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#10 返還

 さて、地上に降り立ち、俺は哨戒機でヴァルデンブルグ王国の王宮へと向かう。あのふてぶてしい……っと、個人的感想は置いておき、フリードリヒ十六世と名乗るあの国王と再び会うためにやってきた。

 当然だが、玉座の間は大穴が開いたままだ。それを、人型重機を使って応急処置をしている。大きな木板を使い、穴をふさがせている。まさにそんな場所で、我々は再び国王の謁見を受ける。


「此度のレーゲンスベルグでの戦い、大儀であった。陛下もお喜びである」


 再び、また宰相を経由しての非効率な会話に戻った。今さらそんなことをされても、威厳など昨晩の内に吹き飛んだはずだが。


「はっ、先に戦い失われた千人の兵士らの戦いに、報いることができました」


 と、俺はそう答えるにとどめた。なにせまだ、先がある。こんなところでグズグズしている場合ではない。

 次なる戦いに、備えなくてはならない。


「で、ゼーレ・プラーゲはまだ、終わったわけではない。次なる構えを、そなたらは考えているのかと、陛下は仰せだ」


 と、また宰相がこのデブ……いや、国王の言葉を代弁する。俺は即座に、こう答えた。


「現在、衛星を飛ばしてこの国一帯を監視させております。何か起これば、すぐにそれを捉え、即応する所存です」


 さて、答えたのは良いが、「衛星」が何なのかを知らない彼らにとって、これは果たして答えといえるのだろうか? まあいい、分からなければ、尋ね返してくるだけだろう。そう思っていた。

 が、国王はこう答えるにとどまった。


「貴殿らの働きぶりに期待すると、陛下は仰せである」


 相変わらず、宰相経由での返答を繰り返す。しかも、事実上の丸投げ回答だ。要するにだ、衛星がなんなのかなど、どうでもいいらしい。この一点をもってしても、こいつの失策によって怨嗟の念が集まり、その結果として引き起こされた災害だという自覚が、まるでないことが分かる。

 こんなやつが国王のままで、本当にいいのか? 不安しかない。


「どうでしたか、国王陛下との謁見は?」


 艦に戻るや否や、ベルガが俺に尋ねる。


「手ごたえのない謁見だった。もっとも、簒奪に等しい年貢租税の返還には、約束通り応じるとのことだ」

「それは何よりでございます」

「ただ……問題は、国中に再びかき集めた麦や豆類を戻さなければならない。それが、あまりにも手間がかかるということだな」


 集めたはいいが、それを返還するにしても、それらを輸送しなくてはならない。時間と人工(にんく)がかかり過ぎる。

 が、この魔女が、突拍子もないことを言い出した。


「ならば、私の力を使えばよいだけではありませんか」


 は? ベルガの力を使う? そこで俺はふと、ベルガの持つ「転移魔術」のことを思い出す。


「言われてみれば、それを使えば一瞬で移動が可能だ。が、どうすればいい?」

「穀物の塊を街や村ごとにまとめて下されば、私がその街や村に出向き、それを転移させるだけのことです」

「だが、そうなるとベルガをあらゆる街や村に向かわせることに……」

「哨戒機という、便利な乗り物があるではありませんか」


 まあ、確かにその通りではあるがな。要するにこの魔女をその場に運べば、あっという間に街や村へ食糧を送り届けることができる。

 が、王国中に一体、何カ所配ればいいんだ?


「は? たったの十カ所だと?」

「はい、年貢や租税は国内の十カ所に集積され、そこから王都に運ばれるのです。ですから、十カ所に送り届けて下されば、そこから先は代官や役人が各々に割り当ててくれます」


 なんだ、たった十カ所を回るだけで済むのか。それは助かる。逆に言えば、この十カ所以外の場所に運んだところで、誰がどれだけの作物を納めたかを把握している者がいないのだという。

