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本日の女装

 翻る、フリルの付いたロングスカート。

「……足がスースーするのだが」

 ガーターベルトやらなにやら。違和感しか感じない。

「仕方が無いだろう」

「うう、女は何故このようなものをはくのだ」

「似合ってるよ、魔王」

「似合いたくない!、我も一応は……」

 そこで口を塞がれた。軽い、触れるだけのキスだ。

「魔王だって知られたくないんだろう?」

 小さい声で、勇者に囁かれる。

 それに魔王は押し黙るしかない。

 そもそもこのような格好をする羽目になったのには訳がある。

 隣の村で聞いたのだ。

 これから向っているクレアドルの村には、魔王の配下の四天王、炎の王エルフレア、水の王エルウィアの二人が誰かを探していると。

 いわずと知れた、魔王の部下であるが……。

 それを聞いて魔王は真っ青になった。

 連れ戻されたら触手責めか5Pだ。

「ゆ、勇者よ。次の村は……」

「……魔王城に行くにも、王都に行くにもそこは通らなければならないんだ」

「そういえば、勇者は魔王を倒すものであったな……」

 忘れてしまいそうになるが、そういう関係であることは覆しようがない。

「もっとも王都に行くわけになるが」

「……何故魔王城にに行かない?」

 次の瞬間、疲れた様に勇者は溜息をついた。

「魔王がここに居るのに、魔王城に倒しに行ってどうするんだ」

 言われてみればそうだった。

 けれど、王都に行ってどうするというのだ、という疑問が魔王に浮かぶも、

「魔王が無害な事を示さないとずっと追われることになる」

「え?、倒して終わりではないのか?。我はこういった状態であるから……」

 話が噛み合わない。

「……倒す、というのは殺すって事だろ?」

「……歴代魔王は全員天寿を全うしているのだが」

「……」

「……」

「……魔王、話を聞こうか」

「うむ、そもそも魔王は強すぎるので勇者のパーティーは殺せない。けれど、人間を完全に駆逐するのも魔族側に不利な問題があるという事で、ある一定の条件の下、勇者のパーティーに勝てば倒されたという事で要求をある程度飲むことにしている。大抵の場合、しばらく大人しくしているという物が多いが」

