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満月の夜に

 リオが、人参を咥えてていた。

 はじめは食べているのかと思ったが、いっこうに見ていても減らないのでそう判断した魔王だが……。

「何をしているのだ?」

「!、ふぁおうふぁま」

「すまないが、人参を咥えるのを止めて話してくれないか?」

 リオは照れたようにふふと笑って、

「ぷは、これは練習なんです」

「何の?」

「将来のための。あ、魔王様もやりますか?。やっておくと、たぶん勇者も喜びますよ?」

「そうなのか?」

「そうですとも」

 と促されて、人参を咥える。

「歯を立てないで、舌で嘗め回すようにするんですよ」

「む、そうなのか」

 そうこうやっているうちに、勇者が来て固まった。

 魔王は人参から口を離して、首をかしげる。

「どうした勇者よ。そんな所で」

「……それ、意味を分かっていてやってるのか?」

「いや、勇者が喜ぶと聞いて」

「……分かった、後で教えるから。実体験も交えて」

「?。そうなのか、分かった」

「そういえば今日は満月だが、知っているか、魔王」

 魔王の口から人参がポロリと落ちた。

 今日は満月。

 変だと思っていたのだ。

 やけに快楽を求めるようになったなと魔王は思っていたのだ。

 月の魔力は侮れない。

 昔は魔物も満月になると破壊衝動が酷くなり、自我など無いに等しい状態になったものだが。

 魔王の場合、昔から変に体が熱を帯びて、イケナイ気分になる。

 こんな所を勇者に見られたら襲われる。

 間違いなく犯される。

 昼間は普段にもましてその影響がでているとはいえ、絶頂期の夜はまずい。

 昔父に、満月の夜にルー君は部屋に鍵をかけて布団に包まって寝ていろ、と言われた。

 その言いつけを守り続けてはいるが、ある時うっかり鏡を見てしまった。

 そこにいたのは、誘うような色香を醸し出す自分自身だった。

 別人のような自分自身を見て、あ、これで誘惑すれば好きな人もいちころなんじゃないか、と思いもしたが、体に力も入らないので押し倒せないから駄目だなと考えた事を思い出す。

 ただ、いまさらにその条件をに追加すると、自分は非常にまずい状況にある。

 しかも、今は野宿の最中だ。

 未だにベッドの上と言う約束は守ってもらえてはいるが、初めてが外というのもなんだか嫌だ。

 そこまで考えて、気がつけばする事前提に考えている自分に魔王は驚愕した。

 このままだと流されてしまう。

 けれど、勇者と一緒に魔王がいるということが明後日にバレるという。

 かといって心の準備が出来ていない。なので、

「今日は我だけ離れて寝ても良いか?」

「……理由は?」

「満月は、その、魔物としての衝動が……」

「確かに満月になると魔物の活動が活発になるが、人型の魔物は欲情するんだったな」

「……何故知っている」

「常識だ」

「襲ったりしないから。最近は魔王を抱きしめるだけで満足するようになったし」

「「「「うわー」」」」

 そこで勇者の仲間が酷いと言うような顔で魔王を見た。

「さすがに酷いですよ魔王様」

「そうですよ、勇者様が可哀相です」

「一度くらい、いいではありませんか」

「両思いなんですしね」

 とかなんとか。

「何故我が責められる。いや、言わなくてもいい、そんな目で見るな」

「むしろ何で拒むのか僕達もよく分かりませんよ?」

「怖いから」

「……知識や経験が無いのは分かりますけど、もうそろそろ良いのでは?」

 知識が無いと言われて、ふと魔王は思い当たる。

 そういった知識が魔王には極めて少ない。

 三十代でも触手の意味も知らなかった。

 あの頃は父の言う事をそのまま信じる事が多く、職業の種類の事だよ、と言われてそのまま信じていた。

 もしやと魔王は気づいた。

 ただ単純に、魔王自身がそういう知識に疎いだけなのかと!。

 これではもしかして、勇者に、飽きられる?。

「うあああああああああああああああ」

「おい、魔王どうした!」

 叫んだまま、魔王は森の中に消えていった。

「……なんだか、また変な事を考えていそうだな」

 かといって一人にしておくと、また何に襲われるか分からない。と、

「止め、離せ、我は……んんっ」

「……早速襲われている」

 満月だから、いつになく魔物も活発なのか。

 それとも満月は、封じられているとはいえいつもよりも魔王の魔力をにじみ出させているのか。

 いずれにせよ、魔王に自分以外が触れるのは気に入らない。

 勇者は声のする方へと駆けて行ったのだった。


 体の疼きがいつも以上に酷く、魔王は自分の体を抱えた。

 夜になるにつれて、体の力が抜けるのはいつもの事だが、ここまでなる事は今までなかった。

「大丈夫か、魔王」

 心配そうに呼びかける勇者の声に、頭がくらくらする。

 他の仲間とは少し離れたお互いの姿が見えない場所。

 空には白い満月が輝き、その光が余計に魔王のか体を苛むかのようだった。

 勇者の手が顔に触れる。

 温かいと思った。

 ほしい。ほしい。ほしい。ほしい。

 勇者がほしい。触れたい。

 触れたい。触れたい。触れたイ。フレタイ。

 魔王が覚えているのはそこまでだった。 


 突然魔王が勇者にのしかかる。

 とっさの事に抵抗しようとして、手荒な事も出来ずそのまま勇者の上に魔王が乗る形となる。

「……魔王?」

 その言葉に答えるように魔王は妖艶に笑う。

 だが、普段の魔王はこんな笑い方をしない。そしてこんなに積極的ではない。

 とすると、ただ欲望に忠実に行動し、普段の意識がないようにも見える。

 魔王は勇者の方に手を伸ばして深いキスをする。

 舌が巧みに動き、いつもの魔王のたどたどしさは無く、勇者は自分が襲われ、犯されているような錯覚さえ受ける。

 ひとしきり堪能した魔王の表情は相変わらずいつもとは違う艶かしさがあったが、微かに顔に朱がさしている。

 完全に意識が無いと勇者は判断した。

 そのまま腕を引っ張って抱き締める。魔王も素直に抱き締められている。

 昔聞いたことがある。

 満月の時、特に魔物は好きな者の前では欲望に忠実になると。

 特に強い魔物は、意識すらも飛ばしつまうという。

 溜息を勇者はついた。

 心が通じなければ触れる意味が無い。

 けれど、もしも魔王が無意識でも望むのなら、触れようと思った。と、

「うう……」

 小さく魔王が呻いた。まだ意識が朦朧としているのか、すりすりと勇者に顔を摺り寄せる。

「離さないで……」

 うわ言のように呟く。顔から一筋の涙が零れ落ちている。

 何がそんなに不安なのか、問いたくなるも今は無理だ。

 だから伝える事は一言だけ。

「ああ、離さない」

 その言葉に、魔王はふっと幸せそうに目を閉じる。

 本当に今日は襲おうと思っていたのにと勇者は嘆く。

 抱き締めるだけで満足してしまうとは思わなかった。

「おやすみ」

 額にキスをして、眠る。

 次の日目覚めた魔王はその話を聞いて、凍りついたのはまたいつもの話である。


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