過去(2)
光の神だと名乗った、自分自身にそっくりな男に勇者は疑問を投げかける。
「貴方は何故、魔王の……前魔王に嫌われているのですか?」
「いや、記憶を直接見せた方が良いかも知れないね。どの道、君も僕も、同じ者なのだから」
「……俺は俺です」
「独立した意識を持つ自分自身だから僕にとって大した違いはないけれど、君がそう思いたいならそれでいいよ」
「……分かりました。今はそれで良いです」
「素直でよろしい。見せるぞ」
滴り落ちる赤い血。
剣を持つ腕から流れ出る血に、アクセルは舌打ちする。
すでに腕の感覚も無くなりつつある。けれど、ここで諦めるわけにはいかない。
目の前には、エンドカースがいた。
いつにも増して、妖艶な微笑を浮かべ別の魅力があるが、それは魔物の闘争本能そのものだった。
光の神に辿り着き、満月の夜が特に強いが、その魔物の人への衝動を消させようとした。
ようはこの呪いを解かさせるためだ。
よく分からない、上とも下とも言える白い世界。その中に薄ぼんやりと光の何かがいた。
彼は光の神だと名乗った。そして、自分の属である地上の人達をも時に弄ぶ存在だとも。
時に力を、時に囁きを。勇者すらも、少し強い力の人間を作って闇の神の眷属をからかう意味合いしかないという。
そんな彼が考え出す事など、碌なものではなかった。
「光と闇は争うものだろ?。君たちが仲良くしているなんておかしいじゃないか。そうだ、試しに……」
結果はこれだ。
かの神が何かを呟いた途端、エンドカースが頭を抱え悲鳴を上げた。
慌てて近づくアクセルは、エンドカースに攻撃される。
紙一重でかわし間合いを取るも、次々と繰り出される魔法は恐ろしいほどに強い。
魔王という生き物と人の違いを見せ付けられているようだった。
同時に思う、息子のルーズカースを城に置いて来て良かったと。
呪いに対抗できるほど力が強いとはいえ、その呪いを強められればどうなるか分からない。
二人を相手に等出来ない。そしてもしも、どちらか一方をアクセルが殺してしまったら、もしくはどちらかがアクセルを殺してしまったら、それを考えると本当に正しい判断だったと思う。
そして今は相対するのはエンドカース一人。
何とかして止めたい。
けれど、そんな余裕があるかとアクセルは自問する。
すぐ傍をエンドカースの攻撃が通り過ぎる。
アクセルは腹をくくった。
例え自分が死ぬ事となろうとも、エンドカースを救ってみせると。
近づき、剣に魔法をこめて振るう。
光の神の呪であるならば、そちら側の人であるアクセルならばもしかしたら……。
結果は失敗だった。
喰われても仕方が無いとアクセルは諦める。
相手がエンドカースならばまだ救いようがある。
と、エンドカースの動きが止まった。
ポロリと水がエンドカースの顔から零れ落ちていた。
「意識があるんだ……へえ、凄いね。それが愛というものかい?」
苛立つその声に聞こえないと自己暗示をかけて、アクセルはエンドカースに触れる。
小さな掠れる声でエンドカースはアクセルに言った。
「殺して」
駄目だ、とアクセルが答える。
それでもエンドカースは殺して、と繰り返す。
アクセルはひたすら拒む。
その問答に痺れを切らし、エンドカースは自分の首に手をかける。
それを止めようとするアクセル。
光の神の笑い声がある。
こんなに悲しくて辛くとも、彼にとって楽しい事以外の何物でもないのだ。
絶望的な思いで、アクセルはエンドカースを止めようとする。
本ページを破るような大きい音がした。
「痛い!」
光の神が声を上げた。
その声と共に、エンドカースの体から力が抜けてアクセルはその体を抱きしめる。
辛そうに呼吸するエンドカース。だが、衝動に支配されているようではない。
ほっと胸をなでおろし、アクセルは光の神を見た。
頭を抱えているらしいそれと、空間にぽっかりと亀裂が入り、そこから腕と見覚えのある辞書が見えた。
先ほどの、本を破るような音がさらに大きくなり、その隙間からその腕の主が現れた。
ルーズカースだった。
なぜここが、どうやってここに来れたのか。
「ふーん、ここに来るまでの自分を予知したのかい、痛い!」
再びルーズカースはその光の神を無言で殴った。
「痛いじゃないかさっきから!」
「父様達をいじめた」
再び辞書で光の神を殴ろうとするも、今度は光の神が避けた。
「何故避ける」
「痛いからに決まっているじゃないか!。そもそもなんで物質が僕に触れられるんだ!」
「光の神が悪い事をし過ぎたからでしょう」
「そんなことで触れられるようになるものか!。痛い!」
「父様達に謝って下さい」
「誰が……痛い!」