「……道理で同じ名前の魔王が、何度も復活してくるわけだ」

「多くの場合、魔王が暇つ……ではなかった、その威光を示すために人側に攻め込んでいる」

「……そうか。だが当代魔王のお前は何かやったのか?」

「うむ、というよりも状況が変わって、人を攻めるのもどうかという話なのだ」

「理由が無いな」

「そうなのだ。もっとも、そうでなければ我は勇者と出会えなかったわけで」

 そこで勇者が立ち止まる。

 どうしたのかと魔王は振り返るが、それに勇者は取り繕うように笑った。

「何でもない」

「……本当に?」

「……ああ」

 いぶかしむ魔王。と、

「聞きました奥様」

「ええ聞きましたわ」

「酷いですわね」

「あれは無いですね」

 後ろを歩いていた勇者の仲間が口々と、非難する。

「……お前達は何かを知っているのか?」

「魔王様は鬼畜過ぎです!。勇者様は……むぐ」

 リオが指をさして非難するのを、クリフが口を押さえた。

「気にしないでくれ」

「だが……」

「魔王は俺の事を愛しているか?」

 勇者は、真っ直ぐに魔王を見ている。だが、瞳は何処か思いつめた色をして揺れている。

 魔王は、自分が勇者にこんな顔をさせてしまっているのだと衝撃を受ける。だから、

「あ、愛している」

 自分で愛していると言うのが、これほどまで恥ずかしいと思わなかった。けれど、

「本当に?」

 ねだるように、繰り返し勇者に問われる。

 だから、もう一度。

「愛している」

 繰り返して、次の瞬間強く抱きしめられた。

「……勇者?」

「愛してくれているのなら良い。俺は、それで……」

 切なげに耳元で囁かれる言葉に、魔王は不安を覚える。

 自分にはいったい何が足りないのだろうと。

 そこで、勇者がにやりと笑った。

「なら、今日こそ襲わせてもらうからな!」

「!」

 魔王は凍りついた。なんとなく惰性でそうならない状態が続いて、安心しかけていた。

 かといって、本気で抵抗できる自信も無い。

 でも怖い。

「えっと……我だけ別行動は無理かな、と」

 おずおずと勇者に魔王は問いだすも、そこで勇者の双眸が冷たく光った。

「逃げる気か?」

 地雷を踏んだらしい。

 慌てて魔王は取り繕うとするも、腰に手を回されて引き寄せられる。

 そして顔に手で触れ、勇者は暗く笑う。

 それを見て魔王は怖いと思った。

「……やっぱり魔王城占拠して、地下牢に閉じ込めて一生俺だけしか見ないように……」

 自分の城に監禁とか笑えない。

「わ、わかった。我も行く、行くから」

 危なかった。何か別の超危険なフラグがたちそうになった気がしないでもないが、回避できたようだ。

 魔王のその様子を見ていた勇者が、 

「ところで、何故自分の部下に会いたくないんだ?。そういえば、魔王城から出てきた理由も聞いていなかったな。あと、触手責めの……なるほど、襲われそうになったか、部下に」

