#11 襲撃
「なあ、ベルガよ」
「なんでしょうか、魔王様」
「あのなぁ、俺は魔王では……まあいい、そんな事よりもだ、どうして『ゼーレ・プラーゲ』というのは三度起きると、そう決まっているのだ?」
「それは、人の怨嗟の念には三つの種類があるからにございます」
「三つ?」
「一つは、不安。そして二つ目が、怒りです」
「ならば、三つめは何だ?」
「そうですねぇ、言葉で表すならば、復讐が近いでしょうか」
「なんだ、二つ目と三つ目の違いが、いまいちわからないが」
「何をおっしゃいますか。怒りとはまだ、感情の爆発に過ぎません」
「……いや、感情の爆発が、人として一番激しい心の変動ではないのか?」
「違います。一度発散してしまえば、それは消えます」
「なるほどな。言われてみれば、そういうものだ。では、復讐とは?」
「はい、心を闇で覆い尽くし、決して忘れることのない静かなる怒りの炎を燃やし続ける状態です」
「待て待て、ということはだ、この間のあの魔物の攻撃が、最初の『不安』によって起こされたというのか」
「その通りでございます、魔王様」
「ならば、次に起きるのは……」
「『怒り』でございますね」
「何が起きるんだ?」
「それは、誰にもわかりません。人々の怒りの量に応じて変わりますし、また最初の魔物たちを倒した時のやり方によっても変わると言われております」
「……おい、俺たちは前回、魔物に対してお構いなしに、ビーム砲でバンバンと奴らを撃ち倒したぞ」
「と、いうことは、今度はその青い閃光でバンバンと撃たれるかもしれませんね」
なんてことだ。つまり今度の災禍は、もしかするとビーム砲を連発してくる相手かもしれない、ということか。
「厄介だな……それに備えなくてはならんな」
「厄介ですね。ですが、第三の災禍の方がさらに厄介でございますよ」
う、それは聞きたくなかったな。なんてことだ、二番目の災難でも憂鬱だというのに、それを越えた何かが現れるのだと、ベルガは言っている。何が起きるんだ?
「ですが、魔王様ならばそれらを倒してくださるはずでございますから」
「勝手に期待されてもだなぁ……に、してもだ。どうしてその魔族とやらは、人の憎悪を利用して、その憎悪を抱いた連中を倒すのだ? 倒す相手が負の感情を抱かぬ限り、倒す手段がないじゃないか」
「おっしゃる通りでございます、魔王様。ですが、魔族とはそういう存在なのです」
「そういう存在とは?」
「つまりですね、人が負の感情を抱く欠陥を持つ存在であるがゆえに、それを滅ぼすべく生み出されたのが魔族だと言われております」
「俺には、そんな負の感情を利用しなければ反撃に出られない魔族の方が、はるかに欠陥だらけな感じがするがな」
「いずれにせよ、すでにゼーレ・プラーゲは発動されてしまったのでございます。それを発動させた魔族がいなくなろうが、一度出現したゼーレ・プラーゲは、第三の災禍を止めるまで続くことは決まっております。ゆめゆめ、お忘れなきよう」
などと、不安しかないことを言うベルガだな。そんな魔女のベルガだが、本来、魔女とは人には関心を持たず、魔族には利用されるだけの存在だと言っていた。ベルガと、三百年前に現われゼーレ・プラーゲを止めたとされる名もなき魔女だけが、人に関心を抱いた魔女だとされている。
聞けば聞くほど、不可思議な世界だ。
突っ込みどころが多すぎる。そんな馬鹿げた理を、この星の上に作ったやつはどこのどいつだ。まったくもって、腹立たしい。が、腹を立てるべき相手がまるで見えないからもどかしい。
「そういえば、その三百年前にゼーレ・プラーゲを止めたとされる魔女はその後、どうなったんだ? 余生は幸せに暮らしたのか?」
「いいえ、そうはなりませんでした。二百年近くは人里を離れて静かに暮らしていたそうですが、それがある魔族に捕まってしまったのです」
「はぁ? おい、魔族が引き起こしたゼーレ・プラーゲを止めたほどの魔女だろう。そんなやつが、魔族に捕まったのか?」
「すでに二百年の時を経て、力も弱まったその魔女は、繁殖期を迎えたとある魔族の餌食となったのです」
「救いようのない話だな。ということは、まさかとは思うが、子供を産まされたのか」
