにいい宿で泊まってくれたのよね、ファルードったら)


 たまに他の神殿に所属しているらしい神官を見かけたが、もっと安そうな宿に泊まっている人も多かった。だから贅沢せずに、自分達もそういう宿に泊まろうと言ってみたが、ファルードに、

「それはね、安全の値段って考えた方がいいんだよ、レイラ。君は可愛いから、誰だって連れ去りたくなっちゃうだろう? そういう奴らを避ける為さ。分かったら、知らない人には絶対についていかない。連れて行かれそうになったら大声をあげて、その男の急所なり向こう脛を蹴るなりして、まずは逃げるんだ。いいね?」

と、言われてしまった。


(か、可愛い? やっぱり私、可愛い?)


 だけど今の自分はザイの姿だ。

 リリエルの時は色合いだけを変えて、顔立ちは自分のままだったのだが、これはどう考えるべきだろう。

 その辺りを判断しかねてちょっと考えていたレイラだが、ファルードに、

「どうしたの? 大丈夫、そんなに怖がらなくても、ちゃんと僕がついてる。だから、お外でフードはあまり外さないでね」

と、頭を撫でられてしまった。


「ねえ、ファルード」

「なんだい?」

「私ね、リミダ村に戻ったら、ファルードがザイに向かって、『可愛いなぁ、お前』って言って、撫で撫でしてるの、見てみたいなぁ」

「・・・・・・。心の底から遠慮するよ。ごめんね、レイラ」


 ザイもファルードも違うタイプの美少年なので、かなり絵になると思ったのだが、肝心のファルードから、あっさり断られてしまった。だけど、ザイに頼んだら、ファルードを撫で撫でしてくれるだろうか。

 なんとなく、見たくなったのだ。

 二人がまさに気のおけない親友同士って感じで仲良くしているのを。


(やっぱり無理かなぁ。だけど私がお願いしたらザイ、やってくれるかも・・・?)


 レイラはそんなことを思う。

 そういうくだらないことを考えてしまうのも、明日からナリス王国入りすることもあり、ファルードがせっせと様々なものを服や靴に縫いこんでいるからだ。つまり、あまり相手をしてくれなくて暇なのである。だが、戦になった場所というのは荒れていることが多いから、多くの荷物を持っていると危険だったりするそうだ。


「レイラ。君はやっぱりこの国にいた方がいいと思うんだけど」

「絶対やだっ。置いていかれたら一人で追いかけるからねっ。そうしたらか弱い私が一人でうろついてるってんで、悪い人にひどい目に遭わされちゃうんだからねっ」

「・・・・・・レイラ。君って子は」


 やれやれと溜め息をつくファルードにとって、レイラはお荷物なのだろう。

 そんなこと、分かってる。

 それでも二人であれば助け合えることはあるに違いない。だから自分はどんなに嫌がられようともついていくのだ。

 そうレイラは拳を握りしめた。


「レイラ。これからはご飯だって貧しくなるし、お風呂だって入れるとは限らないし、着替えだって不自由することになるんだよ?」

「うん、ごめんね。臭くなっちゃうかも」

「いや、そういう問題じゃなくて」


 だが、レイラはファルードが言いたい意味を理解しないですませるのだ。

 わざわざ言われなくても、そんなこと分かってる。だけど、どうしてファルードを一人、そんな危ない場所に行かせられるだろう。

 だから自分は何も分からない子供の特権でついていくのだ。

 これがザイ相手なら通じないが、ファルードなら大丈夫だと分かっている。


「自慢じゃないけど、私、一人でいたらどこかに攫われちゃう自信はたっぷりあるんだからねっ。そうしたらおうちにも帰れなくなっちゃうっ。ファルードは何があっても私といるのっ」


 おねだりの切り札が、自分自身の安全というのが情けないが、これは子供の特権だ。意地でも乗りきってやると、レイラは割り切っていた。自分の精神年齢には蓋をするのだ。考えてはいけない。


「・・・知らないからね」

「うんっ」


 根負けしたファルードは、万が一の為にと、レイラの服や靴にもお金を縫い込み、そしていざとなったらナリス王国内にあるリベラ女神の神殿を目指すのだと言って、そこでどうすれば保護してくれるかを教え込んできた。


(頑張ろう。・・・だって私はもうファルードに会ってる。きっと他の人達にも会う筈だから。いずれ私は、選ばなくてはならない)


 自分の結婚相手候補。

 どうしてそんなものを決められて、そこから選ばなくてはならないのかも分からない。

 だけどきっと、彼ら以外を自分は愛せない。そんな気がしている。


(私の、この感情も決められているものなのかな。だって普通、この人達を好きになれって言われて好きになれるもんじゃないよね。・・・だけど、どうしてそう決められてるんだろう?)


 選んだらどうなるのか。選ばなかったらどうなるのか。

 自分は一人だけを選ぶのか、それとも複数か。


(分からない。全てが・・・)


 けれども今は傍にファルードがいる。


「ねえ、ファルードさん」

「何ですか、レイラさん」

「私、ファルードさんが大好きです」

「僕も、レイラさんが大好きですよ」


 だから、二人でふふっと笑い合おう。


「おいで、レイラ。抱っこしてあげる」

「うんっ」


 どうやら作業もひと段落したらしい。

 とすんっと、ファルードの膝に乗っかれば、体をゆらゆらと揺らしながらファルードが抱っこしてくれる。目を閉じれば、それだけで安心できる。

 だから、小さく言葉が漏れた。


「ずっと、こうしていたかった」

「・・・そうだね」


 ああ。なのにどうして・・・。

 この夢が、永遠に覚めなければいい。






『ザイへ。

 お元気ですか? 私は食べ過ぎでお腹が苦しいです。

 これからナリス王国に入ります。だからお手紙があまり書けません。ファルードは真面目で、宿屋に入ったら、寝る前に色々と教えてくれていたのですが、お手紙も文字の練習にいいよと言われて、かなりザイにお手紙をだしていたのです。全部が届いているのかは分からないですけど。

 だけど、明日からは神殿の特別便も外国だとなかなか使えなくなるそうです。だから、私のお手紙が届かなくても心配しないでください。

 ナリス王国にもリベラ女神の神殿は幾つかあるそうなので、出せるようなら出します。だけど期待しないでくださいね。

 昨日、川でカワセミを見ました。パパの青い瞳とザイの緑の髪を思い出しました。

 ファルードは私をこのリベラ神国内の神殿に置いてけぼりにする気だったみたいだけど、「置いていったら一人で後を追いかけるからねっ」と、脅したら連れていってくれると言いました。

 私も一人で追いかけるのは怖かったので良かったです。だけど、どうして男の子って危ない場所に一人で行こうとするのか、そこが不思議で仕方がありません。

 一人じゃ危ないってことが分かってないのよねって、そう思いました。

 ザイも危ないことをしていないですか? パパは無茶しないから安心なんだけど、ザイは今一つ、信用できないです。

 あ、そうだ。それで思い出しました。そういえばザイって私のお腹を殴って、私達だけルーセット神殿に行かせたのでした。あれだってひどいと思います。私は、ザイを置いていきたくなかったのに。

 帰ったら絶対にザイを怒ろうと思います。覚悟しておいてください。それではまた』




 リリエルの手紙は、到着するのもまばらだ。というのも、神殿とて特急便なら早馬だが、あくまで通信手段である。目的地に向かう便があれば預けるという仕組みなわけで、到着に数日かかる時もあれば、数週間以上かかることもある。