「……黙秘する」

「そうか、自分から話すまで犯すのも手だな」

「うう、ユウシャノイウトオリデアリマス」

 と、勇者が魔王を強く抱きしめた。

「指一本触れさせないから安心しろ」

 頼もしい言葉に、魔王の胸が高鳴る。が、

「なんなら、そいつら全員……」

 物騒な事をいい始める勇者に魔王は慌てた。

「!、駄目だ!、それは」

「何故だ?」

 そんな勇者の瞳を魔王はまっすぐに見つめて、

「……あれでも父上の頃から仕えていた、我にとっても大切な部下なのだ……」

 昔からいた部下なのだ。簡単に切り捨てられない。

 遊び相手になってもらった事も多々ある。

 まさか襲おうと思っていたとは、思いもしなかったが。

 そんな魔王の言葉と様子に、勇者は小さくポツリと呟いた。

「……何でこう、甘いんだか」

 だが小さ過ぎて魔王は、聞き逃してしまう。

「勇者よ、何か言ったか?」

 首をかしげる魔王。

 その様子に何故こんなのが魔王なんだろうと、けれど、だからこそ愛しいのだと勇者は再確認する。

「魔王の悲しむ顔は見たくないから、今回は見逃す事にする」

「……ありがとう、勇者よ」

 勇者は複雑な顔をする。だが、それに関しては言うわけにもいかないので、別の質問をした。

「……それよりもどうする?。変装するか?」

「うむ、それが一番良かろう」

 と話していたわけだが、

「何故女装なのだ!」

「俺が見たいから」

「……もう嫌だ」

 何が特に嫌って、透け透けの黒い下着まで付けさせられた事だ。

 見えない場所までおしゃれはするものですよ、と言う店員。

 我は男だと言えなかった自分も悪いのだが。

 そうか、男に見えないのか。

 別な意味で魔王は疲れた。

 だがこの姿になった途端、やけに勇者が優しい。それが、なんだか気に食わない。

 そして村へ来て四天王の二人の前を素通りするも、まったく気づかれることはなかった。

 それはそれで、魔王は複雑な気がしたが。

 宿をとり、それぞれの自由行動となる。

 魔王と勇者は二人で、村の広場に来る。

 まだ時間が早い為か、子供達が遊んでいた。

 その中に、勇者と同じ髪と瞳の色をした子供がいる。

 魔王は、懐かしいものを思い出しふふ、と小さく笑った。

「……どうしたんだ?」

「いや、昔、我の事を好きだと言った子供が居たと思ってな」

「……そうか」

「あの寂しそうな子は、きっともう大人になったであろうな。子供の戯言とはいえ、あの時は嬉しかった……」

 ふふ、と思い出して笑う魔王の腕を勇者が引き寄せる。

 急に引き寄せられて驚いて見上げる魔王。

 その頬に触れる、何処か苦しそうな勇者の顔が見えた。

 何故、と問おうとして口を塞がれる。それも、舌が絡まる濃厚なキス。

 求めるように、いつもよりも執拗に絡まる舌に体の芯から熱を帯びる。

 力が抜けて、膝が震える。

 そんな魔王の体を支えるよう、勇者の手が腰に回されて支えられる。

 魔王の目頭が熱くなり、涙が零れ落ちる。

 そこで勇者はようやく唇を離した。

 魔王は力なく勇者に寄りかかり、息を整える。

 勇者はそんな魔王を強く抱きしめて、そっと小さな声で魔王に言った。

「戯言なんかじゃない」

 それはどういう意味だ、と魔王は聞こうとして口をつぐんだ。

 勇者が黙って怒っていた。

「あ、我は、何か気に触る事を……」

 それ以上、魔王は続けられなくなる。

 黙って、お互い見つめあう。と、

「あれ、レンヤ、ひさしぶり!」

 と、勇者に抱きつく少年が一人。

 勇者と同じ髪と目の色をした、そう、魔王がかつて会った子供をそのまま大人にしたような、可愛らしい少年だった。

「僕、ずっと会いたかったんだよ!」

 猫なで声で、甘えるように絡みつく少年。

 魔王は胸がざわつくのを感じた。

 しかも勇者は、彼のなすがままにされている。

 けれど、その表情は勇者としてのものそのものであった。

 一通りじゃれ付いたのを見計らい、静かに勇者は問う。

「なぜ、このような場所に?」

「うーん、レンヤに会いに、かな?」

「他の方々は?」

「巻いちゃった☆」

「クリストファ様!」

「酷いよレンヤ、他人行儀に。クリスって呼んで」

 いちゃいちゃしているように魔王は見えた。

 そこで、くるりとクリスは魔王の方を向いた。

「この女の人は、誰?」

 女の格好をしているが、女の人と言われるとダメージが大きい。

 そんな様子を見て、ふふっとクリスは笑った。

「なんてね。ルーズカースでしょ?。当代魔王様の」

 魔王は、ギクッとして固まる。

 魔王の姿など、人はそれほど知らないはず。なのに何故彼は……。

 警戒する魔王を見て、さらにクリスは笑った。

「そんなに警戒しないでよ。蛇の道は蛇ってね」

 そんなことで納得できず、勇者の方を見ると微妙な顔をしていた。

 そこまでは魔王も良かったのだ。

 次の一言を聞くまでは。

「僕はね、勇者の恋人なんだ」

 高らかにクリスは、魔王に宣言した。


「恋……人……」

 呆然と反芻する魔王。と

「クリストファ様、冗談はやめてください」

