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過去(1)

 月は美しいと思う。

 暗闇の中に浮かぶ白い光は強く優しく、手を差し伸べているようだった。

 ああ、似ているなと俺は思った。

 月のように綺麗な人。

 あの人を手に入れるにはどうしたら良いのだろうか。

 子供の戯言だと、あの約束も覚えていないかもしれない。

 それでも、俺は……。








 その日、レンヤは泣いていた。

 孤児院では一番体も弱く、背も低く力も無い。現在は七歳だが、年下の子供にも勝てない。

 弱い自分が嫌だった。強くなりたかった。


 けれど、心の何処かで思っていた。

 何をしても無駄だと。

 自分はずっと弱いままで、それはどうしようもない事なのだと。


 親は、生まれたときに流行り病でなくなった。だから、親の顔を覚えていない。

 その当時多くの人が亡くなったという。その中で自分は生き残った。

 それ故に思うのだ。


 何故自分もその時死んでしまわなかったのかと。

 弱い者に対して子供は残酷だ。

 孤児院でも、自分は弱いから、院長達の見ていない所で色々な目にあった。


 涙も枯れるほどに繰り返される悲しみは、慣れる事は無い。

 そして今日も人知れず森の中で泣いていて、そこで二人の男達に攫われた。

 細い獣道を荷物のように担がれながら、レンヤは人買いだと話から推測する。


 見た目が良いから高く売れるだろうとか、そういう趣味の貴族がいるとか。

 聞けば聞くほど、絶望で目の前が真っ暗になる。


――もういいんじゃないのか


 誰かが囁いた。

 たまにそんな幻聴が聞こえるけれど、それでも今までであれば我慢していた。

 けれど、我慢して泣いて、それでも笑って。

 その結末がこれだ。


――もういいんじゃないのか


 声がもう一度囁く。

 笑みが込み上げて来る。


――そうだよね、もういい……。


 もう笑っているのか、泣いているのかレンヤには分からなかった。

 そこで、もう一人の男が足払いをかけられ、盛大に転ぶのが見えた。


「すまないが、我にここが何処か教えてもらえないか」


 綺麗な透き通る声だった。


「なんだテメ……」


 自分を担いでいる男は、その声の主を見て黙る。

 担がれたまま、レンヤは首を上げてその声の主を見て言葉を失った。

 美しい人がいた。


 否、人ではない。人型の魔物だ。

 だがこんな綺麗な魔物を、生まれてこの方レンヤは見たことがない。

 男達が互いに顔を見合わせて、


「へ、へへへ……これは、上玉だ……こいつぁ、高く売れる」


 レンヤを担いでいた男が、下卑た笑いをしてレンヤを落とす。

 もう一人の先ほど転んだ男も、起き上がる。

 そして、二人はナイフを取り出した。


「大人しくしていりゃあ、痛い目にあわなくてすむぜ」


 そう、じりじりと近づく男に、その綺麗な魔物は冷たい一瞥をやった瞬間、二人の男は動きを止めた。


「う……動けない」


 良く見ると、手と足の方が石になっている。

 それを見て、綺麗な魔物は満足そうに頷く。


「ふむ、石化の呪いの部分的な効果は成功、と。改良は上手くいったようだ」


 そこで綺麗な魔物はつかつかと近寄り、その男達の頭に一回躊躇しつつ嫌そうに触れて、


「うむ、お前達は人を攫い、売るという事をしているのだな」


 と頷く。その様子に男達の顔は真っ青になる。

 その時、目の前にいる綺麗な魔物は、普通の魔物ではないと気づいたのだ。

 そういえば衣服も何処となく見たことのない、けれど上品な服を着ている。

 さらに綺麗な魔物は、何かを読み取ったらしいが、


「ふむふむ、なるほど。……では次だが」