「日付ぐらい書いとけ、リリエル」


 そんなことを呟きながら、ザイはその手紙を読み終えるとマイオスにまで届けに行く。


「これからナリス王国か。いや、もうとっくに入ってるんだろうが」

「マイオスさん。だけどもう、後はリリエルの悪運に賭けるしかないよ。後はそのファルードって奴の面倒見のよさに」

「だなぁ。・・・あのバカ娘が。戻ってきたらこっぴどく怒ってやらにゃあ」

「だねぇ」


 そうのんびりと語ってみせても、それは虚勢だ。不安にならないわけがない。


(リリエル。戻ってきたら、二度と家から出さないからな)


 既に心配が過ぎて、怒りが頂点に達しているザイだった。






 攻め込まれたといっても、ほとんど戦にならなかったらしい。

 ナリス王国のリーング地方は、無条件降伏した様子だった。


「だけど、兵士さんが多いね」

「そうだね。だけどレイ。あまり大きな声は出しちゃ駄目。女の子なんて、どんな目に遭わされるか分からない」

「うん」


 わざと茶色いマントもぼろぼろ状態に見せかけて、二人は歩いていく。安全というよりは、あまり人が通らない道を辿るルートをファルードは選んでいたらしく、何事もなくファルードの家は見つかった。

 その家にファルードの母は暮らしていたが、・・・それだけではなかった。


「ファルードッ」

「母さんっ」


 ちょうど家から出てきた女性は、ファルードの母親だったらしい。髪の色が違っても、息子だからすぐ分かったのだろう。

 持っていた布を落としたことにも気づかず、駆け寄ってくる。


「ああ、どんなに心配したことか・・・っ」

「母さん」

「おかげでねっ、リデルの病気は治ったんだよ。ファルードがっ、あのお金を置いていってくれたからっ」

「うん・・・」

「なんでっ、なんで自分を売るようなこと・・・っ、ああっ、神様っ」


 抱き合う母と息子に、レイラももらい泣きしてしまう有り様だ。


(そうか。ファルードってば、妹さんの病気を助ける為に、・・・その為に自分を売ったんだ)


 それがどうして神殿にいたのかは分からないが、多分、ファルードはそういう苦労した話を自分にはしないだろうと、それが何となく分かる。

 自分の辛い話は、子供であるレイラには絶対にしない。そういう優しい人だと分かっていた。

 再会の邪魔をしないようにと、そっと距離を置いて違う方向に視線を流しながら、それでもぐしゅぐしゅと泣いてしまうのは仕方ない。


「今までどうしていたんだい? その子供さんは?」

「えーっと、弟分みたいなもので」


 話が自分に振られた以上、もういいのだろうか。

 そう思い、だから、そっとファルードの手をレイラは握った。


「良かったね。良かったよぉ、ファルード」

「・・・・・・君が泣いてどうするの、レイ」

「だぁってぇ」


 つい、鼻水まで出てきたのをファルードに拭いてもらっている時点で、何だか違うような気がしてくるが、だけどファルードが泣くのを堪えるなら自分が泣くのだ。誰だって子供の時に、病気の妹を救う為とはいえ、自分を売るだなんてとても怖かった筈だ。

 それを見て、母親も気づいたらしい。


「あらまぁ。男の子じゃなくて女の子じゃないの。声を聞かなきゃ分からなかったけど、・・・だけど、その方がいいんだろうね」


 そこで、ファルードの母は二人を家に招き入れる。

 ちょうど案内された家の中は、特に荒らされた様子もなかった。


「やっぱり、・・・帝国軍が?」

「そうなの。顔のいい女の子なんて片っ端から被害に遭ってるからね。ここらはまだ離れてるからなかなかやってこないけど、街なんて・・・。そういえば、街を通ってきたの?」

「ううん。裏道を使って」

「それがいいよ。ファルード、今、どうしてるの? もし、逃げ出してきたってんなら、ちゃんと匿ってあげるからねっ。お前にあんな辛い決断をさせてしまって」


 そう言って泣き出した母の肩を、ファルードはそっと手を置いて否定した。


「そんなことない。今はとても良い生活をさせてもらってるよ。というか、しっかり戸籍ももらっちゃったしね。それより、父さんと姉さん達は?」

「お父さんは、・・・亡くなったよ。リデルが助かった後、ある日、街で暴走した馬に蹴られてしまってね」


 そんなファルードの言葉に、母は疑うような目になったが、ファルードの指先や肌を見て、栄養状態も良さそうだし、嘘じゃないと判断したらしい。

 少し落ち着いた様子で話し出す。


「えっ!? じゃあ、今って・・・」

「だから今は、ミレニア夫婦とリデルと一緒に暮らしてるんだよ。ディレーテは嫁いだからね」

「・・・そうなんだ。姉さん達、結婚したんだね」

「ああ。今日はユネイトんちにリデルを連れて、三人で出かけてるのさ。ああ、ユネイトっていうのは、ミレニアの旦那さんの名前なんだけどね。そのユネイトの弟さんとリデルも気が合うようでね。・・・このまま兄弟、姉妹で結婚するんじゃないかって言ってるのさ。まあ、リデルもまだ子供だから、あちらもまだ先の事と思ってるらしいけど」


 だが、それはファルードの母親にとっても歓迎できる組み合わせらしい。


「そうなんだ。そのユネイトさんも、いい人なんだね」

「そうなんだよ。ミレニアとも仲良くやっててね。一緒にうちで住んでくれて、助かってるよ。お父さんが亡くなった時はどうしようと途方に暮れたけど、そんな時に、ミレニアにプロポーズしてくれてね」

「へえ。・・・もしかして、こっそりミレニア姉さんと付き合ってたのかな?」

「みたいだね。そうしたらディレーテも、新婚夫婦の邪魔は出来ないからとか言って、恋人と結婚してしまったのさ。ディレーテも幸せに暮らしてるよ。だが・・・」


 そこで口調が少し暗くなる。


「何かあったの?」

「いや、帝国軍がどうなるか、だね。今日、ユネイトの家に行っているのも、そっちの方が山奥にあって安全だろうってのもあるからだよ。リデルも顔立ちのいい子だし、ミレニアも綺麗な子だからね」


 それは誰でも分かると、レイラは思った。

 そういうファルードの母親もかなりの美人だったからだ。熟女の魅力というのだろうか、はっきり言って、まだまだいけるという奴である。

 ファルードは母親似だと、本気で実感したレイラだった。


「だけど、母さん。母さんも危ないんじゃ・・・」


 同じことを考えたらしい。ファルードが心配そうに呟く。


「まあ、街はともかく、こちらはかなり離れてるから、そうそうやってこないしね。それにもうすぐ街の方も落ち着くだろうし、・・・いざとなったらディレーテの家にもおいでと言われてるから大丈夫。実際、この辺りは落ち着いたもんだろう?」

「まあ、そうだけど」

「それに、今日は何もなかったから普通の格好をしていたけど、何かあったら黒服を着るから大丈夫だよ。心配いらない、ファルード」

「ならいいけど」


 黒服とは何だろうと思ったレイラの表情に気づいたらしい。

 ファルードは、この辺りでは、寡婦用の全身を覆う喪服があるんだよと、教えてきた。黒い布でマントのように全身を覆い、更に黒の頭巾もかぶるらしい。あまりの真っ黒なそれは、見ていて陰鬱な気分になるらしく、それを着ていたら、まず襲われることはないのだとか。


「あのさ、母さん。今、僕は奴隷商人の所から更に攫われちゃってさ、それでひょんなことから外国の偉い人の養子になっちゃったんだけど・・・。攫われたからそれは奴隷商人の責任であって、そっちはどうでもいいんだけど、もしも僕がよそで良い生活しているのが分かったら、面倒なことを言われかねないんだよね。たとえば身代金を払えとか」

