#12 平穏
「第三段」までのひと時の平穏を、俺は王都ゴールデンフェルトスで過ごすこととした。正確には、地上にいる四百五十隻が、交代で王都内での休暇を得た。国王陛下より、王都内での行動許可と、これまでの二回分のゼーレ・プラーゲを防いだお礼として多少の金を受け取った。
その間、艦は城壁外に止めている。近くを流れる川から水を採取し、そこから水素と重水素を得て燃料補給をさせるためでもある。
そのお金で、俺はこの王都を巡ることにした。
ベルガを伴って。
「いらっしゃい! ゴールデンフェルトス名物、ビーネンシュティッヒ、いかがか!?」
さて、王都の市場をうろつくと、露店の店主から声をかけられる。さすがに普通の軍服姿でマントなしだが、この服を着ている者が空を飛ぶ大きな船を操る軍隊だというのは、すでに街中でも知られている。それはつまり、ゼーレ・プラーゲを防いだ者たち、として広く知れ渡っていることでもある。
だから、警戒心は感じられない。むしろ、好意的でもある。
しかしだ、ここでベルガを伴ったことが、仇になる。
「魔王様、せっかくですからいただきましょう」
おい、ベルガよ。お前、俺を王都中の人間に「魔王」だと知らせたいのか。頼むから、やめてくれないか、その呼び方は。
ほら、せっかく声をかけてきた露店の店主が妙な表情でこちらを見ているぞ。
「ま、魔王様、ですと?」
「ああ、気にするな。こいつの口癖だ。どうしても俺のことを魔王にしたがっているのでね」
「そ、そうなのですか……ですが、魔王様ということはもしや……」
ん? まさかとは思うが、「魔王」のことまで民衆に知られているのか?
「なんだ、魔王という言葉に、聞き覚えがあるのか?」
「ええ、こうしてビーネンシュティッヒが作れるようになれたのも、国王陛下と魔王様が交渉し、麦が我々の元へ戻ってきたからなのですよ」
ああ、そういう話で伝わってるのか。しかし、国王との交渉相手が魔王とは……おそらくは国王がベルガの俺への呼び名「魔王」を、そのまま広めたのだろう。多分、腹いせも込めてだろうな。
「と、いうことは、その脇におられる方は、もしや……」
あー、やっぱりそういう流れになるかなぁ。そりゃあそうだろう。
「あの王国中にその麦などを瞬時に送り届けたとされる、転移の魔女様ではありませんか!?」
予想通り、ベルガのことも広まっていた。これに関しては、本人が各地でそれをやってのけ、それを目撃した者も多いから仕方がない。
「その通り、私こそ転移の魔女、ベルガであるぞ!」
なんだこいつ、急に態度が偉そうになったな。
「おお、やはりそうでしたか! 魔王様に魔女様、万歳!」
「「ばんざーい!」」
店主が余計なことを叫ぶから、市場の一角が騒がしくなってしまったぞ。やれやれ、大げさなことだ。たかが国を一つ、元通りにしただけではないか。いや、隣国も合わせれば三か国か。
にしても、それらの王国すべてを合わせても五百万人ほどというから、五個艦隊ほどの人々に過ぎない。この宇宙にある一千個の星々に存在する艦隊の数を思えば、どうってことない人数だ。
それを救った程度で、英雄扱いとはな。
しかも、それをやったのが「魔王と魔女」というのも、いささか妙な話になっているが。
「いやはや、それにしてもあの国王陛下ときたら、あなた方が現れなければ自らの利益と保身のために蓄財を為されるところだったとは……おっと、今のはお聞き流しを」
と、このビーネンシュティッヒを売る露店の店主が、思わず口を滑らせた。
が、それを俺は、聞き逃さなかった。もちろん、ベルガもそうだろう。
その店でビーネンシュティッヒを買い、他の店でミートパイを購入したところで、広場のベンチに座ってベルガと共にそれらを口にする。
「んーっ、駆逐艦の食堂とやらの食事も美味しくはありますが、やはり甘味がないのは寂しいところでございました。このビーネンシュティッヒ、久しぶりの味にございます」
まあ、駆逐艦の飯が上手いと言っている時点で、我々の持つ本当の食文化を知ったことにはならない。あれは所詮、栄養を取るための最低限の食事を提供する場所だ。だから調理はロボット任せだし、食材も保存のきくものばかりをかき集めている。アルコールや甘味といった嗜好品は、基本的にはない。