 にっこりと笑うと、彼の体からゆらりと魔力の燐光が立ち上り、彼の瞳が煌々と輝く。

 それが普通のものでないと、魔法に詳しくないレンヤでも分かった。


がさがさがさがさがさがさ


 この葉や枝のこすれる音が恐ろしいほどの大音量で聞こえる。

 何かが集まってくる。

 それも尋常な数ではない。


「ああ、ああ……」


 男達がおびえるように、悲鳴を上げる。

 数百と知れぬ魔物がその綺麗な魔物の後ろに控える。

 そして、綺麗な魔物は心底楽しそうにくすくすと笑いながら、


「それで、どうする? ここで魔物達に喰われるか、それとも……」

「「うっうわああああああああああ」」


 男達が悲鳴を上げた。そのタイミングを測ったかのように呪いが解ける。

 一目散に男達は逃げ出す。その姿が見えなくなって、


「器が小さい……もっとも、ああいった輩はそういうものだが。ああ、お前達はもう帰ってよいぞ」


 その言葉に、集まった魔物達はそこから次々と去り、後には魔物等いなかったかのような静けさが戻った。

 そこで、綺麗な魔物はレンヤの方をはじめて見た。

 しばらくその綺麗な魔物はレンヤのほうを見て、訝しげに問う。


「なぜ、逃げないのだ?」


 レンヤは、何を言われているのか分からなかった。

 その様子に、綺麗な魔物は溜息をついた。

 そして、レンヤの傍まで来ると、両手で顔を掴んでじっと見つめた。


 あまりにその綺麗な顔が近くにあるので、レンヤの心臓は高鳴りっぱなしだった。

 特に、その綺麗な魔物の瞳に宿っている、強い意志の光に魅了される。自分に自信のある、レンヤがほしくてたまらない心の強さだ。

 しばらくそうしていて、綺麗な魔物はうむ、と頷いた。


「よし、先ほどの人攫いのアジトを潰しに行こう。もちろんお前も我と一緒に来るのだ」

 レンヤは意味が分からなかった。








 なぜかレンヤは連れて行かれたあげく、その綺麗な魔物は一人で人攫いのアジトを壊滅させてしまった。

 しかも全員殺さずである。

 綺麗だから弱いとか、庇護が必要とか、まったく関係ないのだと知った。

 それに、その綺麗な魔物は筋肉隆々というわけでもない。

 けれど、誰よりも強い。


「どうだ、生きる気力は湧いたか」


 森の中の花畑。そこに二人は座っていた。

 倒したはいいが、魔物の討伐隊が来ると面倒であるため、即効で逃げてきた二人だった。

 その問いは、レンヤを驚かす。


「えっと……あの……」

「先ほど少し頭の中をのぞかせて貰った。お前があまりにも子供らしからぬ沈んだ目をしていたからな」

「……だって、僕は貴方のように強くない」

「むう、そうなのか? 主の中にある魔力は、人の中では高い方だとは思うが」

「え?」

「それに、先ほどのアジトで棒を振りまわして男を倒していたであろう。あの太刀筋は、素晴らしい。お前には剣の才能もある」

「でも僕、体が弱くて……」

「子供の時は、人でも魔物でも弱いものさ。我も昔はよく熱を出していたものだ」

「貴方も……そうなんだ」

「うむ、自分を卑下するでない。まあ、我の立場からいえばそのような優れた人間は歓迎できるものではないがな」

「……貴方は、いったい」


 そこで、綺麗な魔物が悪戯っぽく笑った。


「ルーズカース、当代魔王だ」


 それを聞いて、レンヤがじっと魔王の顔を見て、

「角がないのですが」


 と、首をかしげた。それに魔王は困ったように頬をかいて、


「実はあの角はな、五代ほど前の魔王が自分の顔には威厳が足りないといって、では角を付けたらどうかという話になって付けはじめたのだ。そういう種族は確かにいるが、我々は違う。そもそもそんなものが無くとも、我には威厳があるので問題は無い」