「謝れ!」
「く、こうなったらもう一度……」
再びエンドカースが悲鳴を上げた。が、
「やめろ」
無表情で、ルーズカースは今度は辞書の角で光の神を殴った。
今までの比でない痛さに、光の神が悶絶してごろごろと転がっている。
一方エンドカースはその再びの衝撃でさらに体力を削ったようだった。
その様子をちらりとルーズカースは見て、つかつかと光の神に近づく。
光の神がびくりと震えた。
「な、何だ。どうする気だ。僕は光の神……」
「謝れ」
「僕は悪くない。大体なんで衝動に支配されない!」
「……謝れ」
「だって……」
「謝れクソガキ!」
ルーズカースが初めて声を荒げた。
びりびりと周りの空気が震える。
アクセルも、ルーズカースが怒る所を見るのは初めてだった。
「……ごめんなさい」
光の神が小さく呟いた。
言葉が意思を持ち、走る。
「これで、大丈夫」
ルーズカースが、安堵したように呟く。そして、光の神の頭に軽く手を乗せて、撫でた。
しばらく撫ぜられていて、光の神が不貞腐れたように声を上げた。
「……僕は、君よりもずっと年上だ」
「その割りに、何故このような子供じみた真似をするのか、我には疑問だが」
「別に、もう衝動が本来のものに変わったでしょう?。僕が謝った事で貴方の敵意が無くなったから」
「この本来の呪も解除してほしい」
「……嫌だ」
次の瞬間、ルーズカースは再び辞書を振り上げ、光の神に向かって下ろす。
しかし、光の神はそれを俊敏に避ける。
「さっきよりも動きが鈍いね」
光の神が笑っている。けれど嘲笑するものではなく、何処かルーズカースを心配しているようだった。
それを読み取ったのか、ルーズカースが、
「……黙れ」
と、再び辞書を振り下ろし、それを光の神が避けた。
「僕は君の事が気に入ったよ」
「我はお断りする」
「君がほしいな」
「断る」
「……いいよ、僕の負けで良い。そのかわり」
光の神が、ただの光の集合体であったのに、そこから腕が生えてルーズカースの目を手で隠す。
その手をルーズカースは振り払わない。
「うん、そうだよね。立っているのがやっとだものね。だから僕が引く代わりに、一つだけ君に特別な呪いをかけておくよ」
次の瞬間光の神が完全に姿を現し、ルーズカースに目隠しをしたままキスをした。
ルーズカースの体がその瞬間びくんとはねた。
「じゃあね、次に会った時は君の笑顔が見たいから、この呪いをかけさせてもらうよ?。この世界で生まれ変わった時、もう一度会おう!」
その言葉と共に、空間が剥がれ落ちるように壊れ、光の神は再び光の集合体となり飛んで行ってしまった。
緑の木の臭い。
古い遺跡の一角。
周りには、初めに光の神と会うための儀式の装置やら何やらが散乱していた。
元の世界に戻ってきたのだ。
その事にほっとするアクセルに、ルーズカースが近づいて回復呪文を唱える。
一瞬で傷が癒えて、アクセルとエンドカースの体力が回復する。
「ありがと……ルー君?」
ルーズカースの目は虚ろげで、顔は真っ青だった。
ルーズカースは二人が回復した事を確認して、マントで隠れた自身の左わき腹に手を伸ばし一本のナイフを引き抜いた。
ナイフにはべっとりと血がついている。
しかもこのナイフは魔物を殺すために作られた有名なものだった。
「痛みで気を紛らわせて、何とか退けないといけなくて……だから」
膝をつき、息も絶え絶えにルーズカースが二人に言う。
それをエンドカースは抱きしめて、
「もういい、話さなくて。回復呪文を……」
「……このナイフはさらに傷がすぐ回復しないように……我が強化してあります。だから、抜いた後もしばらく回復魔法が……ごふっ、効かない」
「ルー君、しゃべらなくていい、後は父さん達が何とかするから」
その言葉にルーズカースは微笑んで気を失った。
「まずは手当てを」
「応急処置をして……」
「エンドカース様、アクセル様、ご無事でしたか」
「エルアース?」
「事前に、ルーズカース様より準備をと……ルーズカース様!」
「という事だ。すぐに処置を」
「はい、ただいま」
慌てて消える四天王の一人。
「まったく、全てがこの子の手の中だったわけか」
「とはいえ、全員生還および光の神を倒した事に変わりはない。きっと見えた未来の中で最善を選んだのだろう」
「そうだね。ルー君の予知のおかげだね」
何故そんな力がある事を言わなかったのかは後に聞くとしよう。
そう、エンドカースは思った。
今は大切な我が子の怪我を治すことが大事だった。
もっとも、ルーズカースが次に目を覚ました時には既に予知能力を封じられた後であったのだが。
「光の神様、最低だ」
