父達の過去
物語の時間軸より百年ほど前の事。
「よし、次だ!」
四天王の最後の一人、水の王のエルウィアを倒し、勇者アクセルは最後の扉を開ける。
「よく来たな、勇者アクセルよ。先手必勝!」
扉を開けた途端、魔王の魔法の攻撃が来るのもいつものとおり。それを仲間との連携でかわすのもまた、いつもの事。
魔法の攻撃をよけつつ、アクセルは魔王に攻撃を仕掛ける。
そして、今日も負けてしまったのだった。
「これで、21敗0勝、と」
メモ帳に書いて、アクセルは溜息をつく。
およそ半年前、魔王討伐に向かい魔王城へとやってきたわけだが、四天王まではどうこうできるとして。
「魔王のあの強さはなんだ」
「いや、それは魔王だしね」
アクセルの仲間が呆れたように答える。
その言葉に、アクセルは拳を握り締め、
「だったらいつ、あいつ、魔王エンドカースを倒して俺のものに出来るんだ」
「いや、勇者様。その煩悩がいけないのではないかと」
「欲望なくして人間は生きていけない。というわけで、明日も挑戦するからな」
「ええ!、でも明日は満月ではありませんか!。魔物の攻撃欲求が高まるその日に。今までならば手加減して貰えましたが……」
「それが気に食わない。正面から正々堂々と全力で戦って勝ちたい、俺は!」
ついていけないと勇者の仲間はお互い顔を見合わせる。
アクセルは初め、勇者として魔王を倒そうと息巻いていた。
しかし、初めてエンドカースの姿を見た時、この世界にこれほど美しい魔物が居ると知った。
ようするに一目ぼれしてしまったのだ。
そして戦うのを忘れ、口説いた。
すると彼は言ったのだ。
私に勝ったならば、私を好きにしても良い、と。
近くにいた、先ほど倒した四天王が、このサドが?と言って殴られたのが見えたが些細な事だ。
そんなわけでひたすら挑むも、負けて魔王城から追い出されるを繰り返している。
「さて、少し周りの雑魚でも倒して、レベルを上げるか!」
それに仲間もついていく。なんだかんだで勇者の仲間も人が良かった。
「あいつ、また強くなったな……」
窓の外をぼんやりと見ながら、魔王、エンドカースは呟いた。
その呟きに、嬉しさが混じっているのを、傍にいた彼は聞き逃さなかった。
「父様は、先ほどのアクセルさんがお気に入りなんですね」
「まあ、ね。あれだけ熱烈に来られれば、心も動くかな」
「そうですか」
「もしも、もしもだよ?。彼が私を倒したら、ルー君はどうする?」
人間の子供であれば5,6歳程度の、自分の子供の頃にそっくりな自分の息子ルーズカースに問う。
彼は少し黙って考え込み、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「二人でここに住んでほしい。父様にも幸せになってほしい。それに、我もあの勇者に好感を持っています」
「……あげないよ?」
「父様、冗談でも言わないでほしい。我のあの勇者に感じる好意は、四天王の皆に感じるものと同じです」
当たり前のことのように、冷静に指摘する。
生まれ持った魔力が強いせいか、この賢い息子は表情に乏しい。
けれど、表現を上手くできないだけで、感情や性格は恐ろしくまっすぐに育っている。
それが不安でもあったのだが。
「ああ、うん。四天王ね。そういえばルー君は、仲良しだものね」
「先ほども勇者のに怪我をさせられた傷を治してきました。お礼と言って皆に、頬にキスをされたましたが」
「……やはりあいつ等には早めに教育しておくか」
「父様、どうかしましたか?」
「ん、いや、何でもないよ。ルー君はアクセルの事、父様と呼べるか?」
「呼べます」
「そうか……」
子供の確認もとったので、エンドカースほっと胸をなでおろし背伸びをする。そこで、
「今日は、満月。勇者が来たら相手をするのですか?」
「そうだね、勇者が来て、今日が始めての満月。魔物の衝動は、ルー君ほどではないけれど一応魔王だから抑えられるよ」
「けれど人に対して、それも好きな人に対してはその衝動が特に強くなると聞きます。大丈夫なのですか?」
それに関して、エンドカースは押し黙る。
好みの人間に対して、この魔物の衝動は厄介だった。
その皮膚に歯を立て、血を飲み干し、その全てを自分のものとしたいと願う。
悲鳴も、哀願も、全てが快楽へと変貌する、獲物を奪う捕食者としての壊れた衝動。
これは魔物の呪いのような物だ。
当たり前のようにあるその衝動が、息子のルーズカースには生じなかった。
多少、息子が満月の夜に欲望を抱く程度で済んでいる点、そして、エンドカース自身が息子に触れているとその衝動が起きない点から、呪いのような物である事、そしてそれを振る払う力が息子にあることを突き止めた。
そのため、満月の夜は今も息子と一緒に寝ている。
衝動を抑える代わりに欲情するが、傍にいるのが息子ではそんな気も起きないので一番安全だった。
それは良いとして、本当の事を言うと押さえられる自信があまり無い。
最近、すぐにアクセルの事を考えてしまうのだ。
あいつが奪いにくる前に自分の物にしてしまおうかと考えて、止める。
エンドカースは、自分の意志のあるアクセルが好きなのだ。
高位の魔物が人を攫い、自分の物としているのをしばしば見た事があるが、あのような空虚な目で自分を見てほしくなかった。
ちりん、と鈴が鳴る。アクセルが来たようだ。
窓の外を覗くと、勇者一行が魔王城へと入ろうとしていた。
ああ、ほしいな。