「・・・えっ」

「いや、言われたところで応じなくていいから。どこに訴えられても、こちらに非は全くない。それに時効も成立しているからいいんだけど、母さん達が言いくるめられたらまずいから、先に言うよ。何を言われても応じなくていいから。それどころか、ちゃんと正式に訴えると言っても大丈夫。・・・あの時の僕には分からなかったけど、子供だった僕には自分を売買する権利はなかったらしいし」

「・・・よく分からないけど、大丈夫なのかい?」

「うん。・・・あのね、母さん。このベルト、こっそり持ってて」


 そう言って、ファルードは自分が身につけていたベルトを外して母親の腰につけた。それとは別に、持っていたお金の入った小袋を母親の手に押しつける。


「その中には、金粒が縫い込んであるから、いざという時にはお金に換えて? 金粒には刻印が入っているけど、それを持ってリベラ女神を祀る神殿に持って行けば、その国の通貨に交換してくれる」

「えっ!?」

「・・・もう姉さん達は結婚しちゃったなら、このお金でリデルの花嫁衣装を作ってあげてよ。それから、その縫い込んであるのは、一粒でもそれなりのお金になるからさ。いつか渡せる時がきたら渡そうって、貯めてたんだ」

「ファルード・・・」


 ファルードは母親を抱きしめた。


「僕のことは言わないで。母さん達が幸せに暮らせているならそれでいいんだ。そのベルトはこっそりと隠し持っておいて? 人ってのは、お金があると思ったらひどいことも考えるようになっちゃうからね」


 そうして、ファルードは身を離す。


「父さんのお墓に案内してくれる?」

「ああ。・・・だけど、ファルード」

「いいんだ。・・・僕を引き取ってくださった方に、ご迷惑をおかけするわけにいかないからね。だから・・・」


 そんなものだろうかと、レイラは思う。

 どうしてここで、お姉さんや妹さんにファルードは会っていこうとしないのだろう。だって、その居場所は母親に訊けば分かることだろうに。

 それに、・・・イディラートに迷惑など何がかかるというのか。

 けれども自分が口を出せる話ではないから、黙って一緒にてくてくとついていくしかない。

 案内されたお墓には、シンプルな石碑が建っていた。


「父さん・・・」


 その石碑を撫でるように、ファルードがその指を這わせる。その肩を、母親が抱いている。

 それを少し離れたところで、レイラは見ていた。


(ねえ、ファルード。どうして自分がいなかったかのように痕跡を消しているの? この辺りは特に帝国軍の兵士達だっていなかったのに、ファルード、マントを深くかぶったままだったよね? それにどうして、今、リベラ神国にいることをお母さんに言わないの?)


 ファルードは、そのお墓の前で静かに祈っているようだった。

 やがて立ち上がり、一緒に元の家に戻ると、ファルードはそこで母親の額にキスをする。


「さようなら、母さん」

「ファルード。お前、今、一体どこで何をしてるんだい? だってわざわざ、・・・こんなにも大金だなんて」


 渡されたベルトを、母親が指し示す。何より、さっき渡された小袋の中にも金貨や銀貨が入っていた。


「今までずっと貯めてたお金だからね。・・・だけど、お金ってのはあると分かったらとんでもないことになるからさ。どこかに隠しておいて、そして必要な時だけこっそりと少しずつ使うといいよ」

「ファルードッ」

「・・・ごめんね、母さん。元気で」


 そう言って身を離し、「行こう、レイ」と、手を差し出すファルードには、何かの決意があって、それ以上、何を言えるものでもなかった。

 だからレイラもその手を握って一緒に歩き出す。


「ファルード・・・。あ、元気で・・・」

「うん。母さんもね」


 戸口で泣き崩れる母親に切なさそうな瞳を向け、それでもファルードはその家を立ち去る。少し歩いたところで、レイラは尋ねた。


「ねえ、ファルード。どうして・・・」


 困ったような顔になって、ファルードはレイラに笑いかけた。


「あれで神官長様はとても偉い人なんだよ、レイ。しかもまだ結婚しておられない。そして唯一の家族は養子にとった僕だけってことになってる。・・・僕との養子縁組を解消してくださっていたなら、もしくはあの方に実のお子様がいらっしゃるなら、それで良かったんだけど・・・。そうじゃないならご迷惑をおかけするわけにはいかない」

「迷惑・・・?」


 何が迷惑だというのだろう。


「もしも姉さん達が結婚していなくて恋人もいないなら、このままリベラ神国に移住してもらうことも考えていたんだ。だけど幸せに暮らしているっていうなら・・・、僕という家族がいることは知られない方がいいんだよ。だって、・・・うちの家族を人質にするってことも考えられるだろう?」

「え・・・?」

「だから、・・・もう僕はいなかったってことにした方がいいんだ」


 あの若さでルーセット神殿の神官長を務めているイディラートは、大神官間違いなしとも言われていた特別な存在だ。

 今だってその可能性は残っている。

 リベラ神国の頂点に立つ大神官。義理とはいえ、その一人息子に、他国に家族がいるとバレたなら、・・・それを利用しようとナリス王国が考えないと言えるだろうか。リベラ神国内では、正直、ファルードなど、どこぞの馬の骨扱いだったからどうでもいいとされていたが、国外の人間はそうは思わないだろう。

 その時、人質として役立たずだと気づかれてしまえば、そのまま殺される。

 だからもう、自分のことは忘れてもらった方がいい。

 リベラ神国の神殿内に、他国出身の神官はまずいないのだから。リベラ神国内からその情報が漏れることは考えなくていい。


「だけど、ファルード・・・」

「いいんだ。姉さん達はもう遅かったけど、妹はきちんと婚礼衣装を着せて送り出してやれるだろうし」


 あのまま死ぬのではないかと思っていた妹。

 だけど、母も元気そうだった。ちゃんと今は食べる物もあり、特に略奪もされなかったのだろう。

 ならばいい。

 考えてみれば姉達も美人姉妹で有名だった。旦那さんともうまくいっているのだろう。

 妻の母や妹と同居してくれる旦那さんなら、ユネイトという男性もいい人に違いない。ましてやリデルがその弟と恋仲だというのなら、ちゃんと大事にしてもらえている。


(リデル。お前が助かってくれて良かった)


 あれだけのひどい病を乗り越えたのだ。きっと幸せになれる。

 思い出の中のあの子はまだ小さいけれど、きっと可愛い少女に育ったことだろう。

 いつか綺麗な花嫁衣装を着て、誰よりも綺麗な・・・・・・・・・。


「あ。駄目だ。何だか許したくなくなってきた・・・」

「何がっ!?」


 いきなりそこで目が据わり始めたファルードに、レイラがちょっと身を引く。

 しばし考えながら、そしてファルードは大きな大きな溜め息をついた。


「なんか駄目かも。ねえ、レイ。君だけはお嫁に行かないでね」

「何でっ!?」


 だけど自分にもたれるかのような感じで抱きしめてきたファルードが可愛かったので、何となくレイラもその背中に必死で手を伸ばしてポンポンと叩いてあげる。


「ねえ、レイ。やっぱりザイ君のこと、好きだよね?」

「うん」


 大きく大きく、はあぁっと息を吐き出すファルードだ。


「こうやって女の子なんてさっさと好きな男の子を見つけて出て行っちゃうんだなぁ」

「・・・・・・だけど私、ファルードも好きだよ?」

「僕もだよ、レイ」


 それでも何だかファルードがとても落ち込んだ様子だったので、その日は、行きにも泊まった宿屋ではなるべく引っ付いてあげていたレイラだった。

 田舎の宿はシンプルな素泊まり仕様だ。浴室はついてなくて、盥に汲んだ水で布を浸し、体を拭く程度。

 道端で買った野菜、そして店で売られていたハムやパンとで、適当に夕食をすませる。


「ねえ、ファルード。だけど、また会いに行ってあげたら喜ぶよ。お姉さんだって妹さんだって」

「そうだね」


 けれども母に渡したあのベルトの中身だけで、かなりの金額になる。見た目は大した価値もないベルトだから分かりにくいし、持ち出しやすいだろう。


(これ以上、イディラート様にご迷惑はかけられない)