 と、いうことで、まずは王都の作物庫の中に、その十カ所それぞれに送られるべく作物が仕分けられた。


「おい、ベルガ、結構な量があるぞ。本当に大丈夫なのか?」

「魔王様の艦隊をも呼び寄せることができたわが転移魔術を、侮ってはいけませんよ」

「いや、それはそうだが……どれがどこに送るものなのか、分かっているのか?」

「それぞれに、固有の札がついております。どの札をどこに送るかさえ定まれば、私の力で正確にそれを転移させてみせます」


 と、自信満々な魔女だが、俺は不安で仕方がない。

 考えてもみろ、この国は、魔女に対して不寛容だ。それどころか、魔女だと分かると火あぶりにしかねない。当然、護衛が必要となる。


「さて、最初はシュタインフェルト村からですかね」

「どこだ、その村は?」

「何をおっしゃいます。魔王様が私を助けるために、最初に訪れたあの村でございます」


 あの村、シュタインフェルト村というのか。ということは、あの神官とまた対面する羽目になる、ということか。

 散々脅した相手だからな。そんな村に再び向かい、しかもまた魔女の力を見せつける羽目になる。あの神官め、また火あぶりにすると言い出さないだろうな。

 そんな不安に駆られつつも、哨戒機はそのシュタインフェルト村へ向かう。


「な、なんじゃ、魔王! 今度はなにしに来た!?」


 当然、俺の顔を見るなり、そう神官が叫ぶ。だから俺は、用件を告げた。


「国王陛下から、取り過ぎた年貢を返還するよう命じられた。それで、ベルガの力を使って、ここにその作物を送り届けるために来た」

「は? なんじゃと? 年貢を返還?」

「そういうわけだ。貴殿はここの年貢の徴収に関わったものだろう。で、あれば、どれをどれだけ変換すればいいかは、貴殿にゆだねる」

「それは構わぬが……その作物は、どこにあるのか?」

「だから、それを今からベルガに『転移』してもらうんだ!」


 ぽかんとした顔で、俺の顔を見つめる神官。その周囲には、恐る恐る村人たちも集まってきた。

 その場所はちょうど、ベルガが火刑に処されようとした場所だ。あの広場の段上の上に、ベルガは大きな魔法陣を描き始めている。


「さて、それじゃ行きますよ」


 そうベルガが告げると、両手を合わせてその魔法陣の前でひざまずき、こう唱え始める。


「ヘァ、アエルホエレ マイネン ルーフ ウント ラス ダス ゲフェース アオフ デーム レガル フォア マイネン アウゲン エルシャイネン!」


 昔の言葉だろうか、それとも、異国の言語か。ともかくこれは、転移魔術を発動するために必要な詠唱のようだ。

 ふと気づいたのだが、世界樹の葉というものを使っていない。それで大丈夫なのかと聞いたが、この程度の転移ならばたいして魔力を使わないから、自身の体内にある魔力だけで可能だと言っていた。

 言われてみれば、あの食堂でも世界樹の葉なしに転移してみせた。本人がそういうのだから、任せることにしよう。

 で、その魔法陣の真ん中が光り出し、あの時と同様に炎が上がる。それが消えるや否や、巨大な木箱が現れた。


「うわっ!」


 いきなり現れたその箱に、不意を突かれたように驚く神官。だが、こいつはベルガの転移魔術をしているところを見て、魔女だと断定したのではないのか。何を今さら、驚くことがあろうか。

 いや、転移している場面には出くわしたものの、転移された物体が目の前に現れたのを見たのは、これが初めてだったのだろう。あの時、我々が現れたのは、ベルガの目前ではなかったからな。あくまでも、この星の上空だった。


「やった、これで冬が越せる!」

「魔女様のおかげだ、ありがたや!」


 開かれた木箱からは、徴収された穀物などが入っていた。それを見た村人は、ベルガを今さらながら礼賛する。しかしまあ、その風見鶏的な態度には呆れるしかない。かつて、彼女を火刑にしようとしていた連中が、いまさらなにを言うか。

 よくよく考えてみれば、駆逐艦を使って運んだ方が早かったかもしれない。なにせ、たったの十カ所だ。しかし、俺は考え直す。

 それを魔女の手で行うことで、魔女の評判を上げることにつながる。この先を思えば、その方が賢明かもしれないな。おそらくベルガの狙いもそれだろう。

 こうして、他の村や街を訪れ、その度にベルガは転移魔術で返還された年貢を転移させる。この魔女の力に、村人は当然、感謝する。

 が、このベルガはその度に、こう叫ぶのを忘れない。


「国王陛下より民に食糧を返すよう説得されたのは、まさしくこの魔王様にあらせられる! 私はその魔王様の決定に、従っただけのことである!」


 などといって、ますます俺を「魔王」だと広める結果につながってしまった。

 そして、最後の街、レーゲンスベルグへと向かう。

 そう、あのゼーレ・プラーゲの最初の戦いが起きた、あの場所へ向かったのだ。

 辺境ながらも隣国との最前線であり、重要な軍事拠点のあるこの街ですらも、苛烈な取り立てがなされていたのだ。魔物群と最初に戦い全滅したとされる一千の兵士らは、それがゆえに士気が下がっていたのではと疑いたくなる。