知らず知らずのうちに、衝動に支配されている事にエンドカースは気づいていなかった。だが、
「やっぱり駄目ではないですか」
次に瞬間、頭に重い衝撃を感じてエンドカースは意識を失った。
いつも通りに四天王を倒した。
満月なのでやや強かったが、外で力を付けたのが功を奏したようだ。
問題なのは、いつもの扉の少し手前に魔物の子供が居た事だ。
はじめから今来るか分かっていたかのように、そこに立っていた。
髪や瞳の色、姿がエンドカースにそっくりだった。
ウサギのぬいぐるみを抱きしめた子供はアクセルの前に来て、見上げて言った。
「今日は帰ってほしい」
勇者達は顔を見合わせる。
アクセルは同じ目線になるよう膝をつけてしゃがみ、
「どういうことだい?」
と、問うた。
子供は無表情のまま、
「貴方がまだ弱いから。悲しい事になるのは避けたいから」
「つまり、エンドカースが僕を殺すということかい?」
それ見て、子供はこくりと首を縦に振った。
「父様は、特に貴方へ満月の衝動を抑えきれない。殺し、肉を喰らい、正気に戻った時、精神が壊れてしまうかもしれない」
「……それは……」
「我は二人に幸せになってほしい。だから、今日は引いてほしい。それでも、戦おうと言うのなら、我が相手をする」
「君は認めてくれるのかい?。もし、俺が勝ったなら……」
子供はこくりと首を縦に振った。相変わらず無表情のままだったが。
そこで、ふふふ、とアクセルは仲間に向って笑った。
「聞いたか、子供公認だぞ!」
「勇者様、そもそも子持ちに手を出しているという事にお気づきにならないのですか?」
「え、つっこむとこそこ?」
「とはいえ、どうします?」
仲間の受け流し耐性が高い。
けれど、ここで引き返すかどうか。
「引き返そう」
あっさりとアクセルが言った。
仲間も仕方が無いと言う雰囲気だった。
その様子に、子供が初めて微笑んだ。
「ありがとう」
神々しいまでの愛らしさに、何か道を誤りそうになりながらもアクセルはその子供に質問した。
「君の名前を聞いていないんだが」
「ルーズカース。次の魔王です」
「そうか、君の事はルーズカース君でいいかな?」
「父様は我の事をルー君と呼んでいる。貴方にもそう呼んでほしい」
「……何故だ?」
「貴方も僕の新しい父親になるから。それに、我は父様へのアクセルさんの熱烈な愛を羨ましく思う。我にはそんな経験が無いから」
幼い将来魔王になる子供は、その関係に何か憧れを抱いたらしかった。
それが何処か恥ずかしく、アクセルは照れ隠し彼の頭をなぜた。
「きっと、君にも将来分かる時が来る」
「……わかりました」
素直すぎる子供。魔物のイメージからあまりにも遠すぎるが、魔王とここまで似ていればまったくの無関係ではないだろう。そういえば、
「エンドカースは今どうしているんだ?」
「父様は先ほど我が辞書で殴って気絶させました」
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
「その辞書をくれないか」
次の瞬間、アクセルは仲間に殴られた。
「痛い、なにするんだ!」
「勇者!、貴方はこんな子供にマニアックな知識を……」
その近くで、勇者の仲間がルーズカースに説明している。
「いいですか、勇者のような人間はほんの一握りで、恋している人間にはままあることです。愛しい者の触れたものをすぐ傍に置いておきたいと」
「そうなのですか?」
「そうなのです。一時の気の迷いなので放っておいてください」
「待て、エンドカースの事は本気だからな!」
「あのような大人になっては駄目ですよ?」
「おい、なんて事を吹き込むんだ!」
「面白い方達ですね、皆さん」
無表情に、ルーズカースが言う。
そして、ポケットから何かを取り出して、アクセルに手を出すよう求めた。
その手の上に、五つの石が落とされる。
それを見た勇者の仲間が、驚いたように声を上げた。
「これ、すっごい高純度の魔石じゃない。高性能の防具やら武器やらが作れるわ」
「いいのか、こんな」
「いい。早く強くなって、父様を迎えに来てほしいから」
「わかった、約束する」
そして、彼らが去っていった後、
「ルー君、頭を叩くのは酷いじゃないか」
「父様の幸せのためです」
「だからといって、ルー君が勇者達の前に……。ルー君は可愛いから、人目に触れさせたくないのに」
「父様は過保護すぎます」
「そんなことはない、可愛い息子を大事にしない父がいるものか」
これ以上言っても仕方がないと、ルーズカースは黙った。
今までも幾度と無く同じ問答を繰り返しているからだ。
そして、四天王たちの怪我を見にルーズカースが出て行くのを見送って、エンドカースはこっそりとあとをつける。
ルーズカースがいなくなったあと、あいつらがどんな話をしているかだ。案の定、
「ルーズカース様は可愛いですね」
「本当に、何であんなサドな親から可愛らしい子供が生まれるんだか」
「ついこの前も襲いたくなってしまったし」
「もう少し大人にならないと……でも、それまで我慢できるか」
「ほう、その話を詳しく教えて貰おうか」
四人が固まって、恐る恐る後ろを見る。
そこには仁王立ちのエンドカースがいた。
「お前達専用に、最近触手の魔物を四匹ほど仕入れたのだが、どうする?」
やがて、幾度と無く戦い、アクセルはエンドカースを手に入れた。
そして、満月の衝動を共に調べていくと、闇の神、光の神の存在に行き着く。
かの神とアクセル、エンドカース、ルーズカースは後に対峙する事となる。