 大神殿にいた頃、イディラートに良い縁談も幾つかあったと聞く。だが、ファルードとの養子縁組解消が、その結婚に対する条件だったとか。

 だがファルードは、イディラートが縁談を断っている場面を目撃してしまったことがある。

 そう、廊下を曲がろうとしたら、そこにイディラートと立ち話をしている上級神官がいたのだ。深刻そうな顔つきだと思い、すぐに壁の陰に隠れた。


――― すみませんが、私はファルードを手放す気がないのです。可愛い男の子にしか興味がないので。


 自分の耳が、聞いたことを理解拒否した瞬間でもあった。

 自分の美人な娘とやらを勧めていたらしい偉そうな神官は、呆気にとられたように黙りこみ、そしてくるっと踵を返し、その広間の窓側廊下へと、ドスドスという音を立てて去って行った。

 まさかそのまま立ち去るわけにもいかず、姿を現すしかなかったファルードだ。


――― イディラート様。

――― おや、いたのか、ファルード。おかげで助かってるよ。

――― はあ?

――― ほとんどの縁談をこれで断り終えた。

――― ・・・・・・・・・。


 あれ以来、ファルードはイディラートのことを今一つ信用できなくなっている。何故なら、イディラートはよく変装してファルードを様々な所へと連れ出していたが、しっかりその先で綺麗な女性とひとときの愛を語っていたりもしたからだ。


――― どうしてイディラート様は、ひとときの愛で終わらせておしまいになるのですか?

――― 永遠の愛を誓う気はあるのだが、相手がその気になってくれぬ。やはり、その日暮らしの男とは家庭を持ちたくないのだな。

――― 正直に神官だとおっしゃればいいのに。

――― 何も持たない、貧乏な我でも愛してると言ってくれる娘が好みなのだ。


 そう言われてしまえば、そんなものかと思わないでもない。

 けれども本当は、イディラートは最初から恋人を作る気はないのではないかと、そんな気もしていた。何故なら、変装して出向いた先でイディラートが愛を語るのは、どこか心が傷ついているような女性が多かったからだ。

 彼女らはイディラートとのひとときの愛に心を癒し、そして前を向く力をもらっているのではないかと、そんな気もしていた。


(だから、あの人だけはどーしょーもないと思っても、やっぱり凄い人だって思っちゃうんだよな)


 たとえ縁談を断る理由に、ファルードに対するお稚児さん趣味を堂々と挙げる人でも。勿論、それは真実ではない。

 たとえ自分を養子にした理由が、

「妻がいない状態で子供を育てていると、大神殿の夜の祈り当番を断る理由になるのだ」

であったとしても。

 本当の理由なんてどうでもいい。自分は彼に返しきれない恩がある。

 だけど・・・。

 もし、イディラートのような包容力が自分にもあれば、レルネーゼを救ってあげることもできたのだろうか。

 そんなことを考えていたファルードに、レイラが寄ってきて、にこっと笑う。


「あのね。知ってる、ファルード?」

「何を?」

「お兄ちゃんはね、妹にとって最初のナイトなんだよ。いつだって困ってる時には助けてくれる人なの。だから、・・・いつか会いに行ってあげて」


 勝手に膝に乗って抱きついてくるレイラだ。けれどその言葉に、ファルードは胸を打たれたような気がした。


「うん。・・・そうだね、レイラ」

「そうだよ。お兄ちゃんはね、おっきくなったら意地悪になるけど、だけど小っちゃい時は・・・」


 喋りながら、何を思い出したのだろうか。レイラが少し涙声になる。


「小っちゃい時は・・・」

「うん。そうだね」


 だが、レイラは一人っ子ではなかっただろうか。

 それとも幼い時に亡くなった兄がいたのだろうか。

 そんなことを思いながらも、レイラの背中と頭をファルードは撫でた。


「そうだね。きっとまた、会いに行くよ。約束する、レイラ」

「うん・・・」


 自分の胸に顔を押しつけながら泣くレイラの脳裏には、どんな思い出が蘇っているのだろう。

 小さな頃の自分と、その後をついてきた妹を思い出し、ファルードも瞳を伏せた。

 だが、そんな静かな時間を、けたたましい馬のいななきと大勢の人の声が破る。


「この宿屋に泊まっている者を検(あらた)めさせろっ!」

「兵士様っ。何事ですかっ!? うちは真っ当な宿屋ですっ」

「いいから検(あらた)めさせろっ!!」


 ばっとファルードとレイラが立ち上がる。一体、何事なのか。

 ガンガンと、扉を破りかねない大きなノックの音が響く。


「ここを開けろっ。怪しい人間を探しているっ!!」


 どちらにしても逃げ出すのは無理だと判断し、ファルードが扉を開ける。


「何かありましたか?」

「お前らは、・・・子供っ!? なんで子供が宿屋に泊まってんだっ」

「何故とおっしゃられましても・・・。この先のリベラ女神を祀る神殿に詣でるつもりでおりました。この子はまだ小さいので連れてきたのです。親を亡くしておりますので」

「ふん・・・」


 大声で話す兵士の後ろに、更に兵士達がいる。


「・・・何かあったのですか?」

「お前達の知ったことではないっ。だが、・・・なかなかいい顔をしとるな、お前」


 そこで、ファルードの顎を、その兵士が掴む。染め粉で肌を浅黒くしていても、室内でマントを脱いでいたファルードの美貌は、少年の時から変わらない。

 レイラの視界が、かっと怒りで赤くなる。

 冗談ではない。彼はたかが兵士如きが好きにしていい人間ではないのに。


「生憎、私はリベラ神国の神官でございます。身元保証はリベラ神国になさっていただきたい。ですが、もしも私達に無体を働くとおっしゃるのであれば、・・・それは帝国がリベラ神国を侮辱したと見なされることはお分かりでしょうか?」


 ぱしっと兵士の手を払い落とし、ファルードが静かに兵士達を見渡す。


「帝国にもリベラ神国より建設されたリベラ神殿があることでしょう。その神殿に属する神官は、大使の役割をも果たしております。勿論、皆様方とてそれは承知と存じますが・・・」


 少年でありながら、そう静かに話すファルードは、とても威厳に満ちていた。


(か・・・、カッコイイッ。何、このカッコよさっ。ファルード素敵っ。なんってクールビューティーなのっ)


 そんなレイラの尊敬の眼差しはともかく、兵士達にも動揺が走る。


「い、いや・・・。だが、リベラ神国の人間なら、どうしてこんな所に・・・」

「だが、本当とは限らないし」

「そうだ。だって本人が言ってるだけかも・・・」


 そんな兵士達の混乱がしばらく続いた時に、すっとファルードが静かに手を挙げる。

 その仕草につられ、兵士達が黙りこんだ。


「お疑いならば、このリーングにある一番大きいリベラ神殿に私共を連れていけばいいだけのこと。そこで身の証は立てられましょう」

「は、あ。では、そういうことで・・・。おい、この方達をお連れしろっ」

「はっ」


 神官を名乗るにはあまりにも若いが、しかし責任問題が生じてもヤバイ。

 そう思った兵士は、自分の部下にそう命じる。


「では、荷物をまとめましょう。おいで、レイ」


 そう手招かれ、ファルードにぎゅっと抱きつくレイラだ。


(どうしよう、このまま知らないところで殺されちゃったりしたら)