「はい、双子を生みました」
「双子だと?」
「魔女は必ず、魔族と魔女の双子を生み出します。そして魔族はその内の魔族の子だけを引き取り、育てるのです」
「おい、それじゃ、魔女の子はどうなるんだ?」
「その場で捨てられます」
「……ますます救いようのない話だな。それじゃあ生まれたばかりの魔女は死んでしまうじゃないか」
「まだマシな方ですよ。赤子とはいえ、魔女はそう簡単には死にません。周囲の魔力を吸収しながら、一人で生き延びるものです。もっとも、悲惨なのは子を産んだ後の魔女の方ですよ」
「そうだ、母親の方は、どうなったんだ?」
「子を産んだ直後、魔族によって殺されます」
かつて、人を滅ぼしかねない災禍を防いだとされるその魔女は、最悪の形で殺されていた。その事実に、俺は驚愕するしかなかった。
「……で、なんでそんな話を、お前が知っているんだ」
俺は問うた。少なくとも、人々からはその魔女のその後を知る者はいなさそうだ。ゼーレ・プラーゲを止めた後は、ひそかに姿をくらましたとしか伝えられていないと、あの神官からちらっと聞いた。が、ベルガはその先の悲劇まではっきりと聞かされている。
しかもだ、さらに衝撃的な言葉が、ベルガの口から発せられた。
「実は、その時捨てられた魔女というのが、私だからですよ」
「は? おい待て、ということはお前、かつてゼーレ・プラーゲを止めたとされる魔女の、子供だというのか」
「その通りです、魔王様」
「しかし、その時お前は赤ん坊だったわけだろう。どうしてそんなことまで覚えていたんだ」
「いえ、覚えていたわけではありません。後に聞かされただけですよ」
「聞かされたって、誰にだ」
「私と共に生まれた双子の兄弟であるその魔族に、です」
それは、衝撃的な内容だった。恐ろしいことに、生まれてから十年経った時にベルガは、同じ兄弟である魔族と再会したのだという。その時、その兄弟であるはずの魔族から自身の母親のこと、そして自分の出自を知ることになったのだという。
「……もっとも、その時の私はまだ子供でしたし、何よりも魔族の繁殖期ではありませんでした。それゆえに、その魔族も私を罵倒するかのようにその過去の出来事を語り、去っていきました」
「なんとも、卑劣なやつだな」
「そりゃあ、魔族ですから」
「いや、お前、そんな話を聞いて平然としていられるのか?」
「そんなわけないじゃないですか。だから私は人里に下り、その卑劣なる魔族を倒してもらおうと呼びかけたのです。すると逆に私が殺されそうになりまして」
「魔女だとバレたからか。だがまさか、その時に出会ったというのが……」
「はい、ハルスラッハー様だったのでございますよ」
因縁というか、なんというか。偶然の巡り合わせにしては随分と出来過ぎた話だ。ゼーレ・プラーゲを止めたとされる魔女の娘と、ゼーレ・プラーゲの出現を間際で止めた大英雄が、これほど都合よく偶然にも出会うものだろうか。
「ですから私は、ハルスラッハー様に教えられた通り、魔族とその魔族が引き起こすであろうゼーレ・プラーゲを止めるため、今まで生きてきたのでございます。そしてまさに今、その時が訪れたのですよ」
つまりだ、俺はベルガの運命を果たすために、この場に呼ばれた。そして今、まさにその災禍を止めるためここにいる。
奇妙な巡りあわせに、付き合わされたものだ。それもこの魔女の百年単位の宿願を果たすべく、俺は今、ここにいる。
しかしこれは、単なる偶然なのか? まさか俺も、運命に従うべくこの場に飛ばされて……
などと考えている場合ではない事態が、発生していた。
突如、オペレーターの一人が叫ぶ。
「ここより北西、二百四十キロのところに重力子反応多数。その量は、人型重機や哨戒機に装備されている機関とほぼ同じ出力です」
変だな。今、この宙域には哨戒機や人型重機は発進させていない。が、衛星のいくつかが、その重力子反応を感知している。それがモニター上に映し出された。
「……どうやら、始まったみたいだな」
「はい、第二のゼーレ・プラーゲが、始まりました」
ベルガが淡々とそう述べる。俺はすぐに、全艦に命じる。
「よし、全艦発進だ。二百四十キロ先にいるその重力子発生源に向けて、進撃する」
