#9 前哨戦
「なんと素晴らしい眺め、そして、力強い船だ。これならば、ゼーレ・プラーゲなどおそるるに足らず、というところか」
艦橋の窓で騒いでいるのは、ヴァルデンブルグ王国のリーゼンフェルト将軍だ。立会人ということで、共を二人ほど連れて、我が艦に乗り込んできた。
「まもなく、レーゲンスベルグ上空!」
「よし、他の艦艇は?」
「続々と、集結中であります!」
星系外縁部に向かった五十隻を除く四百五十隻の内、二隻だけはそれぞれエーデルライヒ王国とアイゼンヴァルト王国に向かわせた。現在起きている緊急事態を、知らせるためだ。
それ以外の艦艇をすべて集結させて、その数万ともいわれる魔物、魔族を迎え撃つことになった。
幸いなことに、まだ街には達していない。が、真っ黒な集団が、まさにその街から一キロほどのところまで迫りつつあるのが見えた。
「あれは……うわさに聞く、ゼーレ・プラーゲか」
赤外線計測により、その個体数はおよそ二万と出た。結構な数だ。一方のこの地の辺境伯軍は一千。立ち向かったものの、ほぼ一瞬で蹴散らされたと、斥候からは聞かされていた。決して弱い兵士ではないと聞くが、この数の魔物を前に無力過ぎた、ということか。
さて、このレーゲンスベルグに向かう間、俺はベルガから話を聞いた。
魔物の大群に、そしてそれを生み出したとされる魔族、そしてあの大英雄のことだ。
「さて、あの魔物と魔族の関係は、どういうものなのだ?」
「まず魔族ですが、魔女と同じく、魔術を使います」
「だが、ベルガ、お前が使えるのはあの転移魔術だけじゃないのか?」
「確かに得意魔術ではありますが、それだけではありませんよ。なんなら、炎魔術も放ってみせましょうか?」
「いや……この艦内ではやめてくれ」
「冗談ですよ。ですが、転移魔術は魔女しか使えないのと同様、魔物にしか使えない魔術もあります」
「なんだ、その魔術とは?」
「魔物を、生み出す魔術。まさにそれがゼーレ・プラーゲの元凶なのでございます」
「お前が我が戦隊を呼び出した時は、世界樹の葉を使ったと、そう言っていたな。魔族も同じなのか?」
「いえ、魔族が使うのは、人々の持つ恨みの心、すなわち『怨嗟の念』です。それが一定以上集まると、彼らは集い、魔物を生み出すのです」
さらにあの黒い集団である魔物というものは、知性を持たない存在であり、魔族が人々の怨嗟の念を使って生み出した、まさに恨みや怒り、不安の結晶ともいうべき存在なのだという。
で、魔族だが、これは知性を持ち、また魔術を使う者たちだ。彼らは長年、人の襲撃から逃れつつ生き延び、怨嗟が湧き起こるのを虎視眈々と待ち続けていた者たち、ということだ。
で、百年ほど前、ベルガの師匠でもあった、あのハルスラッハーという将軍は何をしたのかといえば、その魔族らが集結し、怨嗟の念を集めようとしているところに偶然出くわした。そこで軍を動かし、その魔族の大半を倒し、ゼーレ・プラーゲが発生する寸前でこれを食い止めたとされる。だから、ゼーレ・プラーゲを防いだ英雄というわけだ。
まさに国を救った英雄、しかしその英雄はベルガには、こう話していたのだという。
「自分がゼーレ・プラーゲを防ぐことができたことは偶然の産物であり、毎回こうはいかないと、ハルスラッハー様は私にそうおっしゃってました」
そう、魔族を倒せたのは、偶然にもその魔族らが儀式を行っていた場所を、王国軍がたまたま通りかかったためだと、そうハルスラッハー将軍はベルガに言い残していた。
「もしもあの時、自身が通りかからねば、大量の魔物を相手に王国は滅ぼされていたところだったと、そう述懐なさっておいででした。とはいえ、魔術を行使する魔族を相手に戦いを挑み、多数の犠牲を出しつつもその企みを排除したのは、まさにハルスラッハー様の手柄。皆が英雄視するのは、当然でございます」
が、そんな大英雄が何を思ったのか、人生の終焉を王都から離れた村の外れで過ごすと、そう言い出したらしい。和やかな余生を過ごしたいというのがその理由だと伝えられている。
が、実際はそうではなかったようだ。
「実は隠居を申し出る直前に、ハルスラッハー様は偶然にも魔女だとばれて殺されそうになっていた私を、王都の中でかくまってくださったのです。当時まだ十歳だった私を連れ出して王都を離れたのです。そこで多くの魔術書を手に入れ、それを読み聞かせてくださったのが、まさにハルスラッハー様でした」
つまりだ、この魔女が今、この世に生きていられるのは、まさしくハルスラッハー将軍のおかげだというのだ。しかしどうして、その大英雄はこの魔女を救い出そうと思ったのか?