 自分の両親だって、兵士達に人目につかない所で殺された。自分達だってどうなるか、分からない。

 だが、荷物をまとめて宿の外に出たまではいいが、その後もかなり待たされた。どうやら大きな事件があり、その犯人を追いかけているのだとか。


「何があったのですか? かなり大がかりなようですが」


 既に落ち着き払っているファルードの様子とその若さから、犯人とは思われていないからだろう。ファルードとレイラの見張りとして残されていた兵士が、教えてくれる。


「リーングで、うちの隊長がいる建物ごと壊した奴がいたのさ。隊長もぶっ殺された」

「・・・建物ごと壊した? 家を一つですか? どうやって? 火をつけたのですか?」


 さすがにファルードも大きく目を見開く。


「違う。石造りの建物だった。なのに、その建物ごと壊されたってぇ話だ。見たが、たしかに悲惨な状態だった」

「・・・・・・どうやって、そんなことが。大きな斧を使い、石のつなぎ目部分を大勢で叩き壊し、建物を破壊したというのでしょうか。石造りだったんですよね?」

「ああ」


 戻ってきた兵士達も、その恐ろしさを語り合う。

 ファルードもかなり気になるらしく、様々に質問していた。


(なんで仲良くなってるの、ファルード)


 だが、女の子と知られたくないので黙ってその服を掴んでいるレイラだ。ファルードも引き離されないよう、荷物は肩に担いだままで、レイラを片腕で抱っこしていた。


「しかし、外側から石造りの建物を壊すのはかなり難しい筈。・・・部屋の中はどうだったのです?」

「部屋の中は滅茶苦茶だったってぇ話だ」

「ですよね。普通は室内から壊した方が早い筈です」


 戻ってきた兵士長も加わり、ファルードを中心にして話を聞いている。その建物の詳細を聞きながら、ファルードは何かを考え込んでいるようだった。

 どうやら帝国軍の支配を良しとしないナリス王国の人間を、兵士達は疑っていたらしい。武装している体格の良い人間を探し回っていた。

 だが、建物の見取り図や被害状況をきちんと紙に書きだし、考え込んでいたファルードは、その兵士長に向かって言う。


「この事件、将軍クラスの方にご報告はなさいましたか?」

「え? いや、そりゃあ、・・・してると思うが? 他の隊長がしてるんじゃないか?」

「そうですか。ですが、まだあなた方が動いている時点で、きちんとその詳細が報告されていない可能性があります。直ちにあなた方を率いている将軍か、その補佐を行っている方々に報告されるといいでしょう」

「あんた、・・・あんた、まさか何か、知ってるのか?」

「分かりません。見てみないと・・・。ですが、もしかしたら・・・。いえ、推測では言えないことです」


 そこでファルードは黙りこんだ。

 レイラが心配そうな目でファルードの服を引っ張ると、

「ああ、レイ。ごめんね。だけど、もしかしたらこの犯人とされる人は、本当は丁重に対応しなくてはいけない方かもしれない。それとも本当にひどい犯罪人なのかもしれない。分からないんだ、見てみないと」

と、慰めるように頭を撫でてくる。

 だが、ファルードが何かを知っているらしいとなれば、兵士達も光明が見えたらしい。


「戻るぞっ。そちらの神官様と弟さんは、誰か乗せてってやれ」

「馬を一頭お借りできますか? 弟は怖がりなので私と一緒でないと駄目なのです」


 すると、馬が一頭貸し出される。


「おいで、レイ」


 ファルードの体に括りつけられ、落ちないようにされた上で一行が出発する。

 けれども馬を走らせながら、ファルードはこっそりレイに囁いた。

 

「レイ。もしかしたら変な仮面をかぶった人を見るかもしれない。だけど、そんな人がいても指差して笑ったりしちゃ駄目だよ。刺激せず、離れるんだ」


 返事の代わりにレイラはファルードをぎゅっと抱きしめた。

 ファルードは何を知っているのだろうと、そう思いながら。






 案内された建物の被害は凄かった。何があったんだろうと思うぐらいに滅茶苦茶に破壊されている。

 周囲の人達も、天の怒りかと思うぐらいの轟音に怯えていたとか。


「間違いありません。これは帝国軍を率いていらっしゃる方に報告なさった方がいい。私のような一介の神官には手に余る事態です。恐らく、これは犯人を見つけても丁重にお迎えしろと判断が下されるかと思います」


 馬に揺られて気持ち悪いレイラは何も言えない状態だ。

 もうすぐ夜になるという時間で、周囲は暗くなり始めている。


「ところで、どこか宿を紹介してもらえませんか? 私の身元を照会なさるにしても、今からでは遅い時間帯でしょう」

「ああ。・・・宿。宿ねえ・・・。だが、リベラ神殿ならこの次の通りにある。そこで身元を確認した方が早くないか?」

「ああ、かなり近いのですね。では、先にそちらに行ってしまいましょう。私共は、そこで泊めてもらえばいいですし」


 どうやら建物を壊した犯人を追いかけない方がいいらしいと知った兵士長は、そんな怖い人間を見つけるのも実は嫌だったので、ファルードの身元照会を優先する。

 そんなファルードの人物保証は、かなり時間がかかるものだった。

 ファルードの下級神官メダルを見たリベラ神殿の神官が、

「おや。大神殿とルーセット神殿の二つに属していらっしゃる? お若いのにもう神官試験に合格なさったとは先が楽しみですな。まあ、どうぞ滞在中は我が神殿にお泊まりください」

と、喜んで迎えたものの、その確認が長かったからだ。

 メダルを本人から奪った成り済ましも考えられるからだそうで、神官数人による口頭質疑が行われた。


「ルーセット神殿で夜の儀式を行われている方は?」

「神官長イディラート様です」

「それに立ち会える人達の資格を述べなさい」

「基本的にはどなたであろうと立ち会うことが可能でございます。しかし、閉ざされた神殿内で行われることから、神官と神官見習い、そして神官コースの子供達ということになります。ですがイディラート様は、子供は夜には早く寝るべきだと考えておいでの為、ルーセット神殿では子供達が参加するのは明け方の儀式のみを推奨しております」


 なるほどと、神官達が頷く。

「イディラート様らしいこと」

と、一人の神官が呟いた。


「では、その明け方の儀式に子供達は出ているのですか?」

「いえ。朝が早い為、起きられない子の方が多いです。しかし、真面目な子供達は参加しております」

「なるほど。では、リベラ女神を讃える第24の歌を諳(そら)んじてごらんなさい」

「第24の歌は、限られた場合のみ歌われるものでございます。口の動きだけでもよろしゅうございますか?」

「いいでしょう。それを知っているのは見事です。さて、次の質問です」


 しっかり引っ掛け問題もあるらしい。

 途中で、兵士長とレイラが居眠りしていたぐらいだ。


「百年前に聖人とされた女性は?」

「百年前ならば女性の聖人はいらっしゃいません。尚、百年前、ハンディラは、一度は聖人として迎えられましたが、その二十年後にそれを取り消されました」

「その理由は?」

「ハンディラが姉であるミレイニアの功績を我が物にしたとことが判明したからです。そのミレイニアは殺されており、後から聖人とされるべく働きかけがなされましたが、それは叶いませんでした。ですが、・・・個人的な意見ではございますが、ハンディラの聖人取り消しはどうであったかと考えております」