艦隊と合流できれば、随伴する全長五千メートル級の戦艦内にある街で、それこそ様々なものを食べることができるというのに、今はまだ、その艦隊合流のめどすら立っていない。宇宙に出した五十隻からも定期報告を受けているが、まだワームホール帯を見つけられていないという。
何よりもだ、まだ「ゼーレ・プラーゲ」の最終段階である、第三段階が訪れていない。そんな中で、我々は補給皆無の孤軍奮闘を強いられている。
正直、駆逐艦の食糧も心もとない。材料によっては、尽き始めたものもあると聞く。
この王都での食事も、少しでも駆逐艦の食糧事情を解消させるために、必要な措置でもある。
が、ベルガを伴って歩いていると、なんというか……まるで、デートだな。いや、俺は単に道案内役として、王都を多少なりとも知るベルガを連れ歩いているだけだ。
そんなことよりもだ、ゼーレ・プラーゲの最終段階とやらは、なかなか起きないな。それだけ途轍もないものが現れると、そういうわけではなかろうか。少し、心配になる。
「何を考えておられるのですか、魔王様?」
と、そんな俺に、無邪気な顔でこの王都名産の甘味をガツガツと味わいながら話しかけてくる魔女がいる。
「何をって……次のゼーレ・プラーゲのことに決まっているだろう。まだ、あれが終わったわけではないんだろう?」
「ええ、おっしゃる通りでございます。ですが、魔王様ならばなんとかしてくださるでしょう」
などといい、今度はミートパイを食べ始めた。こいつめ、人の気も知らないで、よくもまあガツガツと食事に浸っていられるものだな。
が、そんな能天気そうな魔女だが、急に何かを思い出したように、こう俺に告げる。
「ですが、次の最終局面、厳しいものにやるやもしれません」
突然、不穏なことを口走るやつだな。俺は尋ねる。
「なぜ、急にそんなことを言い出す?」
「いえ、先ほどの露店主の言葉をお聞きになったでしょう」
「……それは、あの店主の国王陛下への批判めいた発言のことか?」
「さすがは魔王様、お気づきでしたか」
「気づくも何も、民衆からあれほど露骨に批判を聞かされるのは、正直、驚いた。周りに大勢人がいる中で、よくあれだけのことを言えたものだと」
「つまり、それだけ周囲の人々も、国王陛下のことを快く思っていないのでございますよ。魔王様に私が、あれだけ祭り上げられる。となればその反動として、国王陛下へ憎悪や復讐心が向けられている」
「おい、まさかそれが、次のゼーレ・プラーゲに悪影響を与えるのではないかというんじゃないだろうな?」
「ご明察。ですが一方で、私もやり過ぎました。魔女としての威信や評判を少しでも上げようと行った行為が、まさかその反動、すなわち国王への恨みを招いてしまったなどとは考えもしませんでした」
「だが、今のところはまだ、何も起きていないぞ?」
「なればこそですよ。もう四日間もの間、何も起きていない。それがかえって不気味なのです」
「四日間も間が開いていると、何か不都合があるのか?」
「前回の第一段と第二段との間は、せいぜい三日でした。それであれほどの、これまで見たこともない規模の、強大な魔物が出現したのです。それが、すでに四日間。しかもあの店主のような思いをこの王都中、いや、国中の者が抱いているとしたら……」
不穏な事を言い出す奴だな。俺はベンチの上で、ベルガの肩を抱き寄せる。
「大丈夫だ。どれほどの憎悪や復讐心がかき集められようとも、その三段階目も俺の作戦で、あっさりと片付けてやる。心配するな」
と、つい俺は、ベルガを抱き寄せていた。あまりにも急に不穏なことを言い出すわ、それに伴って不安げな顔をするわで、そんな弱気な表情を見せた魔女を目にして、つい俺は咄嗟にそういう行動に出てしまった。
「あ、いや、すまない。つい俺は……」
「いえ、魔王様に抱き寄せられるなど、魔女として光栄なことです。もう少し、このままでいさせてください」
そうベルガが告げると、俺に寄りかかってきた。俺は、困惑する。
そりゃあそうだろう。いくら魔女とはいえ、女だ。こういう形で寄りかかられるのは、初めての経験でもある。
心臓の鼓動が、いつになく早まる。と同時に、妙な緊張感と汗と顔の火照りを感じ始めていた。
いやいや、待て。よく考えろ。相手は少なくとも百二十年は生きた魔女だぞ。そんな魔女に、俺はどういう感情を抱いているんだ?