 レンヤは可笑しくて笑ってしまった。だって、魔王は威厳があるよりも綺麗で、可愛くて、でも強くて。


「やっと笑ったな」


 魔王が微笑んだ。

 そこでレンヤは気づく。こんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろう。

 魔王が、レンヤの頭をなぜた。

 それがまたくすぐったいような、気持ちいいような、そんな感覚にレンヤをする。

 それを優しげに魔王はみて、レンヤに囁いた。


「……我と一緒に来るか?」


 レンヤは驚いて、魔王を見た。優しい笑顔をしている。

 頷きそうになるのを、レンヤは必死でこらえた。だって、それは、


「僕が魔王様のものになる、という事でしょう?」

「そういうことになる」

「なら、僕は駄目です。だって……」


 大きく息を吸って呼吸を整えて、意を決する。


「僕は、貴方のことが好きになってしまったから」

「ふむ、では我のものになってもよいのではないか?」

「いいえ、僕は貴方を僕のものにしたい」


 その答えに、魔王は驚いたように目を丸くして、次に笑い出した。

「はははは、この我を!。魔を統べる王たる我を自分のものにしたいと申すか」

「僕は本気です!」

「うむ、悪い事をした。だが、我を手に入れるならば、我よりも強くならねばならないぞ?。敗者は勝者のものと相場が決まっている」

「分かりました。僕はもっと強くなって、いつか、貴方を奪いに行きます!」

「ふふふ、面白い子供だ。その日を楽しみにしている」

「だから、他の人のものにならないでください!。約束です!」

「誰に向っていっている。我は、魔王といっても歴代魔王の中で特に強い力を持っている。そこらの勇者にやられるわけが無い」


 魔王が笑い、そして空を見上げた。日が翳り始めている。


「そろそろ戻ったほうが良いだろう。日も暮れる」


 レンヤは、まだ一緒にいたかったけれど、ずっとこうしているわけにもいかない。

 すぐにでも強くならなければ。

 目標が出来たから。


「……ところで聞いても良いか?。ここが何処か分かるか?」


 と、何処か申し訳なさそうに魔王が聞いてきて、


「実は、今日はじめて転送陣を使ったのだが、供の者とはぐれてしまって。何故あのような場所にバナナの皮が転がっていたのか、未だに納得がいかない」


 そんな魔王も何処か抜けていて、レンヤはさらに魅了される。

 だから、魔王の頬に手を伸ばして、キスをした。

 それに、魔王は顔を真っ赤にして後ずさる。これだけの事で赤面する魔王が、レンヤには可愛くてたまらなかった。


「ここは、セリナの村の近くです」

「と、とするとあちらの方にあるな。うむ」

「魔王様、覚悟してください。絶対に、逃がしませんから」

「~~~~~~。知らん」


 さらに顔を赤くして、魔王は立って歩いていってしまう。

 けれど、一度だけレンヤの方を振り返って、


「……我も、楽しみにしている」


 と一言言って、足早に森の中に消えていった。

 その余韻を惜しむかのように、レンヤは彼が消えた後も見つめていた。







 その日からレンヤは特訓を重ね、剣術大会にも優勝するなど力を付けていく。

 また、人に害をなす魔物との戦いといった、実戦経験も積んでいく。

 いつか、彼を手に入れるために。


 けれど、強くなればなるほど、かの魔王がどれほど強いのかを身にしみて理解する。

 勝てない、もっと強くならなければ。

 そんなある日、王に呼び出しを受け、魔王を倒す勇者に任命される。


 理由は単純だった。

 自分よりも強い魔王の存在を恐れての事だった。

 ここ何十年、魔王の進行は活発ではなく、平和な時だった。


 その均衡を壊そうというのだ。正気の沙汰ではない。

 だが、王の命令を断れない。そして断る気もない。

 なぜなら、正面から堂々と魔王を奪いにいけるのだから。


 そして、仲間と共に旅立った。

 幾多の魔物の、時に人との戦い。

 それを乗り越えられたのは、なぜか転がっている回復アイテムやら防具やらの力も少なくない。


 ある遺跡で、たまたま仲間とはぐれてしまった時に見てしまったのだ。

 宝箱を設置している魔王の姿を。

 気付かれない様にそっと近づいて、抱きしめた。


 けれどまるで空気を掴むがごとく、腕の中から魔王は消えてしまう。

 それが繰り返されて、どうあっても自分の手に入らないのかと絶望的な思いが湧いてくる。

 ならば勇者をやる意味も、無いのではないか?。

 仲間にも心配され、事情を話したが解決策も見つからない。


 そんな矢先に、魔王が呪いの首飾りのおかげで無力になって現れる。

 逃さない、と思った。

 こんな機会は二度とない。そして、照れ隠しとしても敵と言った事が許せなかった。

 俺はずっと、貴方一筋なのに。


 今腕の中で眠っている魔王を見る。

 まったく、よくもこんなに善良で魅力的な魔王に育ったものだと思う。

 昔から聞く魔王は、もっと恐ろしく、強く、殺戮を好む敵であったはずなのに。

 ああ、でも勇者を時に誑かすのは魔王そのものといってもいいかもしれない。そういいえば、


「せ、世界の半分位をやるから我のものになれ、勇者よ!」


 と、単身で出て来た事があった。もちろん答えは否、だが、あの時やけにしょんぼりして帰っていった。

 あれは俺の事も、約束の事もまったく覚えていない。

 そこまで考えて、やっぱり襲おうかどうかと迷いつつ、唇にキスをするだけに留める。

 なんだかんだで邪魔が入り一向も襲えない。

 最近ではこうやって抱きしめて眠るだけで満足してしまう。


「本当に俺は、魔王を押し倒せるのだろうか」


 口に出すとさらに不安になる。

 見下ろす魔王は腕の中で、すうすうと安らかな寝息をたてていた。

 小動物のような様子に、愛しさがこみ上げる。

 幼いあの時見上げた魔王が、こんなに小さいなんて思わなかった。

 いつの間にか背も追い越して、力も強くなっていた。

 大切な人。


「誰にも渡さない、逃がさない」


 額にキスを落とす。

 魔王のまぶたが微かに震える。

 勇者は魔王をもう一度抱きしめて、眠った。


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