「ほう。そう思う理由は?」


 白い髭を生やした神官が面白そうに尋ねる。


「女の聖人は排除すべきだと、その時の大神官様が主張なさっていらしたことが、当時の資料からも読み取れるからでございます」

「ふむ。それを知っているということは、・・・それはどこで見たのかな?」

「授業で・・・。いえ、申し訳ありません。これは、たしか自習の際に・・・」


 そこでファルードが考え込む。

 そういえば、自分はその資料を誰に見せてもらったのだったか。たしか、あれは大神殿で・・・。


「司書の方に案内していただいた小部屋にあった資料だったかと存じます。その際、ロフルト様が同行してくださったかと」

「ロフルト様とは、何級の?」

「上級神官様です」

「その特徴は?」

「白い髪に紫色の瞳をしておいでです」

「その性格は?」

「いつもにこにことしておいでです」

「皆が嘆いている、その方の悪癖は?」

「・・・・・・・・・大神官様をおちょくることが大好きなところです」


 なるほどと、その場に集まっていた神官達が頷く。

 だが、その頃にはかなり長い身元確認に飽きていた兵士達とレイラ達は、完全に船を漕いでいた。これなら成り済ましはできまいと、誰もが納得の濃い試験である。


「終わりましたよ。彼は間違いなく、リベラ神国の神官です。さあ、よろしければ飲み物でもいかがですか?」


 そう言われてハーブの香りがする水を出された時には、兵士達もげんなりした顔になっていたぐらいだ。


「もしかして、神官かどうかの問い合わせがあった時には、いつもこんなにしつこく確認されてるんですかね?」


 そう、兵士長が嫌味も兼ねて言ったぐらいだ。

 それに対し、神官は頷いてみせた。


「そうですね。神官ならば知っているであろう内容を試験し、更に教えを受けた人物の名を挙げてもらい、それらの確認をも行います。それから登録されている本人の外見もチェックしますが、彼は今年神官試験に受かったばかりということでしたから、まだその情報は届いておりません。だからどういった教育を受けているかを皆で調べていたのですよ。彼を教えた方々との照会を行いながら、ですね」


 だが、別にファルードは何も苦にならなかったらしい。

「こんな若い神官がやって来ることは珍しい。まあ、良かったら神殿で祈りを捧げてくれんかね」

などと言われて、

「勿論でございます」

と、ついていったからだ。

 若いからだろう、伸びのある声でファルードは祭壇に向かって祈りの言葉を諳んじている。


「あれは一体、何を言っとるんですかね」

「ああ。古代語ですよ。一般人の前では分かりやすい祈りの言葉で行いますが、神官同士ですので古代語で祈りを捧げているのでしょう。・・・勿論、それもできぬようであれば偽者にすぎないとなりますね」

「・・・まだ試験が続いてんのか」


 兵士長の顔に、げんなりとしたものが浮かんだ。

 レイラも、やっぱり神官にならなくて良かったと、ほっと胸を撫でおろしていた。こんなにも面倒な勉強をさせられるだなんて冗談じゃない。やっぱり自分はリミダ村に帰ろう。


「その神官のレベルも把握しなくてはなりませんからね」


 そう言って、その神官はホホホと笑ってみせた。

 尚、かなりファルードのランクが高いとみて面白がって試験していただけで、通常の神官ならここまでの試験はない。

 大神官間違いなしとされたイディラートの養い子の話は、ナリス王国にいる彼らも聞いたことがあった。ただ、その子の特徴は紫の髪に灰色の瞳と聞いていたが、・・・恐らく染めているのだろう。だが、そんなことを言う必要はない。

 そんな面倒臭い神殿のやり方にげんなりした顔で、兵士達は帰っていった。

 



 どうやらファルードは人気者らしく、その日は夜の儀式などにも誘われていた。

 勿論、レイラは寝る。当たり前だ、自分は神官ではない。二人には個室が与えられたが、やっぱり不安だったのでファルードとの同室にしてもらったレイラは、遠慮なく大の字になって寝ていた。


(だけど治安が良くないって話だったのに、・・・あまりそんな感じがしなかった。それってどういうことなのかな)


 ファルードは、「内通者がいたのか」と、呟いていた。

 だけど神殿からは出ないようにと、それだけは念押しされた。この神殿の内部は、リベラ神国内と同じ扱いになるらしい。

 一般人が入ってこられる外側の神殿ではなく、内側の神殿内なら安全だからと。

 そんなことを考えていても、今日は馬にも揺られたし、とても疲れた。

 だからレイラは深く寝入ってしまう。


(ああ。だけど・・・・・・)


 心が痛い。

 悲しみと喜びがこの胸を満たしていく。

 夢を見ている気分のまま、レイラはむくりと立ち上がる。寝間着姿のまま裸足でふらふらと、灯りも持たずに部屋を出て行った。

 知らない建物なのに、裏口を抜けて、建物の外に出て、更に何重にもなった塀を、閂(かんぬき)を外して通り抜け、外の道に出る。

 そこには、フード付きの長いマント姿の人間が立っていた。

 普通なら悲鳴をあげていたのだろう。だが、相手の確認もせず、レイラは両手を伸ばす。

 相手もまた、無言でレイラを抱えるように抱きしめた。


(どうして、あなたは今も・・・・・・)


 そのまま、どれ程長い時間抱き合っていただろう。


「・・・あれ?」


 レイラはそこで目を覚ました。きょろきょろと周囲確認すれば、自分は誰か真っ暗な道で誰かに抱っこされている。


「目が覚めたかい? 夢遊病のお嬢さん?」

「あれ?」


 自分は夢遊病だったのだろうか? だけど、この少年は誰だ?

 声からして十代の少年だろうとは分かるが、ザイでもファルードでもない。

 そこでレイラが地面に下ろされ、カチャッという音がして、少年が持っていたらしい灯りがともり、真っ暗だった周囲が明るく照らされた。


「おやぁ?」

「寝ぼけてんじゃねえ。・・・それより、・・・ふーん。見た目の顔と、触った顔が違うってこたぁ、・・・なるほどね」


 その指先が、灯りをレイラの顔に近づけた上で興味深そうになぞる。

 ばっと、レイラはその少年から離れようとした。


(もしかしてばれたっ?)


 そう、自分はザイの顔に見せかけているが、それはあくまで見せかけているだけだ。本当に顔の形が変わるわけではない。


「そろそろ神殿の中に帰りな。ちゃんと鍵も内側から掛けるんだ。・・・ここらはまだ治安が落ち着いてない。誰かと一緒じゃない限り、一人でふらふらするなよ」

「あなた、・・・誰?」

「まずは自分から、どこの誰かを名乗んな、お嬢ちゃん」

「・・・・・・」

 

 ここで自分はリミダ村のリリエルと名乗るべきなのか、レイラと名乗るべきなのか。

 その前に、この少年は誰だ。

 悩むレイラを、裏口の中に少年は押し込んだ。


「ちゃんと閂を掛けろ。お前のせいで泥棒が入ったらどうするんだ」

「うっ」


 そう言われると扉を閉めるしかない。

 マントで顔が見えない少年は、そこに佇んだままだった。


「また、・・・会える?」

「ああ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 頑張って扉を閉めたら、暗くて閂の場所が分からない。


「あれっ? ありゃっ?」

「何やってんだ、お前?」


 ガタガタとやってると、呆れた声で問われながら、扉が外側から開けられる。


「閂の場所が・・・」

「ほら。コレ、やるから」

「あ、ありがと」


 少年が持っていたランプが渡される。それは小さい割に、とても明るいランプだった。普通のランプと違い、どうやら鏡のようなものがほやの内側にセットされているらしい。


「これっ、どこに返しに行けばいいっ?」

「やるよ。だが、売ったりなんかするなよ」

「もらえないよっ。ちゃんと返しに行くからっ」

「じゃあ、持っとけ。いずれ受け取りに行く」

「うん」


 そのまま扉が閉められる。今度は明るいおかげできちんと閂を掛けられたが、そのランプは男の子が持っていた割にはちょっと可愛らしいデザインだった。


「なんか可愛い」


 ランプのオイルを入れておく部分には薔薇のような模様が模(かたど)られている、持ち手の部分も薔薇の蕾を思わせるデザインだ。

 部屋まで戻ってよく見たら、薔薇の隙間にはちょっと楕円っぽいハート型も入っている。


「えへへー。お姫様のランプみたい」


 だけど、返してもらいに来ると言ったが、彼はいつやって来るつもりなのか。

 その前に顔も分からない。


(そりゃ、その前にくれるとは言ってたけど・・・)