「あれ、僕は本気だよ?」

 困ったような勇者に、悪戯っぽく笑うクリストファは可愛らしい。

 こんな愛嬌も彼の魅力なのだろう。

 それに彼は、人だ。魔族ではない。

 そこで、魔王は勇者に手を引かれ、抱きしめられた。

「魔王は、俺にとっても大切な人です」

「……いいのかな?。勇者がそんなこと言って」

「この人が手に入らなければ、勇者をする意味もありません」

「へー、ふーん」

 小悪魔のような笑顔で、クリストファ魔王を上から下まで値踏みするように見る。

 その様子に勇者は、

「それも含めて、以前に全てお話したでしょう」

「うーん、でもね、レンヤ。僕は、君が魔王と一緒にいる時間よりも長く君を見てきているんだよ?」

「……そうですね」

「思う時間は、僕の方がずっと長いんじゃないかな。色々と手助けもしているし」

「それに関しては感謝しております。ですが……」

「ねえ、その魔王様は今力が使えないんでしょう?。少しお話させてもらってもいいかな?」

 クリストファは抱きしめられたままの魔王の顔を覗き込む。

 ニコニコと笑っている表情の彼を見て、魔王は何かを感じ取る。

「……分かった」

「……魔王?」

「勇者よ、大丈夫だから」

「場所は僕達の泊まっている宿、でいいかな?」

 魔王は頷く。抱きしめた腕をはずす魔王に、勇者は、

「クリストファ様は恋人ではないから……」

「分かっている」

 そのまま、魔王は勇者に軽く触れるキスをする。

 魔王からのキスに、勇者が面白いくらい赤面する。

「では、また後で」


 連れて行かれる魔王を見て、不安を覚えながらも勇者を見送る。そこで、

「レンヤさん、クリスは……」

「カイト様、先ほど一緒にいた方と……」

「魔王と、か」

「……それも、クリストファ様の予知ですか?」

「ああ、話したいと突然言い出して」

「クリストファ様は俺の事を、また恋人だと言っていましたよ?。何かしたのですか?」

「……色々とね」

「魔王の前で言われて、俺は迷惑でした。カイト様はクリストファ様の恋人なのですからもう少し……」

「それを言うともっと君に嫉妬しても良いという事かな?。援助を無しにしても良いという事か?」

「……仲間には、酷い事をしないでください」

「……どうも昔の君を知っていると、嫉妬する気になれなくてね」

「……今は似ていません」

「今も似ていたら君は影武者だ。城から出る事も出来ず、魔王にも会いに行けないだろう」

「……それで、用件は何ですか」

「魔王を殺せ、と言ったらどうする?」

 静かな殺気が勇者から放たれる。

「無理です。全てを敵に回しても俺は彼がほしい」

「それは、君の中のあの方も同じ意見かな?」

「あの方とは、俺は意識的に話せません。それは貴方方が良くご存知でしょう」

「そうだね、以前、あの方と直接話した時も、君と同じで魔王への執着が大きかった。恋愛感情という意味で」

「……俺は、あの方に乗っ取られるのでしょうか」

「それは無いな。君自身が彼であり、彼自身も君自身だから」

「別の意識があるのに?」

「今の君とあの方の関係は、今の君と今の君の一部記憶喪失になって力が減った状態の関係と同じだよ」

 自分でないものの意思で、勇者はこの気持ちが決められたとは思いたくなかった。この焦がれる思いも自分だけのものだ。

「俺が魔王を好きなのも、俺の意志です」

 そんな勇者の様子に、カイトは低く笑って、

「良いんじゃないのかい?。どうあっても愛さずにはいられないんだろう、お互いね」

「分かっているのなら何故、魔王を殺せと言うのですか?」

「うん、所で君は何故魔王討伐の話になったか知っているかい?」

「いいえ」

「そうか、実はね……」


「それで、我に話とは何なのだ?」

「女装が似合っていますね、魔王様」

「……似合わなくて良い」

「意味が無いと思いますけどね」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ」

「話はそれだけか?。我は帰る」

 くるりときびすを返しドアの方を向く魔王。それを見て、クリストファは、

「いいのかな?。昔の勇者の話とか聞きたくない?」

「……」

 そう言われてしまうと、話を聞かざる負えない。

 部屋には広い割にベッドしかないので、そこに魔王とクリストファは座る。

「けど、綺麗だと思ったのは本当ですよ。絵で見るのと大違いだしね」

「……我の絵は、魔王城にしか存在しないはずだが」

「昔の魔王様の絵が、人側にもあるんですよ。王都の王宮の地下にね」

「そういえば数代前に人間の絵師が、魔王の肖像画を描いたとか何とか、我も聞いた事がある」

「本当は、勇者に魔王の顔を覚えさせるために作ったのですが、結局、別な理由で厳重に保管せざる終えなくなってしまったんですよね」

「……別な理由?」

「いえ、絵を見た人がどいつもこいつも魅了されてしまって、盗もうとするわ何するはで本当に大変だったんですよ。結局封印されて、ここ最近であの絵を見たのは僕達と現勇者のレンヤだけですね。もっとも、彼も持ち帰りたがっていましたが。……嬉しそうですね、魔王様」