「どうして、何不自由ない王都での生活を捨ててまで、お前のためにその大英雄はわざわざそんな生活を選んだのだ?」
「来るべき次のゼーレ・プラーゲから人々を守るためです。三百年前に起きたゼーレ・プラーゲでは、まさしく魔女のおかげで人々は救われたと、そう伝えられていたからです。ですから魔女である私にその役目を託されたのでございます」
「ちょっと聞いていいか」
「なんなりと、魔王様」
「魔女とは、どういう存在なのだ?」
そう、どうも先ほどから引っかかっていた。魔物は、魔族が生み出すものだとそうベルガは教えてくれた。
ならば、魔女とはなんなのだ? 話を聞く限りでは、魔族と魔女は、行動を共にしてはいないようだ。先ほどの話からは、魔女と魔族の間に何ら交流している様子が見えない。
するとベルガは、やや答えづらそうな顔で、しかしこう俺に教えてくれた。
「……基本的には、魔女も魔族と同じ種族です。ですが、魔族は魔女とは違い頭に角が生えており、明らかに魔女とは異なる姿をしています。それに魔族は繁殖期でもない限りは、魔女を相手にすることはないのです」
「なんだそれは? ということは、魔族と魔女は普段、別々に暮らしているということか」
「魔女とは、魔族に比べれば腕力も魔力も乏しく、弱い存在です。魔女も魔術は使えますが、魔族は魔女を小馬鹿にし、それを教えようとはしません。唯一、三百年前に起きたゼーレ・プラーゲを食い止めたとされる魔女だけが、多くの魔術を極め、そしてそれを王国に魔術書として残したのであります」
「なんだ、ということは魔女というのは、人の味方ということか?」
「いえ、人とも魔族とも、あまり関りを持たない存在、といった方が正確です。今もまだ、人の目を逃れて暮らす魔女があちこちにいるはずです。が、魔族は十数年に一度、繁殖期を迎えます。すると成人した魔女を探し出して襲い、子を孕ませるのです」
うーん、魔女というのは実に不憫な存在だな。要するに男尊女卑で、同じ種族でありながらも仲違いしている、そんな感じか。
「と、いうことはだ、魔女とはそれほど人を滅ぼそうという感情がない、そういう存在だと言いたいのか」
「単刀直入に言ってしまえば、魔族を産ませるためだけの道具、といったところですからね。魔女自身は、人に対して恨みも関心もない、といったところでしょうか」
「だったらどうして、魔女は火あぶりにされるという法があるのだ? 三百年前には、その魔女によって助けられたのだろう?」
「いえ、むしろ魔族を増やす道具であるがゆえに、殺すべき対象だと認識されているのです。ですから魔女は、人目を避けて暮らしているのです」
「だが、お前はあの村で人と共に暮らしていなかったか?」
「はい。それこそ、ハルスラッハー様の教えにしたがったまでです」
「いや、リスクが大きすぎるだろう。なんだってその大英雄はお前に、人と共に暮らせと言ったのだ?」
「魔術さえ使わなければ、人と見分けが尽きませんからね」
「いや、寿命が長いから、歳をとらないといずれバレてしまうだろう」
「ですから私は、村々を転々としておりました」
「そうまでして、なぜ人と共に暮らしていたのだ?」
「ハルスラッハー様はおっしゃいました。守るべき者を知ることは、大事だと」
ああ、そうか、ハルスラッハーという大英雄は、来るべきゼーレ・プラーゲに備えるため、ベルガに王国に残されていた三百年前のゼーレ・プラーゲを食い止めたとされる魔女の残した魔術書をベルガに読み聞かせ、将来に備えた。
しかしだ、ベルガには弱点があった。それは、攻撃魔術がそれほど得意ではないということだ。その代わり、転移魔術には長けていたという。
「……ということで、私はゼーレ・プラーゲを食い止める手段を、転移魔術に託したのです。するとちょうど都合のいいことに、近くにまさに風前の灯火の星の国の船がいることを感じたのであります。それで私は大急ぎで魔法陣を描き、魔力を増強する世界樹の葉を用いて魔王様たちを召喚したのです」
近くって……距離にして七光年だぞ。人の身からすれば、決して近い距離ではないと思うのだが。
ともかくだ、その途方もない転移魔術とやらのおかげで我々はここに呼び出され、そして今、その魔物と魔族との戦いに駆り出された、というわけだ。
にしても、一つ分からないことがある。
「一つ、尋ねたい。魔族が魔物を作り出す目的は何だ? 魔女と同様、ひっそりと暮らしているだけではダメなのか?」