 だけど、このランプは高そうだ。小さいのにかなり大きく光が広がる。


「へえ。一番上のこの薔薇の花で蓋すれば火が消えるんだ」


 黄金色の金属で出来た薔薇の蓋が最上部についている。スライドさせれば蓋になる仕組みだ。

 汚れた足をちゃんと拭いてから眠ったものの、戻ってきたファルードは見慣れないランプがあることに首を傾げていたらしい。

 朝になって問われたレイラが正直に答えると、こっぴどく夜中に外の道に出たことを怒られてしまった。


「ごめんなさーい」

「まあ、ちゃんと閂も掛けてきたならいいけど。だけどこれ、かなり高そうだね。それに女性用に見えるんだけど、・・・どうしてレイラにくれたんだろう?」

「うーむ。私が可愛すぎたのか・・・」

「しかも新品ぽいし」


 なぜ、そこでスルーするの、ファルード。いつも私のこと、可愛いって言ってるのは嘘だったの。・・・ザイの顔だけど。


「誰かにプレゼントするつもりが、受け取ってもらえなかったとかかなあ?」

「ああ。土壇場でフラれたとか? あるんだよね、たまに。僕の友人もそれで落ちこんでた」

「可哀想に」

「そうだね。切ないね」


 何にしても、それは本人にしか分からないことだ。

 けれども明るい中で見ると更に可愛いランプだったので、レイラはかなりご機嫌だった。


「そんなに気に入ったんだ?」

「うん」

「やっぱり女の子だね。そういう可愛いの、大好きなんだ?」

「うん。だけどこれはね、きっと彼が作ってくれたんだよ」

「彼?」

「うん。・・・あれ?」


 そこでレイラは、自分は何を言っているんだろうと考えこむ。


「ファルード。私、おかしいかも?」

「・・・・・・疲れが出たんだね。しばらくはちょっとこの神殿に滞在させてもらって、それからリベラ神国に戻ろう」


 ファルードの家に行く時は裏道を通って行ったのでそうでもなかったのだが、よりによってリーングの街にまでやって来てしまった自分達だ。リベラ神国まで戻るなら街道を行くとして、そうなると治安が気になる。

 ファルードは、せっせとそういう情報を集めているようだった。

 おとなしくしていたレイラだが、しかし攻め込まれたという割に、あまり混乱している様子がないのも事実だった。


(ちょっとぐらいならいいよね)


 神殿が見える場所にいれば大丈夫だろうと思い、レイラはマントをかぶって外に出た。






 レイラもお金の入った小袋は持っている。お小遣いは必要だからと、ファルードが渡してくれていたからだ。

 勿論、それは何かあった時、宿に泊まったりする程度のお金は十分に入っていた。


(なんかファルード、とっても疲れてるみたいだもん。何か甘いもの、売ってないかな)


 どうやらファルードはかなりエリートコース間違いなしな少年らしく、せっかくだからとリベラ女神リーング神殿でも色々と祭事を執り行わされているらしい。神官長などしか行わない神事なども叩きこまれていたらしく、どうせならやっていってくれと、頼まれたそうだ。

 本人もお世話になっていることだしと、引き受けているらしいが、・・・・・・毎日、疲れきっている様子を見ると泣けてくるレイラだ。

 労働基準法が、リベラ神殿にはないらしい。・・・おや? だけどファルードの養父である神官長はいつでものんびりしていたような?

 ・・・・・・。

 きっと色々とあるのだろう。

 そう、きっと。

 手抜きの名人とか、そうでない人間とか。


「おじさん。そのお菓子、なぁに?」


 市場には、屋台みたいな感じで色々な店が出ていた。


「おや、これを知らないのかい? もしかしてリーングの子じゃないのか?」

「うん」

「これは、・・・そうさな。一口食べてみてごらん」


 口にポンと放り込まれて食べてみると、どうやらクッキーのような味だ。ナッツも入ってる。何だかキャラメルを砕いたようなものまで入っているような気がする。


「美味しいっ。これ、幾ら?」

「この一袋で銅貨一枚さ」

「じゃあ、二つください」

「ほいよっ」


 神殿の人達も親切だから、みんなで食べよう。

 そう思ってレイラは二つ買った。持っていた布袋にそれを仕舞う。

 そして、次の店を見ていく。


「おばさん、これって野菜? 果物?」


 プルーンみたいなものを見つけて尋ねると、果物だよと教えてもらった。


「甘い?」

「うーん。蜂蜜漬けにするのが一般的だから、あまり甘さはないねぇ。甘い果物が欲しいのかい?」

「うん」

「じゃあ、これはどうだい? 一つ食べてごらん」


 そう言って、出されたのはサクランボみたいな果実。


「甘ーいっ。これ、幾ら?」

「これで銅貨二枚さ」


 ザルに入ったそれを、示される。


「じゃあ、一つ分ください」


 そのサクランボみたいな果実も買う。

 食事の時間になったら、デザートで出してもらおう。皆に十分行きわたる筈だ。

 潰れないように大事に布袋にしまって、レイラは神殿に戻ろうとした。


(えーっと、まっすぐしか来ていないから、あ、一度途中で曲がったんだった。えーっと、あの鐘のある場所を右に曲がった筈だから、この場合は左に曲がって・・・)


 そんなことを思いながら歩いていたレイラは、あまり前を見てなかった。

 だから、そこで目印を見ながら曲がった時に、たむろっていた男達にぶつかる。


「うぉっ」

「きゃっ。あっ、ごめんなさいっ」


 街角で、彼らはビールを飲みながら立ち話していたらしい。


「ああん? 何だ、ガキがうろちょろしてんじゃねえよっ」

「ごめんなさいっ」

「何だ、・・・お前、女か?」


 さぁっと、レイラは青ざめる。

 どうやらガラの悪い兵士達のようだ。


「ごめんなさいっ」


 謝って、逃げ出そうとしたレイラだが、その首根っこを掴まれる。


「買い物に来てたんなら、金ぐらい持ってんだろ。少しは置いてけや」

「おいおい。そんなガキにまで集(たか)んのかよ」

「いいじゃねえか。むしゃくしゃしてんだ。せっかくだから気晴らしにでも使わせてもらうか」


 酒臭い息が、レイラの首筋にかかる。


「ちょうど誰かを殴りたい気持ちだったんだ。こんなガキでも少しは役に立つだろ」

「やめとけって。大体、命あっての物種だろうが。隊長と一緒に死ななかっただけマシだっつーの」

「冗談じゃねえ。おかげでどんな目に遭ったと」


 レイラみたいな子供など、この兵士達にとっては腕一本で吊り下げられるものでしかないのだろう。

 既に地面から足が浮いている。


「やだぁーっ、ファルードッ、ファルードッ」


 泣き叫ぶレイラだったが、周囲の人達もおろおろとして何もできない。

 だが、そこで一気に大きな、凄まじい音が響いた。


 ドオオオオオオオーーーーンッ!!!!!


 あまりの轟音に、皆の動きが止まる。レイラもまた、地面に落っことされた。


(何っ? すっごい音っ!)