「べ、別にそんなわけでは……」

「でも、綺麗と言うよりも可愛いという感じですね。もっとこう怖い感じを想像していたのですが」

「……我はお前達よりも年上なのだ。可愛いと言われても嬉しくない」

 むすっと頬を膨らます魔王に、クリストファはさらに笑って、

「まったく力も無い魔王に、存在価値があるとすれば可愛い事だけですね☆」

 にこやかに毒を吐いた。

「……我の力が戻った時覚えていろ」

 口の片方を引きつらせながら、魔王も言い返す。

 だがそこで、クリストファは真剣な面持ちになり、

「やっぱりいずれ戻るつもりなんですね」

「……」

「今のままでいれば戦うことなく、勇者と一緒にいられますよ?」

 それはとても魔王にとって魅力的だった。けれど、

「それではただの足手まといではないか」

「いいじゃないですか。ずっと勇者に守ってもらえる。一緒にいられるのですよ?」

「……そんな一方的な歪な関係は、いずれ破綻する」

「そうですか?。勇者は強いですよ?。力も精神的にも」

「我は魔王だ。魔を統べる王。その力をお前達は知らないわけではあるまい。強い力が無くなれば均衡は崩れる。その一つとして魔族は好き勝手に人を襲うであろうな」

「確かにその可能性があります。そして王としての魔王の力も本では読んだことがありますけれどね」

 魔王がどれほど恐ろしいものなのか、本でクリストファは知っている。けれど、目の前にして疑念が湧く。

 それほどまでに恐ろしいのか。

 そして彼が生まれてこの方、魔王が人を攻めたためしがない。

 それに、こちらにも切り札がある。だからだろうか。

「人が、それほどまでに弱いとお思いなのですか?」

「お前達は、光の神が誰か知っているのか?」

 部屋の空気の温度が下がった。

 問うのではなく、命令だとクリストファは感じた。

 そして気づく。きっとこれが本当の魔王。

 力が無くとも、その存在そのものが従わざる負えない存在。

 人の王とはレベルが違う。

「……なんだ、魔王様らしい顔も出来るんですね」

「我の質問に答えろ」

「現勇者がそうだと言ったらどうしますか?」

「……ありうる話ではある」

「僕が本当の事を言うかどうかは別ですよ?」

 ふふっと笑う、クリストファ。けれど魔王の表情は変わらない。

「なるほど、本当の事か」

「……やりにくいですね。そして、もし現勇者が貴方を殺そうとしたらどうしますか?」

「……抵抗はする。我も死にたくないのでな」

「今の貴方は簡単に殺せますよ?」

「……」

「その意味もこめて、彼を勇者として選んだと言ったら、驚きますか?」 

「……人を攻めるような事は我はしていないのに?」

「敵である事には変わりないでしょう?」

 魔王は反論しようにも、出来ない。

 理屈で言い返せない。けれど、漠然と分かっている事。

「勇者は我を殺さない」

 駄々をこねる子供を見るように、クリストファが嘆息する。

「先ほどの話を聞いていましたか?」

 けれど、魔王なりの思いもある。それは、

「……想像出来ないのだ。勇者が我を殺すなど」

「貴方がそう望んでいるだけでは?」

「お前は長い事一緒にいたわりに、勇者の事を分かっているのか?」

「光の神はどうか分かりませんよ?」

「あいつを倒すのに魔法は必要ない」

「……」

「……」

 魔族の一番の天敵が、魔法を使わず倒せると魔王は断言する。

 クリストファには予想外だった。かといって、魔王が嘘をついているようにも見えず、

「……我々の切り札なのですが」

「直接対決する分には、我には問題ない」

「……はあ、そうなんですか。そうか、光の神は使えないのか……という事は、他の要素も考えると……普通に僕達に部が悪いですね」

 クリストファは計算するも、不利な条件しか出てこない。

 そんな様子を見て、魔王は問う。

「今ここで我を殺そうと思わないのか?」

 はっとして魔王を見る。彼は不敵に笑っている。

 敵に対してみせる魔王の表情に、クリストファは背筋がぞっとするのを感じた。

 恐ろしいほど美しい。

 あまり彼に敵意を見せるのは得策ではない。それに、

「……殺したら僕達が勇者に殺されてしまいますよ」

 クリストファは当たり前のことを言ったつもりだった。

 けれど魔王にとっては以外であったらしく、

「まさか、勇者はそんなことはしない」

「分かっていないのは貴方の方ですよ、魔王様」

 クリストファは自嘲気味に笑った。

「彼の全ては魔王様、貴方に繋がっている。本当はここまでの事を全て予知して手を打っていたのではと思うくらいです」

「……光の神に話を聞いたのなら、予知が既に我に無い事は知っているだろう」

「それでも、先の事をその前に見る事も可能でしょう?」