宇宙へ調査に出かけた五十隻を除く四百五十隻が、一斉に平原を発進する。
たまたまではあるが、この近くにこのヴァルデンブルグ王国の街の一つ、ネベルバッハがある。人口が五千人ほどの街で、王国では中規模な都市のようだ。そんな街のそばでとてつもない数の艦艇が、一斉に発艦した。そこの住人はすでに我々のことを認知しているものの、そうはいっても全艦が発進するのは初めてのことだ。そこに住む五千の民は今ごろ、驚きをもって眺めているに違いない。
で、北西に進路を取り、しばらく進んだところでレーダー士が叫ぶ。
「レーダーに感! 重力子反応あり、我々の方角に向かって進撃中!」
「規模は、どれほどだ」
「哨戒機や人型重機とほぼ同等の物体で、機数はおよそ四百」
それを聞いた俺は、唖然とした。ちょっとまて、なんてことだ。まさか哨戒機や人型重機と同等の機体が、四百機も現れたというのか?
我が方には、哨戒機と人型重機がそれぞれ四百三十機づつある。数の上では、決して負けてはいない。が、まともにぶつかり合えば、犠牲が出る。
冗談じゃない。こんなところで犠牲なんて、出してたまるものか。
「人型重機隊を各艦、発進させよ。ただし、甲板上にて待機」
「はっ! ですが、哨戒機隊はいかがなさいますか?」
「発進はやめておこう。まずは我が戦隊で会敵し、その性能を推し量ってから攻勢に転ずることとする。でないと、とてつもない犠牲が出るぞ」
「了解です。全艦に打電、人型重機発進し、甲板にて待機」
甲板で待機させる意味は、艦艇のシールドを使い、あちらの攻撃を防ぐためだ。甲板上にいれば、人型重機も艦艇のシールドによって守られる。
「まもなく、会敵します!」
正面から、無数の黒い塊が見えてきた。それらはまさにすれ違いざまに、一斉に青白い閃光を放ってきた。
無論、それらはシールドによってはじき返される。が、俺はその武器に驚愕する。
なんてことだ、こんな文明レベルの星で、ビーム砲を撃ってきたぞ。
こちらの技術を模倣した、そんな兵器だ。だが、接近してみればそれは、実にグロテスクな外観だった。
一瞬だが、その姿を俺はその目で捉えた。近くを通り過ぎるそれは、まるで汚泥にまみれた生き物のようにも見えた。真っ黒な外観に、巨大な目玉が一つ。とてもじゃないが、ビームなんて放てる構造ではない。
おそらくあれは、魔物の一種なのだろう。
だが、前回我々が遭遇した魔物とは違い、すれ違いざまにも何連射かのビーム攻撃を仕掛けてきた。すれ違い時の映像を確認すると、あの目玉から発せられたようだ。無茶苦茶な魔物だな。
それが、全部で四百。統制の取れた群れを成し、イワシの群れのように空中で翻ってこちらに向かってきた。
やはりあれは生き物だ。それも、群れをなし獲物を攻撃する、集団戦法に特化した生物兵器だ。
やばい。あんな集団に、我が戦隊の哨戒機隊をぶつけたなら、少なからず犠牲を伴うのは間違いない。密集しているがゆえに狙いやすいが、一方で攻撃密度も高い。それだけ、こちらの犠牲が出やすい。
「なんですか、あれは! あれじゃまるで、哨戒機じゃないですか!」
参謀長が憤慨するのも無理はない。まったくの想定外の事態だ。しかし、これがまさにゼーレ・プラーゲの第二段階ということになる。
すなわち、人々の「怒り」の感情だ。
だが、幸いなことに、その数はせいぜい四百ほど。しかも、一群となって行動している。となれば、倒すのは意外にも容易だ。
「よし、いい作戦を思いついた」
その言葉を俺が言った瞬間、何やら参謀長の表情が曇ったような……まあいい。俺はそのまま続ける。
「全艦の人型重機は、そのまま甲板の後方に移動しつつ、船体へ固定、後方への守りに徹するように通達せよ」
「は? 後方の守り、ですか?」
「そうだ。後方はシールドが効かないからな。後部に敵が回り込んだ時に攻撃されぬよう、人型重機により防御させる」
「では、あの四百もの戦闘集団は、どうなさるおつもりです?」
哨戒機も複座機も出撃しない。いるのは、各艦に一機づつ配備された人型重機だけで、しかも後部の守りに専念させる。そんな状態で、どうやってあの「敵」を倒すというのか?