 まるで、・・・そう、地球における爆発音のような凄い音だった。

 しかも、もうもうとした土煙まで立っている為、周囲のあちこちでゴホッ、ゲホッと、咳をする音が響く。そしてまた、その辺りの石畳が激しく抉(えぐ)れていた。

 先程までレイラを脅しつけていた兵士達が、顔や手足から血を流してへにゃっと座り込んでいる。

 誰もが、一斉に同じ方向を見ていた。


(えっ?)


 そちらにレイラが目をやると、そこにいたのは・・・・・・。


(ピエロ? それとも、・・・オペラ座の怪人? 変な仮面)


 真っ白な仮面が顔の上半分を覆っている。目の周りは金色で縁取りがされており、そのアイラインはエジプトのファラオのマスクを思わせるものだった。目の部分には黒っぽい色ガラスみたいな物が嵌めこまれている。

 額部分には、Ⅲの数字が金色で描かれていた。


(仮面がない鼻から下は、白い布で覆われてるし、頭の部分も白頭巾状態になってるけど、・・・めっちゃ怪しい。何、銀行強盗でもすんの、今からっ?)


 だが、周囲はその男を見てブルブルと震えているようだ。


「ブ、・・・ブラッディ・タワー」

「あれが、鮮血の塔・・・」

「何、やらかしたんだ」

「あれが建物ごと隊長を・・・」

「逃げろ。あいつは、歩く凶器だ」


 そんなざわめく声がレイラの耳にも届く。


(ブラッディ・タワー? って、血まみれの塔ってこと? 今の轟音って・・・)


 見るまでもなく、周囲の石畳は派手に壊されている。一体、何がどうなったのか。


「そこの子ザルを貰い受けようか。まさか、殴ってはいまいな?」


 それは、不気味な仮面の人間の台詞だったらしい。というのも、布に隠れて口の動きは見えなかった。


「はっ、はいぃっ」


 先程までレイラを脅しつけていた兵士が、裏返った声になる。どうやら失禁しているようで、その足元には水たまりができていた。


(子ザル? どこに?)


 とりあえず自分はお邪魔虫のようだから、これ幸いと逃げ出させてもらおう。だが、そのままそこを離れようとしたレイラを、その場にいた他の兵士達が掴んで、その不気味な仮面男の方へと押し出す。


「ちょっとっ!! 何なのっ、何で私の腕を掴むのっ! 私に触っていいのは、パパとザイとファルードだけなんだからぁっ!」


 だから放せと、ばたばた腕を振り回そうにも、兵士達はレイラをずずっとその男の方へと追いやる。

 そこへ、大勢の騎士や兵士達が駆けつけた。


「何事だっ! これは・・・っ! あっ、あなた様はっ」


 やってきた騎士達が、次々とすぐに馬を下り、不気味な仮面の男の前で跪く。


「えーっと、ナンバーⅢということは、鮮・・・」

「静謐(せいひつ)の塔、だ。間違えるな」

「はっ。・・・あの、何かお気に召さぬことが?」


 続々とそこに帝国軍の人間らしい人達が集まってくる。レイラに絡んだ兵士は既に蒼白になっていた。


(あれ・・・?)


 そこで集まってきた中の一人に気づき、レイラはまじまじとその顔を見る。

 本来よりも体格が出来ているわけではないが、十分に成人男性並の体格を持っている。知っている顔よりもまだ幼い。色も少し違う。だけど・・・。


「ロムルスッ!」

「・・・えっ?」


 自分の腕を掴んでいた兵士達の力は、騎士達が現れたことで少し緩んでいた。

 だからレイラはその少年へと駆け寄って抱きつく。そう、青い髪に灰色の瞳をした、少年に。


「ロムルスッ、ロムルスッ」

「・・・・・・良かったな、子ザル。飼い主が見つかって」


 ヘッと思って振り返れば、変な仮面をかぶった人間は去って行こうとする様子だった。


「大の大人がそんな小便くさい子供を殴ろうとしているなど、見るに堪(た)えなかった。だから引き取ろうと思っただけだ。だが、・・・飼い主ならちゃんと面倒ぐらいみとけ」

「お待ちくださいっ。どうぞっ、どうぞこちらの屋敷にご滞在をっ」


 最初に跪いた騎士が、そう引き留めようとする。


「断る。我が静謐の塔は、平和と安寧に生きる塔。そんな血なまぐさい剣を振り回す奴らといられるか」


 そう言って、彼はゆっくりと反対方向へと歩き出す。


(平和と安寧に生きるって・・・。だけど、なんか私の周りにいた人達、なんかすっごい怪我してない?)


 だけど自分は無傷だ。

 もしかして彼は自分を助けてくれたのだろうか。


「あっ、あのっ! もしかして私っ、助けてくれたのっ?」


 ロムルスに抱きつきながら、レイラが大きな声で去っていく白い頭巾に向かって尋ねると、その不気味な仮面がゆっくりと振り返る。


「これに懲りたら飼い主に鎖で繋がれとけ、子ザル」

「・・・・・・・・・」


 感謝の気持ちが、シュワシュワシュワと跡形もなく消え去っていく。


「あの、・・・ところで、君、誰?」


 そんなレイラは、ロムルスにしがみついたままだった。






 

『ザイへ。

 お元気ですか? 私は元気です。

 こっちのクッキーが、ちょっと変わった味で美味しかったので同封します。是非食べてください。果物は腐るから、干し果物も入れておきます。パパにも食べさせてあげてください。

 さて、ナリス王国に来たけれど、変な人に子ザルって呼ばれました。ムカついてたら、その変な人がわざわざ私を子ザル呼ばわりしたというので、帝国の人に連れていかれました。

 そんなわけで、私は今、ロムルスって少年の従者をやっています。ロムルスは帝国軍で騎士見習いをしているそうです。いい所のお坊ちゃんらしく、もうすぐ騎士になるらしいです。

 ご飯は美味しいし、ちゃんとお休みもあるし、お給料ももらえているけど、・・・ファルードには呆れられてしまいました。

 だけど、私の身元を調べられたらリベラ神国にないことがバレてしまうので、あちらが飽きてくれたらそのまま私を連れてひょいっと逃げようとファルードは考えてくれたようです。だから現在、ファルードも身元を隠して、私と二人でロムルスの従者をしています。ファルードが私のお兄ちゃんです。

 武器なんて怖いだけだったけど、最近、ちゃんとナイフを研げるようになりました。 

 ただ、帝国軍が攻めていく土地に、ロムルスと共についていかなくちゃいけないのが悩みの種です。どこで抜け出せばいいのでしょう? 

 ファルードは、「まあ、これも人生経験だね」と、諦めたような顔になってます。「大丈夫。甲冑も持ち運べないような従者、すぐにクビになるよ」とも言われています。

 はやくクビになって帰りたいけど、ロムルスはいい人です。お菓子も分けてくれます。

 だから心配しないでください。それではまた』



 ザイからその手紙を渡されたマイオスは、ぼそっと呟いた。


「うちの娘は、いつになったら帰ってくるんだろうな」

「さあ・・・」


 それは、ザイも是非知りたいところだ。


(なんでリリエルが帝国軍で従者なんだ?)


 あの見てくれなら、メイドだろうと思うのだが。

 待遇は悪くないらしいが、どうして従者なのか。しかもクビになるのを待っているというが、・・・ある意味、雇ってもらいたくても雇ってもらえない仕事なのではないか。

 そもそも、リリエルは壊滅的に不器用だ。


(あんなのに給料を払う馬鹿がいるとは)


 ザイは、澄んだ色の空を見上げた。


(あの顔に向かって子ザル、ねえ。どんな近眼野郎だ)


 そりゃやっていることは子ザルかもしれないが、リリエルの見た目はかなりの美少女だ。帝国軍ってのは馬鹿の集まりなんだなと、ザイはそう思った。

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