見た感想そのままに勇者は漏らした。
これは嫌われる。
「酷いね。一応僕も光の神だから闇の神と戦っていたのに」
「戦うと言うより、貴方は遊んでいただけでしょう」
「自分なのに、手厳しいな」
「貴方と一緒にしないでください。貴方とは違うんです!」
「同じだよ。それに、数多ある世界で光の神と闇の神は常に戦っている。名前は違うけれどね」
「……他の世界でも?」
「ある世界では、光の神が闇の神を手に入れ、ある世界では闇の神が光の神を捕らえているな」
「……どういう意味で?。別の意味が入っているような……」
「大体は恋愛感情だね。相反する存在に惹かれるものらしい。だから闇の神である魔王や魔物に、僕はある呪いをかけてみたんだ」
「その呪いを解け。魔王だってそれを望んでいる」
「駄目だよ。ついでにこっそり魔王にキスした時に強化しておいたのに」
勇者は、剣を取り出して光の神に突きつけた。
「解け」
だが光の神は不敵に笑う。
「いいのかな?。そんな事を言って。そもそもあの呪いが本来どんなものか知っているのか?」
「……それは、けれど碌なものではないはずだ!」
「確かに碌なものではないな。だが、君にとっても悪い話じゃないぞ?」
「……どういうことだ?」
含み笑いをしつつ、楽しそうに光の神は続ける。
「あの呪いは、精神を犯す呪いだ」
「……意味が分からない」
「要するに精神的なセッ……」
「言わなくいい。分かった。だが俺に何の得があるんだ?」
「分からないのかい?。君と僕は同じもの」
認めたくは無いが、彼が言うにはそうらしいので勇者は取りあえず頷いておく。
それに光の神は満足したようだった。笑みをさらに深めてこう言った。
「つまり君の好きな魔王を精神的にも肉体的にも慰められるという事さ」
あまりにも素晴らしい響きに、勇者は一瞬言葉を失った。
勇者は頭の中でしばし、妄想して、
「……それは、残さざる負えない」
「だろう?」
魔王には悪いが呪いはこのままだ。
「……後一つ聞いていいですか?」
勇者にとって気がかりな事。自然に敬語になってしまう。
「俺はいずれ消えてしまうのでしょうか」
「それは君が消滅すると言う事かい?。それは僕が存在する限りない。それとも君を取り込むかという事かい?。この場合は君の中に僕の記憶や性格が、僕の中に君の性格や記憶が入るようなものだ。消える事はない」
「いずれ貴方と一つに俺はなるのですか?」
「恐らくは。けれど僕は君の事をある意味で尊敬しているんだよ?」
「尊敬?」
「そう、感情とか優しさとか、そしてあのルーズカースに愛されていることが、僕は羨ましい。僕は自信が無くて逃げたからね」
「それは……」
「君を通して僕は色々な事を理解した。そしてこれからも。きっと全てを理解したその時には、僕と君との境界は自然と無くなっているだろう」
「……そうなのですか」
「そう。実の事を言うと、昔の自分は最低だなと最近良く思うんだ」
「反省は成長です」
「そうだね。いずれ君に追いついた時、僕は君に、君は僕になるだろう。その時を楽しみにしているよ」
「ええ、俺もです」
「本当にもう一人の僕は良い子だな。特別サービスだ。魔王城へのショートカットと、ある事を教えてあげよう」
光の神が悪い笑みを浮かべて教えてくれた。
「良いのか?」
「運も実力の内さ」
そこで勇者は目を覚ました。
周りには仲間が心配そうに覗き込んでいた。
「勇者様、突然倒れられて……」
「明日魔王城に行く」
勇者の仲間達が部屋の隅で審議する。
「……どうしよう、勇者様の頭がおかしくなった」
「やはり魔王様が居なくなった反動で……」
「どう考えても一週間以上かかりますよ」
「恋しすぎるからって……」
その様子に勇者は溜息をついた。
「一瞬にして行く方法を、光の神に聞いて来た」
「え、勇者さま光の神に自分で会えるのですか?」
「今回初めて会えたんだ。それで色々教えてもらった。気づかない事も」
「気づかない事?」
「その時のお楽しみさ」
自信たっぷり、勇者は宣言したのだった。
ほぼ同時刻、魔王城にて。
「何やら寒気がしたが、気のせいか。よし、出来た」
ちなみに寒気がした時間は、光の神が精神的にも肉体的にも慰められる、と言った時だ。
そんなことも露知らず、魔王は出来た首飾りを嬉しそうに見つめる。
「物理攻撃の体制強化で、より完璧な呪いの首飾りが完成だ。我はがんばった」
何かに夢中になっていないと、すぐに勇者の事を思い出してしまう。
ここは遠い。
けれどここを離れられない。
自分は魔王だから。
「会いたい」
魔王は小さく切なげに呟いたのだった。