 ともかく、それを是正すべくベルガが降り立った。そして、巨大な魔法陣を描き、あの詠唱を唱える。


「ヘァ、アエルホエレ マイネン ルーフ ウント ラス ダス ゲフェース アオフ デーム レガル フォア マイネン アウゲン エルシャイネン!」


 最後の街に、この冬を越すための食べ物が届けられた。多くの人々が、この魔女の転移術を目の当たりにし、それを賛美する。が、またしても俺を魔王呼ばわりする。


「こ、国王陛下より民に食糧を返すよう説得されたのは、まさしくこの魔王様にあらせられ……」


 だが、様子がおかしい。どうもその表情がうつろだ。俺は隊員に命じる。


「様子が変だ、すぐにベルガを連れて、艦に戻るぞ」

「はっ!」


 どうやら、力を使い過ぎたようだ。ベルガは陸戦隊員に抱えられて、機内へと連れ戻された。後のことを、この辺境伯領の代官に託して、我々は急ぎ、四〇〇一号艦へと向かった。早速、医務室に運ばれて、点滴が打たれる。


「まったく、一日の間でこれほどまで力を使わずとも、明日に回せばよかったのではないか?」


 医務室で俺はそう、ベルガに言った。が、ベルガはこう答える。


「その、たった一日の不安は、魔王様が考えてるほど瑣末なものではございません。その怨嗟の念が、次に起きるゼーレ・プラーゲをさらに増大させてしまうかもしれないのです。ですからこれは、少しでも早く行わねばならないのです」


 この魔女は、どうしてここまで人を想う気持ちが強いのだろうか。その人によって追われ、火あぶりにされそうにまでなったというのに、なぜそこまでして、人々を守ろうと思うのか。俺には不思議でならない。

 と言ってる俺自身も、結構捨て身の作戦で度々、命を落としかけてきた。前回の戦闘など、まさに全滅寸前だった。この魔女に召喚されていなければ、俺の人生はあのブラックホール宙域の端で終わっていたことだろう。

 そんな俺も、そこまでしてなぜ艦隊を守ろうと思ったのか? 俺自身にもわからない。正義感からか、いや、俺にそんなものがあるとは思えない。自分のことながら、理由がわからん。

 そう考えると、この魔女のことを言える立場ではないな。


 さて、この献身的ともいうべき魔女の行いは、当然ながら魔女への評判につながる。

 それはそうだろう。王都とその周辺を除く国中の街や村に取り返した食糧を、一瞬にして王都から遠く離れた自らの住む地域まで転送してくれる。

 考えてみれば、恐ろしい能力だ。規模は小さいながらも、自在にワープさせられるわけだからな。しかもこの魔女、我々五百隻をも「ワープ」させた実績がある。

 これで、魔女に対するイメージが変わってくれればいいのだがな。


◇◇◇


 バルディ准将は今回のことで、魔女に対する人々の考えが変わることを期待した。

 結論から言えばそれは期待通りの成果を生むのだが、問題なのはその先だ。


 魔女の評判が上がるのと比例して、かえって国王の悪評が広がる。

 そう、国王はまさに魔女を火あぶりにせよという法を定め、守らせた張本人だ。そこには、新たな魔族の出現を防ぐためという理由があったにせよ、民にこの冬を越すための食べ物を取り上げた上に、それを取り返してくれた魔女を、火あぶりにせよという法を広めていた。

 この二つが、奇妙な結びつきを見せる。

 つまりだ、国を救った魔女を排除しようとした国王はけしからん、という思いだ。

 これはすなわち、「怨嗟の念」となる。

 まさにこれが、第二、第三段の「ゼーレ・プラーゲ」を拡大することとなってしまった。が、このときのバルディ准将は、そんな事態の悪化を知る由もなかった。

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