「遠い未来の事は複数の可能性があるから、映像が重なり合って見えない。せいぜい出来るのは一ヶ月程度だ」

「……魔王様でもその程度か」

「お前は予知の力があるのか?」

「ええ、二日先くらいまでですけどね。でも、魔王様といえどその程度か。もし良い方法があるなら聞きたかったけれど、これは無理そうですね」

「この結末も予知出来なかったのか?」

「そんなにほいほい使える力でもないんですよ」

「ふむ、普通はそうなのか」

「それで、光の神と知って、勇者の対応はどうしますか?」

「変わらない。勇者は勇者だ。我が愛したそれ以外の何者でもない」

「惚気やがりましたよ。なんだか癪だ。……そうだ」

 ごそごそと、写真をクリストファは取り出す。

「どっちが僕!」

「こっちだ」

「一発で当てやがりました。なら、こっちの子の約束、覚えていますか?」

「覚えているが、何だ?」

「これ、勇者ですからね、昔の」

「……」

「今は、少しかっこいい感じになっていますが、これですからね」

 そこに居た子供はあの時魔王が助けた子供で、あの子はきちんと約束を守ろうとしていたのだ。

「……酷いことを言ってしまった」

「ははは、後で謝ればいいでしょう。それで修復されれば、こちらにも特ですからね。勇者と魔王がそういう関係である限り、人に酷い事は出来ないでしょう?」

「お前達にとってはそうかもしれないな」

「……貴方方は強く賢い。だから恐ろしい。そういえば何故、勇者が魔王城に行く事になったかご存知ですか?」

「?、いや、知らない」

「貴方は、人の王に会った事がありますか?」

「我は魔王城周辺と転送陣周辺しか行かない」

「とすると、先代魔王様はどうされていますか?」

「……父様が何かしたのか?」

「いえ、手を出したのはうちの父です。人の王です」

「そうか、それで」

「まったく興味が無いですね……。一応僕だって王子様なのに……まあいいや。その王が貴方のお父上に魅了されて、手を出しかけまして」

「死んだか?」

「いえ、一緒にいた男にフルボッコにされまして。それでその後魔王らしいと知って、怖くなって、やられる前にやろう、と。それが勇者が送られた理由です」

「そうか、良かったな」

「ええ、命あってのものだねです」

「いや、もし父様が直接手を下していたら……いや、何でもない」

「……なので、殺す事を王は望んでいるのです。けれど魔王と行動している事が近々バレるわけです」

「……お前達が話すというわけでなく?」

「今日見た限り明後日です」

「そうか」

 そっと、呪いの首飾りに触れた。

「そこでどうなるのか聞かないのですか?」

「我が死ぬか聞くのか?」

「死にますよ?」

「我を殺せるのは勇者なのに?」

「そうですよね、勇者が守ってるうちは無理ですよね。また惚気やがりましたよ、本当に気に入りません」

「……勇者の事が好きなのか?」

「好きだよ、僕の二番目の恋人だからね」

「えっと、本命が居るということか?」

「うん、悪い?。一人の人しか好きになっちゃ駄目ってわけではないでしょう?」

「いや、確かにそういう者も居るが……」

「ついでに魔王様も襲っといていい?。いい魔力補給になりそうだし」

 魔王の雰囲気が、冷たくなる。

「駄目だ」

「うーん、じゃあ襲いたいから襲っていい?」

「お前は我の事が嫌いなのではないか?」

「好きな子をいじめちゃう心理って分からないかな?」

「そんな迷惑な真理は知りたくない」

 冗談と魔王を思ったのか幾分クリストファへの警戒が和らぐ。

 次の瞬間魔王は、クリストファにベッドに押し倒された。

「……冗談では?」

「話している途中、何回も押し倒そうと思ってたんだけど、我慢したからいいよね☆」

「よくない、ぜんぜん良くない!。そもそもお前はどちらかというと……」

「される側?、うん確かに本命はされる側だけど、勇者も魔王も両方、する側という意味で、したいかな?」

「可愛く首をかしげるな!。やめろ、離せ」

「ふふふ、魔王様可愛い……」

「そこまでにしてください。クリストファ様」

 底冷えするような勇者の声。

 魔王も少し怖かった。

「なんだ、つまんないの」

「分かっていてやっているのですか?。カイト様と何かあった八つ当たりはしないでください」

「本気で両方ほしいと思っているのにな」

「魔王には手を出さないでください。もしもするのなら……」

「はいはい分かりましたよ。連れてっていいから」

 クリストファがどいて、魔王は腕を引っ張られる。

「行こう、魔王」

「う、うむ」

 無言のまま、歩いて、勇者達の泊まっている部屋まで戻る。

 そこでも、勇者はなにも話さない。だから、