とはいえ、見た目は二十歳前後の娘だ。俺の曽祖父母をも超える年月を生きた相手とはいえ、その見た目には本能的な何かを感じずにはいられない。
しかしだ、魔女というのは本当に、魔族とは違って人とそっくりだな。正直、言われなければまず、気づけない。服の裾からちらっと見える小さな胸の谷間など、まさに人間そっくりで……
「魔王様」
と、その時、ベルガが突然俺を睨みつけるかのように顔を上げる。
「な、なんだ」
「今、私の胸をじっくりと見てませんでしたか?」
う、図星じゃないか。こいつまさか、心が読めるのか? となれば、嘘を吐くわけにもいくまい。俺はこう答えるにとどめた。
「み、見えてしまったものは、仕方がないだろう」
そう告げるとこの魔女は、なぜか急に笑みを浮かべる。なんだ、その不気味な反応は。
「構いません。どうぞ、好きなだけご覧ください。ただし一つ、条件がございます」
「じょ、条件?」
「ゼーレ・プラーゲが終わった暁には、責任取ってくださいね、魔王様」
そうこの魔女は言い切ると、再び俺の肩に寄りかかる。まるで、服の奥底まで見てくれと言わんばかりの格好で、だ。
なんだ、責任って。我々の文化で言うところの、あれのことか? いや、ここは異なる文化の星だぞ。しかも、相手は人とは異なる魔女だ。
つまり責任とは、何をすればいいというのか?
俺はしばらくその魔女を肩に寄せたまま、その責任とやらの重圧により視線を向けるわけにもいかず、しばらく正面を向いたまま、露店で買ったものを口にしていた。いや、時折、本当にごく時折ではあるが、ベルガの方を向いたのは事実ではあるのだが。
とまあ、悶々としたやり取りの後に、日も暮れかかる時間となったため、ベルガ共々、艦に戻ることになった。
「二人だけで王都を出歩いてたとか、まるでデートですね!」
と、俺に向かってそう露骨に言ってのけたのは、ボルガミーニ准尉だ。
「デートとは、どういうことなの?」
「ベルガちゃん、あのね、デートというのは、恋心を抱いた者同士が寄り添いながら食事や行動を共にする行為のことよ」
「まあ、それでは私は魔王様と、デートしていたということなのですね!」
「ちょっとまって、ベルガちゃん。こんな歳の離れたおっさんに近い戦隊長と、一緒になりたいなどと思ってるわけ!?」
おい准尉、ベルガに向かって、ひどい言いようだ。だが、それは事実だ。ただし、歳が上なのはベルガの方なんだがな。
「あのなぁ、准尉よ。俺は単にベルガに、王都の道案内と文化の違いの仲介役を頼んだだけで……」
「他の乗員は、だれも案内役なんてつけることなく街を巡ってましたよ。それでもちゃんと戻ってきてるじゃないですか」
「それはだなぁ、ベルガ自身も俺と行動を共にしたいと……」
「はぁ、男って下心で解釈しちゃうから、親切心を自分に向けられた行為と勘違いしてしまうんですよね。困ったものです」
随分と失礼な言い方だな、おい。しかし、ボルガミーニ准尉がやや俺に敵意むき出しなのは、意味がないわけではない。なにせあの戦闘の際、俺の作戦により命を失うところだったわけだからな。だが、あればかりはどちらに転んでも結果は同じだと踏んだから、それならばと立案した捨て身の殿作戦だった。少しはこちらの気持ちも考えてくれ。
などというやり取りが食堂内で続く中、四〇〇一号艦は発進する。