いや、参謀長よ、ちょっと考えればわかることだろう。我が艦艇は今、何をまとっている?
「全艦、シールドを展開したまま突入、五列の密集隊形に陣形を組みなおし、突入する敵に向かって突入せよ」
つまりだ、あの泥まみれの連中は、イワシの群れのようにひと塊となって突入を仕掛けてくる。と、なればだ。それを止める「壁」を目の前に作ってやればいい。
まさに、「壁」によって、その行く手を阻む。
「敵戦闘集団、再び突撃してきます!」
「密集隊形だ! 一匹も漏らさず、あの泥まみれの無様な奴らを、シールドの餌食にしてしまえ!」
突入してくる泥スライムのような集団が、目玉からビームを放って突っ込んでくる。そして、我が戦隊の作り出した壁が行く手を阻む。そこでやつらは垂直に上昇を始める。
今だ。
「全艦、全速前進!」
そこで俺は、すかさず全艦に突入を命じた。つまり、シールドを張った壁を、上方に向かって逃げようとする敵をシールドに押し付けるのだ。
目の前で、次々と焼かれていくその泥の塊どもは、バタバタと落ちていく。しかし、その内の何匹かは我々の壁を逃れ、翻って我が艦艇の後方に回り込む。
後方ならば、攻撃できると察したのだろう。その点は正解だが、だからこそすでに手を打ってある。
「全重機隊、射撃開始!」
後ろから攻撃を仕掛けようと企んだわずかな生き残りだったが、四百五十機もの人型重機隊の防御射撃を受け、次々と落ちていく。やがて、この空からあのグロテスクな泥の魔物はその姿を消した。
「今回は一時、ヒヤッとさせられたが、案外あっけなく倒せたな」
俺はそう呟く。すると、横に立つベルガが口を開いた。
「その通りです、魔王様。ですがそれは、第三のゼーレ・プラーゲに、新たなる力を見せつけてしまったことになるのですよ」
「つまり……我々が使ったあのシールドを、真似てくると?」
「前回、魔物がやられた時の攻撃を模倣した敵が現れた。ということは、その次も当然、同じようなことが起きるであろうことは、自明ではありませんか?」
うっ、今度はシールドを使う敵が現れるとでも言うのか? そんなものまで持ち出されては、どう戦えというのか。まったく、想像以上に厄介だな、ゼーレ・プラーゲは。
「ですが、それにしても今回の第二の魔物は、予想以上でした。これほどまでに大規模な魔術を使う魔物など、現れたことはありませんし、それも想定外の数で現れた。どうしてこれほどまでに強力な魔物が生じることになったのか、気にはなります」
一度目、二度目はどうにか退けた。三度目の規模も、規模的には我が戦隊を凌駕するほどのものではない。この時はそう、思っていた。
だが、第三段のゼーレ・プラーゲがこちらの想定をはるかに超えた巨大な姿を得て現れるのは、それから五日も先のことである。