「……勇者よ、一つ聞いても良いか?」

「……何だ?」

「お前は、昔我が助けたあの時の子供か?」

 勇者は噴出した。

「クリストファ様から何か聞いたのか?」

「昔の写真を見せられて、その中に勇者が写っていた」

 しばらく黙って勇者は魔王を見つめて、はあ、と溜息をついた。

「……やっぱり忘れていたか」

「む、忘れてはいない。ただ、勇者とあの子供とが一致しなかっただけだ」

「……変わらないだろう?。俺は俺だ」

「可愛かった」

「……誰が」

「昔のお前の方が可愛かった。今は可愛いと言うよりは、むう、何というかこう……」

「……魔王は子供が趣味なのか?」

「!、そんな趣味はない!。我は居場所のない、その、お前に“家族”というものを教えられたらと思っただけであって……」

「……もしもあの時頷いていたら、俺はどんな対象だった?」

「……多分、このような関係にはなっていなかったと思う」

「そうか、俺は、俺が魔王を襲っていたと思うけれどな」

「……」

「……」

 魔王は勇者の服を掴み、胸に顔をうずめた。 

「……その、何故今まで言わなかった」

「思い出してほしいという気持ちもあったが、魔王、お前が俺の事を好きだと、愛しているといってくれたから」

 けれど、魔王は思う。

「だが、あの約束があったから、お前は勇者となったのだろう?」

 もしも、勇者でなければ、魔王と勇者という根本的な問題を抱えずにすんだのではないか。

 魔王自身が、勇者を勇者足らしめてしまったのではないのか。

 もしも違っていれば、魔王自身が勇者を、関係性なしに自分のものとして傍に置く事だって出来たはず。

 けれど、勇者は言う。

「絶対に自分のものにしたいから、奪いにいこうと思って。でも、お前は強すぎた」

「……」

 勇者は、魔王を自分のものにしたいと言っていた。昔から。

 ならばこの形は必然なのだろうか。

 それに、勇者にとって魔王は強すぎる?。

「気が狂いそうだった。どんなに手を伸ばしても届かないのなら、お前の物になるという選択肢が正しかったんじゃないかって」

 泣きそうな声。初めて勇者が見せた弱み。

 けれど魔王は知っている。

 彼はとても強くて、努力をしている事も。

「……そんな事はない、勇者よ。いずれお前は我と互角の力を身につける。あの時我の物にならないかと問うたのは、お前が、いずれ……」

「言わなくていい。俺は、ずっと貴方がほしかった。貴方だけを見つめていた。だから……」

「すまない。ただ我は勇者よ、お前の事を愛している。それだけは、確かな事だから」

「……魔王は、何故俺を好きになったんだ?。約束を覚えていないのなら、どうして俺なんだ?」

 勇者の不安そうな瞳。こういうところを見ると、年下なのだと思う。

 だから魔王は優しく微笑みながら、答える。

「その、勇者とやらはどんな奴かとずっと見ていて、その、気が付いたら……好きになっていた」

 言ってしまって恥ずかしさに俯く魔王。

 それを、壁に押し付けるように勇者は抱きしめた。

 勇者がため息を付くのが聞こえた。

 けれど先ほどとは違い、仕様がないなといった雰囲気がある。

「まったく、抜けているにもほどがある」

「む、一応約束の事は覚えていたのであって……」

「どうあっても、魔王が俺の事を好きになってくれるのなら、それでいい」

「いや、その……うう、すまない」

 うなだれる魔王。

 それに、ふと躊躇するように勇者が、

「……俺の中には光の神がいると言ったらどうする?」

「大丈夫だ。問題ない」

「……そうか」

 きっぱりと言われてしまい、勇者は不安が霧散するのを感じた。

 魔王は勇者の顔に手を伸ばして、その瞳を見つめる。

「全ては勇者次第だ。だから勇者は安心するといい」

 全ては自分次第、その言葉は勇者が一番聞きたかった言葉だった。

「……なんだか、本当に魔王は年上なんだと実感した」

「むう、失礼な」

「なら、失礼ついでにもう一つ聞いていいか?」

 勇者は真剣な表情で、魔王を見た。

「俺がもし、魔王を殺そうとしたらどうする?」

「……抵抗はする。我も死にたくないのでな」

「そうか、そうだよな。なら、その時は俺をこ……」

「そもそも、ずるいではないか」

「え?」

 勇者はよく分からず聞き返すと、

「ふむ、我を殺すと言うのは、我の全てを勇者に渡してしまう事だ。とすると、我は勇者を少しも手に入れる事が出来ないではないか」

「それは……」

「我だって勇者がほしい。そんな我の思いはどうしてくれる?」

 魔王は、楽しそうに勇者を見ている。

 本当にこの人には敵わないと、勇者は思う。

 ここまで心をかき乱す、魅力的な魔物。

 だから、ずっと欲しくて堪らない。