「魔族の目的は、この世界全てを手に入れること。そのために人族を一人残らず滅殺し、滅ぼすことしか考えておりません。エーデルライヒ王国軍やアイゼンヴァルト王国軍のように、話し合ってどうにかできる相手ではないことを、予め心に焼き付けておいてください」
「……分かった。とりあえず今は、魔族が作り出したその魔物を根絶やしにせよ、といいたいのだな。可能であれば、その魔族も滅ぼせと」
「そういうことでございます、魔王様」
要するに俺は、この魔女に捕まったというわけだ。魔王様などとおだてあげているが、つまるところ自らの願望を果たすために、体よくここに呼び出された。
だいたい俺は魔族でもないのに、魔王呼ばわりだ。それはすなわち、魔女の力で召喚された者の中で最高位の者であったからに過ぎない。
とまあ、そんな話をしていたら、眼下に多数の魔物を捉えた。
「魔物の陣形は、幅およそ三キロ。横陣形にて進軍し、そのままレーゲンスベルグを取り囲むつもりのようです」
参謀長がそう俺に分析結果を伝えてくる。実際、横陣形といいつつも、左右がやや先行し始めている。あの街の包囲殲滅を、企てている証拠だろう。
ただ、中央にいる魔物は空からは丸見えだが、左右には森の木々があり、魔物はその木々の間を進んでいる。上空からの狙い撃ちが困難だ。そこで俺はこう命じる。
「ならば、まずは人型重機隊で左右陣を崩壊に追い込む。中央は哨戒機隊により上空より攻撃し、進軍を止めよ」
「はっ!」
「よし、全機発艦し、直ちに攻撃態勢に入れ」
今日は朝からあちらこちらに出向いてきたが、戦闘と呼べるのは今が初めてだ。まさしく日付が変わろうというこの時間に、戦いの火蓋が切られた。
「人型重機隊からの映像、送ります!」
メインモニターに、前線の様子が映し出される。猛烈な数の魔物が押し寄せている。牛や鬼、神話や童話に出てくるような邪悪そうな人相の化け物が、太い木の枝を握りしめて進撃を続けている。
魔族は魔術を使うが、魔物というのは魔術によって生み出されたものの、魔術そのものは弱いとされる。つまり、ただの暴力集団だ。
となれば、話は早い。
「全機、連射モードに切り替えるよう伝えよ。弾数でやつらを圧倒する」
「はっ!」
参謀長が、俺の命令を全機に伝えた。そして、戦闘開始を指示する。
「攻撃開始、撃てーっ!」
俺の号令と同時に、メインモニターには多数の青い閃光が走るのが見える。と同時に、バタバタと魔物が斃れていく。
別のモニターにも目を移す。そちらは哨戒機からの映像だ。上空より、高出力のビーム砲攻撃の様子が映し出されていた。薄く横に展開したのが仇になったのか、上空からの強烈な一撃で、あっという間に多数の魔物が消し飛ばされていった。
艦橋の窓からも、その青白い光の閃光がいくつも見える。地上では細かい光の筋が飛び交い、一方で敵陣の中央部では、太いビーム光が何本も吐き出され、地上を襲っている。
実は、この中央部と左右との攻撃を分けたのには理由がある。簡単に言えば、中央部は見晴らしのいい平原であり、左右はやや森が広がる場所で、その木々の合間を魔物が進軍していた。その地形の差があるから、攻撃方法を変えざるを得ない。どちらも見通しのいい場所であれば、強力な砲で粉砕したいところだ。
が、地形の問題だけではない。
上空から派手に攻撃する哨戒機隊は、行ってみれば魔族からは丸見えの存在だ。
となれば、必ず反撃が来る。
「高エネルギー反応! 未知の攻撃、来ます!」
これも予め、ベルガから聞いていたことだ。魔族らがいれば、集団で強力な炎魔術を使って攻撃してくるはずだ、と。その攻撃は、彼らの目で捉えることのできる哨戒機を狙うだろう、ということも。
そして、それはまさに放たれた。
「哨戒機隊へ攻撃中止、シールド展開し防御せよと合図しろ!」
「はっ!」
予め、示し合わせたとおりに哨戒機隊へ防御態勢を取るよう合図を送る。シールドを張り終えたその時、地上から猛烈な光の筋が飛んできた。
まさに、哨戒機隊のシールドでギリギリ防げるほどのすさまじい攻撃だ。やや四散しつつも、どうにかこの攻撃を哨戒機隊は耐え凌いだ。
が、同時にこれは、敵が自身の居場所を教えたことになる。
「発進地点は!?」
「旗艦基準で、西一.七、北〇.四!」
「よし、哨戒機隊全機、集中砲火を浴びせよ!」
我が戦隊の艦艇が持つセンサーの力を、舐めてもらっては困る。