「レーダー圏内に、異常物体検出されず」
発進後、三十分が経過する。定時報告が俺に知らされる。俺は別のオペレーターに尋ねる。
「各衛星群からの情報は?」
「いずれも、奇妙なものは捉えておりません。ただ……」
「なんだ、気になることがあるのか?」
「たいしたことではありませんが、王都の北西およそ七十キロの地点で、低気圧が発生中とのこと」
「低気圧?」
「海の上でもなく、また寒暖気の境目でもない場所に急にそのようなものが現れるというのは、やや不自然な現象ではあります」
低気圧くらいならば、たいしたことではない。が、いやに胸騒ぎがする。俺はそのオペレーターに命じる。
「警戒を厳にせよ。ゼーレ・プラーゲの前兆かもしれん」
「はっ!」
モニター上の地図を見る。確かに、海には近い場所ではあるが、それでも海からは十キロ以上離れている。ここは特に、温暖な場所というわけでもない。前線を持たない低気圧、すなわちサイクロン級の低気圧が現れるには不自然な場所でもある。
しかし、ゼーレ・プラーゲの第三段がサイクロン程度ならば、どうとでも対処法はある。しかし、前回があれほどの戦闘力を見せつけたビーム兵器持ちの飛翔する魔物の集団であったことを思えば、拍子抜け過ぎる。
徐々に雲が集まる中、俺は不安を募らせる。
何が、起きようとしている?
だが、その時だ、レーダー士が叫ぶ。
「レーダーに感! 低気圧内に、巨大な物体の反応あり!」
俺は戦隊長席から立ちあがる。そして、モニターを見た。
確かに、レーダーサイト上、ちょうど先ほどの低気圧が発生したとされるその場所に、何か反応しているのを確認する。
「反応、さらに拡大中! どんどん巨大化してます!」
「は? 巨大化?」
「低気圧の影響か、反応がぼやけております。詳細解析のため、指向性レーダーを使います」
「かまわん、照射しろ」
たかが雲の塊が、我々のレーダーを鈍らせているだと? そんな話、聞いたことないぞ。そこで我々はより索敵能力の高い、しかし索敵範囲が限定される指向性レーダーを使用して、その正体をつかもうとしていた。
そこで、驚くべき結果を得る。
「艦首前方、九十キロ! 五千メートル級、大型戦艦クラスです!」
一瞬、耳を疑った。おい、まさか、戦艦クラスの物体が現れたと、そう言いたいのか?
「偵察に出した哨戒機が近くにいます! モニターに映像、映します!」
「メインモニターに回せ、急げ!」
オペレーターの一人が叫ぶ。それに参謀長が答える。そして、低気圧付近の映像が映し出された。
なんだ、これは。
そこにあったのは、雲の合間から現れた巨大な物体。前回のあのドロドロとした魔物を、さらに大きくしたような物体とでもいえばいいだろうか。
いや、それ以上に異常なものがある。
いくつもの目玉のようなものが、その黒い物体のあちこちにみられる。それらはくるくると回っていたが、まさに我々のいる方角を向いた瞬間、その視線がすべて、こちら側に向く。
四百五十隻の戦隊に、まさにその不気味な視線が注がれた。その直後だった。
「高エネルギー反応、多数! 大型砲クラス!」
まずい、俺は咄嗟にこう命じた。
「全艦、シールド展開!」
その直後、猛烈な青白い光の筋が数十本、我が戦隊に襲い掛かってきた。