「俺も、もっと強くなる。心も」

「十分今のままで勇者は良いと思うぞ?」

「こんな呪いの首飾りなど無くても貴方を手に入れられるくらい強くなりたい。魔王をこの腕から逃がしたくないから」

「どうして勇者はこう……」

 恥ずかしい台詞を言うのか。

 けれど嬉しいと思う自分がいることを魔王も感じていた。


  恥ずかしい事を言ってしまった気がして、外の風に当たりたいと出たのが間違いだった。

 堂々としていればバレないと思った自分が浅はかだった。

 炎の王エルフレア、水の王エルウィアの傍をそうっと通りすぎようとした瞬間、腕を掴まれた。

 わざと泳がされていたのだ。魔王が勇者から離れるその時を、彼らは狙っていたのだ。

 暴れようとする魔王に、エルウィアが小声で、

「ここで魔王とばれるのはまずいのではありませんか?。他の方々に迷惑がかかりますよ?」

 と言われて、大人しく従ってしまったのがそもそもの間違いだった。

 今、魔王はベッドの上にいた。

 上半身を起き上がらせて座らせられてはいるが、背後にはエルウィアがおり、魔王の手を後ろで一纏めにして押さえている。

 そして正面には、エルフレアが魔王の両足を開くように体を置いている。

 この状況は非常にまずい。

「まったく、女装する程度で我々の目を誤魔化せると思ったのですか?」

 エルフレアが、キスするかと言うほど顔を近づけて、魔王を怒った。

 いきなり襲われるかと思った魔王も、普通に心配してくれているのかと思い安堵する。

 そうなのだ。生まれた頃からずっと、父の代から使えている部下なのだ。

 魔王のことを純粋に心配してくれているのだろう、と少し嬉しくなった。

「……いや、それに関しても我も色々と思う所が」

「しかも一人でふらふらなさるとは。今、貴方様は何の力もない非力な人間と同じなのですよ?。いえ、潜在能力やこの美貌を考えるとさらに問題があります。悪い人間に捕まったらどうするおつもりですか?」

「ええっと……その、心配をかけてすまない」

 そこで、エルウィアが、

「そうですよ。我々は貴方様を襲いたいとずっと狙っていたのに。横からぽっと出てきた人間なんかに渡すものですか」

 さらっととんでもない事を、のたまう。

 魔王はやはり逃げなければと思ったが、この状況では逃げ出せない。

 エルフレアもエルウィア頷いて、

「そうそう、こうなった今、魔王様をお守り出来るのも我々ですし、我々はこの機会を逃すと今後ずっと魔王様を襲えなさそうですし」

「いや、何故我にそんな……」

「貴方様は自分の魅力を過小評価しすぎです。魔王城の中にも、いつか魔王様を襲えたらな、と思っている輩は幾らでもいます」

「……」

 そんな事を魔王は知らない。

 だが、あの時城から逃げ出したのは正解だったようだ。

「今、魔法の使えない貴方様はただの極上の獲物以外の何者でもありません。性交による魔力の摂取は、それこそ生きたアイテムとして最上級のものです。そんな貴方様を保護すると言う我々の言葉を何故受け入れられないのですか!」

「いや!、お前達は我の事を犯そうとするではないか」

「そんなものは慣れです!」

「いや、無理!」

 そこで、二人の動きが止まった。

 背後で恐ろしいほどの殺気を感じる。

 魔王もちょっと怖かった。

「……それで、覚悟はできているんだろうな?」

 怒気を必死で押さえている勇者の声。

 かといって、二人は腐っても四天王。それを勇者一人で相手が出来るものなのかと魔王は思うも。

 数分後。

 そこには、二人の四天王が倒れていた。


 勇者がすぐに場所が分かったのは、昼間であったため、目撃者が多数いためだった。

「おまえが大切な部下と言うから、とどめは刺さないでおいた」

 不機嫌そうな勇者。

「その助けてくれて」

「無防備すぎる。俺だってまだ……」

 魔王は今日二度目となる自分からのキスをした。

 勇者は驚いた顔をした。そんな勇者が面白くて、魔王はくすくす笑いながら、

「我は、勇者よ、お前でないと駄目なようだ」

 戸惑う勇者もまた魔王には新鮮で面白かった。



 魔王城の近くにて。

「エンドカース、あそこに戻ったのはエルウィアとエルフレアではないか?」

「そうだね、アクセル。でもあの二人がどこかに出かけるのは、おかしいな」

「ルーズカースに何かあったのか?」

「可愛いルー君がそう簡単にどうこうされるとは思えないけど、念には念を入れますか。満月も近いし」

「例の件もあるしな」

「あれ、ね。なんにせよ、子供を守るのは親の仕事だからね」

 ふふっとその人は笑ったのだった。

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