高エネルギーな魔術を放てば、当然ながらその場所は特定できる。しかも、逃げ回ったところで、赤外線センサーにより逃げ惑う魔族を捕捉できる。
実際、哨戒機の一機が彼らがその場から逃げ去るところを捉えていた。
『こちら四一五三号艦、一号機! 魔族らしき人影を捕捉、データリンクします!』
そういって、送られてきた映像を俺は見る。赤外線のセンサーが捕らえた魔族の姿とは一見すると人と見間違うほどにそっくりだが、唯一、頭に水牛のような角を生やした、およそ人とはかけ離れた姿をしていた。
当然だが、そんな魔族が木陰に隠れようとも、見逃すはずがない。
「哨戒機隊、全機に告ぐ。魔族を一人残らず抹殺せよ」
俺の声が直接、哨戒機隊に伝えられた。地上を逃げ回る魔族らは、次々と哨戒機の放つビーム砲撃によって倒されていく。
無論、魔術で反撃に出る者もいた。が、高度千メートルを飛ぶ哨戒機に当てられるほどの魔術使いはおらず、結果として撃退されていく。
そして、その場にいた魔族全員が、倒された。
『魔族隊、消滅! この周辺の魔物も多くが撃退され、残る魔物は逃亡中!』
先ほどの哨戒機から、報告が入る。俺はその報告を聞いて、こう呟いた。
「確かに、ゼーレ・プラーゲという災害は、この星の者にとっては大変な被害を与えかねない大規模なものだったな」
俺は、横に立つベルガの方を向く。
「だが、我々にとってはあっけないものだったな。数万の魔物も、結果としてたいした勢力ではなかった。結果として、レーゲンスベルグも救うことができたし、あの国王に、取り立てた作物の返還を約束することもできた。たった一日で、これらすべての問題が片付いたわけだ」
そう言った俺に、ベルガはこう反論する。
「魔王様、まさかとは思いますが、これで終わりだと思われているのですか?」
ギョッとすることを口にするやつだな。俺は尋ねる。
「おい、まさかまだ、この先に何かあるというのか?」
「はい、三百年前のゼーレ・プラーゲでも、数万の魔物が現れて人の街をいくつか消滅させました。が、それらはどうにか食い止められたのです」
「だから、三百年前のゼーレ・プラーゲは乗り切れた、という話ではないのか?」
「いえ、実はこの魔物の襲来は、ゼーレ・プラーゲの単なる序章に過ぎなかったのですよ。そしてこれからが、この災害の本領ともいうべき事態を迎えるのです」
「おい、そのゼーレ・プラーゲを引き起こした魔族をも倒したのだぞ。にもかかわらず、これ以上の攻撃があると、そう言いたいのか?」
「当然です。一度発動したゼーレ・プラーゲは、次なる災難を誘発します。三段階の難があったと、三百年前のゼーレ・プラーゲを記した書物には書かれておりました」
おい、小出しにするんじゃない。そういう情報は、頼むからまとめて話してくれないだろうか。
「ならば、次はどういう事態が起きるというのだ?」
「それが、分からないんです、魔王様」
「わからない? だが、三百年前に同じことが起きているのだろう? となれば、次の手は分かっているのではないか?」
「いえ、前回は最初の魔物襲来を、人の兵だけで何とかしのいだのです。それで、第二の難ではまさに魔族によるあの青白い炎の魔導による攻撃が行われた。それを、魔女様が跳ね返して撃退した。実は前回の第二の難を、すでに初手から経験してしまったのです。このため、次にどのような手を繰り出してくるかが、全く読めないのですよ」
なんてことだ。我々はすでに、前回の第二段階まで、たった一度で到達してしまったというのか。
「ならば、次は第三段階目が起きるだけのことではないのか?」
「いえ、必ずや此度の戦いぶりに合わせ、ゼーレ・プラーゲもその戦い方を変えてくるはずです。それほどまでに、ゼーレ・プラーゲという災害は狡猾なるものなのですから」
嫌なことを言うやつだなぁ。肝心の魔女が、次の戦いがどうなるか、まったく見通せないと断言したぞ。
まあいい、どのみち我々には、四百五十隻の艦艇がある。これを上回るほどの攻撃を仕掛けてくるなど、およそ考えられない。
とはいえ、駆逐艦は大気圏内での主砲の発射が禁じられている。これは惑星表面に多大なる気候的影響を与えかねないからだ。いくら大口径の砲身を持つ駆逐艦といえども、むやみに砲撃を加えるわけにはいかない。
そんな制約の中、次の攻勢にどう対応する? 朝からずっと働き詰めで疲れ果てた頭で、俺は途方に暮れていた。




